悲劇の運命を背負ったラスボスに転生しました   作:きりたい

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第三十五話

 アストライアの首を刎ねるために振り下ろした剣。

 しかしその先には女神はおらず、大地を切り裂くだけに終わった。

 

「……どういうつもりだ?」

 

 俺の視線の先、少し離れたところにアストライアの首根っこを掴んだ状態の老婆の姿。

 

 それは先日エルフの里で出会い、そして俺にエルフの救出を依頼した人物――シル婆だった。

 

 彼女はいつも通りつかみどころのない笑みを浮かべながら、アストライアから手を放す。

 

「ごめんなさいね。私はシオン君の味方のつもりだけど、貴方に神を殺させるわけにはいかないの」

「それを決めるのは貴様ではない。私の行動を決めるのは常に私だけだ」

「あら格好いい」

 

 俺の本気の殺気を受けながら、それでも彼女はいつも通りの態度を崩さない。

 それだけで、この老婆が最強クラスの神であるアストライアよりも格上な存在であることがわかる。

 

「あ……なぜ貴方様が?」

 

 地面に這いつくばった状態のアストライアがシル婆を見上げ、驚いたように声を上げた。

 

「アストライア、貴方がシオン君を襲った理由はわからないでもないけど……喧嘩を売る相手はちゃんと見ないと駄目じゃない」

「け、喧嘩ではありません! これは世界の秩序のために――!」

「でもシオン君は、まだ貴方の基準で『罪』を犯していないでしょう?」

「うっ! しかしそれは……」

「もし本当に『罪』を犯していたのなら、貴方がそんなに弱弱しい力のはずがないものね」

 

 言い訳をしようとするアストライアに対して、シル婆は穏やかな口調でありながら断言するように言い放つ。

 

 正直言って、それは俺も少し気になっていた部分だ。

 本来、天秤の女神アストライアは『ラスボス』であるシオン――破壊神クヴァールを討ち滅ぼす存在。

 

 フィーナの命を代償に顕現したこの女神は正面からクヴァールと戦い、そして相打ち出来るだけの力がある神のはず。

 

 たしかに普通の存在よりは圧倒的に強かったが、それでも俺の知っている彼女に比べるとずいぶんと弱かった。

 

 なにより、彼女が顕現したというのにフィーナの命は一切消耗されていない。

 これはつまり、本来アストライアが顕現できる条件とは異なっているということだろう。

 

「……」

「ふふふ……」 

 

 そんな俺の疑問に気付いたのか、シル婆は相変わらず微笑みながら口を開く。

 

「天秤の女神は神すら断罪する女神。当然自分よりも強い神を裁くためにはそれ以上の力が必要だわ。だからこの子は『相手の罪の重さに比例して強くなる』性質があるの」

「そうか」 

「だからもし彼女が弱く感じたならきっと、それはシオンくんが良い人だったってことね」

 

 その良い人というのは、いったい誰にとって良い人なのだろうか?

 

 少なくとも今回、俺はアストライアに対して良い人ではなかったはずだ。

 

 善も悪もしょせん、個人の主観。

 破壊神クヴァールでさえ、奴自身が『悪』などと思っていないだろうし、教団の者たちは己たちこそ正義と信じている。

 

 だとすればその基準はいったい――。

 

「アストライアの力の源はね、世界の意思なの」

「貴様、今私の心を読んだな?」

「気になってるみたいだったから教えてあげただけじゃない」

「ふん、まあいい。それで、その世界の意思にとって俺が敵ではなかったというのはどういうことだ?」

「うーん……内緒」

 

 無言で魔力球を飛ばしてやると、シル婆に当たる直前でその魔力が霧散する。

 

「ちっ……」

 

 いきなり攻撃したにも関わらずシル婆がこちらを見る目は変わらない。

 彼女からしたら、この程度のことは子どもの悪戯程度なのだろう。

 

「……それで、アストライアを見逃せと?」

「そうなの。だってこのままこの子を殺しちゃったら、シオン君って本当にこの世界の敵になっちゃうわよ」

「ふん。それは脅しか?」

「違うわよー。ただでさえ破壊神クヴァールの件で旧神たちから狙われるのに、現神にまで狙われたら大変でしょ? って話」

「関係ない。私は私の敵になる者はすべからく叩き潰してやるだけだ」

 

 たしかにシル婆の言っていることはわかる。

 破壊神クヴァールを倒したことで、今後旧神たちは俺と言う存在を許すことはしないだろう。

 

 元々この世界ではすでに力を失ったとはいえ、そこに信仰まで完全に消えたわけではない。

 俺をどうにか出来る存在がそこらにいるとは思えないが、しかしそれでも煩わしさはある。

 

 そしてそこに現神の系譜まで敵対すれば、この世界に俺の居場所が無くなる可能性すらあるが――。

 

「いざというときは、力を見せつけたうえで、帝国を使って世界を征服するだけだからな」

 

 原作でシオンがやろうとしたように、神という存在の居場所をすべて奪ってやろう。

 

「もー、駄目だってば。そんな生き方してたら楽しくないじゃない」

「む……」

「それに、死んじゃう可能性だって増えるわよ」

「……私が、死ぬ?」

 

 すでにありとあらゆる死亡フラグを叩き潰した俺だが、ここでふと脳裏に不安が帯びた。

 

 ここはゲームの世界であってゲームではない。

 だがそれでも、実際に起こるはずだった死亡フラグは、俺が自ら動いて潰さなければすべて起きていた。

 

 そして、このシオン・グランバニアにとってもっとも最大級の死亡フラグは破壊神クヴァールと、そして天秤の女神アストライア。

 

「つまり、やはりその女神は殺しておかなければならないということか」

「っ――⁉」

「えー……どうしてその結論になるのかしら?」

 

 ここにきて初めてシル婆が困ったような顔をする。

 彼女からすれば、なぜ俺が殺すことに固執しているのかがわからないのだろう。

 

「そもそも私は、敵対する者はすべて叩き潰すと言っているだろう」

「困ったわねぇ……」

 

 そうしてシル婆は地面に這いつくばったままのアストライアを見て一言――。

 

「このままだと殺されちゃうけど?」

「構いません! すでに私は天秤の女神として己の在り方を否定しています! これ以上神として存在する気などありません!」

「えぇー、そんなこと私は望んでないのにー……どうしてシオン君もアストライアもこんなに頑固なの……あ、そうだわ」

 

 にっこりと、シル婆はなにかいいことでも思いついたのか俺に笑いかける。

 

「シオン君、この子を貴方の物にしたらいいわ」

「なに?」

「……え?」

 

 戸惑う俺たちの前で、シル婆はアストライアの背中を足で踏むと、そのまま翼に手をかけ――。

 

「えい」

 

 白銀の翼を引きちぎった――。

 

「あ……あああぁぁぁぁぁ⁉」

「あと五枚ね。えい」

「ぐ、ふぐぉぅぅぅぅぅ⁉」

 

 そんな気軽な声でやっている割には、目の前の光景は中々にグロテスクなものだ。

 なにせ神としての象徴である白銀の翼が、背中から飛び出す鮮血で真っ赤に染まっていくのだから。

 

「あ、あ、あ……」

 

 そうして六枚すべてを引きちぎられたとき、アストライアは白目をむいて口から泡が垂れ出ている。

 

「さて、これでこの子の神としての権能はすべて奪ったし、あとは煮るなり焼くなり好きにしたらいいわ。ただ、殺すのは駄目」

「……」

「殺したら、他の神々も絶対に貴方を許さないから。今回の件は、私の方で罰を与えたってことにするから大丈夫だけどね」

「なんのつもりだ?」

 

 俺にはシル婆の真意がわからなかった。

 彼女がアストライアを庇うのであればまだ話は分かる。

 

 だがしかし、今回のことは俺のために行われたこと。

 

「だって、シオン君にエルフを助けるように頼んだの、私だもの」

「……」

「シオン君は悪いことをしてない。だから怒られる必要はない。ただそれだけよ。ところで、まだこの子を殺したい?」

 

 すでに女神としての尊厳のすべてを奪われたようなアストライアを見て、俺は少しだけため息を吐く。

 

「……ふん。興が削がれた」

「良かった。それじゃああとはアストライアのことだけど、貴方に任せるから」

「なに?」

「ちゃんと面倒見てあげてねー」

 

 それだけ言うと、シル婆はまるで最初からそこにいなかったかのように姿を消してしまう。

 

 残されたのは地面に倒れて涙を流し、痙攣しているアストライア。

 なにも言えなくなった俺。

 

 そして少し離れたところでいつの間にか合流していたフィーナとレーヴァ。

 

「……とりあえず、元の世界に戻すか」

 

 この後のことは、後で考えようと思いながら、黒い魔界のような空間を閉じるのであった。

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