それでもおかしなところがあったら、約30年後だしとかそういうことでご容赦ください。
一部改訂しました。
12月末。 日本の東京某所。
“U.S.PresidentForce”の文字と部隊章が胸と背中に書かれたジャケットを羽織い、黒髪の少年と金髪の壮年が、何やら混雑している巨大な建物の前で、行列に並んでいた。
「おい、アレって……」
「……プレジデントフォース? 本物?」
「そういや、なんか最近アメリカで大統領以外にメタルウルフを動かした奴がいるとか? 誰かは知らないけど」
「確か、日本人とアメリカ人のハーフだったろ? 男として応援してやりたいぜ」
少し離れた場所では水色っぽい髪に赤い瞳のヒーロー大好きな眼鏡っ娘がファイルスを見て目を輝かせていたりする。
「本物だ……!」
ちなみに彼女はアメリカを救うべく大統領が立ち上がる“メタルウルフ”も好きだが、“NINJA”も大好きだった。
事の次第は、数日前のファイルスの発言に遡る。
*
12月下旬のフォート・ウィルソン屋外演習場。
多数のサイボーグが警備にうろつくそこで、1機の特殊機動重装甲と1人の人間――否、NINJAが模擬戦を行っていた。
「どうなってんだよ……!」
攻撃が、当たらない。 一見、生身の黒装束の男に戦場の主役、特殊機動重装甲が押されているように見える。 本来、ありえないことだ。
今も、噴煙が尾を引きながら放たれた“HANABI”が空中のNINJA――ケン・オガワへと殺到している。
ケンは素早い戦術眼で命中しないミサイルを足場にし、双剣から伸びたワイヤーが直撃コースのミサイルを叩き落とす。 イチカがメタルウルフを2歩後退させると、ワイヤーはメタルウルフの装甲を掠めていった。 後退動作の影響でたった今発射された1発のHANABIの軌道が上にずれる。
メタルウルフを掠めて戻っていくワイヤーがその上にずれたHANABIの尾翼を絡め取り、振り回されたHANABIが遠心力と推進力で更に加速しながらイチカの下へと帰ってくる。
メタルウルフはMLSを一振りする。 5メートル程の機体と比較すればロングソード程度の青い刀身がHANABIを弾頭からロケットモーターまで綺麗に真っ二つにした。 同時に飛んだ光波はケンが別のミサイルに飛び移ることでかわされる。
が、その瞬間イチカの目に飛び込んできたのは足場にしたミサイルの上で巧みな脚捌きとまるでサーフィンのような腰使いでミサイルの向きをくるりと変えさせたNINJAの姿! アルファワームの時にもやったミサイルサーフィンを今更失敗するはずがない。
次の瞬間、HANABIはメタルウルフの胸部装甲へ直撃! メタルウルフの視界一杯に大輪の光の花が咲いた! ケンは後方宙返りでHANABIの範囲から脱出している。
「嘘……だろ……!」
「この程度、嘘でもなんでもないさ」
メタルウルフが一歩踏みこむ。 空中からの立体的攻撃を終え、着地したケン・オガワへとそのMLSの青い刃を走らせた。
しかしケンはバック転で鮮やかに回避。 逆にケンはクナイを投げ放ち、メタルウルフに見事命中させた。
「どうした、イチカ・オリムラ。 気合だけでは勝てないぞ」
「くそっ!」
――冷静になれ、イチカ。 ケンは強い。 君が焦っては万が一の勝ちも失う――
メタルウルフが右手に持っていたMLSを両手で振りかぶり、勢いを付けて真下に振り下ろす。 幼少期、まだ大統領に憧れ始めた頃にやっていた篠ノ之流剣術。 中学生になってからは生活費と渡航費を稼ぐためにバイト漬けで全く篠ノ之流剣術の鍛錬をやれておらず、腕は鈍っていた。
眼前で双剣を振るっていたケンは咄嗟に身を捩って3連続側転を行い、メタルウルフの側面に回り込んだ。 MLSから光波が放たれ、エネルギーがケンの防護結界を掠めるチリチリとした音が耳に入る。
地を割るが如き勢いで振り下ろされたMLSは、しかし勢いをつけすぎた為に本当に地面へとめり込んでいた。
もう片手に持っていたクレイジーホースから木製の矢の弾幕が放たれるが、ケンは
「どんな武器でもそうだが、本命の攻撃は先に隙を作ってから当てるんだ」
ケンの双剣からワイヤーが射出され、メタルウルフに巻きつく。
MLSを地面から引き抜く一瞬の隙を突かれ、対応できなかったメタルウルフは次の瞬間空中へと放り投げられた!
なんというNINJA膂力! 間違いなく100kgは超えるだろうメタルウルフをまるで蠅のように空高く投げ飛ばした! 飛来する高層ビルをも投げ返す、超人であるNINJAにとってメタルウルフの重量程度朝飯前なのだ!
ケンはその場から動かず、背中に手を回す。 次の瞬間、その手に握られたのはケンの背中にあった円盤状の物体。 そこから刃がスライドして飛び出し、大型手裏剣となった。
地上から綺麗な投擲フォームで大型手裏剣を投擲。 大型手裏剣は彼のNINJUTSUで炎を放ち、火炎手裏剣として空中のメタルウルフへと飛来した。
「んなっ!? 燃えた!?」
イチカは背中から左手にショットグレネードを取り出し、碌に狙いを付ける間もなく射撃する。
散弾の代わりに散らばった大量の拡散グレネード弾が炸裂し面制圧。 流石に火炎手裏剣も軌道を逸らされ、ケンのいる場所へと戻っていく。
「隙を作る、と言ったはずだ」
――イチカ! 下だ! ブーストで踏み潰せ!――
――先程の場所ではなく、イチカのすぐ真下へ。 翡翠色の大剣を構えるケンの元に。 その手に握られたのはムーンライトソード! 30年ほど前、アルファワームに襲われた東京に何故か鎮座していた光波を飛ばす大剣だ!
全推力を真上に向けメタルウルフがケンを押し潰そうとするが、それより早くメタルウルフへ下から綺麗な三日月を描くように振り上げられたムーンライトソードの重い一撃が迫り、イチカは咄嗟に反応してMLSを翳して防ぐ。 落下していたメタルウルフが少しだけ浮き上がり、つきかけた勢いを殺され体勢が崩れる。
続けてケンは背を向けるようにしながらムーンライトソードを突き刺し、強烈な一撃がエネルギーシールド越しにメタルウルフの腹部装甲に多大な負荷をかける。
真上に振り上げながらイチカのMLSを撥ね上げ、無防備になったメタルウルフへケンの右足から繰り出されるジュージツの蹴撃が突き刺さった!
「……ッ!」
イチカの息が詰まり、肺の空気が強制的に押し出される。 メタルウルフの耐G機能はISには及ばずともかなり優秀だが、絶対ではない。
衝撃に揺れるメタルウルフの中で、イチカの瞳はしっかりと網膜投影越しにケンの姿を見据えていた。
高く跳躍し、日光を遮る黒い影。 かつて東京を救ったらしい、大統領戦争を戦った戦士の姿を。
「やられ――て――!」
負けず嫌いのイチカが、強い調子で一言一言絞り出す。
更に無慈悲な一撃を繰り出さんと刹那の間にメタルウルフの眼前へと迫っていたケン・オガワ。
それを認めた時、イチカ自身の大統領魂が燃え上がる。
――イチカッ!――
「やられて――たまるかっ!」
咄嗟に、メタルウルフが動く。 次に何をすべきか、どう動かすか。 大統領魂の高まりに応じて、一時的にイチカと先代の意識がシンクロした。
先代大統領のジュージツ知識と豊富な経験が流れ込み、考えるより先にイチカはその動作を行う。
空中で、スラスターの勢いを利用したサマーソルトキック。 かつて先代がアルファワームに感染したNINJAを蹴飛ばした一撃が、同時にケンが繰り出した空中踵落としと激突する。
「……ほう」
このままメタルウルフを地に叩き伏せ、無影脚によるTODOMEに移るつもりだったケンが目を細める。 ケンは激突の反動を利用して後方宙返りし、着地した。
TODOMEは刺されなかった。 砂地を削り、砂煙を巻き上げながらメタルウルフが膝立ちで着地。 肺いっぱいに新鮮な空気を取りこみ、イチカが呼吸を整えながら起き上がる。
「それを振るうのなら、光波に頼り過ぎてはいけない。 ……では、指導を始めよう」
「いてて……。 流石
「私は参戦者ではなく審判だ。 国家ではなく、国連に所属しているし……そもそも、
*
元々、ケン・オガワは来月に迫った欧州国際IS演習の警備打ち合わせでホワイトハウスとフォート・ウィルソンを訪れていた。
そこで今回は参加しない大統領から剣の扱い方をイチカに指導してほしいと頼まれ、向かった先にいたのはイチカと、かつての上司で既に故人のマイケル・ウィルソン。
予想だにしない再会に両者驚愕し、ケンは段々カンベエ・オガワそっくりになってきた風貌をからかわれたのだった。
一通り剣とジュージツの指導を終えたケンは、また見に来ると言い残すと国連マークのついた青い塗装の大型バイクに跨り、黒いNINJA装束のまま去っていった。
NINJAである彼は、バイクの運転も一流である。
残されたイチカとファイルスは、エネルギーシールドの外からデータ収集に当たっていたスタッフを撤収させながら、格納庫へ歩いていく。
「ふむ。 来月のIS演習だが、場所はこの前モンドグロッソがあったドイツのアリーナを使用する。 油断をするなよ」
「分かってる」
「本当か? ……今度はアリーナで試合になる。 これまで君がISを倒した時のように、“ISの機動力を殺せる狭い地下空間”ではない」
「だから、ここ2ヶ月ティナ達IS訓練生の飛行訓練を兼ねて俺が対IS戦演習してたんだろ? 分かってるさ、そのくらい」
「ならいい。 どちらにしても、我々にできるのは“できることをやるだけだ”、これしかない」
この2ヶ月、イチカは空中をまだぎこちなく飛び回る訓練生のISを無誘導の武装のみで撃墜する練習を行っていた。
当然、IS訓練生も攻撃を受けて痛い目を見たくはない。 必死に飛び回り、時には指定時間である1分間、イチカの攻撃から生き延びることもあった。
妨害役として攻撃してくる現役代表候補生やちょうど暇していたフォルテ・サファイアが冬休みでIS学園から帰っていたダリル・ケイシーに引きずられて参加したことにより、妨害攻撃を避けるのに必死で撃墜まで手が回らなかったこともある。
メタルウルフを整備用ハンガーに戻し、機体の簡易チェックプログラムを走らせる間に煤を払いながら装甲を磨く。
やってきた整備員と機体状況について確認し、メタルウルフを預けた。
「話は変わるがイチカ。 年末は東京に行くぞ。 コミケだ。 カタログも入手している」
「……急に何言ってんの、ファイルスおじさん」
いきなり話題を変えてきたファイルスに、イチカが呆れたような目を向けた。
一方、ファイルスは真面目そのものである。 コミケはアレックスに影響されて日本好きになった彼が日本に行ける数少ない機会だ。
「君こそ何を言っている、イチカ。 日本で盆と年末といえばコミケだろう」
――ファイルス君、君は何を言っているんだ?――
「誰が言ったんだよ、そんなこと」
「
歩兵と特殊機動重装甲の中間のようなボディアーマーを着込み、背中にスペースシャトル用の防護素材を転用したHDシールドを背負っている基地の守衛が詰所の中から顔を覗かせた。 2人は守衛にセキュリティカードを見せる。
この基地に長年勤務する、イチカも顔馴染みの60代の守衛。 過去、この基地へ遊びに来たイチカを何度か取り押さえた経験もある。
8月の襲撃の際には彼も負傷し、一時入院していた。
詰所の前で夕陽をその装甲とENアサルトライフルに浴びていた
赤い双眼を輝かせるその前を通り抜け、フォート・ウィルソンからファイルス家へと戻る。 歩いてそうかからない距離だ。
「うーん……、日本に行くのは別に構わないよ。 いつまで?」
イチカは別に日本に行くことに反対している訳ではない。 むしろ賛成だ。 8月のホワイトハウスが襲撃を受けた事件の後、イチカはすぐ日本を離れることとなり、友達にも碌に挨拶できていなかった。
突然の転校で弾は驚き、鈴には滅茶苦茶怒られたことは覚えている。
「参加するのは3日目と4日目、その後にもう1日、私はアキハバラを巡ってくる」
「オーケィ、ちょっと友達に電話して――いや、今日本は深夜か」
家に着いたイチカは変わりにドイツの姉へと電話して時間を潰し、日本時間で午前8時になったのを確認したイチカの携帯小型端末から投影ディスプレイが表示され、連絡先を呼び出す。
選択したのは五反田弾。 日本の中学の親友だ。
数回のコールの後、接続音が聞こえた。 モニターに弾の顔が表示されるより早く、イチカは喋り出す――うっかり、英語のままで。
*
場面は戻り、本日はコミケ4日目の大晦日。 4日目はIS関連――もっといえば、パワードスーツ関連として5年ほど前に新たに追加された。
パワードスーツ関連といってもメタルウルフのような大統領機のグッズは熱心なファンが購入することもあるが、ほぼIS一色である。
3日目はファイルスとプレジデントフォース情報部らしき、何度かフォート・ウィルソンで会った顔の3人で指示された物を購入していた。
イチカは14歳。 指示されたのは全て全年齢コーナーで、生憎18歳以上対象のものはなかった。
「ところで、ISの国家代表や候補生がモデルやタレントをやっている、というのは知っているか?」
「知ってる。 ティナとかがよく話してるからな」
「そうか。 今日は4日目だが、各国の国家代表と候補生のグッズが売り出されている。 だから、その、なんだ……ナターシャの写真集もあるんだ」
「あー……。 おじさん、ゆっくり探してくるといいよ」
生温かい笑顔でファイルスを見つめるイチカ。 ファイルスは呆れたような視線を一瞬向けると、今日の購入リストを送信した。
「
「そうだ。 11月頃に政府の広報部に連絡があったそうでな。 半透明の青い
プラモデルといっても、現在のプラモデルに使用されるのはかつての石油から精製されるプラスチックではなく、別の素材から精製されたよく似た物質だが、見た目も強度も殆ど変わらないので基本的に新型プラスチックと呼ばれる。
元々メタルウルフ・ホワイトサンズはハリウッドで映画化した時にカラーバリエーションで発売されていた。 実のところ、ファイルスやアメリカ側は知らないが今回のはそれにMLSの試作品を追加しただけである。
「……それはそうと、何故かそのBANDARの試作品を渡すのがデュノア社の企業ブースになっているが……何かしたのか?」
「デュノア? いいや、何にも」
「……そうか。 なら、そのリストにあるものを頼む。 私も探しものが終わったら合流しよう」
ちょうどその時、看板を手にしたスタッフと黒装束の人影が会場側から出てくる。
イチカの少し後ろにいた水色っぽい髪に赤い瞳のヒーロー大好きな眼鏡っ娘が、高精度ズームのカメラで黒装束の方を撮影し始めた。
「もうまもなく開始でーす。 始まっても走らないでくださーい」
スタッフと共に立っているのは、国連国際災害対応機関GUIDE所属のNINJAである。 NINJAはIS関連で混雑が予想される4日目のみ、国連から警備員として派遣される。
そして、彼らNINJAも知る人ぞ知る東京を救ったヒーローである。 殆どの人間はただのスタッフによる忍者コスプレだと思っているが、ごく一部の――それこそ、2015年の真実を知っている、とある対暗部組織の家に生まれた水色の髪の少女にとっては紛れもない本物の実在するヒーローなのだ。
*
「ここ、だよな……」
――そうだ、ここで間違いないはずだ――
企業ブースの一角、欧州企業グループの中にあるデュノア社のスペース。 傑作第2世代ISの地位を不動のものとしたラファール・リヴァイヴやフランス国家代表の写真集が積み重ねられており、なかなかのペースで売りさばかれている。
別にラファール・リヴァイヴの写真集を買いに来た訳ではないイチカは行列から外れて、デュノア社のスペースを眺めていた。
金髪の少女らしき子供が売り子をやっているのが見えた。
「ほう、お前もこんな下らん場所に来ていたのか。 戦友よ」
「誰だ……って、ハルフォーフ大尉にボーデヴィッヒ中尉?」
「こんにちは、イチカ・オリムラ准尉。 貴官もデュノア社に呼ばれていたのだな」
すぐ隣、ドイツ企業のスペース周辺にいたのはシュヴァルツェ・ハーゼの2人。 他のメンバーは各々購入する物を探しに散っている。
「どうだ、私もIS操縦者になったぞ。 これで私も欧州IS演習に参加し、そして我が祖国こそが最強であると知らしめるのだ」
「中尉、タイが曲がっている」
平坦な胸を張り、獰猛な笑みを浮かべる銀髪眼帯のちびっ子中尉と、ラウラの背後でラウラの軍服のネクタイを直す大尉。
傍から見れば部下に甘い上官だと思うところだが、数えるのも億劫になるほど日本の少女漫画を読み漁ったクラリッサの中ではお姉様が年下のネクタイを直してあげることが常識なのだ。
ちなみに、ラウラは鬼教官千冬の指導に耐え、既に部隊副隊長の座を手に入れていた。
隊長の座も遠くはないのだろうが、如何せん短期間での昇進だったことから“出来損ない”扱いされていたことがまだ尾を引いており、部隊内の人望はないに等しい。
尤も、表だってラウラに反発すれば実力主義の教官から雷が落ちるので他の隊員達も表面上従っている。
元々このようなイベントに興味がないラウラは別として、クラリッサは部下が快く引き受けてくれたのでこうして集合場所で部下の帰りを待っていた。
やはり背中と胸に黒ウサギの部隊章がついた上着を着ているが、その下は軍服だ。
「時間があるなら、少し待ってください。 教官に繋ぎます」
「しかし、何故このような場所にこんな人数が集まるんだ。 まさか、これだけの人数が他国ISの情報収集に来ているのか……? 平和ボケした国かと思っていたが……」
「そういうイベントらしいぜ、ここ。 俺も来たのは初めてだけど」
「ふん……まぁ、そんなことはどうでもいい。 イチカ・オリムラ。 顔を貸せ」
「なんだよ、急に――」
『こちら、織斑だ。 どうした? またラウラが迷子に――』
クラリッサの方からラウラの方へと向き直ったイチカの頬に、油断しきっていて反応する暇もなくラウラの平手が炸裂した。 乾いた音が、デュノア社とドイツ企業の間で響く。
すぐに周囲の喧騒に紛れて聞こえなくなったが、運の悪いことにラウラが叩く瞬間、投影ディスプレイの向こうで織斑千冬が映し出された光景に目を見張った。
「おい、何すんだ!」
――何のつもりだ、ドイツ人?――
イチカの背中から、僅かに怒りが混じった声が聞こえる。
「ハルフォーフ隊長から言われたのだ。 戦友とは殴り合ってこそ戦友なのだと。 さぁ、イチカ・オリムラ! 気に食わんが特別に許してやろう、私を叩くがいい!」
『ほう、クラリッサ……何だか分からんが、お前は帰国次第、ラウラと一緒に私の部屋に来い』
「誤解です! 中尉、私が教えたのは夕暮れの河原で殴り合って絆を深めることだ! ここは河原でも、ましてや夕方ですらない!」
「そっちかよ!」
ラウラの背後、クラリッサの眼前に開いた投影ディスプレイの中から画面越しに怒気を放ってくる
ラウラの声と重なってしまった為ラウラはまだ気付いていない。
「どうした、来ないのか? ならば――」
『ほう。 ラウラ、ならばどうするというんだ? 私が聞いてやるから、言ってみろ』
そこで初めて、ラウラは聞こえてはいけないような声を聞いた気がして、ブリキ人形のように振り返る。
ああ、なんということだろう。 ゆっくり振り向いた先、そこには鬼教官がいるではないか――!
「きょ、教官!?」
『どうした、ラウラ・ボーデヴィッヒ。 私は“言え”と言ったのだ。 黙れとは言っていない』
「は、ハッ! 教官から“お前はもう少しコミュニケーションしろ”と命令されましたので、部隊外で唯一知り合いのこのイチカ・オリムラを相手にしている次第です!」
現役軍人であるクラリッサや予備役のイチカから見ても、見事としか言えない綺麗なナチス式敬礼。
が、それは姿勢だけでありその表情は真っ青で冷や汗をかいている。 台無しだった。
『ふむ。 確かに、そう言った。 だがな、そこの
クラリッサの脳内では、既にブリュンヒルデ織斑千冬のテーマソングたる“ダースベイダーのテーマ”が重々しく鳴り響いている。 このままでは銀河系ではなく中尉がマズイ。
部下の為にも何とかしなければ、とクラリッサが携帯端末の向きを変え、イチカの方向に向けた。 結果から言えば、英断だった。
『……ところでイチカ。 お前、何故そこにいる?』
「ファイルスおじさんに連れてこられたんだ。 にしても、千冬姉またビール飲んでるのかよ。 クリスマスに電話した時も飲んでなかった?」
『せっかくの休みだ、酒でも飲みたくなる。 特にこんな連中の教官をやっていてはな』
日本行きをにべもなく断ってしまった過去の自分をぶつぶつと罵倒しながら、千冬が頭を掻き毟り、瓶ビールを呷る。
イチカにはドイツ語はほぼ読めないが、ラウラの背中に書かれた“
「飲み過ぎには気を付けなよ、千冬姉」
『フ……なぁに、私は大丈夫だ。 お前こそ、来月の欧州国際IS演習は大丈夫なのか』
「ああ。 “できることをやるだけだ”だしさ。 ところで、千冬姉は欧州IS演習に来るの?」
『もちろんだ。 私や、アメリカに恥をかかせないようにな』
「ああ。 じゃあ、またな千冬姉」
姉との電話を終え、クラリッサも千冬としばらく会話し、時折ラウラの顔色を変色させた後小型端末をしまう。
「それにしても、俺を呼んだのは誰なんだ?」
――先程からこちらをずっと見ている男がいる。 デュノアのスペースの方向だ。 出てきたまえ――
先代の声に促されてか、1人の壮年がデュノア社のブースから歩いてきた。 どこから聞こえてきたのか分からない声の主を探して、少し視線を彷徨わせている。
が、イチカが発するにしては低い声だったので幻聴だと考えたのかもしれない。 イチカとラウラに向き直った。
「イチカ・オリムラ准尉とラウラ・ボーデヴィッヒ中尉……で、合っているかな? 私はシャルル・デュノア。 デュノア社の社長をさせてもらっている」
「あ、えーと。 初めまして。 イチカ・オリムラです」
少々発音が間違っていたが、日本語で声をかけてきたのはファイルスと同じ金髪の壮年男性。 細めの身体で髪をオールバックに纏めている。
開発当時中学生だった篠ノ之束の手により、ISの基本OSの言語はカスパライティスのようにコアが操縦者に合わせて英語を学習しない限り、日本語で固定されている。
これによりIS関係者は日本語の習得が必修となった。
「今回は、君達のおかげで我が社の売上が伸びてね。 それで、是非お礼をしたかったんだ」
「……何かしましたっけ」
「これだ」
シャルルが携帯端末から呼び出したのは、1枚のポスターだった。
吹雪が舞う雪原で、銀髪オッドアイの小さな少女を両腕で抱える白いメタルウルフ。 足元にはドイツ製特殊機動重装甲ドーラの残骸が散らばっており、隅の方には
ポスターにはメタルウルフと少女に被らない程度に大きく書かれた“スーツで守れる生命がある。 極地戦対応パイロットスーツ新発売!”との文字が躍っている。
よく見れば確かに
「アメリカ軍のイーリス・コーリング国家代表や、かの
ストライクイーグルの作戦記録は作戦終了後に回収され、
その中で、核爆発の危機が迫る中、勇敢に味方を救うべく急行したストライクイーグルカスタムとメタルウルフ・ホワイトサンズの行動は高く評価され、流石に雪原とグラウンドアルファ、2ヶ所同時の核爆発を隠蔽しようがなかった政府が大きく取り上げていた。
極地戦対応パイロットスーツは極地付近の観測隊や通常型では満足できなかった砂漠や極寒地帯に住む民間人、果てはアメリカの宇宙技術者まで幅広い注文を受けている。
「これからも我が社を御贔屓に」
渡されたのは、
「え、あ……ありがとうございます」
「……なんだこれは」
「中尉。 それも情報収集の一環になる。 ありがたく受け取っておけ」
「了解。 社長、礼を言う」
中身を見たイチカは、あまりにも露骨な宣伝に何と言えばいいのか分からなかった。
ラウラに渡されたものも見せてもらったが、こちらもストライクイーグルカスタムがシュヴァルツェア・パンターに変わっている以外同じだ。
「ところで、これはISスーツの代わりにはできないのか」
「それは無理だ。 互換できるようにしたら、今度は我が社のISスーツが売れなくなる」
「ならば他の企業から入手するだけだ」
「このパイロットスーツの技術は、我が社の特許だ。 他社での販売などさせるつもりはない」
2人が渡されたのは極地戦対応スーツでも特に高額なもので、極薄でありながら防弾、衝撃吸収に優れた繊維を何層も多く重ねている。
用件の済んだシャルルはデュノア社のブースを視察している。 こちらの用件が済んだイチカは集合場所に指定されたフロム社のブースへと向かって行った。
そこには未だ根強い人気を誇るメタルウルフの等身大モデルが展示されていた。
「おじさん、お待たせ」
「む、イチカか。 予想通り、イギリスのブースにあったぞ。 これが今度の演習での対戦相手だ。 もう何もなければ、帰るぞ」
ファイルスが手にしているのは、イギリスのISパンフレット。
アラスカ条約の中で、情報公開の一環として年に1回もしくは数回、このようなIS関係のパンフレットもしくは写真集を発行することが義務付けられている。
後に国家代表や候補生をアイドルとして売り出す方針がこの条文と合致し、いくつかの国は積極的に、しかし情報を漏らし過ぎない範囲で発行を行っていた。
今回のパンフレットもその例に漏れず、表紙を世界初の第3世代機らしき蒼い機体と金髪の少女が飾っていた。
GUIDEのNINJA数名にサインを貰って笑顔を浮かべている水色っぽい髪の眼鏡っ娘の脇を抜けてコミケ会場から退出し、空港に戻る前に最寄りの在日米軍基地へと寄る。
“メタルウルフボーイ”として屈強な兵士にもみくちゃにされていたイチカをファイルスが救出すると、待機していたプレジデントフォース情報部の2名と共に会議室を借り、双方手持ちの資料を広げた。
情報部員の中には、よく見ると昨日一緒に会場を回った背の高い茶髪の男が混じっている。
「操縦者は、我々が掴んでいた情報の通りセシリア・オルコット。 機体名ブルーティアーズ。 社長夫妻の事故死と共にブリテンファクトリー社に吸収されたオルコットインダストリーの、元社長夫妻の娘だ。 有名どころで言えば、イギリス大統領機“アーサー”を造った企業でもある」
「アーサーと同じく、オルコット社お得意だった無線誘導兵器を使う。 違うのは、殆どプログラム制御だった制御方式が思考コントロールになっているらしい」
「思考コントロール……」
この辺の情報はCIAやプレジデントフォース情報部が掴んでいた情報とも合致する。
来月が初お披露目のブルーティアーズが堂々と公開されているのは、イギリスの余裕の表れであろう。
パンフレットには世界でもっとも
イギリスとアメリカはそれぞれ女尊男卑と男女平等を掲げるリーダー的存在であり、現在は互いの主張を巡って国際関係が悪化していた。
見開きのページには空中投影用の映像チップが内蔵されており、映像が目の前に投影された。
『さあ、踊りなさい。 わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でるワルツで!』
大型ライフルを携えた、蒼いIS。 スカート状に腰部へ接続された6基のスラスターで高速機動を行い、仮想標的をレーザーライフルの一撃が貫いていく。
急減速で速度を落とし、金髪の少女が手を一振りすると、機体の外観にそぐわない大昔の大砲のような物が6基出現した。
かつてのイギリス大統領機“アーサー”の主兵装だったパンジャンドラムにグレネード砲が付いたような形の自走誘導砲台“
アーサー及び当時の英国首相はある程度プログラム化された無線誘導システムで12基の砲塔を操り、巧みに敵機を追い込んで手にした大剣“エクスカリバー”で斬り伏せるという詰将棋やチェスのような戦法を得意としていた。
だが、最新技術で造られたとはいえ、悲しいかなパンジャンドラムはパンジャンドラム。
最初の公式戦では、各国の期待通り円卓の砲手のうちの1基“ランスロット”が砲撃直前に敵機の砲撃で抉られた地面に躓き横転、アーサーを誤射し
「うん? 情報ではブルーティアーズはファンネルを操るという話だったが……円卓の砲手だったのか?」
「ファンネルって、おじさんの部屋にある昔のガンダムに出てきたファンネル?」
「そのファンネルだな。 ファンネルなら、その内日本がBANDARの第2世代IS、ガンダムを第3世代機に改造するかもしれんと思っていたが……」
「……日本、広告目的で昔のアニメとか今やってるロボットアニメのIS化って多いよな」
「どの国も同じようなことをやっている。 例えばアラクネだが、あれは実は元々スパイダーマンのカラーリングだった。 それに日本のアニメに少なからず影響を受けた技術者はアメリカにも多い。 特殊機動重装甲の“ビームライフル”も元々日本のアニメだしな」
砲台の後部に取り付けられたロケットエンジンが火を噴き、タイヤを高速回転させて円卓の砲手がブルーティアーズを中心に円運動を行っている。
だが、ファイルスが期待していた光景ではない。
「いや、ロバート。 その通り、コイツはファンネルもどきを搭載している。 ……腰の6基のスラスターが見えるか?」
先程からもう1冊予備に購入してあったパンフレットの映像と情報部が事前に入手していた情報を見比べながら唸っていた情報部員がパンフレットの映像を一時停止させ、6基のスラスターでブルーティアーズが空中を躍るシーンで固定される。
その横に、別の情報部員が持っていた端末から投影される、ブルーティアーズともう1機、“STRIKE GUNNER”と表示された機体の3Dグラフィック。
「こいつはイギリスの第3世代技術試験用第2世代IS。 ブルーティアーズのプロトタイプ、コードネーム“ストライクガンナー”」
「恐らくだが、この映像のブルーティアーズはこのストライクガンナーを参考にした高機動パッケージを付けてるんだ。 名前は知らん」
3Dグラフィックスによく似た形のもう1機のISが表示される。 こちらは情報部が事前に入手していたもので、ブルーティアーズがファンネルもどきを空中に飛ばしている。
2つのブルーティアーズが3Dグラフィックスで表示され、重なり合う。 ファンネルもどきと、パンフレット映像の機体のスラスターの形状が一致した。
情報部員が揃って口笛を吹く。
「ビンゴ」
「ほう、ファンネルか」
「ファンネルもどきをスラスターにしての高機動か……。 しかも戦場はアリーナ、開放空間と来た。 イギリスの連中、勝たせる気はなさそうだな。 こいつはなかなか難しそうだ」
「あちらさん唯一の弱みは、このブルーティアーズが完成したのがつい先週ってとこだ。 メタルウルフをぶちのめすついでに、試験も兼ねてるんだろう」
一瞬、情報部員の眉間に皺が寄る。 続けて、その視線がイチカへと滑った。
「だが、メタルウルフなら……メタルウルフボーイなら勝てる。 ……だろう?」
「期待してるぜ、メタルウルフボーイ」
3人の――否、背後の先代の視線も含めて4対の視線がイチカに集中する。
イチカは、改めて理解する。 これは、ただISと特殊機動重装甲がぶつかるだけの試合ではない。
アメリカや他国の男性軍人の期待を一身に背負って、女性が駆るISと戦う代理戦争なのだ、と。
理解したうえで――イチカは、笑ってみせた。
「ああ!」
*
一方、イチカが会場を出て行った頃のデュノア社のブース。
相変わらず行列が並んでおり、写真集の売れ行きも好調だ。 時々、売り子の少女の写真集が欲しいと言われたり握手を求められるのが少し気にかかってはいるが。
そんな売り子の金髪の少女――シャルロット・デュノアに、先程イチカに声をかけたシャルルが近づいてくる。
「……シャルロット、売上はどうだ」
「は、はい! このペースですとお昼にはなくなります……が、ペースがだんだん落ちてきています。 いい時間になるかもしれません」
「そうか。 引き続き頼む。 それと、先程ここの情報を流しておいた。 そこの在庫は1時間せずになくなるだろう」
情報といいつつも、流したのは“デュノア社のブースに金髪の美少女がいる”という程度である。 主犯はシャルル・デュノアと近くに控えているSP。
「えっと……それじゃあ、その後……時間、空いてるかな? ……父さん」
「……30分だ。 30分で捌け」
「は、はい!」
どこかぎこちない親娘の会話。 しかし、デュノア社のブースの裏でその会話を聞いていた、サングラスをかけた禿頭のSPは人知れず涙していた。
「奥様……見ておられますか……」
彼は今は亡きシャルロットの母をよく知る人物であり、シャルルに結婚の話が持ち上がった際、娘の存在を知らないまま結婚しようとしたシャルルへシャルロットの存在を白状していた。
結果、娘の存在を知ったシャルルは現在も独身。 結婚相手だった女性も女尊男卑の流れに乗ってデュノア社を掌握しようとした亡国機業のスパイだったことが発覚し、御用となった。
今は娘にどう接するべきか試行錯誤している真っ最中だった。
*
「お前、夏休みが終わったのに帰ってこないと思ったらアメリカ人になってたってどういうことだよ。 この前も英語で電話してくるし、誰かと思ったぞ」
「そうよ、イチカ。 なんであんた、メタルウルフとか動かしてるのよ」
「そう言われてもなぁ」
翌日。 ホワイトハウス襲撃事件及びモンドクロッゾ決勝から4ヶ月半が過ぎた正月。 イチカは日本にいた。
合衆国の最終兵器メタルウルフを起動させたことでアメリカの保護下に置かれることとなったイチカは、事件直後に日本人からアメリカ人へと国籍を変えることとなった。
アメリカを含めた欧米では大体8月末から9月に新年度となる為、転校先の私立中学校で8年生(中学2年生)をもう一度やり直す羽目になったイチカ。
8月に彼がフォート・ウィルソン襲撃に巻き込まれるきっかけとなったIS訓練課程は今も続けている……というより、彼の年齢では本来特殊機動重装甲に乗ることができない。
普通は陸軍士官学校なり
結果、本来訓練用ISの代用として量産タイプの特殊機動重装甲に乗る程度のIS訓練課程でISそっちのけで特殊機動重装甲を乗りまわし、時に同じIS訓練課程の訓練用ISと模擬戦を行うのがアメリカ籍になって以降のイチカであった。
アメリカではメタルウルフ操縦で誰しもが知る存在となったイチカだが、世界的な観点で見れば、メタルウルフ操縦よりブリュンヒルデの弟であることで各国の情報機関に有名である。
だから、イチカがアメリカ国籍になったところで表向きには各国は大して気にしなかった。 日本はアメリカがきちんと保護してくれるのなら、とイチカの国籍変更に同意した。
勿論、世界の反女尊男卑団体ではこのメタルウルフがISを倒したことを反女尊男卑の希望の星として積極的に報じようとしたが、ISが主流である他国ではIS委員会が情報統制を行っていた。
『そうだ、マイケェル! 地獄からお前に会いたくて帰ってきたぞ!』
『リチャァァァド! 貴様!』
『この戦略兵器“スピリット・オブ・プレジデント”は貰っていく! そして私の新しいパワードスーツ“ホワイトナイト”を使って全世界をアメリカ化し、マイケル! 今度こそ貴様を殺す!』
彼らがやっているテレビゲームは、
正体不明の白騎士の正体が死んだはずのアメリカの副大統領だったら、という“リチャードの逆襲編”、白騎士事件当日はちょうど定期点検で間にあわなかった
欧州各国のストーリーモードで使いまわされる“ナチスドイツによる第3次世界大戦勃発”、バチカンが立ち上がる最大の問題シナリオ“ローマ法王のぶらり
「って、なんであんたストーリーモード始めようとしてるのよ。対戦にしてよ」
イチカの背後から画面を見ていた鈴がコントローラを奪い取り、ストーリーモードを終了。対戦モードに切り替えると、1Pのコントローラを返した。
『オーケェェイ! レッツ、パァリィィィ!』
『この戦いを避けられぬことに遺憾の意を表明する。
『コード受信。 アシモ、戦闘モード起動』
「お兄、イチカさん。 料理できましたよー。 イチカさんもお雑煮どうぞー」
イチカと弾が選んだのは、お馴染みアメリカ大統領マイケル・ウィルソンJrと日本の大統領戦争当時の首相、轡木首相。彼の意を受け飛来した白亜のF-3から跳び下り、華麗に着地を決めたアシモ搭載
白亜の機体にV字アンテナ、装甲材にはアメリカが月面無人採掘基地“ジャスティス”から採取したチタンを特殊な方法で精錬したルナチタン装甲、腰には主兵装である神風を纏った“
盾の有無と剣のマウント方法を除けば、かの有名な
それもそのはずで、よく見ると目立たないように“BANDAR”と“四菱”のロゴが白で入っていた。
かつて自衛軍の念願であったガンダムが2030年代、遂にパワードスーツとして完成したのである。
イチカの背に憑いている先代が、階下から聞こえてくる蘭の声に気付いたが、声は出さない。
どこから発せられたか分からない声が突如聞こえてくる、というのは中々にホラーなのだ。 これまで何度も怖がらせた経験があったので流石にこういうときは先代も自粛している。
『
『ジューゾー、
「鈴、手加減しねぇぞ」
「イチカさーん……」
対する鈴は中華民国総統が操る
神龍は中国武術と掌からエネルギーを放射する神龍波で戦う機体だが、特定のコマンドで試合開始と同時に、無駄に大きな爆発を起こして装甲を
「そっちがその気なら、こっちはこれよ! 数馬!」
「流石にそんなんされたら、これはどうにかせんといかんやろ」
『
『――――!』
御手洗数馬が選択した国連に所属していない為無所属扱いのバチカンのローマ法王と、鈴が選択した文字通り所属不明の機体、IS白騎士。
バチカン自体は国連に所属していないのだが、彼はバチカン代表であると同時にイタリア代表でもある。 イタリアは大統領機の完成が遅れに遅れ、とうとう法王が代表を兼任することとなった。
バチカンに領土的野心はなかったが、イタリアはとりあえず今の生活が保てればいいと考えていた。
クローン技術や遺伝子操作を“神への冒涜”とするバチカンのローマ法王。
自身のクローンを作成したロシアの
一説には、この裏にはローマ法王の介入があったとかなかったとか言われている。
一方、白騎士の操縦者は未だ不明である為に何も喋らないが、それが返って威圧感を増す要因となっている。
ちなみにこの白騎士、2Pカラーにすると真っ黒な機体となり、何故か近接ブレードも赤くなる。
そしてこの為だけにローマ法王の格闘装備とされた赤いライトセーバーを並べれば、どう見ても
実際のローマ法王はライトセーバーなぞ持っていないし、今のところ実用化もされていない。
「げぇっ、やりやがったな鈴!」
「それにしても、イチカがこのメタルウルフをなぁ」
カウントダウンの数字が減っていき、遂に0を示した。
『初めに、神は――』
法王が聖書の“創世記”を読み上げながら両手を掲げ、雷を纏わせる。 掲げられた両手の間でフォースライトニングが放たれ、それがだんだん収束していく。
膨大な熱量を発する光球を中心に法王の周囲に陽炎がゆらめき、白熱する巨大な光球が太陽の如く輝いている。“創世記第1章
メタルウルフの背後から2030年代に再建された地球制圧用究極兵器“アルティメットウェポン”が地を砕いて現れ、戦車モードから4脚モードへと流れるように変形した。 “地球上の全核爆弾の3万倍の威力のミサイル”はオミットされている。
『ンフフハハハハ! ブルってないで来いよセニョリータ!』
『銀河系2000億の星たちよ、よく見ておけ! 21世紀最大のスペクタルの、これがクライマックスだ!』
「ああ、もう! やっぱり開幕超必殺技出してきたわね!」
再建されたアルティメットウェポンのシステムAIの音声は
それを背にするようにメタルウルフが立っている。 高められた大統領魂が地を砕き、石礫がメタルウルフの周囲を漂う。 同時に、2機が全砲門を解放した。
『
『
アルティメットウェポンがミサイルとエネルギー波動砲を発射すると同時にメタルウルフから放たれる、大統領魂を乗せたフルバースト攻撃。 究極兵器の名に相応しく流星の如きミサイルの雨がフィールド全体へと降り注ぐ。
『やれやれ……正当防衛を行使させていただきますよ』
天地創世が掌を掲げ、追加装備扱いの専用F-3にドッキング。 円錐状の突撃用エネルギーシールドを形成させ、文字通り突撃させる必殺技、
直撃を回避しても超音速の衝撃波によるカマイタチは易々と装甲を切り裂くであろうことは疑いない。
白騎士はただ荷電粒子砲を構えているだけであるが、地味にこの荷電粒子砲はガード貫通で荷電粒子の余波ですら大ダメージを負う代物となっている。
収束荷電粒子砲と拡散荷電粒子砲の撃ち分けが可能で、しかもモーションは同一。 白騎士事件ではこの荷電粒子砲によって多数のミサイルが撃墜されている。
反面、強力すぎて自衛軍や在日アメリカ軍相手には使用されなかったが、それを補って余りある機動力で近接ブレードを振るい、次々と迎撃に当たった戦力を無力化していった。
それを反映してか、スペック上白騎士は全登場機体中最強である。 ただ、フォースと大統領魂、大和魂がスペックに反映できないだけでもあるが。
法王の頭上に落ちようとしていたミサイルが拡散荷電粒子砲によって撃墜され、次いで白騎士を狙った波動砲と白騎士が迎撃に放った収束荷電粒子砲が激突し、行き場のなくなったエネルギーの奔流が干渉、大爆発を巻き起こす。
『神の霊が、水の――』
その中を突っ切ってF-3がレーザー機関砲を放ち、その背に立つ天地創造がビームライフルを連射しながらローマ法王を強襲。
レーザー弾が命中するが、威力が足りず詠唱は止まらない。 F-3がミサイルを放ちながら法王の眼前へと迫る。
『神は言われた。“光あれ”』
だがそれより先に、“創世記第1章
きっかり2秒後、創世の光が満ち、消える。 大統領魂なきアルティメットウェポンは次の瞬間閃光と共に爆散し、画面上に表示されていた耐久値が遅れて全損する。 メタルウルフは範囲から逃れていた。
F-3が法王に激突する直前、間に白騎士が割りこみ、同じくガード貫通のプラズマブレードを振るう。 F-3の機首を上げさせ、これをかろうじて回避する。
反転し、再度F-3が突撃しようとしたところで横から拡散荷電粒子砲の雨を浴び、掠めた右翼の一部が超高温でプラズマ化した大気に触れ、一瞬で溶解。 追加装備F-3の耐久値が全損した。
「ああっ! くそっ、やられた!」
黒煙を噴きながらF-3が機首を巡らせ、法王目がけて落ちて行く。
再度荷電粒子砲の狙いを定めようとした白騎士だが、アルティメットウェポンが最期に放っていたミサイル群を近接ブレードで切り裂いた隙に木製の矢が飛来し、更にそれを回避したところでメタルウルフがレールガンから放った光の龍が直撃。
火を噴き特攻するF-3。しかし、白騎士がダウン中の硬直時間に追い討ちをかけていたイチカが横目で数馬の手元を見ると、数馬が特徴的なコマンドを今まさに実行し、法王が聖書をしまおうとしているのを認めた。
「弾! 離れろ!」
「もう遅いで!」
法王の突き出された右手が光り輝きながら巨大化し、F-3を包み込んだ。 フォースグリップと呼ばれる技だ。
本来、相手を捕まえて投げつけたりコンボに繋げられる特殊スキルではあるが、耐久値を失い特攻するのみのF-3は一瞬で握り潰され、爆発することもなく粉砕された。
画面の隅にカットインで表示された轡木首相の顔が歪む。
『ぐっ……またF-3調達費用が……! 』
ちなみに、実際の法王はこのように巨大な手が見えたりすることなく、不可視の力が離れた場所にいる者を吹き飛ばすだけである。余計性質が悪い。
間一髪、四菱F-3から高速縦回転しながらの脱出が間にあった天地創造が草薙剣を抜刀し、燃料不要の神風ジェット推進で天地創世の四肢が飛行機雲を描き、自在に空を舞いながら法王に迫る。
法王は一撃の威力が高いが、攻撃後の硬直が長く防御力も低い。先程のレーザー弾で3割程耐久値を失っているように、攻撃をかわされると一方的に沈められることも珍しくない。
戦闘機と合体していただけあって天地創世の機動性、速度は大統領機随一だが、F-3がなくてもアーマード・プレジデント2の空は天地創世とIS白騎士の為に存在するような物だ。
大方の予想通り草薙剣が法王を切り裂き、二の太刀が法王を切り裂いて法王がたまらず倒れ、光の粒子と化して消える。
「やりおったなぁ、ダァン!」
「やりやがったじゃねぇ! テメェら、さっさと降りてこい!」
戦争は、階下から響いた五反田厳の怒声により終戦となった。
*
「せっかくイチカが久々に来たってのに……、行くぞ、イチカ、鈴」
「ほな、俺はそろそろ帰るわ」
渋々3人は階下の居間へと降りて行き、数馬はそのまま家に帰っていく。 居間には弾の妹、五反田蘭とその両親に厳が待っていた。
今時珍しいちゃぶ台には五反田家の分に加えて3人分追加されている。
「あら、数馬君帰っちゃうのね。 イチカ君と鈴ちゃんは食べて行くでしょう?」
「はい。 ……うち、最近両親がもの凄く険悪で……あんまり帰りたくなくって……」
「いいのよ鈴ちゃん。 普段から弾と仲良くしてもらってるお礼よ」
「ありがとうございます……ねぇ、イチカ。 この後、何か予定ある?」
「ん……そうだな。 家を掃除したら空港行って、アメリカに帰るぞ」
「……そう。 やっぱりアンタ、アメリカに帰っちゃうのね……」
ぼんやりと、お雑煮を手に持った鈴は汁の中に浮かんだ餅を眺めている。
そして、何かを決断したかのように切り出した。
「じゃあ、途中まで付き合うわ。 ……ちょっと、話もあるし」
*
IS学園が存在する人口島はその日、粉雪がちらついていた。
その第3アリーナの付近で投影ディスプレイを前にし、元旦であるにも拘らず何かの連絡を行っている人影がいる。
この学園の常駐職員としては唯一の男性であり、ここの用務員でもあり、また実質的な最高責任者の学園長でもある轡木十蔵。
彼は白騎士事件当時の日本首相であったが、アラスカ条約締結後に責任を取らされる形で首相を辞任し、この学園へ厄介払いのような扱いで送りこまれた。
しかし、平均1年で交代していく日本首相の中で2期満了、3期途中まで務めたその影響力は健在。 まさに学園の
ちなみに、轡木が老後の趣味として首相辞任後に始めた機械整備であるが、その腕前は一流といって遜色ない。
彼の背後に立つC09Nの3機も、IS学園設立の際にアメリカから供与されて以来、彼が日々の日課として欠かさず整備を続けている愛着のある自律装甲歩兵達である。
「本田君。 終わりましたか?」
『はい、閣下。 妹からアメリカの輸送艦が接近していると連絡がありました。 F-4、各システムオールグリーン。 異常ありません』
「私はもう閣下ではないよ」
『私にとってはいつまでも閣下でございます。 無論、妹にとっても』
半透明の投影ディスプレイの向こうに佇む、真っ白な肌の人物が笑ったような気がした。
その真っ白な肌の人物はまるで人形のように無表情だが、轡木は彼がどこか嬉しそうな表情をしていることに気付いた。
「まぁ、わかりました。 ではいつもの上空警備とお出迎え、お願いしますね」
『はい。では――“発進します”』
発進とは言うが、この学校にF-4と呼ばれた戦闘機が発進するような滑走路もなければ、ハンガーも見当たらない。
それもそのはず、ここはISを扱うIS学園。航空機の学園ではない。
――しかし、変化はすぐ訪れた。
まず最初に、第3アリーナ入口からC09Nを作業用に改造したC09Wが赤い誘導灯を持って駆けだしてきた。
直後、比喩でもなんでもなく、文字通り第3アリーナが割れ、断面に遮断シールドが展開される。
スモークと共に地下からせり上がってきたのは、純白の戦闘機の上に立つ影とその滑走路。 戦闘機の方は、彼が日本首相を辞任した際、扱いに困った航空自衛軍が彼に贈与した、IS学園の“備品”である。
「閣下。 “いつもの”をお願いします」
「全く……今回はむしろ喜ばしいことなのですが……“遺憾の意を表明する”」
「戦闘コード、受信。 それでは閣下、行って参ります」
「はい、行ってらっしゃい。 私は港湾部門の事務所に行きますね」
そこから甲高い轟音とアフターバーナーの炎と共に積もりかけた雪を吹き飛ばし発進するのは、白亜の戦闘機と、その背に立つ白い影。
なんとなくアメリカのエアフォースワン発進を彷彿とさせるが、それもそのはず。
IS学園建設の際にアメリカのエアフォースワン発進風景に感銘を受けたアリーナの建設業者が真似して造りあげたものだからだ。
「
日本の純国産第6世代戦闘機四菱F-4。IS登場以前と比較すれば、どうしようもないほど規模の小さくなった計画でありながら、初の第6世代戦闘機としてごく少数が2040年に正式配備されたそれは、約100年ぶりである“ゼロファイター”。 この機体は天地創造専用に設計された無人化型である。
その背に立つのは、18年前のアメリカ内戦において特殊部隊ナイトリーフや逆関節型特殊機動重装甲が用いたステルス迷彩の発展形であるステルス陣羽織と天地創世を身に纏うアシモ2030。
かつての
膝から下をF-4の中に埋め込み、腕組みして仁王立ちの固定状態へと移行した天地創世。
当時最新式の再生型燃料電池を用いたエンジンが唸りを上げ、その機体を空中へと押し上げた。
強風がステルス陣羽織を舞い上がらせる。 V字アンテナのついた天地創世の頭部で黄色いツインアイが粉雪の中でも力強く輝き、側頭部にうっすらと見えるのは天地創世をデザインした
「日本の護衛艦が合流したようです。 兄さん、健闘を」
竹林に偽装された地対空ミサイル“TAKEYARI”の上を飛び越え、空中ですれ違ったのは一足先に空へと舞い上がっていた彼の妹が駆る無人機研究用第1世代IS“
神風はオミットされ、姿も機動戦士から倉持技研と四菱の共同作である暮桜や、倉持技研製の打鉄に近い物へと変更されている。
妹であるアシモ2043は、日本の最先端技術の結晶であるアシモをISに載せられないかと日本政府がFONDAと共同開発した、IS専用アシモである。
大統領戦争終結後、そもそも大統領戦争の為に造られたアシモ2030は存在意義を失った。 パワードスーツである天地創造より本体のアシモ2030の方が高コストなだけあり、維持費も馬鹿にならない。
そのままではデータを採取後博物館コースだっただろう。 そこで轡木がアシモ2030と天地創世をIS学園で引き取ることを提案し、日本政府も宣伝になるとして許可したが、アシモ2030が偶然触れたISコアにISが如何なる理由か反応、ISを展開した。
IS適性は最低値で、大和魂により神風を吹かせていた草薙剣も反応しなくなったが、ISの無人化研究の足がかりとしてアシモの見直しが行われ、IS搭乗を前提として人工皮膚で見た目が限りなく人間に近くなった2043版が極秘裏に製造された。
しかし元々アシモ2030に搭載されていたスパコンより更に高性能かつ小型のスパコンを搭載したことで総コストはフル装備のIS数機分と更に高騰。 以後、アシモを使用しない方向で無人ISの研究が継続されている。
軽々と音速を突破したF-4は日本領海を進むアメリカの輸送艦2隻と護衛であろうミサイル駆逐艦、F-35と四菱F-4を甲板上に係留している日本の護衛艦を1隻ずつ捕捉。 その軽快な機動力で輸送艦隊上空を通過直後にその場で180°反転し、絶大なGをものともせずその艦尾に張り付いた。 念のため、腰のビームライフルを抜いておく。
天地創世のレーダー上で、ミサイル駆逐艦の甲板上にIS2機の反応が出現。 垂直に上昇し、飛び出してきたのは 一般的なIS同様、操縦者の身体が露出した限定装甲モードのストライクイーグル。
「データベース、照合完了。
『
『こちら、ストライクイーグル38と39。 IS学園までエスコートをお願いするわ』
『新年おめでとうございます。 こちら海上自衛軍、護衛艦“かが”、日本領海内をエスコート中』
「了解。 港湾部へ誘導します……閣下、積荷は間もなく到着します」
「分かりました。 荷役と手続きの準備をしておきますね。 冬休み中に調整まで終わらせてしまいましょう」
間もなく、煩雑な手続きが終わる。
アメリカ海軍のIS操縦者は2年前の卒業生で、轡木も見覚えのある顔だった。
「やれやれ、去年も大変でしたね。 W1号君やN170号君達も御苦労様でした」
「はい閣下、光栄であります」
元々、IS学園が設立された際にアメリカ軍から中古品として払い下げられたC09N。 1体目の開発が2009年と現時点で既に開発から30数年が経過したC09Nは、IS学園1期生と共に大量に学園の警備兵としてやってきた。
アメリカの副大統領のクーデターの際にも投入されていたC09Nだが、IS学園に払い下げられたものには、やはりクーデターの際に一部の歩兵が装備していたHDシールドを装備しており、メタルウルフやISの軽火器程度なら防ぐことができる。
が、年に4回のペースで行われた亡国機業による学園襲撃により、時には身を呈して学園の盾に、時には教員のISや天地創世から意識を逸らさせる囮として、轡木の冷徹な判断の下でその数を瞬く間に数を減らしていった。
今ではC09Nが3機とC09Wが5機しかいない。 残りは相次ぐ襲撃により全て喪失、もしくは大破した後に部品取りとして解体されてしまったが、彼らの奮闘により、IS学園は度重なる襲撃を受けながら配備された35機のIS中、奪われたのは僅か打鉄3機。
対亡国機業の最前線と化していたIS学園への亡国機業による攻勢がストップしたのはつい2か月前、亡国機業が主要拠点を失陥してから。 奪われていた3機は国際IS委員会経由で返却された。
アメリカの自律装甲歩兵は、最初期のC09Nだけではなく最近のモデルですらAIが弱いとよく言われる。 あまり発言にパターンがないのはそのせいだ。
これは2000年代のカリフォルニア知事が出演した映画よろしく、人工知能の反乱が発生する可能性を大真面目に議論した結果で、意図的に人工知能の性能を低めに調整してあった。
同じく、人工知能はいいが性能が低めになっている安価なロシア製サイボーグも、意図的に性能を落とされている。 戦場の主役は人間なのだ、と。
一方日本は性能も人工知能も優秀、代わりにコストは劣悪なアシモを造った。
「まぁ、新型の彼らが来たとしても、君達の扱いに変わりはありません。 引き続き、よろしくお願いしますね」
「はい閣下、光栄であります」
「……今度、会話のパターンを増やせないか検討してみましょうか」
「はい閣下、光栄であります」
*
五反田家を出て、イチカの家へと歩いていく2人。
イチカは用意し損ねていたが、今日の午前中は五反田姉妹と鈴の4人で初詣に行ったので、鈴は赤い着物を着ている。 鈴は、ずっと顔を俯かせたまま手をもじもじさせていた。
その帰り道の途中、何か違和感を感じたイチカは小声で独り言を呟いた。
「……
普通、そんな独り言に応える人物はいない。 隣の鈴も、不思議そうな表情をしている。
だが、イチカは普通ではないのだ。 背後の先代大統領が第六感で気配を読み、返事をする。
普段、メタルウルフに乗っている時も先代のおかげで想定外の方向から奇襲を受けた――というようなことはない。
そもそも、先代大統領はNINJAの修行を受けている。 ただの背後霊などではないのだ。
――ほう、気付いたのか? 2人だ。 CIAとGUIDEが1人ずつ。 君の護衛だから心配する必要はない――
「あー……2人いたんだ。 1人だと思ってたけど、ならいいや。 で、鈴。 話って?」
イチカは何事もなかったかのように鈴の方を向き、話を振った。
だが、鈴は何やらあり得ないことを体験したかのような表情で、心なしか顔が青くなっている。
「ちょ、ちょっと待って! 今誰と話して誰が返事したの!?」
「あー……その、なんだ。 メタルウルフを動かした時に、いろいろあってな……」
――私は第46代アメリカ大統領、マイケル・ウィルソンだ。 訳あって、今はイチカの背後霊のようなものになっている――
「……ってか、本当に幽霊なんているのね」
――おや、あまり驚かないのだな――
「実際、今もイチカの背中にいるんでしょ? あたしには見えないし、そりゃ、ちょっと怖いけど……」
先代が愉快そうに笑いを漏らす。
鈴は、一度深呼吸をすると改めてイチカの瞳を見つめた。
「イチカ。 小学校の頃の約束、覚えてる?」
「ん……どの約束だ? いくつか約束してた気がするぜ」
「ええと、ほら、酢豚よ! 酢豚の方!」
「ああ、えっと、確か……料理が上達したら、毎日酢豚を食べてくれ? ってのか?」
――イチカ。 毎日3食ずっと酢豚というのは確かに辛そうだが、君の考えているような意味ではないだろう。 察するに、これはプロポ……――
「あ、わわわっ! ば、ばかっ!」
どこか勘違いしたイチカの思考に割りこみ、額を抑えるようにしながら先代がイチカを正解へと導く。 だが、あまりにも直接的に答えへ導いてしまった為、鈴は思わずイチカへ向かって怒鳴ってしまう。
この瞬間、イチカの背中にいる人物の立場も吹き飛んでいた。
「ああ、なるほ――はぁっ!?」
「こ、子供の約束よ! そ、そうよ、もう! うん!」
一気にまくし立てた鈴は、赤面した顔をごまかすように同じく赤面したイチカの背中に飛び付く。 肩車のつもりだったが、着物だったので上手く跳べなかった。
バランスを取ろうとして、イチカも鈴を支える。 必然的に、鈴はイチカにおんぶされる格好となった。
「……意外に鍛えてんのね、アンタ」
「そりゃ、今はプレジデントフォースから給料貰ってるからな。 本当はまだ兵役に就けない年齢だから、昇進はできないけどバイトより稼げるし」
「プレジデントフォース、かぁ。 ねぇ、イチカ……あたし――なんでもないわ」
ぽふっ、と鈴がイチカの背に胸と顔を預け、イチカの首の前に手を回す。 どこか疲れたような声で、イチカにギリギリ聞こえるかどうかの声量で鈴は呟いた。
「ねぇ、イチカ……。 イチカがアメリカに行ったら、もう会えないのかな」
「んな訳ないだろ。 プレジデントフォースって、案外他の国のIS部隊と合同演習するらしいぜ。 今月はヨーロッパ行きだし」
「IS……ISねぇ」
消え入るような声で繰り返す鈴。 だが、やがて織斑家が見えてきた頃、鈴は唐突にイチカの背中から飛び降りた。 ツインテールが風に揺れる。
少しバランスを崩すイチカ。 だが、鍛えていた下半身のおかげでそこまでふらつくようなことはなかった。
「うおっ……と。 鈴、どうかしたか?」
「ん。 当面の目標を決めたのよ。 あたし、IS操縦者になるわ」
「そりゃ、なんでだ?」
「それが、あたしの夢になったのよ。 アンタをISでぎゃふんと言わせてやるわ」
そう、今この瞬間、鈴の夢はイチカの隣に立つことが目標であり、夢となった。 IS操縦者になれば、少なくとも凡人でいるよりイチカと会える可能性がある。
――特に、3月末で中国へ渡ることになっている鈴には、それが唯一と言っていいような希望なのだ。 何の目的もなく中国で過ごすよりは、何かに打ちこんだ方がいいだろうし、そう思ってる方が寂しくない。
彼女は、こうと決めたら一直線に突っ走るタイプなのだ。
「じゃ、アンタの家もすぐそこだしあたしは帰るわ」
「おう。 気を付けろよ。 たまに連絡してくれ」
ツインテールとリボンが風に揺らめく。 鈴は、先程までの落ちこみ様が嘘のように笑ってみせ、八重歯を覗かせた。
「イチカ。 約束、覚えててなさいよ! 次会った時、忘れてたらぶっ飛ばすんだから!」
「お、おう! ってか、あれマジなのか!?」
返事はない。 だが、イチカに背を向ける瞬間に見えた赤面した鈴の表情が、答えを物語っているかのように見えた。
「ぎゃふんと言わされないよう気を付けないとな」
――イチカ……違う、そっちではない……――
「いや……分かってるけど、理解がちょっと追いついてないってのもあるけど」
言葉が一瞬、途切れる。 次にイチカが何を言おうとしているか、流れ込んでくるイチカの内心から理解した先代は、押し黙った。
「先代さんも、マイケルさんも、テロで奥さんを殺されてる。 ……俺も大統領になった時、嫁さんを失ってるんじゃないか、って思ってさ」
――だから、彼女に応えられないと?――
「わかんねぇ。 あんまりそういうのは考えたことなかったけど、鈴はいい奴だ。 だから、尚更そうなるんじゃないかって思うと怖いんだ」
楽観的にイチカを励ますことはできない。 彼の息子もそうやって30代の頃、妻を亡国機業によると思われるテロで亡くし、子供ができなかった。
だから、まず先代はイチカを諭すことから始めることにした。
――イチカ。 お前は、何を思いあがっている?――
「え?」
――まだ、お前が大統領になると決まっている訳ではない。 今から大統領になった時のことを心配しているのは、“取らぬ狸の皮算用”という奴だ――
「そりゃ、そうだけど……」
――私は導くことはできるが、答えを用意してやることはできない。 願わくば、我が親子2代続いた呪いを、君が打ち破ることを――
「うん。 確かに、今は悩んでも仕方ないや。 まずはハーバードに行けるくらい頭良くならなきゃな」
――その意気だ。 実際、今のお前ではハーバードに行くのは厳しいだろう。 言っておくが、テストで私に聞いたりするなよ――
「その手があったか……」
目の前にあるのは、つい数ヶ月前まで見慣れていた玄関。 イチカは織斑家のドアに鍵を差し込み、その中へと入っていった。
*
「やったぁ! でーきたっ!」
「お疲れ様です。 お茶でも淹れましょうか」
月の表側のどこかに存在する秘密研究所。 そこには、腕が異様に長い奇妙なISが直立していた。
その前には、赤ずきんとマッチ売りの少女を合体させたような服装にうさ耳を付けたような女性と、銀髪の少女が立っている。
目の前にあるのは、完全自律型の無人IS。 コアを1から丹精込めて手作りした力作だ。
彼女――篠ノ之束は行方をくらますと同時に、ISコアの製造を打ち切ったことは世界にもよく知られているが、これには理由があった。
そもそも、ISコアは大量生産ができず、篠ノ之束が1つ1つ時間をかけてコアを手作りしている。 コアに個性があるなどとされるのは手作りだからだ。
白騎士事件直後、世界終末の危機として緊急集結した国連GUIDEのNINJA達と定期点検から飛び出してきた天地創世はミサイル迎撃には間に合わなかったものの、日本政府の支援も合って篠ノ之束を捕捉し、拘束することに成功した。
それから1年後のアラスカ会議まで、日本は篠ノ之束へ常に複数のNINJAを張りつけることで世界各国を逃げ回る束を追いかけまわし、缶詰状態にし、ブラック企業も真っ青の
言うまでもないが、当時篠ノ之束は中学生。 それでなくとも超過労働で労働基準法など完全にアウトしている。
アラスカ会議で各国首脳の圧力に曝されながらも、コアが分配されたことでようやく
多くの者はISコアが非常に高額だった理由は日米に対する賠償金の為だと考えているが、実はちゃんとした労働報酬なのである。
事実、束は最近までISコアを造る気にもなれず、月の地下基地に自給自足できるオートメーション化したプラントを作ってくーちゃんと2人で過ごしていた。
余談だが、彼女がもしも全面的にアメリカに協力していれば今頃月面都市が1つできあがっていたかもしれない。
篠ノ之束は、アメリカが苦手だ。 せっかく作った白騎士も大破寸前に追い込まれるし、アラスカ会議では怖い思いもした。
しかし同時に、宇宙開発を行う余裕があり、一番ISでの宇宙進出に積極的なのがアメリカである。 アメリカをどうこうしようものなら、彼女の夢である人類の宇宙進出は遠のいてしまうだろう。 それに、今は親友織斑千冬の弟であるイチカも身を寄せている。
アメリカと日本以外の国に対しては基本的にどうなろうと知った事ではないが、この2カ国に対しては静観に近い状態だ。
「さーて、これをどこでテストしようかなー?」
『うわっ、なんだこれ?』
そんな時、どこかのマイクが聞き覚えのある声を拾った。 このマイクは篠ノ之束が興味を示す特定の人物の声を拾った時のみ、電源が入るようになっている。
彼女は作りかけだった白いISの設計図兼プラモデルが置かれたテーブルに転がり込み、モニターを表示する。 織斑家に配置してあった、掃除と留守番その他諸々をこなすお掃除用自律ロボット“モッピーちゃん
『モッピー知ってたよ。 いっくんはいつか家に帰ってくるって』
『箒……じゃないよな。 背が縮むなんていくら束さんの技術力が世界一でもできないだろうし』
『――なんだこれは? イチカ、注意しろ――』
「ようし、モッピーちゃん! いっくんの胸に飛びこめー!」
『うわっ!?』
モッピーちゃんTSPが反重力装置――ISコアなしでのPIC――を作動させ、イチカの結構鍛えている胸板の中に飛び込んだ時、何かおかしなものが2つ見えた。
1つは、モッピーちゃんのハイパーセンサーが捉えた、イチカのすぐ背後にいる謎のスーツ姿の男。 生体反応は1つしかない。 ノイズか何かにしては鮮明すぎる気がするし、飛び込む瞬間にすぐ近くから聞こえた声も気になる。
もう1つは、結構離れた家屋の軒下に一体どうやったのかコウモリのように逆立ちでぶら下がってこちらを見据える謎の影。 肉眼なら見えにくい距離だが、ハイパーセンサー搭載のモッピーちゃんは分かる。 見覚えのある黒装束、つまりGUIDEのNINJAである。
「えー……」
早くも、篠ノ之束は苦手意識のあるアメリカと、NINJAに関わってしまったことに後悔し始めた。
が、ここで簡単に挫折するようならば天才などと呼ばれることはない。 あのデスマーチと比べれば、この程度のプレッシャーなんということはない。
「むむむ、束さん頑張っちゃうよ! いっくんに、ISの方が凄いって教えてあげるんだい!」
篠ノ之束の、意地になったような声が月の地下基地の一室で木霊した。
以下、簡単な解説
・副大統領のセリフ
副大統領の台詞に限らないですが、英語はからっきしなので英訳ルビがあったりなかったりしてます。 誤訳してたら申し訳ない。
「全て受け取って~」はラスベガス戦の台詞ですが、後半の英語が分からなかったので日本語訳のみにしています。
・法王猊下
原作者発言らしい“バチカンの生身でISを壊す人物”がメタルウルフの世界に出てきた結果。
架空の第265代教皇ですので、実在の人物とはあんまり関係ありません。
正直、8巻のワールド・パージ編は「ゴーレムⅢのコアを巡って世界大戦が勃発、自らの意に従わない各国に対し篠ノ之束が世界粛清を始める」とかそんな流れかと思ってました。
・デュノア社
社長の奥さんって必要だったんでしょうか?
8巻現在でも2巻でひっぱたくくらいの登場しかなかったですし。
・ブルーティアーズ
高機動パッケージのストライクガンナーまで完成済み。
ビットを飛ばすより連結してスラスターにする方が技術的に易しいんじゃないかということでストライクガンナーが先にあったことに。
次回はISの面目躍如ということでちゃんと奮戦する予定です。
・日本自衛軍
ニンジャブレイド(作中2015年)の時点でアルファワーム対応に日本が軍隊を動かしていることになっているので、自衛軍になっています。