気になった感想への返信
>> 言いたい事を言えたから叩かれはしても原作よりもスッキリはしてそうなお兄ちゃん
→実際問題の話、傑は現在進行形で願いが叶ってるどころかマジで約束した夢を果たせそうな状態にまでなってるので、最近は全く悪夢を見てないこともあって常時絶好調です。
なので傑はあくまでも全力でお兄ちゃんを遂行する
交流会カップを終えて数日。
やはり回復速度が異常なまでに遅くなっていると判明し、検査入院は僅かに伸びた。その伸びた入院期間を終えて退院した翌日。
駆は松葉杖を突きながらも朝早くから家を出て、当然の様に部活動へと向かっている。もちろんサッカーなど出来る筈もないが、自分は鎌学サッカー部の一員だからと、自転車に乗れない身だから逸早く。
朝練のある部活動に所属する人達だろうか。或いは他の学校のサッカー部だろうか。遠巻きから自分を見る視線が痛い。痛ましそうに、同情して向けられる視線が申し訳ない。この怪我は戒めだ。見えていた筈の選択を掻き消して、分かっていた危険域に飛び込んだ、その戒め。
司令塔に必要なストライカーがこんなザマになってはいけない。ピッチの王様の為に、エリアの騎士は在り続けなくちゃいけない。
ガードレールに守られている歩道を歩いていると、駆が空けているスペースを自転車が抜けていく。微かな風をその身に感じ、タイヤの回る音が耳を抜けていき、駆の視線は其方へと自然に誘導される。
兄である傑だ。傑は駆を気にする素振りもなく、ただ部活動に向かう為に自転車を漕いで行く。
(……結局、兄ちゃんと何も話せて無いな)
駆が退院したのはつい先日。その間に傑が面談に来る事はなく、昨日の夜も退院してそのまま家に帰って来たのだから疲れただろうと部屋で殆どを過ごし、顔を合わせることもなかった。
(インタビューの時の意味、聞きたかったんだけど)
───俺にとって必要不可欠な存在が駆だと主張する為に、結果的にこの形となっただけです
(変に同情や謝罪がないのは良かったし、あの言葉も素直に嬉しかったんだけど……なんかこう、妙に避けられてるというか)
避けられてるから、あの言葉の意味は別にあったんじゃないかと考えてしまう。例えばそう。怪我したんだから必要不可欠な存在と認知出来なくなったとか。
(……顔も合わせてくれないんだもんなぁ)
そんなに冷たい人ではないとは分かってる。ただ怪我をして暫くサッカーが出来ない事実に思考がネガティブ寄りになって、どうも凹む。
溜め息を吐きながら、ゆっくり、ゆっくりと身体を進めた。
「駆!?」
校庭に着いた頃には既にサッカー部のアップは終わってて、朝練のメニューらしい軽い練習が行われている。普通より早く出てもこの脚ではやはり間に合わないらしい。
明日からはどうしようか。もっと早く起きたとしても朝ご飯が食べれなくなる。まさか自分の為に母に早起きをしろなんて言える筈もない。
そんな悩みを浮かべながら、驚愕した様子で近寄ってくる佐伯に駆は挨拶する。
「おはよ、祐介」
「あ、ああ……いや、お前……大丈夫なのか?」
「あはは、練習参加は流石に出来ないけどね。部活生だから部活には出ておきたいんだ。……マネージャーに逃げてたから、ちゃんと選手として在籍してる今はさ」
「……」
どこか痛ましそうに表情を歪める佐伯。何か言おうかを迷って言い出せない、そんな感じ。
そんな怪我してるんだから無理をするな、とか。そこまで必死にならなくてもいい、とか。この期にしっかり休息しろ、とか。本気の心配にするべきか少しだけ気を抜くような言葉を掛けるべきか。恐らく本来の現在の駆ならば分からなかっただろう心理が読み取れる。サッカープレイヤーとして必要な能力だったから、リーグ戦を勝ち抜いていく度に磨かれた読み。
自然治癒力。また今は気付いてないだけで色々な能力が低下されているのだろう。その代わりに発揮出来る能力はどれもサッカーのものばかり。
サッカーが出来ない今、そんな状態の自分にどれだけの価値があるのだろう。
「まあ暫くは選手として動くのは無理だろうからさ、少しだけマネージャー業に戻ろうかな……なんて」
そうすれば少しは兄の役に立てるだろうか。
佐伯に練習戻りなよと声を掛けながら、練習エリアから外れてドリンクを用意してるマネージャーの所に寄っていくが、脚を見られながら断られる。
当然といえば当然なのだが、これでは手持ち無沙汰だ。どうしたものかと目を瞑っていると聞き慣れた声が後ろから。
「駆」
「あ、兄ちゃん」
「……早く出たのは時間帯の確認の為じゃなかったのか?」
「え? あ……あー。うん、部活動の朝練に間に合うかなって思って、結構早めに出たんだけど」
どういう意味か一瞬考えた。
だがそれが今の脚で歩きで通学し、学校に着くまでの時間を確認する為に早く出たんじゃないかという意味だという事に気付き、頷く。
「朝練には来るな」
「え」
「学校自体に間に合う程度の時間帯で良い。ギリになって急ぐのは当然無しだが、無理して朝練に来るくらいなら余裕を持って学校に来る程度の気持ちにしておけ。部活参加は放課後だけでいい。もちろんマネージャー業は無しだ」
それを言うとプイッと顔を身体ごと反転させ朝練に戻ろうとするが、脚は止まり、横顔程度に顔を向けて言葉を紡ぐ。
「それと、今日に関しては放課後の部活参加も無しだ」
ついでのように放たれた言葉に、駆は呆然と立ち尽くしてしまった。
部活参加無し? 部活自体が休みという訳ではなく、駆個人指名で部活には来るなと命令を受けてしまった。
一応体制として中学年代の公式戦出場を全て終えた9月頭から主将は事実上、傑から佐伯へと移っている。とは言え高等部の進学が決まってる上にサッカー部の所属は約束されているので、まだ中学生である現在はあくまでも傑がキャプテンとして振る舞っている。高等部の高円宮杯や世代別の練習に傑が行く時ははっきり佐伯が主将として練習を引っ張っていけと方針が決まっただけの様なものだ。
その主将から、個人指名で今日限りの部活出禁と、朝練の長期出禁。
放課後の部活も主にトレーニングコーチの様な役割となるだろうし、まさか自分が兄の指導など出来る筈もない。プロとして培ったものは見るだけでかなり吸収してしまった。
兄の役に立てそうなものは殆ど禁止されて、思わず愕然となる。
まあ元より駆はサッカー選手として見るなら、本来は入院してじっくりと安全に怪我を治した方がいい立場だ。間違いなく将来の日本を担うエースストライカーの療養は確実に行わなければならない。
だが駆はあくまでも中学生。高等部であれば間違いなく日本サッカー連盟から強制的に入院する事を強いられただろうが、中等部となるとそうもいかない。義務教育となると寧ろ中学の卒業自体は学校に行かずとも可能だが、中学生は最も多感な時期。環境変化の影響を受け易い。これが召集に応じる自責の代表ならば良いが、不慮の事故による怪我で強制入院などしようものなら、本人の心傷と環境変化によるストレスが相まって、アスリートとして表面には映らない致命的な何かを抱える恐れもある。
少なくとも今回の怪我は客観的に見れば駆に責任は無いし、「踏み込めばダメだと分かる」などの危機本能が発達してない限りは主観的にも本人に責任が負う事などない。
だからこうして数日の検査入院を経て、学校に来ている訳だが。
プロとしての在り方を記憶してる駆としては、兄の判断は間違いなく正しいと言える。怪我を無理やり押し通そうとして選手生命を失った選手も当然いるからだ。
(……けど)
駆は考える。
兄の事を抜きにしても、自分はサッカーが人生なのだ。
(サッカーに関わらない時、何してれば良いんだろう)
ぼんやりと、これから4ヶ月以上の休息をどう過ごすべきだと考え始めた。
クラスメイトに心配されながら、階段の昇り降りに苦労しながらも授業を終え、駆はクラスの椅子に座りながらボーッとする。今日限りとは言え放課後の部活参加も禁止された以上は家直行が当然だが、そうなると家でもボンヤリと過ごすだけとなる。
海外の試合でも観るか。色々とサッカーニュースでも観るか。そんな思考を浮かべると、サッカーをしたい気持ちが強くなる。なまじプロとして活躍した記憶があるから、身近な存在と認知して自らを動かしたいとそう考えてしまうのだ。
今までは自らを騎士たらしめた記憶だが、現在は無邪気な中学生の在り方を歪めるだけの厄介なものとなっている。もどかしい気持ちを溜め息に変え、椅子から立ってただ家で身体を休めるだけでも良いかと帰ろうとする。
そんな駆の席に、自分の恋人が近づいている事を視界の端で確認する。
「セブン?」
「あ、良かった。まだ帰ってなかったね」
「マネージャーの仕事は……?」
「実はちょっと頼まれ事を。駆、これから高等部の方に行こっか」
「……僕も?」
「うん」
「高円宮杯のメンバー決めかぁ」
「そう。技術的な部分は個人差があるけど、サッカーに対する理解度はみんな中学生としては高いレベルにまでなってる。だから単純な紅白戦による結果じゃなくて、選手同士の相性やフォーメーションの適性を考える必要があるから、そのデータを纏めたモノを熊谷監督にね」
「そっか」
セブンは口にしなかったが、駆が怪我をして大会に出られない事が一番の要因ではあるだろう。公式戦の出場を既に全部終えている3年を抜きにしたメンバーというのは、駆と傑がU-17代表の交流会カップに招集される前から決まっていた。もちろん大会前に紅白戦をしてメンバー選考をする必要はあるが、基本的には駆を中心に攻撃的な陣形で行くのがセオリーだから。
だが駆を欠いた今の鎌学は決定力がかなり落ちている。打てば100%決まるなんて異次元のストライカーが離脱すれば当然ではあるが、それを抜きにしても今の鎌学にはツートップを基本に出来るだけのFW選手が存在しない。
決定力とキープ能力という面では西島も良い部類には入るが、彼の場合傑のパスに合わせた全力が持ち味であり、佐伯がそれに合わせられるかと言われればNO寄りの答えとなってしまう。少なくとも傑ほど効果的なパスを通せるとは言えない。
これは技術云々よりも、どう合わせるかで鍛えられた結果だ。来年の全中ならば兎も角、そう遠くない高円宮杯に合わせて連携を組むには時間が足りないだろう。
だからこその相性。戦術勝負となる。
故に普段からの練習による相性や能力などを纏め、監督に判断してもらう他はない。
そのデータを今日渡す───というのは分かるのだが。
(……なんで僕もなんだろ)
至極当然の疑問。
セブンと一緒に居れる事は嬉しいが、自分を連れてくる理由はないだろう。特に意味はなくセブンも一緒に居たいからと言われてしまえばそれまでだが、それだけではない違和感。
そう、そもそもそのデータは熊谷監督が中等部へと来る度に渡しており、常日頃から考えを巡らせていた筈だ。わざわざ今日この日にこっちから渡しに行く理由なんてない。
ともすれば、データ渡しなんてのはただのついでとなる。“頼まれ事”の本質は別にあるんじゃないか。
自分を連れて行く理由───と、そこまで考えを進めるが、別に不都合がある訳でもないと気付き、一度目を閉じて思考を切り替えた。
芝生のグラウンド。全国でも限られた学校だけが所有する、公式の試合にも使用される鎌学のピッチ。
観客席まで用意されている為、駆はセブンを見送ってそちらに身を進める。こういった会場の登りというのは階段形式ではなく上り下り坂形式の手すりありなので一々ジャンプする手間が無くなるため比較的楽だ。
グラウンドを眺めやすいベンチに座り、鎌学高等部の練習を眺めていた。
(……あの時の練習試合よりも間違いなくレベルが高くなってる)
全国でも優勝候補と呼ばれる葉蔭を破り、経験を積んだからだろうか。或いは中等部の彼らと似て、駆や傑との試合を経験し、サッカーに対する理解度というのが深まったからだろうか。
何れにせよ強くなっている事に違いはない。あそこに自分が居たらどういう動きをするのかとイメージを膨らませながら練習を眺める。
(あれ、なんか動きが硬くなってる……?)
眺めて数分経ってからだろうか。
ボンヤリと見つめているだけだが、明らかに動きに精細さが無くなってきたのが目に見えて分かる。疲れ? いや、激しい動きはそれほど無かったし、休める時は身体を休ませていたからそれほど疲れはしないだろう。
じゃあ何故だとジッと見つめていれば、更に動きは悪くなる。単純なトラップミスでボールを取り零したり、パスズレが分かり易く出ていたり。
困惑した様子で微かに首を傾げる。
それと同時に、見覚えのある顔が一人その場に居ないことに気付いた。
(鷹匠さんが居ない……)
「オイ」
「ふぁっ」
そんな思い当たりが頭に浮かぶと同時に、頭の中で浮かんだ人物の声がそのまま現実で聴こえ、思わずビックリした声を出してしまう。
気恥ずかしさを隠す為に勢い良く背後へ視線を向け、名前を呼んだ。
「鷹匠さん?」
「……その表情やめろ。アイツらビビって調子崩しまくってんだよ」
「へ?」
「お前がつまんなそうな顔するから、本来ならウチに進学する筈の有望株が自分のせいで別に行くんじゃないかとハラハラしてるって事だよ」
「……そんな顔してました?」
「思いっきり」
「ご、ごめんなさい」
ああ、確かにと。よく見ればあそこで練習してるのは鷹匠と同じ高1のメンバーであり、再来年には駆と一緒にプレーする可能性の高い人たちだ。
だが現時点ではあくまでベンチに入れるかも怪しい選手たち。全国を経験してる2、3年よりもメンタルは育っていない。そんな彼らをジッと眺めてれば調子も崩す。
客観的な事実として、駆は現状、日本の中学年代最高峰の選手の一人だ。何なら高校年代のトップ達を集めているU-17の世代別代表ですら別格である事を傑と共に示しており、そんな選手が自分の一挙手一投足で他のチームに行ってしまうんじゃないかと考えれば当然ながら緊張が走るだろう。
何せ傑は兎も角として、駆はどの高校に行くかの明言をしていないのだ。世間としては鎌学に行って強い選手の揃った強い高校というのを見たいだろうが、他の高校からすれば堪ったモノじゃない。傑の意見通り、駆はあくまでまだ考え中であるという姿勢を見せている。
それは傑とセブン以外の全てに適用され、その二人を除けば駆は別の高校に行く可能性を危惧している。
そう考えると彼らに悪い表情を見せていたと、咄嗟に鷹匠に謝罪の言葉を溢した。
「ま、そんな怪我してたら気持ちも分からんでもねーけど、傑のインタビューは聴いたんだろ? なら別に落ち込む必要ないだろ。あの傑が必要不可欠とまで言ったんだぜ」
「……けど僕は、自分の我儘を優先して怪我をしました。パスをした兄ちゃんにも迷惑を掛けた」
「……?」
「あのインタビューの意味は、これからはそんな騎士を必要としない表れなんじゃないかって考えちゃうんです」
「……?? あー……お前、あのインタビューはちゃんと聴いたんだよな?」
「? はい」
「断片的なニュースでの発言拾いとかじゃなくて、ちゃんとテレビで放送されてたやつ」
「はい」
「……で、お前は今後に関しては必要とされない言葉だと考えた」
「はい」
「……駆。あの後傑と話したか?」
「えと、今日の朝練の時に「朝練は来るな、放課後は来て良いがマネージャー業は無し」って言われたくらいです」
「…………そうか。あのバカ俺に放り投げやがった」
心底面倒そうに溜め息を吐いて、こういうの俺の役割じゃねぇだろうがと愚痴を吐き出し、観客席に座る駆を見下ろしてつつ言葉を紡ぐ。
「回りくどくすんのも面倒だからハッキリ言うぞ。傑がよそよそしいのは、恥ずかしがってるだけだ」
「……恥ず?」
「気不味いとかそんなんだろ。そらまあ勢いで全国ブラコン発表会しようもんなら当人とは顔合わせ辛くなるわな。今度揶揄ってやろ」
「ブラコ……?」
「そのせいでお前が勘違いしてる部分だが……まあこれは言わない方が良いか。ヒントだけ言ってやるが、アイツは駆の為という名目で
それと追加で一つ、と。
「アイツらが何で怪我をしてるお前に同情とか嘲笑、優越感ではなく、“ビビる”っつー怖さを覚えているかも考えとけ」
「……!」
ああ、確かに違和感があったと。そう振り返る。検査入院を終えて退院してから今朝までの間に向けられた視線の数々は、大体が同情やガッカリ、安堵感などの感情を秘めていた。もちろん僕を知っている人というのが前提の視線、それ以外は無関心やちょっとした興味程度のものだった。
だがここで向けられる感情は、微かな同情と恐怖。自分一人の動作が駆という存在の行き先を鎌学から別へと変えてしまうのではないかという怖さを覚えていて───裏を返せば、鎌学に来て欲しいという“期待”が込められていることになる。
まだ、期待されている。
成長期の中で4ヶ月もの間実戦から離れる逢沢 駆は、まだ期待されている。
傑という存在にあまりに固執していたから、そこから離れたら自分はどう在れば良いのかと悩んでいたが。そうだ。まだ期待されているのだ。
駆にサッカー選手である事の自信が蘇った。
そして同時に、傑のインタビューの意味も理解する。駆の為に、傑は自分の我儘を貫いた。あくまで自分の我儘を。
駆だって別に、傑の為
紙一重を極める選手になりたいと想う傑の様に、自分は自分のなりたい選手を目指す。
ピッチの王様に必要なエリアの騎士である事に変わりはなく、誓った夢、W杯優勝を目指す夢を変えるつもりはない。だがそれとは別に、自分のなりたい選手像を作るのだ。
自分は、どんな選手になりたい。
「……」
「よし、まあ傑の考えはこれで終わりだろ。じゃあ駆、下に来い」
「へ?」
「へ、じゃねーよ。ここまで来てわざわざ「目的達成したなら帰れ」なんて言う訳にはいかねーよ。折角“お手本”がいるんだ。意見くらい貰わなけりゃ柄にねーことした割に合わねぇだろうが」
特に数日後には葉蔭戦がまたある訳だからなと言葉を紡ぎながら、駆の歩幅に合わせる気なんて一切なく練習へと戻っていく。下に来いとは言っても下について来いとは言ってないもんなと、駆は苦笑してグラウンドへと降りていった。
駆は下にあるベンチへと向かい、そこにいる熊谷監督へと話しかけた。
「お疲れ様です。すみません、挨拶もせずに上に居て」
「美島が来たしな、別に構わない。……調子はどうだ?」
「正直、結構凹んでたんですけど。今はなんか、気分が良いです」
「そうか。少しでも高等部の方で良い影響を与えられるのならば何よりだ。それで……高等部の練習をどう思う?」
「3対3を行うことが多いのは、総体決勝のフィードバックですか?」
「流石。うむ、総体決勝、前半では鷹匠の躍動で点は稼げたが、後半に抑えられ、DFの連携も崩されて逆転負けしてしまったからな。鷹匠を抑えられた時の攻撃、崩されない守備の連携を鍛える必要があると判断した」
「……意識の共有が出来るに越したことはないんですけど。あ、すみません。言ってもいいですか?」
「ああ」
「守備は連携よりも形を意識した方が良いと思います」
セブンが3対3の応援に来たからか、駆の存在に怖さを覚えていた高等部の生徒達はやる気をだしてしっかりとプレーしている。単純だなぁと考えながらも、記憶の中にある国内リーグ一部の“怖い守備”を思い出しながら言葉を紡ぎ続けた。
「僕も総体決勝は見に行きましたが、帝都大の攻撃を見た感じでは個人能力は決して劣っていません」
「ふむ」
「ですが、連携であっさりと崩されました」
「……だからこそ守備の連携を鍛える必要がある。そう考えた訳だが、それは間違いという事か?」
「一概に間違いとは言いません」
「ほう?」
「守備の連携はある種の理想です。しかし三年間という短い間で様々にローテーションする高校部活動の中で連携を築くのは難しい。それこそ個人の身体能力と予知能力、経験値の高さ、チャレンジ&カバーの相性が良くなければ、短い期間で理解し合うのは難しいでしょう」
「それで形か」
「はい。基本はL字型、或いは絞りを意識するトライアングル。相手と相手の線上、相手とゴールの線上に自分を置くインダイレクト・ディフェンスなんかも鎌学のカウンター戦術には打ってつけではありますが……まずはその前段階でL字の意識を高めます」
L字───と言っても、ただ形を作れば良いというわけではない。何を以てLの字を形成するか。それは相手の位置だ。
Lという文字上は味方の配置位置として、このL。言葉で分かりやすいのはトライアングルだろうか。三角形を描けるこの形の中央部に相手を配置する事で、相手を囲うような形を作る事が出来る。
無論、ただ密集で囲えば良いわけではない。距離感は必ず大事で、相手のパスの出しどころを意識した上でLの字を描く必要がある。
だがコレが上手く作れた場合、パスの出しどころを封じた上で相手のドリブルチャレンジへの意欲を封じる事が出来る。何故ならこの形を意識しているときは視界に形を作る相手が映りやすく、一人抜けようと二人目が即座にカバーに来るからだ。
この“形”が前提になっていない時の相手のDFフォローである場合はそれほど怖くはなく、ドリブルで抜き去る事が出来る。だが“形”が前提になっている場合、咄嗟ではなく当たり前のフォローが可能だから、流れに乗って抜き去るという事ができない。
ボールキープこそしていたが、あの荒木でさえもこの“形”を相手にした時のドリブルは二人目で躓く程なのだ。それだけ形は大事な要素。
「確かに、
「はい」
「オフェンスの方はどうする?」
「オフェンスは逆に連携を高めるべきです」
「……ポジションコンバートか」
「───! は、はい。ただただ3人による攻撃をするのではなく、試合中を意識して、自分はどこのポジションでやっているのか……例えば左サイドならばウィング・ミッドフィルダー・サイドバックが常套なライン形成となり、それぞれがどう動くかを考えます」
「そして攻撃をする度に自分がどの位置にいるのかという意識を変化させる事で、パスの受け手・貰い手がどの位置に居るべきか。居て欲しいかを理解させる」
「もしかして、もうやっていました……?」
「いや。ポジションを意識するというのは確かに指示していたが、コンバートは頭になかった。……うむ、では駆。その考えからして、妥当なメニューを言ってみろ」
「……DF5枚の、OF3枚で5対3です」
熊谷監督はコクリと頷く。話を聞いた上で考えた結果は同じという事だろう。
駆はそれに追加して話を紡ぐ。
「ただ、オフェンス側には必ず鷹匠さんを入れてください」
「試みが初の状態では実感が得られないからな」
「はい」
やはり、この監督は“名将”であると理解する。頑固な所はあれど目に映した事実を受け止め、こうして話す内容の節々から結論を推測する。
鷹匠をこの場に入れる理由の一つは、鷹匠は今の鎌学の中で唯一“形”を理解している選手である事だ。エルマーレスジュニアでの経験はもちろん、世代別での経験、そして傑や葉蔭学園の“皇帝”飛鳥 享との戦術ミーティングによって、プロと遜色ない知識を兼ね備えている。
一番理解している人物が入る事で、この練習への意義を見出し易くするのが目的だ。実感を得られない練習にモチベーションは上がらない。誰も理解出来なければ自分がどういう成長をしているかも分からない。
この戦術を体感させ、意味を自分自身で理解させる。理解の深まりはモチベーションの向上へと繋がるだろう。
(……最悪の場合はセブンを入れて鷹匠さんと組ませた上で、DFの5人に形を意識させずに守備をしてみろって言うだけで、きっと分かるだろうし……鷹匠さん一人でも大丈夫ならそれで良いんだけど。幾らセブンでも男子高校生の当たりはキツいだろうからなぁ)
「しかしまあ、随分と言語化を身に付けたな」
「へ?」
「選手の中には感覚で熟す者も多い。だが一貫して成長が目まぐるしいのは、自分がどういう成長をしているのか正しく言葉に出来る者達だ。……正直私はお前があれほど試合で活躍するとは思っていなかったからな。しかしこうしてコーチングする立場の会話を聞いた事で、納得が出来たような気がする」
「……」
「また、エリア内で決定的な仕事をする事を期待している。未来の日本のエースストライカーとして、今はゆっくり休みなさい」
「───はい」
誰かから期待される事は、プロになってからの重圧で幾度となく経験して身に染みてきたと思っていた。
だがこうして、かつて記憶の中で使ってくれなかった監督が期待を寄せてくれることに、どこかむず痒い感覚を感じると同時に、胸が熱くなる。
未来の日本のエースストライカー。
こういう言葉や期待が、夢へと向かう自分の心に炎を宿してくれるのだと、そう思った。