「ちょろ子、今日こそ私たちの子どもになる決心がついたよね?」
「いやいやいや、どれだけ時間が経ったところで、絶対にそんな決心はしないからね!?」
「そう……分かった。じゃあさ、仕方がないから三人仲良く
「ねえ、何にも分かってないよね!? 大体、三人で付き合うって台詞自体が普通じゃないから!」
昼休みの屋上、いつものように手作りのお弁当を広げながら、ハルちゃんとチョロちゃんの夫婦漫才を鑑賞する。眼福、眼福。
「チョロちゃんは怒った表情も愛らしいなぁ」
「ちょろ子……いや、エロスは激怒した。ふふっ」
「それを言うならメロスでしょ……って、いや、メロスでもないけど。そんなことばかり言っていると、かの邪智暴虐の親友を除かなければならぬと決意しちゃうよ!?」
頬を桃色に染めながら、今日も元気にツッコんでいるチョロちゃん。彼女なら、うちが生まれ育った地元の学校に転校したとしても、あっという間に馴染むことができるはずだ。あそこは、ボケとツッコミが日常の一部と化しているからね。
まあ、たとえ無口な性格だったとしても、皆に愛される運命には変わりないんだろうけど。さすがチョロちゃん、チョロ可愛い。いや、この場合、チョロいのは寧ろ周りの人間か。
「何にせよ、チョロちゃんはやっぱり凄いわ」
「ボクが凄い? な、何の話……?」
「ニシシッ、べつに何でもないで」
彼女の凄さを誰よりも理解している人間は、十中八九うちで間違いないだろう。だからこそ、心の中でもう一度同じ感想を繰り返す。
チョロちゃんはやっぱり凄いわ。
◇
うち、風切瑞稀は高校入学のその日、ちょろ子こと双葉智代子とその親友、川島晴香に一目惚れをした。
自分の恋愛対象が同性であることは、とっくの昔に自覚していた。初恋だって既に経験済みだし。もっとも、その初恋が成就することはなかったのだけれど。
そうは言っても、まさか二人同時に惚れてしまうほど惚れっぽい人間だとは思っていなかったものだから、さすがのうちも狼狽えた。
いやいや、まさかそんな馬鹿な……。そんな風に思いながら、再び二人に視線を向ける。
「智代子ったら、スカーフの形が崩れちゃっているわよ? ほら、直してあげるからこっち向いて」
「……ありゃ? えへへ、ありがと」
あぁ、これが俗に言う尊いってやつか。
そこには百合の花が咲き誇っていた。ここは教室の中だけど、そんな些細なことはどうでもいい。うちの目には確かに満開の花園が見えたのだから。
そして理解する。うちが見境なく誰にでも惚れてしまうような尻軽女になってしまったわけではないのだと。そう、うちはちっとも悪くない。ただ純粋に、この二人があまりにも魅力的すぎただけなのだ。
さて、ここでひとつ大きな問題が浮上する。果たして二人の間にうちが挟まるなんて行為が許されるのだろうか、と。だけど、熱く燃えたぎるこの恋心は抑え切れる気がしない。
だからうちは自分に対して言い訳をする。
「友達になるくらいなら……ええやんな?」
そうしてうちは、僅かばかりの下心を抱えたままにチョロちゃんとハルちゃんへ近づいた。友達になるだけなんて、そんな器用な真似ができる人間ではないことを頭の隅で自覚しながら。
「なんやお二人さん、えらい仲良しやなぁ。せや、ぼっちで可哀想なうちも仲間に入れてくれへん?」
◇
「あのね。瑞稀のことは嫌いじゃないし、なんだかんだで付き合ったら楽しい毎日が待っているんだろうなって思う。わたしたち、意外と似た者同士だもんね。でも……ごめん、わたしは瑞稀と付き合えない。だって、他に大好きな子がいるから」
親友に告白したこの瞬間、うちの恋は一度盛大に玉砕した。だがしかし、この展開はあらかじめ想定していた通りなので問題ない。幼馴染のことが大好きなこの親友が、そう簡単にうちを選ぶはずがないのだから。そんなわけで、うちは動揺なんてしていない。足が小刻みに震えている気がしないでもないけど、これはきっと気のせいなのだ。
「そっか……良かった、ハルちゃんがチョロちゃんのこと好きでいてくれて。それと、うちと付き合った未来を楽しそうやと言ってくれて」
「瑞稀…………」
うちは平静を装って(……いや、べつに装っているわけじゃなくて、実際に平静なんだけどね?)会話を続ける。ハルちゃんは申し訳なさそうにこちらをじっと見つめている。うちの親友は本当に優しくてお人好しだ。それと比べて、うちの内心はなんて醜いのだろう。だけど、告白してしまった以上は、もう引き下がれない。引き下がる気もない。
「なら、やっぱりうちら付き合おうや」
「み、瑞稀……?」
ここにきて、ハルちゃんはようやく会話の流れがおかしいことに気がついたらしい。戸惑いがありありと表情に現れている。まあ当然だ。実際、うちはおかしなことを言っているのだから。
「うち、さっき言うたやん。二人ともにベタ惚れやって。最初っから、うちは三人仲良く恋人関係になる未来しか考えてないんや!」
「瑞稀さん……!?」
うちは、チョロちゃんとハルちゃんの二人の百合百合しい光景に見惚れて恋をしたのだ。だから、最初から二人の関係に亀裂を入れるつもりなんて毛頭なかった。だってうちは……無事に二人と付き合って、三人仲良くハッピーエンドを迎える未来を掴み取りたいのだから。
昨年の春、二人と共に過ごすようになってすぐ、ハルちゃんがチョロちゃんに対し無自覚ながらも恋愛感情を抱いていることは確信できた。
ただ、もう一方のチョロちゃんは残念ながらそういった感情を抱く段階には至っていない様子。とはいえチョロちゃんは押しに弱いところがあるから、信頼している相手から本気で迫られれば、きっとその気になっちゃうだろう。そんな風に思わせるだけの隙が彼女には存在した。
それならば、先にチョロちゃんから攻略した方が確実だったんじゃないかって? いやいや、それは愚策だ。うちに寝取りの趣味はない。そんなことをした日には、間違いなくチョロちゃんとハルちゃん、そしてうちの間に取り返しのつかない亀裂が入ってしまうことだろう。ハルちゃんはチョロちゃんほどチョロくないから、一度壊れてしまった後に再び関係を修復するなんてことはとてつもなく困難に違いない。というわけで、まずはハルちゃんに告白したわけだ。
「な、なるほどね……って、いやいやいや。そんなこと本当に考えていたんだとしても、なんで馬鹿正直に
「そうでもせんと、ハルちゃんの心は揺さぶれへんやろ? 詰まるところ、これもうちなりの作戦なんや」
「その割には、さっきから足が子鹿みたいに震えているけど……」
うっ、それは仕方がないじゃないか。うちにとっては人生初の告白であると同時に、一世一代の大博打に出ている瞬間なのだから。再びフラれてしまう前に、うちは本題に入ることにした。
「ハルちゃんはさっき、うちと付き合った未来を楽しそうやと言うてくれたやろ? ってことは、うちと付き合うこと自体はべつに嫌じゃないわけや。それなら、うちとチョロちゃんの両方と付き合えば、最高に楽しくて幸せな未来が待っていると思わへん?」
「で、でも……そんなの上手くいくはずがないよ」
おお、ハルちゃん意外と乗り気である。馬鹿なことを言うなと一刀両断される想定で、次の手も考えていたのだけれど。ハルちゃんも意外とチョロいのかもしれない。これは、変な虫がくっつく前に、うちが説得してしまわないと。変な虫の筆頭である自身のことを棚に上げながら、そう決意する。
「うちはな、この一年の間でチョロちゃんの
言いたいことは全て言った。さあ、あとはどう転ぶか。ハルちゃんの選択次第だ。
内心で指を組んで神様に祈る。うちの恋、どうか成就させてくださいと。
「まったくもう。ほんと、瑞稀といると飽きないね。瑞稀と付き合ったら楽しい毎日が待っているんだろうなって思っているのは本心。だけど、ちょろ子のことが大好きな気持ちも変えられない。正直、瑞稀の言っていることは割と最低だと思う」
ごもっとも。返す言葉もございません。
「それなのに……幸せを全部掴むっていう考え方、ほんの少しだけ魅力的だって思っちゃった。だから」
「だ、だから……?」
「いいよ、瑞稀の口車に乗ってあげる」
望んでいた通りの答えが返ってきたというのに、うちには到底それが現実の展開であるなんて信じられなかった。都合の良い夢でも見ているか、もしくは聞き間違えなんじゃないだろうかって。
だからもう一度「それって、うちと付き合って良いってこと?」と尋ねたら、ハルちゃんは
…………って、えぇえっ!?
「これがわたしからの答え。今度こそ分かった?」
は、はい! 大変よく分かりました!
うちは何度も激しく首を縦に振る。
「そのかわりって言うのもちょっと変だけど……あれだけの大口を叩いたんだから、わたし
「……っ! もちろんや!」
こうしてうちは、人生初の恋人という名の共犯者を得ることに成功した。そう、このときまで、うちの作戦は驚くほど順調に進んでいたのだ。
ただひとつの誤算は、チョロちゃんが思いのほか頑固な性格だったこと。この日以降、うちとハルちゃんはあの手この手でチョロちゃんに迫っているのに、ちっとも靡く気配がない。もしかすると、一発で告白を受け入れてくれたハルちゃんの方がよっぽどチョロかったのでは……?
そんなことをハルちゃん本人に話したら、顔を真っ赤にしながら何度も脛を蹴られてしまった。照れ隠ししているハルちゃんも可愛いから、うちにとってはご褒美でしかないのだけれど。
次回、いよいよメインディッシュ。
ちょろ子さんの運命や如何に!?
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ちょろ子さんは……
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「チョロい」と予想
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「チョロくない」と予想