『緊急ニュースをお伝えします。数分前、アメリカ、フォート・ウィルソンが所属不明ISの襲撃を受けたとの連絡が入りました。現在アメリカ軍とプレジデントフォースが対応に当たっています。DNNの映像が入りましたので、繋ぎます』
「ああ、こんなところに来てる場合じゃ無かったよ!」
ドイツの第2回モンドグロッソ会場でこの時、映像を見ながら嘆いた人物がいる。
本来、DNNのヘリにいるはずの人間。DNNが誇る名物記者、ピーター・マクドナルド。通称“歩くスピーカー”。
ちょっぴり苦情が絶えないのが難点だが、何故か高視聴率を得るので侮れない。
そんな彼は不貞腐れてしまったのでさておき、この映像で最も動揺したのが、何を隠そう日本代表織斑千冬である。
ハイパーセンサー越しに見ていた映像の中で、少女の手を引きながらどこかへと逃げていく弟がほんの数秒映っていた。
「おい! 今イチカが映っていたぞ!」
「織斑さん、落ちついてください!」
「これが落ちついてなどいられるか! イチカは今ワシントンにいるんだ! 場所も合う!」
「ドイツからアメリカまでどれだけ時間がかかると思ってるんですか!」
決勝戦を前に、この大会が終わったらイチカの機嫌直しとしてお土産にブリュンヒルデのトロフィーを持っていってあげようなどと考えていた織斑千冬の心は、今完全に決勝戦ではなく最愛の弟に向かっていた。
「状況は?」
『フォート・ウィルソンを襲撃した敵2機のうち1機、アラクネは既に撤退した。別働隊でホワイトハウスに1機向かったようだが、プレジデントフォースが向かっている。そう時間はかからないだろう』
「Hum……では、引き続き掃討を――む?」
『どうした? 大統領』
彼は第74代アメリカ合衆国大統領、マイケル・ウィルソンJr。
モンドグロッソの来賓としてこの場にいる彼と護衛のプレジデントフォースは、自国の象徴ともいえる場所でのテロ発生の報を受けても、取り乱すことなく落ちついてた。
それだけ、留守を守る兵士たちと
そこにもう一つ理由を付け加えるとすれば、先程から彼が遠く離れた地から感じている、懐かしく、そして強大な波動――。
「――ダディ……?」
ちょうどその時、選手の入場曲が流れた。
先に入場するのは、ブリュンヒルデに挑む形となったドイツ。
ドイツ国歌が流れる中を、両肩に大型レールガン“ハーケンクロイツ”を装備したシュヴァルツェア・ティーガーが進む。
アリーナの中央まで辿りついたシュヴァルツェア・ティーガーが振り返り、観客席に向けて敬礼すると、ドイツの民衆はドイツ代表の言葉に斉唱を以て答えた。
「
『Sieg Heil!』
対するは日本代表、織斑千冬。日本国歌――ではなく、遥か昔のSF映画“スターウォーズ”の“ダースベイダーのテーマ”が流れてくる。
この選曲は第1回モンドグロッソの際に彼女の友人である篠ノ之束がちょっとした悪戯を仕掛けて流させた曲であるが、いつの間にか重低音の威圧感溢れるこの曲が現ブリュンヒルデの織斑千冬のテーマで定着してしまっていた。
ところが、その織斑千冬がいつまでたってもピットから出てこない。
『ああっと、大変です! “ブリュンヒルデ”が決勝戦を棄権し、行方を眩ませました!』
「なんだって! モンドグロッソ、どうしろっていうんだ! 事が終わったらブリュンヒルデに責任取ってもらうぞ!」
聞けば、日本代表のIS“暮桜”の姿が消えていたらしい。突然の事態に頭を抱える主催者のドイツIS委員会。
アリーナに、ポツンとドイツ代表のISと、その操縦者が立ちつくしている。
「
出し抜けにそんなことを言い出すのは大統領の秘書官であるジョディ・クロフォード。
「ドイツは最近、昔の“強きドイツ”を取り戻そうと
破天荒な言動でサポートする彼女。この発言の意図も、もちろんこのまま不戦勝で締まらない終わりを迎えるより、そっちの方が面白そうだから。
そして、それは程なくして現実となる。慌てる主催者は、突如降って湧いた提案に縋りつく。この場を収集するには、最早それしかなかった。
「えー、緊急事態につき、決勝戦の内容を変更します。まずは、ドイツの最新鋭第2世代IS、シュヴァルツェア・ティーガー! レーゲン型の高性能カスタム機である本機は
「U・S・A! U・S・A!」
アリーナの男性観客から大歓声が上がり、プレジデントフォースと“カスパライティス”搭乗者のナターシャ・ファイルスがアメリカ国歌を歌う。あのアラスカ会議終了後の宣言通り、女尊男卑が進む世界に屈しなかったアメリカ大統領。
男性の全世界元首にしたいランキング堂々の1位であるマイケル・ウィルソンJr、まさかのモンドグロッソ出場である。
同じ頃、それを聞いた国際IS委員会の面々は一斉に飲み物を噴きだしていた。
*
その日、ホワイトハウス地下で2機のパワードスーツが対峙していた。
1つは、女性にしか扱えない新世代パワードスーツ、インフィニットストラトス“ストライクイーグル”。
もう1つは21世紀初頭に登場し、戦場の主役を歩兵の手に奪還した特殊機動重装甲の大統領モデル、“メタルウルフ”。
メタルウルフに乗る少年、織斑イチカの精神は、初の実戦にも拘わらずこれ以上ないほどに落ちついていた。
世界の社会を文字通り覆した、新世代パワードスーツ“IS”を前に腕組みをして仁王立ち。
彼の余裕は、先程流れ込んできた熱い魂の如きエネルギーによるものである。
そんなメタルウルフから発せられる訳の分からないプレッシャーが、対峙しているISに乗る操縦者の表情を歪ませている。
「なんだ、貴様……ソイツの稼働時間は一体どれくらいだ」
「1分だ」
「嘘を言うな! 状況が変わった、お前にはここで倒す。その後引きずり出してやる」
流れた冷や汗の滴が床に落ちると同時、トリガーを引いたレッドパレットの銃弾がメタルウルフに命中。しかし、メタルウルフのエネルギーシールドを貫通することはできなかった。
網膜投影された映像の隅で、イチカがメタルウルフの状況を確認する。
シールドのエネルギーは最大近い。格闘武装の“ミサイルパンチ”は使用可能。ちなみにこのミサイルパンチ、副大統領の反乱時に全米で放送された“ハリウッド並の特撮映像”を見たプレジデントフォースが開発した近接武装であり、正式名称は特にない。
ストライクイーグルが対ISバズーカを構えたのを見て、イチカは右へ跳ぶ。イチカの動作に応じ、特殊機動重装甲で増幅された運動エネルギーがメタルウルフを右へと跳躍させ、作動したブースターがメタルウルフの機体をサイドブーストさせた。
そのまま今度は前へとブーストで跳躍し、距離を詰める。ストライクイーグルは動かない。代わりに、近接ナイフ“ケーバー”を右手に呼び出し、左肩部シールドと新たに呼び出した左手のシールドを構えた。
「どぉりゃぁぁ!」
シールドの上から、メタルウルフの拳が炸裂する。
接触と同時にその拳がオートで爆発。その勢いが2重のシールドでガードしていたストライクイーグルを否応なく吹き飛ばす。
「“ジュージツ”、マイケルおじさんに習っててよかったぜ!」
ストライクイーグルが、空中で宙返りし爆発の勢いを殺す。その操縦者の目には、先程までなかった明確な敵意が見て取れる。
「お前は、私だ。私は、お前だ。だから、織斑イチカ。私はお前のことが大好きで、大嫌いだ」
「ラヴコールか? 生憎そういうのに慣れちゃいないから、気の利いた返事はできないぜ」
ストライクイーグルの左腕に保持されていたシールドの装甲が弾け飛ぶ。そこから現れたのは、リボルバーとパイルバンカーが融合した攻撃力とロマンを併せ持つ武装、“
「そう……殺したいほどに、な」
大して広くもない室内で、ストライクイーグルが加速した。場所柄、彼女が得意とする高機動戦には大幅な制限が科されている。
鉄杭の展開とほぼ同時にメタルウルフの背部コンテナから武器を取り出していたイチカは、直撃寸前のところで盾殺しの先端を逸らし、辛うじてクリーンヒットを免れる。
イチカが取り出したのは――なんと、野球に使う様な金属バットだった。
レイヴンズバットと呼ばれるこのバットは、以前野球ボール型対装甲弾を発射するキャノン砲“マッドリーガーボーイ”を製作したバドゥ社に対抗して試作された、正真正銘
このレイヴンズバットとマッドリーガーボーイでメジャーリーグに参入すべく特殊機動重装甲のメタルレイヴンによる“ワシントンレイヴンズ”なる球団が設立されようとしたのだが、当然のようにどの球団の選手も生身であり、生身で特殊機動重装甲を駆るチームを相手にさせられることを恐れ、試合が成立しなかった。
イチカは知らないことだが、そのワシントンレイヴンズで彼の父親、オリムラ少佐が率いるチームと、その日ちょうど視察に来ていた大統領率いるチームに別れて練習試合を実施したところ、マッドリーガーボーイによるデッドボールが多発した為、大統領とオリムラ少佐で大乱闘に発展。後日ワシントンレイヴンズは解散した。事あるごとに大統領と乱闘騒ぎを起こす隊長のせいで、当時副隊長であったファイルスは胃薬が手放せない生活を送る羽目になった。
「武器は――マッドリーガーボーイ2号、レイヴンズバット、後これは……“大統領シャウト!”?」
『strike!』
『Home Run!』
「本当に叫ぶだけかよ!」
「ふざけているのか」
大統領ボイスが流れるが、特に効果はなかった。むしろ怒らせただけなのかもしれない。
マッドリーガーボーイの情報を確認し、とりあえず逆手でレイヴンズバットを保持したまま、マッドリーガーボーイ2号を構える。
この2号は球種選択機能を排除した代わりに剛速球の野球ボール型砲弾を3連射するというものであり、1射で打者を
それを構え、照準をおおまかに合わせるとトリガーを引く。
刹那、圧倒的な衝撃が腹部を貫いた。
「グゥッ……!」
『hit!』
ニヤリ、とストライクイーグルの操縦者が口の端を持ち上げる。メタルウルフの腹部には盾殺しの先端。
瞬時加速で一気に距離を詰め、砲口の目の前でその場で斜めに回転し砲弾を紙一重で回避、その回転の勢いのまま盾殺しが直撃。
最大近かったメタルウルフのエネルギーシールドは、たった一撃で20個のシールドメモリのうち17個を失っていた。ちなみにこのエネルギーシールド、操縦者の精神力次第で強度が上がる。
壁に叩きつけられたイチカ。吸収しきれなかった衝撃がイチカの脳を揺さぶり、意識を朦朧とさせる。
「とどめだ」
ストライクイーグルが、ゆっくりと近づいてくる。盾殺しの次弾炸薬を装填する音を室内に響かせ、しかし油断することなく。
とはいえ、ここで距離を詰めずENガトリングで仕留めなかった彼女を慢心というのは酷だろう。メタルウルフは、紅い単眼が灯っている以外は完全に沈黙したかに見えた。
一方、イチカはまだ諦めていなかった。メタルウルフの中で荒い息を吐きながら、その瞳の輝きは今だ抵抗を諦めていない。
――その諦めない精神が、彼に流し込まれた大統領魂に火を点けた。
盾殺しをメタルウルフの腹部に突きつけ、とどめの一撃を放とうとしたストライクイーグル。
そこへ逆に盾殺しに勝るとも劣らない衝撃と爆発が彼女の脇腹に襲いかかったのは、その直後だ。
天井に激突し、地面に叩きつけられてバウンドしたストライクイーグル。左腕の装甲がひび割れ、盾殺しが粉砕されてただの鉄屑になり果てる。
――小娘。ここは、アメリカだ。私の息子が治める、アメリカだ――
「なかなか、キツイ一発だったぜ」
メタルウルフが、半分ほど吹き飛んだバットを捨て、ゆらりと立ち上がる。再び、物理的な圧力を身に纏って。
侵入者が操るストライクイーグルのステータスパネルとメタルウルフのモニターに、ほぼ同時にそれぞれ新たな1文が表示された。
『警告。敵機から未知のエネルギー放出を確認』
『
「貴様、一体何を――っ!?」
侵入者である彼女が見たのは、メタルウルフの背後に浮かぶ謎の人影。
ハイパーセンサーの故障かと考えて一瞬ハイパーセンサーをカットすると、人影は消えた。
再起動すると、やはりその影はメタルウルフの背後に見える。
「
――何の目的でやってきたかは知らないが――
「でもな……今、分かった。今、俺には守らなけりゃいけないものがある」
メタルウルフが、新しいレイヴンズバットを取り出し、ストライクイーグルに向ける。
さながら、その姿はホームラン予告を行うヤンキースのホームラン王。
「悪いが、負けられねぇ……!」
――俺は、目の前で子供を殴られて黙っていられるほど、お人好しじゃない!――
「それは――」
――これが――
多少拙さは残るが、豪快なスイングで振るわれるレイヴンズバット。我を取り戻したストライクイーグルの操縦者が回避運動を取ろうとするが、もう遅い。
機動性と速度を犠牲に
加えて、先行量産型であったこのストライクイーグルは現行品と違い、通常モードと
メタルウルフの背後の影が完全にメタルウルフと重なり、消える。2人の雄叫びが、重なる。
「
『Home Run!』
イチカが今守るべきもの。それは、メタルウルフに宿る大統領魂。その高潔な魂が、テロリストの前に屈することなどあってはならない。
そしてイチカが今握るレイヴンズバットは、特殊機動重装甲用である。特殊機動重装甲のメーカーであるフロントムーディ社、通称“フロム社”が作り出したそれが、当然まともなバットであるはずがない。
従来の数倍の威力を持つサーモバリック爆薬で内部を満たされたレイヴンズバットは、グリップを握られた状態で大きな衝撃を受けると衝撃を受けた方向へ一気に爆発した。
芯を捉えたかのような快音と共にレイヴンズバットの中に詰められた爆薬が爆発。凄まじい勢いで吹き飛ばされたストライクイーグルは一直線に場外ホームランとなった。
グリップより先が消失したレイブンズバットを握りしめたまま、穴の開いた天井を見上げるメタルウルフ。その先には、雲ひとつない8月の空があった。
「
――そうだ。誰しも自分の正義を持っている。私も、マイケルも、
メタルウルフの力が抜けたことでレイヴンズバットのグリップが金属音と共に転がり落ち、イチカから張り詰めていた緊張感が抜けると同時に疲労で身体が重くなる。
予想だにしないとはいえ、これが初陣である。イチカの精神も肉体も悲鳴を上げていた。
「こっちから飛んできたぞ!」
「生命反応を探知、これは――メタルウルフ!?」
「だ、誰が乗っている!?」
やってきたのは、先程ホワイトハウスからストライクイーグルを迎撃していた3機のメタルレイヴンだった。
どの機体も酷くやられた跡があり、恐らくバズーカを何発もまともに受けたであろう1機は青い単眼が壊れ、機体から黒煙を噴き出している。
「イチカ!」
地下から引き上げられ、メタルウルフから引きずり出されるイチカを、ティナ・ハミルトンが出迎えた。
「あ……ティナ?」
「心配、したんだから……っ!」
イチカが見上げた先には、涙目でイチカの胸に顔を埋めるティナが見えた。
「……ごめん」
そんな彼女をどうにか落ち着かせようとして背中をさすっていたが、急に襲いかかってきた睡魔に抗うこともできず、イチカは意識を暗闇に沈めていく。
最後に見えたのは、心なしかいつもより表情が柔らかい、先代大統領の像だった。
「……寝ちまいやがった。大した奴だ」
「それより、コイツは誰だ?何故子供がメタルウルフに?」
「あー……コイツは、アレだ。大統領と“チャンバラ”をやらかしたオリムラ少佐の息子だ」
「……なるほど。奴の息子か。さて、今日のヒーローを連れていくぞ。メタルウルフもそのままにはしておけん」
「Yes,sir」
メタルレイヴン2機が両脇からメタルウルフを抱え、その大推力で空へと舞い上がるとフォート・ウィルソンの方向へと飛び去っていく。
ISや航空機と違い、推力で強引に飛行する形となるメタルレイヴンは短時間の飛行しかできずエネルギーの消耗も激しいが、この距離であれば問題はない。
「嬢ちゃん、大丈夫だとは思うが、落っことすとマズイ。一緒に乗って抑えててくれないか」
「は、はい!」
残った1機はイチカとティナを抱え、大地を踏みしめながら歩いていく。
疲労のせいか安らかな寝息を立てるイチカの上からティナが乗る形となったが、イチカは目を覚まさなかった。
『奇襲と撹乱で1機捕まえたナイトリーフがヒーローかと思ったんだがなぁ』
先に飛んでいったメタルレイヴンの、損傷が激しい方のパイロットが疲れたような声で呟く。
『連中はIS2機と連携して捕まえたと聞いたぞ』
「だが、メタルウルフを子供が動かしたってのに比べれば霞むな」
2人を抱えるメタルレイヴンのパイロットが、飛行する2機の会話に割り込みながら、彼はその腕に抱えた少年へと視線を落とす。
『それに引き換え、俺達は3機まとめてダウンか』
「うるさいぞ。とりあえず、後は大統領が帰るまで敵ISが報復に来ないのを祈るだけだ」
雲が晴れ、真上へと昇った太陽が彼らを照らす。夏の日差しがメタルレイヴンの装甲を熱しようとしていることに気付いた彼は、抱えた少年少女へと一言だけ呟いた。
「掴まっていろ」
返事を待つこともなく、メタルレイヴンのブースターに点火。
その振動で大きいとは言えないが存在を主張する胸を押しつけられて尚眠るイチカとティナを抱え、ホワイトハウスに翻る無傷の星条旗を背に、基地へと加速した。
彼らは知らない。今この瞬間も、大西洋を超えて
*
『波乱の第2回モンドグロッソ、今回の優勝はドイツ――でしたが、そのドイツをアメリカが下し優勝しました。ISは――いえ、機体はメタルウルフ。優勝確実と思われた日本を下したドイツを圧倒しての勝利でした。
これを受け、第2回ブリュンヒルデの称号は現職アメリカ大統領であるウィルソン氏に送られる予定ですが、出場が予定外のことであったこと、そもそもISではない為ブリュンヒルデと区別する必要があることから“ラーズグリーズ”になる可能性が高いとみられています』
『IS委員会にとってはまさに大会ぶち壊しの出来事でしたね』
フォート・ウィルソンの医務室。カーテンから差し込んだ夕日で目を覚ましたイチカは、投影ディスプレイから流れてくる音声に耳を傾けていた。
『次のニュースです。アメリカへ事前通告なしに領空侵犯を試みたとして、マサチューセッツ湾にて所属不明のIS操縦者が逮捕されました。氏名は明らかにされていませんが、弟を助けに来たと供述していることが明らかにされています』
一体誰だろう。どこの国なのかは知らないが、アメリカに侵入しようとするなんて度胸があるんだな――などと考えていたその時、医務室の扉が開いた。
そこに立っているのは、2人。
1人はティナ・ハミルトン。もう1人は、冷凍兵器を製造しているフォーレイク社の武器を多数搭載している専用機“コールド・ブラッド”を所有し、4月からIS学園に入学する見込みのフォルテ・サファイア。
「あ、イチカ起きたんだね。これ、ソフィアから」
ティナが抱えてきたのは、お菓子の詰め合わせだった。いくつか開封済みなのが気になるが。
「それ、やるよ」
「ありがとー」
「それで、フォルテさんはどうして?」
「……ダリル先輩のパシリっス」
ごそごそとピーナッツバタークッキーの袋を開け、頬張るティナの背後からフォルテがお菓子の山に手を伸ばし、乾燥ブルーベリーを手に取る。
ちょうどその時、17時の時報がディスプレイから流れた。
『ホワイトハウスがまもなく17時をお知らせします』
『紳士なのは17時までだ!』
『17時になりました。親愛なるアメリカ市民の皆さん、こんにちは。“正義はいつも合衆国”、政府政策推進部からのお知らせです。
朗報です。本日午後、大統領の不在中に突如テロリストの襲撃を受けたホワイトハウスで、1人の少年が操る特殊機動重装甲が襲来したIS3機を撃退し、合衆国の平和を守りました。
彼の名前は、イチカ・オリムラ。かつてプレジデントフォースに所属したオリムラ少佐を父を持ち、あの“ブリュンヒルデ”、織斑千冬の弟にあたる少年が、単身悪に立ち向かったのです』
「……俺、3機も戦ってないぞ?」
思わず呟いたイチカ。フォルテがなんとも言えなさそうな表情になったが、彼は気付かない。
『政府は彼を“ISを倒した男”と認定。今回の功績とその勇敢さを示したことにより、特例としてシルバースターと大統領感状を授与するとの発表が行われました。どうか、今日は新たな戦士の誕生に喜びましょう。“1日1正義”、政府政策推進部からのお知らせでした』
フォルテ・サファイアが乾燥ブルーベリーの袋を逆さにして口に流し込み、咀嚼し終えると椅子から立ちあがった。
「せっかくナイトリーフとダリル先輩との連携で1機捕まえたってのに、戦績横取りっていい身分っス。政治的判断だから仕方ないっスけど……っとと、それはそうと、
言いたいことだけ言うと、彼女は部屋を出ていったが、数分後、その日マサチューセッツ湾で搭乗ISがエネルギー切れになり取り押さえられたIS操縦者を連れ、戻ってきた。
「何やってんだよ、モンドグロッソ決勝を見るの楽しみにしてたのに、それを放り出して何やってんだよ千冬姉……」
「……すまん」
侵入者へ放った言葉と同じ言葉をぶつけられ、しょんぼりする世界最強の姿が、そこにあった。
*
そして同じ頃、どこか遠い場所でうさ耳を付けた女性がキーボードを操作していた。
「……メタルウルフ、か」
不愉快さを隠そうともしないその声音と共に、彼女はチーズ味の栄養ブロックにかぶりつく。
彼女の脳裏に去来するのは、白騎士事件でIS白騎士を追い詰めたアメリカのパワードスーツ。
「いっくんにはそんなのより、束さんがISを用意してあげるよ。“ISに対抗できる男”より、“ISを動かした男”の方が凄いんだよ」
膝の上にこぼれ落ちた栄養ブロックの破片を、床へと払い落す。
呟きは、彼女と背後に立つ銀髪を三つ編みにした少女、それとどことなく彼女の妹に似ている10cm程のお掃除用自律ロボット“モッピーちゃん”だけしかいない空間に消えていった。
ドイツ代表 VS アメリカ大統領は次回で。