ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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 気になった感想への返信
>>傑が「1年ぐらい経てば」って言ってましたが、駆は今中3で傑は今高1ですか?
→16話の最後あたりにも書いていますが、今回の東アジア交流カップは3月末に行われています。なので正確には傑は中学は卒業しているものの高校入学まではしておらず、厳密に言えば3月内ですので傑は中学3年生の扱いになります。
ただ11話の後書きにも記載している通り、この物語の初めとなる駆と傑が事故にあった日というのが全中予選前だと思っていた為、紅白戦が行われていたのは5〜6月頃だという設定で今作は進められています。まあほぼ一年くらいだなと思って頂ければ。


>> 些細なことですが心臓は左側にあるわけじゃないですよ
左心室側が大きい為筋肉としての動きがわかりやすく
左側にあると勘違いされる人がいますけど
→すみません、流石に知ってます……。解剖学的な実際の位置という訳では無く、仰っている通り動きが分かりやすい左側、外部観察的に鼓動の大きい左側を心臓部として描写しました。
『左胸───厳密には心臓自体は中心にあるものの、働きを示す鼓動は左の方が大きい為に左胸を覆う服を』という説明を入れるにしても別に心臓位置はさほど重要ではないので。知識として真ん中にあると分かっていても左と意識する人も多いですし


>>知名度的にも早い段階で舞ちゃんに補足されそうだなw
→なんか割とタイムリーな感想がくる事が多いな……? 台詞は全く在りませんが、一応今話で登場致します。正直舞衣ちゃんに関してはちゃんとキャラの掘り下げをしたいんですが、原作の方が回収してない部分ですので、オリジナルの設定になる事はご了承ください。




18話『再び初めての』

 

 

 

 

 

 ───これまで駆が戦った相手選手の中に、『スター』と呼べる様な選手はいなかった。

 

 急成長していく傑は正に時代を担う日本の至宝に間違いないが、どこか兄弟の枷がある1対1ばかりで、お互いのプライドを掛けた勝負というのは、実は一度もしたことがない。お互いに成長を得る為の尊重し合った真剣勝負と言うべきか。本気ではあっても全力を賭した1対1は未だした事がなく、無意識に一線を引いてる。

 U-17交流カップではチームとして間違いなく強豪との試合ばかりではあったものの、一人飛び抜けた世界トップクラスの選手というのは存在せず、傑とのコンビで圧倒を見せつける試合運びとなった。

 U-15東アジア交流カップは言わずもがな。チーム戦術として駆を抑えるのに必死で、チームの全力を掛けた勝負というのは存在しなかった。

 

 本番故の緊張感による、全力を賭したスター同士の1対1。叶う可能性は少なくとも見たいと思う人物は多い筈。それも自国内に於けるトップ選手同士という訳では無く、日本のトップがワールドクラスと渡り合う姿というのは、きっと人々を魅了するだろう。

 能力の低下が明確になっているとは言え依然駆が中学年代最高峰のストライカーである事に変わりはなく、将来を期待される至宝である事は違いない。そんな選手がワールドクラスの選手との1対1になった時、どんな光景が待ち受けているのか。

 

 そんな魅力的な勝負。

 本来ならばストライカーに人数を掛けることに間違いはないからこそ、叶う筈もない淡い期待。

 いずれ、将来的に駆がA代表へと踏み入れた時にこそ、一度でも観れたらと思えるような、そんな勝負の世界。

 

 ───ああ、だが実は一度だけ。誰にも知られる事はなく、公になる事はない。非公式、プライベートの場にて、そんな期待が体現された時がある。

 駆が中学3年生に上がる前。U-15東アジア交流カップを終えて間もなく、海外遠征からの帰還で疲れているだろうからと監督から練習自粛を受けている休日の事だ。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 そもそもの話として鎌学中等部サッカーの練習自体が休みではあるのだが、高等部の方に来るのはダメだという釘を刺す意味で放たれている言葉だと駆は理解していた為、素直に従い、スポーツ用品を揃えようと出掛けた。

 最近は練習に遠征と重なり出掛ける機会もないので、色気はないが一緒にどうだとセブンを誘い了承を得たのである種デートとも言える。

 デート……と、そんな感無量に浸りながら時間は過ぎていき、時間は昼時。自身のカウンセラーとして担当してくれた峰から推奨されている食事メニューを満たしている店で腹ごしらえを終えた後、駆とセブンは河川敷へと赴いていた。

 

 強風でも無風でもなく、澄んだ川の匂いが鼻腔を擽る心地良い風。土手の階段近くで、駆の目は芝生の上でサッカーをするジュニア世代の子達に向けられていた。

 

 

「……サッカーしたくなってきちゃった?」

「え?」

「目がそう言ってるよ」

「いやぁ……あはは。サッカーがしたくなってきたと言うか、感傷に浸ってたのが正しいのかな」

「……?」

「たった3〜4年前の事なのに、記憶が混ざってるからか懐かしく感じるんだ。言語化やプロの奥深さ。そんな思考を過らせる事もなく、ただ気持ちよくボールを蹴ってた頃が」

 

 

 ───サッカーで食べていくには、楽しく過ごすだけでは絶対に無理な壁がある。仕事なのだから当然ではあるが、駆の中には“大人”としての意識が間違いなく存在している。

 この身体で中学サッカーを続けていてもプロ意識というのは必ずどこかにあって、無邪気に、心のままにサッカーをするというのはなくなった。

 

 楽しさはある。

 でも“記憶”の中にある中学の自分と比べてみて、自分の立場の自覚やサッカーへの意識が明確に相違ある事も理解していた。

 子供の様にサッカーを楽しむなんて出来事、これから何度体験する事が出来るだろう。

 

 

「今の状況が嫌とかじゃないんだ。ただ僕は、プロの意識を保ってここに立っていられる。でも小さい頃からこの立場で在り続けた兄ちゃんは、どんな気持ちでボールを蹴っていたんだろう……って、まあ。そんな感じ」

 

 

 高校に上がって漸く注目が集まり始めたのが“記憶”の中で得た経験で在り、今の駆はその時の意識をそのままで中学サッカーを歩んでいる。

 だから一生その感覚を得る事は無いんだろうなと、少し淋しく笑った。

 

 

「楽しいまま続けていたら、世界から注目されて。そんな風にいられる選手はきっと居ないからさ」

「……苦しまなくちゃ頑張っていると認められない。楽しく続けられたらなって確かに思うよ。でも世界っていう舞台は思っていた以上に私達に厳しくて、その厳しさこそが私達が頑張ってる証なんだって、どこか思い込みたくなる」

 

 

 セブンもセブンの悩みがある。こうして鎌学のマネージャーを続けて居る間の悩み。海外に居た時の悩み。日本人ではない何処かの選手で扱われ、そうする事が出来るという選択肢の存在。

 大人に塗れて育ってきたから大人びているだけで、きっとセブンや傑の根底にある部分は子供だ。なまじ大人の思考があるのに知識や経験が劣るから、余計に悩みも強くなるだろう。

 

 

「でも、そんな事は関係なしに“楽しい”は訪れる。出来なかった事が出来る様になると楽しい。何度も、何度でも。子供とか大人とかの溝なんて無いよ。確かに歩む道は違うのかもしれないけれど……」

 

 

 プロの意識。年代から飛び出ない程度に抜きん出た幼い頃からの才能。

 大人と子供の意識の差は確かにあるだろう。苦しみを感じてそれを思う何かはきっと明確に違う。

 でも。

 

 

「進み続ける理由は、誰もが()()()()を体験したいからだって、私はそう思う」

「……そうだね」

「私はね、駆。今が楽しい。傑さんや駆が活躍する姿はもちろん、それに引っ張られる様に成長していく国松さんや佐伯君達を見て、自分がここに立っていたらどうするのかって考えるのが凄く楽しいんだ」

 

 

 セブンは目を瞑り、顔を駆の方へと動かして見つめ合う。

 

 

「駆、約束は覚えてる?」

「3人でサムライブルーを着て、W杯」

「……昔の約束もあるけど、今の私としての意志も決まった。必ず、3人で日本代表のユニフォームを着ようね」

 

 

 駆がサッカーを諦めていた頃の、傑の言葉もあったからだろう。“3人の約束”を抜きに告げた傑の選択肢に、日本に戻ってきた頃のセブンは悩んでいたと思う。駆は傑の言葉を聞いた当時は何でそんな事をと思っていたが、今ならその言葉が放たれた意味が分かる気がする。

 でも、こうして駆と傑が共に世界を獲りに行く姿を見て、セブンにも決心が出来た。

 

 そんなセブンの様子を見て数秒思考。駆は思い当たった考えを口に出す。

 

 

「……ひょっとして女子の世代別に選ばれてたりする?」

「えっ?」

「いや、何となくなんだけど……」

「……よく分かったね。うん。鎌学が注目を集めてるからかな。というより大本に関しては駆だと思うんだけど」

「に、兄ちゃんも居るからって理由も大きいと思うよ。僕がU-17に呼ばれた時も、元々は兄ちゃんの状態を確認する目的だった筈だし。サッカー協会の注目の集まり方的には、うん」

「駆も大概だけどねー」

 

 

 期待の新人から一気に将来の日本を担うエースへと鰻登りした癖にー、このこの、と。セブンの指が駆の頬を突く。駆は苦笑しながらそのスキンシップを受けていた。

 

 

「……まだ中学年代の私は、どの世代別からでも招集される可能性はある。いきなりなでしこジャパンとまでは流石にいかなかったけど、トップに近いU-20の代表に呼ばれたんだ」

「基本的に男子のW杯とは被ることがないから、今年は親善試合が主になる……よね?」

「うん。女子は人数が少ないからね。トップと帯同する機会も多いから、U-20で結果を残せばなでしこジャパンに一気にいける。駆も今年のU-17に選ばれてるよね?」

「今回のU-15交流カップは調子確認の意味もあったからね。問題ないって判断されたから、呼ばれてるよ」

 

 

 今年のU-17代表はW杯が行われる。前年度にて出場権を獲得するためのU-16メンバーも合流し、本格的にこの世代の最高峰たちが集う事になる。恐らく将来のA代表による四年に一度のW杯の勝敗を決める事になるだろう若手達の世界への挑戦。

 秋に行われるから時期的にはまだまだ先ではあるが、世代別最高の舞台とも言える大会だ。当然各国で既にメンバー決めは行われている。追加招集も何人かはされるだろうが、基本的には前年度にて活躍した選手を主に集めている。戦術実行能力の底上げの為に事前の練習は当然必要となるからだ。6月辺りには何度か親善試合が行われるだろう。

 

 心臓の高鳴りを覚えてワクワクしている様子を表情に出した駆は、土手の方へと飛んできたボールを見て取りに行く。上手いこと転がるならば駆が手を出さずとも勝手に下るのだが、どうも雑草に引っかかった様だ。

 駆がスローインでジュニアの子に球を投げ渡すと、子供はギョッとした様子で受け取ったボールを手に駆へと近づいて来る。今年度で小学6年生となる子だ。地元という事もあってか駆の事を知っている様で、緊張した様子で話し掛けている。

 

 やり取りしている間にジュニアの監督やチームメイトも気付いた様で、駆は流されるがままに河川敷のコートへと連れて行かれた。

 こういう所は変わらないよなぁと思いつつ、大人げなく3歳下の子供相手にドリブルで無双している駆を見てセブンは苦笑する。

 

 ───そんな彼女の背後から、一人の少女。ニッコリと笑い、河川敷で子供達とサッカーをする駆の様子を眺めているセブンに話し掛けた。

 

 

「こんにちは、ウィッチ」

「え?」

 

 

 セブンがその声に振り返ると、整った容姿でギャルの見た目をする少女の姿。と。

 その奥で先ほどのセブンと同じく、駆を見つめる色黒の男。男は暫くジッと観ていると、ふと含んだ笑みを溢し、土手を降りていった。

 

 そんな男の姿をセブンは見送る。何故ここに、とか。色々と疑問はあるが、それを問う事はない。日本に居る理由はわからないから、少なくともここに来た理由は分かる。

 彼自身が言及した日本に必要なエリアの騎士。そして傑が望んだ通りに生まれてきたそのストライカーの存在を、直接確かめに来たのだろう。

 

 駆が子供にせがまれてホイップキックの見本を披露する。鞭の様に振るわれた右足で押し出し、伸びる様にゴールへと向かうボールはネットに突き刺さる───事はなく。走り込んできた色黒の男によって阻まれ、ゴールラインを越えることなく地面をバウンドする。

 

 

「ハハ、流石に痺れるね」

「……レ、レオ?」

「初めまして、スグルの弟クン」

 

 

 レオナルド・シルバ。サッカー大国であるブラジルの若手No. 1とまで言われる逸材。

 その存在を目の当たりにして、信じられないと言わんばかりの表情で駆は彼の名を呟いた。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 

「いきなりニックネーム呼ばれるとは、キミは意外と大胆なのかな?」

「あはは……兄ちゃんの呼び方に釣られたのかもしれない、ですね」

 

 

 遠巻きに練習を続けながら子供達が見つめる中で、駆とレオはベンチに座って話し合う。おおらかに笑うレオと、何処か取り繕う笑みの駆。

 体感として中学の能力へと戻っては居るが、人という種は“記憶”による影響が出やすい。意識して愛称での呼び方を繰り返していた記憶が過るので、当然呼び方はそれに釣られてしまう。

 

 

「呼び方はそのまま続けてくれてイイヨ。ボクも駆と呼んでいいかな?」

「は、はい。もちろん。……レオはどうして日本に?」

 

 

 駆の記憶の中では、レオが日本に来るのは全中予選の時だった。それも傑が亡くなったが為にその墓参りで訪れていた、というのが一連の流れ。

 ブラジルの世代別代表の予定にも日本に関連する所は今はない。駆が思い当たる中でレオが日本に居る理由というのは無いのだが。

 

 そんな風に駆が考えを巡らせていると、レオは視線を背後の上へと移す。

 

 

「彼女の事で少しね」

「……!」

「実はボクの所に日本のスクールから誘いが来たんだけど、生憎とボクはそれを受けるつもりは無いんだ。しかし折角の推薦。ただ無下にするのも勿体無いと感じた。で、彼女の希望もあり、推薦してくれたスクールにボクから話を通しにきたんだ」

(……群咲さんか)

 

 

 群咲 舞衣。未来ではセブンと同じくなでしこジャパンのレギュラーとして活躍する事になる、女子サッカー日本代表FW登録選手。

 

 

「聞かないのかい? わざわざボクから言わずともマネージャーを通せば良いんじゃないかって」

「……レオがわざわざ紹介するくらいなので、代表レベルの実力者なんじゃ無いかと」

「勘が良いね。少し前までボクと同じリオに居たんだが、彼女は国籍上日本人だ。けど選手としての実績は無いから、実力はあっても話を通せない可能性が高い。だからボクからスクールに、スクールからチームへと話を通すのが手っ取り早いんだ」

 

 

 ただ、と。

 

 

「少々無理を言っての入学だからね。ある程度条件は付けられたが、まあ好都合だった」

「条件?」

「ボクがそのスクール───蹴学に入らないにも関わらずの紹介だ。その上でボクに与える筈だった権利の一部、学費などの様々な免除を要求したんだよ。現状では無名の彼女に期待を置くのは難しい。だからボクに蹴学への定期的な練習参加と、来年の間の一大会のみに限り蹴学選手としての登録を条件としたんだ」

 

 

 それだけでも充分に価値はあるだろう。と、そんな自信満々に目を瞑りながら言うレオに、駆はスケールの違う話なんて思う事もなく、まあ当然かと考える。当たり前だ。

 少なくとも高校部活動の選手登録が行われる以上は、それまではプロ契約の不可能を意味している。プロの練習への参加、あるいはユース世代のクラブへ入る事は可能だろうが、高校生の段階でプロへと至れるレオのレベルを考えればステップアップの一時停止と言える決断。

 

 そこまでする理由とはなんだろう。そんな風に考え、レオの言葉に一つ疑問。

 

 

「好都合って事は、何か狙いが元々あったと?」

「耳聡いな。ああ、風の噂で聞いたんだけど、スグルはどうやら日本のスクールのサッカー三大会の全制覇を目的としているらしいね」

「……耳聡いのはどっちなのか」

 

 

 少なくとも駆は傑から聞かされて同意を示しただけで、インタビューなどでそれに関する返答をした覚えはない。傑も公の場で言ったことはないだろう。どうやって耳に入れたんだかと駆が引き攣った表情を浮かべていると、レオはそれを同意と受け取ったのか、満足そうに頷く。

 

 

「その話を聞いた時に、何となくスグルの考えが分かった気がするんだ。キミは分かったかい?」

「……」

 

 

 なんとなく、口に出すのは憚れていた。だがレオの質問の答えを駆は持っていたから、数秒の沈黙の後に返答する。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「ハハ、どうやらキミも似た感性らしいな。もちろんそれがスグルの考えとは断言出来ない。でも『騎士』が現れた日本で思い残す考えがあるとすれば、ボクもそう思う」

 

 

 レオはそう言うが、駆の正直な感想としては傑がその考えへと至った原因はレオが関係していると思える。

 傑から話を聞いたセブン曰く、レオのサッカーへの観点は夢を抱く事ではなく、サッカーにとって自分が夢である事。自分がサッカーの体現者とでも言うべき存在でありたいと、そう言ったらしい。それを加味した上でセブンの考えとして、学校クラブの優勝が“夢”と語る日本サッカーを壊す気なのではないかと推測が立てられていた。

 

 傑もそれを聞いて少なからず影響があったのだろう。レオの言う通り、駆という騎士が目覚めたのなら日本サッカーに拘る理由はない。日本代表のユニフォームを背負うのは変わらないにしても、傑ならどんなステップアップも狙っていける能力がある。

 それでなお『高校サッカー三冠』という偉業を目標として据えているのは、駆の思考通り日本サッカー界を壊す事。続けて重ねるとしたら、サッカー後進国と言われている現状の日本サッカー界の“夢”の舞台である全国大会の場に世界クラスを生み出す事で、明確に世界との差を知ってもらおうという魂胆だろう。

 

 

「けど、ね」

「……?」

「こう言ってはなんだが、それではエンターテイメントとして盛り上がりに欠けるとは思わないかい? プロとして、そういう視点から考えるのも学びの一つだと思う」

「一大会に限った選手登録はその為に、ですか」

「ああ。正直な話、キミが繰り上がる来年の鎌学が一強となるのは明確な未来だ。総体はもちろん、高円宮記念もユースクラブの子が蹴学に入ること、来年度から出場権利を得れる蹴学にとっては高円宮記念で同じ舞台には立てないことを考えれば、茶番劇と捉える人達は多いだろう。だから一つ、劇を追加だ」

「冬の選手権。高校最後の大会で、最大の相手かぁ」

「どうだい? 面白いだろう?」

「最高っですね」

 

 

 明確に世界との差を知って貰う。だけでは済まさず、世界レベルの試合というのを日本サッカーに実感して貰う。それがレオの目的か。

 兄が育ち育て、同じピッチを何年と駆け抜けたチームと戦う。もちろんそれがメインの目的である事に違いはないだろう。公私混同バレ上等のビジネスによる高校サッカー参加。傑とレオが友人でありライバルの様な関係性でもあった事を考えると、きっと気付く人は気付く。

 

 凄い人だ、と。駆はレオの横顔を見て、そう思う。

 チラリと背後上方面を見上げた。土手の上ではまだセブンと舞衣が話を続けており、時間は掛かる。

 さてどうしたものかと駆が途切れた会話の次の話題に悩んでいると、レオは立ち上がる。忙しい人だろうから帰るのだろうか。そんな思考を過らせると、レオの方が口を開いた。

 

 

「実の所、今日ここに来たのは偶々という訳ではないんだ。会えたのは偶然だが、ボクにしても舞衣にしても、キミ達に会う目的で神奈川まで訪れた」

「え?」

「舞衣はキミのちょっとしたファンって所かな。それとウィッチへの宣戦布告の意味合いが強いと思う。そしてボクは、キミを確認したくなった」

 

 

 ───まあ偶然会ったなんて思っては居なかったのだが、その突然のカミングアウトに駆はどう返答すれば良いのかと固まってしまう。

 そんな様子の駆に気付くことはなく、レオは話を続けた。

 

 

「ついでだ。彼らジュニアの子たちに“世界”というのを観て貰おう。一切の手抜き無し、OF・DF一回ずつの全力の1対1だ。受けてくれるかい? 駆」

「……はい!」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 レオに言われてから改めて確認すると、彼の服装はスポーツマンとして動きやすい格好だった。元々駆とサッカーをする目的で来たのだろう。

 つまり、本気度で言えば未来の児童公園でセブンと舞衣と一緒に男女混合の2体2をやった時以上。オリンピック代表としてのブラジルとの試合経験はあるが、チームとしてではなく個人での1対1である以上は、難易度が比にならないほどに高いだろう。

 

 そこまで本気になってくれるとは、と。冷や汗一つ垂らしながら、レオの動作一つ一つに注意を払う。

 ジャンケンの結果により先に自分がDF側へと決まった駆は、己の持つDF能力で行使すべき選択を頭の中で組み立てていった。

 

 1対1である以上は必然的に味方を頼るDFは出来ないし、選択をミスればその瞬間にレオは抜き去ってくる。さてどうするか。緊張感がその場を支配する。途轍もないオーラとゆったりとしつつも理解が及ぶリズム感。

 駆は一息。一歩踏み出す。

 

 瞬間、高速で繰り返されるボールタッチ。足下を確認せず、駆の動きだけに注意して、ボールに意思を宿したかの様な状態で駆のDFを避けようと一人でに動いていく。

 細かいボールタッチによる繊細で強烈な回転がレオの意識に呼応し、さながら生き物(飼い犬)の様に踊るボール。二人以上で挟めば事前に対策する事で奪うのは簡単だが、1対1の時の厄介さは尋常じゃない。駆の“目”と集中力ならば回転をかける時とかけない時の違いを見極めるのは容易な筈だが、ジンガによるリズムがその見極めを崩れさせる。

 

 幾十と繰り広げられるボールタッチに何とかついてはいけているが、ギリギリで抜け出させないのが精一杯。

 やがて、駆を完全に崩して躱しエリア内で放ったシュートがネットに突き刺さる事でレオのOFの勝利により一度目の1対1を終えた。

 

 身体能力が格段に落ちているとは言え、DFにとって重要なのは判断能力だ。身体能力が合わされば正に鬼に金棒ではあるが、先読み能力が高い事で相手に先手を打つ事が可能になり、したい動きをさせないしつこさで簡単に奪える。

 今の駆の判断能力は相当に向上した。尋常じゃない練習量により、練習復帰時とは比べものにならない程に、脳が体に命じる速度というのは飛躍している。無論それでもU-17の時ほどではないが、少なくとも同年代のトップ相手に先読みが可能なレベルで。

 

 それさえも引き剥がせる。やはり本場ブラジルの若手No. 1の名を冠するだけあり、恐ろしい人だと改めて認識した。

 

 

(……なるほど。実物を見てハッキリと分かったが、確かに能力が格段に下がっている。しかし遺憾無く全力を行使出来ている様に見えるが……どうもアンバランスだな)

 

 

 だが、面白い。

 レオが見た“騎士”の姿とは例のU-17交流カップの時の駆だった。傑が求め、ピッチの王様が求めた完成形だと思っていた。

 だが徐々に今の駆はその姿から分岐している様に見える。本質は変わっていないが、自分に出来ることをまた一から経験している感じだ。

 

 不思議な光景ではある。だが今は勝負に集中しよう。レオはそう決意し、一気に駆へと詰め寄る。

 

 

(───この距離感、φトリックが出せない。いや、出せるには出せる……けど、動きが誘導的だ。出せる箇所が限定されてる。下手に仕掛ければ読まれて獲られる)

 

 

 駆は腕を上げて手をレオに当てる事で距離感を測りつつ、少し力を込めて簡単には近づかせない様にしている。レオの選択肢には無いが、マリーシア対策として倒れるシミュレーションにいかせない為に服を掴んではいる。あからさまではなくあくまで重心の移動を感知する為の掴みだ。審判の居ないこの状況では勿論だが、試合中にもファールになる事はない。

 小柄かつ能力が平凡であるが故に取れるプレス対策。付け焼き刃ならばまだしも、その動きは洗練されていて迂闊にボールを奪うことは出来ないとレオは判断。

 

 

(色々と事故はあったけど、セブンと練習した甲斐があった。実力差は間違いなくあるレオを相手にボールキープ出来るのは大きい)

 

 

 考えて、考えて。結論を見出していく。やはりここで取れる選択肢にφトリックは入らない。予備動作の大きいこのフェイントは比較的読まれやすいし、レオの様に一流の選手が相手では少々不利だ。普段ならばチームメイトの動きにも注意して自分の仕事を果たすが、ここは1対1。全ての集中力と予知が駆に注がれていると思った方がいい。

 だとするならば。取れる選択は一つ。

 単純な能力でこの壁をぶった斬るしかない。

 

 駆は重心を後方へと移動させ、ボールの位置を完全に足下に。

 

 

(下げた? 距離感の維持にはまだ余裕がありそうだったが……何か狙いがあるのか?)

 

 

 そんなレオの思考を。

 ただの左脚の踏み込みが遮る。

 途轍もない深い沈み。そこから発揮される、爆発的な加速。

 

 

「クッ……!」

(加速で言えばアンドレ・ラモス(アンディ)……いや下手したらそれ以上か!? だがこれなら腕で塞げる───)

 

 

 一度だけ披露され、それが出回ったことのある動きだ。当然レオも予想には入れていたが、あの時は裏抜けという目的があったが故の比較速度で見る事が出来ていない。

 だがこうして体感する事で分かる、異常な加速。個人能力という面では恐らくレオに近く、身体能力では間違いなくレオよりも高い、レオの四つ上のブラジル選手。恐らく身体能力では全盛期を迎えているだろうそのラモスさえも上回る一瞬の加速。

 

 だがレオの思考は追いついた。φトリックと違ってボールが足下から大きく離れない以上は進路妨害の範疇にはならない。多少強引でも止めに行ける。

 実際に審判がいてもファールにならない範疇で。そんな風に差し出されたレオの腕は、空を切る。

 

 

「なっ……!?」

(いやっ、よくよく考えれば当たり前だ! そうか、この沈みの利点はもう一つ、低姿勢にこそある。本来体格差が大きく生じることはないサッカーに於いて、体をぶつけ合うというのは特別不思議でもない。つまり、普段の感覚で抑えようと思っていても低姿勢ではぶつからないのかっ)

 

 

 スルリとレオの腕の下を駆け抜ける駆は、そのまま脚を振り被り。

 

 

「……あっ」

「ん? ……あれ?」

 

 

 駆は足下にボールの感覚が無いことに気付いてフリーズし、一方目の前で虚しく転がるボールをレオは足裏で止める。

 

 

(……まだ未完成の技をこの場で使ってきたという事か? いや、多少走り方に難はあれど、それを前提に動くならボールを蹴り出せば済む話だ。動きが微かに後手に回ってもそれを追い抜ける加速である事は駆も承知しているだろう)

「ぐぅ……やっぱり細かいボールタッチをした上でのこの加速は難しい……」

(思い付きを、今ここで実践している……という事か)

 

 

 このボクを相手に全力の一歩先を信じて仕掛けてくるとは、と。レオは振り返ってボールを蹴り出し、駆へと渡す。

 

 

「……駆、一つ聞かせてくれるかい?」

「1対1のどっちにも負けちゃったし、どんな質問でも……」

「キミとウィッチは付き合ってるのかい?」

「え、一つの質問ってそれ!?」

「クックック、冗談だ。真面目な話、傑が高校サッカーをする理由にキミが答えた時に聞いてみたいと思っていた事さ。駆、キミは」

 

 

 一息置き、レオは問う。

 

 

「どんなサッカーがしたいんだ?」

「……え?」

「夢とか目標とか、色々とあると思う。だがそれ以上に、自分のサッカーに対する姿勢というのを聞いてみたい。例えばボクは『自分がサッカーにとって夢でありたい』と思っているし、傑なんかは『紙一重を極めたい』と言っていた。ボクは、キミが目指すサッカー像というのを聴きたい」

「僕の、サッカー像」

 

 

 数秒の沈黙。さて、急ぎ過ぎたかとレオは悩む。傑やレオは小さい頃から代表に呼ばれていたという事もあってサッカーに対する姿勢というのは一貫している。だがU-17で初めて呼ばれた……というのと、その初めての招集で怪我をしたりと、本来ならば代表選手としての経験値が薄過ぎる存在だ。まだ定めていない可能性が高い。

 レオが口を開いて返答をしなくても良いと言おうとするが、それを遮る様に、本能的に、駆の口は動き出していた。

 

 

「『挑戦者で在りたい』です」

「……ほう?」

「レオがサッカーの夢であるというのなら、僕はその夢を開拓し続けたい。様々な夢の可能性を切り拓きたい……と、まあ。そ、そこまで言うと壮大なんですけど。……出来ない事が出来るようになると凄く楽しくて、それを何回でも体験したいんです。そんな子供みたいな想いなんですけど……あはは」

「いや、素晴らしいと思うよ。……そうか。挑戦か。確かに出来ない事が出来るようになると楽しい。ひょっとしたら心のどこかで、ボクはサッカーを極めている気持ちになっていたのかもしれない。懐かしい思いを振り返らせてくれて感謝するよ」

「いえ、そんな……」

 

 

 レオが感傷に浸るように駆の言葉を頭の中で反芻し、笑みを浮かべて頷く。

 

 

「駆、当然だがボクは今年のU-17 FIFA W杯のブラジルメンバーに選ばれている。今度はエリアの騎士としてのキミと戦うことを楽しみにしてるよ」

「……! はい!」

「じゃあまたネ、駆」

 

 

 いつの間にか話終わってこっちを見てたのか、レオはベンチの近くへと降りてきていたセブンと舞衣に近付き、一言二言言葉を交わすと舞衣を連れて土手を登って行く。舞衣も特に抵抗するつもりはないようで、駆にヒラヒラと手を振り、最後に投げキッスを残して去って行く。

 どうも最初から随分と好意的なのはこの時も変わらないようで、記憶の中にある初対面の舞衣の様子も思い出し、駆は何でだろうと首を傾げた。

 

 ……あまり深く考えてもセブンのジト目が刺さるので、思考をそこそこに切り上げてジュニアクラブの子に手を振りつつ、駆は帰る準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

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