ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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 短い……予定、でした。
 なんだかんだ一ヶ月、そして文字数的にも普通に多くなりまして、申し訳ありません。
 分割も視野に入れましたが、サブタイ合わせると繋がっていた方が良いと思い纏めて投稿となります。U-17W杯編はちゃんと今回で終わりです




32話『本気』

 

 

 

 

 サッカーに於ける2点差が危険というのは眉唾だ。

 テレビ中継やらネットやらでは多く騒がれる『2点差』ではあるが、その実、データ上から参照する限りでは9割以上がリードしてる方が勝利を収めている。

 では何故それほどまでに『2点差』が騒がれるのか。

 

 それは1-0の状況から逆転するよりも劇的で、3点差よりもまだ逆転し易く、事実1割弱ほどはデータにあって人々の記憶に残るからだ。

 日本にもその歴史がある。だからデータ上ではそれほど危険ではないとはいえ、2点差がそれほどまでに印象的なものとなっている。

 

 だがそれは、あくまでも2-0という状況からなる油断が招く惨劇だ。

 今回の試合に於いては日本の先制点から始まり、同点に追いつかれ、前半終了間際に再び2-1へと突き放す。後半に追いつかれる───そんな過程を経ての、現在の4-2という状況。

 日本のDF陣には微塵のカケラも油断はない。戦術変更後にあった隙も防いだ事で、陣形は完成した。

 

 島は割り切ってレオへの密着マンマークを維持しているし、DFラインは飛鳥のコーチングを基に決して崩れない。

 また守備意識が高めなのは間違いないが、決して攻撃を捨てずに前線を張る駆と鷹匠の存在がブラジルに攻撃中の守備を意識させ、カウンターを恐れ無駄パスが多くなっていた。

 

 時間は経過していく。

 後半残り5分。今大会に於いてベストフェアゲームとも言えるほどにファールが少なく、試合が止まった時間はほとんど無いため、アディショナルタイムもそう多くはないだろう。

 

 

(諦めるつもりは、決して無いが───)

 

 

 サッカーには勝負が決まる瞬間が二度ある。試合終了のホイッスルが鳴った時と、そして負けてるチームが点を取る事を諦めたその瞬間。

 かつて小学生時代の駆へ、傑が教えたそれをレオも分かっている。勝ちの目が潰えたとは思わないし、思考を止めるつもりはなく、ホイッスルが鳴るまで点を取る事を諦めるつもりはない。

 

 だがそれでも。選手たちの心理状態、フィールドの状況、得点差。付け入る隙が無く、ただ1点を奪うだけでは追いつけない今の状態に、さしものレオナルド・シルバも『負け』を意識してしまう。

 

 

(試合中にこんなにも負けを意識したのは、何時ぶりだろう)

 

 

 或いは初めてかもしれない。

 それ程までに日本は素晴らしく、ブラジルを追い詰めていた。

 

 

(───チャンスは、一度か。決まるにせよ決まらないにせよ、今思いつく限りの得点を取る方法はそれで潰える)

 

 

 一つ、現状でたった一つ。レオは得点を取るイメージを思い描ける。仮にそれが決まったとしても同点にすら持っていけない。

 

 

(追いつく方法は、試した後で考えればいい。今はただ、この一点にボクの全部をぶつける)

 

 

 時間は、アディショナルタイムへと突入した。

 世界大会の決勝にしてはヒートアップした展開はなく、フェアプレーで続いたこの試合。電光掲示板に記されるのは2分。

 日本が逃げ切るにはかなり容易く、ブラジルが追いつこうとするにはあまりに絶望的なアディショナルタイム。

 試合の終わりを意識する、その時間への突入のタイミングで、レオは仕掛けた。

 

 

「っ、行かせるかよ!」

 

 

 密着マークとはいえ、流石に掴む行為はしていない。だからトップスピードで引き離そうとすれば距離は取れるが、トラップの瞬間には追いつかれる。ギリギリのワンタッチパスが精々だった。

 今までは。

 

 

(これは……駆のトラップ───ッ!?)

 

 

 味方がボールを出した後、レオは身体を反転させてボールに背を向けながらバックステップ。

 島の姿を真正面から捉えつつ、ボールの直線上に脚を置いていた。島は一瞬驚くも、駆がやれる“技”ならばレオに出来てもおかしくはないと割り切り驚愕を無くして近づいた。

 

 

(いや、僕より()()()

 

 

 『見ないトラップ』は、駆がボールの最終地点を読む直感をトラップに集約してるからこそ出来る芸当だ。レオでさえ、同じボールスピードのパスを何回か出されて漸く出来るか否かのレベルの技。

 だから厳密には駆のトラップとは違う。レオ自身の身体能力で距離を取る事でボールを見る時間を作り、身体を寄せられる前に反転する事で“間”を作ってるだけだ。接近してくるマンマーク相手だからこそ使える技になっている。

 

 今回のレオの様なやり方の場合、ボールが脚に届くまでに相手を視れる時間が少なすぎて、駆の様に『相手の動きを見て躱す』という事が出来ない。

 恐らくレオは島の動きにある程度の当たりをつけ、ファーストタッチの行動を決めているだろうと駆は想定した。そして事実、駆の想定通りとなる。

 

 

(浮かん───)

 

 

 足下へと届いたボールを上から踵で叩き、島の目の前で浮かび上がらせる。レオに接近しようとした島の脚は止まり、ボールへと意識が削がれた。自分に向かってくるボールに意識を持っていかれるなという方が無理な話だ。

 接近が止まった。つまり触れる事が出来ない状態になった隙を、レオは逃さない。

 

 島が触れるよりも速く、頭を振り下ろしボールを叩きつける。脚の間を目掛けて放たれたヘディングは綺麗に通り、島はボールに釣られて重心が前か後ろかを明確に出来ない中途半端な体勢。

 それに対してレオは前傾姿勢。あまりにもスムーズ過ぎて島は手を出すことすら出来ない。

 

 

(この試合終盤で、まだギアを……ッ!?)

 

 

 一連の動作がこれまでに比べても一線を画している。

 ハッとし手を伸ばした時にはもう遅く、レオは自身のポジションである左サイドから中央へと切り込んでいく。フォローに入る幸村を躱し、ペナルティ・エリア付近。

 

 

(……僅か1分で2点を挙げた試合が存在する。1点取られてもリードしてるからいい、なんて心持ちじゃこのままひっくり返る可能性もある)

 

 

 レオの動きから、ボールの最終地点を予測。試合終盤だ、守備固めにしてもいい時間帯。

 レオは超速攻では無く動いて溜めを作る。一度島を剥がせた以上、彼に判断の迷いを与えた上で自身はどこに動くかを決める為に。

 ならばまだ追いつく、と。駆が定めた最終地点へと向かおうとすると、その動きを止める視線が1人。傑だ。

 

 確かに駆が最終地点に追いつけばこの1点を確実に防ぐことはできるだろう。だがそれは、あくまでも駆が最終地点と定めた時点での話であり、ブロックしたボールの行方まではわからない。

 駆が守備に戻れば、カウンターを警戒していたDFが攻撃参加をする可能性がある。防いだ後の混戦状態の人数を増やして数的不利になれば日本の失点の可能性が上がってしまう。そのままの流れでリスタートをすれば、ブラジルは確実に全員が日本陣地へと雪崩れ込んでボールを奪う事を目的にするだろう。パワープレイに持ち込まれれば厄介だ。

 

 残り1分を切っているならば、傑も止める事はなかっただろう。守備を固めて時間を掛けさせれば流石にレオも淀み島が追いつく。だが残り2分で仕掛けてきたという事実が、人数を無闇に増やすわけにはいかないと思わせる。

 ならばこのまま飛鳥達に守備を任せるか?

 交わった視線から、思考を感じ取る。駆は頷いて前線に止まり、傑は日本のペナルティ・エリアへと向かい、走り出した。

 

 

(仕掛けてくるなら、やはりシルバか)

 

 

 島にマンマークを任せてたとはいえ、ブラジルを相手にする際の再警戒は常にレオに置いていた。仮に───事実として成ったが、島が躱された場合でもフォローに入れる様に。

 故に飛鳥はレオへと追いついた。

 中央を固め、シュートの選択肢を極限まで狭める。駆と鷹匠に注意を置いていてブラジルのDF三人がブラジル陣地に留まっているのは確認済みであり、日本陣内での数的不利はない。

 

 レオは中にカットインする仕草を見せながらも、エラシコ気味に切り返して軸裏を通す。そのままドリブルには行かず、流れたボールを微かにワンタッチし、サイドラインギリギリを駆け抜ける左SBへとボールを預けた。

 

 

(逃げ───いや、島に追いつかせない為にボールコントロールの枷を無くしただけか。なら島と挟める様に誘導を)

 

 

 振り切られない様に距離をとりつつ、だが自由な移動はさせずに中央を絞りつつ出来るだけサイド寄りになる様にディフェンス。

 島の方を適度に確認しつつ、レオは飛鳥を躱そうと動き続ける。中央への侵入は諦めたか、一度中に入る様に重心を移動させたが、飛鳥から離れる様に外へと走り、ボールホルダーのSBへと近付いた。

 

 

(エリア内───無茶なタックルは避けて島にはブロックを、俺は中央の絞りとラン・ウィズ・ザ・ボール(ワンタッチで躱される事)の警戒)

 

 

 島に挟み込みの指示を出して、レオからは視線を一切外さない。その辺りの感知が優れている事は百も承知だからだ。

 ブラジルのSBは浮き気味のボールをレオへと出す。ダイレクトボレーでシュートか、或いは飛鳥を越すパスをダイレクトで出す為か。

 

 いずれにせよ、飛鳥は賭けに出るしかない。

 シチュエーションと体勢と心理状態。そこから読み取る選択肢。どれを選び当てる事でレオへと精神的なダメージを与えられるか。

 外へと流れたレオのシュートコースは狭い。故にファーを抜かれる事を警戒してコースをニアに限定させる事で、そこを通すことを意識させる。今度はレオのシュートへと賭けて動く、それが飛鳥の選択だ。

 

 

(変動───なく───ニア───、……っ?)

 

 

 極限まで高まった集中が動体視力を底上げし、レオの動きを明確にする。

 その動きから己の選択が正しかったと、そう飛鳥が確信。した直後の疑問。

 

 ニアへと狙いを定めているのは間違いない。

 だが、これはあまりにも、と。

 

 

(……大振り、過ぎる───ッ!?)

 

 

 ニアへとストレートに打つにはあまりに大きい振りに、飛鳥は動揺。

 そのまま放てば枠外へと外れてしまうのではないかという体勢とフォーム。しかし飛鳥はあくまでその動きを捉えられるだけだ。ブロックの流れを変える事は出来ず、レオの選択を眺める事しか出来ない。

 左側近付いてきたボールを、レオは思いっきり軸足を踏み込みながら振り抜く。

 

 チッ───……と、ボールを蹴ったにしては掠れた様な音が、飛鳥の耳を駆けていく。

 視界から消えるボール。ブロックに出した脚にも身体にもぶつかる感触はない。ホイッスルは鳴っておらずゴールの合図もなく、周りの動きからしてプレーが途切れた様子もない。

 

 

(どこに)

「飛鳥さん後ろッ!」

「ッ……!?」

 

 

 荒木の声に反応して振り返れば、()()()()()()()()()()()()()()ボールが目に映る。

 と同時に、視界から外れたレオが飛鳥の横を駆け抜けていく。

 

 

(ダイレクトボレーで、【Cachorro de casa(飼い犬)】を!?)

 

 

 厳密にはレオのその持ち技とはまた別。本来足下から離さず、意思を持たせた様に動かすのが【Cachorro de casa(飼い犬)】の由来だ。

 今のはレオの足下から一時的に離れている。ボレーシュートでそのまま強烈なバックスピンを掛け、飛鳥の裏を通し、自分のところへと戻ってくる様に。言わば超高度な1人ワンツーであり、ラン・ウィズ・ザ・ボールでもある。

 

 飛鳥が見た通り、そのまま打てば枠外へと外れていた軌道だ。だが飛鳥に触れさせない為に、そして回転を利用して躱す為の、敢えての選択。

 流石に決められると、飛鳥がそう思った瞬間。レオよりも一歩早く、ボールに追いつく姿が視界に入る。

 

 

「傑……!」

 

 

 言葉を交わさずとも、傑自身の予測で見立てたボールの最終地点は当たっていた。傑の負担を減らす為のフォーメーションだったが故に結局頼ってしまうことになった悔しさはあるものの、レオの創造的なプレーを防いだ事実に飛鳥は笑みを浮かべる。

 傑が居ないことを前提に組み立てたゴールまでの道ならば防いだ、と。

 だが、レオの動きは止まらない。傑にボールカットされて尚、淀みなくボールへと直進する。

 

 

(傑が来ることも、読み通りだ……っ!)

 

 

 より正確に言えば、駆か傑が来る事が読み通り。ボールに導かれる様に動いてくるならばこの2人だと確信していた。

 その上で、ゴールに至れる方法を考えている。最善は駆がディフェンスに来る事で攻撃枚数を増やす事だったが、それは事前に傑が阻止していた。

 

 2人が来なければそのまま自分がゴールへと持って行けたし、傑が駆を前線に残した上でディフェンスに来るのなら、傑がやろうとしている事を読み取れる。即ち。

 

 

(エリアの騎士がいるが故の慢心と、真っ直ぐな意識!)

 

 

 かつてレオは、日本にはピッチの王様がいるからこそ、エリアの騎士が必要だと言った。今の日本にはエリアの騎士が現れた。

 それにより絶対的な強さを持ち、世界に打ち勝つ強さを持ったが───()()()()()()()()()()()()()()と、レオは思う。

 

 

(出したいだろう、すぐにでも駆に。出せるだろう、ピッチの王様(キミ)ならばっ! 駆の位置は把握している、キミならどう出すかも分かる! ボクなら完璧に、当てられる───!)

 

 

 傑ならば、この最終ラインから一気に駆へと出せるだろうとレオは確信していた。だから予め駆の位置を把握して、傑にカットされた後の事を考えていた。己と傑を重ね、どんな出し方で駆に渡すのかも。

 ならばそのパスコースに割り込み、当てる角度を調節してゴールへと吸い込ませる。それこそがレオの唯一のチャンス。咄嗟にドリブルに変えるのならばレオは反応出来る。

 

 傑が脚を振りかぶったその瞬間、レオはブロックの体勢に入り確信。これならば当てられる、と。

 

 

(───っ、ズレ……!?)

 

 

 だがその確信は、コンマ数秒で塗り替えられる。

 テイクバックで逸らした脚は、振り下ろす前に大きく外へと開く。レオが来たから咄嗟に軌道を変えた訳じゃない。予め考えていた結果だ。

 駆へのパスコースを()()()事で、

 

 

(駆を意識しすぎていたのは───)

「今回は俺の読み勝ちだな、レオっ!」

(───ボクの方かっ)

 

 

 傑は駆を使う事に固執していると、レオの思考を誘導する為に。

 ホイップキックによりズラしたパスコース。レオがブロックに差し出した脚の下を潜り抜け、グラウンダーのキラーパスが突き進む。

 その先には、鷹匠が居た。

 

 ポストプレーでボールを受け取る。後ろにいるDFを抑えつつ、ボールをキープ。

 

 

鷹匠(タカ)さん!」

 

 

 駆が名前を呼びながら走る。横を抜け出して、鷹匠からのパスを受け取りやすい位置。

 DF枚数は2枚。攻撃枚数は2枚。数的有利も不利もない。だが速攻のカウンターでブラジル陣地のスペースは広く、攻撃側の日本が有利だ。

 

 とは言え、鷹匠がポストプレーで受け取った以上はそこで数瞬止まる。駆に対してマンマークに付けば、ブラジルは攻撃を遅らせる事が可能だ。

 この早い流れでもブラジルのDFはそれを理解しており、駆にしっかりと追い縋っている。

 

 駆の『左脚の加速』は負担が大きいし、トップスピードが増す訳ではない。溜めてから加速の工程をすっ飛ばすから異次元の速さに見えるだけで、並走する事に迷いがなければ必ず追いつける。

 鷹匠が抑えているDFの位置が最終ライン。駆はそれを超える手前で左膝を深く沈める。溜めを作る事で鷹匠にパスを出させやすくしつつ、DFを振り切る為に。だが迷いなく走れば必ず追い付ける。ブラジルDFはそのままスピードを維持。

 

 

「───……、は、ぁっ」

 

 

 急激に、駆の全身から力が抜ける。左脚に溜めた力は霧散し、重心は僅かに後ろへ。

 短く息を溢して空気を取り込みながら、その位置で駆はボールを受け取った。

 

 

「なっ!?」

 

 

 駆はギリギリのタイミングでオフサイドにならない様に抜け出せる。下手にオフサイド・トラップを仕掛けるよりも並走し追いつく方が良いというのが、ブラジルDFの思考だった。

 トップスピードが増す訳ではないとは言え、一瞬でも躊躇すれば駆に有利な形でボールを持たれる。だからスピードを維持して駆に追い縋っていた訳だが、駆が急激にストップした事でその目論見が外れた。

 

 そして同時に、駆の狙いに気付く。

 駆が『左脚の加速』を使う為に、深く溜めを作れば、相手はそれを察知して体が流れる。全速力を一瞬で静止させるのは、慣性の法則からしてまず不可能だからだ。ボールを受ける為の失速と深く沈ませる体勢を取ったことで駆は急激な停止を可能としたが、追いつこうとしていたブラジルDFはそれについていけない。

 

 

(この若さでっ、自分の使い方を理解し過ぎだろ……!?)

 

 

 今大会最年少とは思えぬ程の思考力、自身の武器の理解力と応用力。

 慣性により流れた身体は、鷹匠がポストプレーで抑えていたブラジルDFよりも更に奥へと侵入する。即ち、オフサイドラインは彼が基準となる。

 そうなれば、前のスペースを活用する余裕が鷹匠に出来る。本来ならばボールよりもマイナスの位置を維持する事になっていたが、オフサイドラインが下がったことで鷹匠に抜け出させる事を可能とした。

 

 駆は前のスペースにパスを出す。

 さほど時間の掛からないワンツー。カウンターの速度は落ちていない。このままいけば2対2の状況を変えずにカウンターで刺せるだろう。

 パスを出してすぐ、駆け出す。いつでもパスを受け取れる様に、あるいは鷹匠がミドルを選択した時にセカンドボールを狙える様に。

 

 流石に鷹匠の身体能力があっても、ボールキープしながらブラジルDFの当たりに耐えるのは厳しい。狙いに行くのも一つの手だが、駆のマンマークに付いていたDFが体勢を崩してる以上はより確実にゴールを狙えるのは間違いなく駆だ。

 

 

「日本に戻ったら7倍にして返せよ、駆!」

 

 

 ゴールを奪いたいストライカーとしての本能。だが今の自分の状況を考えてゴールの確率が低い事を理解し、本能を押し殺して駆のスペースにボールを出した。

 駆は前に流れるボールに集中しながらどうゴールに打ち込むかを想定。そのままダイレクトでミドルシュートを打っても良い。キーパーの近くまで持ち運んで、DFとキーパーで挟まれた状況からφトリックを使うのも一つの手だ。今ならば『左脚の加速』で体勢を崩したブラジルDFを振り切って無理やりキーパーとの1対1に持ち込む事も出来る。

 

 あらゆる選択が取れる、そんな中で。

 視界の端に、ブラジルDFのスパイクが目に入る。

 後方からのスライディングタックル。駆が持ち運ぶのを潰す為に、カード覚悟のハイリスクなディフェンスを行ってきた。

 駆の両足は地面から離れ、ほんの数瞬宙を舞う。

 

 

「駆ッ!?」

 

 

 誰が叫んだか。彼の名前を昨年から知っている人全てかもしれない。

 呼び起こすは去年のほぼ同時期、日本で開催された交流カップでのスウェーデン戦の記憶。激しく悪質なファールにより骨折し、数ヶ月のブランクを抱える事になったあの悲劇。

 だが駆が地面に倒れ込んでもホイッスルは鳴らず、その笛を口元に持っていく素振りも見せない。

 

 ───リードしている日本寄りになっていない、完璧な判定(ジャッジ)だった。

 今のスライディングは後ろから迫っており、危険なプレーであった事に間違いはない。しかしそれが直接脚へと掛かる事はなく回り込んで先にボールへと触れていた。

 それによりボールの位置がズレ、駆のドリブルの目算から外れ、ボールを蹴ると同時に躓く様に転んだのだ。浮いて転んだのは、その状態から下手に耐えて脚に負担が掛かるのを避ける為。故に接触はほぼ無いと言って良い。

 

 それでも遠くから見れば危険なプレー。ファールを出さない事に意を示す様に日本の選手の多くが審判に視線を向け、ブラジル選手ですら本当にファールでは無いかと主審へと注目が向く中で、当のスライディングを受けた本人は抗議する気が微塵もないままボールへと目を向けていた。

 受け身を取り、前転するように転がる。脚が地面に着くと淀みない動作で左脚のスパイクを突き刺し、クラウチングスタートの体勢を咄嗟に作り上げた。

 

 笛が鳴らない事を確認するや否や───或いはスライディングを受けた時点でファールではないと察したか、それともどうでもいい程の集中力を発揮していたからか。即座に走り出す。

 スライディングで倒れ込むDFは置き去りに、弾かれたボールへと追いつく為にただ一心に。

 

 ボールはサイドへ流れている。コーナーフラッグに近いゴールラインのギリギリで駆は追いついた。しかしこのまま中に切り込んでもシュートコースを作ろうとすれば、幾ら審判に注意が逸れてたとは言えDFに追いつかれるのは明白だ。

 

 

(もし、僕なら)

 

 

 仮に同じシチュエーションで、他の誰かが今の自分の位置にいるとしたら。

 

 

騎士(ストライカー)なら、居るべき場所は───)

 

 

 駆が中央のエリア内へと視線を向けると、走り込む長身の選手の姿を目に映す。

 他の人ら同様にファールの可能性を感じつつも、他の人よりも早くゴールへと意識を向けていた、鷹匠だ。

 

 

「───ッ!」

 

 

 切り返して右側に置いたボールで即座にクロスを上げる。精度の高い右脚で蹴り上げられたボールは僅かに巻いて放り込まれた。

 まともな競り合いをすれば手を使えるキーパーが有利。なのでニアで合わせる高さに、巻く事で鷹匠が先に触れる位置へ。

 

 跳躍した鷹匠が、そのボールを頭で捉え。

 

 

「───ぉおおおッ!!」

 

 

 クロスボールの軌道を変える押し込みでファーへと流し、ゴールへと吸い込ませた。

 片腕を上げて吠える鷹匠に大きな歓声。それと同時に主審が腕に巻きつけた時計に目を移す。

 

 まだ時間はほんの僅かに残っているが。

 日本が3点リードしている状況で、1分どころか20秒もない少しの時間。これがラインを割っただけのスローインやコーナーキックならば兎も角、ゴール直後ともなれば、リスタートまでの時間を考えてここから試合が動く事はないと判断した主審は判断を下す。

 

 

 ピッ ピッ ピィ─────と、溜めた大きな音がピッチに鳴り響き、試合終了の合図を鳴らした。

 

 

(三点差か。見立てだともう少し実力は近いと思ったが……いや、それも含めてか)

 

 

 日本陣地で、周りが歓喜の声を上げる中、肩を上下させながら呼吸を繰り返すレオ。流れる汗を地面に滴らせ、やがて呼吸が落ち着けば、腰に手を当てながら空を見上げて小さく笑う。

 

 

ブラジル(ボクたち)の完敗、だな」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「ナイスパスだったぞ、駆。俺的にはもう少し高くても良かったけどな」

 

 

 選手同士で握手し健闘を讃え合う。

 応援を送ってくれた観客席へと手を振る者、また今回の活躍度合いに応じて喜怒哀楽を表に出す者、インタビューの受け答えをする者───一つのピッチで様々な行動がされる中で、今試合2得点、今大会通算12得点と点取り屋として活躍し日本優勝の貢献者となった鷹匠がインタビューを終え、ブラジルのDFと話す駆に近寄り声を掛ける。

 駆はその選手に一言掛けて手を振ると、彼が離れたのを確認してから鷹匠へと笑みを浮かべながら言い放った。

 

 

「即日返済したんで、利子なしでお願いしますね?」

「真に受けなくてい───あぁいや、分かってて言ってんのか……?」

 

 

 7倍。今試合にて、駆個人の3点目で行ったゴールパフォーマンスを明らかに意識している数字。

 揶揄って悪かったなと掌を見せるジェスチャーで伝え、先程まで駆と話していたブラジルDF───最後に駆に大胆なスライディングタックルをしていた彼を見ながら、鷹匠は聞いた。

 

 

「お前ブラジル語話せるのか?」

鷹匠(タカ)さん、ブラジル語ってのは無いんですよ……。発音が異なるだけで、ポルトガル語です。いやまあそっちは挨拶程度ですし、主には英語で話してたんですけど」

「……何ヶ国語話せんの? お前」

「話せるのは英語くらいです。ポルトガル語とスペイン語は勉強中で、挨拶程度なら。後でドイツ語も学びたいですね」

 

 

 駆も何もサッカー一辺倒という訳ではない。海外リーグに行く場合に備えてという意味では関連性こそあるが、言語習得は色々と役に立つ。……というのは『未来の記憶』から分かっていた。

 記憶の時点でセブンや、駆の所属していたプロチームのインパルスの同僚である四季からそれとなく習っていた英語とスペイン語は復習していて、英語は知らない単語がでなければ問題なく話せる様になっている。スペイン語は学習中だ。

 

 またポルトガル語に関してはレオと関わる機会が多かった為、『未来の記憶』では学んでいなかったものの、覚えて損は無いと勉強中。

 精神性が『中学生の駆』に寄ってるとはいえ、記憶の影響は著しい。本来ならモチベーションの維持は厳しいだろうが、記憶の齎す体験が「やっておけ」と思わせる為、海外リーグのライブ映像観戦も兼ねて言語習得に一生懸命になれていた。

 

 その分、通常の勉学が疎かになりがちではあるが。進学に影響する程ではないので良しとしている。なおセブンは「未来の記憶があってこれ?」と呆れ気味であったが。

 

 

「利子の発言といい、お前ホント中坊か?」

「あはは」

「いや否定しろよ。……ほら、次お前のインタビューだぞ。行ってこい最年少」

 

 

 今試合2アシストを残し、今大会全試合の攻守貢献度及び採点からしてMVPが確定した兄、逢沢 傑のインタビューが終わり、駆に出番が回ってくる。

 最優秀選手(MVP)こそ逃したものの、決勝のブラジル戦でのMOMと今大会単独得点王という輝かしい結果を獲得した彼には、やはり大きな注目が集まっていた。

 

 

 

 ───まずは駆選手、得点王として日本優勝の立役者となった事、ありがとうとおめでとうの言葉を送らせていただきます。

 

「ありがとうございます」

 

 ───世代別とはいえ、世界の強豪集うこの大会で最年少の出場となり緊張されたとは思いますが、どの様なお気持ちで臨まれたでしょうか?

 

「最年少で呼ばれたという事はそれだけ期待されていたと思いますので、それに応えようと思っていました。恐らく望まれてるほどの活躍は予選で披露出来なかったでしょうが、全試合でFWとしての結果を残せたのはホッとしています」

 

 ───本戦二戦目のドイツから三試合では全得点の関与という素晴らしい結果を残されました。何かキッカケがあったのでしょうか?

 

「ゼッケンドルフと対峙する事で、今の自分の見直しと課題を明確に出来ました。今日のブラジル戦でも似た様な事は言えますが、今の自分を押し上げる何かを掴めたと思います。今回の内容をフィードバックして、練習でより確実なものへと昇華していきます」

 

 ───最後です。今大会では兄弟である傑選手と駆選手がチームに多大な影響を齎し、日本が優勝出来ました。2人無くして優勝はなかったと思われます。日本の至宝と名高く、将来を担う事を期待されているお二人ですが、そこに至るまでのコツや伝えられる事などがあれば、将来代表を目指す子供達に向けてお願いします。

 

 

「……本気でやる事、ですかね?」

 

 

 ───本気、ですか?

 

 

「はい。正直なところ、僕より才能のある人って沢山いると思うんです。謙遜ではなく、事実として。それでも僕がここに立てているのは、きっと運に恵まれていたからだ」

「親に恵まれた。身近な人に恵まれた。指導者に恵まれた。そんな運で、僕はここまで来れた」

「僕よりも才能が有って、それでもここに立てないのは、それらに恵まれていなかったからだと思う」

「例えば、才能があるからこそ期待に押し潰される人や、国を選べる立場で二つの選択に悩み逃げる人や……怪我をさせてしまって、トラウマからまともにサッカーと向き合えなくなる人もいる」

「それらを経て尚『本気』で向き合うこと。そしてその当人を、周りが本気で支え合うこと。……ここに立っている選手は、みな自分の本気と向き合って、恵まれてきた人達だ。でもこれから先、ここに立つ人たちを、恵まれて居るという言葉で済ましたくない。だから、えっと、何が言いたいかっていうと」

 

「───周りの人たちこそが、才能に対して本気で向きあってほしい。才能を振るえる環境を当たり前にして、恵まれた僕達を、才能と努力と本気の気持ちで超えてほしい。それが僕からの、子供達だけでなく、日本サッカーの未来を担う人たちに向けて送る言葉です」

 

 

 

 

 

 近い将来、フル代表の背番号を背負う者が多く集ったU-17男子W杯が日本の優勝という形で終えて四ヶ月と少し。

 大会で残した結果は────

 

 

「……駆を」

 

 

 その後に大きく、影響を及ぼす事になる。

 

 

「───レアル・マドリードの練習に召集、ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 鷹匠の得点は、2019年1月29日に行われたアジアカップでのVSイランにて南野のパスから大迫が決めた一点目のシチュエーションを参考にしています。

 次回は掲示板です。
 以降本編は高校年代(全国大会とは言ってない)編となりますが、続きに悩む場合は掲示板によるダイジェスト説明で話を終える可能性もあります。まだ書いていないオリジナルの執筆にも時間を当てたい気持ちがありますので、その辺はご理解いただけると幸いです。
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