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>>本当に丁寧で面白いから、どうか完結後も…
→前話後書きにも軽く告げてはいますが、基本的に掲示板メインで完結後も幾つか投稿していくつもりです。「この掲示板はこの時期のかぁ」と思ってもらう為に、最初は駆・傑・セブンの所属クラブ経歴や実績などを投稿する事になりますが
プレシーズンマッチは、交代の許容人数が通常に比べて多く、新規加入の選手を試すのに最適だ。
特に海外選手の場合は早期加入したならば必ず出場させて使う選手と使わない選手で分ける必要がある。
契約が確定している以上はレアル・マドリードの選手としてチームに在籍せざるを得ないが、早めに使われないと判断されれば『レンタル移籍』という手段を選択肢に入れられる為だ。
レンタル移籍とは、契約をそのままに他のチームへと期限付きの移籍を可能にする事。所属するクラブで充分な出場機会が得られない選手など───EU圏外選手は登録数が5人*1と非常に限られている為、早期に現状が合わないと判断すればこの手段を取ることが多い。
しかし、だ。
逢沢 駆はレアル・マドリードとの交渉の末に、スペイン国籍を有している。即ち国内選手の扱いとなり、枠数の制限が厳しいEU圏外選手ほど急ぐ必要がないというのは確かだ。
とはいえ新加入の若手。普通は試すべき。そんな選手をプレシーズンマッチで試していないということは、考えられる可能性は三つある。
まず一つはレンタル移籍が既に前提にある事。
“成長”する事を望まれ、レアル・マドリードが所有権を擁した上で他クラブで実績を積んでいく事を期待されている可能性。
だが駆の場合は世代別代表以外では全くの無名で、市場価値は0。レンタル移籍を視野に入れているならば多少なりとも価値を示すために、それこそプレシーズンマッチで存在を知らせる必要がある。
無論世代別代表での実績を知った上でレンタル移籍を望むクラブが皆無とは言えないが、可能性は低いと言えるだろう。
二つ目は、下部組織への加入。
駆が契約を交わしたのはレアル・マドリード。それに連なる下部組織、レアル・マドリード・カスティージャへの出場も可能であり、まずはそちらに専念して経験を積んで貰おうという魂胆は充分にあり得るだろう。
しかし駆はトップチームでの練習参加しかしておらず、下部組織での連動を確認している様子はない。幾ら期待値が高く個人のレベルアップを試みているとしても、全く合流する様子が無いのを見ればこの選択の可能性も低い。
残る一つは、プレシーズンマッチで試すまでもなくレギュラーを確定させている可能性。
現在のレアル・マドリードは偉大な『背番号7』を冠した歴代最高峰のストライカーを擁しておらず、得点力不足に悩み二年連続でラリーガの優勝を逃してしまっている。
そんな中で上記二つの可能性が低い契約選手の存在が現れれば、秘密兵器と捉えるのも無理はないだろう。
このスペインの地でアジア人の若手をそう認識するのは希望的観測の域を出ない筈だが───奇しくも、その希望は的中した。
ラリーガ第1節、開幕戦。レアル・マドリードに対するはグラナダ。逢沢 駆はこの試合にて、ベンチでの登録が為されていた。
スタメンでは無いとは言え、貴重な選手登録の枠を埋めてベンチにまで加えているとなれば、駆を戦力として見ていることは間違いなき事実と言っていい。
続くラリーガ第2節、ラージョ戦ではなんとスタメンに抜擢。下部組織に属している若手ですら然程多くない国内1部のリーグでスタメンは、それだけで偉業と言える。
グラナダ戦では後半15分からの出場。ラージョ戦では後半21分までピッチでプレーする事を許された。
結果は両方とも1-0で勝利。順当に勝ち点を積み重ねている。
だが、この二戦で駆が数字上の結果を残すことは無かった。
普通に考えれば、16歳という若さでラ・リーガへの出場は困難を極める。結果が出せないのが当たり前。チームを負けへと導く戦犯にならなかっただけでも上出来だろう。
ただ、得点力不足の中で秘密兵器の様な扱いを受けたFW登録選手は期待値が高かっただけに、その落差は激しい。
過去の強さに程遠いチームの低迷による皺寄せが駆に集まり、スペインのSNSトレンドには『
「……」
そんなスペインの状況を遠いアジアの地、日本で眺めているのは、トレンドに名前が連なった逢沢 駆の恋人である美島 奈々。
彼女は第1節の試合こそ時差による影響で見逃したが、第2節の試合は映像越しに観ることが叶った。
(日本よりもレベルが高いのは間違いないんだけど……それにしても、
普段の駆のプレースタイルを知っているセブンからしたら、あまりにも掛け離れた動きに疑問を覚える。
セカンドボールへの反応が鈍かったり、裏抜けを狙う動きが極端に少なくポゼッションの為にポジションを下がる回数が多かった。
意図的に制限が掛けられた動きをしている。それがセブンの率直な感想だ。
これがチームに適応出来ていないからか何か意図があるのかは定かでは無いが、スペイン───特にレアル・マドリードサポーターを中心に失意の注目が集まるのは心身への負荷が大きいのは間違いない。
“期待”だった自分の時ですら大きなプレッシャーだったのだから。
セブンは手元のスマホを掴みロック画面の時計を確認する。ラージョ戦を終えて暫く経っており、駆は自室にいるだろう。経験に基づくスケジュールの感覚から現在の状況を予測し、連絡先を開く。
駆の名前をタップし、スマホを耳に当てた。
コールが繰り返されること4回。鳴り響く音が途切れ、声が聞こえる。
『もしもし、セブン?』
───セブンは安堵の息を吐く。少なくとも追い詰められている人の声音ではない。
いつもの、少し気の抜けた様な声。
「もしもし? ごめんね、試合後で疲れてる時だろうに」
『あ、うん。全然大丈夫』
「……ね、ビデオ通話にしていい?」
『うん、いいよ』
普段の駆の喋り方を知っているセブンからすると、取り繕っているという感じでは無い。しかし万全を期するに越した事はないだろう。
ストレスに無自覚で、ふとした瞬間に切れる事も珍しくはない。その辺りのメンタルケアはクラブ専門のカウンセラーが担当しているだろうが、身近な人だから分かる事もある。
お互いの顔が画面に映る。2人とも椅子に座っており、背もたれに寄り掛かっている様子が見て分かる。
『もしかして今日の試合は観てた?』
「うん。朝早くだから試合前の連絡はできなかったけど」
『あはは、恥ずかしい所を見せたみたいで……』
「レアル・マドリードは厳しい?」
『ん? あー……うーん……まあ大丈夫か。ええと、セブンも有名人だしリークは避けて欲しいんだけどさ、監督の意図なんだ。ここ2試合の僕の動きって』
「……戦術に適応出来てない、って訳じゃないの?」
『それも完全にないとは言い切れないけど、チームには馴染めてるよ。詳しく説明すると───』
ビデオ通話で見える駆の表情にも嘘はなく、心身共に負担がない事が窺える。
それを確認し間を置いてセブンが問い掛けると、駆は理由について話し始めた。
それは、駆がレアル・マドリードのクラブへと到着した日へと遡って語られる。
「『元気そうで何よりだ。再会出来て喜ばしいよ、カケル』」
「『ええ、
「『はは、耳が痛いな。随分とスペイン語が達者になったものだ』」
マドリー到着から1日を置き、クラブの一室にて駆とギダンはハグを交わしながら挨拶をする。
6月上旬。ラリーガはシーズンを終えて1週間が経過しており、レアル・マドリードは全ての試合日程を終えていた。*2
レアル・マドリードの今シーズンの実績はラ・リーガ2位。国内カップ戦であるコパデルレイは優勝。
CLは準決勝でユヴェントスに敗れ同率3位という結果。
2年連続でリーグ戦を落とし、CL制覇も叶わなかったものの、来シーズンも継続して監督を出来るという事実。国内カップ戦のタイトルを一つ確保した影響が大きいだろう。
首の皮一枚繋がり、自身との約束が果たせる様で何よりだと笑って伝える駆に、ギダンは苦笑を見せた。
「『今年のツアーマッチはカタールでしたっけ?』」
「『ああ。2022年のW杯開催国がどの様なピッチを敷いているのか、選手たちにとっても参考になるだろう。まあどれだけの選手が現役で居られるかは不明だがね。君が望むなら同行も可能だが?』」
「『はは……ただでさえスペインへの移動で時差ボケ喰らってるんで、暫くはスペインに馴染む事にします』」
「『それが良いだろうな』」
そんな風に会話を交わしつつ、空気が和やかになったところで、本題へと突入する。
「『さて。ではこれからの日程について話し合うとしようか』」
「『プレシーズンマッチへの出場ですか?』」
「『いや、
駆は首を傾げる。充分な語学勉強の末、もうスペイン語の誤訳を疑うつもりはない。
だからこそ疑問を覚える。
現在は6月上旬。シーズン開始の8月下旬までは暫く期間があり、リーグ戦の日程についてはまだ決まっていない筈だ。早くても7月に入ってからが精々。
にも関わらず、リーグ戦での出場機会についてを語ろうとするギダンの意図を汲み取りきれない。
対戦相手を考慮しない大まかな内容?
だか契約の内容に出場試合数の最低限を定める項目はない。その辺りは臨機応変だろう。大まかな内容で現状伝える事はないように思える。
駆は疑問をそのまま口に出した。
「『試合日程はまだ決まっていない筈ですが……』」
「『ああ。カップ戦、CL等の日程を考慮した上で決めなければならない以上、全試合の確定にはまだ時間が掛かる。だがそれを考慮する必要のない時期の試合日程に関しては、既に決まっているんだ』」
「『……確かに、序盤はスーペルコパ*3と代表ウィークくらいですからね。この辺りは決め易いと思いますけど』」
「『問題は、その代表ウィーク明けなんだ。9月中旬の第3節。例年よりも遥かに早く、前半期のエル・クラシコが予定されている』」
「……え?」
エル・クラシコ。言わずと知れたスペインの名門、バルセロナとレアル・マドリードのダービーマッチを示す試合名称。
この試合は国内外問わず注目を集める試合だ。海外から訪れる観客にも考慮されているからか、リーグ戦日程の発表時から3ヶ月以上を空けた10月下旬辺りが開催日時となり易い。
それが第3節での決定というのは、寝耳に水と言えるだろう。駆は思わず愕然と声を漏らした。
「『代表ウィークでの注目を狙って……という事ですか?』」
「『さて、詳しい内情に関しては我々が知る由もない。大事なのは既にエル・クラシコの開催時期が決まっているという事実だ』」
「『まあ、そうですね……。ちなみにホームは?』」
「『バルセロナ、カンプノウだ』」
「『……なるほど』」
ギダンの言いたい事を推測できた、と。駆は頷いた。
代表ウィークが挟まれるとはいえ、大事な序盤で重大なダービーマッチだ。アウェイ戦とはいえ勝ちを狙いにいくのは当然。
だとすれば、序盤はエル・クラシコに備え前年度のメンバーで盤石を固める───即ち駆の出場機会はその後になるだろう、という打診だ。
元々出場試合の細かな取り決めは契約で行なっていないし、チームの意向に背くつもりもない。
「『分かりました。ではその間はベンチ外でしっかり学ばせて───』」
「『待て待て、結論が早い。日本人はやはり謙虚というか、もう少し若さを見せても良いと常々思うんだが……』」
「……?」
「『私が言いたいのは、バルセロナ戦の切り札に君を据え置いているという話だ』」
もちろんコンディションに問題が無ければという前提が付くが、と。目を瞑りながら困り笑顔でそう告げるギダンに、駆は目を剥いた。
エル・クラシコの重要性は理解している。アウェイとは言えシーズン序盤の試合でもあるし、以降のレアル・マドリードの士気を考えれば捨て試合にせず勝率を限りなく上げるのがマスト。
その試合に、16歳の自分を?
背景に宇宙が見える様な愕然とした表情を曝け出す駆に、ギダンは「まあ声は届いているだろう」と判断して言葉を続けた。
「『君は自分で思ってるよりもメンタルが強い。足下の技術は及第点だが、それを試合で充分に発揮出来るタイプだと私は思う。何よりも特異性を感じる“嗅覚”は、今のマドリーには存在しない個性だ。コンディションの維持さえ出来れば、切り札になり得ると私は考えている』」
「『……嬉しい半分、困惑半分なんですが。ええと、分かりました。一先ずそれを受け入れるとして……これからの日程、というのは?』」
「『話が早くて助かるよ。今から告げる内容に関しては、聞いた上で受け入れるかどうかを君が決めて欲しい。恐らく心理的な負担が大きいだろうからね』」
ギダンは目の前に置かれた水を飲み、一息置いてから話し始める。
「『まずプレシーズンマッチの出場についてだが、君の出番は無しだ。ケガのリスク管理や情報の錯乱の為にね』」
「『だとすると、開幕からの2節も?』」
「『いいや、その2試合については出場してもらう。他選手のコンディションによって変更の可能性はあるが、基本は途中交代が前提で考えて欲しい。そして問題はここからだ』」
ギダンは机の上に肘を置き、組んだ手の上に顎を乗せる。
一世一代の賭けを行うかのような緊迫した表情で駆へと告げた。
「『この2試合に関しては、君に「チームに適応できていない若手」を演じ、
「…………」
数秒の沈黙。思考を巡らせる駆を、ギダンは見つめていた。
「『なぜ、開幕2節をそうする必要が?』」
「『早期加入にも関わらず、プレシーズンマッチに出場する事なく選手登録を成した選手は、必然と【秘密兵器】の扱いになり易い。特に今のマドリーの事情でFW選手となれば尚更。そんな選手が期待外れのプレーをする事で、相手の警戒心を極限まで薄めさせることが出来るからだ』」
「『……僕個人への要求は熟せると思います。ただ、その状態で2試合を勝ち切れるかは少し疑問が』」
「『わざと外せ、とまでは言わない。確実に決められる場面ならばそこは決めて欲しい。要は君の突出した部分を浮き彫りにしなければ良いだけだ。それに、状況を見つつ勝ち切るための「途中交代前提」だ。その辺りは上手くマネジメントするとも』」
質問内容は予め想定していたのだろう。駆の疑問に対し、淀みなく答えていく。
これだけの想定をしているのであれば、駆に決定権を持たせずチームとしての意向だと命じればいい。確実に何かしらの懸念点がある筈だ。
それは一体何だろう、と。頭を働かせる駆の様子を察したのか、ギダンが懸念点について触れる。
「『心理的な負担と、私はそう述べた』」
「『はい』」
「『期待外れというのは対戦相手の警戒を弱らせると同時に、サポーターへの失望も同時に与える事になる。そういう選手は得てして誹謗中傷の対象になり易い。アジア人の君は特にそうだろう、というのも想定出来てしまう』」
なるほど、と。駆は漸くその問題点を認識した。
マッチポンプの期待外れという事例でなくとも、明確に敗因となってしまった選手や、過激な発言・パフォーマンス・プレーを披露する選手は、一部のサポーターから盛大な批判を受け易い。
一般的な感覚からは信じ難い言葉を受ける事もしばしば───有名人やアスリートというのはそういう事に耐える必要もある。
「『その状態でのコンディション維持は困難だろう。コンディション不良のみで済めば良い、とまで言える。それが予め分かっている状態で、君の選択を聞きたい』」
「『受けなかった場合はどうするんです?』」
「『その時は歴史あるマドリーとして、全ての試合に全力を尽くすのみ。バルセロナ戦でより刺さる効果的な起用が出来なくなるというだけで、君には開幕からスポットライトを浴びてもらうさ』」
普通に考えれば受けない方が良い。一選手としての評価は初めから高いに越したことは無いし、メンタル面を考慮すればこんな賭けは無謀だ。
ラ・リーガという舞台を選手としても監督としても経験を積み重ねたギダンが「開幕からスポットライトを浴びてもらう」と断言するという事は、充分な能力を発揮した駆には活躍出来る実力があるという証明だ。普通にプレーしてもバルセロナに通じる可能性は充分にある。
だが。
だからこそ、それをする筈がないという意表を突けるというのを、ギダンは分かっているのだろう。
故に駆へと問う。この賭けに乗るか、と。
「『その賭けを提案出来るのは、僕への信頼ですか?』」
「『
ギダン自身、既に首に手を掛けられている状態と言っていい。
ここ2年でのタイトル奪取は国内カップ戦の一つのみ。リーグ戦を連続で落としていても解任されないのは、それまでの実績への信頼が大きい。
だがそれも既に限界が近い。ギダンは薄々それを感じ取っていた。カンプノウでのバルセロナ戦───もちろん下手すれば開幕2戦でクビが飛ぶ可能性はあるが、特に重大な序盤のエル・クラシコを落とせば解任は決まったも同然だろう。
逆に言えば、ここを獲れるなら首の皮は繋がる。ホームのバルセロナ相手に勝利するというのは、それだけ大きな意味があるからだ。
一世一代の賭け。心中。
人生をサッカーに費やし、勝利を義務付けられたトップクラブに選手としても監督としても在籍し続けた人間の重み。
駆はそれを肌で感じ取り、目を瞑る。
(
多大な信頼を濁して伝えてはいる。
しかしそれ以上に、クラブへ尽くす気持ちを告げていた。レアル・マドリードという偉大なクラブの重みを、真摯に。
クラブに貢献し続けてきた人が、その重みに乗せてくれる事を認めてくれたようで、駆は嬉しさから肌を震わせる。
「『分かりました。受けます』」
数秒の沈黙。それは迷いではなく、その重みを感じ取る為の間。
ゆっくりと目を開き、ギダンを見つめ、その“賭け”に乗る事を告げた。
「『ただ───心中する気は、ありませんよ?』」
「『はは、良い若さだ。では今から具体的な部分を話すとしよう。乗ったからには振り落とされないようにな? カケル』」
「『しがみつきますよ。不備がないようにしっかりとした点検を頼みますね?』」
お互いに笑みを浮かべつつ、内容を深掘りしていった。
「うーん……上手く誘導された様な……」
話を聞き終わったセブンの率直な感想。
駆はここ数年の中で、『謙虚さはあるが必要以上に謙遜しない』というタイプになっている。自身はまだ未熟であると理解しつつも認めてくれた相手の評価を下げない様にする為だ。
ギダンの信頼以上の価値を示した発言は、そこを利用した様にも思える。もちろんそれが嘘で取り繕っていたのであれば駆も見抜いただろうが。
『あはは、否定は出来ないかな。乗ったというより、乗せられた感じは確かにあるかも』
「私はギダン監督と関わりが殆どないからハッキリとは言えないけどさ。……駆は大丈夫なんだよね?」
『まあ、ぶっちゃけSNSとか普段は見ないし。クラブの管轄以外では外出を避けるつもりだから、過激なサポーターとの接触も無いと思う。メンタル的にも
「そっか」
安心した、とは言い切れない。こればかりは本番を迎えないと分からない事もある。
だが過剰な心配は不安感を与える。現状の駆に問題が見られない以上はそれを煽らない方が良いだろう。
「バルサ戦の研究は進んでる?」
『うん。グラナダとラージョにはあまり時間を割かなかったから、控え選手も含めてかなり順調。やっぱりクラブ伝手のデータだと全然違うね。ピックアップしてる部分が選手向けだから分かり易いよ』
「それは良かった。あ、そうそう。傑さんの話は聞いた? W杯アジア二次予選の選手に招集されたって」
『もちろん! 元々バックアップメンバーとしては呼ばれてたけど、ベンチ入りは今回が初なんだよね。今回でデビューすると最年少記録の歴代2位なんだっけ?』
「そうね。私としては傑さんもやっと呼ばれたかーって感じだけど」
『あはは、3年以上の記録更新をした人の発言は格が違うね』
「もうっ、揶揄わないでよー!」
そうやって会話を繰り返す。
ふぁ、と。気の抜けた欠伸をする駆を「可愛いなぁ」と見つめながら、セブンは笑って告げた。
「疲れてる時間にごめんね。おやすみ、駆」
『おやすみ。セブンもキューティーズの試合、頑張ってね』
「うん」
プツ、と。通話の切れる音。
セブンはスマホを机の上に置き、背もたれに体重を掛けた。
「バルサ戦は日本時間で日曜の3:30……キューティーズの試合は土曜だし、良かった。コンディションは気にせずに見れそう」
不安が完全に消えた訳ではない。
だが本人が問題ないと言い、それが虚勢ではないという事実が確認出来ただけで、エル・クラシコでの活躍という確かな期待が芽生える。
「頑張れ、駆」
レアル・マドリードと並び、世界トップクラブのスペイン強豪チーム。カタルーニャの象徴、バルセロナのホームスタジアム。
収容人数99,354人という、サッカースタジアムとしては世界最大規模の
ホーム席が95%を占めるという、敵チームからすれば圧倒的なアウェイゲーム。収容人数のほぼ全てがクレで埋まるというのだから、それだけ【バルセロナ】という偉大さが際立つ。
今宵、エル・クラシコが行われるこの舞台には、スタジアム内外を問わず人が溢れかえっていた。
多くがバルセロナのユニフォームを着た人ばかり。偶にレアル・マドリードのユニフォームを着ている人を見かければ、ちょっとした暴動騒ぎが起こり始める。日本では決して見ることの出来ない光景。
スタジアムは揺れていた。
比喩ではない。満員の観客による熱意が、カンプ・ノウを震えさせている。
(───怖い)
試合開始前、アップの時間帯。
ピッチに立つ逢沢 駆は、久方ぶりにサッカーでその感覚を思い出した。
武者震いではない。これは確かな恐怖だと、駆は自身の感情を認める。
J2、J1の優勝を決める最終戦。リオ・オリンピックで開催国を相手に決勝戦。“記憶”での出来事ではあるが、充分に大舞台と言える試合を経験した駆でも、今立つこのピッチ上は異次元の領域だった。
熱意、圧力───殺気。とてもではないが、サッカーの試合観戦の場とは思えない空気感だ。映像越しではただの背景でしかない観客はほぼ全てが敵。
失敗するのが怖い訳ではない。失望も期待も、決してプレッシャーにはなっていない。挑戦意欲は失われていない。
過度な緊張や気負いもないのに、ただただ9万を超える人からの入り混じる感情へと、恐怖を覚える。
(取り繕えてはいる。表面には出てない。プレーへの影響は大きくないけど……確実に、コンディションは良くない)
スリーズとパスを交わしつつ、自己分析を行なっていく。
(試合までには万全を整えたい。でも難しい。スタジアム全体の圧力が強制的に恐怖を引き起こしてる様な感覚。正直、僕個人でコントロール出来る気がしないな)
気にしない、というのも厳しい。ずっと
ルーティン、呼吸法、戦術への思考没入───可能な限りのマインド・コントロールを試みるが、万全とは言えないだろう。
そんな駆の様子を、スリーズは黙って見つめていた。
(……心持ちが上手くいかない時ほど時間の流れが早く感じる)
アップが終わり、ローカールームでのミーティングも終わり、スタジアムの入り口に立っている。
気付いたらいつの間に、という訳ではない。
準備運動を終えた体はしっかり動く。監督の言葉は頭に入っている。集中を欠いているわけでもない。今日の行動を振り返ろうと思えば鮮明に思い出せるだろう。
それでも、絶好調とは言えない。
(セブンに大丈夫って言っておいて、格好がつかないな。……ああ、そっか。ハッキリとした自信が持ててないのか。カンプ・ノウの殺気に押されて、『絶好調の自分じゃないと通じない』ってどこか思ってる。入場前になって漸く言語化出来た)
エスコートキッズと繋ぐ手にほんの僅か力を込め、その正体を受け入れた。
(割り切って試合の間で慣れていくか……いや、スリーズさんに気付かれてるなら何か言われるかな? 下手な強気だと空回るのは間違いない、適度な緊張を保たないと)
カンプ・ノウの中央へと進む。
今回のエル・クラシコではホームのバルセロナだけではなく、アウェイのレアル・マドリードにもエスコートキッズが付き添っている。これは圧倒的アウェイなマドリーへの配慮というよりも、「マドリーサポーターの子供が見てるんだから弁えろよ?」という圧力故だ。
盤外でやれることを尽くやってくるな、と。駆は苦笑した。
「『兄ちゃん』」
「!」
そんな駆に、彼と入場したエスコートキッズの少年が話し掛けてきた。
「『オレ、兄ちゃんがすごい選手だって、その、分かってるから……みんなバカにするけど、オレは応援してる』」
「『キミは……』」
その少年は一年前、駆がレアル・マドリードへの練習参加に訪れた時、マドリーの練習が始まる前日までの間に出歩いた先の近場の芝でサッカーをしていた子の一人。
顔を向かい合わせ、それに気付いた。
「『バルサなんかやっつけて、今日のヒーローになってよ!』」
身体を震わせて、カンプ・ノウの圧力に押され。
怖いもの知らずという訳ではないだろう。しっかり怖さを感じながら、その言葉を伝えてくれる。
駆は驚きに目を剥いて、ふと笑う。
こんな小さな子供が、バルセロナサポーター9万人に囲われたこの会場で“勇気”を伝えてくれているのに、選手としてピッチに立つ自分が怖さに気を取られている場合だろうか。
「『バルサ
「『う……』」
「『僕らは胸を借りる。そのついでに、
少年は言葉の意味を汲み取りきれずに首を傾げる。
駆の声が耳に届き、「勝利を貰い受ける」という“挑発”であると理解したバルセロナ選手はジロリと睨む。
並び立つレアル・マドリードのスタメン組は、笑いを零した。
「『ありがとう、小さな友人。今日決める1ゴールはキミに捧げるよ』」
「『……! うん!』」
ハグを交わして告げると、少年は明るく笑顔を浮かべてピッチを去っていく。
その後、試合前のバルセロナ選手との握手の殆どが物凄く力を込められたものであった事に冷や汗を流しながらも、スターティングのポジションへと移動する。
「『子供からの純粋な憧れは嬉しいな。カケル』」
「『……はい』」
最年少の駆に対して、色々と掛けるべき言葉を考えていただろう。
しかし子供からの応援で気持ちが晴れたのを理解したのか、スリーズは共感の言葉を投げ掛けた。
駆は目を瞑って笑いながら同意する。脚を踏み出し、センターサークルへと歩んだ。
キックオフはレアル・マドリードから。ピッチの中心に立つ今、もう9万人からの圧力への怖さは無くなっていた。
絶好調。それを確信出来る身体の軽さを感じ取る。
(ここも夢の一つ。ここも、サッカーの一つの天井だ。示そう。刻もう。日本の───【エリアの騎士】を!)
───現地、スペインにて20:32。
スペイントップリーグ、ラ・リーガ第3節、バルセロナ対レアル・マドリード。
エル・クラシコの開戦を告げる笛が、鳴り響いた。
スペイン語で話してるって考えると少し言い回しに拘りたくなりますね