気になった感想への返信。
>> サッカーと検索しても、引っ掛からないのが勿体無いと思います。
→了解です。タグに『サッカー』を追加させて頂きました。他に何か足らないと感じる様でしたら追加しますので、また意見の方を宜しくお願いします。
>> モット ゼブンノ デバンヲー
→オメデトウ チョウドコンカイ ノ ハナシデダスツモリ ダッタンダヨ
雑プロット段階で今話にてセブンを出すのが既に決まっていたので、タイムリーな感想でした。もっと出番ってなると日常の幕間や高校年代に上がって代表に呼ばれてからとなりますが、出せる時に出せる様に努力します。
今作から感想全部への返信というスタイルは辞めましたが、引き続き頂いた感想は全て読ませて頂いています。
ここすき機能や感想は大変励みになりますので、お手数でなければこれからも宜しくお願い致します。
そしてもう一つ。
日本代表の方々、中国戦にて2-0の勝利、おめでとうございます! 次戦サウジアラビア戦はリアルタイムの観戦が出来ませんが、このままの勢いで勝ち抜いてくれる事を期待しています!
「骨折ですね」
医者が告げる怪我の名称。
医者の目の前に居座るのは二人の男女。一人は少年で、もう一人はその母だ。
少年───今やサッカーファンの中では話題沸騰中の日本の至宝の一人と化したFW選手の逢沢 駆が難しい表情で言葉を返さずに沈黙を続けていると、代わりに母親が問い返した。
「骨折ですか?」
「ええ。幸い骨のズレもなく綺麗に折れています。削られ方からしてもっと酷い怪我となっても可笑しくは有りませんでしたが、もしかしたら当たる直前に脚の角度を変えていたのかもしれませんね」
淡々と怪我の症状と、その理由を告げて行く医者に母親はホッと安堵の息を吐く。
10月中旬。時間にして数時間前のスウェーデン戦にて、駆は相変わらずの活躍を続けていた。前半に二得点を決め、やはりマンマークで止める事が出来ないと判断したスウェーデンがマークに二人、カバーできる範囲に一人置く事で駆を封じるも、それによってフリーになったFWに決められ三点差。だが駆にツーマークで其処をカバーする戦術に慣れ始めたのか、後半に入って28分まで試合が動かない展開となった。
慣れ始めた気の緩み。
これなら行けると油断した相手の隙を突く、一瞬の抜け出し。それにより駆は更に1得点を重ね、最早彼の代名詞ともなったハットトリックを達成。
これで終わらないと更にペナルティエリアに抜け出して───相手選手の故意なファールにより、駆は怪我を負った。それが骨折の経緯だ。
試合は一時中断され、誰が見ても折れている事が一目瞭然故に、待機していたタンカで運び出して緊急で病院へと送られる。
当然相手選手はレッドカードで退場。自分でも何をしたのか分かっていないのか呆然とした様子でピッチを去って行く。
誰しもが動揺を抱えた状態で試合は再開。PKから始まりそれを決めてスコアは5-0と伸びる。だが10人ながらも必死に繋いだスウェーデンのボールはゴール前へと運ばれ、一矢報いる一得点。その後は人数不利もあって日本が1点を決め返し、6-1で試合は終わった。
そして緊急で運ばれた駆と言えば、診断の後に脚を検査。通常より長い待ち時間の後、こうして説明を受けている。
酷いやられ方故に、本当に結果が合っているのかと何度も見返していたのだろう。駆の母はそう考える。
「骨折が治る期間は一ヶ月が目安とされています。アスリートは自然回復が早い例がありますし、全治という訳ではないので個人差はありますが」
「駆は早く良くなるという事でしょうか?」
「……いえ」
「逆だよ、母さん」
駆の母の問いに、医者は苦い表情で言葉を躊躇う。母が疑問の表情を浮かべれば、それまで黙っていた駆が苦笑気味に告げた。
どういう事かと頭を巡らせていると、医者がゆっくりと頷きながら言葉を紡ぐ。
「駆君自身が理解している様ですので、ハッキリと告げます。まだ推測の段階に過ぎませんが、恐らく骨を繋げるだけでも三ヶ月。全治には更に一、二ヶ月を要するかと思われます」
「……三ヶ月?」
「此方を確認して下さい」
医者はモニターに映る骨の画像を切り替え、レントゲンではなく直に撮った脚。駆の脚がカラーで映し出す。その脚は擦り傷の様なものが出来ていた。
「サッカーシューズで削られましてので。骨折に伴い出来た外傷です」
「……はい」
「これは出来てから数分程度の写真です。徐々に時間を進めていきますね」
言葉通り医者は時間表記を指しながら画像を進める。やがてクリックする手が止まると、母がどういう事かと首を傾げると同時に、この行動の意味を説明し始めた。
「最後に瘡蓋の状態になるまでに掛かった時間は、一般人が擦り傷を負った時の平均的な自然治癒時間の倍以上となっています」
「倍以上ですか!? け、けど傷の深さだったりも……」
「外傷は浅いので、もっと早くなければおかしいんです」
「……」
「もちろん、無意識に身体が治癒する部位を選択しているという考えも出来ます。個人差があるのはそういった無意識な能力が高いという事もありますから。ただここまで極端だと、全体的な治癒能力に異常が生じていると考えた方が辻褄が合ってしまうんです」
「辻褄……?」
「医者になってサッカー協会との繋がりを始めてからそれなりに経つので、駆君と同年代の海外の子供、或いはハーフの体格の優れた子を見る機会も多いのですが……駆君の筋肉密度というのは、同年代の中では平凡な方ですね」
医者の話す内容は、U-17日本代表監督がかつてアシスタントコーチに告げていた内容と同じだ。
本来ならば体格差、筋肉差によりそもそもフィジカルの競いに負けて当然の中学年代と高学年代という身体差。技術があったとして、そもそも一段階成長期に差がついてしまえばその技術さえ使わせてくれないのが普通だ。ましてや駆の場合は傑と違って卓越している訳ではなく、あくまでも中学ではトップレベルというだけ。
にも関わらず競えているのは、最低限競えるだけの身体能力が存在しているという事。
だが実際の駆の筋肉密度というのは、それだけの身体能力を備えるだけの器には至っていない。もちろんやり方次第では本当に最低限の能力で競うことも可能だが、そうなると代表監督が危惧していた“身体の酷使”に該当してしまい、今回の様な故意の当たりでなくともちょっとした接触でふとした瞬間に故障していただろう。何なら全中の時点で何かしらの痛みがある筈だ。
だが代表監督が直接確認した通り、筋肉密度が平凡な中学レベルにも関わらず、無理をしている形跡が見られなかった。これは医者も同じ意見。
「しかし世代が上の中で競えて居た。その理由に納得がいく事象が存在します」
「それは、何なのでしょうか?」
「火事場の馬鹿力。またはアスリートに稀に起こる極限集中状態、ゾーン。或いは、その両方でしょうか。駆君は常にその状態になって居たと考えた方が良いと思います」
火事場の馬鹿力。切迫した状況に置かれると、普段には想像できないような力を無意識に出すことを指す言葉。
ゾーン。自分の全能力が発揮され、没頭し、潜在能力を引き出す事象。
これは誰にでも起こり得る事ではあるが、いつでも起こる現象ではない。窮地に達した時。もしくは気分が最高潮の時にこそ起こる、限定的な潜在能力の解放と呼ぶべきものだ。
だが医者は駆が
「ただ、本来であればこの事象が起こった時、数時間も保たずに途切れます。人に必要な活動エネルギーを必要以上に消費している為。分かりやすく言い換えると、体力の消耗が非常に激しいからです。しかし駆君は常にその状態で居られる。火事場の馬鹿力やゾーンなどの『一時的に引き出す』とはまた別種の現象なのかもしれませんね」
「試合の90分を走り抜けてるので、体力はあまり変わっていないんですよね?」
「ええ。もちろん診断時に聞いた通り、最近は食事量が増えたとのことですので、活動エネルギーの消費は通常より多いのでしょうが……大きな変化がないとなると、もう一つ考えられる可能性があります」
体力の消費をそれほど変えず、あくまで身体機能の一つである自然治癒にエネルギーを割かない事で身体の潜在能力を常時引き出す方法が存在する。
存在するだけで出来るとまでは断言出来ないが、事実目の前にいる以上はその可能性を話さない訳にもいくまい。その分野は専門から少し外れているので、これもまた推測に過ぎないがと医者は前置きし、続きを紡いだ。
「脳信号が新しく追加され、そちらを使用している可能性が高いです」
「脳信号?」
「はい。脳の電気的信号を発する無数の神経細胞で形作られたネットワーク……これらの切り替わりというのは、普通の人でも当たり前のように行われています。思考の切り替え、なんて言葉が良くありますね。無数の神経細胞から成る脳信号の切り替わりというのは、別段特別なものではありません。ただ駆君の場合、良く使われる信号……分かりやすく言い換えると、現代のインターネットで言う“タブ”に当たるものが新しく追加され、常時そちらを使用している様な状態になっています」
「切り替わりが出来ていない、という事でしょうか?」
「それに加えて容量の足りていない状態で、容量以上のデータをダウンロードしている感じでしょうか。ただしこの場合は、データの一部をダウンロードしない事で何とか可能にしている、という事になるかと思われます」
脳の中にもう一つの脳を作っていると言い換えてもいい。許容量を明らかに超えている為に削ぎ落とされたデータが自然治癒力の一部だったり、或いはまだ知覚出来ていない何かしらという事もある。
普通ならば人の脳とは身体と共に成長するものだ。上手い人が下手なフリをしてもすぐにバレてしまうのは、脳信号が“上手い状態”というのを維持して抽出しているから。新しく作り出されるのではなく、身体の成長に合わせて脳も成長を果たすのだ。
「……何とかならないんでしょうか?」
「簡単な話、新しく脳信号が追加されているのであれば、元の脳信号へと切り替えれば良いだけです。そうすれば自然治癒能力も本来の早さへと戻ります。しかし、難しい問題ですね……」
「それは何故?」
「診断時の話を聞く限り、駆君は急激に今の能力へ至ったと考えられます。新しく追加された脳信号と言うと症状は多重人格と似ているのですが、多重人格はある種『自分の感情』から段々と生まれるものです。切り替わった人格の自覚が出来れば、すんなりと消える事例もあるのですが……駆君は無意識にそれを自分の能力であると認識しているので、そう簡単に切り替える事が出来ません」
駆のこの能力のそもそもの原因として上がるのは、未来の記憶だ。プロとして活躍した時の記憶が脳に根付いてしまい、その意識があまりに強いからその時の能力を今の身体で再現している。
しかもその記憶は能力が飛躍的に上がった時のものだけではなく、過程である“成長”も含んでいる。もし駆の記憶にあるのがJリーグ一部のプロとして活躍した時だけであれば、極端すぎる能力の違いに脳が違和感を覚え、今の駆でも違いに自覚出来た。
だが今の自分の身体から成長していった記憶を含めているから、明確に能力の成長を想像できてしまう為、違和感というのが全く芽生えない。無意識下に張り付いているから、その自覚が非常に難しい。
医者に記憶がある事までは告げていないが、急激に能力が飛躍した理由に関しては身体の状態から理解した様だ。そういう事かと駆はボンヤリと内容を把握する。
「もちろん、これらもまだ推測の域を出ません。ギプスと松葉杖を使用して出歩くことは出来ますが、念の為数日間は経過確認の為に入院をお願いします」
「……分かりました」
「ああ、それと駆君。
横開きの扉が静かに開く。
もちろん無音ではない為、意識がハッキリと起きている人には聞こえる程度の静かさだ。駆が部屋の入り口に視線を向けると、荒く息を吐くセブンの姿があった。
時刻はまだ夕方にもなっていない。駆と傑は公欠ではあるが、本来なら学校に居る時間帯だ。まして此処は神奈川ではなく東京のサッカースタジアム近くにある病院だ。直ぐには来れない距離。
どうしたのかと駆が目をパチクリとさせていると、偶々様子を確認しに来ていた看護師さんが問い掛ける。
「駆君の彼女さん?」
「あ、えっと……」
「はい、そうです」
「あら……若いのに早いわねー。じゃあ駆君、夕飯が必要になったら鳴らしてね。失礼しまーす」
セブンは横にズレて看護師さんが出ていくのを見送ると、駆に近付いて側にある椅子に腰掛けた。
「まだ負い目があるの?」
「う……あると言えばあるような、無いと言えば無いような……」
「知られたから吹っ切れて言ったでしょ。私が好きだったのは小学生からずっとだって」
「はい……ってそれよりセブン、学校は!?」
「それよりって……。休み時間に試合の経過確認してたら、駆が怪我で退場したってニュースが流れてたから落ち着かなかったの。だから授業の先生が気を利かせて、早退で行って良いって許可をくれてね」
「そっか」
「……怪我の具合はどうなの? 駆のお母さんからは、多分学校だからって連絡が来てないんだけど」
「ただの骨折だよ」
「なら……!」
「けど、サッカーを再開するには4〜5ヶ月くらいは想定したほうが良いって」
「……5ヶ月?」
駆は診断の時の話を掻い摘んで伝え、一息。セブンは唖然と小さく口を開き、思わず呟く。
「そんな……」
「不思議には思ってたんだ。どうしてあの時の感覚と変わらないままサッカーが出来てるんだろうって。脚の長さとか体力とか、その辺の違いは感じても、力強さや技術が変わらないまま出来るから。だから理不尽とは思わないよ。寧ろ“ズル”してた代償だと思えば、納得も出来る」
別に脳信号を身体の状態に合わせたモノへと戻す事を諦めたわけじゃ無い。ただこうなっている理由は不思議なんかじゃ無いと、理不尽とも思わないと、悲痛な表情をするセブンにそう告げた。
そもそも、駆の記憶の中にある本来あった未来でも、臓器移植による臓器元の“生きた
それはセブンにも話した事がある。だから分かるだろうと、駆は苦笑した。
「それに、実を言うとさ。嫌な予感はしてたんだ、あの時」
「……足を削られる瞬間のこと?」
「うん。これは足を止めたほうが良い、この場所までは行かないほうが良いって、直感で分かった。けど同時に、
「……だから駆の責任だって? そんな訳ないじゃない。だって悪いのは、どう考えても脚を狙ってスライディングしたあの───」
「セブンが来る前にさ」
駆の言いたい事が分かったのだろう。分かってたのに其処に飛び込んだのだから自分の責任だと。だがあの場面で誰が悪いのかは、誰がどう見ても歴然。あからさまに脚を狙ってのスライディング。レッドを貰って当然であり、サッカー連盟から数ヶ月の謹慎を言い渡されるレベルのファールを行ったあの選手だ。
だがそのセブンの台詞を遮り、駆は落ち着いた表情で言葉を紡ぐ。
「その人と会ってたんだ、実は」
自分の診断を担当した医者が、駆をこの部屋に連れて行く前に伝えた
レッドカードで退場をくらい、駆が診断を受けている間に無理を言って面会を申し込んでいたらしい。1〜2時間以上は待っていたから、最終的に駆に判断を委ねた。サッカー協会としては二人の今の接触は望ましくなかっただろうが、駆が許可を出したので面会が許される。
「自分でも何をしたか分かってない。何でこんな事を。……そんな風に言われた後に、「でも君がいなければと思っていたのは確かだ」って、正直に打ち明けられた。日本語でね」
「でも……」
「目立つ選手が狙われるのはアスリートの宿命だし、若い世代の選手が衝動的に動くのは仕方がない。それを反省しないのなら僕も許すつもりはなかった。けど、ああも「自分も同じくらいの怪我を!」みたいな勢いで反省の意を示されると、流石にね」
やるせない表情のセブン。
短い時間の間で日本語の謝罪を必死に覚えた。同じくらいの怪我をする気迫で謝罪をした。
だからといって衝動的に駆に怪我を負わせたのは間違いなく、そこまであっけらんとしている駆に、セブンはそこはかとない違和感が芽生える。5ヶ月だ。5ヶ月もの間サッカーを行えない可能性があるのに、全く追い詰めていない様子。どう考えてもおかしい。
「ただ」
そんな違和感の最中、沈黙を避けるように駆は言葉を溢す。
「今は兄ちゃんに申し訳ない気持ちで一杯だな」
「……傑さんに?」
「多分、一番責任を感じてるのは兄ちゃんだと思う。自分のパスがアレを引き起こしたんじゃないかって。……担架で運ばれるときに、小声で謝られたから、何となくそんな感じがする」
あからさまなスライディングが無ければ、或いは自分が勘づいた時に避ける行動を取れば無かった怪我だ。傑が責任を負う必要は無いけど、傑はきっと責任を感じていると、駆は表情を落として言葉を紡いだ。
「結局、最後には真空に通すあの感覚を味わいたい自分の気持ちを優先して怪我をしたから、僕の責任だ。兄ちゃんに迷惑を掛けたくなかった」
その言葉で、セブンは理解した。
ああそうだ。駆は、記憶の中で一度プロになっている。ある種サッカー選手のゴール地点である其処に辿り着き、何なら国内リーグの優勝さえも果たしているのだ。
海外リーグだったり、それこそ目指せるならばバロンドールだったり、そもそもの原点であるW杯の優勝だったり。幾らでも目標はあるだろうが、少なくとも“今の駆”にとって学生時代のサッカーは既に終わりを告げている活動だ。違う点として、傑が生きている事実があるのであれば、駆が今サッカーを続ける理由の支えとなっている大部分は傑の為に他ならない。
だからこそ“ズル”なんて考えが頭の中にあっても、プロの経験を存分に扱う事に躊躇いがなかった。
だからこそ、相手の行動で自分が怪我をしたとしても、強く感情を動かす事はなかった。
あくまでも兄の為の行動が、未来の記憶を持つ駆にとっての最優先事項。『傑の為のサッカーがしたい』のであり、『サッカーをしたい』は二の次なのだ。その二の次が筆頭に上がって怪我をしてしまったから、より傑の為にという想いが強くなったのだろう。
それを理解して、セブンは頭の中で考える。
(もっと自分の為に……なんて言えない。私は傑さんの居ない未来を体験した訳じゃ無いから。駆の記憶は確かに聞いたけど、駆がどんな想いでサッカーをやっているかなんて聞いてこなかったから、何も言えない)
言葉なく、拳に微かに力を込めただけだった。
結局沈黙が訪れる病室の、その外。扉の前には一人の少年が立っている。扉を開けようと手を伸ばしているが、腕は不動。病室から溢れる会話を、その姿勢のまま聴いていた。
(……異様な達観。俺に対する執着心。……あの日の、駆らしからぬ冷たい表情)
少年、傑は会話を聞きながら、一つの可能性に行き着いた。
(
駆の怪我の内容は予め監督から聞いていた。だから思い当たる内容はあくまで、駆が体験しただろう“未来”のこと。
詳細はわからない。だが今の駆の状態を微かに理解し、やがて伸ばした腕を引っ込め、傑は出口に向かって歩いていく。
病室内に声が聞こえなくなるだろう階段まで離れて、傑に声を掛ける人物が一人。
「入らないの、傑君?」
「───! 峰さん、何で此処に?」
「長期の怪我はアスリートに心理的に負担を掛けるから、カウンセラーを一応。で、駆君に伝手が無いかとお母様が聞かれて、傑君の担当だった人を……という事で私がね」
「ああ……」
一時、傑が奇妙な夢を見ていた頃にカウンセリングを担当していた臨床心理士。傑が肩を脱臼していた時からの付き合いがあったが、最近は心理的な部分で特に問題がなかった為に会う回数は減っていたが、伝手は伝手。こうして呼ばれた訳だ。
「で、入らないの?」
「……今会っても、多分駆が申し訳なさそうにするだけです。それと、伝えるべき事は決まりました。俺には駆が必要です。ただ、今の駆は色々な意味で不安定だ。なので……伝える事を伝えてから、アイツに会いたい」
「……メールで伝えるということ?」
「俺は駆に、『ストライカーなら言い訳をするな。答えはゴールで出せ』と、そう教えました。それと同じです。サッカーの事はサッカーで伝えるしかない。……私情に巻き込むので、俺は多分多方面から叩かれると思いますが。その時はまたカウンセリングをお願いしていいですか?」
「……? ええ、わかったわ」
傑はそれだけ言い残すと、階段の手すりに手を掛けて降りて行き、出口へと向かって行った。
そんなやり取りが行われて数分。セブンが立ち会い峰と駆の軽い会話をしている中で、恐らく傑がタクシーでU-17日本代表選手の泊まるホテルへと帰っている途中に、セブンの携帯へ一つのメール。
ポケットの中でバイブ音に震えて身体へと伝えるそれに気付き、セブンは携帯を取り出しメールを開く。その内容に、思わず眉を下げて不安そうな表情となる。
(『悪い、駆の面会はやめる。ただ、明日のスペイン戦を必ず観るように伝えてくれ』って……。……駆も駆だけど、傑さんも結構思い詰めるタイプだから、変な方向に走りそうでちょっと不安だなぁ)
さて、そんなセブンの思いは見事に当たりを告げる事となった。
翌日、全チームの順位を決める日。それぞれのグループで一位の戦績を残して勝ち上がり、一位決定戦をする事になった日本とスペイン。
このスペイン戦にて、日本は奇策へと躍り出た。
日本のフォーメーションは基本が4-2-3-1であり、少々攻撃面を強める時。また駆が召集された今回なんかは、4-3-1-2であり、極偶に4-2-1-3でサイドの選手をウィングの位置まで上げることがある。
だが今回の日本は、4-5-1の頂点配置無し。ディフェンスは通常通りのサイドバック二人とセンターバック二人による構成、中央は守備的MFを一人置いてCMFに二人、両サイドに一人ずつ。そして最後の一人はぱっと見やフォーメーション説明だけでは非常に分かり難いが、CFではない。それこそ1.5列目のST、或いは二列目にまで及ぶ普通のトップ下の位置と呼ぶべきだろう。其処に傑を置いている。
日本はゼロトップで、Aグループを全勝してきたスペインに挑むこととなった。
組織的に崩してくるスペインに対し、傑は守備に割く意識を明らかに増やしており、ボール保持率は圧倒的にスペインが上ながらも硬い試合展開が続いた。
やがて試合時間90分を経過。今回はグループリーグではなく順位決定戦のため、引き分けで終わる事はなく、そのまま延長戦に突入。
だが延長前半後半合わせ30分が経過しても決着には至らず、勝負はPK戦で決めることとなる。
結果として日本は勝利を収めた。
強豪国を集い開いた大会にて、ホームとは言え一位の戦績を残した日本。その中で間違いなく活躍を残した選手達にインタビューが進められ、ついぞ傑の出番。そのインタビューにて、傑は衝撃的な発言をした。
監督は×サインを出して傑が言う必要は無いとジェスチャーするが、日本代表メンバーに迷惑を掛けたのは紛れもない事実だからと笑みを浮かべながら首を振り、マスコミに囲まれてインタビューを受ける。
『今試合に於けるMOM、また全試合を通してのMVP獲得おめでとうございます』
「ありがとうございます」
『スペイン戦には出られませんでしたが、一試合を欠いても得点王となった弟である逢沢 駆選手と並び、日本を引っ張っていくと期待されていますが、その事について何か?』
「日本をW杯で優勝させるのが俺達兄弟の夢です。それに対する一歩前進であり、期待も喜ばしく思います」
『弟さんの容態は具体的にどうなのでしょうか?』
「俺はその質問に答えられません」
『日本がこれから世界で戦い抜いていく中で、足りないと感じるものはありますか?』
「……統率の取れた守備でしょうか。現在の日本はカウンターを中心に組み立てるので安定した守備は出来ますが、隙を突かれると弱いと思います。突かれても対応できる様に、主に守備を指揮してくれるDF選手が居てくれると、攻守共に世界で通じると思います」
『なるほど。守備と言いますと、今回の試合では4-5-1でCFを起用しないゼロトップの戦術を使用し、守備面に意識を掛けたと思われますが……戸惑いなどはありませんでしたか?』
「4-5-1の起用をする様に頼んだのは俺なので、戸惑いはありません。仲間には慣れないフォーメーションで迷惑を掛けましたが」
『それは、組織的なスペインを相手にするとなると、決定力の欠けた日本では勝ちきれないと思ったからでしょうか?』
「いえ、私情です」
「俺にとっての最高のFWは駆であり、少なくとも今大会に於いて中心となっていた駆でした。ゼロトップは守備的に寄らせたのではなく、あくまで頂点───俺にとって必要不可欠な存在が駆だと主張する為に、結果的にこの形となっただけです」