ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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>>最近映画デビューしたどこぞのバレーマンみたいな事言ってて笑いが堪えきれなかったwww
後、系列的には(古いけど)アイ○ノーツが好きです。
→ハ○キュー!!の全国編は神回続きで良き良き。稲荷崎戦の『稀に掴む一本を紡いで上へ登っていく』は決してバレーに限った話ではないんですけど、落とさず繋ぐというのが根幹にあるバレーだからこそ映える表現で好きなんですよね。プロ編のアオリである『全経験 0歩目の助走!』も似た理由で気に入ってます。
 直近2作がゆ○ソフトだったんで偏りましたがメーカーに特に拘りはないです。個人的には9-ni⚪︎e-くらいシリアスの描写があると良き。ちゃんとハピエンで終わってくれるならですが。


 今回は幕間というか短編集みたいな感じです。駆くんが帰国するまでの話が三つ、帰国してからの話が一つ。内容としては別に進展はないので本編ではなく幕間という形にしました。
 1とは載せていますが、今後『幕間2』以降が出るかは不明です。投稿する目処が立たなければ今回のサブタイが『幕間』となる可能性がありますので、予めご了承ください。

 誤字報告、いつもありがとうございます!



幕間1

 

 

『お土産』

 

 

 

「『スリーズさん、スペインでのお勧めのお酒ってありますか?』」

「………」

 

 

 練習生を交えた公開練習の最終日、その昼下がり。クールダウンを終え、スリーズからのお誘いにより彼のお気に入りの店でランチをしている最中。

 意外と高級では無かったことに安堵して料理に舌鼓を打ちつつ、会話を重ねる中で、ふと思い出した事を口にしてみる。

 

 

「『……、んー……』」

 

 

 スリーズは困った表情を晒しつつ、言葉を探す。問題なく喋れるようになったと思ったが上手く伝わらなかったのだろうか。駆がそう思った後、スリーズは口を開く。

 

 

「『お勧めのお酒がありますか? で、良いのかい?』」

「『……? はい』」

「……」

 

 

 伝えた言葉が合ってるかのリピート。そう理解して返事をすると、スリーズはスマホを取り出して何かを打ち出す。

 駆が大人しく待っていると、打ち終えた彼は画面を見せてくる。そこにはスペイン語から日本語へと翻訳された文章。先程のやりとりが文面となっており、それを把握した駆に再び聞いてくる。

 

 

「『合ってるかい?』」

「『まあ、はい』」

 

 

 翻訳するとやや違う文章にはなっているが、概ね同じ意味ではある。頷けば、スリーズは再び悩ましい表情を晒しながら告げた。

 

 

「『……カケル、確かにスペインは法律的に日本より緩いところもあるが、それでも16歳未満の飲酒は禁止なんだ。この州だと18歳からだね』」

「『違います違いますお土産です、両親へのお土産です!』」

「『お土産』」

「『はい……!』」

 

 

 身振りを加えながら全力で否定の姿勢。先程までのスリーズの困惑を理解した。言葉不足だったのだ。

 

 

「『買えなければ別にいいとは言われたんですが、頼まれたので確認だけはしたくて……』」

「『スペインでも年齢確認はあるから君では買えないね』」

「『やっぱりそうですよね』」

「『私が代わりに買おうか? 海外への発送が可能な店ならば幾つか知っているが』」

「『良いんですか?』」

「『……本当に両親宛てで良いんだよね? いや、ここ一週間で君の性格は何となく分かったのだが……法を破ると私や購入した店にも迷惑が掛かるからね。ここはしつこく確認させて貰うよ』」

「『もちろんです!』」

 

 

 直接持って帰るという手段を取らないのも、荷物検査があった際に未成年が酒類を所持しているという状態にしない為。

 宣言通り似たやり取りを2回ほど繰り返し、それが嘘でないと理解して、スリーズは肩を竦める。

 

 

「『オーケー、なら今から店に行こうか』」

「『はい!』」

 

 

 ランチを終えて店に向かう。

 店に入るだけならば止められる事はない。二人で中に入り、商品を探っていく。

 

 

「『海外輸送をあまりしない商品はこの辺りかな。お勧めはこのワイン。長く楽しみたいならブランデーをソーダで割って飲む事だが……ご両親が好むお酒は知っているかい?』」

「『……お酒ってこんなに種類があるんですね』」

「『おっと、そこからか』」

 

 

 そも、駆は“記憶”の最大年齢でも18歳だ。日本の法律上では20歳を過ぎてからでないと飲めないので、発泡酒とビールの違いすら理解してない。

 何ならアスリートとしての道を選んだ以上は普段から飲むという気もないので興味すら無く、酒にそれだけの種類があるとは知らなかった。

 

 その様子から「彼が飲む事は本当になさそうだ」と追加で思いつつ、お酒が並ぶ棚を吟味する。

 

 

「『土産に要求するくらいだし、飲み慣れていないって訳では無いんだろう。とはいえカケルが把握してないし家でワインを飲むような晩酌もしていない……となると、やはりブランデーやウイスキーを選んで割る方が良いか』」

「『……はぁ』」

「『よし、これにしよう。店員を呼んで買うから少し外で待っていてくれ』」

「『はい───ああいや、先にお金を』」

「『今回は私に奢らせてくれ。ここ一週間で面白いものを魅せてくれたお礼だ』」

「『さっきもランチを奢って貰ったので申し訳ないんですが……』」

「『年の離れた少年とのランチだ、そこは紳士としての在るべき姿と捉えてくれ』」

「『ええと』」

「『私は既にプロで稼いでいるんだ。この程度の出費は擦り傷にもならない』」

 

 

 お金の貸し借りは注意しなければならない。とはいえ、今回は立て替えるとかでもなく明確に『奢り』という言葉で告げている。

 年下との食事で自分が奢るという気持ちは分かるし、お礼という理由付けがある以上は拒否し続けるのも些か失礼だろう。

 

 これが『出世払い』という理由であれば、レアル・マドリードの選手として契約出来るか分からない以上は意地でも拒否していた。だがお礼という言葉を使われた以上は、純粋に個人としての品以上の意味を持たない。

 

 

「『───分かりました。ありがとうございます!』」

「『ああ。さて、流石に買う所で一緒にいては疑われてしまうからね。外で待っていてくれ。……送り先は移動中に教えて貰った場所で間違いないな?』」

「『はい』」

「『アドレスに通知は届くだろうから、暇があればメールを確認しといてくれ。発送前であれば間違いがあっても修正が効くからね』」

「『分かりました』」

「『さて、後は現地売りのビールを幾つか……』」

 

 

 ───この時の駆は一切気にしていなかったが。店員をわざわざこの場に呼ぶ理由は、鍵付きの棚に入った品を取ってもらうという目的があっての事だ。

 一般売りされているものとはいえ、鍵付きの棚に管理された品物は比較的高級である事が多い。スリーズが選んだのは高級ブランデー。日本円で五桁に収まる値段ではあるが、一般人からすると安易に手に出せる様な価格では無かった。

 

 帰国して暫く、荷物が届いた際に父親に詰め寄られる事になるが、それは後の話。

 

 

 

 

 

 

 

『遊び人』

 

 

 

 アスリートが不倫問題で話題となるのは度々起きる事象だ。決してアスリートに限った話では無く、芸人も含めてだが、注目されやすい人物による行動は少しの問題でも大きな騒動になりやすい。

 不倫が少しの問題でしかないという訳ではないが、一般人であれば見向きもされない様な事だ。何故なら周りがどう騒ごうと結局は当人達の問題でしかない。

 それでもアスリートの不倫問題が挙がればこぞって騒動へと発展し、注目される。

 

 もちろん、そもそもの話としては該当する関係を持たなければ良い。倫理観が移り行く現代。遥か昔とは違って不倫は確かな問題であるし、仮に特定の人物が居なくても多くの関係を持つのは良い印象は抱きにくいだろう。

 だが男の性というのは難しいもの。言い寄られれば案外崩れやすいものであり、長い節制を課せられるアスリートとともなれば、一時の欲が爆発してしまうものだ。そして、そういった面を世間は見逃さない。

 

 

「『へいカケル、楽しんでるか?』」

 

 

 レアル・マドリードでの公開練習を終えた翌日。次の日には帰国するという話を嗅ぎつけてか、駆に対して好印象を抱いてくれたらしいフルトワからパーティーの誘いを受けた。

 駆に限らず、あの場にいた練習生の殆どに声を掛けており、都合のつく現役選手も何人かを呼んでのパーティーだ。

 

 レアル・マドリード所属、ベルギー代表GKにも選出されているフルトワの名は()()()が度々浮き上がる事でも知られている。

 実際に関わってみて然程悪い印象を持つ様な人物でなかった事、また現役選手の何人かも呼ばれている事、そして現地でも未成年と判断される人が居る事を考えれば、このパーティーは決して淫らなモノではないのだろう。

 ただ───

 

 

「『……あの、フルトワさん。これ本当に変なお店とかではないですよね?』」

 

 

 見知らぬ女性が呼ばれた選手達の間に挟まって談笑し、ドリンクを注いでいる姿を見て思わず問い掛けてしまう。

 言葉ではそう表しつつも、駆も分かっている。注がれている飲み物はアルコールの香りがせずお酒の類ではないし、変なお店と言うには女性の方々の露出は非常に少ない。

 

 成人していなければ入れない店、という訳ではないのは間違いないだろう。駆にその手の知識はないが、日本で言えば『ガールズカフェ』や『コンカフェ』に該当する店という認識で良い。

 それに比べると接客での距離感の近さが目立つ印象ではあるが。なので『いかがわしいお店』ではないというのを頭で理解しつつも、訝しむ。

 

 

「『はは、安心しろ。過度なボディタッチは店側から禁止されている。ウチのスポンサー関連ではあるから、信頼の置ける店さ』」

「『スポンサー?』」

「『飲み物関連でな。そのメーカーの提供をよく受ける店ってこと。直接のスポンサーじゃないが、余計な行動は問題になるからな。規律はちゃんと守られている』」

「『なるほど』」

 

 

 だから現役選手も何の気負いもないし、カンテラの人達も慣れている様な空気なのか、と。周りを見てそう理解する。

 

 

「『まあプライベートな関係にまでは突っ込めないから、そこは個人の裁量によるがな?』」

「あー……」

 

 

 それで何人か()()()悪い噂が立つんだろうな、と。そう思考して駆は苦笑する。

 

 

「『何なら先輩として口説き方を教えてやろうか? 人妻だろうと堕とせるテクもあるぜ?』」

「『遠慮しておきます、恋人が居ますので。彼女以外に手を出したら背中から刺されますよ』」

「『日本にいる相手ならバレねぇだろうに堅いこった。……しかし恋人ね。日本人だとアレか。三つ編みに眼鏡かけてる様な文学的なオンナか?』」

「『フルトワさんの日本人への認識ってそんな感じなんです? あー……一応写真はありますが』」

「『おう、見せろ見せろ』」

 

 

 胸ポケットから携帯を取り出して写真フォルダを選択。セブンと撮ったツーショットから無難なモノを選びフルトワへと見せる。

 

 

「『ほう、随分とカワイイ子じゃねぇか』」

「『はい、まあ。僕には勿体無いくらいです』」

 

 

 特別加工されていないながらも写りの良いセブンを見て、感嘆する様にフルトワは言葉を溢す。駆は照れ混じりに頬を掻きながらそう言い放った。

 

 

「『背の小さい感じもまた良いな。一度抱いてみたいぜ。なあカケル、機会がありゃ一晩貸し───』」

「え? 何か言いました?」

 

 

 凍える様な感情のない声音。笑みを浮かべてるはずなのに笑っていない冷ややかな眼。寒気を覚える殺気に似た何かを感じて、フルトワは思わず反射的に口を閉じる。

 その重圧が周りにも伝わったのだろう。談笑が止み、視線が二人の方へと集まる。

 

 その周りの光景を見て、まるで「周りの空気を察して流し方を覚えろよ」と言わんばかりにもう一度。

 

 

「『いや、ホント一回だけ抱いてみ───』」

「『え? 何ですか?』」

「『……何でもないぜ?』」

「『そうですか』」

 

 

 「お前これで同じこと繰り返すんならマジぶっこ」と意味を込めて再びスペイン語で言い、それが伝わった様にフルトワは言葉を濁す。

 1回目の時点で伝わってはいたし、駆もそれに気付いている。でも軽く流して良い台詞ではない。だからこれは駆の慈悲だ。日本語だから伝わらなかったんだよな、という体の良い言い訳を与えた。

 

 言葉を濁したフルトワにパッと明るい表情でそう返し、携帯を胸ポケットに仕舞おうとして。

 

 

「『わっ、本当に可愛い彼女さん。ねぇねぇキミ、この子といつから付き合ってるの?』」

「『ええと……一昨年の秋頃からですかね』」

「『へぇ〜』」

「『キミは明日には帰るんだよね? 彼女さん用にお土産とか買った?』」

「『は、はい。あまり高い物は買えなかったので、消えものですけど』」

 

 

 隣から覗き込んで話しかけて来た店のスタッフの言葉に返す。

 父親から渡された酒代が浮いたのでそこそこ良い物ではあるが、と。わざわざ口に出す事でもないので心の中で付け加えつつ、近寄って来た方々にセブンの写真を見せながらコミュニケーションを重ねる。

 他にも色々と話をして空気感が戻っていく中で、駆は一番最初に話しかけてくれた女性へと声を掛けた。

 

 

「『ありがとうございます。空気悪くしちゃってすみません』」

「『ん? あー良いの良いの、大事な彼女さんがあんな事言われたら怒って当然だもん』」

「『もう少しスマートな受け流し方とかもあったんでしょうけど』」

「『いやアレで良いと思うよ。彼、恋人(パートナー)が居てもあんな態度だし、軽く流しちゃうと本当に狙われるから』」

「『そうでしょうか?』」

「『そうそう。寧ろ店の女の子達は羨ましがってるよ? こんなに大事に思われてる彼女さん良いなぁって。……ところでその子って有名な子? どこかで見た覚えがある様な』」

「『ええと、気のせいかな?』」

 

 

 セブンがなでしこジャパンに入ってからはスペインと対決した事がない。とは言え、元々海外に居た経歴があり代表選手に選ばれてるのだ。当然見覚えがある人間もいるだろう。

 駆とセブンの関係は現状秘密だ。察してる人達はいるだろうが、その大半は中等部から関係が続いている同級生くらいなもので、騒ぎにならない様にと秘密を保持してくれている。

 

 わざわざ海外にまで二人の関係について調べる様な記者はいないだろうが、どこから情報提供があるかはわからない。迂闊に話すのもダメだなと、やり取りをしながらそう決めた。

 

 

 

 

 

 

 

『既読スルー』

 

 

 

「……」

「傑さん……? どうしたの、そんな難しい顔して」

「ああ、セブンか」

 

 

 高校サッカー夏の大会、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の決勝を終えた翌日。

 優勝という実績を果たした鎌学高等サッカー部。この日は大会直後というのもあって練習は無く、完全オフで過ごす事になっている。

 主将を務める逢沢 傑もこの日は気が抜けており、公園のベンチに座って足下のボールを転がすだけの時間を過ごしていた。

 

 そんな彼に話し掛けるのは、逢沢兄弟の幼馴染とも言える美島 奈々───セブンと呼ばれる彼女。

 セブンからの問い掛けに傑は悩ましい表情を色濃く変化させ、動かしていた脚を止めて数秒の沈黙。そして紡がれる言葉。

 

 

「駆から返事が来ない」

「……何のメッセージを送ったか聞いても?」

「昨日の総体について、優勝したぞってメッセ。既読にはなってるんだが」

「あー……ごめんなさい、ちょっとタイミングが悪かったかも」

「? ああ、もしかしてセブンも送ってたか? 同じ内容の」

「うん。けど意外かな。内容被ったとしても、傑さんからのメッセージなら返すと思うんだけど……駆とのトーク履歴を見ても良い?」

「ああ、見られて困るやり取りはしてないからな」

 

 

 原因解明を探る為の気持ち半分、下心半分で聞いて傑から許可をもらい携帯を受け取る。

 メッセージアプリは既に開かれており一番上に駆の名前。それをタップして履歴を開く。どんなやり取りをしているのだろうと少しワクワクした雰囲気を溢しつつ。

 

 

「……」

 

 

 目についた一番下の文を見て、小難しい顔を晒す。

 

 

「傑さん、これだと駆から返事が来ないのも当然だよ……」

「何か変だったか?」

「変っていうか、淡白というか」

 

 

 『優勝した。試合は母さんに録画して貰ったからそれで観てくれ』という絵文字もスタンプも使われない簡素な内容。

 

 

「文末で一方的に会話が完結しちゃってるから、駆も返し難いんだと思う」

「いや、でも……今までは普通に返ってきてたぞ?」

「私からのメッセージが重なっちゃったっていうのもあるだろうけど……あ、ホントだ。駆からのメッセージは普通に多い」

 

 

 トーク履歴を探っていくと、駆からの文章には会話らしいやり取りというのが残されている。長い内容になりそうなら分割で送って事務的なやり取りにならない様にしたり、スタンプや顔文字なんかも使ってその時の感情を表していた。

 ただ傑の方は随分と硬い。絵文字もスタンプも使わず、『会話』と呼ぶには難しいほどに事務的だ。

 

 前までは駆も感情を表現する様に軽やかなメッセージを送っていた。それを認識して直近何ヶ月かのやり取りにまで戻ると、どうも傑と似た文章での送り返しになっている。

 

 

「うーん……この時の駆みたいに、もう少し軽やかな文の方が良いと思うよ? 例えば最後のメッセージなんかは、『録画したけど一緒に観るか?』みたいな返事がし易い様にするとか。元のままだと既読していれば十分って捉えててもおかしくないし」

「……文でのやり取りに軽やかって必要か?」

「必要です! というか文だからこそ、その辺りは意識した方が良いと思うな」

「そ、そうか」

「今のネット環境って凄く発展してるから、ちゃんと電波があるところならメッセージって直ぐに届くの。打つ手間はあっても普通の会話みたいにやり取り出来るから、その時の感情を軽くでも表現した方が相手の捉え方は変わってくる」

「なるほど」

 

 

 実際のところ、傑がこう捉えてしまうのも無理はない。駆は弟で、距離近く過ごして来た相手だ。何かコミュニケーションを取りたければ普及して間もないメッセージアプリを使うよりも直接話した方が手っ取り早いので、文でのやり取りは簡素になる。

 そして傑の周りの人間は傑がそういうタイプの人物であると認識しているので、メッセージでのやり取りに突っ込みをいれる事はない。そういった経験で自分からの文章を変えようと思う事がなく、今日まで過ごして来たのだ。

 

 

「……どういう文章が良いんだ?」

「簡単なのは絵文字を使う事かな。キーボード画面の左下にスマイルがあると思うんだけど……」

「ああこれか。……なるほど、これだけで顔の表現が無数にあるな」

「そうそう。他にもスポーツ系や食べ物なんかの絵文字もあるから、文に合わせてそれを入れるだけでも変わる筈だよ。後はやり取りを区切るか継続する意図を持ってスタンプなんかも───」

 

 

 そうやってメッセージアプリのレクチャーを行なって十数分。携帯をポケットに仕舞い、傑は立ち上がる。

 

 

「こういった面はどうも疎くてな。サンキュー、助かる」

「ううん、どういたしまして」

 

 

 駆が『兄の居ない未来の記憶』を保持しており、だからこそトーク履歴に残ってた様な歩み寄りをしていたにも関わらず当の傑がこれだから流石に可哀想だったというのが本心ではあるが。

 傑も詳しい内容は知らずともその辺は理解してる筈なんだけど、と。少々ジト目で見つつ、汗ばんだブラウスの襟元を掴んで軽く揺らし風を取り入れる。

 

 

「炎天下に悪かったな。何か飲むか?」

「じゃあ麦茶で」

「了解」

「塩タブレットって有難いよねー。余計な糖分を摂らずに塩分補給出来るからさ」

「ああ、それで麦茶か。俺も一つ貰って良いか?」

「うん、どうぞ」

 

 

 近過ぎず、離れ過ぎず、気負いなく。

 幼馴染らしい距離感の心地良さに、自然と表情は柔らかく綻ぶ。

 

 その後、絵文字の乱用で『淡白なおじさん構文』とでも言うべきメッセージを送られてきた駆がセブンに大慌てで『兄ちゃんがご乱心になってるんだけど!?』と確認してきて、セブンは呆れた様に溜め息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

『お見通し』

 

 

 

 

 

「おはよ、セブン」

「ん、おはよう駆。いらっしゃい」

 

 

 マドリードから日本の空港、そして空港から地元までという経路により、スペインでの朝に出発したが家に到着したのは夕方。

 帰国して翌日、駆は手土産を持ってセブンの家に訪れた。

 

 

「時差ボケもあるだろうし無理しなくて良いんだよ?」

「んー……今日は普通に過ごす形で調整して、明日は身体を慣らしておきたいからさ。それにセブンと早く会って一緒にいれる時間を長くしたかったし。ああでも、眠気で欠伸とか出たらごめん」

「……そっか。ううん、大丈夫。無理して起きるよりは頻繁にでも仮眠をとって調子を整えた方が良いだろうし、ダメそうなら時間取れる所で休もっか」

「うん」

 

 

 出発前に言い放った「繋ぎ止めたかった」という言葉を頭に入れていたのだろう。駆は自分がそうしたいという体で言っているが、間違いなく意識している。嬉しさと申し訳なさの入り混じった笑顔で返答しながら、取り敢えずはと家に上がらせた。

 セブンの母親にスペインで買った食べ物のお土産を渡しつつ、セブンの部屋へと上がっていく。

 

 

「はい、これはセブンへのお土産」

「ありがとう。……ハンドクリーム? 駆にしては意外な選択だね」

「そうかな?」

 

 

 口ではそう言いつつ、駆も自覚はある。今までの数少ないデートでのプレゼントなんかは、ぬいぐるみや置物なんかの飾り物を贈る事が多かった。

 アクセサリー系、スポーツ関連の衣類、家に気軽に置ける小物。消費するモノよりはしっかり形として残るお土産にしようかと悩んだのも事実だ。

 しかし身につけるタイプの物は土産価格で買うよりも二人で悩んでお揃いにしたいな、とか。部屋に飾れる小物も同様だが、『形に残る物には思い出も乗せたい』という考えがふと過り、ハンドクリームという選択になった。

 

 気恥ずかしいので口には出さないが。

 ただ、セブンは惚ける駆の様子を見て数秒。思考を回して察する。

 

 

「先に届けたい物は届けたし、そろそろ行こうか。準備は大丈夫だよね?」

「うん、後は夏用カーディガンを羽織るだけ。……ね、折角だからハンドクリーム使っても良いかな」

「ん? セブンにあげた物だし、自由にしてもらって良いけど」

「じゃあ失礼して」

 

 

 プレゼントしたハンドクリームはチューブ式。細長く、お洒落なパッケージで、花の一種がフレグランスになっているタイプだ。

 先に少量の化粧水で手を濡らす。フィルムを剥がして蓋を開き、押して中身を手の甲に出して───

 

 

「あ」

「どうかした?」

「ハンドクリーム出し過ぎちゃったかも」

「あー……新品だと結構力加減ミスるよね。ジャータイプと違ってチューブ式だと戻せないし、少し貰おうか?」

「ん、お願い」

 

 

 セブンがクリームが置かれた手の甲を差し出し、駆は自身の手を近付ける。

 手の大きさからして適量は。そうやってセブンに適した量が残る様に掬う分を考えて。

 

 近づけた駆の手がクリームの乗っていないセブンの手に掴まれて、両手に挟まれる様な状態になる。

 突然の行動に反応出来ずに固まってる駆とは対照的に、セブンは鼻唄交じりに機嫌良く手を動かし、駆の手と自分の手にハンドクリームが浸透する様にしていた。

 

 

「……あの、セブン」

「んー?」

「ひょっとしてワザと多く出した?」

「ふふ、どうだろうなぁ。ほら駆、もう片方の手も」

 

 

 手の全体に馴染む様に、揉み解すように。

 丁寧にハンドクリームを塗っていると捉えれば決して変な行動ではない。だが絡み合う手に粘着性のクリームが塗られている光景は微かに扇情的で、少しいたたまれない気持ちになりながらも言われた通りにもう片方の手を差し出す。

 駆の手の大きさを考えれば両手だと十分とまでは言わないが、片手だと過剰で明らかに2人分程の量のクリームだ。やはり最初から狙ってやっていたのではと疑問の視線を投げかけていると、セブンも特別はぐらかす気は無いのか答えを口にした。

 

 

「駆の考えとか気持ち、何となく分かっちゃったからさ。形に残る物にはその日の思い出も詰め込みたいもんね」

「……それとこれにはどんな因果関係が?」

「形には残らなくても、記憶には残るやり取りだと思うし。これなら『二人の思い出』になると思わない?」

 

 

 消え物とか置物とか関係なしに。物を選んでいるときに一緒に居なかったとかは別に問題ではなく。思い出の作り方は方法次第だと、そう告げるセブン。

 言外に「そういった気持ちでいてくれて嬉しい」と伝えており、その意味に気付いた駆は破顔する。

 

 

「お見通しだなぁ、本当に」

「駆の事だからね」

 

 

 既に塗り終わってはいるが、言葉を噛み締める様に離れず、お互いの手を包み合う。

 柔らかく笑みを浮かべながら、セブンは言葉を紡いだ。

 

 

「SNSのアカウントを作った事も知ってるよ。レアルの選手の何人かと、監督とも相互フォローしてたね」

「……お見通しだね、本当に」

 

 

 これに関しては仄めかす様な発言すら無かった筈なのだが、と。

 前者は嬉しさを噛み締める様な柔らかな表情だったが、後者の言葉を聞いた瞬間に顔が強張り微かに恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 





 タケの初CLはベスト16敗退で残念です。やはりダビド・シルバがいなくなった影響は大きいですね。というか1位通過でPSGと当たるのが不運というか……。
 代表戦である北朝鮮との試合では皆が怪我しない様に終える事を願っています。怪我離脱してる選手があまりに多くて不安ですが。

 次回は本編の投稿に戻ります。U-16アジアカップ、選手権……まあほぼダイジェストになると思われますが、感想・評価など今後とも宜しくお願いします!

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