わたしのちっちゃな幼馴染、双葉智代子はとってもチョロい。
たとえ怒りに震えていても、頭を撫でてあげさえすればすぐに目を細めて気持ち良さそうな声を漏らす。
全力で何かお願いすれば、なんだかんだと言いつつも大抵のことは受け入れてくれる。もちろん、彼女が本気で嫌がるようなお願いはしないけれど。わたしはチョロくて可愛い幼馴染が大好きなのだから。
智代子のことを最初に意識したのは、たしか小学校2年生の頃だったか。
意識したとは言っても、べつに恋愛的な意味ではないよ? 幼い頃のわたしはそこまでませてはいない。ただ、初めてクラスメイトになったその少女があまりにも小動物的で愛らしかったものだから……うっかり心を奪われてしまったのだ。それこそ、この子を可愛がる権利はわたしだけのものだ、とクラス中の同級生に主張したくなったほどには。
小学校低学年の子どもに母性を目覚めさせるだなんて、智代子は罪作りな女だよね。この責任はきっちり取ってもらわないと! ふふっ、なんちゃって。
「なんで小学校の卒業アルバムなんか眺めながらニヤケてるん?」
「だってぇ……見てよ、智代子のこの表情! ふふっ。人一倍大きなサツマイモを掘り上げたからって、ほっぺた蕩け落ちそうなくらいに満面の笑みを浮かべちゃって」
「ふむふむ。うひゃ~、たしかに! めっちゃ可愛いなぁ。こりゃ堪らんわ」
「でしょ! でしょ!」
今年の春から付き合い始めた恋人が、わたしの隣に寝そべりながらモジモジと身悶えている。
放課後や休日、どちらかの家に集まってだらだらと過ごすのが、わたしたちにとっての日常だ。
もっとも、わたしと瑞稀が現在のように付き合い始めるまでは、智代子も含めて三人仲良く集まることが多かったのだけど。
まさか瑞稀と付き合い始めた途端、自分はお邪魔虫だからとひとり図書館に通い出すとは想定外だった。常識的に考えればそれが当然の反応だと気づいたときには、膝から大いに崩れ落ちたものだ。
それでも、寂しいこと言わないでよぉと涙目で縋りつけば三日に一度くらいは折れてくれるから、やっぱりチョロ……いや、優しいよね。
「ハルちゃんはほんまにチョロちゃんのことが大好きやなぁ」
「そんなの当たり前でしょ。それに、智代子のことが大好きなのは瑞稀だって同じじゃない」
「ニシシッ、まあな! そういえば、今日のチョロちゃんも可愛かったなぁ」
「それも当たり前。智代子が可愛くない日なんて、一日たりともこの世に存在しないんだから」
わたしの幼馴染が超絶可愛いことは、まさしくこの世の理なのだ。
◇
彼女、風切瑞稀はわたしの愛しい恋人であり……とある志を共にする同志でもある。共犯者という表現の方がより的確かもしれないけど。
わたしたちが付き合うようになったきっかけ、それは瑞稀の発した一言だった。
「念のため確認なんやけど、ハルちゃんはチョロちゃんのこと大好きって理解で合ってるやんな?」
新たな学年に進級し始業式を終えた、麗らかな春の日の放課後。大事な話があるからと親友から呼び出しを受けたわたしは、ひとり屋上へ駆けつけた。
で、いきなりこの一言である。わたしは、わたしを呼び出した張本人である瑞稀が投げかけてきた、あまりにも唐突すぎる質問に首を傾げる。
「……? 当たり前でしょ、そんなの。わたしたち幼馴染なんだから」
「あーー……ちゃうちゃう。うちが言うてるのは、ラブな意味での好きのことや」
「ら、ららららラブ!? はっ? ちょっ、何それ意味わからないんだけど。とりあえず……絶対そんなんじゃないから!」
「……えぇっと、それって照れ隠しなん? それとも、ほんまに自覚ないん?」
わたしには、彼女の言っていることの意味が理解できなかった。否、理解したくなかったというのが正確か。だって、正直に吐いてしまえば……たしかに心当たりはあったから。
けれど、それを認めるということは、これまで築き上げてきた幼馴染という関係をあっさりぶち壊すことに限りなく等しいわけで。智代子と別の関係になることを一度でも望んでしまえば、少なくとも今の関係は確実に瓦解する。そんな予感があった。しかも、望みが成就しようがしまいが関係なく、そうなってしまう。それだけは意地でも避けたかった。
だからこそ、僅かでも自覚した時点で速攻蓋をして封じ込めていたつもりだった。それなのに、ほんの一年一緒に過ごしてきただけの瑞稀がどうしてそれを見抜いているかのような態度を取るのか。戸惑いとショックで、わたしの頭はぐちゃぐちゃになる。
「だって、ハルちゃんがチョロちゃんに向けている視線、うちが二人に向けている視線と同じなんやもん。チョロちゃんはめちゃくちゃ鈍いから、全然気づいてなさそうだけど」
ん? あれ?
予想していた展開とのズレに気づき、なんとも言えない違和感を覚える。瑞稀はわたしの愚かな願望を糾弾しようとしているわけではないのか? どうにも分からない。
「瑞稀がわたしと智代子に向けている視線……?」
「せや。好きで好きで堪らなくて、心底から夢中になっている対象にだけ向ける、茹で上がるほどに熱を帯びた桃色の視線」
ちょっと待った。この際、わたしがそんな視線を智代子に向けていたことは認めよう。もはや、それどころではないのだから。まさか、まさか……。
「そ、それって……ねぇ、瑞稀はもしかして」
「やっと気がついたんか? たぶんハルちゃんの想像した通りや。何を隠そう、うちは君ら二人ともにベタ惚れやねん。一年前に一目見たときから、ずっとな」
出会ったその日から!? まさに衝撃の告白だ。
「そんなの、わたしちっとも気がつかなかった。たぶん、智代子だって気がついてないはず……」
「せやから言うてるやん、チョロちゃんは鈍いからって。ずっと近くにいるうちら二人から熱い視線を送られて尚も気がつかへんとか、あの子は相当やで。ハルちゃんの方は、鈍いというか、あまりにもチョロちゃんに夢中やから……うちの想いに気がつかんのも仕方ないわ」
「わたしってそんなに智代子のことばかり見ていたんだ。うぅ、穴があったら入りたい……」
なんというか、つい先ほどまで意地を張って必死に否定しようとしていたことが馬鹿らしくなってきた。
ええ、そうよ。わたしは智代子がラブな意味で大大大好きなのよ! それが何か問題かしら?!
――完全に開き直りの境地である。
それはさておき、今は目の前の親友の口から飛び出したカミングアウトに向き合わねばなるまい。
わざわざわたしを呼び出して、こんな話題を切り出したということは……恐らく、瑞稀の話にはまだ重要な内容が残っているはずだ。
彼女の頬は、わたし同様に随分と赤く染まっている。放課後のこの時間、まだ夕日は差していない。
「この際やから思い切って明かしてしまうけど、入学式の日に二人へ近づいたのは、そういう下心もあってのことやねんで」
「ちょっ?! 下心って……!」
些か思い切りが過ぎるのではないだろうか?
いや、下心って言い方がアレなだけで、つまりはそういうことなんだろうけど。
「それで……瑞稀はわたしに何を求めるの?」
「うちと付き合ってほしい」
やっぱりか。清々しいまでの即答である。
だけど、告白する前にわたしが智代子のことを好きなのか確認したということは、当然わたしがどんな答えを返すのかも見当がついているはず。それでも臆せずに気持ちを伝えてくれたのだから、その覚悟にはしっかりと答えねばなるまい。それが、勇気ある親友に対してのせめてもの誠意だ。
「あのね。瑞稀のことは嫌いじゃないし、なんだかんだで付き合ったら楽しい毎日が待っているんだろうなって思う。わたしたち、意外と似た者同士だもんね。でも……ごめん、わたしは瑞稀と付き合えない。だって、他に大好きな子がいるから」
本当にごめん。そしてありがとう。
「そっか……良かった、ハルちゃんがチョロちゃんのこと好きでいてくれて。それと、うちと付き合った未来を楽しそうやと言ってくれて」
「瑞稀…………」
「なら、やっぱりうちら付き合おうや」
「み、瑞稀……?」
おっと、困った。親友の思考回路が読み解けない。何がどうしてその結論に至ったのか。
「うち、さっき言うたやん。二人ともにベタ惚れやって。最初っから、うちは三人仲良く恋人関係になる未来しか考えてないんや!」
「瑞稀さん……!?」
前言撤回。彼女の言っていた「下心」は文字通りの意味だったようだ。
純情なわたしの謝罪と感謝の想い、悪いんだけど返してもらえません?
今思い返しても、あれはあまりにも最低な告白だった。瑞稀以外の口から同じ台詞が飛び出していたならば、わたしはその相手を完膚なきまでに蹴り倒していただろう。
ただ、あの日のやり取りには続きがある。その続きを聞いて
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