ピッチの王様とエリアの騎士   作:現魅 永純

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 感想返信
>>ブラジル相手に6失点してたからベルナルディそこまで今回は強くないのでは?と思ったらめちゃくちゃ強くて草
→その6失点だったり総体で負けた経験があったので、原作よりちょっと強化されています。作中の天井はゼッケンドルフですし、それを超えさせるつもりはありませんが、南米の代表CBが一切油断なくディフェンスするならこれくらいは出来るだろうなと。



45話『徹底』

 

 

 

 

「ねーウィッチ」

 

 

 応援、歓声が上がる客席の中で、少女の呼び掛ける言葉が耳を差す。

 ウィッチ───なでしこジャパン代表である美島 奈々の呼び名の一つを口にするのは、同じくなでしこジャパンのFW登録選手である群咲 舞衣。

 駆の“記憶”通りであれば、蹴学に在籍する彼女は実況席に座り応援席を盛り上げていた。しかし今は境界線とも言える半端な位置に座っており、蹴学を応援している様には見えない。夏の大会である総体では実況席に居たにもかかわらず、だ。

 

 本人曰く、「蹴学の皆は好きだし何か悪い事をした訳じゃ無いけど、今回は中立かな〜。どっちかというと蹴学寄りではあるけどね」との事。

 駆という応援している選手が鎌学にいるから───という訳ではなく。傑と鷹匠へのオファーで彼らを選手権という舞台から切り離し、今シーズンのベストメンバーで挑む事をさせなかった為だ。

 

 故に周囲の高揚に感化されず、冷静に試合を観ながら、覚えた疑問をセブンへと投げた。

 

 

「駆っちは対策すれば止められるってよく聴くけどさ、具体的にはどんな事なの? なんだかんだ毎回決めてる気がするし」

「……そうね、あくまでも私の考えになるけど」

 

 

 問いかけられたセブンは、試合から視線を外さずにそのまま答える。

 

 

「目的が個人での完封なら、()()()()ゼッケンドルフと同等以上の能力が必要になるわ」

「U-17でのドイツ戦ってハットトリックしてなかったっけ?」

「ええ、でもあの試合は駆に対しての警戒が薄かったのと、試合中に新しいキックモーションを覚えた影響が大きいから……多分次に試合する機会があったら、5回くらい良いシチュエーションに持ち込んでも1回決められるかどうかだと思う」

 

 

 理由としては、ゼッケンドルフには卓越した身体能力、【全景(ビジョン)】と呼ばれるコート全体を捉える視野とフェイントが殆ど意味を成さない予知能力を所持しているからだ。

 初見では【嗅覚】で彼の視野を掻い潜り得点を奪う事には成功したが、駆に近いゾーンで待機する事で【全景(ビジョン)】をすり抜けたと判断()()()()()()危険な地点を予測することでシュートタイミングにブロックを間に合わせていた。

 

 左脚による超速の振りでのシュートも同じだ。予め情報を頭に入れていれば、ゼッケンドルフは高確率で防いでくる。100%と言えないのは、ギリギリの駆け引きを出来るだけの能力をお互いが有しているから。だが身体能力を加味すると、そのギリギリの駆け引きで優勢なのはゼッケンドルフになる。

 故に、目的が『個人での完封』となると、最低でもゼッケンドルフ以上の能力となる訳だ。

 

 

「まあそれは現実的じゃないから、ある程度のリスクは承知で……『ルールを課したマンマーク』をする。これが駆対策になるのかな」

「ルール……」

「今、リカルド・ベルナルディが行っている事ね」

 

 

 決して離れず、()()()()()()()()()()マンマークに徹するベルナルディへと視線を向けながら、セブンは説明を続ける。

 

 

「一定のラインまでは試合の流れを気にせずに駆だけに意識を向ける。幾ら駆でもずっと視線を向けられて“消える”なんて真似は不可能だから、これは本当に効果的ね」

「……一定のラインって、ハーフライン?」

「ええ」

 

 

 蹴学がボールを保持し前線へと渡り、駆が自陣へとディフェンスに戻ると、それまで蹴学がボールを保持していようと決してマンマークから外れなかったベルナルディは脚を止めた。もちろん視線は駆に向けたままだ。

 それを観た群咲の問いをセブンは肯定する。

 

 

「まあずっとマンマークしてるとスタミナ保たないもんね。駆っちってゲームメイクするタイプじゃないから、あの位置ならボール渡ってもそこまで怖くないし」

「そうね。補足すると、仮にあそこからカウンターで裏抜けを仕掛けたとしても駆に追いつくのは難しくないのもあるわ」

 

 

 そっか〜、と。群咲は納得の表情を見せる。

 彼女のFWとしての動きは駆を参考にしているから、その対策を知るというのは良い学びになるのだろう。

 このマンマークの仕方は駆特有の【嗅覚】を対策する目的が大きいので、参考になるかは不明だが。

 

 

「普通に考えればそんなマンマーク、オフサイドラインのコントロールが難しくなるんだけど……」

 

 

 鎌学がボールを奪い返し、素早くFWとして動き出す駆を追うベルナルディ。並走は避けながらも決して彼への集中を途切れさせる事は無いが───突如、その脚を止める。直前に最終ラインに立っていた幸村からの指示(コーチング)を受けたからだ。

 現在のボール保持者(ホルダー)である佐伯がパス体勢に入り込んでいたが、コースをレオが封じている。ベルナルディがそのまま追いかけていた場合、駆がオンサイドへとポジショニングを修正してタイミングをズラした佐伯のパスを受けていただろう。或いは極端に下がったオフサイドラインを見て他選手がスペースに走り込む事も出来る。

 

 だがそれを、DFの指示で引き留めた。

 ベルナルディ個人では最終ラインの見極めはほぼ不可能と言っても良いだろう。だからベルナルディを除くDF陣だけでラインを揃え、ベルナルディと駆の位置するレーンに近いDFが指示を出す事でオフサイドラインを不必要に下げない様にしている。

 意思疎通が上手くいかなければ駆をフリーで走らせてしまう大きなリスクがあるが───

 

 

「凄いわね、蹴学。DF陣の意思疎通に全く淀みがない」

 

 

 ベルナルディ以外のDF陣がゾーンディフェンスで待ち構えられているので、こうなるとポゼッションで穴を見つけるのも難しい。駆へと向ける意識がそれほど高く無いからだ。駆への意識が高ければ囮として動いてポゼッションの精度を高める事も出来るのだが、必要以上に駆を注意しない様に徹底されている。

 真っ向勝負となると、流石に個人の実力差が顕著に現れる。今までならば駆無しでもフィニッシュまで至れたポゼッションは妨げられていた。

 

 こうした場面で光るのは佐伯の【予知】によるゲームメイク能力。しかしそれも、同等に近い読みを出来るレオが危険なタイミングで的確に出現し、佐伯によるポゼッションの補正をさせなくしている。

 ただのマンマークならば、駆がエリア付近で受けて侵入する事も出来ただろう。だが相手はリカルド・ベルナルディ。間違いなく同世代ではトップクラスの、アルゼンチン代表DF。そんな彼が駆だけに集中力を向けているとなると。

 

 

「駆からすると、ゼッケンドルフを相手にした時以上に厳しい状況かも……」

 

 

 裏抜けはおろか、囮としての役割すら機能させてくれない。

 試合開始からまだ20分───本来ならばそこまで考えるには早い時間帯だが、いつもよりも確実に希薄な存在感の駆に、どう打開するつもりだろうかとセブンは真剣な眼差しを向けていた。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

(クソっ、本当に厄介だな)

 

 

 前半32分が経過し、荒く呼吸を繰り返しながらそう思考するのは蹴学のDFリカルド・ベルナルディ。

 ここに至るまで、彼は対戦相手である鎌学の中で最も危険である逢沢 駆を止めきっていた。ともすれば本来その思考をすべきなのは駆の方なのだが───。

 

 

(恐らくピッチ上で俺以外の誰も気付いていない───カケル(こいつ)、自身が対策されたディフェンスをされていると()()()()()()7()()()()()()()()()()、俺だけに集中を向けている)

 

 

 否。現時点ではレオを含めたピッチ上どころか、観察力に長けている傑やセブンさえも気付かない事実に、向けられている本人だけが分かる感覚。

 ベルナルディ1人に集中を向けているとは、つまりどういう事か。

 

 本来サッカーとは11対11の合計22人で行うスポーツ。味方との意思疎通や、相手の位置を見ながらのオフ・ザ・ボールが無数に繰り返されるもの。個人プレーと思われがちな行動も、味方がいて成り立つ事が多い。即ち、基本はチームプレーだ。

 本当の意味で個人だけと言える瞬間はごく僅かと言って良いだろう。それは今この2人も例外ではない。

 

 ベルナルディは味方の声に反応出来るだけの余裕は残しているし、駆は味方のパスに反応できる様にボールの位置だけは把握していた。

 だがそれだけ。本当に必要な最低限の要素以外の全てを、お互い対峙する1人に向ける集中力へと振り分けていた。

 

 本来ならこれほどの集中を継続する選択は愚策でしかない。結局のところ、コート全体の流れから駆が選択されなければこの駆け引きも無意味と化す。最前線にいる、ましてやパワープレーを不得手とする駆ともなれば、攻めあぐねている現状で有力な選択肢となれる可能性は皆無に等しい。

 しかし───リカルド・ベルナルディが駆だけに集中力を費やすマンマークを行うという条件下で、この駆け引きは成り立っていた。

 

 

(走行距離は想定内、しかし体力の消耗は想定以上。この状態だと90分(フル)は厳しい)

 

 

 お互いの一挙手一投足を見逃さない集中。一つの動きから読み取れる選択肢の駆け引き。募る緊張感は精神を摩耗させ、体力の消耗を激しくさせる。

 前半序盤に行われたゴールに直結する1対1の時に比べればマシではあるが、継続しているとなれば体力の消費はバカにならない。駆の天性の集中力から発生する圧力(プレッシャー)がたった1人に向けられるというのは、それだけ大きな意味がある。

 

 江ノ島戦や葉蔭戦の様に、対策されようとも隙を突ける可能性が充分にあればコート全体を把握しながらのオフ・ザ・ボールでその時の最善を選択しただろう。だがベルナルディを相手に中途半端な探りは封殺されると判断した。

 故に早い段階で彼の体力を削る事に目的を切り替え、集中力が僅かでも切れる瞬間を作り出す事にした。

 

 条件が違えば愚策と化したこの選択は非常に効果的だ。欧州王者レアル・マドリードのトップで経験を積んだ駆のプレッシャーは高校世代のそれを凌駕している。アルゼンチン世代別代表DFと言えど、それを受けながら90分保たせられる程のスタミナはない。

 

 

(頼むぞ、レオ。早めにプランを達成しなければ、隙を作られる可能性が高い)

 

 

 一呼吸入れ、駆への集中力を高める。

 レオはコート全体へと視野を広げ、滝の様に汗を流すベルナルディを把握して思考する。

 

 

(リッキーの消耗が想像以上に激しい。異様に駆が大人しい理由に起因しているのか? 早めに決めておきたいところだが……今の所、素晴らしい()()()()だ)

 

 

 付近にいる佐伯へと視線を集中させ、思考を続ける。

 

 

(……こちらもリスクを冒さないと、崩れそうにない。リッキーの状態の違和感は佐伯も感じ取っているか? 予定調和の場合は乗ってくれるか賭けになるが───試す他ない)

 

 

 レオは幸村へ向けてハンドサイン。指示自体はベルナルディに対してのものだが、駆へと集中を向けている現状でMFからの不用意な指示はそれを乱してしまうので、事前に決めていたやり取りだ。

 

 

「リッキー、()()!」

(ここでか……ッ!)

 

 

 直接的な内容の指示は佐伯が確実に予知してくる。ブラフの可能性を考慮しつつ、蹴学全体の動きから何をしてくるかを把握するだろう。

 故にぼかした指示。これならば違和感を覚え蹴学の動きを見ようとも、あらゆる可能性を予知しなければならない。

 

 確実に変わった蹴学の動きを警戒しつつ、佐伯はボールを受け取る。するとレオは今までとは違い、駆()()の前線へのパスコースを徹底的に塞ぎに掛かる。

 

 

(……浅めの位置で駆へと渡してリカルド・ベルナルディで止める? 或いは───いや、膠着状態を崩すなら駆に預けるのが一番。アイツの動き方に合わせるか)

 

 

 中央へとワンステップ踏み込む駆を見て、佐伯はパス体勢。簡単に通すつもりはないようで、レオは中央へのコースを塞ぐが、パスは右サイドへと流れた。

 微かに出遅れたベルナルディに対して駆は難なく受け取り前を向く。ペナルティ・エリアにはまだ遠いが、前半序盤以降では初めて良い形でボールを受けられたと言っていいだろう。

 とは言え今回はゾーンでもう一人DFが待ち構えており、決定機を作り出すのは容易ではない。

 

 

(───こいつ、この状況でも俺にだけ集中を……!?)

 

 

 幾ら対面した一人に集中している状況と言えど、付近に存在する選手を認識していないはずがない。にも拘わらず、駆はベルナルディ一人にだけ依然として集中力を注いでいた。

 

 

(これなら他DFにチャレンジを……いや、それも込みでの駆け引きだったな)

 

 

 駆は一点に集中していようとも不用意な接近は感じ取る。それがレオの見解であり、仮にボールが渡ってもやり方は徹底しろという指示が出されていた。

 前線の選手であるレオにDFの仕方を指示されるのは甚だ不本意ではあるが、蹴学所属の選手の中で最も駆と深く関わっている選手はレオだ。同チームという意味であれば風巻が代表の場で当てはまるが、FW選手である彼は止め方について考えていたわけではない。

 ならばレオの考える対策を実行する方がよっぽど利口だろう。

 

 

(これで点を取られるならば戦犯はお前だからな、レオ───!)

 

 

 ベルナルディは、予め企てていた合図後の作戦を頭の中で反芻する。

 

 

(最悪は、抜かれて撃たれること。一定の距離を保ちつつ、ゾーンでカバーに入ってるDFとシュートコースの限定を徹底。エリア内に侵入された場合はカバーに入ってるDFがチャレンジ)

 

 

 ()()()()()()()()()。それがこの作戦の肝。

 駆の動きに釣られて出遅れたのはわざとだ。正確に言えば出遅れたのは演技でもなんでもない事実なのだが、それ以上に万が一でも中で通させないために絞りを意識していたからこその出遅れと言える。

 サイドからの攻撃はカットインが上手くいかない限りニアへのシュート難易度が高くなる。故にまず、サイドへと追い込んでニアという選択肢を狭める。

 駆の精度ならば狭くても狙う可能性は充分にあるだろう。だからその穴はブロックで埋める。

 

 こうなればミドルからのシュートはファーに限定され、キーパーが非常に読みやすくなる訳だ───()()()()()()()()()()()()()

 ここまでの流れはレオも想定している筈。ならばここからの狙いとは。

 

 レオの視線、体勢からその意図を探ろうと、駆が少しずつボールを前に進めているのを確認した後に瞬き一つ。同時に首を振って視線を移動させ。

 

 

「……っ?」

 

 

 視界の真ん中には背を向けたレオの全身。横目で彼の状態を把握するつもりだった佐伯は虚を突かれる形となる。何故ならこれではレオが佐伯の動きを捉えられないからだ。

 レオも視野は広いのだろうが、それでも背後となると把握することは出来ない。この時間帯に至るまで、レオは佐伯の動きを邪魔する事を徹底していた。それには彼の動きを見て判断する必要がある。

 

 この作戦に佐伯の動きは関係ないという事か。

 

 

(───そうだ、踏み込んでこい。考えろ。余計に思考を回せ。僕の動きに大きな意味はない)

 

 

 自分が佐伯の立場なら浮かべただろう困惑に対してレオは頭の中で答えを提示する。

 それと同時に、ハッと焦りを含んだ表情で佐伯が周囲の状況へと意識を向けた。

 

 駆は既にエリア外の僅か外からシュートモーションに入っている。このタイミングでのシュートは佐伯の予知で織り込み済みだ。困惑する要素はない。

 問題は、そこ以外。ペナルティエリア内ボックス付近にはクロス対応での最低限の選手しか存在しておらず、他は全てエリア付近で待機している。アクシデントによるオウンゴール回避の意図もあるだろう。だがそれ以上に───

 

 

(踏み込んだな、()()()……ッ!)

「……クソっ」

 

 

 レオは背後に一瞬だけ視線を向け、口元をニヤリと歪ませる。それを見た訳ではないが、蹴学の狙いを察した佐伯は思わず舌打ち一つ。

 駆のシュートが放たれ、キーパーが弾くのと同時に、佐伯は自陣へと身体を向けて走り出していた。

 

 ───攻撃意識の強い相手に対しての定石は、カウンターだ。至極当然の事ではあるのだが、攻撃意識が高ければ高いほどに守備意識は疎かになる。

 この瞬間に至るまでの佐伯はそのバランスが非常に優れていた。カウンターが刺さらない様にコート全体の流れを完璧に読んでいたと言っても良い。

 

 しかし、レオナルド・シルバという存在感が目の前に現れたことで、その意図を探ってしまった。それによりコート全体の把握が疎かになり、攻撃意識が継続してしまう。つまりは守備意識への切り替えが遅れたのだ。

 普段ならば駆がシュートを撃つよりも早く狙いを察して、カウンターでは蹴学攻撃陣を機能させない対応が出来ただろう。

 

 シュートを放つ駆へと声を掛ける考えも過らせたがタイミングが遅れた。よしんば止める事が出来ても、集中力が散漫になった駆相手ならばベルナルディもボールを奪う事が出来る。結局はカウンターを喰らう結果になっただろう。寧ろ素早くカウンターに移れる分、より厳しい状況を強いられた可能性が高い。

 

 

(釣れはしたが流石の判断力。セカンドボールを拾える可能性は切り捨てて守備に全速力か……合理的、だが君はもっと駆を信頼すべきだったな)

 

 

 これによる大きなリスクはセカンドボールへの対応。幾らカウンター狙いでもボールを奪う、拾う事が出来なければ攻撃へと転ずる事が出来ない。攻めている鎌学からすれば押し込むチャンスでもあるのだ。

 もちろん蹴学も考えなく賭けに出た訳ではない。こうしてシュートコースを限定させれば、どこにシュートが来るかが分かりやすくなり、キーパーは意図的な方向へと弾く事が可能だ。

 

 駆ならば空いているコースに高威力の───即ち、ホイップキックによるシュートを放つだろうと暫定していた。佐伯もそれを理解したからこそ、意図的に弾かれたボールならば蹴学のボールになるだろうと割り切った。

 が、あまりにも容易にホイップキックが撃てる状況に違和感を覚えた駆は、直前でモーションを変更し『超速の振り』に切り替える。これによりボールが放たれるまでのテンポがズレ、キーパーは狙いの弾きが出来なかった。

 

 つまり、今転がっているボールに関しては、本当に五分五分のこぼれ球である。

 

 

(傑ならばここで拾う賭けに出ただろう。どっちが良いという話ではないが、その賭けに出られる方が僕としては怖かった)

 

 

 ギリギリの勝負は精神を摩耗させる。何度も行えない賭けの失敗は致命的だ。そういった心理状態も考えれば、佐伯の選択は堅実過ぎた。

 

 

(少なくとも、蹴学(僕ら)のカウンターは刺さる───!)

 

 

 セカンドボールは蹴学のボランチの1人が拾う。ボールの弾かれる方向が自分の方ではないと判断すると、蹴学はGKとCBとボランチ以外の即座に前線へと駆け上がっていく。佐伯が遅れながらも事前に察知した事で中盤にスペースは無いのだが。

 

 

「待ちくたびれたぜ、レオ」

 

 

 残っているもう1人のボランチ、板東 翔太に落とす形でパスが出されると、ダイレクトで正確なロングフィードが蹴学の左サイド───四季 遥の足下へと突き抜けていく。

 カウンターである事を加味しても、パスというにはあまりにも強い。仮にプロでも並の選手なら受け損ねてサイドラインを割ってしまうだろう。

 

 しかし、前回の全国総体決勝戦で彼と対峙した経験のある鎌学にその様な希望的観測はない。トラップが乱れる事すらも全く頭に入れず、寧ろ下手な寄せはワンタッチで剥がされるだけだと一定の距離を保っていた。

 そして事実、そのスピードのボールを四季は足下でピタリと止めて見せた。

 

 ゾッとするほどの鮮やかなトラップ。芸術にすら思えるテクニックに、会場は盛り上がる。

 流れる様にドリブル体勢に移る四季に対し、国松が立ち塞がる。待ち構えるのではなく、多少後退りながらもトップスピードで剥がされる事を警戒していた。

 

 四季のテクニックならば抜き去るのは容易だ。テクニックならば国内のプロでも上澄みと言える彼のドリブルを止め切る事は高校レベルのDFに出来ることではない。

 

 

(止める必要はない。時間を稼げ。国松さんなら出来る。ペナルティエリアに侵入されても良い)

 

 

 本来ならばエリア内で時間を稼ぐのは悪手だ。倒せばPKとなり高確率で得点へと繋がってしまう。そういった緊張感もあってエリア付近でのドリブル突破は四季にとって非常に容易なのだが。

 しかし、エリア内への侵入を承知で時間稼ぎに徹する。エリア付近での焦りや緊張感が無い状態で割り切られると、例え四季のドリブルテクニックでも簡単に剥がす事は出来ない。

 

 

(蹴学は全体的に高度なテクニックがある。速攻には拘らない。この状況から後ろに戻す真似はしないだろうが、時間を稼がれていると判断すれば、合わせてこっちの形が整わない程度に時間を掛けてより良い選択肢を探ってくる)

 

 

 『組織的な良い守備』というのは無理だろうが、その時間さえあれば佐伯が守備に───

 

 

(───間に合うだろうな、佐伯(キミ)ならば)

 

 

 危険な位置へと直進出来る予知能力。それを有しているとレオは断定した。

 リスクを背負ってまでカウンターを仕掛けた割には消極的な思考に思えるだろう。それならばスピードで仕掛けるのも一つの手ではないか。

 レオもその手は考えていたが、駆の存在を加味すると早過ぎる攻守の変化は危険だと判断した。もしも止められた場合は更にカウンターを喰らうリスクの方が大きいと。駆の嗅覚ならばそれを感じ取ると。

 

 だから敢えて時間を掛けている。この瞬間にカウンターを喰らうリスクを極限まで減らしつつ、佐伯が()()()()()追いつけそうな瞬間まで。

 

 

(後追いの守備になった時点でキミの予知は予測と化した。思考の幅はかなり狭められているだろう。僕の動きを見ようとしていないのが良い証拠だ)

 

 

 蹴学の深い位置まで侵入していた佐伯が守備に間に合うという事は即ち、数秒遅れとはいえ全速力で駆け出したレオも同様に攻撃参加が可能ということ。

 佐伯は時間を稼ぐ事が()()()()()と判断してしまった。この時点で予知には希望的観測が混じってしまい、最終地点を見誤る。

 

 レオはエリア内に侵入した四季がボディフェイント。それに釣られた国松を見抜き、微かにボールを中にズラし右脚でシュート体勢。

 四季にはホイップキックがある。ニアか、ファーか。

 

 

(───狙ってくるのはどっちでもいい)

 

 

 そう。狙いがどちらであっても関係ない。ホイップキックによるシュート変動への対策は、ブロッカーがしっかりとコースを消し空いている方をGKが担当する。このキックモーションを扱える選手が二人所属していた鎌学にとって、この瞬間の意思疎通に淀みは無かった。

 佐伯がファーを塞ぎ、キーパーはニアを警戒。

 

 四季へのDFは国松と佐伯。他DFは下手に寄らせずジェンパと風巻に専念させていたので、パスを通す事は出来ない。

 ディフレクションによるイレギュラーが発生しない限りは止め切れるだろう。3トップの立ち位置を見極めた完璧な判断だと言っていい。

 

 しかし、もう一度告げるが。佐伯がこの場面で追いつくのは蹴学にとって狙い通りなのだ。

 ここは最終地点ではない。

 

 

(ッ、シュートじゃない、これは───)

 

 

 四季の脚の振りは変動する。ファーへと向かう体勢にも関わらず、更に内からへと。

 インステップキックによるインパクトシュートではない。インフロントキックによるカーブシュートでもない。インサイドキックによるコントロールショットですらない。そもそもこれはシュートではなかった。

 

 支点が変化したそれはアウトサイドキック。方向はファーサイドだが、佐伯が反射的に動かす事の出来ない膝上を超え、ゴールから逸れていく。

 ペナルティ・エリア内、ボックス右横の僅か外。ゴールライン際に走り込むレオへと向かっていく、パスだ。

 

 鎌学のGKは四季のシュートによるニアを警戒していた。難しい角度ではあるが、押し込むだけならばレオの技術を考えると容易(イージー)

 間違いなく、佐伯の予知能力を上回った一手───

 

 

「させない」

(……っ、やっぱり来るよなキミは!)

 

 

 佐伯は上回った。それでも鎌学の中で最も自由に動く日本の怪物が、冷静に最終地点を感じ取り突き進む。

 インターセプトには間に合わないが、レオのシュートコースに割り込む事は出来る。元より殆ど角度がなく、脚を差し出されるだけでゴールの確率は大幅に減少する。

 

 

(ボールに導かれている様なキミを、正直羨ましく感じる時もある。まるでサッカーに愛されていると)

 

 

 その集中力を脚へと注ぎ、どの高さのコースに押し出すのかさえも見極めようとする鋭い眼差しを感じ取ったレオは、獰猛に笑う。

 

 

(でもこの瞬間、サッカーを魅了するのは───僕だ)

 

 

 この一連の流れに於いて、レオナルド・シルバが最終地点である。そう感じ取った駆の【嗅覚】は正しく作用しており、間違いはなかった。

 だがレオは、ボールを自在に操るその圧巻のテクニックを駆使し、【後出し】でそれを上回る。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 レオの脚は、ボールの接地と同時に()()()()。押し出してゴールに吸い込ませるのではなく、引いて脚に吸い付かせた。

 曲芸染みた動作で脚にボールを乗せたまま右脚を軸裏へと持っていき、フリック。

 

 フィニッシュとなる筈だったボールを、ふんわりと浮き上がるバックパスへと変化させた。

 ゴールへと向かっていた駆はそれに反応する事が出来ず、驚愕を隠せないままそのパスを見送るしかない。

 

 当然、蹴学の選手にとってもこのラストパスは想定外。普通ならば鎌学のペナルティエリア内でボールが転がり、押し込めるか防ぎきれるかの勝負になっただろう。

 しかし。

 

 

「FWとしての【嗅覚】は、キミの専売特許じゃないヨ。駆」

 

 

 定められた最終地点に駆が向かっている。それを認識すると同時に、ボックス内で空いたスペースに入り込んでいた存在が一人。パトリック・ジェンパだ。

 彼はレオのフリックで放たれたバックパスを地面に接着するよりも早く、ダイビングヘッドで押し込む。

 

 ボールはネットを揺らし、ゴール内で転がっていた。

 

 

「フゥ───最高のアシストだぜ、レオ♪」

 

 

 アクロバティックなダイビングヘッドによる得点。スコアレスのまま前半を終えるのではないかと思ってしまうほどに硬かった試合の均衡は、前半36分に蹴学の先制点という形で崩れることになる。

 会場が盛り上がると同時にジェンパは素早く立ち上がり、得点をアシストという形で演出したレオへと飛び付くパフォーマンス。声援に応え蹴学応援席に向けて腕を掲げる彼らに、歓声は更に大きくなった。

 

 

「ごめん、攻撃意識を強くし過ぎた」

「いや、お前はそれで良いんだ。そのバランスを保つのが俺の役目で、崩したのは俺のミスだ」

 

 

 ゴール内で転がるボールを手に取りながら謝る駆に、佐伯はレオの背中を見ながらそう伝える。

 DFか上手く行かなかった事への追求はない。問題はそこではないと、駆も佐伯も理解していたから。

 

 

「試合が止まってた時間は殆どない。アディショナル含めても残り10分程度だ。どうする、駆」

「……多分、このまま後半に進むと通じなくなる手が一つあるから、それを切ろう」

「タイミングは?」

「僕を視てて」

「オーケー」

 

 

 言葉少なに、意図を共有する。

 先制点を取られた反省はあれど気負いはない。1年生ながら中核である二人の様子を見た鎌学選手は、気持ちを切り替えてリスタートに備えた。

 

 笛が鳴る。

 再開後の鎌学は決して調子を落とさず、上手くボールを回せていた感覚を失わずにポゼッションをこなしている。

 リードされたこの段階でも下手に佐伯や駆に渡す訳ではなく、蹴学のディフェンスの立ち位置を見ながら個々でしっかりと判断出来ていた。

 

 「良いチームだ」と素直にレオが感心している最中。

 

 

(───緩い。先制点を取られてやり方を変えたか?)

 

 

 先制点が生まれるまで感じていた圧力(プレッシャー)が掻き消えたことに対して、ベルナルディは駆へと訝しげに視線を向けていた。

 

 

(お前がやり方を変えようと、俺はこのマンマークを徹するだけだ。寧ろ精神的な消耗が消えて楽になった。お前にとっては周りとの連動がやりやすくなったのかもしれないが、良い形でボールを受け取らせるつもりはない)

 

 

 エリア付近で構えながらゆっくりと動く駆。それをジッと見つめるベルナルディ。

 2人の様子は他所に、ボールは動き。やがて、再開後から一切蹴学に触れさせることなく、前半41分に佐伯へと渡る。

 

 

(油断は、ない───!)

 

 

 先制点を得たことによる余裕。駆からのプレッシャーが消えたことによる解放感。今ベルナルディのコンディションは非常に整っており、彼自身が思う通り、余裕はあっても油断はなかった。

 駆の動きを鋭敏に感じ取り、細かな動きから行動を完全に読み切っている。

 

 そう、故に。エリア付近から下がりながら受け取ろうとする駆の動き。それが裏抜けを狙う動きではないという事を感じ取り。

 その瞬間、ベルナルディの視界から駆の姿が消えた。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 驚愕に声が漏れる。

 そして同時に、ベルナルディの背後を取れた駆の行動の意味を察した。

 

 裏を取られた理由は至極単純で、左脚による爆発的な加速。これに尽きる。

 ベルナルディもその存在を忘れていた訳ではない。では何故それを読む事が出来なかったか。それは駆の行動を()()()()()()()()()()()だ。

 駆の体勢からして、その行動が『下がって受ける』つもりであるというのを完璧に読んでしまった。コンディションの良さから、駆が下がって受けた場合は奪えると確信してしまった。()()()()()()()だ。

 

 そうして踏み込んできたベルナルディを感じ取り、駆は背をゴールに向けたまま左脚を深く踏み込んだ。バックステップでの急加速。身体を反転させながら二歩目を踏み込み、三歩目で体勢を整え裏抜けを仕上げる。

 先制点による余裕。プレッシャーからの解放感。急速に良好なコンディションへと至ったが故の強気な動きを、駆は利用した。

 

 ここまで徹底的に封じられて来た裏抜けの成功。佐伯のスルーパスも通り、千載一遇のチャンスに鎌学応援席がワッ───と盛り上がる中で、駆は苦い表情を浮かべる。

 

 

(体勢が……っ)

 

 

 ただでさえ負担の掛かる左脚の加速をバックステップで使用し、無茶して前へと身体を向けた。ハッキリとしない踏み込みは体幹にブレを生む。

 その上、急加速直後に鋭いスルーパス。体感的なボールコントロールが必要となるトラップを、そんなぐちゃぐちゃな状態で上手く出来るはずがない。

 

 駆の右脚がボールに触れるも、コントロールは乱れ角度のない所へ転がっていく。

 

 

(切り返し───は追いつかれ───西島、は……無理)

「クッ……!」

 

 

 切り返してシュートコースを確保しようとすればベルナルディに追いつかれる。西島がフリーで待ち構えていれば多少精度を欠いてもクロスを上げることが出来たが、幸村がしっかりとマークについている。

 状況把握した末に、駆はそのまま右脚を振り抜いた。

 不完全な体勢での強いシュート。撃つと同時に駆は肩から倒れ込み転がる。即座に視線を上げてボールの行き先を見送るが───クロスバーを超え、上部ネットを掠めてゴール裏へと流れていった。

 

 鎌学応援席からは残念そうな声が漏れる。

 しかし蹴学の中でも世界レベルに達している選手達は、冷や汗を流していた。

 

 枠外にこそ飛んでしまったが、アルゼンチン世代別代表CBのマンマークを受けながらも裏抜けを成功させシュートまで持ち込んだ駆に、蹴学は今一度警戒心を強める事になる。

 

 

 そうして前半は進み、蹴学の先制点からスコアは動かず───46分が経過し、前半終了の笛が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 





 本当はもう少し早めに投稿するつもりでしたが、某ロクでなし禁忌経典なライトノベルを追想含め一気読みして遅れました(懺悔)
 読者側に回ると執筆感覚を忘れるんですよね……文章力が下がってきてる気がしなくもない。

 月一投稿はなんとか維持出来そうなので、これからも宜しくお願いします
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