続きをば。
「ねぇドクター? そう言えばなんで私を呼んだの?」
「そうか、マリアには言ってなかったか」
唐突になぜ私がそこまで必要とされていたのかが気になって質問をかける。こういう事ならもっと力のある人を頼めばいいのに。するとドクターは思い出したかのように語りだす。
「メイヤーは今回に限らず徹夜する癖があったから、彼女の同僚やミーボたちが止めて寝かしつけていたんだ。それでも時に暴走する時があってね」
「うん、確かにそう……だったよね。でもここまでの騒動になるなんてことなかったでしょ? 一体どうしてたの?」
「普段なら注意くらいで何とかなるんだ。でもここまでになると睡眠薬や麻酔銃で撃って眠らせるようにしている」
「もうソレ人里に下りてきた裂獣の扱いなんだけど?」
「同僚のサイレンス、マゼランが作ったマニュアル通りだとそうなる。続けて2か月くらいでだいぶ慣れてきた」
「.もうどこからツッコめばいいのかしら」
もう指摘を入れることを半ば放棄したウィスラッシュ。指導すべき箇所を持て余した相手と当たってしまって、諦める以外に道はないと思ったような風だった。一方でブレミシャインはドクターの語った言葉に少し思い出せることがあった。そういえば数カ月前に麻酔銃への改造を頼んできたオペレーターを偶然見かけていた。グラウコスさんに銃の改造を頼んでいたのは青いフードを着たアヌーラの少女。名前は確か……。
「それやってるのってもしかしてアズリウスさん?」
「ああ、そうだ……知っているのか?」
「少し前アズリウスさんからの依頼があったから覚えてたんだ。『確実に仕留められる銃をお頼みしますわ』って」
(まさか同僚を撃つためのものだったんだなぁ……)
仕事に忠実で気配りのいいアズリウスさんだったからこそ問題なかったが、今度からはしっかり依頼を確認しようと冷汗をかく。だが、その一方でドクターがなぜ自分を呼んだのか何となく繋がった。
「ねぇ、もしかして私が呼ばれた理由ってさ、私のアーツが関係してるのかな?」
「麻酔銃も最近効きが薄くなってきてる。今はフォリニック特製の睡眠薬を使っているが、これ以上強力なモノにすると体に悪影響を及ぼしかねない」
トーンを落として深刻な面持で話すドクター。
「……なによりもうこれ以上に手荒な手段をしたくはないんだ」
「そうね、なるべく穏便な解決を目指したいわよね」
「いえ、麻酔銃の時点で穏便じゃないんだけど」
ボソッと呟くウィスラッシュ。幾度か腕の時計を気にしていた動きを止めて突っ込みを入れるが、この場の者は誰も彼女の呟きを拾おうとしなかった。
(ドクターも少しは任せてくれればいいのに)
ドクターは皆に好かれていると思う。だけどいつも私達より先手を打ってしまって、私たちの出る必要が無かったりする。もちろんドクター以外も凄く優秀な人は沢山いる。でも私はいつも助けられてばかりいる。ドクターの戦術に、ドクターの厳しさに、ドクターの優しさに。そう思うと私がちゃんと役立てるのかそこはかとなく不安だ。こんな空回り気味な気もする頼み事だけれど、それでも少しでもドクターの役に立ちたい。と、腕時計を確認していたウィスラッシュが声をあげる。
「もうそろそろ着くころかしらね。あそこの自販機に職員がいるから聞いてみましょう。あら、あの照明点滅しているわね……」
「お疲れ様ですドクター!」
「作業お疲れ様」
先ほどまで作業をしていたらしき二人の作業員と出会ったドクターたちは今までしてきたのと同じ質問をした。誰もが思わず(ドクター以外はだが)鼻を覆いたくなったが、一番目的地に近い人たちなので無視するはずもなかった。
「ドクター、こんな綺麗なオペレーターたちを引き連れてどうしたんです?」
「二人とも作業途中で悪いのだけれど、メイヤーさんを見かけなかったかしら?」
「あー、メイヤーさん……?」
「メイヤーさん? 見てませんよ」
「そう、ありがとう」
「あの、彼女に何か用ですか? 何か任せたい仕事とかあるとか? そのような感じですか?」
「ええ、少し話したい事があって」
「どちらにせよ、あの人なら今はよしておいた方がいいですよ」
「え?」
「最近ラボにこもりっきりで、滅多に顔を出さないんですよ。なんでもミーボがとか改造とかいって夢中になってるみたいで」
「その件について私たちは来たのよ」ウィスラッシュおばさんが言う。でもその言葉を聞いているのか聞いていないのか浅黒い肌のエンジニアはまだ話を続けている。
「ただその割には依頼もちゃんと受け付けていて、それが益々奇妙というべきか……ええ。この間入り口前に依頼の書いたメモと納品箱さえ置けば期日に完成品が届いたとか言う人がいて……」
脱線気味になっている彼の話を聞いていると、ふととある極東映画のイメージが思い浮かぶ。極地探検隊の料理人が昼食を載せたトレイをのドアの前に置いてその場を去っていくと、開かずの扉から白い手がぬっとそのトレイを引きずり込む。そして再び彼がやってくるとトレイの中身が空っぽになっている。そんな感じのことがあったかもしれない。しっかり依頼のものが出来立ての状態でラボ入り口に置かれている風景を見て、その人はどんな表情をしたんだろう。そう考えるとなんだかコミカルで面白いかも。
「実際にあったそうなんですよ! 彼女の顔も凄いもので。まるで何かが憑いていたみたいに……」
矢継ぎ早に話そうとするエンジニアの肩を、もう一人の職員が叩いた。
「もうその話はいいだろう。……すみませんね、お嬢さん方」
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
「そう言えば君は……えーと……」
「ブレナンです」
「ブレナンさんは塗れているみたいだけど何があったの?」
「ハハハ、お恥ずかしいことに。実は先ほどまでこの自販機の故障を直していたところでしてね、その時におっ被ったんですよ」
グラベルの質問に、困り顔で頬を掻きながらブレナンは答える。
(先ほどからする甘ったるいような刺激臭との関連性とを指摘したかったけど、多分……そうよね……)
その匂いはドクターにも感じられたらしく、ぼそりとこう言っているのが聞こえた。
「……『痺れる炭酸! アシッドムシ味!』か……」
「ん? なんか言いましたか、ドクター」
「あ、いや何でも……」
「そ、それよりその自販機の故障というのはどんなものかしら?」
たどたどしくグラベルが尋ねる。
「グラベルさん? 私たちは今そんなことやっている場合では……」
「あー……うん。ええ、確かにそうね……。今のは何でもないわ……」
ウィスラッシュの軌道修正を受けて、次に何を聞くべきか考えているグラベル。すると、
(あれ? ドクターは近くの自販機を見つめてどうしたのかな?)
その自販機はスカイブルーに染め上げられていて黒い廊下に調和するようなカラーリングになっていた。正面には「故障中」の張り紙が張ってあって、中もライトアップされていなかった。だが一点だけ妙な部分があった。
「ん? その壊れた自販機というのはあれかな?」
ドクターが自販機に興味を示して近づいていく。
(あの自販機、一か所だけボタンが光っているわね……)
照明を落としているはずの自販機のボタンが何故か一つだけ光っているのだ。その光は普段通り見かけるもので間違いなかったが、自販機の状態からして普段通りでないことは明らかだった。
「ええそうですドクター。ただ……また何か不具合が起こっていますね……」
ドクターは自販機の前に立ちながら指を擦り合わせている。
「この自販機触ってもいいかな?」
「え? え!? でも! いや、こ、これはまだ故障中で……」
ドクターは何を思ったのか自販機について興味があるようだ。「ドクター!? そんなことやってる場合じゃないわよ!?」とウィスラッシュも制止の声をかけた。ブレミシャインもドクターのやることが釈然としなかった。叔母に続いて言おうと思ったがふと何か引っかかることがあったので、少し踏みとどまる。
(でも何だかドクターの行動が落ち着き払ってるような気がする。グラベルさんは……何も言わないの?)
横目で見ると、グラベルはただドクターの様子を見ているだけだった。よくよく見ればどこか余裕を持ったように見ているようだ。ブレミシャインは似ている眼差しを知っている。それはドクターがオペレーターたちを指揮している時に良く見せる、信頼の瞳だった。今でもドクターが職員たちを丸め込もうとしている時でもそんな瞳だった。
「あ、あのグラベル? ドクターの事止めないの?」
「あら、別に彼女が止めてくれているならあたしが出る幕はないとおもうわ~」
「で、でもいつもドクターのサポートを率先してやってくれてる貴女が、ウィスラッシュおばさんよりも遅れるようなことはあるのかな……って」
「……どうしてそんなに気にしてるのかしら?」
(あ、あれ? 変な感じのコト聞いちゃったかな!?)
食い下がろうと無理やりに描けた言葉の「らしくなさ」に慌てる感情が追いついてくる。それでも何か言おうとしたが、出てくるのは「えーと」とか「あの」とか用をなさない言葉ばかり。微妙な雰囲気になるように思えたがグラベルはそうではなかった。
「そうね~、『イイコト』、教えてあげようかしら」
そう言うと彼女の傍に歩み寄り、距離を少しづつ縮めていく。その足取りは公私の境界線を踏み越えて、なおゆったりともたせていく。さながら暗殺者かそれとも……。
「ドクターはいつも合理的な行動をとってロドスのみんなを支えているでしょ? そしてたまに理性が無くなると奇行に走ったり変な言動になったりする。そう思うわよね?」
「うーん? 何となく全体としては合っているような気はするかなぁ」
ふとドクターの方を見やると自販機を確認している最中のようだった。急に自販機を調べたいと言い出して、今のミッションよりも優先させていく態度。騎士競技場レベルな贔屓の目で見ても意味のないミスリードで、結局最後まで意味をなさない行動ではないかとしか思えない。そんなものをあの神がかった布石を打つ指揮官が行った。これは一体どういうことなのか説得力のある説明する術を持たなかったし、かといってこれが全くの無碍な気紛れだとも思えなかった。だからこそ余計に気になって仕方がない。
「そう思うでしょ?」
その時にはすでに彼我の間は二歩までに縮まっていた。グラベルは秘密が確実に一人だけ共有できるよう身体を半歩向けていた。ただ普段ならおでこ一つ分以上にある彼女の経験値の厚さに呑まれているはずのブレミシャインは、それ以上の興味から半歩身体を向けていた。そのため実のところは一歩分でしかない。
「……違うの?」クラミミがピンと前へ向けられる。
「うふふっ……違うのよ」面白い反応が得られたとばかりに微笑む。
「実はドクターって結構変わってるわ。あの人の傍にいたことのあるオペレーターたちなら分かるの。『あの人は面白い人だな』って」
面白い人だから。
確かにドクターの人となりとしてはその表現も分かる気がする。と、ここできて彼女の質問が自分の質問の意図を満たしていないことに気が付いた。ブレミシャインがもう一度彼女に聞こうとしたときには、もうすでに距離が離されていた。
「え? ちょ、ちょっと? 本当にそれだけ、なの?」
「そうよ~」相変わらず微笑んだままそう答えたが、少しだけ考えた様な間の後にこう加えた。
「……でもアタシ以外にドクターの秘書を務めた人に聞いてみたらいいんじゃないかしら? あなたの身近にいる人が一番聞きやすいかもね~」
「ドクターもう片付いたかしら! 終わったなら早く本筋に戻るわよ! そこの二人も! 行くわよ!」
ちょうどよくドクターの寄り道が切れそうなタイミングと見たウィスラッシュが声を上げる。その声にすぐ彼女たちも向かった。
「ごめんなさい! あ、お二人ともありがとうございます」
二人に向かってお辞儀をする。彼らもめいめいに返してくれたところでドクターたちに追いつくべく駆け足で向かった。
もうすでに合流したドクターはウィスラッシュに詰められている。
「ドクター? 寄り道しないで頂戴! あなたのすべきことは一オペレーターの問題を解決することであってそれ以上でも以下でもないの! しっかりなさいな!」
(うーん……なんだか叔母さんいつもより張り切ってる気がする。仕事じゃないのになんでだろ?)
何だかドクターに対する当たりが先ほどから強いように思える自分の叔母を不思議に見つめる。普段から厳しい性格ではあるが、それにしてはどこか普段通りではないと思わしきズレを感じていた。だがそれがなんであるかがいまいち掴みかねていた。丁度ドクターの時の様に。ウィスラッシュが銀の腕時計を確認している。
叔母の違和感も気になってはいるが、それよりもグラベルに言われた件についても考えてみると一人思い当たる人物がいた。自分たちよりも先にロドスに来ていて、秘書を務めたこともあると言ってこともあり、自分たちに一番身近な人。
(マーガレットお姉ちゃんのこと、なのかな? でも何で直接教えてくれないの?)
もう一度聞き返そうとも思ったが、きっとグラベルは上手くはぐらかしてくるだろう。現時点ではどうもできないだろうからしばらく後回しにしようとブレミシャインは決めた。そうしているうちにようやく目的地に着いたが
「扉の前……何かいるわね……」
ラボ・ルトラにはあの例のロボットたちが待っていた。
今日やっと18等級クリアしました……。デカいワニにはターミネートとAshで黙らせた。術師ワニと拳闘士ワニは真銀斬ラグナログで薙ぎ払った。
でも正直回復入れて戦った方が凄く楽だったことに気付くのはまた後の話だったりする。