ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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 日本おめでとう!!
 ドイツ戦のドーハの歓喜、コスタリカに引かれ得点を取られ厳しい戦いが強いられる事になりましたが、見事スペインに勝ち1位通過を決めた事を喜ばしく思います!


29話『完全感覚夢想』

 

 

 

 

 

 

 駆の無回転シュートを最後に、日本がボールを保有する時間は極端に短くなった。前半18分以降、パス回数が大きく変化しない。

 高い能力を持つブラジルがポゼッションを取るのだ。それ以前の支配率もブラジルが圧倒してたのは間違いない。だが今まで以上にハイラインで構えつつ、取られてからのプレスが非常に早いため、日本はボールを持てない時間が続いていた。

 

 それは駆に渡してはならない緊張感から発生した選択。スタミナを削る事にはなるが、結果的にブラジルに良い影響を齎している。

 日本は中盤から前の連動は非常に高い精度を誇っているが、DFからのポゼッションはそれほど優れていない。落ち着いている時のフィードパスやボール回しは出来ても、前線からハードプレスを仕掛けるプレッシャーに耐えながらは難しい。

 リベロらしく視野を広く持てる飛鳥ならば可能性はあるが、どうしても後ろで渡すのはリスキーな上に、現状飛鳥はイエローを一枚貰ってしまっている。そこからピンチになってまたも倒してイエローを貰えば、大きな戦力が退場になるしブラジルを相手に人数不利で戦う事になってしまう。

 

 その結果、日本は最終ラインで奪っても直ぐに適当なパスを前線に送る事になっていた。

 駆も鷹匠もトップスピードが特別速い訳ではない。インターセプトが入らずフィードパスが抜けたとしても競り合いで勝てる可能性は限りなく低いだろう。

 駆への恐怖から生まれた選択だったが、日本には非常に効果的だった。

 

 とはいえ、ブラジルが有利になったかと言えばそれも違う。今まで以上に慎重なポゼッションと、攻守が切り替わった時のハイプレスによるスタミナ消費は激しく、前線での“溜め”というのが出来ていない。

 シュートにも迷いが出ているから、前半40分の現在も得点状況はイーブン。

 

 

「───タカさん、駆」

 

 

 ブラジルが細かいポゼッションを繰り返すので、その分の傑の働きは非常に多くなる。傑のスタミナも大概無尽蔵ではあるが、攻守に顔を出し続け、頭を回転させ続けのフル出場をこうも繰り返せば疲労は溜まるだろう。

 不幸中の幸いと言えばいいか、20分少しの間は日本の攻撃があまり出来てない分、スタミナの消費は今までの試合に比べて抑えられている。ならばと余裕のある段階で考え続け、至った結論。クリアしたボールがブラジル陣地でラインを割ると、再開する前に鷹匠と駆に話し掛けていた。

 

 

「多分前半のアディショナルタイムはそこまで長くない。相手も終わる前に一度攻撃に意識を向ける。そこで───」

 

 

 傑の発言に、鷹匠はブラジルのGKに一度視線を向けてから頷いた。

 

 

「っし、オーケーだ」

「駆も良いか?」

「……問題は、戻すかどうかだけど」

「その辺は上手く読ませる。駆はカウンターのポジショニングをしといてくれ」

「分かった。鷹匠さん、お願いします」

「おう」

 

 

 淡々とやり取りを終え、直ぐにポジションを整える。スローインでボールが放られ、駆は今まで通りに前衛守備。だがボール保持するつもりはなく、駆のスタミナを削る目的ですぐにキーパーまで戻された。

 駆に渡す訳にはいかないという緊張感があるものの、それで決して崩れるブラジルではない。ポゼッションそのものは完璧にこなし、ブラジルの支配率は80%を超えていた。

 

 キーパーまで戻されたボールをジッと見つめ、駆は近くのスペースを埋める動き。後半交代覚悟ならばキーパーまでハイプレスを仕掛ける事もできるが、それは日本側に取って望んでいない部分。キーパーで時間を作られるのは仕方ないと割り切り、体力の温存を優先する。

 駆はまだ中学生で、身体も他の選手に比べて出来上がっておらず、この試合時間を走り切るにはスタミナがギリギリだ。決定機を作り出すためには彼の“嗅覚”が必要不可欠。ドイツ戦の時の様に最後の最後で露骨にバテる訳にはいかない。いつだって万全にチャンスを窺ってこそ、相手に最もプレッシャーを与えられる。

 

 無論攻めねば勝てないと理解してる以上、キーパーも何十秒と保つつもりはない。サイドから下がってきたサイドバックにボールを渡し、前を向く。

 再び慎重なポゼッション。可能な限り傑のいる中盤を避けることでボール奪取された時のリスクを減らしつつ、サイドチェンジを織り交ぜることで傑を走らせる事が出来る。

 全く容赦がないなと傑は一度苦笑を浮かべ、だが決して手を抜くことは無くチーム内最長の走行を続けていた。

 

 ───そして試合は動くことなく、前半44分を過ぎる。電光掲示板に映された時間は1分。PKの時以外はファールで止まる回数も少なかった為に、前半のアディショナルタイムとしては妥当と言えるだろう。

 

 

(……このまま終わる訳がないよな、傑? 僕達が攻めに行く瞬間を狙っているのは分かっている。カウンターの縦パス一本か、それとも前線で細かく繋いでくるか。いずれにせよ、前半の最後の攻撃は他選手に任せると決めている。僕はその隙を埋める守備へと動くから、その瞬間に奪えたとしても簡単に突破を許すつもりはない)

 

 

 虎視眈々と何かを狙っている様子の傑を見て、起点となるのは彼の動きだとレオは確信。だがどんな方法で来るかは分からない。

 そうして様子を窺い、前半45分を過ぎてアディショナルへと突入。ブラジルは前半最後の攻撃だと前へと向かう姿勢を見せ、右ウィングの選手へと鋭い縦パス。当然日本はサイドバックが詰め寄るが、ここでDFに取られる分にはそこまで問題にはならないと中に視線を向けた。

 

 縦と中のどちらでも突破するつもり。その状況判断をしようと“溜め”を作るが、中には傑の姿。と同時に中央で前へと身体を向けている駆の姿を捉え、直ぐに考えを訂正。

 中はほぼ対策されていると考えて良いだろう。無理矢理縦を突っ走ってもいいが、あそこまで大胆に自分の姿を見せに来てる傑の行動を考えれば奪ってすぐにワンタッチでのカウンターというのを共有している可能性が高い。

 

 ともすれば、無理に突破しに掛かって取られる方がリスク。

 

 

(───いや、傑がそう単純に考えるか?)

 

 

 考えるか否かで言えば、傑は考える方だ。単純な策は時として非常に刺さりやすく、その辺りの見極めはワールドクラスと呼んで差し支えない。

 だが最もそうなりやすいのは試合終盤の場面だと思うし、駆の動きを見れている選手の殆どがこの考えに至る時点で傑の見極めは失敗してると言わざるを得ない。だから逆に考えて、カウンターという結論に誰もが至るのが前提であり、それを読ませた上での何かがあるという事。

 

 声を出したところで間に合わないだろう。既にブラジルの右ウィングの選手は自陣に向けてパス体勢に入っている。攻め入る事がないと判断した傑が詰め寄ることで尚更慌てて脚を振っており、指示が反映される事はない。

 傑の身体がブラインドになって出し手には見えていないが、駆がパスの受け手である右SBに寄っていた。前に向けていた身体を完全に自陣へと向けて斜め後ろ気味に走り、斜め及び横の中央へのパスコースを遮断。まるで後ろに戻させる様なコース切りだ。ブラジルの右SBは誘導される様にCBへとパスを出す。レオは日本の狙いに気付いて急いで自陣へと戻り始めた。

 

 これは前線での“嵌め”だ。ポゼッション重視であり、またこの前半の間駆のゴール前での動きに注意を払っているブラジルなら、下手にカウンターを喰らう位ならば戻すという確信があった。追いかけさせてスタミナを削れれば御の字とも考えていただろう。結果的にスタミナを削る事は叶わなかったものの、ブラジルには『戻せる安心感』が染み付いていた。

 その瞬間を狙う前半終了間際のハイプレス。素早いパス回しにガッツリ追いつく事は不可能に近いが、それでも大きなプレッシャーを与える事は出来る。当然奪えなければスタミナを消費するだけだし、ハイプレスを続ける事が出来なければ脅威には成り得ない。

 

 だがそれが───2人ならばどうだろう。

 人の視野の範囲には限界があり、集中すればするだけ狭くなるし、広くても情報を正しく認識して素早く処理する能力がなければ、観客から見れば明らかなミスも起こす事があるだろう。

 最前線の右側に張り続けていた鷹匠が、降りてくる形でプレスに掛かった。

 

 ボールを追いかける形でプレスする駆は縦と中央をある程度塞ぎ、降りてくる形でプレスに掛かる鷹匠は中央と後半へのパスコースを閉ざしている。いかにブラジルの選手と言えど、挟み込む形に対応する事は難しい。

 ポゼッション重視のブラジルにとって、1番の選択は繋ぐ事。だが決して見えないパスコースにボールを持たざるを得ず、そうすればプレスに掛かる2人はどんどん詰め寄っていく。ファールになる様な激しい接触はせずにしっかりとコースを切ることに専念。

 

 そうなればブラジルも流石に繋ぐことだけを意識する事は出来ない。リスクのある行動はなるべく避けるのは当然であり、ブラジルはスローインに逃げようと身体を外に向けた。

 もちろんそれも想定済み。ブラジルの選手ならば当ててマイボールにする反射行動も染み付いている。それを想定していた駆は、パスを受け取ったCBがボール保持に集中すると同時に、天性の集中力を彼一点のみに注ぎ続け、行動を見計らっていた。

 

 浮かしのボールでハンドにする可能性も高めたボール当て。駆は身体を僅かに引き、手は後方に回してハンドのリスクを減らす。集中から予測するボールの行方に反射的に脚を上げて、決して外には出さない開き方でボールをブロックした。

 ボールは中に。自陣へと身体を向けている鷹匠の前に転がっていく。

 

 

(確かに前半終盤の段階での絶好のチャンス、だが!)

 

 

 ポゼッションの感覚を染み付かせて嵌める。試合状況をよく観察した良い判断と言えるだろう。これを個人戦術で熟せるのはレベルの高さを物語っている。しかし完璧では無い。

 再度告げるが、日本の2トップである駆と鷹匠はトップスピードが速い訳では無い。ボールを持った時のスピードは更に落ちる為、ブラジルの選手に比べると見劣りする。

 

 ブラジルはハイラインにポジショニングを取っており、ボールロストした場所はハーフラインよりも僅かにブラジル寄りという程度。ミドルレンジに入るペナルティエリアまでは40Mもの距離があり、最終ラインをキッチリ揃えていたブラジルがその間の独走を許すはずが無い。

 2人のコンビで抜けるのならば話は別だが、日本の狙いに気付いたレオが逸早く戻っているので、ボール奪取されたCBとレオのプレスバックで追い詰める事が可能。ラインを揃えていたもう片方のCBはフォローに入れて人数有利はブラジルにある。

 

 この時間帯で戻して安定を図るか。否。傑が仕掛けて尚、流れに乗らせない選択は取らないのは確実。ここで決めに掛かるという明確な意志がある。

 つまりプレスバックで追い付かれるという可能性は考慮した上での決行だと考えて良い。レオは自陣に全速力で戻りながら結論に至り。

 

 

「───キーパー戻れッ!!」

 

 

 反射的に、声を出す。見える視界に映ったピッチ上の各選手の動きと位置取りから、思考する余地もなく直感で『嫌な予感』を叫んでいた。

 駆が弾いたボールは日本陣地に身体を向ける鷹匠の前を過ぎ、鷹匠はそれを拾う動きを見せていた。斜め前へと進んでいくボールに合わせて身体を反転。そのまま独走を開始すると誰もが思うその瞬間、鷹匠はボールに追いつくと同時にワンタッチもせずにシュート体勢へと入り込んでいた。

 

 これにより、レオはミスを確信する。キーマンは傑であるからと彼に集中しすぎた。見るべきは傑ではなく味方の位置であったと。

 ブラジルのハイラインは日本に効果的だった。ポゼッションの成功具合は支配率とパス成功率を見れば一目瞭然だろう。

 ポゼッションは、そこにキーパーが混ざれるか否かで試合状況が大きく変化する。基本的にゴール前を立ち塞ぐゴールキーパーだからこそ、フィールドプレイヤーとしてパス回しに参加する事が出来れば選択肢が増えるから。当然個々が強い能力を持つブラジル、その例に漏れないキーパーのポゼッション参加は必然だ。

 

 そして、チームがハイラインでのポゼッションをするとなれば、キーパーもまた距離感を縮める為にある程度は前に出る必要がある。

 そうなればゴールとキーパーの距離はどんどん開いていく。そこが決定的な穴だ。

 

 レオの反射的な指示と同時にボールは蹴り上げられ、誰の壁にも阻まれない弾丸ロングシュートが放たれる。クロスバーを超える高さで飛んでいくボールだが、当然失速と落下により枠内に収められる様にコントロールされている。

 弾丸シュートと呼べるほどに強く放たれたボールだ。いちいち振り返って確認すれば頭上を超えてゴールネットを揺らすだろう。かと言って一目散にゴール前へと走り振り返って直ぐに反射で止めるのも現実的では無い。

 

 日本に効果的だったハイラインのポゼッションの隙を突く作戦。後は50Mを超える距離を正確に狙えるロングキックの技術があれば───

 

 

「っしゃオラァアアッッ!!」

 

 

 確実に、ゴールを奪える。

 ペナルティエリアに入ったブラジルのゴールキーパーが跳躍し、頭上を超えていくボールに触れようと手を伸ばすが届かず。キーパーを超えると同時に急速に落ちていくボールはゴール正面より微かに右のネットを突き刺した。

 

 それを見送った後に鷹匠はその場で拳を握り、両腕を広げるガッツポーズを取りながら───吼えた。

 そんな鷹匠のゴールを讃える様に駆け寄っていく日本選手の様子を見送りながら、主審は一度だけ時計のタイムを見てホイッスルを二度鳴らす。高く響く笛の音が、しっかりゴールの判定を認めた上での前半終了を知らせた。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

『───ではここで、前半を振り返っていきましょう』

『前半の1番のハイライトはここですね。ポゼッションで繋いできた後の、レオナルド・シルバのドリブル突破! 逢沢兄弟の連動したDFを見事に躱し、パスを繋ぎました。その後の飛鳥のパスカットこそありましたが、タイミングを上手くズラしましたね』

『パスカットの後は日本のカウンターとなりました。飛鳥選手からのフライパスに反応した鷹匠選手が前を向いて即座のミドルシュート。キーパーに触られましたが、強烈でした』

『そしてやはりこの後! 予選の時から幾度となく魅せたセカンドボールへの反応ですね! やはり駆くん、()()を持ってると思わせてくれます……』

『そこから長く保たれる展開が続き───』

 

『───短いアディショナルタイムに入り、長いポゼッションの“癖”を利用して嵌めた日本が、鷹匠選手のハーフライン付近からのロングシュートで沈める形となりました』

『PKで1-1になった時はドイツ戦を思い出しましたが、上手く立て直しましたね。2-1で日本リードのまま後半を迎えます』

 

『あ、選手がピッチに入ってきましたね。メンバー交代は……お互いに無いようです。イエローを一枚貰ってる飛鳥が少々怖いですが、彼と代えられる選手がいませんからね』

『二枚目を貰わないように注意したいところです』

 

『───笛が鳴りました、後半キックオフです!』

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 引き分けで迎えるかと思われた前半、その終盤の僅かなアディショナルタイムで叩き込まれた日本の得点。その意識の差は大きく、間違いなく日本は“流れ”に乗っている。

 理屈的な話ではなく、物事によく起こるモノだ。やれ今日は運が良いだの、やれ今日はダメな日だの。それはスポーツにも言える事で、“流れ”に乗ったチームの勢いは凄まじい。時にはジャイアント・キリングが起こるし、時には大量の得点が叩き込まれる。

 

 そういう流れに日本は乗っていた。

 後半開始から早くも10分。日本ボールで始まってから、ブラジルは上手くポゼッションを実行する事が出来ていない。後半からの支配率は日本が70%を超えていて、明らかにボールを持てる時間が増えていた。

 その間に日本はコーナーキック3回にシュート数4回。対してブラジルはシュートこそ1回あったが、追い込まれてのキックで簡単にキーパーに取られている。

 

 とは言え、得点に動きは無い。

 日本は攻撃の勢いに慣れているものの、肝心の得点は取れていなかった。それもそう。ブラジルは何も意気消沈している訳ではなく、ディフェンスに走らされているだけで特別動きが悪い訳ではないからだ。

 日本が乗れているだけで、ブラジルはあくまでも普段通りにプレーできている。だからこそ日本も攻めきれない。得点を決められれば更に勢いが増すだろう。それを分かっているからこそ、ブラジルはあくまでも冷静に対処している。

 

 一度でも集中が途切れれば決まってしまう緊張感の中で、サッカー王国のプライドもあるプレッシャーの中で、決して決めさせない堅守。

 流れに乗っている日本。後半から決して穴を見せないブラジル。

 この硬直状態が崩れる時には二つのパターンがある。一つは攻めている方が得点を決めて更に乗ること。

 

 そしてもう一つは───

 

 

「……ああ、あの時キミに会えててよかったよ。駆」

 

 

 サッカーを見続けている人達ならば時折見かけるだろう。防戦一方に見えてしっかり守り切った後に、たった1プレーでそれまでの流れを全て塗り替えてしまう堅守速攻。

 カウンター攻撃だ。

 

 日本サイドからのセンタリングをブラジルが弾くと、ペナルティエリアの少し外でボールをトラップする選手が一人。レオナルド・シルバだ。

 後半に入ってからは彼にボールが渡ることはなかった。だが時の運。日本はどんな形であれ、彼にボールが渡る前に1得点を奪うべきだったと思い知る。

 

 レオは自陣ペナルティエリア付近からドリブルを開始した。

 

 

「懐かしい思いを振り返らせてくれて、ありがとう」

 

 

 レオがボールを持つ。その意味を日本の選手は理解している。

 類稀なるドリブルセンスと圧倒的なボールキープ能力。ジンガを共有できるブラジルのチームだからこそのゲームメイク能力。

 それらがこの膠着状態で発揮されるのならば完璧な縦パス一本に集約するものだろうと考えており、最終的な受け手───つまりFWへの対処は、日本は完璧に出来ていたと言っていい。

 だが流石に、エリア付近からのドリブル開始は予想外。零れ球に備えて付近に居たボランチの板東を躱し、レオはパスする気配もなく突き進む。

 

 そんなレオの行動を先読みする選手が一人。駆だ。

 彼をストライカーたらしめる“嗅覚”が見出したセカンドボールの位置。それを受け取る瞬間のレオの表情から次の行動を直感し、レオのドリブル進行を阻む。

 

 

(───あれ、これ)

 

 

 取ることは出来ずとも、この混戦状態ならば遅らせることは容易だ。駆の判断は極めて正しい。

 しかし、何度も告げるように。スーパースターと呼ばれるような選手には、正しい判断でも不正解となる理不尽さがある。

 

 

(リズムが……ッ!?)

 

 

 駆はジンガを理解している訳ではない。それでも未来の記憶でのレオとの対峙やこの試合での経験があり、リズムを掴みかけていたと言ってもいい。

 でも今この瞬間、駆の直感が告げている。これは違う。今までのレオとは何かが違う。

 

 それを理解する間もなく、レオが横を抜けていくと同時に駆は体勢を崩して倒れていた。

 

 

(傑、キミは知らないだろう。整備された土地でサッカーを続けてきたキミには、人混みを躱してボールを保持する感覚は!)

 

 

 駆より僅かに遅れ、その広い視野から状況を把握した傑が並走して止めに掛かる。

 レオは正面から向かい合うことはせず、逃げるように中へと切り込んでいく。攻守切り替えの時の中央だ。密集地帯とも呼べるその場所へと、自ら飛び込んでいった。流石の傑も驚きの表情を隠すことが出来ないまま追いかける。

 

 

(街中の人混みで、あらゆる障害物を潜り抜けていく、言わばストリートタイプのドリブル。この混戦する中では、キミの高い空間認識能力が今まで以上の処理を求める。ボクの感覚に身を任せたドリブルに、キミは追いつけない。キミとボクとの唯一の経験差だ)

「さぁ、これもまたレオナルド・シルバ(夢のif)だ。想いを巡らせろ」

「くっ……!?」

 

 

 日本選手もブラジル選手も入り乱れる状況。日本選手が咄嗟にボールを掠め取ろうとする動きにもレオは対応し、逆に傑は次の予測がズレて行動が遅れる。先に駆の体勢を崩していた影響も大きいだろう。阿吽の呼吸で動ける二人ならば、このストリートタイプのドリブルも防ぐ可能性がある。結果として崩したことで、完全に二人を引き離せた。

 混戦状況を駆け抜け、この時点でレオは傑を合わせて日本の選手4人を抜き去っている。

 

 レオは大量の選手から追いかけられる形でハーフラインを超えた。日本陣地にはブラジルの選手が一人に、日本のDFが二人。

 数的に有利でも不利でもないが、日本にとっては遅らせるのが何よりの理想。でも一人でレオに対峙するには抜かれるリスクが非常に大きく、また二人で止めに行ってもブラジルのFWがフリーになる。遅らせることすらレオ相手には至難だ。しかしいかねばこのままズルズルと引き下がるだけ。

 幸村がチャレンジに行く、が。またもリズムが変わったレオにあっさりと躱される。今度はブラジル選手独特のテンポ。皆がよく知るレオナルド・シルバのドリブルスタイルだ。

 

 最終ラインに一人残る飛鳥は限界ギリギリまでパス選択とドリブル選択のどちらも塞いでいたが、流石にペナルティエリアにまで侵入されればDFが取れる選択何て無いに等しい。シュート体勢を取られる前に飛鳥はプレスに行く。

 瞬間、レオは中へと切り込む。テンポをずらした弱めのパスとも読み取れるようなアウトキックでの動きに反応して、飛鳥は外へと向けていた身体を中へと向ける。

 

 その刹那。腰を捻り中へと対処しようと浮かした飛鳥の片脚が地面に着くその瞬間に、レオはインサイドで外へと切り返す。駆の時と同じように飛鳥は無理な体勢でそれに反応してしまい倒れ込む。サッカーではピッチの芝生の影響がなければ滅多に見ることのできないアンクルブレイク。

 飛鳥を躱し正面にはキーパーが一人。

 

 

(これが、レオナルド・シルバ……!)

 

 

 冷静にニアへとボールを流し込み、ネットを静かに揺らした。

 自陣ペナルティエリア付近からドリブルを開始し、六人抜きをした後に自らゴールを決める、これぞブラジルのスーパースター。

 防戦一方の状況から単独のカウンターで決める世界最高峰の1人。彼のパフォーマンスは、会場を揺らす程の激震を走らせる。

 

 

 

 

 

 

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