色々お試し系   作:針鼠

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落第騎士③

 ――――あれがヴァーミリオンの皇女様?

 

 だから何。

 

 ――――十年に一人の天才様ってか

 

 だから何だっていうの?

 

 ――――くそ……くそ……ッ! ここまで努力したのに

 

 努力したのに?

 

 ――――それなのに、

 

 

 

 

 才能に(・・・)負けるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――ふざけないでよ!!)

 

 

 ステラは周囲の声にそう言い続けてきた。

 

 生まれながらの天才? 第二皇女?

 

 だから何だというのか。だから、自分は何もしていないというのか。

 冗談じゃない。

 

 国を背負う重みを知っているのか?

 強すぎる力に身を焦がされる痛みは?

 

 どんなに努力しても、どんなに成功しても、正当な評価(・・・・・)をされない虚しさを、一体どれほど知っているというのか。

 

 事実彼女は誰よりも努力し続けた。生まれながら強大過ぎた魔力を死に物狂いで制御し、剣術を覚えそれでも上を目指した。その為にこの国までやってきた。

 それなのに結局は同じだった。

 周りは結局色眼鏡でしか自分を見ない。ここでも同じ。

 

 そう思っていた。

 

 

「陰鉄が君を傷つけられないのを知っていたんだね。その上で、剣撃を挑んだ」

 

 

 振り下ろされた一輝の刀は、ステラの肩口でピタリと止まっていた。彼が止めたのではない。

 それ以上刃が進まないのだ。

 

 彼女の膨大な魔力の鎧が一輝の刀を止めていた。

 ステラは、いや当人達は端からわかっていた。元より魔力の少ない一輝ではステラには届かない、と。

 

 ステラは唇を噛み締める。

 こんな勝ち方をしたかったわけではない。剣の勝負だけで勝利し、自分が才能だけで戦っていないということを見せつけるつもりだった。

 

 しかし一輝の強さはステラの予想を遥かに越えていた。

 誰よりも努力し続けたステラだからこそわかる。彼の剣に込められた想いの強さが。剣に懸けてきた膨大な時間が。

 

 だが……だからこそ、

 

 

「認めてあげるわ。この一戦、アタシが勝ったのは確かに魔力(才能)の差だわ」

 

 

 ここで勝負を捨てることも、手を抜くことも出来はしない。

 何故ならそれは彼への侮辱にほかならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席から二人の戦いを見下ろす俺は、いつの間にか笑っていた。

 

 圧倒的な魔力差を理解しながら敢えて剣の勝負にこだわった皇女様。なかなかどうして。意外と様になっているそれは決して一朝一夕で身につけたものではないと一目でわかった。ましてや魔力という才能に溺れた人間では決して身につかない本物の剣術。

 

 感情的で直情的。自尊心(プライド)が高いだけの典型的なお嬢様なのかと思っていたが、どうやら相応な誇り(プライド)の持ち主だったらしい。

 

 そんな彼女だからこそ、剣術で負けた今、敗北を認めるのではなくなりふり構わず勝利を奪いにきた。

 

 

「ここから先は最大の敬意をもって倒してあげる。――――蒼天を穿て、煉獄の焔」

 

 

 天井へと掲げた剣から紅蓮が立ち昇る。ドームを穿ち、天を焼く。

 遠く離れた客席にまで熱波が届いている。凄まじい魔力だ。

 

 やがて、皇女様が掲げた剣は黄金の炎を纏い、天を穿つ光の柱となった。

 

 

天壌焼き焦がす(カルサリティオ)竜王の焔(・サラマンドラ)

 

 

 振り下ろされる極光の輝き。正しく彼女の全身全霊が込められた一撃。

 

 あれを正面から受け止められる人間が果たして世界に何人いるのか。

 ましてやそれを、伐刀者でも最底辺の魔力量しか無い騎士がどうこう出来るはずが無い。

 

 ――――そんなこと、黒鉄 一輝は誰より理解している。

 

 

「でも退けないんだ」

 

 

 その声を聞いた時、

 

 

「魔導騎士になるのは僕の夢だから。今この場を降りることを、僕を僕たらしめる誓いが許さない」

 

 

 その微笑みを見た時、思わず体が震えた。

 

 

「見せてくれよ一輝。お前の出した答えを」

 

 

 一輝は陰鉄の切っ先を持ち上げ、皇女様に向ける。今までとは違う構え。

 

 空気が変わった。

 

 

「一刀修羅! 僕の最弱(さいきょう)を以って、君の最強を打ち破る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力とは、その伐刀者の運命の重さに比例すると言うものがいる。

 

 だから魔力だけは、決して努力では伸びない。大成する者は、初めからそうなるべくしてその資質を与えられている。

 実際、いくら努力しようとも一輝の魔力が上がることは無かった。

 どんなに手の豆を潰そうとも、どんなに血反吐を吐こうとも、僅かたりとも魔力が伸びることはなかった。

 

 それでも彼は諦めなかった。自分より高みにいる者達に勝つ方法を考え抜いた。

 

 魔力を底上げすることは出来ない。ならば、己に眠る全ての魔力を僅かな時間で搾り尽くす。

 

 全力――――文字通り全ての力をたった一分に集約し、爆発させる。それこそが、

 

 

「一刀修羅」

 

 

 幻想形態で斬り伏せたステラが倒れる。

 

 物質に干渉出来ない幻想形態だが、精神に直接与えられたダメージ量が限界を超えると、傷を負った者の意識は強制的に断絶される。

 故に彼女にも傷一つ無いはずだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 荒い呼吸を繰り返す一輝の顔が歪む。人体の限界ギリギリまで酷使された体が悲鳴をあげていた。

 

 

(でもどうにか部屋に戻るくらいの余力は残せたかな? ――――ッ!?)

 

 

 一刀修羅を解除しようとしたその瞬間、背後に感じ取った強烈な気配に、一輝は反射的に振り返って応戦。

 瞬後、金属が打ち合う鈍い音が響いた。

 

 

「鋼兄!?」

 

 

 突き出された拳。二の腕まで覆う金色のガントレットを目で追ったその先には、見覚えのある精悍な顔つきがあった。

 

 一輝は一旦後ろに跳んで間合いを取る。

 

 何故。どうして鋼志郎が突然襲ってきたのか。

 そんなことを考えている一輝に向けて、鋼志郎は口元に笑みを浮かべながら突き出した人差し指を数度招いた。

 

 

「来いよ一輝。あと数秒くらい残ってるんだろ? どれだけ成長したか、久しぶりにこのお兄様が見てやるよ」

 

「――――――――」

 

 

 はたして、一輝の胸中に現れた感情は不意打ちへの怒りか。否。戸惑いか。否。

 

 胸に渦巻くのは、ただただ喜びだった。

 

 一輝の憧れる人間は二人いる。

 

 黒鉄 龍馬が自分にそうしてくれたように、いつか『諦めなくていい』と言ってあげられる大人になりたいと思った。

 

 だけど――――いつかこの強さを超えたいと思ったのは、暁 鋼志郎唯一人だ。

 

 

「僕の最強を以って、貴方の強さを越える!」

 

 

 もう、余力は残さない。

 

 残された全ての力を使い果たして一輝は突進する。狙いは突き……からの本命は薙ぎ払い。

 

 

「はあああああああ!!」

 

 

 超高速の二連撃。

 

 手応えは、無い。

 

 

「暁流、火の型」

 

「っ」

 

 

 鋼志郎は振り切った一輝の懐に潜り込んでいた。

 添えるように胸に当てられた右手。その感触を自覚した一輝の背筋に、ステラの極光を見たとき以上の寒気が襲う。

 しかし、既に遅い。

 

 

「――――雷霆(らいてい)

 

「ッ……が!?」

 

 

 衝撃が突き抜ける。ダメージは鋼志郎の手が当てられた胸からではない(・・・・)

 

 内蔵を揺らし、背中に抜ける衝撃。衝撃が抜けた後は全身が雷にでも撃たれたように痺れた。

 

 

(ゼロ距離からの掌底? ……これは、魔力を直接送り込まれたのか)

 

 

 いや、真に驚愕すべきは今の技ではない。

 

 鋼志郎は一輝の攻撃を躱し、間合いに踏み込んできた。一刀修羅という、通常の伐刀者とは比にならない身体強化を得た一輝の動きに難なくついてきた。

 

 負けた。

 

 生まれつき総魔力量が少ない一輝が、才能の無い自分が、遥か高みに立つ者達に勝つ為に編み出した伐刀絶技。

 それを打ち破られたというのに、一輝の中には諦観や悲観など一切無かった。

 

 その理由を、一輝自身理解している。

 鋼志郎は一輝にとっての憧れだ。

 

 才能があり、なんでも出来る。

 一輝にとって鋼志郎は憧れで、まるで物語のヒーローのような存在なのだ。だから例え誰が相手だって決して負けない。負けて欲しくない。

 

 一刀修羅の制限時間が過ぎた。

 鋼志郎から受けたダメージ、加えて一刀修羅による反動が一気に押し寄せてきた一輝の意識は強制的に世界から断絶される。

 

 

(ああ……でも、やっぱり負けるのは悔しいなぁ)

 

 

 自分が思うよりも、黒鉄 一輝という男の子は負けず嫌いなのだと知った彼は笑ったまま闘技場で倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金剛(こんごう)

 

 金色のガントレット型の俺の固有霊装だ。

 

 腕力限定で、通常の伐刀者の数倍から十数倍身体能力が強化される金剛無双(こんごうむそう)。そして俺の実家が本流となる武術、暁流で俺は伐刀者として戦っている。

 

 暁流火の型、雷霆。

 

 零距離から、しかも無動作(ノーモーション)で放つ当身技。伐刀者である俺は、更に魔力に指向性を持たせて相手に直接魔力を叩きつけることで、相手の内部から外へと抜けるダメージを与える。

 

 一輝の編み出した伐刀絶技、一刀修羅。

 

 おそらくは、人が本来無意識にかけている安全装置(セーフティ)を意識的に取っ払う荒業。

 人体のセーフティを外す……限界を越えると言えば聞こえは良いが、それは諸刃の剣だ。人体のセーフティは必要だから存在するのだ。

 例えば、拳で殴って骨折をしないのは、体が無意識にそれを回避するために。

 

 だが結果は見ての通り。彼は通常の伐刀者より遥かに劣る才能しか持たず、時代の英雄となるべく生まれたAランクを真正面から撃破した。

 それは、今後も彼の自信となるだろう。

 

 心配はした。だがそれ以上に嬉しかった。

 一輝が皇女様に勝てたことではない。愛すべき弟が、今日まで諦めず戦い続けていたことが、俺には無性に嬉しかった。

 

 だから、思わず戦い終えたそこに乱入してしまった。

 体が勝手に動いてしまった。

 あの戦いを見て体が疼いてしまうのは仕方がないだろうに。

 

 倒れた一輝の顔は満ち足りたように笑っている。その後周囲をざっと見渡す。

 今までいた大半の観客は、あの皇女様の技に恐れをなして逃げ出した。残っているのはこの学園でもそれなりの実力者達とみて間違いあるまい。

 

 なら、丁度いいか。

 

 

「俺様の名は暁 鋼志郎! 今年ここに特別編入を許された期待の超新星だ。宜しく」

 

 

 周囲のざわめきが聞こえる。構わず続ける。

 

 

「俺がここに来たのはこの学園を七星剣武祭で優勝させる為……。この意味がわかるか? お前らが弱っちいから、代わりに俺様が優勝してやるって言ってんだ。まあ実際? 天才の俺にとっちゃあ、ここに倒れてる男……お前らが落第騎士と馬鹿にしてる奴とお前らに差なんざねえ。等しくただの凡人だってのさ」

 

 

 今度こそ、明確に観客達の感情が爆発した。

 今の煽り発言に割れんばかりの罵声が飛んでくる。

 

 隅で様子を窺っていた黒乃さんが、呆れたように首を振っていたのが見えた。

 俺という人種を知っていながら誘ったのは黒乃さんだ。申し訳ないなんて気持ちは微塵も無い。

 

 

「文句がある奴はかかって来い! ――――最も」ニヤリと口端が上がる「高値で売れるような喧嘩をお前らが出来るとは思えないけどな。精々マシな挑発言葉ぐらいは考えてこい」

 

 

 俺の挑発に会場が益々怒声に包まれる中、

 

 気障ったらしい優男は鼻で笑った。

 

 前髪で片眼が隠れた少女は不穏な空気におどおどと狼狽した。

 

 和服姿の少女は腹を抱えて転げる。

 

 周囲とは一線を画する雰囲気の四人は不敵に笑う。

 

 眼鏡をかけたおさげの少女は穏やかに微笑む。

 

 ――――こうして俺は、破軍学園に入学した。




閲覧ありがとうございましたー。

>てなわけで、落第騎士の試し書きはこれで終わります。

>アニメも半分折り返して、次はどんな展開なのかはわかりませんが皆様楽しく視聴致しましょう!

>ではではー

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