とりあえず続きです
「まずは遅れてしまったことを謝りたい。すまなかった」
「いいわよドクター」
「私も気にしてないよ」
「……二人ともありがとう。ただこれだけは言っておきたくってね」
そしてドクターはすぐに歩き始めた。二人の前を歩く足取りはしっかりと見えない白線を踏み続けているかのように安定している。そこに二人は従って行った。3人だけが白い廊下を進んでいく。
「何か情報は?」
「一つだけ。予備隊の一人が彼女を見たそうよ。補充しに行くって言っていたから多分ラボね」
「そうだろうね……訓練場には何体か破壊されていたらしいし、すぐに取りに行ったんだろう」
「ブレミシャインによれば最低でも11分かかるらしいわよ」
「そうか……よく把握しているねブレミシャイン。助かる」
「ええ! このくらいでドクターに役立ってもらえるなら何でもしてあげるわ」
頼みにしているよ、といったドクターだが突然何かを思い出したかのような顔つきに、いやハッとしたように顔をあげると彼女に振り向く。
「何か気になったことでもあるの?」
「そのルートはエレベーターを2本使うものかな?」
「うん、そうだけど。どうしたのドクター?」
「今日はエレベーターが朝から故障してしまって点検作業が入っている。だからどう考えても11分以上……いや多分20分以上はかかるはずだ」
「……てことは、メイヤーさんはまだラボに行く途中でいる可能性もあるのね」
ブレミシャインの出した11分は最速でいった場合の時間である。もちろん本当のところは何か道中で時間を食う可能性だってある。例えばエレベーターなら待ち時間が発生するかもしれない。加えて今メイヤーは正常な判断がつかない状態にある。もしかしたら道を間違っていく可能性もなくはないだろう。かなり偏った希望的観測でしかないが。
「とにかく私たちも急いで向かった方がいいわね……」
「うーん……そうよね。そのルートが使えないとなると……、ラボ・ルトラのある棟までは中央吹き抜けまで行ってエレベーターを使うか、端っこの非常階段を使うか、後は……他にはない……と思うわ」
話を聞きながらドクターはしばらく沈黙する。右手の薬指と小指が小刻みに擦り合わされる。その余りにも微細ながら独特な癖は普段ドクターの指揮する姿を見ている二人には、ドクターが様々な予測を立てている時にする癖だと分かっている。恐らく彼の思考はいかにこの深夜テンションの産物を手短に解決しようかということに振られている事だろう。それにしても今の状況にどう向き合うべきか、ブレミシャインは真剣に向き合うことをしながらも、空回り気味ではないかという気がとりきれずにいた。
「そう言えばドクターの方はどうだったのかしら?」
そう言われてドクターは先ほどやってもらった情報提供を思い出す。
「……まだあまりピンと来てないがもう少し説明してくれないか?」
テーブルの上のカードの絵を見ながら言うと、ラヴァは「しょうがねぇな」と呟いた。
「まず言っておくが、これはこの先起こりうるって可能性を示しているだけだ」
黒いバイザーが頷く。
「まずは一番初めに行動を起こすとき、スピードを求めようとしないことだ。つまりゆっくりやれってことだな。思わぬ助けが手に入ると出ているようだ。それから計画性をしっかり立て対処にあたることも必要だ。って今更いう事でもないよな」
「……そうだな」
「後は……。いや……」
「まだ何かあるのか?」
「あー……『光』と『3』がこの事件を解決するカギだと出ている」
「……?」
バイザーに電光板があったら「?」が浮かんでいそうな、そんなリアクションだった。
「聞くなよ?アタシだって知らないんだからな。とにかくこれで占いは全部だ」
ラヴァはカードをまとめると、またカードを切り始めた。去り際に声をかけるが、ラヴァは「ん」と言ったきり一心にカードを混ぜ続けていた。ドアを閉めるときにもう一度振り返ってみたが、もう仕切りが彼女の姿をぼかしたまま佇んでいた。音が立たないようにドアを閉めると、静かに一人戻っていった。
「あーっと……なんと説明すればいいのか……」
「マリア! やっぱりあなたなのね!」
「ひゃん!」
余りにも聞きなじみのある声にブレミシャインの背中がビクッと跳ねる。その声は鞭のようにしなる蛇腹の剣を思い起こさせた。そしてその武器を持つ人物がブレミシャインの脳裏でズームアウトされるように連想される。鞭のようにしなやかで強靭な腕。チェスのナイトをあしらった黒くも、そして大きな胸当て。暖かくも厳しい空色の瞳。容赦なく叱咤する口。プラチナブロンドの髪に、角の様に聳え立つ耳。ウィスラッシュの怒った顔がありありと浮かぶ。一通り思い浮かべてみたところでぎこちなく振り返ってみれば、やっぱりウィスラッシュがいた。怒った顔もそっくりそのままだ。
「見つけたわ! 丁度いいところに……ドクターまで……! ドクターも手伝ってたのね! まったくもう! 二人とも今日は訓練に付き合って……」
「ま、待って! おばさん! 私はいま……」
「言い訳無用! 一緒に来なさい!」
ブレミシャインが手を掴まれて引っ張られて行かれるが、ウィスラッシュの行く手に黒い手が待ったをかける。
「すまないウィスラッシュ。ブレミシャインは今連れていかれると困る」
「ドクター? あなたもここのところ運動をサボっているわね? 仕事が忙しいのは分かるけど、適度な運動をしてないとその内身体が動かなくなるかもしれないわよ?アタシも付き合ってあげるから訓練場に来てくれないかしら」
「あー……また今度にしてくれないか、ウィスラッシュ? 今は手が離せないんだ」
「ドクター直々に必要な用事って何なのかしら?私にも聞かせて下さるかしら?」
疑われているな、とピンと立つクラミミを見て感じる。納得できなければつかつかとその傍を通り過ぎようとするだろう。ドクターはそう考えた。腕を掴まれて連れていかれそうになったブレミシャインは頻りに目をやっている。ドクターは間を置かずこう呼びかける。
「……教官の様子はどうだった?」
大きなクラミミがぴくっと反応する。当たりだ。
「よく分かったわね?」
「『丁度いいところに』と言っていたからだね。君が医務室に行く用事と言えば、教官の見舞いだと考えてもおかしくはないだろう?」
「そうね。でもそれ、今関係あることなのかしら?」
「大いに関係あり、だよ。私達はこれから教官をあのようにした問題を解決するつもりでいるんだ」
「そのためにマリアを連れていくの? ほかの誰かじゃダメなの?」
「ダメだ。だがさすがに三人だと骨が折れると思っていたところだからね」
黒い手が差し出される。
「頼む、ゾフィア。手伝ってくれないか? 君の協力が欲しい」
空色の瞳が差し出された手を真っ直ぐじっと見つめる。しばらくしてからブレミシャインを掴む手を緩めた。
「そうね……今日の夜は空いてるかしら?」
「……3時間くらい作れそうだな」
「私も手伝うわよ。任せられる書類仕事くらいあるでしょ?」
「えーと……これ以上無理しなくてもいいよ。休暇だよね? 気持ちはありがたいけど……」
「そうゆう事じゃないのに……、もう。 気にしないで。 その代わり、ドクターも訓練場には来てもらうわ」
「そう来たか……分かった。それでいこう」
こうして両者の手は結ばれた。その様子を見ていたブレミシャインは、なぜ自分の伯母さんが心なしか怒っている様なのか、なぜドクターの手癖がさっきよりもひどくなっているのか分からずにいた。
だが、ともかくもこれで彼女の訓練に引きずり込まれることはなくなった。振り返り、グラベルのもとへゆっくり向かおうとすると背後から肩を掴まれた。ブレミシャインの顔がぎこちなく後ろへ向く。
「言っておくけれど、マリア。あなたもよ」
表情では笑みを作っているが、目が笑っていない。どうやら逃げられないようだと悟ったマリアはすんなり抵抗を諦めた。その様子は母ネコにつままれた子ネコのようだったと後にグラベルは語ったという。
新たに一人加わったところで、ドクター一行は早々とした足取りでメイヤーの通る可能性が高いルートを進んでいた。オペレーターやロドスのスタッフなど時折出会った人たちにメイヤーの事を聞いてみるのだが、どうやら一定のルートを辿らずにふらふらしているようだった。ともかく被害者が未だに発生していないことは確認できたが、奇妙なことにミーボの姿が確認できていないようだった。
「ミーボが消えたのは、変じゃないかしら? いつも作戦行動の時には連れてきているのに?」
「あ、あぁ……徹夜漬けなのが影響しているとしか考え付かないかな」
「あら、他の可能性もあるんじゃないかしら? 例えばミーボに宿ったトーマスの怨念がメイヤーさんを狂わせたとか」
「……B級ホラー映画? グラベル合わせなくていいから…… いや、たぶんそれくらいぶっ飛んでいそうか……」
「なんかありそうな話かも……うぅ……そう考えるとちょっと怖いかも……」
余りにも世間離れした、いやそれ以上にどこか踏み外したような推測。その反応もどこか踏むべき場所を踏んでいないようなものである。ドクターは首をかしげながらもグラベルの仮説に賛同しかけているし、ブレミシャインはと言えば少しばかり冷汗をかいている。
「二人とも何馬鹿なこと言ってんのよ。一人のオペレーターに迷惑行為をさせないよう注意するっていうだけの話でしょ? 別にB級どころか映画の冒頭にすらならないでしょ、こんなこと」
ぴしゃりとウィスラッシュが二人につっこみをいれる。少々呆れたような声色だ。
初めはドクターたちの問題解決について乗り気だった彼女も、その詳細が分かるにつれ些か気抜けしてしまっている。それでも予備隊の被害を見たために同行はしてくれているようだ。最も彼女はそれだけのために付いてきているわけではないが。
確かに今回の件は言ってしまえば一人のオペレーターの不始末であると言えるだろう。それでも始末書を書かせ、医療部に突き出してメディカルチェックを行わせる程のことをする必要はあるが、別にこんな大所帯で向かうことはないだろう。
それが出来ないのは、ドクターがメイヤーと深い交流のある人物として彼女の事を良く知っているからであるだろう。それに他の者だったらここまでの事はしなかったかもしれないが、
「それでも、だ。そうでなければ昼食も午後の予定も抜かしたりはしないよ」
と、近くでクルルゥと音が鳴った。ふと音のした方へ向いてみると、そこにはお腹に手をあてたブレミシャインの姿があった。周囲の目が集まったことに気付くや否やニアールも顔負けの速さの両手で顔を覆った。しかし動揺を抑えきれていないのか、淑やかを感じられる白い指の隙間から真っ赤なほっぺたと動揺した瞳が隠せていない。
「あーすまないね、ブレミシャイン……」
「マリアしっかりなさい! もう……」
「ご、ごめんなさい」
「ふふっ、しょうがないわねぇマリアちゃんは。ドクター、後で彼女のためにおごってあげましょう?」
クカァァー
「……そうしようか、グラベル。二人分でいいか?」
余裕の笑みが恥ずかしさに染まっていった。もし小さく頷かなかったら髪と顔の区別がつかなかっただろう。
「お菓子あるから食べなさい」ぬっ
「うわ!ドクターのバイザーからぬれせんべいが!」
「一体ドコから出してるのよ!」
ドクターのバイザーからあるものが出てきました。
あなただったら何が出てきてほしいですか?
この質問は作品に役立たせる……かも。