【短編集】未熟姫とトレーナー   作:ほいさ

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カワカミプリンセスがとあるゴキブリを潰す話です。
主な登場人物:カワカミプリンセス、トレーナー


姫、愛しきゴキブリを潰す

「ふう、一息つくか」

 

トレセン学園にある人気が少ない自販機へカワカミプリンセスのトレーナーは向かっていた。

自販機が目に入る距離まで近づくと、先客がいることに気が付いた。

背丈が高く恰幅がよい、そして物理的にいつも光り輝いているあの人はたしか、

 

「お疲れ様です。アグネスタキオンのトレーナーですよね?」

 

トレセン学園では一二を争うほど有名なトレーナーだ。その理由は一目瞭然、いつも光り輝いている彼の体だ。ちなみにカワカミプリンセストレーナーよりも先輩である。

 

「おう、お疲れさん。カワカミプリンセスのところのトレーナーだよな?」

 

「はい、そうです。よくご存知でしたね」

 

「そりゃお前さんは有名人だからな。あのカワカミプリンセスのバ鹿力を何度も受け止めてきた猛者だろう?」

 

「いえいえ、アグネスタキオンの実験体に何度もなっても健康体な先輩ほどではありませんよ」

 

人外になりつつある二人が談笑していると、アグネスタキオンのトレーナーがポケットからラップに包まれた物を取り出し、

 

「1枚どうだい?自信作だぞ」

 

ラップを剥がしながらカワカミプリンセスのトレーナーに差し出す。

 

「クッキーですか?」

 

かわいらしいウサギの形をしたクッキーであった。

 

「タキオンの食事の世話をしているうちにお菓子作りにはまってしまってな」

 

ちょうど小腹が空いていたこともあり、カワカミプリンセスのトレーナーはお言葉に甘えることにした。

 

「いただきます」

 

口の中にバターの香りが広がる。日頃節制生活をしているためか、余計に美味しく感じられた。

クッキーが少し湿っており、苦味がほんのわずかあったのが気になったが、

 

「おいしいです。いい嫁さんになりますね」

 

「はっはっは!貰い手がいるかねぇ?」

 

そう冗談を言いつつアグネスタキオンのトレーナーもクッキーを口に入れた。一瞬眉をひそめたが、

 

「うまい!さすが俺!」

 

太陽のような笑顔を浮かべて親指を立てた。

 

カワカミプリンセスのトレーナーはスマホを取り出し、時刻を確認した。

 

「そろそろ仕事に戻るか…それでは失礼します。お礼はまた後日」

 

「気にすんな!頑張って来い」

 

カワカミプリンセスは彼のトレーナー室へと戻っていった。

 

 

トレーナー室に戻ると、カワカミプリンセスのトレーナーは急に眠気に襲われた。

 

「ふわぁ~……」

 

昨夜遅くまでトレーニングメニューを考えていたためだろうか?まだ書類仕事、主にカワカミプリンセスによる破損物の請求書が残っているのだが……。

 

「一時間程度なら大丈夫か」

 

眠気に耐えながらの仕事はあまり効率がよくないと考え、彼は椅子に座り体を机に預けて目をつぶった。

 

 

『ん~よく寝たな~』

 

あくびをしながらカワカミプリンセスのトレーナーは暗闇の中で目を開けた。

 

『ん?電気は消したっけか?それに頭に違和感があるような…』

 

トレーナーが頭に手をかざすと細い糸のようなものに触れた。摘まんで引っ張ってみると、おでこ辺りがチクリと傷む。糸に触れながら手をおでこに近づけると、おでこから糸が伸びているのが分かった。反対側も同様であった。

 

『何が起こってるかわからないが…とりあえず保健室へ向かうか』

 

カサカサと音をたてながら光がある方へ出ていく。

 

『ん?何で目線がこんなに低いんだ?』

 

地面、トレセン学園の廊下が目のすぐ下にある。

 

『これではまるで這いずってるようだぞ?』

 

視界にウマ娘が入る。状況を確認するため、ブーンと羽音をたててウマ娘の方へ飛んでいく。そのウマ娘はカワカミプリンセスのトレーナーを見た途端、

 

「ひ、ひっ!ゴ、ゴキブリィィィ!!!」

 

悲鳴を上げて逃げていった。

 

『ゴキブリ?』

 

トレーナーは周囲を確認するが、ゴキブリは見当たらない。ふと気になり、磨かれたガラスを見ると、一匹のゴキブリが空を飛んでいる。嫌な予感がしつつトレーナーが右手を上げると、ガラスに映るゴキブリも右手を上げた。

 

『まさか…』

 

『おい何してんだ!隠れろ!』

 

いきなり手を掴まれ、物陰に引きずり込まれた。

 

『大丈夫だったか!?怪我はないか!?』

 

目の前にいる黒光する虫、ゴキブリにカワカミプリンセスのトレーナーは心配そうに声をかけられた。

 

『だ、大丈夫です』

 

『それは何よりだ。まったく、またタキオンの仕業だな』

 

呆れつつも落ち着いた声でカワカミプリンセスのトレーナーに話しかけてくるゴキブリ。カワカミプリンセスのトレーナーはこの態度と『タキオン』と呼び捨てにするしていることで、目の前のゴキブリの正体に気がついた。

 

『まさかですが…アグネスタキオンのトレーナーですか?』

 

『おう、光ってないから気づかないと思ったぞ。お前もゴキブリになってたんだな』

 

どうやら2人ともゴキブリになってしまったらしい。

 

『あー、やっぱりですか…』

 

『落ちついてるな』

 

『いやーカワカミと一緒だとトラブルだらけで度胸がつきましてね…。そういう先輩も落ち着いてますね?』

 

『何度もモルモットになってるからなあ。あと、暗さを体験したのは久しぶりでなぁ。暗い所って落ち着くんだな~』

 

数か月ぶりの暗闇にほっこりしているアグネスタキオンのトレーナーであった。

 

『でも何で俺まで?』

 

『あのクッキーだな。湿ってただろ?おそらくタキオンが何か仕込んでたんだ』

 

アグネスタキオンが妙な実験をしてるという噂をカワカミプリンセスのトレーナーは聞いていたが、被害に遭うのは初めてであった。

 

『ま、タキオンに会えばどうにかなるだろ。この時間、たしかタキオンはトレーニングルームにいるはず』

 

そう言ってアグネスタキオンのトレーナーはカサカサとトレーニングルームへ向かって走り出した。カワカミプリンセスのトレーナーがそれに続こうとすると、

 

 

「神聖な女子寮に忍び込む黒い影!救いの声に応えるため!姫が成敗いたしますわ!」

 

廊下に響くほどの大声を上げながら、ジャージ姿の栗色長髪タレ目で小柄なウマ娘、カワカミプリンセスがポーズを決めていた。

 

「さあ、出てきなさいませ!」

 

カワカミプリンセスは並々ならぬ気迫で手で丸めた冊子を握りしめ、周囲を警戒している。

 

『ゴキブリに怯まないとは珍しい娘だな』

 

少し離れた物陰からアグネスタキオンのトレーナーが話しかけてきた。

 

『ええ。カワカミはゴキブリ退治のプロですよ』

 

カワカミプリンセスはゴキブリに恐怖感を抱かずにゴキブリを潰す。プリファイの歌を口ずさみながら潰すこともある。

 

『ま、これだけ離れてるんだから逃げ切れるだろ』

 

そう言い残してアグネスタキオンのトレーナーはトレーニングルームの方へ駆けていく。普通の人やウマ娘では捕捉できないほど素早い動きであり、カワカミプリンセスのトレーナーも油断していた。

 

「そこにいやがりましたか!」

 

カワカミプリンセスは一瞬で捕捉すると1、2歩でフルスピードまで達し、

 

「でえええい!」

 

パシィーン!手にした冊子でゴキブリことアグネスタキオンのトレーナーを叩き潰した。

 

『せ、先輩いぃぃぃ!!!!』

 

カワカミプリンセスのトレーナーはゴキブリ語で叫んだ。潰された後を恐る恐る確認すると、 外殻だった物からねっとりとした白い液体が飛び散っており糸を引いていた。糸の先は冊子についている。そして冊子の先にはカワカミプリンセスの姿がある。

 

「ふふ~ん♪ゴキブリ退治一丁上がり!ですわ♪」

 

鼻歌を口ずさみながら嬉しそうに成果を述べている。

 

一方、カワカミプリンセスのトレーナーはビビっていた。

 

(なぜだ…なぜあんな離れたところから小さなゴキブリを捕捉できた…?よほど目が良くなければ気が付かないはず…まさか!)

 

トレーナーは思い出した。最近のトレーニングの中でカワカミプリンセスが「大局観」と呼ばれる技能を身に着けていたことを。「大局観」は身に着けると視界が広くなると言われているのだ。

 

(だから先輩を捕捉できたのか!くそ!俺が気づいていれば!)

 

死骸となった先輩ゴキブリを見て後悔の念に駆られていたが、

 

「あら♪もう一匹いやがりましたのね♪」

 

軽やかな無駄のないステップで廊下の隅に潜んでいたトレーナーに近づき、冊子を振り下ろしてきた。

 

『まずい!』

 

トレーナーは必死に逃げ、カワカミプリンセスの後ろに回り込んだ。ここならば視界の範囲外なので捕捉されないはずだ、とトレーナーは考えていた。だが、カワカミプリンセスはすぐに首を回し、

 

「そこおおおぉぉぉ!!」

 

トレーナーを見つけ再び冊子を振り下ろしてきた。トレーナーは近くにあったロッカー裏の隙間に入り回避する。

 

『はっ、はっ、はあ~。これで一息つける』

 

と安堵したが、

 

メリィッ!と音が鳴り、物陰が消えてしまった。慌ててトレーナーが確認すると少し先に側面が凹んだロッカーが転がっている。おそらくカワカミプリンセスがパンチで吹き飛ばしたのだろう。

一瞬の思考の後、トレーナーが上を確認するとカワカミプリンセスの足が降って来ていた。トレーナーは足を動かそうとしたが、疲労と恐怖心のため動かなかった。

 

『ならば!』

 

ゴキブリであるトレーナーは羽を広げ、空中へ飛んだ。

 

「逃がしませんわああぁぁ!!」

 

カワカミプリンセスは丸めた冊子を横に構え、トレーナーの方へバットを振るがごとくフルスイング。冊子が横殴り状態でトレーナーへ向かう。

 

『うお!?』

 

トレーナーはギリギリのところでかわす。が、風圧で遠く吹き飛ばされてしまう。

 

「待ちやがりなさいませぇぇえ!」

 

カワカミプリンセスがトップスピードで迫ってくる。だが、そこそこ距離がありトレーナーはほんのわずかだが休むことができた。

 

「くたばりやがりなさいなああぁぁ!!」

 

真正面から丸めた冊子を振り下ろすカワカミプリンセスにトレーナーは突進し、股をくぐった。カワカミプリンセスが振り向く前に教室までたどり着こうとトレーナーは必死に足を動かす。

 

『教室には隠れられる所がたくさんある!』

 

教室で時間を稼ぎ、スキを見つけて逃げようとしたトレーナーであったが、

 

「逃がしませんわ!!『Shadow Break』!」

 

カワカミプリンセスは拳を地面にたたきつけた。その衝撃は廊下を割りながら地面を伝わってトレーナへと迫り、

 

『う、うわっ!』

 

軽いゴキブリボディは空に浮き、ひっくり返った状態で落ちた。

 

『う、動けない!』

 

足を必死にバタつかせるが空気を掻くのみで何もできない。羽を広げて打開しようとするものの、慣れてないせいかうまく広げることができない。

 

「ふぅ、ブライアン副会長から教わった技がこんな所で役に立つとは思いませんでしたわ」

 

カワカミプリンセスはゆっくりと近づいてくる。

 

『やめろ!来るな!こっちに来るな!』

 

カワカミプリンセスはトレーナーにじりじりと近づき

 

「さあ、観念してくださいまし♪」

 

ニコッと微笑みながらカワカミプリンセスは丸めた冊子をトレーナーに躊躇なく叩きつけた。

 

「えいや♡」

 

プチっ

 

 

カワカミプリンセスのトレーナーは浮遊感を感じながら闇をさまよっている。

 

『ここはどこだ?俺はどうなった?…まさか死んだのか?』

 

トレーナーは辺りをキョロキョロと見まわしたが、真っ暗で何も見えない。

 

『嫌だ!まだ死ねない!まだ俺はカワカミを姫にしていない!そして俺も王子様にぃぃぃぃいい』

 

顎が揺れてうまく声を出せない。だんだん顎のみにとどまらず全身が震えてくる。

 

(―――ぉぃ!ぉい!おい!)

 

トレーナーは何か幻聴が聞こえ―――

 

 

「おい!目を覚ませ!」

 

カワカミプリンセスのトレーナーは誰かに体を揺すられている感覚で意識を取り戻した。

まぶしさに細めながら目を開けると、アグネスタキオンのトレーナーが視界に入った。

 

「え?せ、先輩…生きてたんですか?」

 

「おう、なんとかな」

 

よかったぁとカワカミプリンセスのトレーナーが安堵していると、

 

「ふぅむ」

 

カワカミプリンセスのトレーナーは視界の片隅にいる1人のウマ娘に気づいた。眠たそうな目でカワカミプリンセスのトレーナーをじっくりと観察している。

 

「ふむ、体に異常はないようだね。ありがとうモルモット二号君!これで実験は成功だ!」

 

アグネスタキオンは満足げに微笑んだ。

 

「えーっとこれはいったい?」

 

「ふむ、説明しよう。今回の実験は精神転移実験だったのさ。私はこの薬を使ってモルモット君たちの精神を切り離して飛ばしたのさ。モルモット一号君から聞いた話ではゴキブリになっていたらしいじゃないか。おそらく近くの生物に一時的に憑依したのだろう。死ぬほどのショックでまた精神が解放されて元の体に戻ったと推測できるね」

 

アグネスタキオンは嬉々とした表情で饒舌に語った。

 

「…魔法みたいだな」

 

「充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かないものさ」

 

「ところでなんでこんなことを?」

 

「それは秘密さ」

 

「…………」

 

「知りたいかい?」

 

「…いや、遠慮しとくよ」

 

カワカミプリンセスのトレーナーは深く突っ込まない方がいいと判断し、ベットから出てドアを開け、トレーナー室へ向かった。

 

 

 

トレーナー室前にはカワカミプリンセスがそわそわと落ち着かない様子で立っていた。カワカミプリンセスはトレーナーを見つけると申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あのー、またやってしまいましたわ……」

 

カワカミプリンセスはトレーナーにロッカーを凹ませ、廊下にひびを入れてしまったことを報告した。

 

(やっぱりあれは夢じゃなかったのか…)

 

トレーナーが物思いにふけっていると、

 

「あ、あの…手続きの方をお願いできますか…?」

 

「いつものことだろ、まかせておけ」

 

そう言ってトレーナーとカワカミプリンセスがトレーナー室に入ると、

 

「あら、こんな所にゴキブリが」

 

カワカミプリンセスはゴキブリを見つけると何の抵抗もなく、近くにあった雑誌を丸めてゴキブリに叩きつけようとしたが、

 

「待った」

 

トレーナーはカワカミプリンセスの手を掴み、ゴキブリを叩こうとするのをやめさせた。

 

「トレーナーさん?」

 

戸惑うカワカミプリンセスを無視し、トレーナーはゴキブリを素早い動きで追いつめ、手で包み込んだ。そして開いていた窓に近づき、外へ逃がした。飛び立つゴキブリを安堵の表情を浮かべて見送る。

 

「カワカミ…ゴキブリにも命があるんだな…」

 

悟りを得たような顔つきのトレーナーに困惑するカワカミプリンセスであった。

 

 

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