ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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 感想返信

>>三苫選手とダブる感がありますね?今回の駆君は
→ボールが渡った瞬間のワクワク感はスター選手によくある事なので、その辺りの表現が上手くなっていきたいところです。

>>中学生ながらに休暇届け、労災の言葉を使ってる...
こんな悲しいことはないぜ...
→あ、一応傑とレオは高一の年代です……。中学生はあくまで駆くんのみ。2人ともトップの練習に混ざったり大人との関わりも多い筈なんで、言葉の意味だけは知ってます。意味だけ。



 プスカシュ……『Ferenc Puskás』という、ハンガリー代表の主将として1950年前半から1954年に1954 FIFAワールドカップ決勝で敗れるまで4年間無敗を続け、「マジック・マジャール」と呼ばれたチームの中心として活躍した選手。
 2009年以降、年間で最も優れたゴールを残した選手に、彼の名を冠する『プスカシュ賞』が与えられる。 …wiki参照


 はい。……はい。三ヶ月大変お待たせしました。
 三笘選手の空中ダブルタッチシュートだったりタケのシルバとの連携だったりでモチベが無かった訳ではありませんが、諸事情で執筆時間の確保が難しい状況でした。仕事とかゲームとかゲームとかゲームとか筋トレで。闇の魔術楽しい。私の太陽が眩しい。

 少し前から毎日ちょっとずつ休憩時間に執筆して、何とか今話が出来ました。
 Twitterの方にも投稿しましたが、一応次回がU-17W杯編の最後となります。その後がお待たせ、掲示板回です。次回は短い予定ですので、そこまで時間は掛からないと思います。


 いつもながら前置きが長くてすみません。
 では本編をどうぞ!



31話『プスカシュ』

 

 

 

 

 

『あっ、と! 日本ここでメンバーチェンジです! 7番ボランチの板東を下げ、CBの冴島を投入しました! これは一点リードを死守する形になるのでしょうか?』

『……いえ、これは───』

 

 

 駆のトラップスルーの先にいた鷹匠。放たれたエリア外からのミドルシュートは僅かにゴールの右外側へと逸れ、ラインを割る。ボールはブラジル選手に触れてない為にゴールキック。

 そのタイミングで、用意されていた一人の選手交代。お互い交代枠全ての三つ*1を残したまま後半20分を迎えて、ここにきて初めての選手交代だ。

 

 スタミナ配分を考えつつ今の流れを崩したくないならばボランチ二人、及びスタミナに難ありの荒木の三人を一気に交代させるべき。だがあくまで交代は一人という選択を取る。

 ボランチに変えてCBの投入となれば、守備固めの5バックへと変更する事がいの一番に考えられる。しかしゴールキックから始まる現状、ポジションの配置がかなり分かりやすくなってるので、実況の言葉に対して解説役は否定し見解を続けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『3バックの様ですね。島と轟もWB(ウィングバック)位置ではなくボランチの配置です』

『ここから更に点を取るつもりでしょうか!?』

『というよりは、傑選手の負担の軽減でしょうか。守備の要である飛鳥選手をアンカーの位置に置いていますし、レオナルド・シルバに対して島選手がマンマークについていますので。もちろん傑選手もそれだけ攻撃意識へと向けられますので、点を取るつもりというのも間違いないでしょうが』

 

 

 これまでの全試合で最長距離を駆けてきた傑だ。攻撃に守備にとずっと走り続け、動きと脳の切り替えを繰り返してきたから、身体的な疲労と脳の疲労も途轍もない。

 もちろん傑ならば一大会を通してパフォーマンスを発揮出来るように配分は考えているだろう。だが彼もまだ高校一年生の16歳。どれだけ『天才』と言われても子供だ。想定と実際のズレが生じるだろうし、仮に最大パフォーマンスを落としても無茶して走る可能性もあり得る。

 

 だが当然ながら交代するという選択肢はない。怪我を負う様ならば話は別ではあるが、攻撃の起点となる彼を変える訳にはいかない。荒木のスタミナを考えれば尚更だ。

 だから多少リスクを負ってでも3バックでブラジル前線の対応をしつつ、中央を2ボランチとアンカーの飛鳥の三人で固める。島のマンマークでレオへのプレッシャー、飛鳥の広域カバーで守備の指揮を取る事で、傑の守備負担を少しでも減らす策をとった。

 その分攻撃の活性化を図る。リスクは高いものの、攻撃によるプレッシャーを与える事が出来ればその分守備のリスクも減る。ある種の賭けだが、駆の覚醒により仕掛けるタイミングとしてはこれ以上ないくらいにベスト。

 

 ブラジルのディフェンスもハーフライン付近まで上がっており、ゴールキックは大きく蹴り上げられる。

 競り合いを制したのはブラジル。上手く落として味方に渡し、即座にレオへとパスが出された。

 

 

「させるかよ!」

(……流石に傑に比べれば甘いな)

 

 

 本職がDFなだけあって、ボールを持った相手との間合いの取り方は上手い。自身の特性も理解していて、嫌な位置取りを分かっている。

 だがそれだけだ。

 

 他の選手が相手ならば島の選択は正しい。まず真っ向からの勝負に大きなリスクを背負う事になるので、彼がマンマークにつくというのは即ち個人技による突破を封殺する事とほぼ同義だ。

 ゼッケンドルフは例外だが、『合気道DF』は嵌ればそれほどまでの効力を発揮する。レオだって密着された状態に持ち込まれれば嫌な顔一つ晒したくなっただろう。故にそうするべきだった。

 

 だがそれが出来るのは、本当の意味でレオナルド・シルバ()()止めると割り切った場合に限られる。

 

 

「う、く……ッ」

(恐らく、彼がボクのマンマークにつくのは突発的な案だ。彼がボクを止めるなら『傑の真似』をすべきじゃない。システム変更時は穴が出やすい。今なら一点を奪い返せる───)

 

 

 傑はレオのマンマークにをやりながらも、守備陣への指示とパスコースの遮断を徹底して行っていた。しかし、あくまでも傑の視野の広さと距離感を掴む空間認識能力とサッカーIQ、思考の速さと判断能力という支配能力があってこそ可能なこと。

 レオを相手に傑と同じ芸当は、島には難しい。それをしようとしたこの瞬間が一番の隙と判断。

 

 

「島っ、下手に他の事を頭に入れるな! シルバだけに集中して振り切られない様に密着マークを徹底だ!」

(その通り。だけど、一度躱した以上はボクのペースだ。カバーに入ったアスカが対応する必要がある。彼を躱せば入り乱れる中央のスペースで味方も利用したストリートドリブルが本領を発揮する)

 

 

 ───と。

 

 

(そう思うだろう?)

「っ、パス!?」

 

 

 レオのボールコントロール能力、ドリブルセンス。それがあれば飛鳥を相手に単独突破も充分可能な範囲と考えられる。何より駆が『トラップ』で覚醒した様に、レオも『ドリブル』の覚醒で試合を動かした。極限集中状態にあればあるほど、それを試したい欲が現れる。

 だが忘れてはいけない。レオが学習した己の新たなスタイルは、あくまでもストリートドリブルとジンガの併用だ。

 

 一点を奪ったあの驚異的なドリブルが頭に染み付いているだろう。確かにストリートドリブルの方に合わせるのは難しいが、ジンガのリズムに持ち込む事でドリブルとパスの両方が選択肢に入る。

 レオならばドリブルで来る───その思考を微笑う様に、味方へのパス。

 

 飛鳥を躱してボールを受け取り、再びドリブル体勢へ。

 

 

(傑は遠い。17番()に触られない様に、あの位置へ)

 

 

 一人躱して、サイドへと開くパス。ペナルティ・エリアの外、横位置でRWGの選手がボールを受け取る。

 そして即座に中へのパス体勢。レオはニアサイドへと走り込む。

 

 出されるパス。と同時に島が追いつき、レオに触る為に手を伸ばす。

 このタイミングなら崩しても競り合いと判断されてファールを取るのは難しい。レオも『合気道DF』をまともに受けて保てるほど体幹は優れていない。

 

 なら、触られない様にするだけだ。

 島が伸ばした手を避ける様にバックステップ。最初から予定調和だったと言うかの様に、出されたボールはレオの所へとピンポイントに向かう。

 

 押し出してニア。遅らせてファー。或いはスルーで味方に通しても良い。正面以外の全ての選択肢を取れるこの状況。

 それを潰そうと動く日本の選手が一人、斜め後ろからのタックルで現れた。ボランチという立ち位置を受ける事でCBの時以上に守備範囲を広げた飛鳥だ。

 

 

(17番の彼が僕への対処に淀み、自らが躱された時点で僕への追走に切り替えたか。判断が早い。だが君にも“淀み”はあるだろう?)

 

 

 それは駆が『見ないトラップ』をスルーする事で相手に処理すべき情報を増やした様に、レオも先程のパスで『レオ一人で何でもやる訳ではない』という印象を植え付けた。

 シュートか、パスか。与えたばかりの選択は必ず頭に残る。その淀みは明確な遅れを生むだろう。

 

 何より現在、レオは今大会に於ける得点数で駆と同格。並んでいるこの状況、得点を強く意識するに違いない。観客も得点王タイではなく単独得点王を望むだろう。

 “魅せる”プレーを主にするレオならば、と。

 

 

(その想定を───)

 

 

 予想し、レオは右サイドから来るボールに体を向ける。左脚を前に出して軸を整え、右脚を微かにテイクバック。

 後ろに逸らした右脚、だがそれは振るわず。微かに地面に近づけて()()。ファーへのヒールショットか。否、ボールの勢いを出来るだけ弱めず、コースを微かに変えるだけの、テクニカルなパスだ。

 

 単独得点王を目指せる状況。観客も観たい天才のゴール。それを切り捨て、もっとフリーの状況を作れている味方へのパスをレオは選択した。

 正面にいる島では飛鳥が邪魔になって反応出来ない。斜め後ろからの追走で勢いが前に行っている飛鳥ではそれに反応するのは難しい。傑はカウンターに備えていて遠く、レオが視認した時点から推測して追い付くことは不可能。

 

 フィールドの選手位置と心理状態を上手く使った完璧な選択───

 

 

「───ッ!」

(ッ、なに!?)

 

 

 だった。少なくとも『反射』で止める事は不可能な程に完璧なシチュエーション。純粋な読み合いでも絞り込むには難しい選択の筈だ。

 レオナルド・シルバの新スタイルを余す事なく使った果ての最高のパス、にも関わらず、反応された。紙一重の瞬間が飛び抜けて傑でも、最終地点を直感する駆でもない。日本のDF、飛鳥 享に。

 

 

(油断があった、傑が離れてたから安心感を覚えていたっ、だがそれを含めての駆け引き───)

 

 

 前掛かりになった体勢からの反射的な行動では追いつける筈がない。つまり一連の流れと心理を突かれた。

 レオは悔しさを混ぜた様な引き攣った笑みを浮かべ、潔く認める。

 

 

()()()()()負けたッッ!)

 

 

 これが逢沢 傑やカール・フォン・ゼッケンドルフ相手にされたならば、ここまでの悔しさを表さなかっただろう。悔しさはありつつも、納得と理解を示して学習に頭を割いていたに違いない。

 だが、彼らを相手にした時の油断のなさがあればゴールを決めていた可能性を浮かべ、自らの油断へと感情を吐露した。

 

 飛鳥もギリギリの駆け引き。弾いたボールをコントロールする余裕はない。可能な限り大きく前へ。そう蹴り出されたボールは。

 

 

「ナイス、飛鳥さん」

 

 

 必然と、傑へ渡った。

 高度な空間認識能力が飛鳥の体勢を把握。各選手の立ち位置と飛鳥の位置を理解し、そこから取れる飛鳥の選択を即座に判断。

 守備と攻撃の切り替えがないからこそ、その一点に集中してボールを拾えた───ビッグカウンターだ。

 

 場所は左サイド寄り、ハーフラインよりも手前。攻撃人数は変わらずの4人だが、ブラジルもブラジルで守備人数は同数の4人。左サイドにいる駆を警戒して守備陣に残っていた右SBと、CB2人。そしてアンカーに位置するボランチ1人。

 普通に考えれば同数なら遅らせて追い付かせるには充分な人数。時として数的不利でも攻撃を止められるDFならば守り切れる可能性はあるだろう。しかし今大会に於ける日本の攻撃陣は、同世代の世界大会の中でもトップクラス。それもボール保持者(ホルダー)は傑だ。遅らせる事すら難易度が高い。

 

 傑は絶妙な距離を保とうと、下手に詰め寄ろうとしないブラジルのボランチを見て、中途半端な位置へとボールを蹴り出す。

 釣りか、ミスキックか、下手に寄るのはマズい、だが躊躇わなければ取れるのでは───と、思考を巡らせた時点で傑の術中。紙一重で傑はボールを先に触り、殆どスピードを落とさずに1人突破。これで日本は数的有利。

 

 数的不利になっても、ブラジルが大人しく点を取られるつもりはない。FW陣にしつこく付き纏い、傑に安易にパスは出させない。

 当然そうなれば傑は自由に運ぶ。あっという間にハーフラインを超えた。

 

 そんな時に荒木へとマークについていたDFが傑へと向かってくる。残り2人でラインを整え容易に抜け出す事は出来ないと確信した上での飛び出しだ。荒木もスピードに乗って前に出れないから、追いつかれる可能性は高い。

 とはいえフリーの選手に預けない理由はない。傑は荒木へとパスを出し、二列目から飛び出す動きを行う。

 

 一度スピードを落とさざるを得なかった荒木がそのまま運んでも、シュートコースは塞がれる。鷹匠達の動き出しを囮にするのも一つの手ではあるが、余裕のある段階でパスの選択肢を広げるのが最善。

 しっかりと視て、荒木は右脚を張り被り───

 

 

「ッッ!!」

「───っ、クソッ!?」

 

 

 猛然とダッシュし、スライディングで滑り込んできたブラジルの左SBに、蹴り出したボールが当たる。浮き上がり、コースは大きく変わった。

 本来ゴール前に飛び込んだ鷹匠に合っていたボールは、後ろへと逸れて傑の元へと。ダイレクトでゴールを狙うには難しい、肩程の高さ。ワントラップで置いてミドル、ワントラップで置いてからパス───いずれにせよダイレクトでの選択は難しいだろう。

 

 そんな当然の思考をぶった斬る様に、騎士(ストライカー)は駆け出していた。

 無茶な要求。追いつかれてDFが整うにしても、丁寧にやり直した方が攻撃を組み立てられる。ワントラップでもすれば駆はオフサイドだ。

 

 

(けど通せば───)

 

 

 しかし、抜け出しのタイミングとしては絶妙。DFは弾かれたボールに意識を向けていて、駆の裏抜けを見れていない。ダイレクトで通せば絶好のチャンスである事は明白。

 

 

(逸らし───いや頭───の───高さ───)

 

 

 加速する思考が、極限まで高められた動体視力で捉える動きの認識と仮定と成功率を割り出していく中で。

 ふ───……と、視界の端で視えた二つの目。多大な圧が掛けられる様な脅迫にも似た信頼を宿したその瞳に、傑は笑みを溢す。

 

 

(リスクを恐れる奴が天才と呼ばれなくなっていく、だよな)

 

 

 迫り来るボール。肩という絶妙な高さ。ヘディングにせよ引いて開いてのダイレクトキックにせよトラップにせよ、動作は大きなものとなり相手に思考の猶予を与えてしまう。

 どれだけボールコントロールに優れているとしても、その瞬間を見てから反応する余裕があるとブラジルのDFが確信した、その刹那。

 

 トンっ……と、最小限の動きで弾かれるボール。DFは傑の動きに目を奪われ、己の顔の横スレスレを抜けていくそれに反応出来なかった。

 難しい筈のダイレクトパスを───()()行った傑に、DFは驚愕の色を隠せない。

 

 肩ほどの高さならば肩で出せば最小限の動きで済む、とは言え。実際にやるには難しいで済ませていい難易度ではない。試合中での実践など曲芸もいい所だ。それを魅せる為ではなく、予めの決めた動作という訳でもなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まるで身体の一部かの様にボールを操った傑に驚くなという方が無理な話だ。

 

 ボールは綺麗にすり抜け、吸い込まれる様に駆の足下へ。DFはそれを見送る事しか出来ない。キーパーとの1対1というシチュエーション、()()()()()()()()

 直線上に全力走行した事で荒木のパスにSBが追いついた様に。

 ブラジルのエース、レオナルド・シルバが。目をギラつかせながら駆に追いつき、中へと入り込んで競り合いに持ち込んだ。

 

 

(───っそだろ、駆だけを見ていたとしても迷いが無さすぎる!?)

 

 

 駆のオフ・ザ・ボールの質は言わずもがな、その本能が割り出す動きは同世代最強のDFであるゼッケンドルフさえも欺きゴールを奪った。

 例え駆だけに注意を払っていたとしても、その動きに対して予測を立てれば必ずどこか()()()。追いつこうとする動きでは絶対に追いつけないのだ。カウンター前に日本のゴール近くに居た人間では尚更。

 

 では何故、と。

 

 

(駆がたまに自陣DFでやる時みたいに、ボールの最終地点を読んだのか!?)

 

 

 その荒木の考えは、最早確信に近い。というよりそれ以外に説明がつかなかった。

 ボールの最終地点を戻り始めた段階で把握していれば───レオの身体能力あってこそだが、追いつくだろう。

 明らかに今までのレオよりも逸脱した察知能力だが、この極限状態から成る“直感”による判断ならばあり得る話だ。

 

 流石に傑も予想外だろうと、フォローに走る荒木。そんな彼の動きから思考を察し、傑はゴール前に詰め寄りながら否定した。

 

 

(レオが来るのは想定内だ。可能性は低かったが、今のアイツならあり得た。それを織り込んだ上での()()()だった、が)

 

 

 駆のシュートが外れた時、或いは弾かれた時のセカンドボールに備え、傑はDFとのポジション争いに応じながらも思考を止めない。

 

 

(それでも俺に出させたんだ。なら、魅せてみろ。駆)

 

 

 駆の本能がレオの存在を察知していたかは不明だ。だがそこに走った以上、ストライカーとしての直感はそこが勝負所であると判断したのは間違いない。

 安定の立て直しを捨て、試合終盤での時間の溜めを捨て。それで傑に選ばせたこの流れ。

 

 駆とレオの競り合いは───ギリギリを演じるわけでもなく、呆気ない形で終えた。

 それは、傑さえも思わず苦笑してしまう選択。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確には浮き上がらせ、リスクを恐れるかのように外へとボールを流す。

 無論あくまでもエリア内に収まる程度のキック。だがそれが意味する事はつまり、ストライカーが第一に持つべきシュートという選択の捨てた逃げ。

 

 

(ボクのプレスは想定外だったか……?)

 

 

 ゴールから離れるように浮いて横へ流れていくボール。シュートコースを塞ぐ為に動きを止めたレオが注視していたそれが遠ざかるにつれて視野は広がり、レオは荒木の姿を視界に捉える。

 

 

(立て直し、いやそのままダイレクト───だが彼にDFはついてる。駆はボールキープで粘り? 或いは数的不利だとしても混戦状態の中に賭けか)

 

 

 高速処理される駆が持つ選択。

 それを把握するまで僅かコンマ数秒。脚が止まらなければ2歩は踏み出せただろう。

 その2歩は、あまりに致命的だった。

 

 

(───馬鹿かボクは!?)

 

 

 そう判断してから即座に駆へと詰め寄りながら、レオは己を叱咤する。

 

 

(彼は、()()()()()()だろッ)

 

 

 そして、ボールはまだ()()()()()

 駆は競り合いの勝負を逃げたのではなく、自分の領域(ぶたい)を整えたのだと、思考が追いついた。

 だがその状態を許してしまったという事は、即ち駆の真空領域(エンプティ・ゾーン)の完成を意味する。

 

 宙を舞うボール。

 反転してのボレーシュートならば、レオにも止める術はあった。顔面ブロックだろうが何だろうが、シュートコースに割り込みさえすればいい。駆の膝の柔らかさならばそれも選択肢にあっただろう。

 だが頭より高い位置を漂うボールをいち早く蹴る為に駆が選択したのは、アクロバティックなフォームだった。

 

 背中を地面に向けるように、両脚を浮かせて視界の天地をひっくり返す。まだ頭程の高さにあったボールを、踏み切りに使った脚で撃ち放つ───バイシクルシュートだ。

 

 

(届、かないッ!)

 

 

 シュートコースを妨害してきたレオの頭を飛び越えて放たれたボールは、そのまま反射的に手を伸ばしたキーパーの手さえも超える。クロスバーさえ越すのではないかと思ったその瞬間、バイシクルで放ったが故の威力の低下が功を成し、キーパーの手を超えた瞬間にボールは急激に下降を始めた。

 ボールは、駆が放った位置から対角線状のサイドネットを揺らし、ゴールラインを越えた位置で静かに転がる。

 

 受け身の体勢を取りながら地面に落ちた駆が即座に身体を起こしてそれを見届けて。

 

 

「────ッッ!!」

 

 

 歓喜を表す様に、両腕を大きく広げて駆け出した。

 

 

『決めた決めた、またも決めた最年少! ドイツ戦から続きハットトリックの連続、三試合連続で達成! そしてこれで逢沢 駆、単独得点王へと脚を伸ばした!』

 

 

 三試合連続のハットトリック。単独得点王に一歩リード。それもU-17の大会で15歳を迎えたばかりの若さとなれば盛り上がりは必然だ。

 アクロバティックなゴールに盛り上がる観客席近くを走るパフォーマンス。少なからず存在する日本人に応援への感謝を込めながら手を振る。そして日本での配信を獲得している放映陣に寄っていき、セブンと交わしたゴールパフォーマンス(やくそく)を果たそうと手を動かす。

 

 左の掌を開いて目の前に持っていき、その裏で右手をピースサインに。気付く人は限られるだろう、『なな』を指の本数で表した。

 それを直ぐに理解した傑が笑みを浮かべながら、頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

「大胆なラブコールだな、駆」

「そ、そういう意味じゃないんだけど」

 

 

 察してはいるが、揶揄う為に敢えてそう言い放つ傑に、駆は照れ混じりの否定をした。

 ゴールパフォーマンスを終えて観客席に手を振りつつ、試合再開の為に選手達はポジション位置へと戻る。

 

 試合時間は、残り20分を切っていた。

 

 

 

 

 

*1
交代5枠はコロナ流行後から、正式には2022年6月から恒久化。時代背景を考えて3枠となっている






 駆くんのシュートは、2022年7月6日に行われたJリーグの鹿島対C大阪にて、エヴェラウドが決めたゴールが参照となります

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