METALWOLF_ICHIKA(旧版)   作:レクス

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#5

 グリーンランド上空を舞う、1機の早期警戒機。

 手頃である為、多数の国に輸出されているその機影――艦載用の着艦フックとカタパルトバーを撤去した空中警戒機E-2D。

 拠点上空を常時1機が飛行し、その強力なレーダーによる対空警戒を行い、必要とあれば管制塔へISの出撃要請を出すことでこれまで強固な防空網を形成していた。

 その探知距離はE-2Cの時点で560kmと広大な範囲をカバーしており、現在のE-2Dはそれ以上の範囲をカバーしている。 しかし、今その性能は殆ど発揮できていない。

 急に無線が通じなくなり、情報処理の精度も落ちたことに気付いたE-2Dのパイロットがそれを目視確認した時には、既にミサイルが垂直発射されていた。

 

「ダメだ、ジャミング継続中! こちらのECCMでは対抗しきれない!」

「管制室、応答しろ! 助けてくれ、アメリカ軍だ! 北西からステルスモードでISの大編隊が接近中! 直ちに迎撃機を――」

 

 多数の計器が並んでいるコンソール室でレーダーオペレーターが必死に対抗手段を取り、CIC士官が無線に叫ぶ。

 鳴り響くミサイル接近警報。 上昇を続けていたミサイルが斜め下へと向きを変え、E-2Dにその弾頭を向ける。 元イギリス空軍のパイロットが自棄になって操縦桿を握り直す。

 

「全員、掴まれっ!」

 

 直後、天地がひっくり返った。 右急旋回を2度繰り返した後に空中分解しかねない勢いでのバレルロール。

 酷く軋むような音を響かせながら高度を落としたE-2Dの窓から噴射炎を噴き出すミサイルが機体を掠めて飛び去るのが見えた。

 

「やった!」

 

 快哉を叫んだのも束の間。 ミサイルの次弾が迫っていた。

 幸運は2度も続かず、先程の無茶な機動でふらついたE-2Dの機体上部に設置されているディスクレドームへ対レーダーミサイルが命中する。

 

「ぐあっ……!」

 

 音速を超えて飛来したIS――ストライクイーグルカスタムのミサイル攻撃が空中警戒機E-2Dのレドームを一発で粉微塵にし、その真下のコンソール室の天井が砕け、炎が流れ込んだ。

 炸裂した爆発が機体に伝播し、E-2Dはただの1撃で胴体部からへし折れ、落ちて行く。

 

「大出力のECM……電子戦ISだと……?」

 

 レーダーオペレーターが、自由落下していく身体を捩りながら呻く。

 彼は幸運にも炎にも撒かれず、瓦礫の直撃を受けなかった。 だが、それだけ。 高空から何の装備もなしに落ちて助かるはずもない。

 彼は、元々イギリス軍で早期警戒管制機(AWACS)の電子戦士官だった。

 イギリスはISの出現、配備に伴い、女尊男卑政策を掲げて従来兵器の削減にかかった。

 戦闘機パイロットは真っ先に削減されたが、ISは電子戦機としては当時それほどでもなく、AWACSは削減を免れると思われていた。

 しかし、IS導入直後に就任したイギリス首相は男嫌いで有名であり、AWACSと拡張領域(バススロット)に電子戦装備を満載したISをこの為だけに用意し性能勝負をさせた結果、電子戦装備ISが大出力のECMを以てAWACSのレーダーを封殺し、挙句力任せに対ECM防御を突破した電磁波が情報処理装置を破壊した。

 その後、大出力ECMでAWACSを攻撃した際、IS自身に搭載していた情報処理装置も酷く損傷していた、乗員1名のISに複数名で運用するAWACSと同等な管制能力を求めたところ、操縦者の情報処理が追い付かずに操縦者が倒れた、というオチが待っているのだが、このようなナンセンスな対決を行わせたことに呆れ、その頃既にイギリス軍を離れていた彼には関係なかった。

 世界で最も男性軍人の排斥が進んだイギリスは軍から男女平等であるアメリカへの亡命者、軍人崩れのテロリストを大量に生み出すこととなる。

 

「貴様らが世に出てこなければ、俺達は……! シノノノ・タバネ……!」

 

 強風の中で慎重に、素早く腰の拳銃を抜き、既に通過して行ったISに向ける。 当たらない。 当たっても損傷を与えられない。 そんなことは、知っている。

 それでも彼はISが見えなくなるまで拳銃を握りしめていたが、やがて最後の弾丸が込められた拳銃を自身の頭に向け、そのトリガーを引いた。

 

 

「命中。 敵機撃墜しました」

 

 電子戦装備のストライクイーグルの操縦者が、冷淡に告げる。

 電子戦ISの開発に伴い、管制能力の不足といった問題にぶつかったのは何もイギリスだけではなかった。

 その中でアメリカはAWACSを母機とし、電子戦ISはそのハイパーセンサーを活かしてレーダーとは別に超長距離から目視確認、情報収集を行い、その情報を受け取った母機が母機側の情報と照合することでECMの影響下でも遅滞なく指揮管制を行えるようになっている。 AWACSや情報収集艦が主で、ISが従といったところか。

 オラジワンⅢの場合、その巨大な機体を活かそうと様々な実験的要素が詰め込まれており、その1つとしてコアネットワークを介して十数名が待機するコンソール室へとISからの索敵情報が送信されている。

 ハイパーセンサーが、砕けて炎に包まれながら落ちていくE-2Dの残骸の中に紛れた“かつてヒトだったもの”の映像を拾い上げ、操縦者の脳に伝えてくる。

 思わず、何人かが目を逸らした。

 

「お前達、目を逸らすなッ!」

 

 しかしそれを、イーリスが叱責する。 今回、彼女が先導しているIS集団の半分は、昨年IS学園を卒業した新人達だ。

 

「私はIS学園行ってねぇからどんな教え方をしているかは知らねぇけど、ISは間違いなく簡単に人を殺せる兵器だってことを忘れるな! その自覚を持て! 持てないならIS乗りなんてやめちまえ!」

 

 そうだ、と新人達は思い出す。

 3年間、IS学園での厳しい扱きに耐えてきたのは何の為だったか。

 世界のリーダーであるアメリカ国民として、世界の平和を守る為に。 もしくは、幼き頃憧れた大統領(ヒーロー)のようになる為に、IS学園を卒業してアメリカ軍に入ったのだ、と。

 ほぼ同時、眼下を閃光が駆け抜け、拠点の施設に命中した。 カスパライティスの波動砲だ。

 現時点で敵IS、航空機は確認できない。

 

「全員、攻撃準備!」

 

 新人達が、速度を緩めぬまま武装を展開する。

 ストライクイーグルの両肩にあったシールドが消失し、代わりに堅実な設計で信頼性も高いクラウス社のIS搭載用9連装MLRSが出現。 そのコンテナの口が開き、中には多数の子弾を搭載したロケット弾がその先端を晒していた。

 ちなみに、競技用MLRSの場合は不発弾の子弾の回収が手間であることから単弾頭型が用いられる。

 アメリカのIS関連企業は他国からの評価も高い模範的な優良企業のクラウスと、アメリカ陸軍と特殊機動重装甲を共同開発して以来、アメリカ軍向けに装備を卸しているが時折度肝を抜くような珍兵器を生み出すフロントムーディの2社が大手として挙げられる。

 イーリスも、出来るならクラウス製ISが良かったと常々思っていたりする。

 追加で脚部3連装ミサイルポッド、ガトリンググレネードランチャー、レールガン等といったいくつもの武装が機体各所のウェポンラックに現れる。

 “一度に大量の武装を搭載し、一気に発射、制圧する”がコンセプト故に、やろうと思えば全身に機銃を装備してハリネズミの如き弾幕を張ることも、全身にシールドを装備して強行突破を図ることもできる。

 

「目標は敵拠点地上部全域! まっさらにしてやれ!」

 

 残り半分、イーリスと同じく手探りの状態から特殊機動重装甲を参考にISを操り始めた操縦者の集団が高度を上げて加速する。 新人のMLRSによる攻撃後、IS用バンカーバスターで地下層をいくらか破壊し、特殊機動重装甲の突入口を作ることとなっている。

 

「きゃっ!?」

「くぅっ……!」

 

 しかしその時、管制塔らしき残骸の中に潜んでいた8本の装甲脚を背負ったISが上空へと砲撃を開始。

 狙われた突入支援組が8機ほぼ同時に直撃弾を受け、体勢を崩す。

 

「アラクネか! 気を付けろ、あれにはメタルウルフのバースト攻撃機能が付いて――! 」

 

 アラクネが両手に1つずつ抱えるのは、特殊機動重装甲も使えるマルチミサイルランチャーだ。

 更に背中に8本存在する装甲脚のハードポイントへIS用スナイパーライフルが装着されており、独立したPICで姿勢制御され、同時に8機の目標を狙撃している。 先程の直撃弾の正体はこれだ。

 そこへ新たに16発のミサイルが発射され、ストライクイーグルめがけて飛来してくる。

 

「ENガトリングポッドで迎撃! 新人(ルーキー)、落とされるなよ!」

 

 射程と威力は低いが、牽制や迎撃には最適な頭部ENガトリングポッドを全員起動、突入支援組が新人を庇うようにコースを修正し、アサルトライフルでミサイルを撃ち落とす。

 防御の甘かった新人1名が最初の狙撃で盾を持つ腕を打ち上げられ、次弾がシールドを弾き飛ばし、残り6発の狙撃が次々とガラ空きになったISへと命中する。

 直撃を受けたミサイルポッドは被弾と同時に切り離されており、いくつもの装甲を損傷したストライクイーグルがまるで狙ったかのようにイーリスの胸の中へと弾き飛ばされてきた。

 

「な、なんだと……! おい、生きているか!」

 

 恐るべき命中精度と、瞬時に狙いやすい敵を見抜く判断力。 尋常な腕ではない操縦者と、そのIS。

 しかし、スナイパーライフルの威力が低かったのか、ストライクイーグルの厚い装甲に助けられたのか。 損傷した装甲こそ多いものの、全損した装甲はなかった。

 

「へ、平気です! まだやれます!」

「オーケィ、無理すんなよ!」

 

 と、その直後。 生き残っていた10のミサイルが割れ、中からそれぞれ4発のミサイルが出現した。 思わず腕の中にいた新人を放り出す。

 

「マルチミサイル!? やられた! 突入支援組は防御を固めろ! 新人はその後ろで攻撃準備! 着弾する前に撃て!」

 

 40のミサイルが、ストライクイーグルの編隊を包み込むように動きながら突っ込んでくる。

 突入支援組が左右の肩部シールドと両手に呼び出した物理シールドを突き出す。 4枚のシールドを掲げたISが新人とミサイルの間に割って入りながら、フレアをばら撒く。

 電子戦ストライクイーグルがECMジャマーを起動し、ミサイルの誘導を狂わせにかかった。

 

「やらせやしねぇよぉぉっ!」

 

 イーリスは突入支援組と新人の間に浮遊し、両腕に特殊機動重装甲用2連装ENガトリング砲を呼び出した。

 高速回転を始めた4つの銃身からEN弾の薬莢であるエネルギーセルをばら撒きながら、黄色く光るエネルギーの弾丸が飛来するミサイルへと殺到し3発を撃墜した。

 その間に電子戦ストライクイーグルが量子変換(インストール)していた特殊機動重装甲用のSPAS12チャフ仕様2丁を発射し、大量の金属箔片がストライクイーグルの至近を漂う。

 

「ナイスだ! 新人、砲撃開始ーっ!」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような音と共に15機のISから計270発のロケット弾が放たれ、それは砲撃するアラクネの頭上にも降り注いでいく。

 瞬間、ミサイルがチャフに触れ、即座に強制的に爆発させられた。 遅れてすり抜けてきたミサイルがストライクイーグルのシールドに着弾。 着弾の反動が、操縦者達の身体を揺さぶった。

 

 

「殺す気か畜生ーっ!」

 

 事前に聞いていたとはいえ、まさかいきなり管制塔を崩壊させるとは思っていなかったアラクネの操縦者にしてCIA諜報員、亡国機業でのコードネーム“オータム”が絶叫する。

 

『……文句は現場指揮のファイルス少佐か上層部に言ってくれ』

「いやおかしいだろ! なんだよこの威力! アラクネの波動砲なんてこれと比べりゃオモチャじゃねーか!」

 

 彼女の絶叫と怒りに応えるのは、オラジワンⅢの内部に存在する指揮用司令部で待機中のCIAの上司である。

 

『それはそうだ。 アラクネの波動砲はモンドクロッゾ出場用に出力を制限している。 対してアレは、フロムが出力向上を追求して単純に大出力で絶対防御を貫通する(レギュレーション違反)ものだ。 そもそもカスパライティスのコンセプトは“衛星軌道から砲撃する高機動衛星砲”だからな』

 

 尤も、最大までチャージしないと撃てない、1発撃ったらユニットは破棄する上にユニット自体のコストも高い、実際に衛星軌道から地表に向けて発射した場合、地球にどの程度の被害が及ぶか推測できないという理由により衛星砲として運用されることはなかった。

 

『ちなみに、君が潜入工作員だと知っているのは私と大統領くらいだ』

「当たり前だ! ああ畜生、この前どっかから盗んだらしいクアッドガトリングパッケージ搭載テジャスがいりゃ対空砲撃も楽なのによぉ!」

 

 ハイパーセンサーで拡大した先に、IS30機が整然と突撃してくる様を見てしまったオータムは8本足全ての先端を開き、中から現れたマシンガンをストライクイーグルに向ける。

 有効射程外と表示された照準8つを見て舌打ちし、代わりにスナイパーライフルを呼び出す。 ただし、手ではなく装甲脚側に。

 装甲脚のPICが長い銃身を一切のブレなく支え、新たに表示された照準をストライクイーグル8機に向け1門1門を精密狙撃に等しい精度で連射、装甲脚がその反動を吸収する。

 数発を高速で移動してくるストライクイーグルに命中させると、たまらずストライクイーグルは回避運動を取り始めた。 真っ直ぐ突っ込んでくるだけなら簡単だが、高速で回避運動を取るISに命中させることは至難の業だ。 少し発射サイクルの速度を落とす。

 尚、件のクアッドガトリングパッケージ装備テジャスはラファール・リヴァイヴのインド仕様機で、新型装甲によって強度を維持したまま軽量化し、運動能力向上とコスト低下を狙ったIS……に余ったクアッドガトリングパッケージを装着したものだ。

 オータムの記憶によれば先程崩壊したハンガーに置いてあった。 出てこないところを見ると、搭乗前の操縦者諸共瓦礫の下敷きか。

 偶然目に映った及び腰のISに全ての照準を重ね、吹きとばす。

 

『私が言いたいのはだな。 君は今、普通に我が軍から敵機として認識されている。 急いで逃げないと飽和爆撃の餌食になるぞ』

「あぁ!? 飽和爆撃だぁ!? テメェ、やっぱり私を殺す気か!」

『仕方ないだろう、今ここでは、私しか知らないのだから。 ……ああ、ちなみにクアッドファランクスだがつい最近日本がクアッドファランクスの欠陥の解消に成功したそうでね。 今はヘキサファランクスの設計が行われているらしい』

「日本、相変わらず未来に生きてんな……っと!」

 

 空いていた両手にマルチミサイルランチャーを呼び出し、飛来するストライクイーグルに向ける。

 FCSが自動で高速マルチロックオンを行い、30機全てにロックオンが完了したことを告げる電子音が響くと同時、オータムはトリガーを引き絞った。

 

「悪く思うんじゃねぇぞっ!」

 

 発射されるが否や、オータムは武装を量子変換し大急ぎで地下施設へと逃走していく。

 地下には脱出する為の何かがあるかもしれない。 なければ、自分の任務はここで終了だ。

 彼女が地下に消えた直後、無数に降り注いだ子弾が炸裂し地上構造物は完膚なきまでに破壊され尽くした。

 

 

 高度25000フィートからのフリーフォール。

 その衝撃を軽減するために途中偶然飛んでいた哀れな早期警戒機を真上から踏み潰し、管制塔の屋上から1階までを豪快にぶち抜き、崩落する瓦礫の中から力強く輝く赤い単眼(モノアイ)

 ダークブルーの破壊神メタルウルフが今まさにブリザード吹き荒れるグリーンランドの地に降り立った!

 

「敵拠点への“潜入”に成功した」

『潜入にしてはいつもお出迎えが早いようですが』

 

 秘書から盛大な溜息が洩れる。

 拠点の規模としてはイチカ達が向かった物よりやや劣り、地下層はこちらの方が少ない。

 しかし、こちらに投入された戦力は56歳になる大統領ただ一人である。

 既にもう片方の拠点が強襲されたと連絡を受けていた亡国機業は、この段階ではそれを侮られたと勘違いしていた。

 だが違う。 そもそも大統領以外に必要ないのだ。 この程度であれば。

 

『一足早いですが、ここがハロウィンパーティーの会場のようですね。 皆さんが大統領に熱烈なラブコールです。 まぁ、いつものことですから、期待に応えてあげてください』

なに、構わんさ(No problem)!」

 

 メタルウルフを包囲する歩兵、ヘリ、戦車、砲台。

 それらが一斉に攻撃を始める頃には、既に大統領はその場にはいない。

 視界の悪いブリザードの中でどこへ行った、と見まわす兵士たちの視線の先、メタルウルフは真上に跳躍し武装を展開しようとしていた。

 

『とりあえずご馳走の用意から始めましょう』

「メ、メタルウルフ……!」

「バーベキューになりな!」

 

 32連装のミサイルランチャーがメタルウルフの腕に収まり、同時にその砲身が4つに割れた。

 ここに至って相手が長らく亡国機業(ファントムタスク)を苦しめてきたアメリカの指導者にして悪魔の化身(メタルウルフ)だと理解するも、全ては遅すぎた。

 32発のミサイルが一斉に鋼鉄の雨として降り注ぎ、それが広範囲を焼き尽くす。

 歩兵やパワードスーツは爆発の中でその身を一片残らず直火で焼き尽くされて一網打尽となり、戦車は装甲の薄い上面からトップアタックを受けたことで大破し、こんがりと燃え上がる。

 

「敵は化け物よ! 撃て撃て撃て! 地上の連中の仇を――」

「ハロー、お嬢さん!」

 

 跳躍したメタルウルフが着地したのは、ガトリング砲を乱れ撃つヘリのコクピットのすぐ脇だった。

 片腕はヘリを掴み、もう片方の手には未だ噴射炎を吐き出すミサイルが握られている。

 

トリック・オア・トリート(Trick or treat)!」

「や、やめて……!」

「お前達にはミサイルのお菓子をご馳走だ!」

 

 ヘリから発射された対地ミサイルをその手で掴み、逆に相手へプレゼントする、所謂ミサイルのキャッチアンドリリース。

 メタルウルフのミサイルによって操縦席を押し潰され、更にミサイルが炸裂したヘリがバイオ燃料に引火し大爆発を起こす。

 その爆発を背にメタルウルフは飛翔し、別のヘリに愛用の2連装ガトリングボウ“クレイジーホース”を突き立て、発射した。

 “料理中”にちょっかいをかけてきた“お客様”を席に戻すべく、多数の木製の矢によるマシンガントークならぬガトリングトークに貫かれたヘリは炎とオイルをまき散らし、コクピットのすぐ後ろ辺りで真っ二つに割れる。 この木製の矢、一体どのような処理を受けたのか通常の銃弾より破壊力がある。

 地上が迫ってきた頃、もう用はないとばかりに機体前部を失ったヘリは蹴り飛ばされ、地面に激突炎上、操縦者はパーティ会場どころかこの世から退場した。

 

『更に来客です。 そろそろ“スピーチ”をされては?』

「まずは静粛にしてもらおうか!」

 

 マルチミサイルランチャーを両手に担いだメタルウルフがその場で回転。

 独楽のように回転するメタルウルフから放たれたミサイルが管制塔の瓦礫を、弾薬庫を、格納庫を吹き飛ばす。

 凍土が高熱で解け出してはすぐにまた凍りつく。 メタルウルフが乱舞する様はまさに破壊神。

 DNNのリポーターがここにいればまた痛快な野次を飛ばしそうなものだが、生憎最近彼は遠出できていなかった。 いても相手がテロリストでは野次の飛ばしようがなかっただろう。

 

『お疲れ様です。でも、まだ来賓の方が残っているみたいですよ』

 

 大統領に無数の銃弾が命中する。

 そこにいたのは、ラファール・リヴァイヴとテンペスタ。 ラファール・リヴァイヴはクアッドガトリングパッケージを装着している。

 重量と反動制御で展開中は全く動けない固定砲台となる代わりにISコアが発する詳細不明の“ISパワー”で通常兵器の7銃身25mmガトリング砲を超威力とし、あっという間に絶対防御を発動させ相対したISのエネルギーを枯渇させる超兵器……という売り文句だったが、実のところ重量と反動制御に関しては当パッケージ開発企業の技術力不足が原因だったことが判明している。

 設計も第2世代初期で、最強の攻撃力という謳い文句はすでに過去の物だが、大量の弾幕を張るのにはうってつけ。

 大統領の眼前で薬莢をばら撒くことなく弾丸を吐き出し続けるのは、イギリス海軍が再利用として退役した艦艇から取り外したCIWS“ゴールキーパー”の7銃身30mmガトリング砲を装備したクアッドガトリングパッケージ。

 テンペスタは一体どこから盗み出したのか、アメリカの量産型特殊機動重装甲であるフェニックスが両腕に装備する60mmガトリング砲1門を抱えている。 ISが扱うにはサイズが大きく、不格好な体勢になっている。

 

「いい的よ、貴方」

「随分と暴れてくれたわね」

 

 そのIS2機はメタルウルフと正対し、まるでかかってこいと言わんばかりに。

 勝利を確信したかの様に笑みを浮かべていた。

 

「oh! これは失礼。 お客様に背を向けていたとは」

 

 しかし、彼女達は勘違いしている。

 大統領直属部隊として、万一の際にはSPの代わりに特殊機動重装甲で護衛を行うこともあるプレジデントフォースは誰でもなれるわけではない。 最低でも並の操縦者が操るIS相手に最高複数名で特殊機動重装甲を駆り、熱い魂とその腕で隔絶したスペック差を覆し、互角に戦う必要がある。

 ましてや彼女達の前にいるのはそのトップ、大統領。

 クアッドファランクスの弾幕に曝されながら悠然と振り返るメタルウルフに、彼女達の笑みは硬直した。

 1門ですらとてつもない反動を受けるというのに、それが4門。 戦車は穴あきチーズと化し、人間なら近くにいただけで消し飛ぶというのに、それで平然としているというのなら、最早眼前の敵は人間ではないのではないか。

 

「クアッドファランクスが、効かない!?」

「そんな……何故!?」

「決まっている。 何故なら私が(The Reason is)――アメリカ合衆国大統領だからだ(Because I am a President of Great United States of America)!」

「しまった! こいつは“人間”じゃない、“大統領”だ!」

「これが、世界最強(ラーズグリーズ)……!?」

 

 確かにメタルウルフのシールドはそれなりに削られつつあるが、撃墜されるにはほど遠い。

 何故か。 それは彼の大統力がメタルウルフを覆っているからである。 メタルウルフ及びメタルレイヴンのエネルギーシールドは、操縦者の精神力次第で強度や性能が上がる。

 そこが両機が操縦者を限定する要因なのだが、大統領は精神力に加えて自身の大統力(プレジデントポイント)があるのだ。

 そして、メタルウルフを装着した彼の大統力は通常の数倍へと跳ね上がる。 その状態の大統領は、時として既存の物理法則を覆すのだ。

 しかも大統領魂の殆どが先代大統領によるイチカと違い、その全てが彼自身の大統領魂。

 エネルギーシールドの堅さは、イチカと比較するまでもない。

 

「ジョディ」

『はい、なんでしょう?』

「ちょっと美人とデートしてくる」

『まぁ! 妬けますね大統領』

 

 とはいえ、黙って銃弾を受け続けるのも面白くない。

 メタルウルフが全身のスラスターを左に向けると、ほぼ真横にメタルウルフが跳んだ。 メタルウルフがジャックランタン型グレネードを発射するグレネードランチャー“トリックオアトリート”を取り出し、IS2機に向けよう――として、進行方向にいい“プレゼント”を見つけた。

 ミサイルの爆発で吹き飛んだ建造物の支柱が偶然そこに立ったまま残っていたのだ。

 メタルウルフの全長の2倍近いそれを掴んで引き抜く。 一見、ただの鉄骨だ。 どう見ても種も仕掛けもない。

 だが、それを振り回すのは特殊機動重装甲であるメタルウルフと大統領。

 メタルウルフを通じて流れ込んだ彼の大統領魂が、ただの鉄骨を青白いプラズマを纏わせた天下無敵の一振りへと変貌させる。

 まさに規格外の破壊力を生み出すこと必至の、種も仕掛けもない大統領(プレジデント)マジック。

 

「気分は4番打者だな」

『レイヴンズバットがあれば完璧でしたね』

「ジョディ。 次のMLB(メジャーリーグベースボール)の優勝はどこだと思う?」

『そうですねぇ……いっそ、ワシントンレイヴンズを再結成してみませんか?』

「考えてみよう」

 

 鉄骨を抱えたメタルウルフの紅い単眼が光り、IS目がけて発進する。

 

「レッツ、パァリィィィィィ!」

 

 流星の如きメタルウルフの一撃とIS2機の決死の反撃が激突する。

 両手で抱えられた状態から振り下ろされた青白い閃光がIS2機を地面に叩きつけ、地下最下層まで大穴を開けた末にISを強制解除させながら停止した。

 

『素晴らしい“余興”も済みましたし、そろそろ我々もご馳走に手を付けましょうか』

「ああ。 だが、どうやらこの下にあるご馳走は腐っているようだ。 処理業者が必要だな」

『こんなところまで業者が来るでしょうか?』

「なに、処理さえやっておけば放っておいても自然と土に還るさ。 自然は偉大だからな」

 

 メタルウルフが軽く跳躍し、大穴の上へと躍り出る。

 常人ならその高さに尻込みしそうなものだが、彼は大統領である。 全身のスラスターを真下に向け、一気に突入した。

 

 

 オラジワンⅢは順調に飛行を続け、そろそろ敵拠点直上に差し掛かろうとしていた。

 眼下では3度目のMLRS斉射が行われ、更地と化した地上とバンカーバスターで空けられた地下上層に大量の子弾が降り注ぎ、それらが一斉に炸裂した。

 流石世界の警察を自称するアメリカというか、どう見てもオーバーキル気味の攻撃が行われているのは大統領が母を、妻を、妹をテロによって奪われていることが一因としてあるのだろう。

 いつの間にかオラジワンⅢからは大音量で“ワルキューレの騎行”が流れている。

 

『大西洋艦隊より入電、グリーンランド沖に所属不明機は確認できず』

「作戦を再確認する。 敵拠点の地下施設複数階をまとめて1ブロックとし、地上から順にA、B、Cブロックとする。 量産タイプ8機がAブロック。 シャック、ポール、ランディ、君達がドイツ機と共にBブロック制圧。 私とイチカ、ドイツ軍で最下層ブロックのCを制圧。

 予備兵力としてカスパライティス及びストライクイーグル2機、万一にはオラジワンⅢが対地攻撃を行う。 出撃中のストライクイーグルは操縦者交代後、半数が上空警戒及び包囲網の形成、残りは到着次第地下へ突入することとなっている」

『シュヴァルツェ・ハーゼより入電。 ドイツ空軍からも同様の連絡があった模様』

「アレックスの息子だというのは知っているが、本当にこんな子供で大丈夫なのか?」

 

 メタルレイヴンの青い単眼が、イチカのメタルウルフを見つめる。

 しかしすぐに横から別のメタルレイヴンが軽くそのメタルレイヴンの胸を小突き、金属音が響いた。

 

「シャック。 大統領がOKを出したのだ。 我々が疑っても仕方あるまい」

「……そうだな、ポール。 我々の大統領なら間違いないだろう。 ロバート、頼んだぞ」

「彼を頼む」

「任せておけ」

 

 シャック、ポール、ランディ。 アリゾナ戦争時の大統領の部下で、アメリカ内戦時には副大統領の卑劣な情報操作でかつての上司であり憧れた英雄と激突し、倒された。

 プレジデントフォース実戦部隊創設時に3人揃って大統領にスカウトされ、今も長年の経験を活かすベテランとしてその腕を振るっているという。

 戦歴だけならアメリカ内戦当時に新米としてプレジデントフォースの技術部に入ったファイルスやそのファイルスの同期で、日本に戻った妻や千冬と別居していたアレックスより長いが、彼らは騙されていたとはいえ大統領に銃口を向けたことに責任を感じ隊長への就任を辞退していた。

 

『まもなく降下ポイントです。 ハッチ、解放します。 投下後、ストライクイーグルを収容し、操縦者交代及び簡易チェックに入ります』

「さぁて、整備チームも準備を始めるよ」

 

 轟音と共に、ハッチがゆっくりと開かれていく。 軍事作戦ではこれが初陣であるイチカの前に、白い大地が広がる。

 ふと後方に視線を向ければ、3機のメタルレイヴンの向こう側に作業用アームやユニットを備えた整備用IS2機と、それを手伝う整備士4名が何らかの作業を始めようとしていた。

 メタルウルフの中は空調で最適な温度に保たれているはずなのに、着込んでいるパイロットスーツに大量の汗が染み込んでいく。

 このパイロットスーツはISスーツを一般用にしたもので、多少の防弾性を持ち吸水性も抜群である。

 そこに欧州のデュノア社が体温発電機能とISの操縦者保護機能から一部を応用してスーツ表面に膜状のフィールドを張り、その範囲内の温度を首元のセンサーで最適な温度に保つことができるようにしたところ爆発的な売り上げを見せ、今では各国軍の歩兵やゲリラ、民間人ですら着込んでいる程普及している。

 逆にISスーツには肌表面の微弱な電位差を検知する機能がこの機能と干渉してしまう為に実装不可となっている。

 デュノア社はこれで特許を取得し、第1世代ISラファールから第2世代の傑作ISラファール・リヴァイヴが完成するまでの間をこのスーツと特許料だけで持ちこたえさせた。 その後はラファール・リヴァイヴ自体の売り上げやライセンス料で荒稼ぎし、最大の顧客と化したクラウス社のストライクイーグル60機分のライセンス料で量産型ISの最大手に躍り出た。

 

――行くぞ、イチカ――

「OK、先代さん(ミスター)は……準備はいらないか」

『ハッチ解放完了。 降下カウントダウン、スタートします』

 

 白い装甲に黒の配色、白の中に輝く赤い単眼が日の丸を思わせる、メタルウルフのホワイトサンズと呼ばれるカラーリングの機体がイチカに与えられたデータ収集用メタルウルフ。

 その1歩先を先導する1機と、更に背後からついてくる3機がダークブルーに鮮やかな蒼の配色と蒼い単眼を光らせるメタルレイヴン。

 残りはかつてフェニックスでシャック達3名が操っていた逆関節の量産型、アリゾナ州のフェニックスで開発されていたことから通称“フェニックス”だが、やはりこちらも18年前と比べてステルス装置を内蔵するなどのアップデートが行われている。

 

「5、4、3、2……降下!」

 

 イチカとファイルスがハッチの前に辿りつき、そして重力に身を任せて特殊機動重装甲が落ちていった。

 パラシュートなしのスカイダイビング、高度7000フィートからの自由落下だ。 風を切る音と共に、鋼鉄の狼と鴉が落ちていく。

 太陽が燦然と輝く雲の上からすぐに白い雲の中に突入し、雪舞う地上を単眼が睨みつける。

 

「yeah! ショウタイムだ!」

 

 

 12の機影が大型輸送ヘリから落ちて行く。 ドイツのIS3機とドイツ製特殊機動重装甲9機だ。

 

「……とても、先程まで要塞があったとは思えないわね」

 

 迫る地表には、大量の瓦礫が散乱している。 3度の大量爆撃によって大きな瓦礫は砕かれ、ISが隠れられるようなものは存在しない。

 数百、数千発の子弾が過剰とも言える火力を発揮した結果だ。

 雪上の要塞と化していたそこは、ありとあらゆる構造物が最早用を成さない残骸として屍を晒していた。

 

「各機、降下姿勢!」

 

 頭を下にして弾丸のように落ちて行く体勢からくるりと宙返り1回転。

 両腕を広げ、増大した空気抵抗で落下速度が減速していく。

 1機のISに特殊機動重装甲4機が近づいていき、5機で1チームを編成していく。

 しかし、隊長であるクラリッサ機に寄ってきたのは1機のみ。 両チームからハブられたラウラ・ボーデヴィッヒである。

 当初こそ高い成績を誇っていたが、とある事故の後は一転して落ちこぼれに転落。 部隊最年少にして最後の遺伝子強化試験体(アドバンスド)

 それがここ3週間ほどでかつての実力を取り戻しつつある。 将来的にはクラリッサを追い抜き隊長となるのかもしれない。

 彼女が落ちこぼれていた間、教官だった国家代表マルティナの厳しい指導の中でもクラリッサは隊長としてずっと彼女を気にかけ、時にはそれとなく庇った。 伊達にお姉様と呼ばれていないのである。

 今回2人きりとなったのも、彼女と他の隊員の間の隔たりを気にかけてだ。

 

「行けるな、ボーデヴィッヒ中尉?」

「……問題ありません」

 

 ハイパーセンサーで斜め後方を見るクラリッサ。

 装甲に阻まれ表情は窺えないが、恐らく無表情であろう。

 もう少し愛想よくならないものか、と思いながら高度を下げて行った。

 

 

 風を切り、みるみるうちに地表が近付いてくる。 両手両足は広げず自由落下に身を任せた結果、景色は一瞬で後方に流れていく。

 

――おや、これは……――

「……ミスターも気付きましたか」

「え?」

「イチカ、3秒後にバックパックを開け。 3、2、1!」

 

 言われるがままイチカはバックパックを開く。 8つの武装が飛び出し、増大した空気抵抗で機体が減速する中、目の前のメタルレイヴンも同様にバックパックを開き、スナイパーライフルを取り出した。

 風圧で揺れる視界の中、ファイルスはスナイパーライフルをある一点に向け、発砲。

 状況が理解できていないイチカの視線の先で、地下から分厚いシャッターを開けながら地上に姿を現した対空ミサイルランチャーが突如炎に包まれ、引火したのか内部から炸裂し黒煙を噴き上げる。 遅れて低い爆発音が響いた。

 と、同時に視界の隅でもう一つ炎が噴き上がる。

 メタルレイヴンを見れば、横方向に一回転。 蒼い光が尾を引き、くるりと回る。

 そうして姿勢制御を終えたメタルレイヴンがもう1射すると、2連装の対空機関砲の中央に弾痕が穿たれ、中の弾薬が弾け飛び砲身が吹き飛んだ。

 

「こんなものか」

 

 スナイパーライフルをバックパックに戻し、ファイルスはメタルレイヴンを更に加速させる。

 

「どうしたイチカ、置いていくぞ!」

「すっげぇ! 今の、どうやって!?」

「できることをやるだけだ、と昔のスナイパーも言っているだろう。 要は慣れだ。 年季が違うのさ!」

 

 特殊機動重装甲を狙っていた対空砲が沈黙。いよいよイチカのテンションは最高潮だ。 最早眼前に障害はない。

 特殊機動重装甲は精神力、つまり搭乗者のテンションが機体に大きな影響を及ぼす。 気分が高揚すればするほど性能が上がる。

 その気になれば大統領のように大砲の直撃を受けても傷一つないこともあれば、ライフル弾の1発に貫通されるほどだ。

 だからこの2機の搭乗者は、はっちゃけていた。

 

「イィィィヤッホォォォォゥ!」

「2人同時に突っ込む、タイミングを合わせろ!」

 

 歓声を上げ、イチカは落ちていく。

 ファイルスは時折バックパックを開いて減速させながら、イチカと高度を合わせて行く。 一方イチカはその隣で鼻歌を歌っている。 クーデター終結から2年後にハリウッドで公開された映画“メタルウルフ”の“METAL WOLF THEME”だ。

 2機は地上へ一直線に落ちていきながら、同時にバックパックを開き、同じツインバズーカを構え、バンカーバスターで天井に風穴を空けられた地下1階へと発射した。

 4発の弾頭は大きな風穴を通過し、地下1階の床にめり込みながら爆発。当たり前のように、地下1階の床と特殊装甲が吹き飛び地下2階が顔を覗かせた。

 

「all right!」

――all right!――

『all right!』

 

 イチカ、先代大統領、“大統領シャウト!”が何の打ち合わせもなしに同じ語句をシャウトし、隣のファイルスは思わず噴き出す。

 落下速度とブーストによる加速で巨大な砲弾となった2機はパイのように何層も重ねられた亡国機業の地下施設へと突入した。

 地下数階に渡って構築された地下施設が特殊機動重装甲の衝撃に耐えられず2機分の大穴を形作りながらクッションの代わりにされ、ついでとばかりに最下層で大きなクレーターを生成してようやく停止した。

 

「敵拠点への潜入に成功した!」

 

 

 このグリーンランドの2つの拠点は、年中ブリザードに覆われた亡国機業の欧州・北米での活動を行う重要拠点だった。

 大規模なレーダー施設を持ち、強力な対空施設が空を守り、そして亡国機業の半数近い人員がここを守っている。

 だから、各国も犠牲を恐れて下手に動けなかった。 突っ込んできたイタリア軍など壊滅させられたほどだ。

 だが、この拠点もこの日落ちる。 先日のホワイトハウス襲撃でとうとう業を煮やしたアメリカがこの作戦に最終兵器を投入したのだ。 そして、それこそ――合衆国大統領である。

 大統領が出現した方はその報告を届ける間もなく壊滅した為、それを知らない亡国機業は壊滅した拠点へ応援要請を送り続けていた。

 

「B1ブロック、壊滅! B3ブロックに敵機確認! B2ブロック、火災消火できません!」

「IS部隊は? オータムはどうしたの?」

「地上配備部隊はアラクネを除いて全機通信途絶しています!」

「IS部隊、既に半数がやられています! アラクネは生きています」

 

 スコールは個人秘匿通信(プライベートチャネル)でオータムとの通信を繋ぐ。

 その向こうからは状況が切迫していることがよく感じ取れた。

 

『なんだ! スコール!』

「状況はモニターしていたわ。 ここはもう落ちる。 引きましょう」

『分かった! だが脱出手段は何がある!?』

「原潜1隻と高速潜水艇が少しね。 地下にトンネルを掘ってあるの」

『オッケー! もうこれでおしまいかと思って――どわーっ!』

「オータム!?」

 

 オータムとの通信が途切れる。

 スコールの居る管制室は、数秒前に2機の特殊機動重装甲が、更にそれを追ってドイツ軍、アメリカ軍が落ちてくるのを確認していた。

 対空砲はアメリカISの猛攻撃の前に消し飛んでおり、既に稼働させられるものはない。

 ISも多数戦闘不能となっており、 遅かれ早かれここに敵が雪崩れ込むだろう。

 

「総員、退避! 脱出プランB! スコール、脱出を援護しろ」

 

 威張るばかりで何もしないここの最高責任者がそう命令すると同時に、管制室の面々が我先にと駆けだしていく。

 地上からここまでは10枚の特殊装甲が存在し、更に階ごとには様々なトラップがしかけてある。

 相当な時間が稼げるはずだ。

 

「敵拠点への潜入に成功した!」

 

 相当な時間が稼げるはずだった。 しかしそれは、相手が普通なら(・・・・・・・)の話だ。

 地下深くまで伝わるような声と衝撃が地下区画を揺らし、激震に数名が倒れた。 スコールは粉塵に包まれた通路の反対側に目を向けた。

 

「……潜入?」

 

 倒れた1人が管制室のモニターへと目を向け、思わず絶句する。

 

「特殊装甲10枚、全壊!?」

 

 粉塵が舞う中、スコールはハイパーセンサーで確かに見た。白と青黒い特殊機動重装甲が、あっという間に落ちてきたことを。

 特殊装甲10枚を一瞬で貫通するほどの純粋な運動エネルギーでここまで到達したことを。

 時間稼ぎの為の策は、あっさり瓦解した。

 

「デタラメね……!」

『おい、スコール、何がどうなってやがる!? 今地下5階なんだが、なんか床をぶち抜いてったぞ!』

 

 スコールが歯ぎしりしISを展開しようとしたところで、よく聞きなれた声が通信に飛びこむ。

 

「オータム!? 無事なの?」

『無事だ! でもよぉ、上から大勢降ってくるぞ! ああくそ、大穴にエネルギーワイヤー張る瞬間にまた2機抜けやがった!』

 

 またしても地下が揺れる。 しかし先程ほどではない。 粉塵が晴れると、そこにいるのは3機の特殊機動重装甲と、1機のIS。

 

「アメリカ軍プレジデントフォース実戦部隊隊長、ロバート・ファイルス少佐ですか? こちら、ドイツ特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ所属、クラリッサ・ハルフォーフ大尉と、ラウラ・ボーデヴィッヒ中尉です」

「その通りだ。 隣の白い機体にはイチカ・オリムラ准尉。 君達の教官の弟だ」

「お喋りとは余裕ね」

 

 全身が金ピカの悪趣味なIS“ゴールデン・ドーン”を身に纏ったスコールが、閃光手榴弾、スモークグレネードを次々と放り投げながら背を向ける。

 実のところ、このゴールデン・ドーンは未完成で武装がない。 それどころか、とりあえず動くことを優先した為金色の繭が出る以外はラファール・リヴァイヴと同等の性能しかない完全な見かけ倒し。

 背を向けて逃げるしかないのはスコールも癪だったが、捕まるわけにもいかない。

 

「貴方達の相手はそいつらよ」

『Ураaa!』

 

 壁をぶち破って現れたのは、マシンガンとその銃身下部に装着したブレードで武装した複数のロシア製の真っ赤な機械歩兵、所謂サイボーグ。

 元大統領(プッチーン)の死後からロシアへ女尊男卑が浸透するまでの間の混乱期に大量に流出した物であり、アメリカのC09Nと互角の性能を誇る。

 歩兵でも強力な火器があればまだ対応できるレベルだが、多くの場合大量投入され数で押してくる。

 しかし、2メートル程度のそれらの背後から更に壁を破壊して現れる10メートル程の赤い影。

 

「コイツは……まさか、ロシア大統領機(ウラディーミル・プッチーン)!?」

「違う! そいつはデッドコピー版だ!」

「中尉、小さい奴をやれ!」

「了解っ!」

 

 赤い機械歩兵の後ろからその巨体を現したのは、かつてのロシア大統領機のそっくりさん。 無人化する為にサイズが倍になっている。

 両腕にドリルを装着し、頭部にウォッカを利用した火炎放射器、腹部プラズマ砲と機銃、更にバックユニットに大量のミサイルを積みこんだそれがドリルを猛回転させながらクラリッサへと襲いかかり、ラウラはその巨体を潜り抜けるように動きながら両腕の高周波ブレードを展開した。

 その間に、スコールは狭い1本道の通路の中を逃げ出そうとしている。

 

「ハルフォーフ大尉、そちらは任せる!」

「了解、任せられた!」

 

 メタルウルフとメタルレイヴンが地を蹴り、全身のスラスターに点火して一気に加速する。

 しかし相手は未完成とはいえIS。 機動性、速度共に劣る特殊機動重装甲では普通、追いつけない。

 

目標を捕捉(タリホー)!」

 

 ファイルスがメタルレイヴンの左腕を引き絞る。 ミサイルパンチの構えだ。

 

目標を捕捉(タリホー)!」

 

 全くの同時、2人の声が重なりながらイチカが右腕を引き絞る。 ミサイルパンチの構えだ。

 

「あら、そんなもの無駄よ?」

「大統領魂にっ!」

「アメリカ魂に!」

「不可能はっ!」

「砕けぬものは!」

 

 ブーストの炎が尾を引き、ますます加速するメタルウルフとメタルレイヴン。

 搭乗者のテンションに応じて性能が上がるという訳のわからない仕様に、実のところフロム社以外のアメリカ企業は首をかしげるばかりだ。

 

「ないッ!」

 

 両者がそれを同時に突き出し――そして、ゴールデン・ドーンの金色の繭を貫き、逃走を図っていたスコールが爆発をまともに受け通路でバウンド、墜落した。

 

「な……そんなものでこれは貫けないはず……! それ以前になんで追いついて……!?」

それが先代さんから受け継いだ大統領魂だ(Believe my Justice)!」

「それがアメリカ魂だ!」

 

 謎の説得力を持ってスコールに迫るイチカとファイルス。

 スコールも言いたいことは数あれど、とりあえずこれを聞くのが精一杯だった。

 

「貴方、何者?」

「イチカ・オリムラ。 夢は大統領だ」

「ロバート・ファイルス。 そんな彼の保護者さ」

――マイケル・ウィルソン。 第46代アメリカ合衆国大統領だ!――

「……ふざけてるの?」

 

 尻もちをついたゴールデン・ドーンが起き上がるまでに距離を詰めたメタルウルフがバックパックから武装を取り出す。

 世界に2本しかない特殊機動重装甲用MoonLightSwordの2本目、剣の構えで光波を発射するバズーカ(・・・・)だ。

 あくまでこれはバズーカなのだ。 先端をゴールデン・ドーンに向け、トリガーに指をかけながら更に接近する。

 

「十分真面目だ!」

――いかん、下がれイチカ!――

 

 先代大統領の第六感からの警告に反応したイチカがスラスターを逆噴射させ、後ろへ飛び退く。

 それと時を同じくして、隔壁がギロチンのように勢いをつけて落ち、更に分厚い隔壁が左右からメタルウルフを押し潰しかねない勢いで閉じた。

 

「くそっ、やられた!」

「何の問題もないだろう、イチカ。 壁など壊せばいいだけだ」

「それもそうだ」

 

 閉じるときに一瞬見たところ、かなり分厚い隔壁だった。

 それを前にしてイチカとファイルスが同じミサイルランチャーを取り出す。

 ツッコミ不在の2人は止まらない、止まれない。

 

「“HANABI”か」

「気が合うな。 私も”HANABI”だ」

「まさか両方とも“TAIHOU”を持ってきてないなんてな!」

 

 2人は笑いながらミサイルランチャーのトリガーを引く。 瞬間、室内で何かを大きく間違えた花火が炸裂した。

 

「タァァァマヤァァァ!」

 

 日本の花火メーカー“TAMAYA”と大物花火師によって製作されたミサイル、HANABIが全弾発射され、隔壁で大爆発。

 圧倒的な熱と光が、2機を包み込んだ――。

 

 

 数分後、浮遊感を感じてイチカが目を覚ます。

 

「起きましたか。 イチカ・オリムラ」

「……ええと、ドイツのIS乗りさん?」

「私はクラリッサ・ハルフォーフだ」

 

 大爆発を起こした地下施設からシュヴァルツェア・パンターが脱出する。 スコールにはまんまと逃げられた。

 小破したシュヴァルツェア・パンターの6本のワイヤーブレードに吊り下げられた3機の特殊機動重装甲が、ぶらぶらと揺れながら運ばれていく。

 もう一人、黙して何も喋らないのはラウラ中尉。 機体はロシア大型機との戦闘で中破し、スラスターが死にかけている他、少し黒煙を噴いている。

 と、その時ファイルスのメタルレイヴンがぐらりと揺れた。

 

「揺らさないでください、少佐」

「ここは……気絶していたのか」

「ええ。 黒焦げになった隔壁の前で倒れていたので回収しました」

「状況は?」

「ドイツ軍は施設の制圧を続行中。 アメリカの方は、なんとも」

『イーグル18よりレイヴン1。 敵IS2機を包囲し撃墜しました。 ISは没収しましたが、操縦者はどうしますか』

『こちらイーグル1。イーグル18、捕虜はオラジワンへ連行しろ。 コアは帰ったらIS委員会に提出する。 カスパライティスが営倉へ招待してくれるはずだ。 こちらも今捕虜を連行中』

「いや、どうやら同じ――大尉、下だ!」

 

 先程脱出してきた地下施設から、閃光が漏れ出す。 程なくして、黄色い閃光が迸った。

 

「まさか……! 全員警戒! 地下にいる機体は急ぎ脱出しろ!」

 

 プラズマ砲が空を焼き、地面を砕いて現れたのは頭部と両腕を失いウォッカまみれの、損傷の激しさ故に一度は大地に沈んだプッチーン。

 

『Ураaa!』

 

 数こそ減ったが、それこそ土砂降り(スコール)のように大量のミサイルをばら撒き、その内数発がクラリッサ機を照準し飛来する。

 

「再起動だと!?」

『こちら、イーグル20! 地下最下層の管制室を確認したところ、核爆弾の起動が確認されました! 脅しじゃないですよ!』

「なんだと!? 核!?」

『パンター3よりイーグル20。 冗談は止めてください』

 

 クラリッサが特殊機動重装甲3機をぶらぶらと揺らしながらアサルトライフルでミサイルを迎撃する。

 ファイルスがスナイパーライフルでプッチーンのバックユニットを貫き、ミサイルコンテナ内部のミサイルが一斉に起爆して体勢を崩す。

 イチカとラウラもガトリングガンで弾幕を張り、突っ込んできたミサイルが絡めとられた。

 

『本当です! 直視映像(ダイレクトビュー)チャンネル120で映像転送します! 連中、地中深くの核でここを吹っ飛ばす気です! 解除したいところですが、いろいろぶっ壊されてて解除不能!』

『馬鹿な……ハルフォーフ隊長、核だ!』

『中国の戦術核盗難はコイツらの仕業か!』

「撤退! 撤退だ!」

 

 焦る気持ちがクラリッサの操縦を荒くする。 如何に普段冷静な操縦者であろうとも、すぐ近くで核爆弾が起動しているなどと言われて冷静でいられるだろうか。

 しかし、それがいけなかった。 揺れが激しくなったことで、損傷していたワイヤーブレードが千切れ、ドーラが落ちて行く。

 

「う、うわぁぁぁっ!」

「中尉!」

 

 ワイヤーブレードを再び延ばそうとするクラリッサ。 しかし届かない。 ドーラが伸ばした手は、空を切る。

 

「うおぉぉぉぉっ!」

 

 ドーラが落ちて行き、ワイヤーブレードも届かないのを見たイチカは、即座にワイヤーブレードをMLSで切断し、ドーラの後を追って落ちて行く。

 気付いたファイルスが手を伸ばすが、既に届かない距離へとメタルウルフは行ってしまった。

 

「イチカ、何のつもりだ! 戻れ!」

「あのドイツ機を助ける!」

「准尉、無茶だ! 時間もないんだぞ!」

「だからって見捨てるのかよ!」

「それは……」

 

 クラリッサが、一瞬言葉に詰まる。 しかし、すぐに悔しさを噛み殺したような声で続けた。

 

「……そうだ。 彼女1人と、全員を天秤にかけることなど……できない」

「ふっざけんじゃねぇ!」

 

 MLSを抜き放ったままの白いメタルウルフが、青い刀身に太陽光を煌めかせながら落ちて行く。 その先には体勢を立てなおしたプッチーン。

 

「俺は、大統領になるんだ! 大統領を目指す奴が、そんなこと――」

 

 プッチーンの胸元には、プラズマ砲の収束する光が輝く。 それを見てメタルウルフが全身のスラスターを全開させ加速した。

 

「仲間を見捨てて、背を向けて逃げるなんて、そんなの大統領がやることじゃねぇっ!」

 

 プラズマ砲が発射されるほうが、一瞬早かった。 高エネルギーがメタルウルフを包み、メタルウルフのエネルギーシールドをガリガリと削っていく。

 

「お、おぉぉぉりゃぁぁっ!」

 

 身体の中心で脈動する何かを感じる。 目に見えてエネルギーの減少速度が低下するのを感じたイチカは、その脈動に身を任せた。

 プラズマ砲の眼前に飛び込んだメタルウルフが、落下してきた勢いのまま唐竹割にMLSを振り下ろす。

 MLSはイチカが引いたトリガーに従い、今まさにエネルギーを放っている砲口を切り裂くよう光波を放ち、プッチーンを頭のあった辺りから股間まで真っ二つに切り裂いた。

 機械の断面が激しいスパークを放ち、左右に倒れる。 その間を通り抜けながら足元を削り、火花を飛び散らせながら着地したメタルウルフがMLSを収納する瞬間、真っ二つになったプッチーンは炎上し遂に爆散した。

 

『おう、よく言ったぜ! 気持ちいいセリフ聞かせてもらったお礼だ、みすみす死なせやしねぇよ! 整備チーム、追加ブースターだ! 40秒で支度しな!』

『そうだ! あのアリゾナ紛争でも、フェニックスでも、大統領は決して敵に背を向けなかった! コーリング、頼む!』

『あいよ、ネビル大尉! 聞いてるな、オラジワン! 今だけ私のコードは“エアフォース・ワン”だ!』

『了解、エアフォース・ワン。 なんとしても連れ帰ってください』

 

 通信機から威勢のいいイーリスとシャックの声が聞こえる。

 

――イチカ、先程の言葉、見事だった。 どうやら君自身の大統領魂が目覚めたようだ――

 

 モニターの隅に目を向けると、確かに常に一定値を示していた大統力(プレジデントポイント)の数値が上昇していた。

 ファイルスがイチカの言葉を聞いて脳裏を過ぎったのは、かつて自由の女神の上に囚われた自分達を救いに来た鋼鉄の狼の姿。

 

――ジョディ、私は友人を見捨てることなどできない。 何故なら、私はアメリカ合衆国大統領だからだ――

「大統領じゃない、か。 確かにそうだな」

 

 しかし今のイチカにその声は聞こえておらず、先に落ちたドーラを探してレーダーに目を走らせる。

 イチカから見て北西に、微弱な反応が映りこんだ。

 

『起爆まで、残り5分!』

「見つけた!」

 

 崩れた瓦礫の山で、火花を散らせながら仰向けに倒れている黒い機体。 落下の衝撃を瓦礫の山が吸収したのか、本体は原形を保っていた。

 装甲を引き剥がし、フレームを引き千切り、イチカはラウラ・ボーデヴィッヒを引きずり出す。 ラウラを初めて見たイチカは知らないが、先程までつけていた眼帯がなくなっている。

 

「しっかりしろ! えーっと……ボーデヴィッヒ中尉!」

 

 イチカと同じデュノア社の温度調節機能付きパイロットスーツに包まれたその身体をメタルウルフの左手が抱き上げると、すかさずイチカは信号弾――なんて持っていないので、HANABIを1発だけ発射した。

 

『位置を確認した! あと1分待て! 重いから武器は捨てとけよっ!』

 

 イチカがドーラの残骸から眼帯を拾い上げた時、頭上に花開くHANABIの下、ありったけの追加ブースターをウェポンラックに積んだイーリスのストライクイーグルカスタムが降下してくる。 その背中と脚部には、特殊機動重装甲や貨物を輸送する為の多目的ワイヤーアンカーが見える。

 HANABIが、ツインバズーカが、ガトリングガンが次々放り出されていき、放り出された武装に自動で使用制限がかかる。 残ったのは、MLSだけ。 これだけは捨てられない。

 

「おっし、急いで逃げるぞ。 この追加ブースター、いつまでもつかわかんねぇ……」

「オーケィ」

 

 両脇とバックパックに発射されたワイヤーが引っかけられ、自動で巻き取られていく。 ワイヤーの固定をイーリスが何度か確認すると、ストライクイーグルはふわりと浮きあがった。

 この追加ブースター、推力のバランスが悪くなるのでできるだけ避けたい代物とされている。 イーリスは背中のマルチスラスターの制御を愛機に任せ、6基の追加ブースターをフルマニュアルで制御しながら、全力で加速させた。

 

「何故、助けた……?」

 

 弱々しい声が、メタルウルフの腕の中から聞こえる。 風圧から守る為に進行方向に背を向けたメタルウルフに抱きかかえられているラウラ・ボーデヴィッヒが、いつの間にか意識を取り戻していた。

 

「私は、いや、我々は造られた存在……。今はもう禁止されているが、戦う為に生み出され、そして落ちこぼれた私など……」

「人を助けちゃいけない理由があるのか?」

 

 ラウラの吐く息が、膜状のフィールドを出ると同時に白く変わり、ブリザードの中に消えていく。 パイロットスーツの温度調節にも限度があり、北極圏で吹雪の中を突っ切るような使用方法は考慮されていない。

 それでも、直接外気に晒されていたなら凍死していたかもしれない、とパイパーセンサーで真下のラウラの様子を確認するイーリスはパイロットスーツに感謝した。

 

「教官……お前の姉上が来てからの3週間、夢のようだった。 今なら、夢のまま終わらせ――ふぎゃっ!?」

「おい、揺らすな!」

 

 メタルウルフの指が、ラウラの頬を引っ張っている。 おかげでラウラは涙目になり、メタルウルフが動いたせいでイーリスは姿勢制御を余儀なくされる。

 

「俺の夢は、世界政府大統領なんだ」

「先程から何度か聞いている。 しかし、世界政府はもうないぞ」

「そうだな。 でも、俺が世界政府大統領になりたいのは、父さんやマイケルさんみたいに世界を守る男になりたいからだ。 だからまずは、目の前の人を救えなきゃダメだろ」

 

 ラウラはしばらく黙りこむ。 数分ほどかけてイチカを評価し、やっと口を開いた。

 

「……フン。 甘い男だ。 しかし……悪くはない。 流石教官の弟だ」

「俺を褒めてんのか千冬姉褒めてんのか、どっちだよ」

 

 ストライクイーグルカスタムが追加ブースターを量子化させながら、オラジワンⅢの中に滑り込む。 ドイツの大型輸送機は核の予想範囲から逃げ切ることは不可能と判断され、ヘリは放棄しアメリカ軍の操縦者がひしめくオラジワンⅢの格納庫へ案内された。

 元々、ISは宇宙空間での作業を目的としているので宇宙線対策が操縦者保護機能の中に盛り込まれており、生半可なEMPは通用しない。 オラジワンⅢは2つのコアを以て絶対防御等の範囲を機体全体に拡大してあるのでただのヘリより安全だろう。

 

『収容を確認しました。 これより、最大戦速で離脱します』

 

 特殊機動重装甲を降下させて以来、停止していた2重のPICが起動し、核融合炉の出力で動かしていたヘリローター6基が停止した。

 代わりにオラジワンⅢの側面の一部が開き、出現したのは大気圏離脱用のものを転用した液体燃料ロケット。

 理論上、PICとの併用で大気圏を離脱することが可能だが、宇宙用の気密隔壁などがないオラジワンⅢが宇宙へ出るわけにもいかない。

 ドイツ軍から、その手に軍服を持った1人の女性が近づいてくる。 先程のドイツIS乗り、クラリッサだ。 ISスーツの上に黒ウサギの部隊章と鉤十字がついた軍服を着ている。

 “強きドイツ”を目指して(ナチス)から入ったドイツは旧ナチスと同じ反ユダヤ主義ではなく、今のご時世を反映して反男性・女性至上主義を掲げている。 勝手にナチスを名乗るな、と亡国機業に合流したネオナチからは非難轟々だ。

 しかし、先のモンドグロッソでドイツ男性の希望であったアメリカ大統領相手での敗北、国家代表として人気があり、アメリカ大統領と対決したマルティナ・グロスが政策に一石を投じるべく政界入りしたことで、今は穏健派を取りこんで新ナチス反対の火が燃え上がりつつある。 このままでは国から多くの男性が逃げ出したイギリスのようになる、極端な政策は撤廃すべきだ、と。

 これに対してドイツ政府はマルティナ・グロスの国家代表資格剥奪を以て答え、国民から批判が集中している。

 

「イチカ・オリムラ准尉。 今回は貴官のおかげで大事な部下を失わずに済んだ。 後日、我が軍から謝礼があるだろう」

「いや、当然のことをやっただけだ……です」

「……敬語は不要です。 他国の兵士から先程のように怒られるなどとは思ってもいませんでした」

 

 イチカの敬語を手で制したクラリッサ自身も、心なしか口調が柔らかくなった。 こちらが素なのだろう。 ドイツ軍の方からも、ちょっと教官っぽくて怖かったねー、という声が聞こえてくる。

 クラリッサから軍服を受け取ったラウラが、パイロットスーツの脇の下に何かの入った鞘を固定していたベルトを外し、それをイチカに向けた。 黒いそれはよく見ると、刃物の柄のような形状をしている。

 

「一応、私からも礼はしよう。 生憎これ以外何もない、これを受け取れ」

「おー……サンキュ。 銃は持ってたんだけど、ナイフはなかったんだ」

 

 ラウラから渡されたのは、鞘入りの軍用ナイフ。 イチカがそのナイフを抜くと、刃渡り20センチ程の艶消しされたブラックメタルの刀身が現れた。

 ちなみにこのイチカが言う銃とは、ホワイトハウス襲撃の際に拾った、マゼラン星雲からやってきた光線銃のことだ。 残念ながら今回は持ってきていない。

 

「礼は要らん。 ところでお前は、欧州IS演習に出るのか?」

「おう。 俺もプレジデントフォースだからな」

「ふむ……では、それまでに私もIS操縦者になるとしよう。 また会おう、“戦友”よ」

 

 ラウラは、そこまで言い終わるとイチカに背を向け、ドイツ側へと歩き出す。

 

「待ってくれ、ボーデヴィッヒ中尉」

「なん――」

 

 声をかけると同時に、イチカが何かを投げた。 振り向きながら反射的にそれを受け止めたラウラの手に飛び込んできたのは、自らの眼帯。

 

「忘れもんだ」

「…………」

「じゃあな」

 

 何も語らず、ラウラは金色に輝く左目に眼帯をつけ直す。 別れの言葉は先程済ませた。 ならば、最早言葉は不要だ。

 

「教官の弟と言うからどんな奴かと思ったが……意思の強さは教官譲りか」

 

 後日、ドイツに戻ったラウラは織斑千冬に“何故そんなに強いのか”と尋ね、そして強烈に納得することとなる。 “あの姉にして弟であり、その逆も然りだ”と。

 

「5、4、3、2、……時間です」

 

 強烈な閃光と衝撃波がグリーンランド国立公園から広がっていく。 キノコ雲が爆心地から立ち上り、残されていた証拠品も、放棄されたラウラのドーラも、全てが消えさる。

 液体燃料ロケットで結構高度と距離を稼いでいたおかげか、オラジワンⅢに到達した衝撃波は軽微なものだった。

 

「本当に、核が……」

「狂っている……こんなの……」

 

 それきり、痛いほどの沈黙が格納庫を支配する。 誰もが声を失い、爆心地を映したモニターに釘付けとなった。

 そしてそれは、別方向から離脱するエアフォース・ワンも同様だった。

 

「ジョディ……やはり、私はテロリストを許すことはできないようだ。 この美しい銀世界を核で汚すなど、許されることではない」

 

 10月下旬。 この日、亡国機業はグリーンランドに存在した欧州・アメリカ方面最大の拠点を喪失。 また大統領に撃破されたものを含め、多数のISを奪還された。

 この日からしばらくの間、亡国機業の活動は影を潜めることとなる。

 




 大統領が「何故なら私は大統領だからだ」だったり、イチカが「これが受け継いだ大統領魂だ」の為そう見えにくいですが、ISは特殊機動重装甲の上位互換として設定しています。
 2連装ガトリングを両腕から乱射する大統領がいる世界だと、25mmガトリング砲4門程度で全く動けなくなるクアッドガトリングパッケージはただの欠陥品に。


以下、簡単な解説

・パイロットスーツ
体温発電とIS技術の有効利用。
体温発電って架空の未来技術かと思ったら、既に現実でも開発やってたりしたんですね。
これを書いた時点では未来技術だと思っていたのでそんな高性能腕時計をプレゼントしてきたシャルに因み、デュノア社製に。

・大統領の妹
実際のところ、ニンジャブレイドではダディが「妻と娘を」としか説明してないので大統領の姉なのか妹なのかは不明。
メタルウルフカオス攻略本によるとクーデター数年前、大統領自身もテロで妻を失っている。子供がいたかは不明。
今作では子供はいない設定なのでよく遊びに来ていたイチカにジュージツを仕込んだ。
背後霊のダディのジュージツ技術と相まって、このイチカは銃を持っていてもパンチする傾向がある。

・ラウラ中尉
千冬姉に「1ヶ月で部隊最強にしてやる」と言われて3週間目のラウラ。
3週間でドイツ製特殊機動重装甲“ドーラ”の番外操縦者から1番機まで上り詰め、部隊内4位にのし上がった状態。
クラリッサの口調が堅いのは隊長の威厳とかその辺の理由から。

・“METAL WOLF THEME”
元ネタは“METAL WOLF CHAOS THEME”。 メタルウルフカオスのタイトル画面の曲。
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