ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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2話『プロフェッショナル』

 

 

 

 

「な、何があったんだ……?」

 

 

 静まり返るフィールドの中で、響く訳でもなく呟く程度の声量で中塚の口からそう言葉が漏れる。

 駆が下がってパスを受け取った。国松が近寄った刹那、駆はあっさりと彼を抜いて左足でゴールにボールを叩き込んだ。あまりにも呆気なく決まるから一連の動作を鮮明に思い出す事が出来ない。

 

 というかそもそも、あの勢いのパスを乱れる事なく受け取った事と言い、左足で決めた事といい、傑もかくやと言わんばかりのシュート威力と言い、気になる事がありすぎて、どれを指し示して呟いた言葉なのかが自分でも分からない。

 中塚が呆然とフィールドを見つめていると、その隣に座るセブンが答えを出した。

 

 

「裏街道よ、中塚くん」

「裏街道……?」

「自分の進行方向上と逆の方にボールを蹴って、瞬発力で抜き去る技術。ゴリ押しみたいな技だけど」

「け、けどよ奈々ちゃん。幾ら駆の瞬発力が高いからって、国松さんはあんだけ密着してたんだぜ? ボールを蹴ろうとすれば絶対に反応出来るって」

「……中塚くん、ちょっと立ってくれる?」

「ビンビ……あっ、はい」

 

 

 本能で下ネタを発する中塚が思わず気圧されて頷くと、セブンは近くに置いてあるボールを足下に置いて説明を続ける。

 

 

「普通の裏街道はこうやって向き合ってる状況で、さっき言った通りの動作をするの。でもさっきの体勢は……こう。少しだけ寄って貰っていい?」

「はい、はい」

「中塚くんが言ったように国松さんは駆に密着してた。でも駆は身体を横向きに置いて上手く足下に収めて、国松さんに足を出させないようにしてた。この一瞬の空白で駆は右に抜けようとして……この体勢の時、中塚くんはボールが見える?」

「チチしか見えねぇっす」

「つまりこの体勢から右足でボールを逆方向に押し出せば、多分国松さんの視点だとボールが消えたようにしか見えないんだと思う」

 

 

 セブンは身体を離して座り、再び試合状況を纏めるためにメモ帳を取り出す。

 

 

(今の、シチュエーションはサイドのゴールライン際とゴール正面ペナルティエリア付近っていう違いはあるけど……Jリーグで見た事がある。オグ・フェイントだ)

 

 

 だがアレはトップスピードから繰り出される二方向への咄嗟の判断に迷わせる技で、裏街道と等しく瞬発力が必要になる技術だ。トップスピードのまま相手に二択の迷いを生ませるから活きる技であり、今のようなボールを見失うような技では無い。

 駆にはドリブルの時に癖がある。元よりストライカー気質だった事もあるし、小学生、中学生レベルでは居ても不思議ではなかったから自覚がなかっただろうが、必ず足下のボールを確認する。それはつまりフェイント時にボールを確認するという事であり、相手がどう引っかかっているかを注視する事が出来ないのだ。

 

 だからテクニックが多少あるのに、相手を抜き去るドリブルができない。

 が、今の駆は敢えてそれを使った様に思える。

 

 横向きの状態で左足……それと体勢を低くしてボールを隠しつつ、右足で蹴り出した直後に視線を足下に下げる。分かりやすくする為に頭を動かしたのだろう。そうする事で相手が視線に誘導されて足下を確認する様になる。

 偶然出来たとは思えない合致。明らかなテクニック。自分の癖さえも利用する様な一連の動作。間違いなく昨日までの駆とは一線を画してる。

 

 

「本当に何が……」

 

 

 無意識に口に出しながらメモを取っていると、フィールド内がどよめきを起こす。

 傑のスルーパスが、抜け出した駆へと渡ったのだ。昨日の様な芸術的なスルーパスからの完璧な抜け出し。だが違う点が二つ。一つは駆が昨日までとは違って得点を決められる状態にある事。二つ目は、レギュラー組のDF陣がオフサイドラインを極端に下げている事。

 

 これは国松の指示によるものだ。本来ならばオフサイドラインは一定の位置に保つのがベスト。上げすぎては抜け出された時に対応が難しくなるし、逆に下げすぎればオフサイドの危機感が無くなった相手が波状攻撃を仕掛けるから。

 だが、必ずスルーパスを通してくるパサーと必ず抜け出してくるワントップのラインブレイカーが居るならば話は別だ。どうせ抜け出されるくらいならオフサイドなんか意識せず、必ず追いつける位置まで下げれば、後はお察し。

 

 

(一対一のシチュならさっきの様に躱せる可能性はある。だがDFラインを下げればワントップのフォーメーションである以上、駆は単独で最低二人を相手にする事になる)

(神奈川県五本指の名前は形無しだが、それでも今の駆を完全にフリーにさせる方が危険だ! 祐介、お前はさっきまでの通りスルーパスを封じろ!)

 

 

 意図的か、或いは本能的か。駆が抜け出しではなく停止した状態でボールを受けて、それで尚国松を突破する実力と決め切る決定力を見せた事により、佐伯にはどっちを封じれば良いのかという迷いが生じた。その迷いの隙を穿ち傑は駆にあっさりとパスを通せたのだ。

 DFラインを下げた事により今は対応できたが、スルーパスの出所を封じれば出せる場面はかなり限られてくる。足下に出されても二対一の状況は必ず作り出せるようになった以上、まずは選択肢を減らす事が優先だ。

 

 単身能力ではなくDFの戦術を理解している。それ故の神奈川県五本指。傑はやりにくさを感じつつも、やりがいがあると内心で国松を褒めた。

 国松のその意味を感じ取ったのだろう。焦りの表情を出していた佐伯の顔が引き締まる。

 

 

「国松さん、駆には常に二対一の状況を作って! さっきボールは国松さんの裏を通ってた! ボールが離れる以上は一対一以外で使えない筈だ!」

「……!」

 

 

 裏。なるほど、合致した。国松は先程のシチュエーションを思い出して納得する。ボールが消えた様に見えたのは当然だ。駆自身の動きに注意しすぎて、逆方向に視野が広がっていなかったのだから。

 国松はもう一人のDFに自身の横、かつ少し後ろ気味に位置する様に指示。ペナルティエリア付近まで侵入されてはもうDFラインなど気にする必要もない。駆の他に寄っている奴は殆どいない。バックパスをすればかなり後ろに戻るから、そこから立て直しても十分に間に合う。

 

 抜け出してエリア付近まで近付いたのは良いが、二対一の状況では迂闊に仕掛けられないだろう。駆はボールを保持している状態でゆっくりと動くだけ。

 が、油断はしていない。決してボールに視線を寄越さず、DF二人の動きを注意している。DF側から動き出せば一人を躱しシュートコースを確保して即座に打つという確信がある。

 

 やがて、駆の身体はエリア内に入る。

 

 

「オイオイ何やってんだDF! エリア内だともう倒せないぞ!」

 

 

 この状況で前線に残っている西島から怒号が飛んでくる。国松は思わず顔を顰めて思考した。

 

 

(飛び込めねぇんだよ……! 今の駆は明らかに異質だ。傑に似た何かがある。シュートモーションに入られた時点で止められないと確信しちまう! エリア内だろうがエリア外だろうが、近くにいりゃ問題ねぇくらいの()()があんだよ!)

 

 

 そう考えてはいても、西島の言っている事も確かだ。倒すくらいの気迫でいかなきゃ止められない。だがエリア内に入られた今ではそれも不可能。

 なら、さっきのテクニックで躱される事をリスクにしてもう一人のDF陣を広げさせる。まずシュートコースを無くさなきゃ話にならない。国松は後ろに手を回してそれを指示し、距離は取りつつも駆を囲う様な状況になる。

 

 

(元々いたのはエリアの左端っこだ。こっから打つには一度斜めに切り込む必要がある。でもそっちは囲った。空いてるのはコースを狭める外側。そこからなら流石に入らねぇ……)

 

 

 とも言い切れない。

 1点目の得点はあまりにも流れる様に決まって気にする暇がなかったが、改めて思い返すと、かなり“伸びる”様な球だった。

 キーパーが飛び込むのを躊躇う端っこギリギリをあの威力で撃たれたら決まりかねない。だがそれでも正面からコースを開けるよりは遥かにマシだ。そこまでの正確性はないと祈る。

 

 明らかに空いているスペースを見て。

 

 

「くっ……!? 足出せ!」

(中ぁッ!?)

 

 

 囲われているにも関わらず、敢えてDFが塞いでいる方へと切り返す……即ち、中に切り込む駆に思わず国松は身体を停止させた。まず間違いなく自分では追いつかない。もう一人のDFに指示を出し、反射的に足を出させる。

 もちろんファール狙いではない。あくまでシュートコースを塞ぐ目的。カットインしたとは言えシュートコースが限定されればキーパーが触れる。キャッチ出来ずとも弾くくらいは可能な筈だ。

 

 中に切り込んだ駆を見て、傑は思わず笑ってしまう。

 

 

(アレだ。昔の駆にも有った“意外性”。リスクを恐れない大胆さ。けど中学レベルになると追いつかれるぞ。さぁ、そっからどうする───)

 

 

 自分ならば、そもそも中に切り込まず空けられた道に誘導され、重なりDF同士の連携が取りにくくなった場面で抜き去るだろう。或いは空いたパスコースに放り込むのもアリだ。それは単に己があくまで二列目の選手だから。

 ストライカーならば、得点を至上命題とする駆ならば、ここはどうする。キックフェイントが常套手段になる。この場面でのキックフェイントならば間違いなく刺さるだろう。逢沢 傑ならば絶対にそうする。

 

 駆が選んだのは、シュートだった。

 既にシュートモーションに入っている状態で、そのまま振り抜けばDFに当たるだろうという場面で。鞭のようにスイングされた足は微かに外へ揺れ、そこから入り込むように振るわれると、簡単にゴールネットを揺らした。

 股抜きゴール。シュートコースを塞ぐ為に開いた足の下を狙ったシュートは、簡単にゴールネットを揺らした。

 

 

「今の……」

 

 

 キーパーが動けず呆然としていると、国松は駆が行ったプレイを理解して思わず呟いた。

 

 

「そうか、傑だ。傑のシュートフォームだ」

 

 

 どう対処すれば良いのか。

 抜け出しを封じてもダメ、一対一では振り切られる。二対一ならば無理に切り込む事はないが、シュートコースを空ければ確実に決めてくる。

 塞いでも、それによって出来たコースにフェイントを入れる事なく放り込んでくるから、カバーのしようがない。シュートフェイントならば国松が対応出来たのに、そんな数瞬の隙すら作らないシュート能力。

 

 傑が偶にコースを塞いでも関係なく決めてくる時がある。アレがもし、シュートを打つ瞬間にコースを選択できるフォームであり。それを駆も使えるのだとしたら。

 いよいよ打つ手がなくなってくる。何せ二人だ。二人がそんな訳の分からないシュート能力を持っている。駆だけに人数をかけても傑が決めてくるのは目に見えている未来だ。

 

 中学のサッカーレベルじゃない。どころか高校でも止められるチームは限られるだろう。国松と同レベルのDFがいるならば話は別だが、そんな選手は今の鎌学に居ない。

 

 

「……よし」

 

 

 シュートが決まった事によりピッチの流れは停止した。ボールをセンターサークルに置いてリスタートするまで会話をする余裕がある。

 傑は一度頷くと、手を叩いて大きく音を鳴らし注目を集める。

 

 

「DF陣には悪いがハッキリ言う。これじゃあ試合にならない」

 

 

 国松以外のDF陣が顔を顰めて抗議しようと近寄るが、それを国松に抑えられる。

 傑の言う事は厳しいが尤もだ。まず開始してから5分も経ってない時点で、二回のチャンスをどっちも決めている事。シュートフォームからしてキーパーと国松だけは自ずと気づいているが、駆を止めても傑がシュートを打てる状態にあればほぼ確実に決めてくるだろう。決定力の高い選手が二人。中学生レベルの守備ではあっさりと崩せる実力がある事実が存在する以上、決定力が高いはほぼ確実に決まるとイコールにしても問題ない。

 

 故に、傑は1点目を見た直後に、二点目も問題なくゴールに叩き込んだ場合にと決めていた提案を口にする。

 

 

「だから俺は白に移る。佐伯、悪いが赤の方に移ってくれるか?」

「ちょ、ちょっと待って兄ちゃん!」

 

 

 それに対して抗議が飛んだのは、他でもない彼の弟である駆からだった。

 白からすれば傑が入るのはチャンスメイクの回数が増える事に繋がるし、何より赤のパスの通りは減る。とは言え赤からすれば今の駆からは『渡せば決めてくれる安心感』しか無いから、今の提案には誰も文句が言えないだろう。

 

 唯一、駆だけは別だ。

 何せ駆からすれば今の状況は夢のような場所で、ふとした瞬間にあの世界に戻ってしまいそうな感覚がある。傑からパスを受けられるのはこれが最後になるかもしれない。夢だとしても、この機会を逃せばもう二度と訪れないかもしれないのだ。

 

 そんな気持ちを知る由もないだろう。知っても何を言ってるのかと疑問に思うだけだろう。

 それでも、それでも、と。そんな悲壮感漂う表情の駆を真正面から見つめ、傑はふと優しく微笑んで告げた。

 

 

「別にこれが最後じゃ無い。お前が要求するなら何回だって完璧なパスを送ってやる。この鎌学というチームでも、世代別の日本代表でも、W杯という舞台でも」

「……!」

「それに、俺も駆と戦ってみたいんだ。兄の我儘だと思って聞いてくれないか?」

 

 

 分からない筈なのに、困ってもおかしくない筈なのに、駆の気持ちを汲み取ってそう告げてくる傑に、駆は目を見開く。

 何度だって助けられてきた。移植された心臓が、何度も駆を手助けしてくれた。ラストパスから紡がれてきた軌跡が今の駆を作り上げている。

 

 そんな兄からの我儘を聞けないのか。

 駆は自問自答を繰り返して、強く表情を保ち、頷いた。

 

 

「分かった。でもやるからには容赦しないよ」

「ああ、手を抜いたら怒る」

 

 

 傑は佐伯にビブスを渡して、入れ違うように白組のチームへと入っていく。守備的MFの位置に一人下げて、己をトップ下に置いた。

 そんな兄が話し合っている背中を見ている駆に、佐伯が申し訳なさそうに話しかけた。

 

 

「悪いな。お前も傑さんのパスが受けたかったろ?」

「えっ? あ、いや……ごめん。祐介のパスが悪いとかじゃなくて、何と言うか……」

 

 

 自分に気持ちを優先して、その発言によって傷付く相手のことを考えていなかった。駆が思わず謝ると、佐伯は笑って首を振る。

 

 

「流石に今の俺が敵わないってのは自覚してるよ。問題は、だからどうするかって点だ。傑さんが入ることで変わるのは攻撃の活性化だけじゃ無い。全力のパスに応えられる奴がいなくても、必ず試合をコントロールする」

「……抑えられるとしたら祐介だけだよ」

「俺が? 正直今の俺としては、駆が何とかするしかないと思ってたが……」

「ううん。僕は一対一だと絶対に勝てない。僕に出来るのはFWとしての動きだけだ。……うん、祐介なら、今でもきっと分かる。リスタートしたら僕の動きを見ててくれる?」

「? ああ、分かった」

 

 

 ()()()。まるで将来性を見抜くように発言されたその言葉に違和感を覚えつつも、特に問いかける事なく佐伯は赤組へと移る。

 5分にも満たない試合時間の中で、流動的に話は進んでいった。

 

 やがてセンターサークル内にボールが設置されると、傑にボールが渡されリスタートする。

 まずは流れを落ち着かせる為にビルドアップだと言わんばかりに傑は後方へとボールを渡す。

 

 

(リスタート後に見てろって言われてもな……傑さんから目を離す訳にもいかないし、ゾーンディフェンスの為の駆の位置の把握くらいしか出来る事はないぞ。駆もそれくらいは分かってる……よな)

 

 

 駆がそれを理解して発言しているのだとしたら、その程度の注視で分かる内容という事だ。だがそんな簡潔な事ならば相手チームにいる時でも分かっても不思議ではない。

 同じチームでいるからこそ気付くということか。

 

 

(……異様に前のめりじゃないか? 前衛守備(フォアチェック)にしても追いかけ過ぎ……いや、そうか。さっきの2点目までの流れだって、落ち着いて組み立ててた筈なのにいつのまにか中盤で奪われてたんだ。前線なら分かる。でも中盤でのロストなんてそんな簡単にする筈がない。しかも傑さんが拾って出したとは言え、あんなすぐにカウンターを食らうとも思えない)

「そうか、そういう事か……!」

 

 

 佐伯は駆の守備の意図を理解する。

 確かにしつこい前衛守備だし、普通に考えればスタミナ切れをする。だが運動量の豊富な選手であるならば話は別で、それに加えて一見ガムシャラに見えても味方の位置をかなり考えている。いや、分かっている感じだ。

 だから無駄を極力省いて動く事が出来る。それによって見出されるのは、DFラインの押し下げ。そして相手陣内でのビルドアップの乱れの誘発。

 

 単に守備に留まることのない、攻撃に発展する為の守備。

 ならば自分がすべき事は。

 

 

「DF、ライン上げろ!」

「えっ、けどこれ以上は……」

「大丈夫だ。寧ろ下がってると傑さんのパスが通る可能性が高い。今駆のプレッシャーを受けてる向こうからしたら、人数を掛ければ自陣内で受けるプレッシャーは相当なものになる」

「わ、わかった!」

 

 

 DFラインを上げた事により、白組の前衛に残っている西島はギョッとする。まだ白組にボールが残っている段階でセンターラインに近い位置へと赤組が最終ラインを押し上げているからだ。普通ならばカウンターをあっさりと食らいかねない位置。

 だが駆の効果的な守備で、前線を落ち着いて確認する事は出来ないだろう。

 

 

(……とは言え)

 

 

 自分でも分かる事を傑が分からない筈がない。DFラインを押し上げた事で確実性を削いだキラーパスの可能性はかなり減っただろう。元よりあの全力パスに追いつける奴なんて鎌学には駆くらいしかいない。

 だがそれでも……。

 

 

(肝心なところに現れる……やっぱこの人は別格だ。キープ能力が並外れているから、戦況とか関係なしに自分で落ち着かせる)

 

 

 傑に渡されると決定的なパスが通る可能性は高い。だが今DFラインを押し上げているから、出せるパスは限定される。

 余程のキラーパスで西島に追いかけさせるか、或いは空いたスペースに放り込むか。

 

 ともすれば、仮に通る時の状況を仮定するとして、どんな通り方ならば許容できるか。

 

 

「───DF、もう少し中に絞って! サイドハーフも中に絞って良い!」

(許容できる通り方は、サイドへと流れる事。DFラインを上げてると言っても人数は変わらない。仮に西島に通ったとしても、中にさえ放り込まれなければ遅らせる事が出来る。なら、俺が潰すべき場所は……ここ)

 

 

 駆がチェックに行っている事もあり、現在の佐伯は傑との一対一をしなくても良い状況になっている。ならば自分がすべきはスペースを潰す事。

 頭を追い越すフィードが出されたのならもはやどうしようもないが、ここまで押し上げられたDFラインを抜け出すには西島だと能力が足りていない。決定力は確かにあるが、空間認識能力が欠けてあり、抜け出すにしても必ずワンテンポ遅れてしまう。パスが出されたから動き出した、というのが西島のラインブレイカーとしての動きだからだ。

 

 しかし誤算があるとすれば、地を這うように出されたパスが上手く西島に渡り、受けてから抜け出すという事。フライのパスならば抜け出してから受け取らない限りワンテンポ遅れるのが確実だが、足下で受けたボールを前に弾いて運べば、それも立派な抜け出しだ。

 故に佐伯が行ったのは、傑と西島の直線的なラインへの介入。グラウンダーで出されれば必ず当たる位置に、己の身を置いた。

 

 

「……!」

 

 

 傑はパスを出す素振りを見せたが、佐伯の姿を認識してボールを止め、駆のディフェンスから距離を置いて後ろへと渡す。

 空間認識能力の長けた傑は、穴があれば確実にパスを通してくる。それがサイドであれ中央であれ、決定的なシーンとなるなら淀みなく、確実に。

 

 今の傑は佐伯の動きにより“穴”が無くなったと判断して後ろに下げた。確実に通してくるパサーの珍しいバックパスに動揺したのは他ならない相手のDFだった。

 それが表に出たのか、適当に蹴り出されたパスがサイドラインを割る。

 

 

「これだ……要所要所の対応じゃない。予知。その動きをする事による相手の動きの想定……完全に、ハマった」

 

 

 佐伯が掴んだ感覚へと深く理解を示している。

 未来予知。本来ならば高校の時の海外留学で掴む筈だった感覚を、この段階で掴んだ。まだ未熟で、コート上の22人全員を操れるような予知能力ではなく、あくまで数手先の想定が出来る様になったに過ぎない。

 だがそれが可能になった事で、直接関与せずともあの傑にさえもストップを掛けた。間接的に止めた。これだ、これだと、佐伯はただただ考え続ける。次はどうする。修正してくるだろう。相対した時はどんな対処をするべきだ。想定があれば一対一でも止められるようになるだろう。

 

 

「───祐介、マイボールだよ!」

 

 

 その声が耳に届くと、佐伯はハッと我に返る。そうだ、守備ばかりに意識が向いていた。クリアボールがサイドラインを割った以上は、これからマイボール。

 サイドラインでスローインをする為に構えてる選手へと近寄り、祐介はボールを受け取った。

 

 その直後。

 

 

(───え、いや近……なんで傑さんがこんな位置に)

 

 

 目の前に現れた傑に、佐伯は思わず目を見開いた。

 自陣内の真ん中辺り。センターラインからもペナルティエリアからも絶妙に距離があるこの位置で、トップ下の傑が潜り込んできていた。

 否。よく考えれば当然の事だ。2点目を取るまでの流れに於いて駆の動きを見続けていたのは他ならない傑だ。前衛守備による有用性を理解したのは佐伯だけじゃない。寧ろ年代表に選ばれ続けているだけあって、そのスピード感とのギャップで佐伯よりも扱い方に理解が及んだのは明らかだ。

 

 故に、ここぞという場面で一気に詰め寄る。そうすれば必然的に相手の思考はボール保持に回るから───。

 

 

「やっ、べ……!?」

 

 

 反射的にボールを引いて体を反転させ、ぶつけるような形でボールを保持できる体勢へと持っていく。だがそれを先読みした傑が体勢を低くした状態で体がぶつからないように足を伸ばし、引かれたボールを軽く蹴る。

 横へと溢れるボールを即座に拾ってゴールへと向かう。反応の遅れた佐伯が後から追い掛けるが、どう考えても間に合わない。

 

 ペナルティエリアの外。追い掛けるDF陣が足を伸ばしてもギリギリ届かないタイミング。それを空間認識能力で理解して、左脚を振りかぶり。弾丸のように放たれたシュートは、ゴール正面からポストを叩き、弾かれたボールがサイドネットを揺らす。

 コースが読めたとしても飛ぶのを迷うくらいギリギリのコースを、中学生レベルとは思えない威力で叩き込む。キーパーは遅れて飛び込んだが、身体が宙を浮く頃には既にボールがポストを叩いていたから、到底間に合う筈もなかった。

 

 

「うしっ!」

「流石っす傑さん!」

 

 

 右腕を曲げて軽くガッツポーズを取る傑に、レギュラー陣が近寄って笑顔で迎える。

 果たして傑の今までとの動きの違いに気付いた人物が何人いるだろう。恐らく傑ならば凄い何かをやっても不思議ではないという先入観から、理解を示していない選手が大半だろう。

 

 そんな中で外から眺めて動きの違いに気付いたセブンが、メモを取りながらもポツリと呟いた。

 

 

「プロが一人居るみたいだわ」

「? 傑さんなら昨日も居たじゃん。一人だけ別格なプレイして」

「ううん。私が言ったのは駆の方」

「へ?」

「攻撃と守備の切り替えの早さは勿論だけど、そこに持っていく前衛守備の動きが極端に多い。だから必然的にゲームスピードが速くなってくの。赤組の2点目が決まるまで白組が何も出来なかった理由ね。でも駆の動きを知った傑さんが白組に入る事で、そのゲームスピードのバランスが均等に振り分けられたわ」

 

 

 駆はプロという場で経験したから“知っている”。傑は“分かっていた”が、前衛守備によって出来る穴も当然理解していたからこそ、今日この日の駆の動きを見るまでは試す事がなかった。

 駆という選手がプロの場で鍛えた試合感覚をこの紅白戦で披露しているから、そのプレイに理解が及ぶ選手たちがどんどん活性化していく。試合の流れがプロのそれと遜色ない映え方になるのだ。

 

 確かに中学・高校のサッカーでそこまで前衛守備を多用するチームは少ない。元々の戦術に組み込んでいれば話は別だが、誰に言われるまでもなく一選手が判断して行うという例は恐らくないだろう。

 だからこそ、この紅白戦でお互いに刺さっている。あっさりと得点を決めれるシチュエーションが完成するのだ。

 

 

「……昔の駆ってこんな感じだったのか?」

「大胆さやストライカーとしての動きはあまり変わってないと思う。でも自分が無自覚にしてきた事を自覚して、それを反射的に行っている様に見えるから……小学生の時の駆を成長……ううん。数段階()()させた様な感じになるのかな」

「ほへぇ……昨日の今日でそんなんになるかね。未来の駆が乗り移ってますよーって言われた方が信じられるぜ」

(ああ、確かに。今の駆はなんだか大人っぽい部分があるというか……中塚君の言葉は言い得て妙かも)

 

 

 まあ、いずれにせよ。

 

 

「この試合を経験した選手たちは、凄く成長すると思うわ」

 

 

 プロのレッスンとも言えるこの試合の流れを理解して経験したのなら、それは成長の種となるだろう。

 前半20分。その後の流れに於いて白組は西島と傑で2点の合計3得点。赤組は1得点を佐伯が決めて、3-3のままハーフタイムを挟み、後半20分へと移っていった。

 

 

 

 

 

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