感想返信
>>傑が主人公キャラすぎて、駆が騎士と言うよりアサシン(忍者)化してるのが斬新。
駆のアサシンムーブ視点での動きの描写も見て見たいけど難しいでしょうか?
→少しネタバレになりますが、作中でも匂わせてはいるのでお答えします。U-17W杯編が終わり高校編が始まって暫くしたら駆君のプロ練習参加の話が出てくる予定です。その時に駆君の“嗅覚”の説明を行いますので、それまでは気長にお待ち頂ければと思います。
「……本当に、キミの嗅覚は厄介だナ。駆」
シンプルなゴールパフォーマンスに走る駆を見ながら、レオは苦い笑みを浮かべながら呟く。
どう考えても「なぜそこに」と思ってしまう。普通ならレオのクリアで一度は流れが途切れるだろう。荒木がクリアボールへとブロックに入っても弾かれる方向が一定とは限らない。荒木自身、駆が見えていたから取った選択という訳ではないからだ。
油断はしてない。隙を見せたつもりもない。少なくとも人の思考で得られる限りの情報では、最終地点はレオが断定したあの場所。
だが駆の“本能”はその更に先を読み、ゴールを決めた。ボールが導かれる様に、ボールに導かれる様に、駆のポジショニングこそが最終地点となる。
「レオ」
「……油断なんてしてなくても、世界レベルのストライカーはその状況でゴールをこじ開ける。ボクたちはラッキーだな」
「───はは、そうだな」
「ゴール前ならば現時点でもプロの前線で活躍出来るストライカーをこれだけ早い段階で相手に出来るんだ。存分に、学ばせてもらおうじゃないか。方針は変わらない。全力を以て、日本に
A代表の立場ならば兎も角、少なくとも今大会。この年だけに集うU-17世代別代表の括りでは、日本は優勝候補だ。世間から見てもそれは純然たる事実であり、ゼッケンドルフ率いるドイツ代表を破った事でその評価は跳ね上がった。
だがそれはあくまでも世間から見た評価。もっと下の世代から逢沢 傑という天才を見てきたレオナルド・シルバからすれば、傑のいる世代はいつだって強豪国と対等で有り続けた事を知っている。だが傑はあくまでもピッチに君臨する王様故に、彼に“騎士”がいれば、強豪国さえ打ち破るチームになると思い続けた。
そして日本には、逢沢 駆という騎士が現れた。
ならば、日本を格下に見れる筈がない。少なくとも今大会のブラジルからすれば、自分達が日本に挑むものだと考えている。
互いが互いをリスペクトして、自分たちが挑戦者であると気を引き締める。恐れ慄くのではなく、強い相手だからこそ高揚を覚え、学ぶ事が出来る。
「とはいえ、ボク達の基本方針は変わらない。ポゼッション重視の読み合いに徹するだけだ。今回はイレギュラーだったけど……」
「ああ。あの
「期待しているよ」
『さあ前半12分───ここで逢沢 駆へとボールが渡る!』
今回のブラジル戦では右寄りのCFとして出ている駆。中へと入る動きを見せながら、相手が自分ではなくパサーである荒木へと視線を向けた瞬間に姿勢を微かに下げて緩やかにバックステップ。荒木がボールを蹴ると同時に、相手DFのギリギリを突く抜け出し。
外へと逃げる様な動きではあるものの、完璧に抜け出しさえすれば相手は後ろから追いかけざるを得ない。抜けた後に中に入れば相手は無理なプレスは掛けられず、行動が限定される。
完璧な抜け出しであると駆も荒木も思った。だがマークについていたブラジルDFは下手にインターセプトは狙わず、駆と同じく荒木のパスが出た瞬間に反転し追走。ボール保有こそ駆がしているが中に入る事ができない。
流石にサッカー大国、王者の代表。レオほど突出して目立つ訳ではないが、プロに進出していてもおかしくないレベルの選手が当然の様にいる。外に逃げればシュートコースは消えて、中に入れば強引になりブロックされる。
だが一瞬。一瞬だけでもコースが空けば、超速の振りでDFのブロックに阻まれる事なくシュートを打てる。前半の早い段階で2点のリードを奪う事が出来れば圧倒的な優位に立てるだろう。
駆は並走するだけで無理に奪いに来ない相手DFの動きを見る。ペナルティエリアに侵入させるつもりはないだろう。その時点でファールという手段は取れなくなる。駆がシュートを強く意識するエリアに入り込む瞬間の絶妙なタイミングで仕掛けると想定。
(なら、ギリギリまでキープ……)
ボールは外。つまり右脚に常に置き、相手とボールとの間に自分を挟む。上手いタックルならばあっさりと取られかねないが、駆の集中力による観察で瞬間的な動きは見逃さない。ボールコントロールは感覚に任せ、段々とゴールへと近づいていく。
エリア付近。ペナルティエリアに入らせたくない相手にとっては仕掛けるべきタイミング。逆に駆にとってはもう少し侵入したいのが本音。それはお互い理解している。
故に、駆はタイミング早く右にズラしてシュート体勢。もう少し遅らせてからボールを奪いに掛かろうとしていた相手にとっては予想外だろう。だがシュートコースはそれほど空いていない。即座の判断でファーサイドへのコースを塞ぐ。
駆は振り被った脚を緩め、外へと開き、覆い被せるようにボールの右側を押して軸足の裏へと通す。偉大な選手の名を冠するフェイント、クライフターン。これによりボールは中へと流れ、シュートコースが大きく開く。
ターンに使った右脚を踏み込み、軸を整える様に左足を踏み込む。完璧なボディバランスから右脚を軸にする踏み込み。三歩でシュート体勢を完成させ、左脚でボールを蹴り出し───。
(っ、はやッ!?)
フェイントなど意にも介さない速度で駆の動きに反応し、スライディングによるシュートブロックで駆が蹴ったボールを弾く。
先程の光景があるからだろう。セカンドボールを拾えたブラジル選手はゴール前でのキープは選択せず、即座にクリアしボールは日本陣内へ。ボールを拾った飛鳥はブラジルの前衛守備を見てキーパーへと戻し、落ち着かせる。
駆はポジショニングを整えながら塞がれたシュートの事を考えた。
(……昨日のスペイン戦で、
駆の超速の振りによるシュートは、体全体の力を柔らかい膝に収束し、バネの様に放つ事で、初速から最大速度までの加速時間を極限まで短くするもの。柔軟性が無ければ振る際にぎこちなさが出てしまい、流れる様に放つ事ができない。
要するに、このシュートテクニックは左脚に限定されている。右脚でも出来ないことはないだろうが、左脚ほど綺麗には決まらないだろう。シュート威力の低下は免れない。実践的なのは左脚のみ。
それをスペイン戦の映像から理解したのだろう。相当に対策を練っているのは間違いない。
(ってなると、さっきの抜け出しも誘導……?)
荒木からのパスでの抜け出し。駆は視界に入らない様に外へと逃げる様な動きで抜け出したが、その時の反応も速かった。ともすれば、抜け出される事は前提。外へと逃げる様に誘導し、仮にフェイントを入れずにそのまま右脚で打ったとしてもシュートブロックに行かずにコースの限定だけで充分キーパーが反応できる様にした。そうする事で、フェイントで躱しに来た時に自分が止めにいける。
フェイントを入れて左脚で放つ様にした時点で、超速の振りだけに意識を割いたのだろう。このシュートテクニックでキックフェイントを掛けるメリットは殆どない。ホイップキックという選択肢もあったが、他選手によるカバーが間に合う可能性が高い。
ゼッケンドルフの全てを止める様な読んでの反射とは違い、超速の振りでのシュートという選択肢に限定したが故のディフェンス。それまでの一連の流れを振り返りながら、駆は苦い笑みで自分のシュートを止めたブラジルのCBを見つめた。
(だとしても、今日の試合で見せたのまだ一回だけなんだけどなぁ)
テイクバックをして、脚を振りボールを蹴る。それぞれの選手の個性や特徴があるとはいえ、その一連の流れは絶対条件。DFはテイクバックという動作を見てから反応する事が多い。その脚の振りに合わせ、自分が滑り込んでシュートブロックを完成させる。
しかし駆の場合、一連の動作が極端なまでに短い。何故なら踏み込みと同時にテイクバックが完成するから予備動作に無駄がなく、それを視認した時点で脚は既に振られている。基本動作とは明らかにシュートテンポが違うので、反射神経に身を委ねたブロックでは追いつけないのだ。
だから普段の感覚でブロックに行けばシュートは抜ける。しかしブラジルはマークがしっかりと付いているという状況ならば、こうして確実に防いできた。相当にイメージトレーニングしてきたのがよく分かる。
(一点目で多分僕はコミット気味の警戒がされてる。同じシチュエーションになっても誰かしらは僕をずっと見るだろうから、“消える”のは無理かな。そもそもずっとこっちのターンみたいな状況はなかなか無い)
1点目と同じような形で決めるのはほぼ不可能に近い。もし全員の集中が切れ始める試合終盤、後半ロスタイムの時間まで身を沈めていれば可能だろうが、その間は逢沢 駆という脅威を相手に与えられない。駆の個人能力はそこまで高くないから、ちゃんと対応できるディフェンスならばマーク1人で充分に足りてしまう。
そもそも後半ロスタイムにそんな絶好なシチュエーションになるとも限らないし、まだ前半10分少しの時間帯からそこ一点に賭ける訳にはいかない。取った一点を確実に守っていく方針に日本が舵を切れば一つの手として考えていいだろうが、今大会のトータル得失点差で日本を上回る攻撃力を持ったブラジル相手にそれは愚策と言わざるを得ない。
ともすれば。
(何とか引き剥がして点を取る。取り敢えず……)
一点目のカウンターとは打って変わり、今度は日本が冷静にボールを回している状態。思考の巡りを終わらせ、駆は兄へとアイコンタクトを送る。
視線を受け取った傑はコート全体を見渡し、即座に中盤位置へと下がってボールを要求。
右ボランチの轟からパス。傑にはマークが1人。トラップと同時に躱される事を警戒して少し距離を置いた位置。傑がボールに触れた瞬間を狙い定める。
傑は足下に来たボールをトラップせずにスルー。脚に触れる瞬間を見極めようとしていた相手にとってそれは予想外で動きが止まる。瞬間、傑は加速してマークを振り払う。
スルーしたボールは荒木の足下へ。半身前に向きつつスペースを確保し、荒木はワンタッチで落とす。加速する傑にブレーキを掛けないタイミングを見極めた柔めの落とし。
スピードに乗った傑はそのままドリブル───はせず。大きなトラップ一つ入れてスペースを駆け上がる姿を見せながらも、正面のディフェンスが近付いた瞬間にパスを駆へと送る。一瞬でも傑に意識が向けば駆に有利になると判断。
駆はトラップと同時に軸足を踏み込み即シュート体勢。素早く振るわれる左脚。それに反応したディフェンスはブロックに入る。
ブロックの為に開いた股の間を狙い、駆はボールに当たる寸前に一気に脚の力を緩める。ボールは狙い通りディフェンスの股の間を抜け、駆は前に溢れるボールをトラップせずに右脚でシュート体勢。
抜かれた相手が無理矢理にでも止めにくれば、角度的にファールになる可能性が高い。ホイップキックの為に大きく脚を開き、振る。その直前。
「っ、!?」
(SB、動きが見えなかったッ)
鷹匠は駆の抜け出しを活かす為に少し下り目の1.5列目にいる。それを理解して最終ラインは駆のブロックに入ったCBにして、SBはラインを上げていた。そうする事で絞りに行っても股抜きに集中していた駆の視界に映らないように。
駆は見える範囲の空間認識能力には長けているが、傑と違って視野が広い訳ではない。集中している時は尚更、首振りで視界を広げる事は迷いを生む悪手となる。
だからこそ突ける死角。CBではファールになるボール保持の仕方でも、他選手からすれば狙い目。
テイクバックの瞬間を突かれ、ボールを奪われた。
「このっ」
駆は直ぐにボールを奪おうと脚を伸ばすが、後ろへ振り向いてキーパーにパス。離れたボールを追い掛けるが、ダイレクトでもう片方のSBへと出されて直ぐには追いつけない。
カウンターを喰らう訳にはいかないと即座に傑は縦を塞ぎに掛かるが、ブラジルは今回ポゼッション重視のスタイル。縦突破は仕掛けようとせず、ボール保持に専念し距離を測っていた。
(……シュートまで行けなかった)
決まらないのは仕方ない。どんな状態からでも100%決めれるストライカーなんてのは存在しない。誰だって外す時はあるし、止められる時もある。
だがどうであれ、シュートまで持っていった事実は相手を脅かす事が出来る。枠外に外れてもシュート威力が高ければ、「これが枠内に入れば」と思わせられるし、枠内に入れば「コースや威力が良ければ」となるだろう。
しかしシュートまで持っていかなければ、その脅威を与える事は出来ない。こいつなら止められると言う安心感と自信を与える事になる。それが一点目を決めた後の2回のチャンスでどちらも行われた。
1回目はまだシュートにいけたが、完璧な形でシュートブロックに阻まれたし、2回目は連携で封じられている。単身の駆け引きだけでは駆に勝ち目がないと思わせるには十分な展開。
スペイン戦の時みたいにまではいかずとも、駆への脅威を覚えてくれれば方法はあっただろう。一点目の状態を考えれば普通は慌てる。
だが流石はサッカー大国。動揺など微塵も見せず、ただ淡々と駆を防ぐ手段を取ってきた。
(いや、切り替えろ。ネガティブになるな。100%決めるストライカーはいないし、100%止める事のディフェンスも居ない。その時に出来る最大限を繰り返すまでだ───)
駆は一度、瞬きよりも少し長く目を瞑り、目の前にいたCBへのパスコースを塞いでポゼッションの選択肢を少なくする。ネガティブになりつつあった思考を切り替えディフェンスへ。
そんな、思考の途切れる一瞬。
「駆、キーパーにッ!!」
傑の声が耳に入る。視界の端に捉えていたSBはいつの間にかブラジル陣地へと身体を向けており、パスを出している。行き先はキーパー。
エリアから離れてCBの近くに居た駆との距離はそれなりだ。追い掛けても間に合うかは微妙。
しかしキーパーの方へと視線を向ける一瞬、視界の端に映った右───ブラジル陣地の左サイドには、SBと位置チェンジをしたレオの姿。
それを認識した途端、理解が及ぶ前に駆は走り出す。左脚の加速があっても追いつけない。せめてパスコースをと塞ぎに掛かるが、駆がスライディングをするとキーパーはボールが来た方向へと優しくトラップ。引き剥がされる。体勢を崩した駆は次の一歩に追いつかない。
当然、キーパーは下がってきているレオへとパスを出し。
「読み合いは僕の勝ちだナ、傑!」
そのままダイレクトで、ボールを縦へと叩いた。
右脚のアウトフロントで回転を掛けながら蹴り出されたボールはサイドラインを這い、ハーフラインを越える共に微かにバウンドし、中央へと曲がっていく。攻撃意識に向いていた日本SB───今回は右に配置されている島の背後を取られ、レオと
ブラジルのポゼッション戦術は、早い流れの中でも完璧に読み切る日本。特に傑に対抗する為の策。読み合いで勝ったと確信したのならば、後ろでの時間を掛ける安全なパス回しに拘る必要は何処にもない。
「しまっ───!?」
普段の駆ならばレオがサイドにいる事を把握して、その意味を理解せずとも防ぐ事が出来ただろう。
だが二度のチャンスを完全に止められた。幾ら直ぐに切り替えることが出来る様な選手であれ、必ず一瞬はネガティブに陥る。傑もそれを理解し、出来るだけ早く自信を取り戻そうと動くだろう。駆は切り替える瞬間に視野が狭くなり、ただディフェンスの為に動く。傑は一瞬でも早く駆に渡そうと考え、カウンターの対策に動く。ゆったりとした安全なポゼッションが繰り返されていれば、尚更突然のロングパスなんて頭から抜け落ちるだろう。
この時点でブラジルは日本の1番の武器である“王”と“騎士”を最前線へと釣り出す事に成功した。普通に攻めてもブラジルに有利に働く。
故にこそ、手を緩めない更なる一手。
ブラジルはそれぞれ、単身の能力ならば日本より優れた選手が多い。だがやはりその中でも飛び抜けているのはレオナルド・シルバ。
目立つのはファンタスティックなドリブル。だがやはり彼もピッチの王様と称される1人。そのチャンスメイク能力は傑に迫る。
特に、彼だけの
綺麗に弧を描いたパスをブラジルの左SBは受け取った。シルバの動きを視界に捉えていた飛鳥のディフェンスにより独走を許す事はない。しかし。
(DF枚数が足りなさすぎるッ)
ブラジルは予めこの瞬間を狙っていた。それが分かるほど、攻撃枚数が多い。3トップの内の2人はもちろん、レオとスイッチし前線でボールを受け取った左SB。中盤2枚。
対して日本は攻撃意識に向いていたこともあり、両SBはハーフライン付近から必死に戻っている状態。ボランチが1人残っていたのでCB2人ではないが、それでも5人に対して3人は少なすぎる。
元よりブラジルは早いパス回しに淀みなどない。飛鳥が遅らせようと必死に視野を確保しても、ドリブル・パスの選択肢が多過ぎて奪うことが出来ない。
躱される事はないが、同時に遅らせることも出来ないまま、ボールはペナルティエリア付近まで運ばれた。流石に侵入を許す事は出来ない。飛鳥はここで仕掛ける。
一歩踏み込み縦を切る。だが片足を残して重心は後ろに。敢えて反応させて中に切り込ませる様に誘導。読み通り、ブラジルの左SBは中へと切り込んだ。その瞬間に飛鳥は反転。エリアへの侵入は許さないと、ドリブルで離れたボールを狙う為に身体を相手にぶつける。
確かなタックルの感覚。伸ばした脚は───
「く……っ」
ボールに触れる事はなかった。
左脚で中へと切り込む動きを見せ、インフロントで持っていったボールをアウトフロントで切り返す。これにより飛鳥の想定よりも短い地点でボールは中へと侵入し、飛鳥の伸ばした脚の間を抜けていく。
切り返しに使った左脚が浮いている間に右足でステップを入れ、体がぶつかりながらも縦に一歩入れて飛鳥を躱し中に侵入。自分の背後を取られた飛鳥は直ぐには反応出来ない。
人数差のせいでもう1人のCBである幸村もフォローに入る事が出来ない。このまま侵入させれば自分で打ってくる。仮にそうでなくとも、キーパーを釣り出した上で他選手に渡し確実に決めてくるだろう。
飛鳥は反射的に手を伸ばし、ユニフォームを掴む。自身の推進する方向とは逆の方から込められた力に脚が崩れ、左SBは倒れた。
位置は、ペナルティエリアの内。
大きくなる笛の音。審判は2人の近くに寄り、胸ポケットに指を差し込む。取り出されたのはイエローカード。
「───……」
痛恨のPK献上に思わず飛鳥は目を瞑り俯くが、明確なゴール妨害にも関わらずイエローだっただけまだマシだ。決勝以降は試合がないから次戦出場不可にはならないし、大胆さは薄れるがまだピッチ上には居られる。
倒してしまった選手に手を差し伸べて起き上がらせ、キーパーに声を掛けてペナルティエリアの外に出た。
着々とPKの為の準備が進められる。得点王争いでレオが蹴る可能性が高かったが、レオ自身が拒否し、キッカーはファウルを貰った左SBになった。
ボールがセッティングされる様子を眺めながら、駆は呼吸を整えて思考した。
(……凄いな、レオ)
純粋な尊敬。先程のプレーを振り返って出たのは、まずその感想だった。
(一流の選手は、試合の流れや敵の心理を計算に入れて動く。さっきの……多分、1回目のシュートブロックで溢れたボールをブラジルが保持して同じような事をしても、僕はレオの事を見れてたと思う。3回目でもそうだ。繰り返されれば分からないけど、そんなにシュートチャンスはない。“2回目”だから仕掛けて来たんだ)
ペナルティエリアのライン上まで助走をし、深呼吸するキッカー。随分と落ち着いた様子だ。キーパーの山勘が当たる可能性もあるが、駆は何となく決まるだろうと確信して、深く思考に陥る。
(僕の視野が切れる瞬間、兄ちゃんが前線へと出てくる瞬間、日本の攻撃意識が強い瞬間───それらが重なるタイミングが、2回目のチャンスの時だった。なら1回目のクリアもそれを狙って? ……ホントに、凄いなぁ)
ゆっくりとボールに近付き、キーパーの緊迫が最高潮に達する。踏み込みの一歩だけ加速を早め、キッカーは冷静に脚を振り抜いた。
(兄ちゃんもすぐにそれを理解した。僕はこうして余裕のあるタイミングで振り返らないと理解まで及ばなかった。僕は、2人みたいな“天才”にはきっとなれない)
キッカーの足下をしっかりと見て、軸足の方向からシュート角度を見極めボールに飛びつく。日本GKである大場の“読み”は当たった。
(でも───)
当たった、が。インパクトの瞬間よりも一歩早く加速する事でズレたタイミングにより飛ぶのが遅れ、強く放たれたグラウンダーのシュートがネットの左後ろを突き刺す。
瞬間、会場は盛り上がる。日本のファンなら落胆、ブラジルのファンならば歓声だ。
ブラジル選手はゴールを決めた左SBの選手に近寄って声を掛けたりしている。とはいえまだ同点。長いパフォーマンスは行わず、試合を再開しようと自身のポジション位置へと戻っていく。
セカンドボール時に日本が拾った時のカウンターとして前線に居た駆は移動する必要が殆ど無い。そうやって立っている駆とすれ違う際に、レオは声を掛けた。
「PKを譲っても、得点王を譲るつもりは無いヨ、駆。獲るなら僕を魅せてこそだと思うからネ」
「……点取りで負けるつもりはないよ、レオ」
「! ……ふ、ホントに君達は僕を楽しませてくれるナ」
レオは駆の表情に一瞬だけ驚いた後、その一言を残して
(……ミスとも言えない様なミス。だが自分の責任から生まれた失点は、FWにとって充分な負担になる。全力同士の試合は望むところだが、これは世界大会。反則にならない手段ならば僕は躊躇うつもりはない───が)
レオは駆の表情を思い出す。
彼は───笑っていた。
(メンタルはこのピッチ上の誰よりも硬いな。今ので確信したよ、君は崩れない)
「取り繕いや切り替えならまだしも、まさか笑みを浮かべるとは思わなかったよ。駆」
DFならばまだ分かる。過去何年もの積み上げた経験の中で、自分の責任で生まれた失点というのは何度もあるだろう。それを経て尚DFをやっていれば、そう簡単に調子が崩れる事はない。
だが駆はFWだ。得点を何よりも至上命題とするポジション。そんな人物が得点機会を阻まれた挙句に、それを起点に点を奪われて、それが狙って行われた事だと理解する頭があれば尚更メンタルへのダメージは相当だろう。だが駆はそれを理解して尚、笑みを浮かべた。諦めや責任放棄とはまた違う。受け止めた上で、自分の中に壁を作らずにいる。敵の凄さを楽しもうと。
ボールがエリア中央にセットされ、笛が鳴ると共にボールを蹴り出し前へと走る。再開する前に鷹匠と短く会話をし、開始時とは違い左側のCFとしてのポジショニングだ。
(僕は2人みたいな、試合を支配する天才にはなれない。それで良い。僕が選んだのはピッチ上の王様じゃない。支配は出来なくても、誰よりも点を取る自信がある)
駆は抜け出しの為のポジショニングを完了させ、ピッチを振り返る。DFでボールを回してる様子は目の端に捉え、アイコンタクトを取るべき相手に集中を向けた。
(僕は、
その視線を受け取ったのは逢沢 傑。兄弟であるが為に付き合いが長い分、レオとは違い駆の表情に驚きを見せた様子はない。これで折れる選手ではないと知っているから。
いつも通り点を取れる様に、抜け出す動きを見せた駆に最高のパスを出す。
守備的MFにしても一歩引いた位置にポジショニングして自分をマークしてたボランチを振り切り、ボールをしっかり見て受け取る。自分の動きが止まらない程度の位置で、ちゃんとパスの勢いを抑えながら。
目の前に現れるのは当然CB。出来れば纏めて振り切りたかったのが本音だが、ブラジルは連携により簡単にはフリーでの抜け出しを許してくれない。一点目での警戒がある以上はこぼれ球へ反応しても気持ち良く打たせてはくれないだろう。
必然的に、駆がゴールを奪うならば自分の力で相手を振り切る必要がある。サイドバックのフォローを考えれば、ボールを自分から大きく離すラン・ウィズ・ザ・ボールは得策とは言えない。1人躱すだけでも相手の動きを見極める為に相当な集中力を必要とするからだ。
小手先のテクニックが通用する相手ではない。かと言って自分の
イエローを出せば相手のCBは無闇に倒してくる事はなくなるし、フリーキックとなれば距離はあるが傑や荒木という名手がいる。日本が勝つ為にはその選択も一つの手だ。
だが駆はストライカー。己が得点を取りたいと攻め入る者。仮に前述通りになったとしても、気持ち良く打てなければストレスは溜まる。だからこそ相手のCBは倒してでも止めに来ると確信出来る。
抜いて打つ。その為には相手の想定や一瞬の発想を上回る必要がある。
だから───
(借りるよ、セブン)
将来の自分では出来ない、小柄且つ柔軟性の優れた“今”だからこそ出来るだろう技を使う。
何度か練習はしているがここで出来るという保証はない。公式戦で試した事なんて一度もない。失敗する可能性はそこそこある。
だがただ抜いても倒しにくる可能性があるのなら、賭けを行うには充分な理由だ。
駆は左斜め前にドリブル。少し中途半端な位置へとボールを転がす。当然相手は反応して脚を伸ばした。このまま直進すれば相手の脚にボールが引っ掛かるだろう。
駆は右脚の裏でボールを止める。そして引き寄せ、右脚をボールから離すと同時に左脚裏でコントロールし、身体を回転。ボールカットで相手を引き寄せて抜き去る技術、マルセイユ・ルーレット。
これは普段の試合でも偶に見掛けるだろう。特別なテクニックという訳でもない。駆が使う事は滅多にないが、相手CBの想定内だった。
だが想定外はここから。ルーレットに反応したCBがボールカットに動かした脚を踏み込むと、俊敏な動きで駆の行き先を塞ぐ。このまま突っ込んで駆が倒れてもファールにはならないだろう。CBからぶつかりに行けば判定は審判次第だが、待ち構えていれば駆から突っ込んだに過ぎない。
CBが衝撃に備えていると───駆はもう一度、逆方向へと回転した。左脚裏で動かしていたボールを突如ピタリと止め、身体を反転。元々のドリブル方向へと顔を向ける。
彼の幼馴染であり恋人でもある、将来なでしこジャパンの中核となるだろう美島 奈々。【リトル・ウィッチ】の名を冠する最たる理由でもある、彼女の代名詞、【ウィッチ・ターン】。一度のルーレットで抜ければそのまま、反応されれば即座に逆回転。小柄な選手であるが故の瞬間的な筋肉の連動と、体幹に優れた身体があるからこそ行える技。
将来それなりに身長が伸びると知っている駆では、今でしか扱えない技だ。本格的に使う為の練習は行っていない。
だからどうしても経験が浅く、ぎこちなさが出てしまう。
ルーレットの幅域は狭く、ブラジルのCBによる反射的な脚出しでも駆の動きに間に合う。踏ん張りが効かずにただ伸ばしただけになるからボールではなく脚に引っ掛かりファウルになる可能性は高いだろう。しかし一発レッドまでにはならないと確信し、その反射に躊躇いは無い。
───成功してもぎこちなさが出るのは分かっていた。だからこそやった。ギリギリ読ませる事こそが駆の狙いだったから。
(っ、ボールが!?)
ブラジルCBの視線の先にボールはない。消えたと錯覚する様な一瞬。だが自分の左脚のほんの僅か横を通り抜けていくボールが見え、何をされたのかを理解した。
駆の持ち技、【φトリック】だ。弧を描く為に回転の予備動作が必要な
ぎこちない【ウィッチ・ターン】により駆の“動き”へと相手を反応させる。逆回転時にボールコントロールは行わない。左脚でボールを止めて逆回転する際には右脚は跨ぎ、左脚を移動させると同時にボールを押し出す事でφトリックを成立させた。
視線で誘導する事が難しい相手だからこそ、動きへ反応させる事でボールへの視線を断ち切り成立させるφトリック。
二度の回転に反応して片脚を浮かせている相手では、地面に着けている脚でボールを止める事は出来ない。だがギリギリの認識は身体に反射させようとする。結果、DFは身体を硬直させた。
さながら小さな魔女がアシストするかの様に、ボールが消える様に錯覚するだけの【トリック】は、相手の身体を硬直させる事も出来る【マジック】へと変化する。
駆はCBを抜いた。
しかし、当然ながらLSBがフォローに入る。固定の人ではなく、DF全員が駆の対処をしっかり理解している。再開時には少しでも可能性を高める為にと鷹匠と位置を逆にしたが、あまり効果は期待出来ない。
それでも良い。1人抜き去った駆は、思い通り以上に動く感覚に身を任せる。余計な思考は要らないと頭を真っ白に、本能のままにシュート体勢へ。
「───ッ!」
振り被る左脚。当然見てからの反応では間に合わないとLSBはシュートコースに入り込んでいる。駆は引き離そうと、シュートはフェイントへと変動させて中に切り込む動きを見せる。
ブラジルのLSBはもちろんそれも想定済みだ。ただでさえ【φトリック】で斜めに移動した以上、無理に左脚で打ってくる可能性は低かった。可能性はあったからこそシュートコースは塞いだが、次の行動に出れる様に踏ん張りは甘くしている。
中へと移動するボールを見てLSBは並行する様に動く。動いた、その瞬間。
「釣られるな!」
レオの声がピッチ上に響く。当然人体は声に即座に反応して動く事は出来ない。声を掛けるのが遅かった。
LSBの身体が中に入っていくと同時に、駆はキックフェイントに使った左脚を直ぐに踏み込み右足のインサイドキックでボールの横を軽く叩く。少しでも早く動こうとしたブラジルのLSBはそれに反応する事が出来ない。自分の方向へと切り返されたボールに反応しようとするが、身体はその反射に間に合わない。
切り返されたボールはエリアの左側。まだペナルティ・エリアの外。
しかしDF2人を振り切ったチャンス。フリーの状態で打てる。下手に持ち運べば反応してくると本能的に理解。ここで打つべきだと身体が騒ぐ。
駆はその本能に従い、左脚を振るった。超速で振る必要はない。変動の必要も無い。コースが狭い以上はファーサイド一択。どっちに打っても反応されるならばありったけの威力で迷いなく放つ。
「───……ッ」
放たれたボールは───ポストに弾かれ、枠外へと逸れて行った。
観客が盛大に盛り上がり、当の本人が悔しそうに空を見上げる中で、ブラジルのDF陣は恐ろしいと言わんばかりに駆を見つめていた。
あれだけ立てた対策を掻い潜ってシュートまで持っていた事。それも当然あるが、それ以上にシュートそのものが印象に残る。
今のシュートはブレていた。無回転で強力、且つ不規則な軌道変換。打った本人でも予測不能なブレを見せる無回転シュート。
せめてシュートで終わる為にと適当に打っても可笑しくない場面で、駆はあくまでもゴールをする為に最善を尽くした。至極当然の様に思えるが、それが相手に及ぼす影響は凄まじい。
2回のチャンスを完璧に止めてみせたブラジルは、駆に対して「しっかり対処すれば止められる相手」という認識になりつつあった。
だが結果として決まる事は無かったが、この一手により、「何としてでも止めなければならない相手」となる。この違いは大きい。前者のまま試合が続けば余裕と自信を保って駆を止める事が出来ただろう。しかし一度でも躱されれば、どんな位置からだろうと闇雲に打つのではなく、確実に沈めてくる様なプレッシャーが与えられる事になる。
駆へ与えようとしたプレッシャーはブラジルの選手が感じる事になり、またブラジルが得ていた自信は駆が抱くことになる。
(流れが一転した。キーパーが触らなかった事がせめてもの救いか。このままの流れでコーナーになれば、DFは迷いの中で競り合う事になっていた)
DFが立て直す時間が出来て良かったと、レオは心の底から安堵を覚える。ブレ玉が外れた事と良い、“運”が良かったと言わざるを得ない。
完璧な形でのロングカウンターに、DFの要である飛鳥のイエローカード。ブラジルへと傾きかけていた流れを、個の力でぶった斬ってきた。
この状況下で楽しもうとする強靭なメンタルを持つ選手も、打開出来る発想と判断力を持つ選手も、ましてやそれらを併せ持つ選手など、世界で見てもそう多くはいないだろう。
ああ───
「相手にとって不足はない」
レオナルド・シルバもまた、同種だ。
己が課した日本に必要な人材。それをクリアしたU-17W杯メンバーと決勝で戦えるという事実に、彼は高揚し笑みを晒した。
本当は今話で前半が終わる予定でした。今回だけで結構な文章量になりましたので、もしかしたらドイツ戦以上に長くなる可能性があります。
定期更新時の様な一週間に一話は流石に無理ですが、なるべく早く投稿出来る様に努力します。
-補足説明-
作中で自然な説明導入が難しかったので此方で。
駆君が【ウィッチ・ターン】×【φトリック】で相手を躱す場面の話になりますが、この時の駆君は【ウィッチ・ターン】の際に周囲の確認を行なっています。CBは躱す前提にする事で視野を広げて、2回目のチャンスの時に取られた“死角”をなくしていました。
これにより近距離にいたブラジル選手の位置把握が出来ていたので、何処にボールを置けばいいかを直感的に判断し、【φトリック】の角度を調整しています。