主な登場人物:カワカミプリンセス、キングヘイロー、トレーナー
「やーってしまいましたわ…」
保健室前、多くのウマ娘がトレーニングに励んでいる頃、ジャージ姿のカワカミプリンセスは保健室前に立っている。体調が悪いわけではなく、ましてやさぼるためではない。
「カワカミさん?こんな時間にここで何をしていらっしゃいますの?」
「…キングさん」
いつもなら「キングさん!」と大きな声でドタバタと足音を立てて近寄ってくるのだが今はその気配はない。何かあったのだろうか?疑問を抱きつつキングヘイローは用件を尋ねる。
「もしかしてまた何か壊したの?」
少し間を開けた後、カワカミプリンセスは口を開かずコクリとうなずいた。どうにも様子がおかしいわね……。
「それで、何を壊したの?謝るのが怖いなら一緒に謝ってあげましょうか?」
「いえいえいえいえいえ、これから行くので大丈夫ですわ!」
なるほどこの保健室に謝るべき相手がいるのか。…保健室?
「一応聞いておくけど、もしかしてあなたが壊したのはーーー」
「…はい、トレーナーさんです…」
…やはりそうか。
「あぁ~もうどうしてこう私の周りでは問題ばかり起きるのよぉ~」
「えぇっとそれはそのぉ…」
「まあいいわ、とにかく中に入りなさい。私がついて行ってあげるから」
キングヘイローはドアを開け、カワカミプリンセスの腕をつかみ、保健室に連れ込む。
「だいたい、あなたのトレーナーさんがケガするのはいつものことでしょう?いまさら落ち込むことはないほどに」
カワカミプリンセスのトレーナーは彼女のドタバタ騒ぎによく巻き込まれている。最初の1年は脱臼する、骨折するなど見かけるたびに新しいケガをしていた。
しかし最近ではカワカミプリンセスのこぶしに直撃しても青あざ程度で済み、カワカミプリンセスが校舎以上の高さまで放り投げ着地が失敗しても絆創膏一枚で済んでいる。ゆくゆくは一切傷つくことはない未知の生命体になるのではないかとひそかに噂されている。
だというのに落ち込んでいるとはいったいどういうわけなのかしら?
「はいそうなんですけどねぇ…今回はちょっと違うといいましょうかなんと言いましょうか~」
普段とは違いはっきりしない彼女に、
「はっきりと言いなさいな。キングたる者、全てを受け止めてあげるわ!」
そうこうしているうちにトレーナーの姿がキングヘイローの目に入った。ベッドから上半身を上げ、ぼーっと外を眺めている。顎に絆創膏が貼ってあるだけで重症には見えない。いつも通り「軽傷」のようですわね。このトレーナーとはカワカミプリンセスつながりで何度も顔を合わせている。いつもどおりのあいさつとして
「ごきげんよう、トレーナー」
「……」
?いつもなら落ち着いた笑顔で返事をしてくるのだが、今回はない。眉間にしわをよせ、人差し指を額に当て、ウンウンとうなっている。しばらくの沈黙の後、トレーナーは口を開いた。
「すみません。大変失礼ですがーーーどちら様でしょうか?」
は?え?もしかしてこれは……
「どうしましょう…キングさん。ーーートレーナーさんの記憶を壊してしまいました…」
「な…なんですってー!?」
「しーっ!病人の前ででっかい声出さないでください!」
「…あなたが言いますか。というよりやけに落ち着いているわね」
「いやー、現実に頭が追い付いていないといいましょうか、頭が理解を拒んでいる状態でして…」
これはある意味幸運だ。トレーナーが記憶喪失であることを理解すれば「正気に戻ってくださいまし!」と叫びながらトレーナーの顔を往復ビンタなどをしかねない。
…これは迅速に解決するべきですわね。
別に放っておいてもかまわない問題ではある。だがしかし、
「…ど、どうしましょうキングさん」
こんなにも自分を慕い、頼ってくる方の頼みを断るわけにはいかない。損な性格だ、と自覚するが悪い気はしない。
「ちなみに保健室の先生は?」
「今日1日いないようでして…」
「仕方がありませんわね…ではまず状況説明を」
保健室にある椅子にカワカミプリンセスを座らせるよう促す。茶葉が既に入っている急須にお湯を注ぎ湯呑に入れ、それをカワカミプリンセスに渡した。
「あ、ありがとうございます」
カワカミプリンセスはズゾッゴギュッと少々品がない音を立てながら一気にお茶を飲み干した。これで落ち着いて話ができるだろう。
「トレーニングを始める前にトレーナーさんとファンレターを読んでいましたの。多くは応援する内容でテンション爆上がりでしたわ。ですが…」
「ですが?」
「ひっどい誹謗中傷が書かれたものがありまして、やれ『走り方に品がない』だの『根性だけのダメウマ娘』だの…」
「私、あなたの走りは好きよ」
「は、はい!ありがとうございます!えーっとそれでですね、トレーナーさんが読んでいたものもちょうどそんな内容のものだったらしく、二人でガックししていました」
「それが原因ですの?」
「いえ、どんよりなテンションをぶっ飛ばすため借りてきたプリファイを観賞しようということになりまして」
「プリファイねぇ……」
正式名称『爆走猛姫☆プリンセスファイター』通称プリファイ。カワカミプリンセスからよく聞かされる少女アニメである。
「はい!」
カワカミプリンセスは威勢のいい返事をして勢いよく立ち上がった。
「プリファイ第4シリーズ48話!ついに会合したプリファイと敵の親玉!最初は押せ押せムードだったプリファイ!しかし親玉が繰り出した卑劣な罠!どうするプリファイ!するとそこにずっと敵対していた敵幹部、タイガーが現れ!?ーーーというのが前回の話でして」
「は、はぁ」
「そのタイガーがですね!トレーナーさんがお気に入りなキャラクターでして!しばらくぶりの登場に普段は穏やかなトレーナーさんのテンションが爆上がり!そしてまさかのプリファイとの共闘に『『ッシャァァア!いっけぇぇぇえ!!うぉぉぉおおおお!!!』』と興奮マックスで見入っていましたの」
…ときどきトレーナー部屋から奇声が発せられていた原因はこれか。
「勝利も目前!あと少しで悪の親玉をぶっ飛ばせる!そう油断してしまったプリファイに迫る不意の攻撃!それに気づいたタイガーが…」
先ほどまでギャーギャーとやかましく騒いでいたカワカミプリンセスは急に肩を落とし、頭を伏せる。
「え、急にどうしましたの?」
「そ、そのタイガーが…プリファイをかばってお亡くなりになってしまいましたのぉぉぉぉおおお!!!!」
「……」
どうでもいいことだった。だがカワカミプリンセスにとっては重大なことであったらしく滝のような涙を流しながら机に伏せてしまった。ひっぐひっぐひっぐと涙を流しており見ていられない。キングヘイローは立ち上がってカワカミプリンセスのそばに近寄り、その背中を優しくさする。
「そんなに泣かなくても。第一あなた、プリファイの大ファンでしょう?もう何度も見たのでしょう?」
「っそ、それでも!何度見ても大号泣の神回なんですよぉぉぉおお!」
「…ほら涙を止めなさい。レディの顔が台無しよ」
キングヘイローはカワカミプリンセスにハンカチを渡した。
「す、すみません。ありがとうございましゅう」
カワカミプリンセスはハンカチで涙をぬぐう。そしてハンカチを鼻に当て、「チーン」と己の鼻水をハンカチに吐き出した。
「あースッキリしましたわ!」
そのままカワカミプリンセスはハンカチを返却しようとしたが、
「…あげるわ」
「本当ですか!感謝感激雨あられ!ありがたく使わせていただきますわ!」
「……まったく」
怒るべきところであるがあんなにも嬉しそうな態度では怒ろうにも怒れない。
「で、話を戻しますが、トレーナーはどうなりましたの?」
「はい、急に黙ってしまいまして、前に倒れそうになっていたようですの」
「ふむふむ」
「私、トレーナーさんを励まそうと思いまして『タイガーの犠牲を無駄にしてはいけませんわ!これからが勝負ですのよ!!』といって拳を思いっきり振り上げましたの。そうしたら、」
「…そうしたら?」
「倒れてきたトレーナーさんの顎に拳がクリーンヒットしてしまいましたの!そして目を覚ましたら記憶喪失になっていまして…」
「……」
「どうしてこうなってしまったのでしょう?」
「いや!それが原因でしょう!?」
「ええええ?」
どう考えてもこれが原因に違いない。
「いつもは頭を殴られてもケローッとしていましたよ?」
キングヘイローはトレーナーに憐みの目を向けたが、トレーナーは気づかず首をかしげるだけであった。
だいだいの状況は理解した。いつもは身体にダメージを受けてもほぼ無傷なトレーナーであったが、今回は事情が違ったのだ。
「おそらく心にダメージを負ったところカワカミさんの物理的なダメージを受け、心身ともに摩耗した結果、記憶喪失になったのでしょう」
「はぁ~、なるほどですわぁ!さすがキングさん!」
「感心してる場合じゃないでしょ」
「そ、そうですわね…」
さて、どうしたものか。思考しながらキングヘイローはトレーナーに近づき、顎の絆創膏をはがしてみる。その顎には傷も痣もなく完全に治っていた。トレーナーの異常な回復力に関してはもうツッコむ気が起きない。
傷は癒えている。となると心の問題か。
「…トレーナーさん、ごめんなさい!」
気が付くとカワカミプリンセスはトレーナーの側に行き、トレーナーの手を己の両手で優しく包んでいる。
「私、トレーナーさんに甘えていましたわ…この人なら絶対に大丈夫って心のどこかでは思っていました。でもそれは間違いだったんですね…トレーナーさんのタイガーへの熱い思いに気づかず、軽々しく『タイガーの犠牲を無駄にしてはいけませんわ!』だなんて。私もプリファイが死んだ!?と思われた回では一週間ずーっと落ち込んでいましたわ。『どうせ生き返るんだろ~』という軽い言葉にイライラしました。…まぁ次の回で復活したのですが」
殴ってしまった件は!?と疑問に思ったが、突っ込むのも野暮なのでキングヘイローは黙って見守る。
「トレーナーさん!本当にごめなさぁぁぁぁあああい!謝っても許されないのはわかってますぅううう!」
トレーナーはいきなり号泣し始めたカワカミプリンセスに戸惑っているようだ。
「……」
すると、トレーナーはカワカミプリンセスの頭に手をのせ、優しく何度も撫でた。
「何が起こったのか、君が誰なのか僕にはわからない。けど、」
顔を上げたカワカミプリンセスに穏やかな笑顔を向け、
「君には笑顔でいてほしい」
時が止まったかのような静寂が保健室に訪れた。
「ト、トレーナさぁぁああん!」
カワカミプリンセスは体を投げ出しトレーナーに抱き着こうとした。だがその行動はカワカミプリンセスの服を掴んだキングヘイローによって阻止される。
「へ?何するんですか、キングさん!!」
「いいから大人しくなさい!まだ終わってないのよ!!」
「だって、トレーナーさああん!」
「落ち着きなさい!!今はそんな場合ではないでしょ。まだトレーナーの記憶は戻っていないのよ?」
「あっ、そうでしたわ……」
カワカミプリンセスとトレーナーの絆は確かに本物のようだ。記憶が戻っても問題なく元に戻れるだろう。
…少し妬けるわね。
「キングさん。私決めました!トレーナーさんが記憶を取り戻すためならどんなことでもしますわ!熊にだって勝って見せます!」
「熊は関係ないでしょ!?」
トレーナーの記憶を戻すにはどうすればよいのか。話をまとめるとトレーナーはタイガーがやられたから心にダメージを受けたのだ。それを癒すには…
「カワカミさん」
「はい?」
「そのタイガーというキャラクターは本当に死んでしまったの?」
疑問を投げかけると、カワカミプリンセスはキングヘイローの腕をつかみ、保健室の隅、トレーナーから見えないところへ引きずっていった。
「な、何するのよ!」
「…キングさん」
カワカミプリンセスはいつになく真剣な顔であった。
「ファンの前でネタバレは厳禁ですのよ」
静かではあるが威圧たっぷりな声でキングヘイローに話す。
なるほど。この態度からタイガーの最後は推測できた。ならば、
「カワカミさん、あなたさっき言ったわね」
「はい?」
「『トレーナーさんが記憶を取り戻すためならどんなことでもしますわ!』と」
「あ、はい。熊に勝てばいいんですの!?」
「…違うわよ」
「では私は何をすれば?」
「トレーナーの前でやりなさい」
「?何をやればいいんですの?」
「プリファイのネタバレを」
しばしの沈黙。カワカミプリンセスはポカーンとした表情で固まっている。
「な、なななっ!なんですってええええ!?」
ようやく事態を理解したカワカミプリンセスは絶叫を上げる。
「無理ですわ!できません!」
「なぜ?」
「え、えーっと…ネタバレをしてしまうと見た時の感動がガッツリ減ってしまいますの。それだとトレーナーさんを悲しませてしまうから…です」
「それだけ?」
「そ、それだけって…」
「あなたのトレーナーへの思いはその程度なの?」
「……でも」
「それに」
キングヘイローはカワカミプリンセスに顔を近づけ、笑った。
「あなたは先ほど何度も見たプリファイの話でも泣けていたでしょう?多少のネタバレをしても大して面白さは減らないわ」
「…そうですか?」
「キングが言うことに間違いは一切ないわ!」
キングヘイローの言葉にカワカミプリンセスはハッとする。そして目を閉じ深呼吸をして覚悟を決めたようだ。目を開き再びトレーナーの元へ向かう。
「わかりました……やりましょう……」
そう言ってカワカミプリンセスはトレーナーの手を取る。
「トレーナーさん、あの話の後、プリファイは逆転勝利。世界は救われますの。そしてーーータイガーは生き返りますわ。正義の心に目覚め、人を愛し守ったご褒美として。大丈夫、トレーナーさんが大好きなタイガーは笑顔でプリファイと再会いたしますわ。だから、だから安心してください」
カワカミプリンセスはトレーナーの顔を抱きしめ、胸で包んだ。
「…それは本当なのか?”カワカミ”」
「………トレーナーさんもしかして記憶が…?」
「えっと、俺何かやったのか?」
「ど、どれぇなぁざぁーん!!!」
カワカミプリンセスはさらに強くトレーナーを抱き締める。
「良かった……本当によかった……」
「お、おい、カワカミ……」
「何ですかぁ?」
「ちょっと苦しい……」
「あっ、すみませんでしたぁあああ!!」
慌てて手を離したカワカミプリンセスだったが、すぐにまた抱き着こうとする。
「やめなさい」
キングヘイローは首根っこを掴んでトレーナーからカワカミプリンセスを引き離す。トレーナーはその様子にあっけにとられながらも苦笑する。
「記憶が戻って何よりね」
「記憶?」
「あなたは先ほどまで記憶喪失だったんですのよ」
「え?そうだったのか…」
トレーナーは右手で頭を掻きながら困り顔を浮かべた。
「ということはさっきまでの俺はいろいろ迷惑かけてしまったようだな……」
「まあかまいませんわ。キングの務めですもの。それより、カワカミさんにお礼の言葉はないのかしら?彼女、あなたのために大好きなプリファイのネタバレをしたのよ?あなたと見て一緒に楽しむための話を」
トレーナーはまだキングヘイローに掴まっているカワカミプリンセスに顔を向ける。
「ありがとう、カワカミ!」
「いいえ、気にしないでくださいまし。私はトレーナーさんと一緒にいられるだけで幸せですから!!」
カワカミプリンセスは満面の笑みで答える。その言葉は心からのものだろう。その証拠にほんのりと頬を赤く染めている。
「はぁ、とても見ていられないわね…」
キングヘイローは手団扇で軽く顔を扇ぐ。
「じゃあ、カワカミにはお礼をしないとな。何でも言っていいぞ」
「…でしたら、私と…今から…プリファイを…最終回まで一緒に見てください」
「よろこんで」
「できればキングさんと一緒に」
「だってさ」
「え、私一度もプリファイ見たことないのよ!?」
「大丈夫です!プリファイは誰が見てもどこから見てもぜっったいに楽しめる神アニメですわ!!」
先ほどまでの涙はどこへやら、いつも通りの力あふれるやかましい声でカワカミプリンセスは叫ぶ。
「ではさっそく、トレーナー室から持ってまいりますわ~」
ドタバタと足音をたてながらカワカミプリンセスは保健室を出て行く。
「だってさ。どうする?キング」
キングヘイローはハァとため息一つ。
「仕方がないわね…。見てあげるわよ!感謝しなさい!!」
その後、最終話まで3人仲良く絶叫しながらプリファイを見た。この思い出は決して色褪せず、忘れることはないだろう。
AIのべりすとに少し手伝ってもらいながら作成。