クラブユースとは何か。
総体や選手権など高校部活の大会に多く注目が集まるが、そこへの出場権利を持たないチームについては知らない者も多い。
クラブユースとは、J1やJ2、無論海外リーグなどでプロが活躍するクラブチームの下部組織。プロになる為の育成機関と言うべき場所の事を指す。
決して大会がない訳ではない。しかし通常の部活動で行ける全国大会に比べると注目度は少ない。わざわざ育成年代の試合を見るという意識を持つ人が少ないからだ。それは高校部活動に於いても同じ事が言えるが、これは分かりやすく都道府県の代表という点が意識に違いを持たせているのだろう。
だが下部組織と言えどプロを目指す人種。注目度が少なくとも実力は本物だ。トップリーグの選手の練習風景を見れる機会が多く、それによるプロへの意識に刺激が与えられ、成長する選手は加速的に成長する。
全国の高校大会で優勝したチームがユースチームに大差で負けるというのも珍しい話ではない。指導する側の本気度もまた違ってくるからだ。
鷹匠は
部活動等で漠然とこなしてきた基礎の技術を高い練度で習得し、個人戦術───言わば『自分で考える』という能力にも非常に磨きが掛かった選手だ。鷹匠 瑛を知る人は彼を『フィジカルと柔軟性に優れたストライカー』として見るが、それを支えているのは高い基礎能力と思考能力である。
同時にプライドも高いのでストライカーとしてのエゴが出る面は多々見られるが、やはり習得している技量と高い身体能力がそれを許している。
だが今、そのユースで育ってきた者としての強さを完璧に抑えられて、鷹匠に自分一人で何とかしようとする意識が少なくなった。
後半が開始され、鷹匠は前半より少し低い位置を取っている。前半では高い位置を維持してポストプレーをしながらも必ず自分が点を取れる場所にいた。これでは本来のポストプレーの、ボールを収め味方に渡すというスタイルへと切り替えざるを得なくなるだろう。
傑はそんな彼を見て数秒考え込むが、守備に関しては完全に佐伯に任してある。視線を切り、駆の前衛守備を見ながらポジションを調整していた。
やがてロングボールが高等部の前線へと送られ、鷹匠は飛ぶ。ここでポジションの低さを認識していた佐伯はDF二人にトラップ際のボールを狙う様に指示を出し、競り合いにはいかせない。
トラップと同時に抜き去られるわけにも行かないからトラップして離れたボールを狙おうと一歩下がり、鷹匠へとボールが渡ると。
DFは一歩も動けず彼がボールを保持する姿を見つめていた。
「───っ! 国松さんプレッシャー! 挟み込んで隙間を与えずに!」
普通、トラップは次の動きを意識してどこに置くかを考える。どれだけ技量が高かろうがその意識だけは決して変わらず、一番良いのは最速で動ける一歩の踏み込みで触れる位置に置く事。
そこまで考えることはできなくても、最低は『オープンに止める』事までは中学生レベルでも当然知っている事だ。
だが、今の鷹匠は完全にボールを身体に吸い付かせた。衝撃によってボールを離すなんて事もせず、曲芸の様に胸トラップをして完全に足下にボールを置いている。
ただボールを保持する事。それだけに意識を向けたトラップだ。前半との、細やかとも思えるあまりの違いに思わずDFの脚は止まり、佐伯の思考も遅れて慌てて指示が飛び出す。
だがDFが向かいに行った直後、鷹匠は繊細なボールタッチで国松を抜き去り、もう一人のDFも国松を抜く際に微かに浮いたボールを利用してアウトサイドで蹴り上げ相手の頭上を越していく。
ただボールを受け取りドリブルを開始した。それだけの動作であっという間に二人を躱し、エリア付近に差し掛かった。
そこに佐伯がカバーに入り、動きを止める。
なんて間もなく、鷹匠は横へ蹴り出した。
(パス……ッ!? やばいっ、キーパーの位置!)
ノールックで出された横パスは二列目から飛び出したトップ下にあっさりと渡り、ダイレクトで打たれたコントロール重視のシュートがあっさりとネットを揺らす。
トマホークの利点は、頂点に位置するプレイヤーが必ずボールを収められると分かっていれば二列目にいる三人───
ツートップやスリートップならそれを織り込んだ上でディフェンスも出来る。だが二列目からは二の次となり意識が薄くなるから、一気に雪崩込まれると予測が追いつかなくなる。
元々現状のその場凌ぎで予測を立てているからこそ、こういった場面での対応が傑よりも遅くなる。何より自分とDFで対応を考えており、シュートまでは行かせない事を前提に予測を立てていたから、キーパーの位置までは把握できていなかった。
というより、そういう予測になっていたのは、鷹匠のエゴの強さという面もある。それを理解してか、敢えて予想外の事をして佐伯を引き出し、フリーの味方に渡してイージーゴール。
やられた、と。そう汗を拭う佐伯に、鷹匠が声を掛ける。
「前半始め10分間のアレは、別にワザとって訳じゃねーだろ?」
「え? は、はい。この予測の組み立ても一週間前から出来る様になったばかりなので……自分もDF達も、慣れさせるのには少し時間が」
「……一週間でこのレベルの嵌めが出来るのも充分におかしいけどな。ま、バテバテになったDF陣は変えざるを得なくなり、国松以外はまた“慣れ”から始まる事になった訳だ。外から見てた分掛かる時間は少ねぇだろうが、突くには充分すぎる。後はまあ───」
「俺の予測を上回れば良いだけっすもんね……」
苦笑気味にそう答えた佐伯に、鷹匠は首を縦に振った。
ただ、と。言葉を追加する為の言葉を挟み、続きを紡ぐ。
「お前の場合はもうちょい範囲を広げたほうが良いかもな」
「範囲を?」
「お前はボールをカットした後、先ず傑を探してる。選択肢の狭さが『次の行動の為の立ち位置』ってのにも影響してる。直接駆にパスを出すくらいの気概……自分が攻撃の要になるくらいの気持ちじゃなきゃ、お前に取られた時点での“怖さ”ってのが少し薄くなる」
「……!」
佐伯は先程の守備を振り返る。
鷹匠の、その奥。取った後に傑へとパスを出すつもりだったが、思い返せば近くで相手のボランチが待機していた。傑にパスを出すと読んでいたからだろう。鷹匠を止めても止められなくても、どのみち自分の働きは封じられていた訳だ。
「何より攻撃に意識を向けるってことは、相手がどの攻撃をしたいかの理解も同時に深まる。攻守のバランスを身につけた予測能力に長けたボランチ。お前ならなれると思うぜ?」
「……攻守、どっちも」
「ちなみにさっきの攻撃、俺がパスをするってのは傑には読まれてた」
「えっ」
「傑に読めてお前が読めていないのは、どれだけ“攻守”に理解を深めてるかって部分にあると思う。そこら辺に気付いて貰いたくて敢えて言わなかったんじゃねーかな」
まあ俺が教えてちゃ意味ねぇ気がするが、と。だが性格上ストレートに言わないとスッキリしないと自覚してるので、言いたい事はハッキリ言い切った。
「ハッキリこうと教えられるより、自分で掴んだ答えなら一生忘れない。それは確かだ。でも、
「───ハハっ、前半はやられて結構落ち込んでる様に見えたのに、結構上からきますね。鷹匠さん」
「ァア? 俺個人は別にやられてねぇだろ。お前に読まれてる状況でも一点決めただろーが。殴るぞオイ」
ファールになるからやんねぇけど、と。
そう、そうだ。読んで、予測して。分かっていたのに止めれてないシーンが一度だけ前半にあった。身体能力の格差が出たのだ。なら仕方ない。
そんな思考をして流していた事実を認識し、頬を叩いて気合いをいれる。アレさえも防げるくらいの予測能力が出来なきゃ意味がない。
考えて、考えて、考え抜け。予測能力だと言うのならば、思考の停止はそれの価値を捨てるのと同意。全てを読み切り、試合を支配しろ。
故に先ずは、
「傑さん」
「……タカさんに色々と言われたか?」
「そうっすね。攻守どっちもやる気概で居ろと、そう言われました。傑さんも最初からそれをやって欲しかったんですか?」
「この試合の中で出来るようになってほしいとは思ったが、最初からは先ず無理だ。だから最初に掴んだ『守備の予知』ってのに集中してもらって、そこから攻撃の方に意識を向けていけば良いって思ってたよ」
「……一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「なんだ?」
「俺を少しの間、サイドバックの位置に居させてくれませんか?」
「……なるほど」
サイドバック。主に4バック、5バックの時に起用されるDFのサイドポジション。ウイングバックに比べてポジション位置が後ろなので守備的に寄っているものの、その役割は攻撃守備問わず、性質上はボランチに似ている部分がある。
ただし違うのは、対応位置が限定されているところ。“絞り”という中に注意する動きが肝になるポジションではあるものの、例えば左サイドバックならば左側と後ろを気にしなくていい分、意識は前・右(真ん中)にと限定される。
特に佐伯や傑の様に試合の流れを支配する予測能力を持つ選手だと、中央では考える部分が多すぎて思考を簡略化する為にある程度可能性を切り捨てる必要が出てくるのだ。
ボランチやトップ下は役割が多いから、そういった考えになるのは仕方がない。しかも佐伯はつい一週間前に“予知”という手段を知ったばかりだ。可能な限り楽に事を進めたくなるのも当然の帰結と言える。
だが、それでは傑の見える景色に追いつけない。楽だからと妥協していては、世界レベルへと至ることが出来ない。
故に先ずは、『考える』という事を突き詰める。その為に役割を限定させたい。
傑はその佐伯の考えを理解し、頷いた。
「一つアドバイスだ」
「はい」
「考えるのは『どうするか』ではなく、『なぜそれを選択したか』にしておけ。結論じゃなく過程の理解を深める事で、予知の幅は広がる」
「……可能性を増やすのは、選択の迷いに繋がりませんか?」
「全部の対処を考えれば問題ない」
「んな無茶な……」
「そもそもの話、サッカーに100%なんて無い。俺だってミスする時はミスするし、負ける時は負ける。だからこそ考え続けるんだ。なんで負けたのか、勝負を分けたのは何だったのか。考える事を諦めない奴が最後に勝ちをもぎ取れる。忘れるな。
当たり前の事で、きっと頭に残らない事実。勝つ奴がいるなら負ける奴だっている。勝ちが全てというなら、じゃあ負けは無なのか。
「『パスカルの賭け』って言葉を覚えておけ、祐介。勝ちは全てじゃなく、負けは死でもない。失敗を恐れるな。フットボーラーは皆、等しくサッカーへの挑戦者だ」
「───!」
傑の言葉に、佐伯は目を見開く。
やがて心臓に手を当てると、非常に落ち着いた様子で深呼吸を繰り返していた。
そして、思考に陥る。
その様子を見て頷いた傑は、MFの一人に声を掛けた後、中塚を呼び交代させる。
「公太、悪いが今日は慣れないボランチで守備の方に集中してもらう。戦術はあまり考えなくていい。取り敢えず近くにきたボールを追いかけ回してくれ」
「はいはいはーい! でも参加できる時は攻撃にも行っていいですよね!?」
「……コーナーの時とか、守備に“慣れ”が生じたら、まあ」
「はいはいはい!!」
俺が少し低めの位置に下がれば良いか、と。攻撃参加意思の強い中塚を見て、傑は苦笑し駆に視線を向ける。それに気付いた駆が一度佐伯の方に顔を向けて、コクリと頷いた。
やがて中等部のボールでリスタートした。
駆が傑にボールを渡すと、前半同様速攻で前へと上がる。視線を後ろに何度か向けながら、いつでもパスを受けられる位置へ。
だが今回は鷹匠が傑のマークに付いている。前半は目立たなかった高等部の前衛守備。だが効果的だ。鷹匠が前線に貼り付けば相手守備の絶対数を減らせるが、FWが守備に入るだけでもチームの動きは変わる。前半の様な一気に貫くパスは簡単に通ることはないだろう。
何より。
(マンマーク……しかもDFラインを気にしない完全密着だ。サイドの守備を切り捨ててるけど、正直俺としては厄介だな)
駆に対するマンマーク。ディフェンスの目線はフィールドではなく、ただ駆一点に集中されている。これでは駆の抜け出しが難しくなる。
一度サイドから展開するか。鷹匠がマークに付いている以上は傑にも長く考える余裕はない。場を落ち着かせてから攻め込む方が無難だ。しかし。
(───二歩目を目安に右足へパス、ワンタッチでリターン。だな?)
「……!」
駆がマンマークにつかれていることを理解してからは、身体の向き自体を傑に向けて視線を送っていた。ラインブレイクもポストプレーも狙うには半端な場所。
だが単独での突破を狙っていないのなら、この
そう察した傑は、直接のラインでは塞がれている駆へのパスルートを微かにズラし、スルーパス気味にパスを出す。だが抜け出すには難しい位置へのパスだ。後ろを見なくてもそれを把握できる。鷹匠は訝しげに送られたパスの行方を見つめ。
「……っ」
そういう事かと、声を上げようとするが間に合わない事を悟り、駆け出した傑の後を追う。
ダイアゴナル・ラン。純粋に斜めに走る動きの事を指すプレイ。本来であればそこまで重要な役割は果たせず、まして中央のワントップがそうしたところで大きな影響は出ない。
だが近年のゾーンDFには、このレーン───ある一定の空間───は自分が務めるという意識が存在する。本来であればマンマークが付いてる以上は気にしない方が良いのだが、始めたばかりのマンマークでは前半の意識が間違いなく残る。マンマークを行う人物ではなく、それをカバーする周りのDFが、だ。
駆が斜めに走ることによって中央が空く。DF二人が釣られた穴はデカい。駆は踵のワンタッチでパスを落とし、傑にシュートコースが生まれる。
普段ならばミドルシュートを放つところだが。
「こん、のっ!」
シュート体勢に入ったところで横から足が出され、シュートコースを塞がれる。
振りかぶった脚は、停止させるかそのまま振り抜くか。だが振り抜いても鷹匠の脚にボールが当たるだろう。停止させれば間違いなくテンポが遅れて守備が整ってしまう。
傑は一週間前の紅白戦の時を思い出し、振りかぶった脚を微かに外に逸らす。駆が行ったホイップキックによるキックタイミングのズレと選択の改竄。シュートではなくパスに切り替え、鷹匠が伸ばした脚の下を通り抜けてボールが流れていく。
斜め外へと走り込んだ駆は、裏抜けをしながら再度中へと切り込んでそのスルーパスに反応する。
だがハッと前を向くと、キーパーが飛び出しており、ペナルティエリアに侵入したボールへと突っ込んで来ていた。距離とパス威力的に考えてもまず駆が追いつかないのは明白。取りこぼしに備えて走ってはいるがトップスピードを落としてキーパーとの接触を避ける。
やがてキーパーが保有するのを見届けて、傑と並走して守備に戻りながら話す。
「前半の様子だとかなりセーフティーなキーパーだったから、行けると思ったんだけど……」
「……いや、今のはタカさんの指示だな。俺のシュートコースを塞ぐ前に飛び出す指示を出したんだと思う。やっぱり個人戦術はユース出身ならではの強さを持ってるな。普段はあまりそういうのを見せない人なんだが」
鷹匠は上手さと強さを兼ね備えているエース気質のストライカーだ。決して司令塔というタイプではなく、基本的な戦術は周りに合わせる。
ただし駆と傑の様に、個人戦術でここまでこじ開けられる選手が相手となると、事前指示だけでは追いつかない場面が多々出てくるだろう。だから今回の試合では鷹匠はユースで培った『考えて動く』というのを繰り返し、後半からはポジションをかなり低い位置に取っている。
「こうなってくると厄介だぞ。前半までみたいに得点が決まることはまず無くなった。とは言えタカさんが下がるってなると、トマホークでのカウンターも無いから攻撃スピードは緩む」
「となると、誘導はもう良いんだよね?」
「ああ。意図は伝わったな?」
「うん、大丈夫」
ハーフラインまで下がると駆は小走りをやめて体を前に向ける。傑は一度頷くと、トップ下ではなくCMFの位置に自分を置いた。守備に意識を向ける為というのもあるが、中塚のフォローをするにはトップ下だと対処が遅れる可能性が高いからだ。
高等部はショートパスで繋ぎ、やがてボールはハーフラインに差し掛かる。それと同時に駆は走り出し、前衛守備を開始した。
前半とは打って変わり、パスコースを塞ぎながらも距離を置いてボールを持たせるディフェンス。敢えてドリブルさせる為の余裕を持たせてると言うべきか。ディフェンスが一歩前に出ると半歩下がり、ダラダラ引き下がるという訳ではないが、絶妙な距離感にいるから仕掛ける事が出来ない。
カウンターじゃないから時間を作るディフェンスに拘る必要はないだろう。ならばその意図は何か。
痺れを切らした他の中央の選手がパスを呼びかけ、横パスが渡る。
「───いよぉおおおいしょぉっ!!」
「うおっ」
「ありっ?」
そこに中塚が駆けつけて、同時に躱される。
前に抜けてフリー。ドリブルを開始しようとするが、そこに駆の姿が割り込んでくる。
駆のディフェンスとしての能力は未だに未知数だ。故に迂闊に抜きに掛かる事は出来ない。ボールホルダーの脚が止まりパスコースを探すと、突然として後ろから脚がボールに出される。
「ナイス公太!」
「おおよ!」
通常ならば探す猶予があった。脚が止まったと言っても一度躱してからのほんの一瞬だ。躱してからの中塚の距離からしてまだ余裕はあった。しかし俊敏性の高い中塚だから、その“余裕”を埋められる。
溢れたボールを受け取った駆はドリブルを開始。だが奪われた選手は直ぐに取り返そうと前を塞いだ。
駆は視線を中塚に移す。この距離感ではワンツーで躱される可能性が高い。ディフェンスがそう判断してパスコースを塞ぎに掛かると、駆は差し出した脚の間を通して股抜きで守備を躱した。
そして、場面は攻撃へと移りゆく。
攻撃から守備へ。守備から攻撃へ。時間が経つにつれてペナルティエリアへの侵入すら許されなくなった攻撃の応酬。前半の点が大量に入った展開とは打って変わって、20分が過ぎた段階での後半の得点は最初の鷹匠のアシストによる一点のみ。
そんな試合の動きの中、守備は最低限の絞りのみ、攻撃に関しては一切関与してしない選手が一人。左サイドバックに位置する佐伯は、ただ一つ一つのプレイに思考を巡らせていた。
(───駆が中でボールを受ける体勢……いやスルー。公太が上がってるのを見てたからか。でもそっから駆への切り返し、駆はあのテクニックで鷹匠さんを……そうか、またぎの必要がある以上はスルーの可能性がある。敢えて一度見せる事で傑さんの方に釣った……でもシュートはキーパーに弾かれる。鷹匠さんがシュートコースを無くすんじゃなく、限定させた。変えることが出来るなら敢えて望む方に打たせるために)
視界に映る動きを、その意味を、頭に叩き込む。
考える事をやめない。同時に自分ならどうするかも考える。
攻守の切り替わり。最低限の守備だけを務めながら。
(俺は一つ一つのプレイに対して位置変えを行ってた。でもこの傑さんの指示はなんていうか、一定のルールで動いてる感じがある。何をしてる? 味方の位置、自分の位置……形。陣形。……L字型? そうか、嵌めへと誘導しつつ、即座に味方がフォロー出来る形なんだ。じゃあ、今───)
佐伯は、巡らせた考えを咄嗟に行動に移した。
(───公太が攻撃に上がった分戻るのが遅れて陣形が崩れてる今、傑さんは俺にどこにいて欲しいか)
「祐す───……ッ!」
傑の名前を呼ぶ声。だがそれは言い終わらず、その表情は驚いた様子だった。
だがすぐに切り替え、守備に走る。傑がドリブルを停止させた相手からあっという間にボールを奪取して、一人駆け出している駆へとロングパスを放り込んだ。
マンマークを振り切って中央を突破する駆は、やがてキーパーとの一対一になり。ハンド覚悟で突っ込んできたキーパーを正面にして冷静に己のテクニック───
そして高等部のボールでリスタートするが、中塚が奪ったボールをクリアすると同時に笛が鳴り、練習試合は終わりを告げる。
「───だぁッ! クソっ!!」
「……35分で救われましたね。45分ハーフだったら、多分体力尽きてそっちが勝ってたと思います」
「慰めは要らねぇよ。負けは負けだ。チッ、レギュラー陣で中等部に負けるなんて情けねぇ限りだ。笑われても仕方ねぇなこりゃ」
5-4。だが結果的にこうなだけで、お互いが上手く鬩ぎ合っていた後半だけで見れば1-1の引き分けだ。次にやったら恐らく高等部が有利である事は間違いない。
「そんで、今回は佐伯にやられたな」
「……そうっすね。陣形を読み取ってくれるのは想定内でしたが……どこにどういるべきか。その思考を俺よりも早く導いてくれたんで、カウンターが上手く刺さりました」
「ま、これはこれで楽しみだな。お前と佐伯が完全に噛み合ったら、ぶっちゃけ中学レベルのサッカーじゃなくなる。全国、絶対勝てよ?」
「うっす」
「……で、これはちょいと確認だが」
鷹匠は一呼吸。疑問符を浮かべる傑に対し、肩を竦めて問いかけた。
「お前、何を焦ってんだ?」
「───」
「後半の……そうだな、25分辺りからか? 点を取りたいっていうのは分かるんだが、明らかに強
「……えっと、マジですか?」
「無自覚かよ……」
FWだから同じ気持ちになって見れたのかね、と。苦笑気味に呟く鷹匠に、傑は試合の光景を思い返す。後半25分からのパス。確かにマンマークにつかれている駆に通す為とは言え、明らかに強いシーンが幾つか浮かんだ。
ああ、と。この35分ハーフを経過したにも関わらず、あの20分ハーフの紅白戦の時よりも落ち着いた動きをしている心臓に手を当てながら、少し落ち込む様な表情をして納得した。
「確かに、焦ってるかもしれません。駆は俺のパスに余裕を持って動いてくれる。俺の思う100%のパスコースに。……けど、俺の思うコースは駆を100%発揮させるルートじゃない。だから、今までと違う少し先を目指したのかもしれません」
「向上心と焦りは別だぜ? それに、そんなもん断言できねぇだろ。駆が言ってたのか?」
「
「……?」
「駆には何も言われてませんけど」
あの、自分を進化させる鼓動。全能力を引き上げる感覚と、駆と佐伯を抜いた後の最後に出した西島へのパス。アレは明らかに今までとは違うパスだった。強いパスとか完璧な位置とかではない。何か、もっと違う何か。
あのパスが出来ればこれだけマンマークにつかれていた駆でも抜け出して点を決めれただろう。それでさえも断言できてしまう、圧倒的なまでの自信。
だから焦る。
あの感覚を早く身につけなければ、駆に置いていかれそうで。
「……よく分かんねぇ」
「ですよね」
「けど一つだけは言えるな。挑戦と無茶は別物だ。お前が言ってたパスカルの賭け……ありゃ良い言葉だ」
「聞こえてたんですか……」
「まあな。当たってようが当たってまいが、何かを生み出すのだから“意味”はある。でもそこに付け加えるなら、『だからと言って負けて良い理由にはならない』」
「……」
「どっちになっても意味を見出すのは大事だ。でもどうせなら勝ちたいだろ?」
「そりゃまあ」
「だから『賭け』をやらずに安定を求めても良い。いや、違うな。今の自分が出来る『賭け』にだけチャレンジすれば良い。先ずは自分を100%にしなきゃ、根拠が出ねぇだろうが」
自分を100%にしなきゃ。
その言葉が耳を通り抜けると同時に、傑は表情を固まらせて棒立ちする。
あの時、あの紅白戦では見えたルート。でも今はそれに縋り付いているだけで、あの時の様に『見えている』訳では無かった。
それに縋り付いて、何を根拠にできるのか。今見えていないモノに、説得力のカケラもない。
そんな単純な事に気付かず焦りを生んでいたラスト10分を振り返り、傑は拳を作って親指を額に当てる。そして、深呼吸。
「……すみません。そうですね。今の自分に出来る精一杯。そんな初歩的な事を忘れてました」
「おー、納得出来たんならいいわ。やっと先輩らしい事が出来て俺も満足だぜ。生意気な後輩は達観し過ぎて全然年下らしいところを見せねぇからな」
「あはは」
さあ俺様を敬いやがれ、と。首に腕を回して傑に絡む鷹匠。
やがて機嫌が良さそうにベンチに戻っていく姿を見て、ふと思った事を呟いた。
「……それ、試合中に気付いてたなら、祐介みたいに途中で教えてくれても良かったんじゃないですか?」
「え、だって佐伯の場合はほぼ戦力外になるからこっちが有利になるけど、お前を立ち直らせたらそれを関係なく試合を有利に運ぶからこっちが不利になるだろ? さっき言ったじゃねーか。『だからと言って負けて良い理由にはならない』って。練習試合なら何かある訳じゃねーし、終わってからでも充分だ」
「大人げねぇなこの人。まあでも結局勝ったのはこっちですけど」
「ホント生意気だな、お前。こればっかりは事実だから何も言えねぇが」
※主人公は駆くんです