METALWOLF_ICHIKA(旧版)   作:レクス

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#3

 いくつものミサイルが煙と炎を残しながら、1機のISに飛来する。20年以上に渡るマイナーチェンジとアップデートの途上で、かつて両手持ちしていた火器を2丁持ちできるようになったメタルウルフが2丁のマルチミサイルランチャーから放つミサイルが、雨のように降り注ぐ。

 第2回モンドグロッソ決勝戦は、開幕直後からミサイルカーニバルによる派手な戦いが始まっていた。

 シュヴァルツェア・ティーガーのシールドエネルギーは競技用リミッターが付いた状態で1500。

 対するメタルウルフはENタンクを20搭載していることから都合上2000扱いされ、このうち1500を失えばシュヴァルツェア・ティーガーの勝利となる。

 

「大層な伝説もこれで終わりだ、ISこそが最強であると証明してやる!」

 

 対するシュヴァルツェア・ティーガーはワイヤーブレードを放ち、しなる極細のワイヤーと先端に取り付けられた刃がミサイルを切り払う。

 斬撃の結界を作りだしたワイヤーブレードが迫るミサイルを切り裂き、または打ち払いながら、シュヴァルツェア・ティーガーが前進する。

 切り払われたミサイルは内部の炸薬に引火し、いくつもの花火を咲かせた。日本企業“TAMAYA”謹製のミサイルランチャー“HANABI”だが、残念ながらアリーナ内が明るい為に観客にはよく見えない。

 

『さぁ、始まりました決勝戦! 実況はこのピーター・マクドナルドがお送りします』

『おい、正規の実況者は私だぞ!』

『世界最強との呼び名が相応しいISに挑むのは、些か時代遅れ感が否めない特殊機動重装甲、メタルウルフです!』

 

 観客席から実況へ野次と罵声が飛ぶ。この光景をよく見るアメリカの観客達は開始何分でピーターが主張をひっくり返すか予想を始めていた。

 この道20年以上のDNNベテランリポーター、ピーター・マクドナルド。

 彼も当初はISより特殊機動重装甲派であったのだが、彼の愛娘がIS操縦者としてIS学園に通うことが決まった瞬間、いつものように掌を返しIS派となった。

 シュヴァルツェア・ティーガーからメタルウルフに向けて飛ぶのは、野次でも罵声でもなく8本のワイヤーブレード。

 その刃の包囲が完成するより早く、ブーストで跳躍したメタルウルフがワイヤーブレードの1本を掴み取りながら機体を捻りこみ、続いて迫るワイヤーブレードをかわして急降下。

 その勢いでメタルウルフが胸から落下し、シュヴァルツェア・ティーガーと激突。怯んだシュヴァルツェア・ティーガーを蹴り飛ばす。掴まれていたワイヤーが、引き千切られた。

 

「き、貴様ッ!」

「ああ、大統領残念です! もう少しで壁にシュートだったのに!」

「どうした? 君はサッカーをしたことはないのかい?」

 

 ドイツ代表、マルティナ・グロスが足蹴にされたことに怒り、ジョディが煽る。そこへ更に大統領が煽れば、ドイツの観衆からブーイングが上がる。

 シュヴァルツェア・ティーガーがバックステップで後退しながらPICで姿勢を制御し、2門のハーケンクロイツで砲撃する。

 砲撃に合わせてPICを切り、着地。足裏の無限軌道を高速回転させて距離を取る。メタルウルフの足元に着弾した砲弾と無限軌道が、砂煙を巻き上げた。

 シュヴァルツェア・ティーガーは元々、ドイツ連邦大統領が大統領戦争で搭乗していた大統領機(プレジデントアーマー)“シュベーレ・グスタフ”が原型である。

 無限軌道によるドリフトや高速の超信地旋回を駆使してフィールドを駆けまわり、機体の8割を88cm砲の制御機構にした結果得られたのが、重装甲にして高機動、そして大火力。

 その代わりに接近されると88cm砲がデッドウェイトとなり、ナイフを振り回すか砲で殴るしかできなくなる。

 戦車をモデルにした機体としては高い完成度を誇っていたのだが、そこに無理矢理搭載した88cm砲が一番の売りなのに88cm砲がなかった方がもっと上を目指せたという、残念な機体。

 成績も振るわず大統領戦争の終結に伴い不要とされたシュベーレ・グスタフはそのまま第1世代ISへ改造され、更に第2世代IS“ロト・レーゲン”へと改造、そのカスタム機がこのシュヴァルツェア・ティーガー。

 足裏の無限軌道は大統領戦争時代の名残であり、PICによる飛行が可能となったISが装備する必要はほぼない。

 そんな物が残っている理由はただ一つ、開発者の趣味である。

 

「ふざけるな! 貴様が地面を転がっていろ!」

『ああっと、シュヴァルツェア・ティーガーが飛びました! 虎なのに空を飛ぶというのもおかしな話です』

 

 距離を取ったシュヴァルツェア・ティーガーが空を舞う。ここに至ってメタルウルフが飛行できないことを思い出したシュヴァルツェア・ティーガーの操縦者、マルティナ・グロスは、空中から一方的に攻撃することに決めた。

 

「我等ナチスドイツの技術力は世界一だ!」

 

 シュヴァルツェア・ティーガーの背後にいくつもの小さな集束レンズが出現。太陽を背に、メタルウルフへと向き直り、右の掌を突き出す。

 

「これは――」

 

 逆光を嫌ったのもあるが、何だか嫌な予感がしたメタルウルフは迫るワイヤーブレードの包囲をかわし、ブーストで退避する。大統領ともなれば第六感で本能的に危機を察知できる。

 瞬間、先程までメタルウルフのいた場所の地面が突如発火し、ドロドロに溶けていく。

 

『炸裂したのはドイツのシュヴァルツェア・ティーガーに搭載された太陽砲です。旧ナチスドイツによって計画された太陽砲ですが、第二次世界大戦では計画のみに終わりました。不可視の光が直撃すれば超高温で装甲を溶かして絶対防御を発動させ、あまりの眩しさにハイパーセンサーを一瞬でダウンさせます。この太陽砲の前に、シールドバリアは無意味です! 太陽万歳!』

「まさにアツアツのローストチキンか!」

 

 ここぞとばかりにドイツIS委員会所属の正規の実況者が声を張り上げる。

 シュヴァルツェア・ティーガーの右手の動きをトレースして太陽砲がレンズの厚みを自動で切り替えながら照準を定める。

 メタルウルフを追いかけて地面が燃え、黒焦げていく。太陽砲は強力であるが、空間に固定された多数のレンズを同時制御する必要がある為、太陽砲を展開中は移動できない。第3世代兵器であれば思考制御できるのだが、生憎これは第2世代機である。

 

「ドイツがナチスと言うなら、こちらは西部開拓のカウボーイだ!」

 

 連続ブーストで太陽砲をかわすメタルウルフの背部コンテナから両腕へと取り出されたのは、木製の矢を連射するガトリングボウ“クレイジーホース”。

 西部開拓時代に弓矢で戦った英雄の名を冠した多連装機関銃が猛烈な勢いで回転を始め、即座に矢を放つ。メタルウルフに照準を定めようとしていた収束レンズを次々割っていく。

 対するシュヴァルツェア・ティーガーも負けてはいない。向かってくる木製の矢へ右手を向け、背後の太陽砲が反射させ、収束した光が矢を薙ぎ払う。

 更には左腕から赤いプラズマ手刀“ロト・レーゲン”を展開させ、射られた矢尻を超高速で精確に切り払い、ISへの直撃を許さない。

 越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)。ドイツにて生み出された遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)が持つ技術だ。 

 しかし、唸りを上げる4門の機関銃に対し、振るわれるプラズマ手刀の速度が少しずつ鈍っていく。多数のレンズを破壊され出力の落ちた太陽砲のレンズを盾にし、右腕の“ロト・レーゲン”を起動する。

 ドイツの遺伝子強化試験体とはいえど、人間の枠を超えている訳ではない。矢を放つガトリング砲は4つ、迎え撃つ腕は2本。元より全て捌こうとすれば無理がある。超高速の斬撃を繰り出す度に、少しずつ疲労が蓄積していた。

 このままでは埒が明かないと判断し、シュヴァルツェア・ティーガーが瞬時加速(イグニッションブースト)で矢の弾幕を突破し、メタルウルフの周囲を回りながら砲撃を再開する。

 左腕のロト・レーゲンをしまい、代わりに重機関砲を拡張領域(バススロット)から取り出し、メタルウルフ目がけて連射。

 砲撃し、左手の重機関銃を撃ちながら吶喊、すれ違いざまに右腕のロト・レーゲンで切りつける。

 だが、砲撃と斬撃は悉くかわされ、重機関銃から放たれた銃弾もメタルウルフのエネルギーゲージを削りきるまでには至らない。

 これが大統領ではなく、その辺のパイロットならば既にゲージを2本ほど失っていただろう。

 舌打ちしつつシュヴァルツェア・ティーガーが再度瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に矢の弾幕を潜り抜け、メタルウルフから見て右後方へと回り込む。

 PICで速度を最大から零へ、一瞬で停止しながら着地しつつ、左脚部のアンカーを地面に突き刺して旋回。ピタリとメタルウルフの方向を向いた状態で停止し、PICで姿勢制御を行うシュヴァルツェア・ティーガーのハーケンクロイツの砲口がメタルウルフを捉えるまで僅か3秒。

 それと同時、メタルウルフが銃身の回転がまだ止まっていないクレイジーホースを格納し、空いた左腕を引き絞りながら振り向く。

 轟く砲声、電磁力で加速した砲弾が砲口から飛び出るとほぼ同時、メタルウルフの左腕が突き出される。

 

正義の拳(ジャスティスパンチ)をくらいな!」

 

 音速を超えて飛来した砲弾にメタルウルフの拳が触れる直前、大統領魂に反応してマニュアルで拳が起爆する。炎に包まれた2発の砲弾はメタルウルフに直撃する前に吹き飛び、あるいは僅かに逸れた。砲弾の破片がメタルウルフの装甲を叩くが、その程度で傷が付くほど大統領が乗るメタルウルフのシールドはヤワではない。

 逸れた砲弾が着弾し、メタルウルフの背後で砂煙が撒き上がる。

 

「バカな、拳で砲弾を迎撃するなど、そんなこと不可能に決まっている――」

 

 果たして、そこにいたのは拳で砲弾を撃墜し無傷のメタルウルフ。そのメタルウルフが爆発の煙を突き破り、ブーストの勢いのまま今度は右の拳を叩きつけた。

 砲撃後、再度瞬時加速(イグニッションブースト)し、両腕のロト・レーゲンで切りかかろうとしたシュヴァルツェア・ティーガーが次の瞬間見たのはメタルウルフの赤い単眼(モノアイ)

 流石にISを纏っているとはいえ、女性の顔面を殴るのは紳士として気が引けた大統領は、代わりにメタルウルフの機体全身を捻り、強烈な右ストレートを繰り出した。

 鋼鉄と鋼鉄が激突する音が響き、それがすぐ爆音に変わる。相対速度もあり、受けた衝撃は凄まじい。それでも気を失わなかったのは国家代表である誇りか、遺伝子強化された故か。

 

「不可能ではない! 何故なら私はアメリカ合衆国大統領だからだ!」

 

 地面に叩き落とされたシュヴァルツェア・ティーガー。激突までの一瞬に辛うじて胸を庇った両腕の装甲は原形を留めておらず、絶対防御がなければ文字通りミンチであろうことは間違いない。それでも右腕よりメタルウルフ側にあった左腕は骨折しているが、操縦者保護機能として鎮痛剤が投与され、彼女自身の血液中の医療用ナノマシンが活動し痛みは消える。

 

「まだだ! まだ終わっていない! 私は誇りあるゲルマン軍人だ!」

 

 機体維持警告域(レッドゾーン)警告を発するアラームを黙らせ、深刻なダメージを受けたことによって表示された降伏コマンドを拒否。

 PICで空に戻ろうとしたシュヴァルツェア・ティーガーに、突如何かが突き刺さり、爆発。

 再度シュヴァルツェア・ティーガーは仰向けのまま地面に叩きつけられた。

 特殊機動重装甲とISでは比べるまでもなくISが速度、機動性共に勝っているのは誰もが知るところである。

 しかし、ただ一つISと特殊機動重装甲が並ぶ物があるとすれば、それは火力。

 攻撃を当てることさえできれば、ISといえどもただではすまない。

 

『出たっ! メタルウルフの珍兵器! 今回のお披露目は日本の竹槍精神を具現化した、その名も“TAKEYARI”です!』

 

 ブーイングの嵐で太陽砲発射の頃に実況席から叩き出されたピーターが、記者席から歓声を上げる。実況よりも大きな声でピーターの声はアリーナに響き渡っており、実況のドイツIS委員がピーターの方向を見ながら顔を顰めている。

 かつて、日本は飛来するB-29に竹槍で対抗しようとしたことがあった。勿論、ただの竹槍でB-29を撃墜することなど夢のまた夢であり、飛び去るB-29を防空壕から指を咥えて見ていることしかできなかったが、最近になってこれに目を付けたのが日系企業である“クサナギ”である。

 第2次世界大戦当時と比較して飛躍的に高まった技術力が、一目見て天然物の竹槍と見間違うほど精巧に造られた竹槍型ミサイルを生み出した。

 この“TAKEYARI”なら爆撃機を撃墜することはもちろん、ちょうど今使われたようにISにもある程度通用する為、日本では純和風地対空ミサイルとして配備計画が持ち上がっている。

 使い捨ての槍として使用することができ、ISとの互換性もあった為に一時期暮桜にも搭載する計画があったが、“暮桜はブレオン(ブレードオンリー)だから不要”と日本IS委員会の全会一致の反対で夢のまた夢に終わった。

 最新技術で造られたISが竹槍を握るというのも、非常にシュールな光景であったせいもあるが。

 連射されたどう見ても竹槍にしか見えないミサイルが、大型レールガン“ハーケンクロイツ”に突き刺さり、そのまま“TAKEYARI”が爆発して吹き飛ぶ。

 シュヴァルツェア・ティーガーが自国の象徴ともいえる鉤十字のマークが施された最大の武装を失う。それも、かつての同盟国日本が作り上げた武装で。

 そして、最大の武装を失って勝てるほど、大統領は甘くない。この時点で、最早勝敗は決していた。

 

クソッ(Scheiße)……!」

 

 ブーストで空中を蹴りながらシュヴァルツェア・ティーガーの真上を確保し、“TAKEYARI”を背部コンテナにしまうメタルウルフ。

 残っていたワイヤーブレードを飛ばし、スラスターを吹かしたシュヴァルツェア・ティーガーが脚部アンカーを作動させ、メタルウルフのいる上空へと飛び蹴りをしようとするがもう遅い。

 

「ローストチキンになるのはお前だ!」

 

 メタルウルフの背部コンテナが全開され、ダークブルーの機体の紅い単眼がより一層の輝きを放つ。

 高まり、溢れ出す大統力が開かれた背部コンテナとメタルウルフの周囲の空間を陽炎のように歪ませている。

 ぞくり、とシュヴァルツェア・ティーガーを駆るマルティナの肌が粟立った。

 遺伝子的な強化や越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)によって動体視力が強化され、視覚信号伝達速度の向上が図られるなど数々の措置を施された“最強の兵士”。

 しかし、それと相対する存在もまた各地の紛争地帯を巡り、特殊機動重装甲のお披露目となったアリゾナ紛争、国内で暴れる亡国機業(ファントムタスク)への対テロ作戦や副大統領のクーデター、更には大統領戦争に白騎士事件と数々の戦歴を誇る、文字通り“最強の大統領”。

 白騎士事件のようにメタルウルフを水没させる場所もないこのアリーナという閉鎖空間で、兵士が大統領に勝てるか。答えは否だ。

 

これが大統領魂だーっ(How do you like me now)!」

 

 満を持して放たれた背部コンテナ全砲門解放によるバースト攻撃。燐光を放つメタルウルフから大統領魂を乗せた攻撃が五月雨のように降り注ぎ、いくつものクレーターを穿つ。

 それを受け地面を転がり、やがて仰向けに停止したシュヴァルツェア・ティーガー。最早立ち上がるエネルギーは残されていない。

 ナチスドイツのISが、光と化して消えていく。

 

『ああっと、シュヴァルツェア・ティーガー戦闘不能! 赤いプラズマ手刀で“ベルリンの赤い雨”として異名を取ったドイツのマルティナ・グロス選手、まさかの敗北です!』

『勝ったのは、やはりメタルウルフでした。アリゾナ紛争以来長年運用され続ける特殊機動重装甲、兵器としての実績が違います!』

 

 2名の実況の声が同時に響く。着地し、背部コンテナを閉じたメタルウルフ。

 片腕を勢いよく突き上げると同時、大歓声が沸き立った。

 

「まさか、ISに乗って男に負けるとはな……貴様、いや、マイケル・ウィルソンJr。何故、お前はそこまで強い……?」

 

 仰向けに倒れたままのマルティナから、そんな声が聞こえた。

 

「なんのことはない。私が大統領だからだ。上に立つ者として、人々を導く義務がある。……立てるか?」

 

 メタルウルフが倒れたマルティナのところへ近付いていく。

 彼女が痛む右腕を差し出すと、メタルウルフがその手を取る。ふらつきながらも、メタルウルフを支えにして自身の足で立ちあがった彼女を満員の観衆が歓声を以て出迎えた。

 

「……私は、ISさえあれば男など虫けら同然だと教えられ、ここまで戦ってきた。だが……どうやらそれは違ったようだ」

「私も特殊機動重装甲に乗って長いこと経ったが、そのようなことを考えたことはない。……虫に負けた気分はどうだい?」

 

 マルティナが広いアリーナを見渡す。両者の健闘を称える拍手が、ISの集音機能を使わずとも聞こえてくる。そこに、男も女も関係ない。

 

「……よく、分からない。不思議な気分だ。なかなかどうして、男にも骨のある奴がいるのだな……」

 

 敗北したにも拘わらず、晴れやかな笑みを浮かべるマルティナ・グロス。

 その隣に立つメタルウルフこそが、全世界の男性に残された数少ない希望。

 彼、ピーター・マクドナルドは後日こう語る。

 

――この女尊男卑の社会においても、彼がいる限り自由は死なない、と。

 

 

 

 

「すげー……」

 

 大統領のモンドグロッソ決勝の映像を見終わって思わずそう呟くのは、つい先日アメリカの特殊機動重装甲にして最終兵器である大統領機(プレジデントアーマー)“メタルウルフ”を操縦し、単機でISに打ち勝った少年――もとい、日本国籍からアメリカ国籍となったプレジデントフォース准尉。織斑イチカだ。

 

――あんなに小さかったマイケルが、こんなに強くなって……――

 

 そう囁くのはイチカの背後に憑いている守護霊――もしくは背後霊の先代大統領マイケル・ウィルソンだ。

 無論、彼は副大統領の反乱の際にホワイトハウスの目の前で銅像として息子を見守っていたのだが、息子のホワイトハウス脱出時と帰還時の2度に亘って当の息子に銅像を破壊されてしまい、じっくり見たことはなかった。

 

――それと、すまない。ミス千冬。何分、このようなことをしたのは初めてでね。君の弟の身体からどう出て行けばいいのか分からないのだ――

「い、いえ……。不肖の弟でよければ……」

――ハイパーセンサーで見えるとは聞いたが、突然見知らぬ声が降ってきて、君も驚いただろう――

「ええ、まぁ……」

 

 あれから3日が経ち、テーブルの左側に座る織斑千冬も既に事情聴取を終え、帰国を待つ身となっていた。

 今は見えていないが、ハイパーセンサー使用中に視覚できるスーツ姿の男性の声にビビりながら紅茶を飲んでいる千冬だが、内心穏やかではない。

 何故なら彼女の目の前にいるのはアメリカ合衆国大統領直属部隊の隊長であり、白騎士事件で戦った相手でもある。

 別にイチカとファイルスが流暢に英語で会話しているせいで会話に入りにくいせいではない。尚、白騎士の操縦者に関しては、各国の調査にも拘わらず未だ不明とされている。

 フォート・ウィルソンの一室に通され、イチカとモンドグロッソ決勝戦の映像を見ていた“元”モンドクロッゾ日本代表、織斑千冬。

 彼女は決勝戦を抜けだした責任を問われ、日本代表を引退。ただしその実力は買われ、来年度よりIS学園へと派遣されることとなった。

 更に、決勝戦でブリュンヒルデと対決するはずがアメリカ大統領と戦う羽目になった挙句敗北、面目丸潰れで涙目のドイツからの要求で約1ヶ月後、ちょうどイチカの誕生日頃からはドイツへ教官として派遣されることとなっている。

 そんな彼らと向かい合って座っているのはプレジデントフォース隊長、ロバート・ファイルス少佐。

 ファイルスは紙の書類を捲る。

 投影型ディスプレイ等の登場により一般的な紙媒体の報告書は数を減らしていたが、重要書類では紙媒体がまだよく使われていた。

 電子データは削除しても専門家の手にかかればデータを復旧させられたりするし、白騎士事件のようにどこからともなくハッキングされることもある。紙は燃やせば何も残らない。

 今ファイルスが読んでいるのはイチカのメタルウルフ搭乗に関する報告である。

 ピンストライプのメタルウルフを調査したが、何も異常がなかったこと。大統領による起動にも問題なく、試しにイチカを他のメタルウルフに乗せても動かせたこと。

 以上から大統領機である“メタルウルフ・プレジデント”から普段使用されていない機体をデータ収集用イチカ専用のスーツ(メタルウルフ・イチカ)とし、カラーリングの選定を後日実施する。

 

「本来、君のような子供を兵士とするのは私の本意ではない。軍縮した世界各国とは違い、アメリカは兵士の数にそこまで困ってはいない。子供は大いに遊び、勉学に励むべきだ」

「でもおじさん……じゃなかった、少佐。ISを動かしてるのって大体俺よりちょっと上くらいだと思うんだけど。昔のナターシャさんとか」

「矛盾した話だが、ISを競技用として扱うIS学園というものが存在する以上、早めに慣れておくというのは悪い話ではないよ。現にナターシャはよく勉強し、よくISを理解しようとした」

 

 そう言いながらファイルスはサインをし、次の書類を捲る。

 

「それで、君とミス千冬をここに呼んだ用件に入ろう」

 

 捲られた書類。それはアメリカで現在開発中の第3世代機“ファング・クエイク”に関するものである。

 フロム社が完全監修した初のISで、武装がエネルギーナックルと投擲可能なナイフのみ、余った全エネルギーはシールドと機動性へ振り分けられ、その拳の一撃はかの“盾殺し(シールド・ピアーズ)”並という気の狂ったような超高機動接近戦仕様機。

 この拳のみという暴挙とすら言える仕様に対し操縦予定のイーリス・コーリングから抗議が来ているとのことだった。

 毎度彼は思うのだが、フロム社にはこれを止める人物がいないのか気になっていた。

 そんなフロム社のライバルは大統領と国防長官の直轄組織DARPAである。

 最先端科学技術の軍事転用を目的とするDARPAと宇宙開発目的で参加したNASA主導の地球圏制圧用第3世代IS“福音計画(プロジェクトゴスペル)”がもう間もなく開始される予定であり、そのせいで愛娘はすぐL2の宇宙コロニー“グレート・リチャード”へと上がってしまったのがファイルスにとっては非常に残念だった。

 グレート・リチャードはアルティメットウェポン開発の為にリチャードが突貫工事で作らせた地球初にして現在唯一の宇宙コロニーであり、アメリカ軍の秘匿拠点“グラウンドゼロ”とNASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が設置されている。

 悪評ばかりのリチャードではあったが、唯一の功績として宇宙開発の前進があった。

 

「む……これは違う書類か。まぁいい」

 

 ファイルスは、今はこの姉弟に集中しようと報告書を閉じ、机の中にしまった。

 

「実は君の父親、アレックス・オリムラは生きている。数ヶ月前の情報だが」

「んなバカな」

 

 ポカンとした表情になるイチカ。

 咄嗟に出てきたのは、そんな言葉。だが、我に返るとすぐに真っ向から反論した。

 

「父さんは、テロリストと戦っている時に保存食で持っていたアメリカンサイズの餅を食べて喉に詰まらせて、しかもその餅が産地偽装で中国産だったから口の中で爆発して戦死したって、ファイルスおじさんがそう言ったじゃないか」

「お前、本当にそれで信じていたのか」

 

 隣に座る千冬が呆れたような声を出す。

 驚いた表情で千冬を見るイチカだったが、続けてのファイルスの言葉を聞き、ファイルスの方へと向き直る。

 

「あれは嘘だ。騙して悪いが、彼のことは表沙汰にできなかった」

「なんでさ」

「彼は――オリムラは、敵に寝返ったのだ。先日ホワイトハウスを襲撃してきた、亡国機業(ファントムタスク)にな。テロと戦うアメリカ軍から――それも、プレジデントフォースから離反者が出た。これは一大事だ」

――何度か見たことはあるが、そのような男には見えなかったがな――

 

 ちらり、とファイルスはデスクに置いてある写真立てに視線を落とす。

 8年前の白騎士事件。東京湾に撃墜され、搬送された病院で撮られた物だ。

 当時の隊長だったオリムラ少佐とファイルス自身、大統領、シャキール・ネビル中尉以下3名、わざわざ日本に駆け付けた妻子に、白騎士事件の最中に東京の空を見上げ、父を応援していたらしいイチカ。

 思えば、これがイチカとの出会いだった。

 

「ちなみに、実際に餅は爆発している。君達は知っての通り、オリムラは結婚の際に名前をわざわざ日本式に変えてしまうくらい日本好きで、支給される乾パンやクラッカーの代わりに切り餅をよく食べていたのだが……オリムラがいつものようにメタルレイヴンの火炎放射器(フレイムランチャー)で焼いていたところ、本当に爆発したことがあった」

 

 ファイルスは席を立つ。書類を置き、イチカが部屋に通された時から置いてあった大きな金属製の箱を片手で持ち上げる。

 

「これは隊長――いや、アレックス・オリムラが失踪する直前に置いていった物だ」

 

 ごとり、とイチカの前のテーブルにそれが置かれた。

 鋼鉄の箱を開け、鞘のようなカバーを紐解くと、そこから現れたのは青く輝く刀身。

 月面から採掘された超希少資源“ライト”をふんだんに使用した特殊機動重装甲用の装備。

 

「MLS――ムーンライトソード。クーデター後に改めて製造された、兵器開発部製の業物だ」

 

 青く輝くそれは、当時特殊機動重装甲を所有する実働部隊が存在しなかったプレジデントフォースの技術の集大成と言うべき傑作。

 どう見ても剣なのにバズーカだとか名前もソードなのにバズーカだとか何故か国連のNINJA、ケン・オガワも似たような物を所有している、と突っ込みどころの多い兵器。

 これは散々突っ込まれた結果開き直ってグリップ形状を変更し、バズーカとして光波を発射する機能を残しながらも剣として使えるようになった、世界で2本目の特殊機動重装甲用ムーンライトソード。希少資源故に現在も2本目以降は存在しない。

 

「父さんの、剣……」

 

 青い(バズーカ)の入った箱を覗きこむイチカ。

 一方、千冬はMLSには目もくれない。

 

「……ところで、ファイルス少佐。何故、その話を私にも?」

「家族だろう?」

「奴は……!」

 

 何を言っているんだ、とばかりに即答するファイルス。

 その答えに激情に駆られかけた千冬だが、危ういところで抑え込んだ。

 隠しきれない苛立ちを抱えたまま、千冬はMLSを眺めるイチカの背中に言葉を投げかける。

 

「イチカ。あの男は、アメリカの為に家族を捨てた男だぞ」

「知ってる。父さんは、俺達がずっと母さんと一緒にいると思ってたんだ」

「どうだかな」

 

 イチカの視線の先では、ファイルスが困ったような表情をしていた。

 元々、彼も織斑家の深い事情を知っている訳ではない。ただ、特殊機動重装甲をも損傷させるような大型地雷を踏んでしまったという理解だけはしていた。

 

「私は、もうあの男を家族だとは思っていない。イチカ、私の家族は……もうお前だけだ……」

 

 千冬が、背後からそっとイチカを抱きしめる。

 

「……なぁ、千冬姉。俺に妹なんていたっけ?」

「知らん。少なくとも、連中から産まれたのは私とお前だけのはずだ」

「そっか」

 

 元々、あまり気にしていた訳ではない。

 きっと人違いだろうと結論付けたイチカは、特に気にすることもなく別の話題を振った。

 

「千冬姉。写真、撮ろうぜ」

「写真?」

「記念写真だよ。側に誰がいたか覚えておけって、言ってたの千冬姉だろ。最近千冬姉がいなかったから撮ってないんだ」

「む……そうなのか」

「撮るのはいいが、この部屋の外で撮ってくれないか」

 

 ファイルスの声に促され、3人はせっかく天気がいいのだから外で撮ろうとフォート・ウィルソンの出口へと歩いていく。

 本来撮影禁止である。

 

「あ……ファイルス少佐。お疲れ様です」

 

 そこで運良く、写真撮影が趣味のIS訓練生、ソフィア・フォレスターを見つけた。

 副大統領の反乱時にメタルウルフの正体を知りつつも、マイアミビーチにて撃沈した巡洋艦と運命を共にした“大西洋の荒鷲”の孫娘。

 ファイルスに声をかけられてまず取った行動が敬礼であるあたり、彼女の実直な性格が垣間見えた。

 

「ちょうどいい。フォレスター、写真を頼めるか」

「了解しました」

 

 ファイルスから武骨で頑丈なカメラを受取り、それを構える。ハイパーセンサーの技術を一部転用したこのカメラは宇宙、海中を問わずどんな場所でも鮮明に撮れるらしい。

 写真を撮りながら、どこか強張った表情になったソフィアは、青い顔をしながらおずおずとカメラを返す。

 ファイルスが受け取った瞬間、一目散に逃げ出した。

 

「なんだったんだ?」

――ふむ……どうやら、私のせいだな――

 

 カメラの画面を見る。空中投影された写真に映るのは、織斑姉弟とファイルス。

 そして、スーツの男。先代大統領、マイケル・ウィルソンがしっかりと写っていた。

 

「なぁ、千冬姉。俺――」

 

 イチカは、ずっと考えていた。

 未知の兵器、IS白騎士と勇敢に戦った父の姿に憧れ、モンドグロッソにて“最強の兵器”の名を冠するISを打ち倒した、あの勇姿を見て。

 今尚大統領としてアメリカを導く指導者(リーダー)である、あの男のようになりたいと。

 そして、世界最強(ブリュンヒルデ)である姉と比べても恥ずかしくない立場になろうと。

 ふと、幼き日の父との会話が脳裏に蘇る。

 

――なぁ、イチカ。大きくなったら、何になりたい?――

――僕、父さんみたいに世界を守る男になりたい!――

――ハハ、そりゃ大きく出たな。だが、どうせ世界を守るなら……世界政府大統領になる、なんてどうだ?――

 

 その答えは、今も変わらない。

 

「俺、大統領になる!」

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