予約投稿が出来ておらず、普段より少し遅れた時間からの投稿になってしまいました。申し訳ありません。
感想返信
>> やっぱカールバケモンすぎて草生える
→エリア外からのヘディングでキーパーの手を弾くレベルの威力を出す化け物なので、ゼッケンドルフのスペックは幾ら盛ってもいいと勝手に思っています。
日本のロッカールームの雰囲気は重い。
先日のコスタリカ戦の前半の時は完封されており似たようなハーフタイムではあったが、あの時はまだ傑や鷹匠が冷静に場を認識させ、解決策を見出していた分まだ幾らかマシだった。
だが今回のドイツ戦。駆の最初の一点は絵に描いたような美しさで決まり日本のモチベーションは高まっていた。エリア内でのハンドによるPK献上も不運と観て切り替えられていた。ドイツ相手に最高のパフォーマンスで渡り合えていたと言っても過言ではない。
だがたった一人。たった一人の皇帝が、日本の調子を一気に崩す。
抜け出した後の決定力は間違いなく本物である駆のシュートを幾度となく防ぎ、それに固執する事なく全体の流れをしっかりと読んで他選手へのボールも決して良い形では通さず、ドリブルを仕掛けようものならばフェイントなど一切効かないまま身体能力も最高峰のゼッケンドルフを相手にする事になる。
逢沢 傑が一度もドリブルで抜けた事がないという事実。世代最強の名に相応しいその存在を目の当たりにして、多くの者がどう戦えば良いのかと、その皇帝に萎縮する。
特に。
(……クッソ、あれは俺のせいだぞ畜生。駆を選択すれば通ったんじゃないのか? いや、傑にだって単純に曲げて出せば済んだ話だ。わざわざ最短最速に拘らなけりゃ良かった。アイツならゼッケンドルフから引き剥がしさえすれば一人で運べたろ)
このロッカールーム内で誰よりも悲痛な顔で下を向く荒木。自分の選択が間違ったせいであんなカウンターを食らったのだと。弾かれたのなら何故すぐにゼッケンドルフの後を追い動きを邪魔しなかったのだと、あの瞬間にドイツのゴールへと結びついてしまった要因を全て自分の責任へと絡める。
あの皇帝を相手に積極的に仕掛けたのが間違いだった、後半はもっと安全圏で───その思考を過らせた瞬間に、あくまで個人で話す声量で傑が話し掛ける。
「荒木」
「! な、なんだよ?」
「アレは別にお前のせいじゃない。誰の責任でもない。普通なら通るんだ、あのパスは」
「……別に慰めとかいらねーよ」
「事実の認識だ。ゼッケンドルフは普通じゃないが、それでもあの瞬間は飛び抜けて異質だった。多分、駆を選ぼうが出し方を変えようが関係ない」
「なんだそりゃ……」
そんな事実を認識させられるくらいであれば、まだ慰められた方がマシだった。そう言わんばかりに苦い表情を晒す荒木。
そう。傑の言う通り、あの場面でのあのルートのパス───いや仮にどのルートであろうと、キックミスやトラップの合間を挟まない限りは例えプロ相手でも確実に通っていた。
ゼッケンドルフの
あの瞬間のゼッケンドルフは異質だった。傑の思うあの瞬間の出来事を言語化していく。
「……視野が広くて判断が早い。それだけなら間違いなく通っていた。だがあの瞬間、ゼッケンドルフは迷いなくというか……
「身体能力が急激に伸びたと?」
「というよりは、全能力を一点に注いだイメージだ。普段のゼッケンドルフは様々な選択を取っても後手を後手と感じさせない脅威的な反応速度で追いついてくる。それは反応というより、“読み”。あり得る可能性を
「……なら尚更それ以外の選択を取れば通ったんじゃねーのかよ」
「全能力を一点に注いだイメージって言ったろ? 予想に過ぎないが、あの時のゼッケンドルフは恐らく、自分の全神経を荒木の動きに注ぎ、己の体に反射させていたんだ。一挙手一投足から成る最終地点を待つのではなく迎え、どうするかを
分かりやすく言い換えれば、と。
「あの瞬間のゼッケンドルフは、俺と駆とタカさんを足して2で割った感じかな」
「……3で割れよ」
「まあ、流石にそんな化け物じみた状態なんて言うつもりはない。けどそんなイメージで望んだ方が良いのは確かだ。空間認識能力は俺より高い。身体能力はタカさん以上。直感的に割り出すのは駆に似ている。下手な策は速攻でカウンターを喰らいかねない」
傑の考えていた
だが反射で動くゼッケンドルフはその全てを抑える可能性が高い。傑の言語化した彼の状態が正しければ、勝つ方法は限られる。
ゼッケンドルフの能力でも届かない範囲で回して隙を探るか。守備固めにして最悪の展開を避けて少人数によるアタックの成功に賭けるか。
または、純粋な能力で彼を上回るか。
どれも現実的ではない。
最後者は言わずもがな、前者はゼッケンドルフを釣り出さなければただパスを回すだけになる。
ドイツも別にゼッケンドルフ一人のチームではない。前半で人数を掛けての攻撃が成功せずに序盤一度の駆の得点しか生まれていない以上は、二つ目の可能性も切り捨てられる。
鷹匠は前半の己を振り返る。
確かに部分的にゼッケンドルフの関与があったとはいえ、エリア付近で受け取ったパスを打ち切る事が出来ていない。ゼッケンドルフとの対面が無い以上、一番得点の可能性が高いのは鷹匠だ。
とは言えゼッケンドルフ一人で広範囲を抑えている以上、ドイツのDFには余裕がある。ただでさえ一人一人の能力は高いのに、それが二人。ツーマークによるDFで鷹匠は封じ込められていた。
同世代とは言え“世界”が相手。己の武器である柔らかさや跳躍による最高打点も容易に通じる事はなく、完全に攻略されている。
とは言え。
鷹匠に対して二人がかり。普通に考えれば人数不利で優位に立つ方が稀だ。自分が一番得点に近い状態にあるとは言え、その壁を乗り越えるのは他と同じくらいに難しい。
鷹匠からしたら、絶好のシュートチャンスで
責めるつもりは毛頭無い。ただ純粋に心配が募っている。ストライカーとして同じ様に止められ続けてしまった場合を考えれば、それこそ今の荒木以上に沈み込んでもおかしくは無い。
自分が決めていれば、と。そう考えるのはストライカーの必然。一言も発していない事実を顧みて、鷹匠は駆へと近寄り話し掛ける。
「かけ───」
話し掛けた、つもりだったが。
名前を呼び切る前にその表情に口から発せられる言葉を堰き止められる。
感情的では無い。苛立ちや悲痛を感じる顔持ちではなく、寧ろ無感情に近い。だが諦めといった類ではなく、ゾッとする程の気迫を感じてしまう。
前半の自分の行動を振り返り、冷静にどうするべきかを考えているのだろう。明確な情景を浮かばせている事を容易に想像させる集中力。
「……」
(口に出して言語化する余裕が無いとも言い換えられるが。まあ自責で追い詰められてねぇなら心配無用か。荒木にはコイツの試合への姿勢を見習って欲しいもんだ)
駆が代表へと呼ばれ始めたのは昨年から、いきなりの飛び級という前代未聞の選抜。異質な存在ではあるが、幼少期からの経験では無い以上荒木との代表経験回数に大きな差はない。
駆が異常と言えばそれまでだが、荒木は荒木で意外にもメンタルが弱い。自分にそれほど自信を持っており、それを成せるポテンシャルがある故にこそ、それを完膚なきまでに潰されれば相応の反動があるのは仕方ないとも言える。
とは言え、この先サッカーで食っていくつもりならば治さなきゃいけない点でもあるのは確か。手っ取り早いのは自ら壁を越える事。だから傑は安全圏に走ろうとした荒木の思考を止めた訳だが、このままでは沈み込む一方だ。
その辺の適任が鷹匠ではない事は承知な為、鷹匠から荒木に言う事はないが。言うとしても発破を掛けるのが精々だ。
「駆」
「! は、はい?」
改めて、鷹匠は駆へと話し掛ける。今度は手を肩に触れさせながらだ。ただの声掛けでは反応しない可能性があった。
2度目の声掛けで返事をする駆に鷹匠は前半の流れからの自分の意見を告げていく。
「前半からして、単純な能力で押そうってのは効果的じゃねえのは明らかだ。今までは連携期間が長い駆と傑、傑と俺っていう分かりやすいツーマンセルの切り替えで組み立てて、荒木に預けた場合は選択させる手段を取ってたが、要所を封じられる以上は長い距離感のパス回しが得策じゃ無い」
「……前線組の距離感を縮めて、僕と鷹匠さんの繋ぎも増やし、トライアングルでのパス回しですね」
「カウンターに備えてDFラインは低めにだ。可能性がある中じゃ、攻撃少数で攻めてくのが一番現実的だ。前半と同じなら兎も角、やり方を変えれば可能性は充分ある。少なくともゼッケンドルフは
ガタッ、と。立ち上がる訳でもなく、激しく動く訳でもなく。だが座って静止していれば出るはずのない何かがぶつかる音。
恐らく踵を座席の下にでもぶつけたのだろう。あまり意識せず足を動かそうと思えばそうなりやすい構造だ。
鷹匠はふと駆の方に視線を向け。
「……今」
「……? どうした」
目を見開いて鷹匠の方を見つめる駆を見て、何か変な事を自分が言ったのだろうかと振り返る。だが後半からの手段を伝えただけで何か衝動的に口走ったりなどはしていない。
鷹匠が疑問の表情で駆に問えば、駆は考え込む様子を取りながら先ほどの鷹匠の言葉を繰り返した。
「シュートブロックにしか行ってないって言いました?」
「え、ああ。ゼッケンドルフは味方を利用して全部自分が止めるって感じのDFだからな。要所で俺達を潰してくる。お前の場合それが1番のタイミングなんだろ」
「…………」
「駆?」
そう、単純な事。
ただあまりにも止められた回数が多く、自分で思っていたよりも自分が客観的に見れてない事もあり、その事実が目に見えていなかった。
ゼッケンドルフは駆に対してシュートブロックしかしていない。
結果としてシュートブロックのタイミングで完璧に止めるというのは、駆の心にダメージを与える事になり効果的だった。だが幾ら自分に自信があっても、ゼッケンドルフの事だ。シュート自体が上手くミートせずに弾かれたボールが予想外の方向へと弾かれるのは想定する筈。それを考えればシュートブロックするよりも、インターセプトで駆に通さない方が確実だ。
そうしない理由。
シュートブロックのタイミングでしか駆に対応出来ないから。付け加えれば。
(……シュートブロックのタイミングで、
考えは当たっていた。
後半が開始して数分。ドイツのボールで再開し、綺麗な方で奪い日本のボールとなった。ハーフタイム中に日本メンバーには話を通して了承を得ていた為、その考えを確信へと変化させる為のプレーをこの流れで行う事になる。
それは、駆が敢えて『本能』で見出す見えないルートへの抜け出しではなく、微かな出遅れとゼッケンドルフ以外のDFが止めやすい位置へと移動しながらボールを受け取るという行動。
その際にゼッケンドルフは、味方DFに任せず自らがインターセプトで防いだ。ゼッケンドルフの位置を考えれば通るのが普通で、通常は味方に任せて挟みに来るタイミングだ。
シュートのタイミングでブロックに来ていた前半とは打って変わって早いタイミングでボールを奪う動作。無論これが前半終盤に見せた“直感”故の早さであるのなら駆の考えからは外れる事になるが、感覚的に違うと断言していい。
つまりゼッケンドルフは、シュートブロックのタイミングが一番良い選択だと判断している訳ではなく、シュートブロックのタイミングでしか間に合わないのだ。
駆の本能が見出すオフ・ザ・ボールをゼッケンドルフは見えていない。それは日本の一点目に限らず、今までブロックされたシュートまでの流れに於ける全てに言える事だ。
では何故シュートブロックに追いつけるのか。駆の考えで言えば、それは完璧なポジショニングを
オフ・ザ・ボールが見えないと言っても、抜け出しのタイミング以外ではその限りじゃない。少なくとも、ボールを受ける少し前までは
故に、基本は駆と傑を繋ぐラインのポジショニングを徹底している。距離感が一定を保つ為に傑も弱いパスは出せず、基本はキラーパスになるからダイレクトは不可能。正確には可能ではあるが、威力を殺さずに打つには精度が低くなるし、逆に精度を高めようとすれば威力は弱まる。
駆を意識したポジショニングだ。抜け出しの動きは読めずとも、ある程度絞る事は可能。後は絞った選択肢から、傑が出した方向に即座に反応すれば、トラップを入れる必要がある駆に追いつくことが可能になる。あくまでもゼッケンドルフならば、だが。
駆は自分の考えが正しいと確信を持った。
が、それを行うリスクもまた起きる。
要はゼッケンドルフに比較的前のポジショニングでインターセプトを許す事になる訳だ。事前に伝えていた事もあって日本の切り替えは早く、守備の陣形は整っていた。
しかし、想定外の事があるとすれば、ゼッケンドルフのパスセンスだろうか。
CB登録されているゼッケンドルフだが、実質彼はリベロと呼ばれる存在。ドイツの中でただ一人『自由』を許されている。上がる事はそれなりにあるし、場合によっては前線でプレイする事もあるだろう。
だが、ドイツは3バックのシステムだ。いくらダブルボランチに加えて運動量の多いサイドによるディフェンスがあるとは言え、基本的なポジショニングは守っている。前半の間のドイツの2点目は単純なシュートフェイクだったから例外にせよ、少なくとも今大会に於いてのゼッケンドルフは前線に上る場合フィニッシャーとして飛び出す時しかなかった。
至極当然ではあるが、ディフェンス枚数が少ない以上は『攻撃で終わる』がオーバーラップを組み込む上で最優先事項になる。外れてゴールキック、ゼッケンドルフのシュート力を考えればコーナーを取れる可能性は段違いに上がる。故のリベロ。
そう。だからこそゼッケンドルフが前線でパスを回す事はない。チャンスメイクをする気質の選手でないとも思い込んでいた。
だからこそ、突かれる。
インターセプトされたボールはそのまま蹴り出される。それはクリアボールではなく、ロングフィードとして、前線へと送られた。
パスの精度は高く、最前線を張るドイツFWが競り合いで跳躍する必要もない、地面を踏みしめながら力強くポストプレーが出来る高さで渡ってしまう。こうなれば鋭いパスだ。インターセプトは難しい。
前半のカウンターもあって、この時のドイツ前線はしっかりと対応しており、二列目から雪崩れ込むように飛び出す選手が多数。日本はそれにしっかりと対応出来ている、が。ここでまたゼッケンドルフが飛び出して来ている。
彼は危険だ。当然ディフェンス陣の意識は向いてしまうし、必然的に傑が“予知”で対抗せざるを得ない。ピッタリと張り付いて自由にはさせず、絶対にシュートを打たせないつもりで傑は対応していた。事実、ゼッケンドルフにシュートを打たせる事はなかった。
だがゼッケンドルフにボールが渡ると、シュートコースを完全に塞いでいた傑の外を巻くようにボールが放たれる。幾ら何でもゴールに向かうような角度ではない。傑が咄嗟に振り返れば、飛び出しているドイツトップ下の選手に完璧な形で渡ってしまい、エリア内でフリー。
当然ゴールへと吸い込まれ、ドイツの得点。後半開始して間もなく、1-3と日本はリードを広げる事を許してしまった。
(……考えは当たってた。でも認識は甘かった。僕に対するゼッケンドルフの行動が読めても、ゼッケンドルフという“個”の強さが分かってなかった。フィニッシャーに位置付けた時点で読みに負けてる。この得点は僕の責任だ)
ゼッケンドルフにも限界はある。その認識がカール・フォン・ゼッケンドルフという選手の強さに格付けを行なってしまい、前半での異質な状態を見ていたにも関わらず、普通の認識を当て嵌めてしまった。
(この借りは絶対に返す必要がある。……でも本当に出来るか? 今の確かめはゼッケンドルフが僕の本能による動きを読めてない考えが合ってるかどうかを確認するだけのものだ。組み立てていた作戦が出来るか否かの確認じゃない。……失敗すれば、戦犯は僕だ)
ゴールに入り込んだボールがセンターサークル内にセットされようと運ばれる中、茫然と駆は思考に浸る。グルグルと巡る考え。幾ら“プロ意識”があるとはいえ、真剣に挑んで幾度となく潰されれば、メンタルにダメージはある。今の駆は少々ネガティブだ。自覚はあるが、悪循環に陥る思考を意識的に切り替えるのは難しい。
駆は深く、呼吸を繰り返す。
(……ルーティン。確か、心を平常に戻す効果もあるんだっけ。少しでも良い、この状態で挑めば失敗するのは目に見えている。落ち着け)
普段は試合中に行う事はない。
U-15の招集以降、駆は自身の能力に没頭する為のルーティンを試合前に必ず行なってきた。それによる効果はしっかりとあり、これにより駆は普段から好調で試合に臨む事が出来ている。
イメージは、ハイタッチ。絶好調の時に起こる未来の自分の反射能力の適応。残っている脳信号との接続を意識して、駆は“記憶”の時の自分の身体で行われる傑との交代を思い出して、スイッチの切り替えを思いながら手と手を合わせて鳴らす。
一度。
「……」
もう一度。
「………」
ボールはセットされた。主審もリスタートの意を伝えようと駆に視線を向けている。日本メンバー、ドイツメンバー。多くの観客の視線が注がれながらも、駆は更にもう一度、手を鳴らす。
「……鷹匠さん」
「どうし───た……?」
「ハーフタイムに話した通りやります。ただ、想定を更新します。鷹匠さんにはかなり無茶を要求しますが……
「……あ、ああ」
「お願いします」
駆はセンターサークル内に立ち、セットされたボールを蹴り出し傑に預ける。
いつも通り前線へと向かう駆を視線で追いながら、鷹匠は感じ取った違和感を振り返る。
(……別に雰囲気が変わった訳じゃねぇ。動きにキレがあるのはいつも通りだ。けど何つーか……ああ、アレだ。傑が中学にいる時にやった高・中の練習試合の時にコイツを見た時と同じ様な期待感がある)
何故かは分からないが、消えていたそれが蘇る。自分があのとき目標に見据え別のエリアの騎士を目指すきっかけとなった、最高のストライカーへの認識。
鷹匠は己の心臓が脈打ちワクワクしてる状態を感じながら、ハーフタイムでの作戦の為の行動を始める。
(先程のカウンター……
ゼッケンドルフは考えに区切りをつけるが、駆のポジショニングを把握して思考に陥る。
(……距離が近い? 私に意識を向けさせる作戦か? いや……距離を近くすることで得られるメリットはない。彼以外ならば私の
駆の位置がゼッケンドルフに近い。それ自体は特別不思議な事じゃない。エリア付近まで近寄れば必然的に幅は狭まる。
だが場合によっては別だ。リスタート直後の現在、駆はオフサイドラインから離れた位置にいる。駆の気質からして、本来はオフサイドラインのギリギリを抜け出すのが1番の選択。チームの為にポゼッションやポストプレーをする事はあるが、それは最低限。その決定力を最大限に活かせる所にいつも駆はいる。
そこから敢えて離れる事で得られるメリットはない。ゼッケンドルフにとって対処がし易くなるだけだし、寧ろ駆へと渡す選択肢が狭まる以上はデメリットでしかない。
何が目的かは分からない以上、ゼッケンドルフは今まで通りにやるしかない。
そして実際、これといって何かが起こる訳でもなく後半14分が過ぎる。劇的な変化がないだけで駆に渡る回数が減ったというのはあるが、現状のポジショニングを考えればそれは当たり前とも言える。
これだけ続ける以上は何か狙いがあると考えて良い。だがゼッケンドルフにもその“何か”が分からない。周りに渡る回数が多くなった事で駆への意識の低下を狙っているにしても、ここまで露骨にやられればゼッケンドルフにもそれは浮かび上がる。
(……一体何を)
するつもりか。ゼッケンドルフは間合いに入り込んだ傑のパスを見て思考を途切れさせ、ボールに反応して動く。エリア付近左側。受け手は荒木。渡れば危険というこの試合に於いて幾度となく見た光景。同時にゼッケンドルフがインターセプトに間に合い、日本がそれに対応するというイメージがこの試合で染み付いている。
そんな中。
「───……!?」
風が吹く様にゼッケンドルフの横を駆け抜ける存在が一人。
唯一、ゼッケンドルフの
逢沢 駆が、ゼッケンドルフよりも一歩前に飛び出してボールを受け取る体勢に入った。
(予想外───だが悪手だろう、それは!)
ゼッケンドルフにとっても予想していなかった手段。何せそれは多くのストライカーが必然的に避ける選択肢だからだ。
フェイントが通じず、広範囲に渡りDFを可能とする単身能力の優れたリベロ。そんな彼を相手にドリブルで挑む選手は、居るとは言えど限られる。それは『抜けばチャンス』というただ一点のメリット。
だが駆にゼッケンドルフを抜き去れる程のドリブル能力はない。そうなれば駆の選択肢はシュートとなる。
駆は微かに跳躍。少しだけ両脚を浮かばせて空中でボールを左足に当てる。勢いを吸収し弱く叩かれたボールは右足の後ろを通って横へ。左脚を先に着地させて体を捻り、右脚を踏み込んでシュート体勢。
(流れる様なフォーム。ゴールへと身体が向くまでが早い。しかし……私を視界に入れる事でシュートコースの変動を合わせるつもりなら浅はか。
殆ど真正面に居る状態でのシュート体勢。駆のホイップキックのモーションの大きさにより、ゼッケンドルフは即座にシュートコースに己の体を差し込む。それだけならば空いた穴を突かれる隙はあるが、ゼッケンドルフは駆のモーションに合わせて動くことが可能だ。動きやすい位置に己を立て、少しの動きで変動に対応出来るようにする。
さあどうする、と。
(……変動はない。このまま私に当ててセカンドボールを狙うか? だが競り合いでは私に分がある。このま───)
駆の向ける視線。モーション。
場所はペナルティエリアの外。角に近い左側。元々ファーサイドを狙う左脚だ。中へと変動が無い事を理解してゼッケンドルフは動かない。
だが、僅か一瞬。
(そっちは外───いや───)
「9番マーク!」
外へと逸れる。それは先日のコスタリカ戦でもあった光景。しかしあの時と違い、枠内には決して通さないブロックで、セカンドボールを拾うには難しいゼッケンドルフが相手。
駆が取った選択は、そのままストレートにボールを放つ事。
ゼッケンドルフはそれを見抜いた。直後に
外に逸れた左脚がストレートに放たれればボールは枠外へと飛んでいく。だがその先に、味方がいれば。
つまり駆が取った選択は、パスだ。
前半からの繰り返されたシュートブロック。それらは全てギリギリで行われていた状態。故に駆が打とうとすれば、それはシュートであるとゼッケンドルフの脳に焼き付いていた。
しかし直前で気付く。その肉体と全景からなる圧巻の反応は、駆の取った選択を追い、パスコースを塞ぎに掛かる。
完全にパスを止められるという確証はない。だから咄嗟に声を出して、弾いたボールが鷹匠の方へと飛んで行っても抑えられるようにマークを指示している。確実ではないが、この場で出来る最善の選択をゼッケンドルフはしてみせた。
ゴールを塞ぎに掛かるために右へと流れて行く身体。短く左脚を前に出して地面を踏み締め、反転。逆方向へと差し出される脚はボールに触れ───ず。
「───ッ!!?」
ゼッケンドルフは驚愕の意を示す表情を晒した。いや、それはドイツのメンバー全てから感じ取る感情だ。だがゼッケンドルフが驚愕を示すが為に、その異常性を際立たせる。
確かに、
だが、事実として。そのボールに鷹匠は反応して抜け出している。
合わせられる筈がない。シュート性のボールを方向転換するだけでも普通は難しい。ゼッケンドルフはシュートブロックで意図的にキーパーへと転がるようにしていたが、それは至近距離でどのタイミングでボールが足に触れるかが分かりやすいが為だ。
ある程度の距離が離れると、“振り”という動作が必要になる脚ではタイミングが測るのが困難になるし、頭で捉えようにも強い球のヘディングはミートが外れる可能性が非常に高い。
ましてや、駆のシュートには独特な伸びがある。そんな球に合わせて方向転換を行う事は世界レベルのストライカーでも練習の中で何回繰り返して一度できるかどうかのレベル。
ゼッケンドルフに触れる事を許さなかったボールはやや浮き上がり、脚で軽く合わせる事も出来ない。必ず上げる必要がある以上、タイミングが更に難しくなった。
脚は困難。
頭ではミートしない。
ならばどうする。
「───ッ!!」
普通のやり方で出来ないのであれば。
普通じゃないやり方にするしかあるまい。
普通であれば取らない選択───だがこのシチュエーションに於いては合理的となる手段。
そも、脚や頭で不可能な理由は“面”の狭さだ。普段は力の入れ易さ、コントロールのし易さでその選択が成されているが、今この場に於ける『速さに合わせる』という方法には向いていない。
ただ合わせれば良いだけならば、力の入れ易さを除く選択を取れば良い。今このシチュエーションで、力強いシュートは必要ない。
このチャンスは一度切り。一度行えば二度と起きることのないシチュエーション。カッコいいシュート、綺麗な決まり方。サッカー選手となると客観的な視点から見るそういうプレーに憧れるものはある。
だが、
ここまで予想外を詰め込んだゼッケンドルフを目の前に、自分のゴールという可能性を切り捨てでもチャンスを演出した駆に、鷹匠はゴールという結果を以て応えなければならない。外から見た自分など気にせず、貪欲にゴールを求める。
抜け出しが綺麗に決まったから飛び込まずとも充分にボールに届く距離。
鷹匠は、己の手にボールが触れない事を強く意識しながら、ボールへと突っ込んで───。
「ぐ、ぅ……ッ!」
己の胸に、ボールを当てる。
胴体という人体における広い“面”。それでボールを捉えることにより、脚や頭で行う合わせよりも容易くボールをコントロール。
強い勢いを吸収しながらも弾き、ボールはネットを小さく揺らした。
───数秒の沈黙。
そして湧き上がる観客席からの歓声。会場が揺れる錯覚に陥りながらも、鷹匠の選択がゴールを奪った事を示している。
開いていたドイツのリードを縮める、劇的な一点。
まだ2-3で負けている状況だ。試合を早めにリスタートしなければならない。鷹匠はゴールパフォーマンスをするつもりはなくスタート時のポジションへと戻るが、その最中、駆に近寄り頭をポンポンと叩く。
「テメェちょっとは加減しやがれこの野郎」
「いやぁ……アレくらいの速度じゃないと、蹴ってから追い付かれる可能性があったんで。すみません」
ケホっ、と。微かに咽せて苦い笑みを浮かべながら苦情を告げる鷹匠に、駆は視線を逸らしながら申し訳なさそうにそう紡ぐ。
鷹匠も理解はしている。だからそれ以上に文句を言う事はなく、自身の配置へと戻って行った。
(……これで一点差。でもこのやり方はもう通じない。ゼッケンドルフは多分これまで以上に僕に意識を向けることになる)
故に、駆がこれ以上点を取るというのなら。日本がドイツに勝ちたいというのなら。
(僕が、ゼッケンドルフを超える必要がある)
相手は世代最強。
挑戦として不足はない。
この圧倒的な“個”を前に、己の能力でどう上回るか。
さあ。お互いにお互いを強く意識する今こそ雌雄を結する時だ。
※下手に胸でボールを受け取ると呼吸困難に陥る可能性があります。真似しないように気をつけてください。
この作品を書くに当たって一番書きたかったのがドイツ戦なので、この試合が終われば土曜日朝6時の定期更新はなくなり不定期更新になる可能性があります。ご了承下さい。