悲劇の運命を背負ったラスボスに転生しました   作:きりたい

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第二十話

「あぁぁ……ああああああ……あー……アー、アー、アー……」

 

 黒いのっぺらぼうはどこから声を出しているのか、間延びした無機質な音を鳴らすだけ。

 まるで感情のないそれを生物と呼んでいいものか……。

 

「まあ、私には関係ない話だ」

 

 のっそり前に進んでくる『人間だったなにか』が一歩踏み出す度に、足元の草木が腐るように溶けていく。

 

 目の前にある生命すべてを終わらせようと、そんな本能のみで動いている姿は、ただただ憐れな存在だった。

 

「アー……アー……アー……」

「B級のゾンビ映画でも、もう少しマシな敵を出すだろうに……これだからゴミどもがやることは下らんな」

 

 破壊神の欠片を飲み込んだ男はもはや正気など残っていないのだろう。

 

 俺の傍までやって来ると、だらりと伸びた黒い影のような腕が振り下ろされる。

 

「あー……?」

 

 自分の攻撃は当たったはず。なのになんで倒れない?

 

 そんな疑問を覚えながらも、まるでゲームのNPCのように同じ行動を繰り返す。

 

 透明の魔力障壁によって阻まれたことすら理解出来ていないのだ。

 

 指を向け、小さい黄金の魔力を飛ばす。

 それはゆっくりとこの黒い影とぶつかり、その腕を弾き飛ばした。

 

「アー⁉」

 

 痛覚はあるらしく、先ほどまでとは打って変わり悲鳴を上げる。

 しかし結局なにをすればいいのかわからない影は、先ほどと同じように俺を叩き潰そうとするだけだ。

 

 鈍い音が森の中で何度も響く。

 まるで祭りで大太鼓を何度も叩くように両手で攻撃してくるが、しかしそれでも俺の魔力障壁を突破することは叶わなかった。

 

「……もういい」

「アー……?」

「正直貴様を憐れだとは思うが、それ以上にその不愉快な力を振り回される怒りの方が大きくなりそうだ」

 

 影の力の源泉。それは『俺《わたし》』を破滅へと導く存在のもの。

 

 たとえそれが指先一つ程度であっても、この世に残しておくつもりはない。

 

「まったく……この世界はどこまでも私のことが嫌いらしい」

 

 少なくとも原作である『幻想世界のアルカディア』で、シオン・グランバニアが待ち受けていた破滅への道はすべて叩き潰した。

 

 クヴァール教を先導していた大司教オウディも、この世に生まれたことを後悔させて地獄へと落としてやった。

 教団にも致命的となるだけのダメージを与えてやり、これ以上活動出来ないようにしてやった。

 

 もう俺の邪魔をする存在はなかったはずだ。

 

 これから俺はこの世界を楽しもうと、明るい未来を歩こうと思っていた矢先に、なぜこいつらはまだ俺に纏わりついて来る?

 

 俺はもう、クヴァール教団など気にせず生きていこうとしていたのだ。

 

 なぜこいつらは――私の前に出てくるのだ。

 

「どれだけ潰しても湧いてくる蛆虫どもめ……」

 

 この感情は『怒り』。

 

「貴様らが私を殺そうとするのであれば、私が貴様らを叩き潰してやる」

 

 俺は魔力球を連続して黒い影に放つ。

 徹底的に、ほんのわずかな肉片すら残す気はなかった。

 

「アー! アー⁉ アアアアァァァァァァァァァ⁉」

 

 悲鳴が響き、助けてと懇願するように声を上げる影。だが止まらない。止める気などさらさらない。

 

「消えろクヴァールの残りカス! 貴様のようなものは、この世界に必要ない!」

「ア、ア、ア……ギャァァァァァァァァァァァ⁉」

 

 そして――俺の魔力の前に完全に肉体を消滅させた影は、最初からそこにはなにもなかったかのように消えていった。

 

「ふん……」

 

 ただ一人、そこに残った俺の苛立ちは収まることはない。

 なにせもう二度と関わることのないと思っていた存在と相対することになったのだ。

 

「この鬱憤は、貴様で晴らさせてもらおうか」

 

 俺は誰もいない場所に手をかざす。

 

「構わないな? イザーク大司教よ!」

「なっ⁉ ……ガァ⁉」

 

 掌から生まれた突風が、誰もいなかった場所を突き抜けて走る。

 

 その瞬間、空間が揺らぎ一人の男が凄まじい勢いで壁にぶつかった。

 

「隠れてコソコソと、まるで畜生のような男だ」

「ど、どうして私がまだここに残っていると気付いた……?」

「魔力は完璧に隠蔽していたのに……か?」

 

 先ほどまでのこちらをおちょくるような軽薄な笑みとは違い、今は余裕がなさそうな顔。

 

 よほど自分の実力に自信があったのだろう。

 実際、この男の年齢で世界の闇を司るクヴァール教団の大司教の地位に就くような男だ。

 

 おそらくこれまでの人生で、自分以上に才能溢れる存在に出会ったことがないに違いない。

 

「くくく……まさかあの程度で『完璧』とはな。あんな杜撰で、バレバレなほどに魔力を垂れ流しておいて、よく言えたものだ」

「そ、そんなはずはない! 私の魔力操作は完璧で……」

「魔力を消すというのは、こういうことだ」

 

 その瞬間、俺の姿が世界から消える。

 

「な――⁉ ど、どこにいった⁉」

 

 目の前にいるというのに、イザークはまるで俺が見えないかのような振舞いをする。

 

 実際、今この男は俺の姿が見えていないのだ。

 ただ気配を消し、魔力を消し、そして存在感を消しただけ。実際に消えているわけではない。

 

 それでも、イザークは俺を見つけることが出来なかった。

 

 俺はそのままイザークに近づくと、その首を掴んだ。

 

「がっ⁉ あ、あ、ぁ……」

「最低限、この程度をやってから『完璧』と言ってもらいたいものだ」

「し、信じられない……こんな、この私が……」

 

 イザークは首を持ち上げられ、バタバタと足を動かしながら必死に逃れようとする。

 だがもちろん、俺はそんな甘い男ではない。

 

 徐々に、徐々に……わざと恐怖を伝えるようにゆっくりと力を込めていくと、口から泡を吐き出し始める。

 

「が、が、あ、あ、あ……」

「苦しめ、もがけ……クヴァール教団の蛆虫どもめ、二度と湧かないように一人ずつ、徹底的に壊してやろう」

「ひゃ、は、ひゃめ――ぁっ」

 

 イザークがおかしな声を上げる。

 その瞬間、抵抗していた身体や腕から一気に力が抜ける。

 

「む……?」

 

 見れば、白目となり完全に事切れていた。

 出来る限り苦しめてやろうと思っていたが、どうやら力を込め過ぎたらしい。

 

「しまったな。なぜこの里を襲ったのか、聞けなくなってしまった」

 

 オウディを殺したときも、本当ならクヴァール教団のすべての情報を吐かせてから殺してやろうと思っていたのだが、苦しめることばかりを優先してしまった。

 

 どうにも自分は、クヴァール教団と関わるとやり過ぎてしまうらしい。

 

「まあいい。どうせこいつらがなにをしようと関係ない。私の邪魔をするなら、すべて潰してやるだけだ」

 

 たとえクヴァール教団の残党どもがどれだけ残っていても関係ない。この力のすべてを使って叩き潰す。

 

 そう決意しながら、ごみを捨てるようにイザークの死体をその場に落とす。

 

 そして背を向けて歩き出すと、まるで俺が去るのを待っていたかのようにアークレイ大森林の獣たちが近寄って来た。

 

「あの蛆虫どもに比べれば、獣の方がよほど賢いというものだ」

 

 なにせ、力の差をしっかりと理解して、生き延びるために行動が出来るのだから。

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