それはそうと続きです。
A.M11:39
昼休みもそろそろ終わりそうな頃、ドクター、グラベル、ブレミシャインの三人は医療部にいた。全員真剣にフォリニックからの報告を聞いている。
少し前に自身の恐怖体験を語り終えたドクターのもとに、フォリニックからの一報が入った。隠し切れない戸惑いを感じるフォリニックの声に、一瞬話中の人物がよぎる。なんとなく嫌な予感のあったドクターは、確認のためメイヤーが関わっていないかと聞いてみた。
その答えが今の状況である。
「以上で報告を終わります。……しかしメイヤー氏は一体どうやってこんな事を起こせたのでしょうか」
「……」
「申告して頂いた彼女の戦闘スタイルは、心理的なダメージを与えるものではないようです。ですが今回運ばれてきたオペレーターは半数が神経症にまつわる症状ばかりが見られます」
「……」
「ドーベルマン教官より聞いたところ新型ロボットを交えた戦闘訓練をしていたとのことですが……ちょっと聞いていますかドクター?」
「……」
「ねえドクター……? 大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫だ」
少し心配げなブレミシャインをよそに、フォリニックは先ほどの返答に納得したようにカルテへ目を戻す。
「……症状が軽い方から話を伺いましたが、皆『恐ろしい』ロボットを見たという点で共通していました」
「それは無理もないだろうな……」
「ドクター、何かご存じなのですか?」
「うん、実は今日メイヤーの様子を見に行こうと考えていたんだ」
「彼女たちもドクターに随行されるおつもりで?」
「ああ、だが一歩遅かった……」
「……ドクター?」
「……」
とまたも沈黙してしまった。きっと先ほど話していた例のあのロボがフラッシュバックしているのだろう。あの時の話しぶりはまるで思い出したくないと言わんばかりの様子だった。ブレミシャインは怖いものが苦手であるから、俯いて目を逸らし微かに震えるその姿に共感するものを感じていた。
一方のドクターはというと。
(これ私か? 私がやらかしたのか?)
あの時二人には話していなかった話の先、今悩みの種となっている続きを思い起こしていた。
青い電気ケトルがシューッと音を立てて、白い蒸気を小さく噴き出す。噴き出す蒸気は白と橙のLEDに染まって鋭く煌めく。
その煙を背後に二人は話していた。一人は先ほど思いついた革命的発想についての思いを声高に語り聞かせている。戦場と日常の両方に別角度から切り込んだデザインだとか、柔軟なサスペンションと複雑な形状との矛盾における解決法だとか、いかにもメカニックエンジニアが辿ってきた試行錯誤を語る話ではよくありそうな問題である。こうした矛盾はよくよく起こることは飽きるほどに知っているドクターではあるし、それが解消できたことへの喜びというのも共感できることだ。
にしてもこの目の前にある「革命的発想」は一体何だろうか?
目の前にあるミーボは、それは確かに革新的な思考のもとに設計されていることが窺える。全体的に角ばっていたフォルムも流線形を持っている所が増え、また肢体のパーツ結合部分もよくよくミーボと触れ合っているドクターなら明らかに違った接合方法を採用していることも分かる。
だが、姿。主に姿形が余りにも異形すぎた。まず身体全体が基本青く、手足の向きに沿って赤いラインが走っている。
肩には赤く縁取りされた黄色の「1」。そんなどこかで見たような「1」が両方の肩に付いている。
しかも比較的がっしりした胴体に比べ、足の方は先端になるにつれ極端に細まっている。一応爪先や足の部分にはカバーとなる装甲が付いているが、如何せん立ったまま見ると隙間からガッツリ見えているので余計に目立ってしまっている。
極めつけはその円筒形の頭だ。その頭はあの有名な機関車のものに酷似している。なんなら煙突もご丁寧についている。彫の深い永久不変の笑みを見て、どの辺が日常との両立が出来ているのかとまず思った。
製作者は子供にも向き合えるようにデザインしたと言っているが、どう見ても大泣き確定演出でしかないデザインだ。というよりも理解できないというのが常人として正解だと思う。
光るキノコを食べてしまったかのようだ。顔を向けると、向こうもこっちを見てきた。でしょ!というかのように微笑む。まるで訳が分からないというポーズをとると、メイヤーはサムズアップをしてみせる。何がどうしてこうなった。
シューッと立っていたポットの音が徐々に静まっていく。鈍く明るい部屋の中で二人っきりになった。
「な、なかなか個性的だね……いいと思うよ……多分……」
「でしょ! ドクターもそう思うよね! そーだ! この可愛いミーボの面倒みてよ!」
「え? 今なんておっしゃいました?」
「だってよく世話してもらってるでしょ? この子たちもこんな魅力的なんだし、みんなに見てもらいたいんだ! あたしはまだ部屋から出るわけもいかないし、ドクターの執務室ならみんなが見てきてくれるでしょ? ね?」
「いや、あのー、メイヤーさん?」
彼女の悪い癖がまた始まった。徹夜でハイテンションになってると突然ぶっ飛んだ会話や提案が出てくるのだ。
普段ならミーボが引き留めてくれると聞いているのだが、たまに制止を振り切って作業に勤しむ。特に酷い時には平気で一週間は寝ずに研究するのだ。そんなときには深いクマと開いた瞳孔の光加減ですぐ分かる。
(確かに彼女の研究は大いに役立っている。私もかなり助かっている。熱意は素晴らしいのだがなぜ私を巻き込むんだ……)
「ドクター? どうしたの?」
(ほら! その急激に笑顔から真顔になるのをやめてくれ! 怖いんだよ!)
急激な温度差というのは人間にはあまりなじみが薄い。春から夏にかけて、秋から冬にかけての急激な差は体調不良のもととなる。全く追いつけないテンションの乱高下に精神は疲労しつつある。丁度良くケトルの音がふっつり切れてしまって余計静けさが目立っていた。
こういう時、人は思考を削られる。私も例外ではない。
(とはいっても……)
横目でもう一度「可愛い」ミーボを見る。
軽快なステップで踊っているソレは、私の視線に合わせて顔を瞬間的に向ける。踊りながらぶれなく正確に顔を見据え、そのまま喜ばしげに尻尾を振ってみせた。
私は思った。
キモい。そして怖い。
正直言って、このミーボを執務室に置きたくなかった。
もしも執務室に「可愛い」ミーボを連れてきたらどうなるか?
想像してみよう。アーミヤが書類の束を持ってきたとする。
「ドクター! まだお仕事が残って……」
そんな時に、このミーボが素早く足元へすり寄ってくるのを見てアーミヤは何というだろうか?
想像してみよう。ロサがお茶会しに来るとする。
「ドクター! 良い紅茶が入りましたの。ご一緒にお茶会……」
なんて時に、この悲しきモンスターがウルサス式腕立てしながら視線を合わせているのを見てロサは何というだろうか?
想像してみよう。スズランが差し入れを持ってきたとする。
「ドクターさん! お仕事お疲れ様です! 今日はおいしいシフォンケーキを作って……」
こんな時に、このソドー島の悪夢が完璧なエイサイハラマスコイ踊りを披露しているのを見てスズランは何というだろうか?
こんなもの預かって来客にパニックを植え付けていったら間違いなく折檻モノだ。それだけではない。それでとんでもない噂が広まってしまったら取り返しのつかないことになる。最悪ケルシーに殺される。いや最最悪で私が弾劾される。
だが預かるのを否定したら今のメイヤーに詰め寄られる可能性が高い。生きては帰れるだろうが私のSAN値が持たない。もう残業で神経がすり減ってるのにそればっかりは絶対避けたい。
二律背反。二進も三進も行かない。だが私は腐ってもドクターだ。窮地に陥ってこそ天啓的戦術が舞い降りてくるのだ。それこそ……
「戦場のピンチに投入させれば、ニューモデルのイメージアップにつなげられるだろう」
(そしてメイヤーの参戦を引き延ばしてうやむやのまま終わらせる……)
天啓的戦術と銘打ったが要は俗にいう引き延ばし。このような状況ですぐさま理由をもひねり出すのは至難の業だが、そこはドクターたる私の采配。
「なら数日のうちにでも出撃メンバーに入れてよ! 今すぐにでもこの子たちのニューモデルをお披露目したいんだ! それに実戦データもたくさん取りたいんだよ!」
「それはダメだ。数日じゃとても難しい。私としてもこんな素晴らしいミーボたちを何とかしたいと思ってるんだが……」
ここで反対意見の押し切りは悪手。この状態のメイヤーは話を押し切ろうとしても変な角度からの反論でなかなか折れてくれない。私には少なくとも今の彼女を相手に力押しできるほどの根気は余りない。ここは受け流す他はない。
「数日は? じゃあ少しかかってもいいから1週間でどう?」
「……1か月ならどうにか」
ここで真剣に考える姿を取る。勘違いしてはいけないがこれは別に彼女を騙そうとしているのではない。ただ偶然返答の素振りがそう思わせてしまう様な感じになってしまっただけだ。そうただの偶然だと弁明はしておこう。
「……なら2週間で! 2週間はどう!?」
(2週間か……まあそれくらいならメイヤーもさすがにどこかで睡眠を入れるだろう。素面に戻りさえすれば考えを改めてくれるはず)
「……分かった。なんとか2週間のうちに出撃計画の中に入れておくよ」
ポットがお湯が沸騰し終わったとピーピー鳴った。そのブザー恩を合図にして、温かくなったカップ麺を手にグラベルの待つ仕事部屋へと戻っていった。
(後はしばらくメイヤーを出撃メンバーに入れないようにすればいい。さて今日は乗り切ったぞ!)
(と、思ってたのに……)
なんでこうなった?
確かに2週間のうちに戦闘に出すことを促した。それでもメイヤーがこんな狂気めいた計画に飽きて、しっかり寝てくれることも期待してたし、その可能性が高いことも予測していた。もし戦闘の打診が来たとしても、意図的に伸ばせばいい。あの悪夢は一晩で終わるはずだった。そのはずだった。
だが何をどう考えれば教官の訓練に敵役として参戦するという発想に辿り着く? それも予備隊を巻き込んでの模擬戦にだ。
そういえば、予備隊を引き合いで出したような気がする。と、芋づる式に次々に可能性を思いつく。ここ数日、沢山の書類を相手に流し作業で裁可事務をやっていた。エスプレッソの3倍増を呑み込んでも取れない眠気と戦いながらだ。あの時は備品の破損報告と教官からの事務連絡だけだと思っていたが、ひょっとしたらそれに紛れていたのかもしれない。なぜなら訓練教官からゲストを呼ぶ分には特殊な書類を用意する必要はないのだが、その逆が行われる際には戦闘指揮官、つまり私の裁可を仰がなきゃいけないという謎ルールがロドスにはあるからだ。
だがそんなこと滅多にないから私はそのことをよく覚えている。その書類を私は……。
どうしたか、という段に入ると何故か記憶がぼやける。何故かよく思い出せないのだ。だがその思い出せないという事実が、すでに私の行った行動の結論であると感じている。やっていないというのなら、それに足る理由を考えだし却下しているはずだからである。その過程すら思い出せないほど、私の記憶喪失は器用じゃない。
手袋の中に汗が溜まっていく感触を握りしめながら、それでも周囲に気取らないよう振舞う。フォリニックやブレミシャインにはドクターの真意が漏れ出なかったようだ。とはいえ、間違いなく被害拡大のシナリオ街道まっしぐらというこの状況。すぐにでも止めなくては、医薬品臭いベッドタウンに大量移住する未来が待っているだろう。
ところで、先ほどの報告を聞いて悶えているのは1人だけではなかった。
「あれ? グラベルも大丈夫?」
「え、ええ……大丈夫よ」
静かに悶えているドクターのそばではグラベルが目を逸らしている。先ほどの話を聞いた時の軽い表情は見えない。
(なんだか具合が悪そうだと思うけど、グラベルも緊張しているのかな?)
一方のグラベルはというと。
(ごめんなさい、これ多分あたしのせいだわ……)
ドクターの話を聞いてグラベルはある出来事を思い出していた。それはドクターの話の前の出来事である。
あの時グラベルはドクターの執務室へ行く途中だった
。
肩にはドクターから貸してもらったジャケット。室内着の一つであるそれを羽織って彼女は先ほど眼帯の娘と話していたことを思い出す。
「グラベルお姉さん、ありがとうございました!」
「どういたしまして。ねえ、いつも一人なのかしら?」
「うううん。いつもはオーキッドお姉さんたちと一緒なの」
「そう、それじゃあお使いなの?」
「うううん。ポプカルね、一人で頑張るんだ。みんな、いそがしそうだからお手伝いしようと思ったの」
「それで自販機のボタンを押そうと背伸びしてたのね」
その手に握られているエナジードリンク、そしてポプカルの顔を見て、グラベルは慈愛に満ちた笑みをこぼす。
「グラベルお姉さん、これ!」
「あら、くれるのかしら? 別にこれだけのことはやってないわ」
「ミッドナイトお兄さんが言ってたの。助けてくれた「れでぃ」にはお礼をしなくちゃいけないって。「れでぃ」は知らないけど、お礼されるとポプカルうれしいの。グラベルお姉さんもうれしい。だからお礼、あげるね!」
「ありがとう。……騎士グラベルこの御礼ありがたく頂戴します」
グラベルはまるで君主に恭しくするように感謝の意を表する。
「……? どうしたの?」
「なんてね。ただの騎士の真似事よ」
「「きし」? 「きし」ってあのおとぎ話に出てくるの?」
「そうよ」
「あなたの言ったレディを守って戦う人の事よ、ちいさなレディさん」
こうしたやり取りの後、ドクターに頼まれた「強力炭酸! 痺れるアシッドムシ味!」をポケットに、先ほどのキーホルダーをつまんで眺めていた。元気そうな汽車のキャラクターが煙を噴き出している姿だ。これを渡してくれたあの子は「レディ」と言うとにっこり笑った。その情景を思い返せば明るい気持ちになれる。心も体もあたたかく包まれていた。
「あいたっ!」
「あ、ごめんなさい」
唐突に出てきた作業着のエンジニアにぶつかってしまう。気付いて躱すことが出来ないほど浮かれていたようだった。……いやもらったキーホルダーが無くなってる。すぐに落とした贈り物を拾う。そして気を引き締めながらドクターへのお使いを終わらせるため急ぎ足で向かった。
(まさかあの時ぶつかった人がこんなこと起こすなんて……)
あの時の出来事がまさか今回の出来事を惹き起こすトリガーになっていたとは。そういえば見せたキーホルダーはデスクの引き出しにずっとしまったまま、本人もその日からどこか調子が悪そうにしていた。横でひっそり悶えるドクターを見て、図らずも心労を増やす発端を作ったことに悶える騎士であった。
こうして神経症予備軍が二人出来上がりそうな診療室の中で、医師フォリニックはそのことにつゆも気付かずため息をつく。
「もう……。私たち医療部としてはこの事態の早期解決を図っていただきたいところです。今回は無事で済みましたが、このようなことで医師たちを圧迫するようでしたら仕事に支障が起きかねません。幸いドクターが事情を把握なされているようですので、この件は一任してもよろしいでしょうか?」
「心配ない、任せてくれ」
「ところで2週間後のドクターの健康診断について……」
「あー! あ、フォリニック! ところでドーベルマン教官もいるかな!? 彼女から話を聞きたい!」
「何ですか、教官なら……あ、えーと、申し訳ありませんが教官は今面会謝絶となっています」
「一体何があったのよ……」
じわじわと増えていく不安要素たちにブレミシャインの顔が曇っていく。まだ例のあのロボを目の当たりにしていない彼女にとって、その脅威は未知数だ。いったいどんな恐ろしい姿をしているのか分からないのが余計不安を掻き立てる。
「それなら予備隊の様子を見ておきたい。もう患者から聞き取りはしたかな?」
「詳細な聞き取りはこれからです」
「なら私が聞こう。なんにせよ手がかりが必要だ」
よいせ、と声をかけてドクターは立ち上がった。ほぼ同時にフォリニックが立ち上がり案内する。グラベルもすぐにドクターの傍に続いていく。その後を不安げな顔のブレミシャインが歩調を速めて追いかける。
一行は医務室から予備隊のいる病室へと向かって行った。
ウォルモンド復刻来て、フォリニックさんの新コーデも来て楽しいですね!
ただしシャーマン、てめえは許さん。