ラウラは元気に出て行ったが、和成の夜はまだ終わらない。
今日は次で最後だが来るのは和成が知る限り最も危険な乙女こと箒。
初日、一夏が不安気だったので一緒に訪れた1025号室。
そのまま入ろうとした一夏を止めて、ノックするのがマナーだと示した。
加えて入室許可を取らなければトラブルになりかねないとも説明。
幾度かノックし、二度は声をかけたが返答は無かった。
だが、念のためもう少し様子を見ようとしたところで一夏は開けてしまったのだ、禁断の扉を。
目と目が合い、和成は素早く回れ右したが一夏はバスタオル姿の箒を気にせず直視。
結果、木刀による突きの被害をドア越しに何故か和成だけが受けるという理不尽さ。
和成にとってはまさに暴力の化身だった。
「和成、入ってもいいだろうか?」
ノックと共に聞こえて来たのはトラウマ級地雷、箒の声。
しかし、いつもの様な高圧さが感じられず、当然拒否する訳にもいかない和成はドアを開けて招き入れたのだった。
◇◆◇
箒は自覚していた、自分が和成にとって鬼門であるという事を。
初日から理不尽に木刀を振るい、ISの訓練と称して刀をも振るったのだ。
だからこそ、出来る限り穏やかに声をかけたのだが……。
最早トラウマレベルなのか和成の表情は硬かった。
(これは私の未熟が招いたこと、和成に非は無い)
箒はそう自分に言い聞かせると床に座った。
「和成、出会いから今の今まで私は何かと言えば暴力を振るって来た。
それに関しては己の未熟、弁解の余地も無い。すまなかった」
するりと出た言葉、下げた頭、箒は心からそう思っていた。
それを見聞きした和成は箒の変化を敏感に感じ取る。
以前の箒は逆上することはあれ、謝罪することなど無かった。
なら自分も見方を変えるべきだと思ったのだ。
「和成、私は一夏が好きだ。知っての通り幼少の頃からな。
そしてここ、IS学園で再会し舞い上がっていた。
わかっていた筈なのだ、一夏がああいう奴だと。
それでも情け無い話だが和成のアドバイスを活かすことはできず……。
気づけば周りはライバルばかり、苛立ちが募り……その矛先を無関係な和成に向けてしまった」
和成はただ黙って箒の独白を聞く、どんな答えに辿り着いたのか聞き届けるために。
「無人機襲撃の際、私の独り善がりな行動で自分と皆を危険に晒した。
銀の福音事件でも私は紅椿の力に溺れ、一夏と和成が大怪我を負った。
そこから私達が離脱できたのは和成の献身があったからだ。
銀の福音との二戦目、セカンドシフトした福音の脅威を怪我を押して抑えてくれたのもな。
つまり今、私を含め皆が生きてるのは和成のお陰だと言っても過言では無い」
そこで一度、箒は言葉を切った。そして意を決したのかさらに続ける。
「にも関わらず、感謝の言葉も健闘を讃えることもせずに結果だけを見て一夏一夏と……。
それが身を呈して我らを守り切った和成に私がした愚行。
その上、少しでも不満があれば自分を棚上げして和成に当たり散らす体たらく。
自分の事ながら呆れて物が言えんとはこの事だろう。
そして、その積み重ねが和成に死を選ばせてせしまった」
箒はそこでさらに頭を低くして言葉を紡ぐ。
「私は自分が恥ずかし過ぎて許せなどと決して口にできない。
ならばこそ、私は自分の犯した罪を濯ぎ、和成に認めて貰えるよう努めるのみだ。
最後にもう一度、伝えさせて欲しい。
ありがとう、和成。私を救ってくれて。
そして数々の所業を詫びる、本当にすまなかった」
箒は自分の想いを伝え切ったのだろう、和成の反応を待っている。
なら和成も誠意には誠意を持って応えるのが信条。
「頭を上げて下さい、箒さん。貴女の想い、確かに受け取りました。
そして、僕は期待します。
箒さんが今、自身で口にした事を違えない様にと」
「確かに承った、篠ノ之箒はその期待に応えて見せるとここに誓う」
こうして箒との面談は終わりを告げた、後には疲れ切った和成を残して……。
◇◆◇
その様子を見ていて束は一夏が絡まなければ箒はここまでできるのかと驚いていた。
幾らワールドパージの効果があったとは言え、あの落ち着き様は束の知る箒に無かった物。
「あまり言いたく無いんだけど、いっくんの体質の影響は甚大だね。
これは箒ちゃんだけじゃなく、今までの子達も見た上での結論。
ホントあの屑共は余計な事しかしない。
そして白式は説得の結果、既に自己改変を停止・修復に移ってるから問題無しっと」
束の目は虚で既に消した石ころを忌々しく思う、そしてその目には急速に光が灯って行った。
「かーくんとサキモリが関わった子は箒ちゃんも含めて今のところまともになってる。
やっぱりかーくんって何か持ってるんじゃ無いかな? 束さんらしく無いけどそう思うよ。
……非科学的なのにそう確信してる私がいるんだよね、不思議だけど。
サキモリのワンオフアビリティも特A級、いや最高クラスのS級。
汎用性の高さに加えて応用の幅も広いISにとって理想的なワンオフアビリティ“人馬一体”か……」
束は思う、このワンオフアビリティにはまさに無限の可能性が秘められていると。
「……天然物に養殖物は敵わない、かーくんもこっち側の人間って事だよね」
そう言った束は、モニターに映る疲れて眠った和成を愛おしそうに見ていた……。