影の地から戻り、3時間ほどで星の世紀フラグ完了させて影の地に。
とはいえ月一投稿も忘れていないので何とか執筆完了させました。大変お待たせしました。
『クラシコ』と聞くと『エル・クラシコ』とかダービーマッチ(伝統的な一戦)を思い浮かべると思いますが、今回はイタリア語の第一義的な意味、つまり『最高水準』という名目で使っています。
予定通り、今回は鎌学対江ノ島の決着となります。
『後半突入からボール保持率は鎌学が圧倒! 佐伯の受けと剥がしに我らが江ノ島は奪い切る事が出来ない!』
『エリア付近でボールをっ、即座にパスだ! だがこれはオフサイ───』
『逢沢ボールをスルー!? 折り返されたボールをそのまま───』
『いや連続スルー! 流れた所に佐伯 祐介!!』
『決まってしまった! 後半開始7分! まるでバルセロナのティキタカを思わせる芸術的パスワークで、鎌学は逆転!』
『さあ江ノ島は防戦一方! 必死の全員守備と李のスーパーセーブが無ければ一体どれだけ突き放されていたのか!? 逢沢 傑と鷹匠の存在なくとも圧巻の強さを鎌学は見せる!』
『兵藤がインターセプト───ああだが繋げる事が出来ない! クリアが精一杯だ江ノ島イレブン!』
『後半25分に入りボールはまたもエリア付近! ワンタッチでサイドへ流れ、いやっ、ダイレクトで返されたボールをスルー! そこには逢沢!』
『───────』
『なん、という……言葉を失う鮮やかなループシュート……3人のディフェンスによりシュートコースは消えていた筈だが、神の子と呼ばれた生きるレジェンドを彷彿とさせる恐るべき技量でこじ開けた!』
『2対4! 点差は2点へと離されてしまった! 江ノ島は追いつく事が出来るのか───!』
右サイドから深く侵入し、マイナス気味に折り返されたボール。それはペナルティエリアの僅かに外で佐伯へ。彼へとボールが近付いた瞬間に駆が抜け出すも、ダイレクトのタイミングで直線上に織田が立つ事でパスコースを消す。
佐伯がワントラップ置いてスペースを作る。少なくともこの瞬間、最も脅威である逢沢 駆という選択肢を消す事に江ノ島は成功していた。
だが佐伯はトラップして数歩、即座に脚を振り被りパス体勢。向いている方向は駆。
ボール関与が認められればオフサイドになる位置だ。この瞬間だけは徹底的なマンマークを敢えて外していたのもあってラインを超えている。前提にしていたから織田も把握しており、故に佐伯の選択に驚愕を隠せない。
オフサイドラインを超えて直ぐ、ゆっくりと後退する駆。そんな彼の後ろをボールが過ぎ去る。
見向きもせず、ボールなど存在していないかの様なゆっくりとした後ろ歩き。駆が触ることはなく、ボールはサイドへと流れた。そして、そこには鎌学の左サイド
パスが出されてから最終ラインを駆け上がった彼にオフサイドは適応されない。そしてマイナス方向へのパスはオフサイドにならない為、その折り返しを駆に渡されるのは絶体絶命のピンチとなる。
ダイレクトでマイナス方向へ出されたボールは駆の足下へ。江ノ島DF陣は止まりかけた足を懸命に動かして駆のシュートチャンスを潰しに行く。キーパーである李さえも飛び出しコースは消えていた。
だが駆はあっさりとボールをスルー。振りかぶった脚にボールが当たらない様に調整し、軌道を変えることなく直進させる。
その先には佐伯が待っていた。キーパーさえも飛び出したゴールはガラ空き。ダイレクトで放たれたシュートは江ノ島のゴールを揺らし、鎌学は逆転弾となる追加点を奪うことに成功した。
審判の判断次第ではオフサイドを取られるが───斜め前へのパスに対して、駆はただ歩いていただけ。DFへのスクリーンすら行われず、シュート時にキーパーの視界を塞いでいた訳でもない。
明確にボール関与もブラインドもない以上はプロ基準で考えても取り消しの可能性は殆どない*1ので、当然ゴールは認められる。それが後半7分の出来事。
そして後半25分。
佐伯のワンタッチパスから右WBへと送られたボールがこれまたダイレクトでリターン。しかし佐伯はそれをスルーし駆へとボールが向かう。
そこで3人のシュートブロック。1人は真正面に立ち塞がり大きくコースを消して、残り2人はシュートコースに割り込みながらも上体を逸らしてパスを出された際に即座に動ける体勢だった。
僅かに空いているコースに打てたとしても、曲げて狙う必要がある。ブロックに当たる可能性の方が高いし、仮に抜けたとしても高い集中力を発揮していた李が反応していただろう。
元より駆はそこに“道”を見ていなかった。
それを映した瞬間、駆はダイレクトシュートの為に振っていた足の勢いを緩める。
上体を逸らし、右脚内側の面を地面に近づける。これによりボールと足の接着を中央から下へ。掬い上げるというよりも柔く叩くイメージ。
ボールは駆の視界に映る真っ白な空間を綺麗に通り抜けてゴールへと向かう。コースは左側。ポストにもクロスバーにも当たる事はなく、だがその両方スレスレの位置を潜り抜け。パサリと、弱くゴールネットを揺らした。
実況をしている江ノ島放送部員も告げた通り、その瞬間の会場は静まり返っている。あまりにも美しく芸術的で、時が止まった様な感覚にさえ陥る。
駆がゆっくりと両腕を上げた。*2
同時に溜まりに溜めた様に、爆発的に歓声が鳴り響く。
高校県予選が舞台とは思えぬ程の声。逢沢 駆という将来の日本を背負うストライカーが魅せたそれに、観客は興奮を抑える事が出来なかった。
(……はは、もう笑うしかねー)
呼吸を整えつつ目尻を下げ苦しげに笑うのは、江ノ島のエース荒木 竜一。
視界の全域、そして背中からも感じる日本の怪物への賞賛がプレッシャーとなり襲いかかる中、後半に入ってからの試合の流れを振り返る。
(前半で策を使い切ったと言っても、ハーフタイムで修正点は考えられた。何も出来ずにやられる、なんて事はない……筈だったんだがな)
実際のところは、後半に入ってからのボール支配率は鎌学が81%と圧倒している。それも後方からのビルドアップは殆どなく、大半が江ノ島陣地でのパス回しによるもの。
江ノ島がボールを保持できる時間は少なく、確保出来ている間はDFでコースを探るところまで。織田と荒木へ渡ることを徹底的に防いでいる為、結局はクリアや精度の欠けたロングボールへと逃げる事が多く、ゴール前に迫る事は叶わない。
(俺達の考えていた修正点を予測し、それを上回る修正力で動きを読まれた。想定が甘かった……いや、甘さなく想定していた所で上回る事は出来なかったか)
鎌学の突けそうな隙、江ノ島の改善出来る点。
簡単に言えば、江ノ島が思いつく修正点は鎌学も全て把握していた。それ込みで考えられる鎌学が一方的に支配出来るのも納得してしまう。
(駆の“嗅覚”と祐介の“予知”は前提として、俺達が点を取るには───まず純粋に能力で上回る事。どうにかしてゴール前まで持っていってディフレクションによるラッキーゴールを期待する。それと……)
荒木はチラリと、自陣に向かって歩きながら味方とハイタッチを交わす駆の姿を視界に映しながら思考を続けた。
(常に
より正確に言うのであれば、佐伯の“予知”を上回る選択を取る事だ。真っ向勝負で読み勝つのはまず不可能だが、今までの自分ではやらないプレー、出来なかったプレーで佐伯の想定を超える。
決して読み勝つ事は出来ずとも得点を奪えることは前半の二点で証明している。
(一つ目は今の俺達じゃ厳しい。
まあ誰が佐伯の“予知”に対抗出来るかはどうでもいい事だ、と。江ノ島で匹敵する選手がいない以上はないものねだりにしかならないので思考を切る。
(二つ目は……結果的にディフレクションして入る分には構わないが、ある程度ゴール確率の高いシチュエーションに持ち込まないと意味がねぇ。ロングレンジからのボールは下手にブロックするよりキーパーに流すだろうし、俺の無回転は前半ので警戒されてる)
ともすれば。
(常に新しく、か。言うのは簡単だが実行はムズい。下手なプレーはチームの動きを乱しかねないしな)
考え込む中で、視界に映していた駆の目が荒木を捉える。視線の交わり、だが即座に駆がフイっとチームメイトに顔を向けて話し掛けているのを眺め、荒木の表情には苛立ちが含まれる。
(こんにゃろ、自分に着いて来れない奴には興味ねぇってか? いや落ち着け、状況整理を続けろ。こいつらに
勝つ為に。そこで思考を止めると、ふと感じた違和感に視線を地面へと落とした。
(……ああ、そうか。そりゃ駆も興味ねぇ仕草にもなるわな)
「荒木、どうする?」
「ん、そうだな」
荒木が一度下げた顔を上げると、何か考えが纏まったと判断したのか織田が声を掛ける。
疲れは滲んでいるが、先程まであった苦々しい空気が抜けた軽い表情で荒木は告げる。
「勝つ為の考えを一回止めるか」
「そう───は? おい荒木、一体何を」
「勘違いすんな、勝つのを諦めるって意味じゃねぇよ」
怒気の孕んだ顔は困惑へ。
発言に合わせて変化する表情に真っ直ぐ視線を向けながら、荒木は告げる。
「今の俺達は勝とうって気持ちに寄りすぎてる。スポーツとして間違っちゃいないが、確実性が無いからと切り捨ててる選択肢が多い」
「それは……確かにそうだが」
「俺達のサッカーはそうじゃないだろ。勝つ為に必死になるのは当然だが、夢に向かっての挑戦意欲も忘れちゃならねぇ。今この瞬間が全てじゃないんだ。未来の為に、今の全霊を注ぐ」
(だよな、駆)
勝つ為の確率の高い選択ではなく、夢の為の全力を尽くす事こそが、自分達のサッカーであると。言葉を切ると同時に駆へと視線を移し、紡ぐ。
「織田。リスタートしたらマークが来る前に俺にボールをくれ。俺の挑戦を、アイツらに見せつける」
「……ああ、分かった」
長く、深呼吸。
二度、三度と繰り返し、集中力を高めていく。はっきりと「こうしたい」と思った時の人間は、時として驚く程に自在に身体を動かせる。
アスリートが稀に至る事の出来る
江ノ島ボールで試合はリスタート。
珍しく荒木はセンターサークルから外れ、バックパスを受ける形でボールを保持。
ゆったりと進行。ボールと一体になっているかの様な背筋の張った佇まいに、細かなボールタッチ。
「そんな悠長にしてる暇があんのかよ───っ!」
西島が前線プレス。
言葉は荒いが、決して感情的な行動ではない。荒木が取れる選択、つまりドリブル突破やパスをした際に味方がフォロー出来るタイミングを見計らってからの前線守備だ。
アウトフロントでボールをコントロール。押し出す仕草を見せ、西島がそちらへ重心が寄ると同時に逆方向へ転換。淀みないお手本の様なエラシコで簡単に躱す。
(……スピードに乗らない?)
1人躱してスペースがあるにも関わらず、全くスピードに乗らずゆっくりとドリブルを続ける荒木に対して佐伯は疑問を向ける。
(フォローを警戒してのスピードダウン……いや荒木さんの
佐伯の既存の知識にはない選択だ。ならばその目的を見せて貰うのが手っ取り早い。
全体のポジショニングを把握しつつ、西島に対してプレスバックの指示を出しながら“嵌め”のポイントを作り出し、3人で囲わせる。
(ドリブルスペースは作ってるけど乗ってこないな。誘導に勘付いてるからか? 突破する仕草はあるけどキープを優先してる───いや、なるほど)
一度、パスを出す仕草。荒木に対峙している選手の内の1人がそれに釣られるとフェイクに切り替え、3人に囲まれた状態から股抜きで抜けていく。
(突破を警戒させる事で周りへの意識共有を断ち、時間を掛ける事で形のイメージに齟齬を生み出したのか。言わば、戦術を壊す為のボールキープ)
まず大前提として、現在の鎌学の戦術理解度は高校サッカーのそれを凌駕している。プロになる為の育成機関であるユースチームさえも上回る統率力と実行力。それが高校サッカーを一新する為に作られた東京蹴球学園を討ち
高い能力を保持する個人に対して戦術で対抗する。徹底された意識共有による崩れない“形”を佐伯の“予知”で補完し、ハーフタイムに監督からの視点で得れた情報を交えて修正する。それが鎌倉学館の強さ。
しかし意識を共有させるには細かく状況把握を行う必要がある。佐伯の“予知”と同等の思考能力、或いは駆と傑のコンビの様に見ずとも感じ取れる阿吽の呼吸レベルの連携が出来るのならば話は別だが、多少能力があるだけではそこに至る事はない。
簡単に剥がされれば直ぐに視界を広げればいい。だがなまじ奪えるか奪えないかギリギリのボールコントロールをされると状況把握に割ける意識が待てず、他選手との情報量にギャップが生まれる。
先程の荒木はそれを理解して敢えてマークがついている選手に対してパスフェイクを見せた。把握が出来ていれば釣られる事なくドリブル突破の警戒を最優先にしていた筈だが、上手く隙を作り出されたという訳だ。
(下手に国松さんを動かすと
「村田さん!」
荒木の進行方向上にCBの1人を向かわせる。空いたスペースに的場が走り込むだろうが、そこは左WBでカバー出来る。
佐伯は名前呼びと同時にハンドサインを送り、全体にどんな対応をするかを指示。殆どCBと変わらない位置まで下がりつつ、コートを見渡す。
(
鎌学のCBの1人が飛び出した事で空いたスペース。的場はWBでカバー出来るにせよ、人数を掛けられたら上手く使われるだろう。そこへ走り込めそうな2人の江ノ島選手を最警戒。
その際に視界に映った駆が近くの選手の死角を縫う様に鎌学陣地へと戻る姿を見て微かな疑問。予めFWとしての動きに徹する事で佐伯の“予知”を乱さないという取り決めをしていたので、点を奪われるリスクが多少ある程度の事ならば戻る選択はしない筈だ。
その取り決めを破ってまで戻るという事は、それだけの何かがある。
(…オーケー、俺はこのまま『お前がFWとして徹している場合の予知』を行う。可能な限り存在感を薄めて、“嗅覚”を存分に使え)
即座に駆から視線を切り、江ノ島に大きな動きがない事を把握してから自らも荒木の突破を防ぐ位置へと向かう。
細やかなテクニックで
(同じ様にキープ優先のドリブルなら遠慮なく囲ませてもらう)
1対1に拘るつもりはない。直前に躱されていた村田は既に後方から迫っているし、もう1人のボランチにもプレスを掛ける指示は出した。
時間を掛ければ守備能力に優れた3人を相手にする事になる。ともすれば。
(流石にここはスピードに乗るよな……!)
先程までの細かなタッチから切り替え、キレのある動きで佐伯を突破しようとする。それも普段ならばテクニックと速さを両立出来る程度のスピードにしていた所を、少し速さに天秤を傾けて。
(俺が無理に取りにいけない程度のコントロールはしてるけど、そこまで離すと明確な隙が出来ない限りは荒木さんも俺を突破出来ない。時間を掛ければ首が締まるのはアンタだぞ)
荒木が右側へとボールを叩き、それを佐伯が追い詰める。荒木はボールに触れると同時に視線を落とした。
(よし貰っ───)
普段より離しているからボールタッチの感覚に不安を覚えたのだろう、と。あまりにも自然な動作だった故に感覚的に判断。
そうして荒木の視線に合わせて目を動かし。
「っ、消え……ッ!?」
視界から消えたボールに驚愕を隠せず、体幹がブレる。反射的に重心は後ろへと傾いたが思考が追いついておらず、脚は動かさないまま視界を広げる。
(───【φトリック】か!)
思考が追いつき、体幹が整った時には、既に荒木が横を駆け抜けている。まだエリア外だ、最悪の場合はレッド覚悟で倒す事も出来る。
だがそのアクションは起こさない。「φトリックを使った」事を認識すると同時に、駆が取り決めを破ってまでDFに戻って来た理由を理解したから。
その“嗅覚”による先読みが、φトリックの使用と進行方向を感じ取る。
本能のまま突き動かされる駆がボールの先へと出現した。
(今度は獲れる)
(【φトリック】は確かに俺の“読み”を上回ったが、わざわざボールを離すテクニックを使ったなら駆は予想外だろ……!)
前半の江ノ島による先制点とは違い地面を這うボールであり、まだゴールまでは距離があってスペースが広い。何より荒木のボールに対して触れられる江ノ島選手は近くにおらず奇策も打つ事は不可能。
明確なカウンターチャンス。
江ノ島による先制点以降、前線に張っていた選手が守備に戻る。守備時の存在感が薄かった選手によるボールカットは意表を突いただろう。
「舐めんなよ」
相手が、荒木で無ければ。
(俺がどんだけ、テメェの事を考えて来たと思ってる───ッ)
獰猛な笑みと共に溢れた言葉。
数度のバウンドを経たボールに強烈なスピンが掛かる。駆の脚に触れる直前、逆回転に従ったボールは駆から離れる様にひとりでに動く。
(───Cトリック!?)
(バカなっ、一度φトリックを見せた後ならまだしも今のタイミングで!?)
【Cトリック】。駆の編み出した【φトリック】の派生の一つ。最初のボールの動きをφトリックの軌道に見せかけ、強力な逆回転によりDFから引き離す高等テクニック。
この技はφトリックを読んできた相手にこそ突き刺さる技だ。これだけを使用すれば、下手すると一度抜いた相手DFの足下にボールが戻るリスクが存在する。φトリックを見せた後に駆け引きの一つとして考えるべき技なのだ。
それをφトリックすら使っていない初見で使用してきた。それはつまり。
(読んだのか!? 駆がφトリックを感じ取ると!)
先制点以降は自陣のDFラインまで戻る事なく前線に張り続け、守備時の存在感が極限まで薄まっていた筈の駆の動きを読んだという事。
“嗅覚”という特異な能力へ完璧に対応してみせた荒木に、佐伯は驚愕の表情を晒す。
佐伯は駆の行動を認識して、カウンターに備える為にスペースへと走り込みパスを貰える位置に移動しようと重心を動かしていた。その瞬間に荒木が駆さえも突破した際のケアを完全に捨てており、Cトリックによって巻き戻ったボールへと反応する事が出来ない状態だ。
(テメェにとっちゃ俺は数いるパサーの1人に過ぎないのかもしんねぇがよ、俺からしたらテメェは自分の全身全霊のパスをぶつけたいと強く思えた初めてのストライカーなんだよ)
すれ違う一瞬、鋭く視線を交わらせる。
全身でボールを覆う様に、駆の前へと入り込んだ。
(1秒だって忘れる訳ねぇだろ───ッ!)
その瞬間、ペナルティ・エリアへと侵入。倒せばカードは確実、それもPKという最大の得点チャンスをも与える事になる。
場合によってはその選択も取っただろう。だが荒木の執念に魅せられ、その背中を見届けた。
キーパーとの1対1。
冷静に股抜きを通し、ゴールネットを揺らす。
「へっ……」
薄く笑みを浮かべ、直ぐにゴール内のボールを取りに行く。
自陣へと持ち運びながら湧き上がる歓声を背に受け、小さくガッツポーズを見せた。
ボールをセンターサークルに設置。即座にリスタート時のポジションを整え、センターサークルに入ってきた駆へと人差し指を向ける。
油断するな、時間稼ぎには逃げるなよ。そんな挑発的な意味を込めたジェスチャーと表情を見て、駆はニッと笑った。
こんな楽しいサッカーから逃げる訳がないだろう、と。
『さあ我らがエース荒木のスーパープレーにより、試合は一点差の3対4へ! 後半はアディショナルを合わせて残り10分といったところか!』
『依然として圧倒的なボールポゼッションを誇る鎌倉学館! だがこれは王者の貫禄、決して時間稼ぎには逃げない! 狭い所をスルスルと抜けていく!』
『目まぐるしいパス回し───危険な位置から佐伯 祐介!』
『止めた! 際どいコースをなんとキャッチングしてみせた李 秋俊! 4失点と苦しみながらも集中力は決して途切れない!』
『さあこのボールは大事に行きたいところだ、がっ!? なんと荒木・織田・兵藤がDFラインまで下がり、逆にDF陣が一列上がる形! これは一体何が狙いだ!?』
江ノ島に点を奪われてから鎌学のリスタート。脅威のポゼッションで侵入し、僅か2分で27回ものパスを江ノ島選手に触れさせること無く繋げ、ゴール前に。
シュートコースが空いたエリア外から佐伯が鋭いコントロールショットを放つも、李が弾く事なくキャッチング。
取られたのなら仕方がない、次は守備だと。そう切り替える思考を刺す様に、江ノ島はまたも奇策に走る。
ボランチとトップ下の選手をDFラインにまで下げて、DF陣を一列上げるという策。選手の位置をスライドするだけだから予兆を感じ取れなかったのもあり、これは佐伯の意表を突いていた。
(奇策だが英断だ。俺たちのハードプレスはマンツーマン気味ではあるけど、体力を効率的に使う為にマークマンチェンジを頻繁に行ってる。ゾーンディフェンスとの併用だから配置を一斉に変えられると対応が難しい。選手個人のスイッチなら“予知”で補完可能な範囲だが、列自体を変えられると流石にな)
そして何より。
(ボールキープに優れた中盤3人が底から整える。こうなると奪うのは容易じゃない。ロングパスの精度を考えると下手に人数を掛けるのは危険。発想は突飛だけど思い付きさえすればリスクとリターンが上手く成立してる)
「駆、西島!」
佐伯は笑みを溢しつつ、ハンドサインで駆と西島に前線プレスの停止を要求。奪いに行っても剥がされる可能性が高いので、それならば中盤の枚数を増やした方が得策だと判断。
ポゼッションで来れば厚みのある中盤を経由していく必要がある。ロングボールならば充分な準備が出来ている。或いは底だけで組み立てて来るか?
“予知”の追いつかない変化に心踊らせながら、佐伯は思考を回す。
(まだまだ楽しむ余地がありそうだな……!)
ピッ、ピッ、ピィイ─────
3度の笛が鳴り響く。
荒木が決めてから得点は動かず、3対4の鎌学勝利という形で試合終了の合図がピッチ上を差した。
それと同時に、江ノ島と鎌学を問わずその場の選手の多くが地面に伏す。
悔しさや後悔よりもまず、全霊を賭したが故の多大な疲労が身体を包み込み、笛を合図にスイッチが切れた様に倒れ込む選手が殆どだ。
その中でも一入に、生きているのかが心配になるほど力なく突っ伏すのが荒木。
課題だったスタミナもかなりマシになっていた筈だが、それでも今回の試合は極めて強度が高かった。パフォーマンスの高さと比例する様に、肉体的疲労と精神的疲労が増していた。
流石に心配になった兵藤が呼吸を確かめる様に耳を近付ける。
「……ん」
「ん?」
「と、糖分……!」
「糖分? ……小さめのチョコとラムネくらいならあった筈だけど、分かった。直ぐに用意を」
「ジャンボチョコレートパフェで頼む」
「……お前実は結構余裕あるだろ。用意できっか、こんな場所で」
軽く脳疲労を軽減する為に、糖分摂取とブドウ糖摂取用の菓子ならばあった筈だと。そうやってベンチに重い足取りで向かおうとする兵藤に対して荒木は無茶な要求をする。
呆れた兵藤はビシッと、地面に伏す荒木の頭を軽くチョップ。カエルの様な悲鳴を上げ、再度地面に深く沈む。
ふざけてはいるが疲労は事実だ。流石にこのままではマズイなと、転がってうつ伏せから仰向けへと変える。重力の掛かる部分が腹側から背中へと変化。まだ動けそうだと身体に認識させるのは重要で、何とか上半身を起こして座り込む体勢のままピッチを見渡した。
周囲は荒木と同じ様に疲れを全面に出して座り込む多くの選手。一度深く息を吐いて、ポツリと溢した。
「終わっちまったな」
「……ああ」
まだ高校二年生。来年の総体と選手権が残っているだろう。ここでサッカーが全部終わった訳ではない。
でも荒木の言葉はそういった意味ではなく、もっと別。
こんなに楽しく全力をぶつけられる試合が終わってしまった。これから先の事ではなく、今この瞬間に於いての万感の思いが溢れたからこその言葉であると。そう理解したからこそ、兵藤は余計な訂正をせずに同意する。
ピッチを見渡す荒木の視界の端から歩いて近付く選手が一人。佐伯だ。
「楽しかったです、荒木さん」
「……ケッ、俺らが満身創痍の中で随分と余裕そうにしやがって」
「はは、こればっかりは慣れっすよ。俺も“予知”の為に頭回してた最初の時は、駆と傑さんのプレッシャーに押されてぶっ倒れてましたから」
素直な感想に対して悪態つく荒木に思わず苦笑。自分も最初っからここまで強度の高いサッカーに対応していた訳ではないと説明すると、口をへの字に曲げながら「そうかよ」と溢す。
佐伯が手を差し出すと荒木はそれに呼応してガッシリと掴む。引っ張り上げて立たせ、今度は荒木から話を振る。
「お前、来年からはどうするつもりだ? プロから声が掛かってるって噂があるが」
「……少なくとも、高校在籍の間はプロになるつもりはないっすね」
「へぇ、そりゃ鎌学への思い入れって奴か?」
「いえ。鎌学への思い入れはあっても、ステップアップに躊躇いはないですよ。実はドルトムントから声を掛けて貰ってて」
「おいおい、ブンデスのトップ層じゃねぇか……」
「流石にいきなりトップでって訳じゃないっすけどね。ユースでまずは二年間を様子見する感じです。トップに上がれるか、Bチームか、それとも別のチームに売られるか。その辺りは自分の積み重ね次第って感じです」
「ははは、駆といいスケールの違う話だな」
「荒木さんも国内では声を掛けてもらってるんですよね? 確か東京辺りから」
「俺はまだ練習参加の段階。流石に契約云々はまだだな」
そもそも契約の話が出たとしても、高校サッカーでしっかりと納得出来る結果を残せない限りは在学中に契約するつもりはない、と。そう告げる荒木に佐伯は「なるほど」と頷く。
「……オレからしたら声が掛かってる時点で羨ましいわ」
話についていけねー、と。淡々と進む会話に、近くにいた兵藤は少し落ち込んでいた。
───後日、行われた選手権神奈川県予選決勝戦。鎌倉学館と葉蔭学園という神奈川県を代表する強豪校のマッチアップは激闘を繰り広げる。
スコアレスのまま進んだ後半29分に駆が得点を奪う。そして時間は殆ど空かずに後半33分、セットプレーから国松が追加点を重ねる。
そのまま試合は進み、2-0という結果を以って全国への切符は鎌学が手にする事となった。
この主人公全然喋らないな(困惑)
いや、一応高校舞台での大会の話に関しては主人公よりも周りの成長とかその辺をメインに据えていたので予定通りではあるんですが……もうちょい喋らせる事が出来たかも。
次は掲示板回となりますが、本編に戻ったら違和感がない程度に会話を増やそうと思います。
某透き通る世界の推しのASMRが出てくれたのでモチベーション⤴︎⤴︎です。鈴代さんの声は最高。