真名人が真耶(+a)と私用で外出をした二日後の月曜の朝、一組の教室にてまたもや彼を巻き込んで一悶着が起ころうとしていた。それは久しぶりに故郷を訪れ心にゆとりを取り戻した真名人の下に舞い込んできた“のほほんハリケーン”という名の局地的大災害。
「ふあぁ…うー、眠い…おはようございま「こーちん!!!」うわぁああ!?な、何ですかいきなり…まだ怒ってるのなら暫くそっとしておくので、僕のことは放っておいて下さいよぉ……痛てて」
いつも通り教室の後ろの扉から入室した真名人だったが、待ち構えていたかのように飛び出した本音によって驚きその場で尻もちをついてしまう。ぶつけた箇所を手でさする真名人に対して、本音はそれまで彼にだけ貫いていたツンツンぶり(側から見たらただただ可愛いだけ)を撤回させて倒れた真名人に視線を合わせるように屈んで彼の身を案じると同時に謝罪をした。
「あぁ…ご、ごめんね〜!?びっくりさせるつもりじゃなかったんだよ〜!大丈夫!?怪我してない?」
「…まぁ、少しだけお尻が痛いくらいで他は何とも。それよりあんまり屈まない方が良いですよ……スカートの中が見えてしまうので」
「っ!?ば、馬鹿馬鹿馬鹿〜っ!!なんでこんな時にそういうこと言うの〜!?」
真名人に指摘されて顔を真っ赤にしながらスカートを押さえる本音。真名人も真名人で分かっていても口にしなければ良いものを…それが彼の性である。
「う〜…こーちんってば、本っ当〜にデリカシー無いんだもん!私が一人で怒ったり心配したりして落ち着きの無い子みたいじゃん!」
「それを僕に言われましても…それよりも一体どういう風の吹き回しなんですか?先週は散々僕を無視しておきながら、何事もなくケロッとした様子で話しかけてくるなんて」
「うっ…!?そ、それは…そのぉ……こーちんがいけないんだよぉ!こーちんがかんちゃんのこと、口説いたりするからぁ!それで、私が守らなきゃって色々考えて、頭ぐるぐるしちゃって……全部こーちんが悪いのっ!」
「…恐ろしいくらいに全く話が飲み込めてないんですが。これ僕がいけないんです?」
折角謝れるチャンスだったものを自らの醜態(ものすごい勢いで勘違いしていった挙句、結局は何も無かったこと)を思い出したこととそれを重く受け止めていない真名人の態度に触発され、またもや素直に非を認められなくなってしまった本音。実際かんちゃんからその事実を知らされた本音はその日の内に真名人の部屋まで行って帰りを待っていたのだが外出していた為に会うことが出来ず、その翌日も足を運ぶも着いた時には真名人が既に整備室に篭っていた為にすれ違い、結局は今日この瞬間まで謝りたくても謝れないフラストレーションが溜まりに溜まっていたのだ。彼女の中で罪悪感が溜まる一方で日を追うごとにどんどん真名人が許してくれなくなるという勝手な被害妄想に襲われ、いざ謝ろうとしたら真名人のこの態度である。お陰で本音の感情はしっちゃかめっちゃかだ。
「と、とにかくいきなり変な態度とってごめんねってこと!それだけ言いたかっただけだから…じゃあねっ」
「あっ、はい……って言っても、席が隣だからすぐに顔をあわせることになるんだけど…まぁ、とりあえずは良かった…かな?でも結局何が原因だったんだろう…」
終始本音のペースに呑まれつつあった真名人だったが、結果としては本音との仲が再び良好なものに変わったと判断することにした。外出した帰りに真耶に相談した際に言われたことだが、あまり思い詰めるのは良くないから偶には我儘になれという謎のアドバイスが役に立ったと思いたいそんな一心だ。
「皆さ〜ん、おはようございます〜。朝のHRを始めますので、皆さん席に着いて下さいね〜」
そうこうしている間に前の扉から真耶が入って来て生徒達に着席するよう指示を出す。その時ふとした瞬間に真耶と視線がかち合った真名人だったが、その意外すぎる反応に戸惑いを隠せなかった。
「…うふふ♪」
「っ!?」
真耶は騒がしい教室内の雰囲気の中で一番後列の真名人に向けて小さく手を振って笑顔を見せる。まさかそんな反応をされるとは夢にも思っていなかった真名人は、いつにも増して動揺してしまい軽く会釈をするのが精一杯だった。
「むっ!なんか怪しい…」
その様子を真名人の隣で見ていた本音は天性の洞察力からかすぐに異変に気づく。自分が真名人を避けていたこの数日間で二人に何かあったと……しかし、ついさっきのこともあり今下手に因縁をつけて真名人と口論にでもなろうものなら本気で修復出来なくなると理解していた為にグッと堪える。本当なら今すぐにでも問い正したいところなのだが丁度同じタイミングで千冬が入ってきたので我慢我慢。
「諸君、おはよう。さて、早速連絡事項を伝えておかねばいかんな。月末に行われる学年別トーナメントについてなのだが…」
千冬が学年別トーナメントについての変更点(前回の襲撃を踏まえて二人ペアでの参加になったこと)を説明する中、真名人は一人あることを考えていた。それはこの学園にある上でどうしても避けられないこと…即ち“ナナシに乗ること”だった。真名人自身も既にこの問題を抱えたままではまともに生活出来ないことは理解している。しかし、ナナシに乗る度に身の回りで起こる変化に順応出来ずにいる自分の弱さをいつまでも見て見ぬふりしている訳にもいかないというもどかしさに苛まれていた。
「…ということで報告は以上だ。何か質問がある者は別途聞きに来ると良い。それでは一時限目の授業の準備に取り掛かれ……あぁ、そうそう。上月は今日の放課後、第一アリーナに来るように」
「えっ、僕だけ…ですか?」
「あぁ、そうだ。専用機を忘れるな…それと“逃げるなよ”」
そう言って一旦教室を出て行く千冬と真耶。それと同時に教室内が一気に騒がしくなり、その標的である真名人の下にクラスメイト達が津波のように押し寄せる。
「ど、どういうこと!?何で千冬様と上月君が!?しかも名指しで!?」
「ちょっと野暮なこと聞かないの!千冬様と言えど立派な女性、つまりは男女のあれこれが…キャー!!」
「何ですぐそっち方面に直結しちゃうかなぁ、あんたは!?単純に考えてこれは指導でしょ!上月君の実技の成績が壊滅的だって噂だし…あっ、私はそんなこと思ってないよ?あくまでも噂だから」
「こらっ!ぶりっ子しないの!でも上月君、千冬様に目をつけられるなんて本当に災難だね…骨は拾ってあげるからね?」
「いやいやいや、ナチュラルに殺さないで下さいよ。でも、僕も話があったので丁度よかったですよ。でも確かに今更ながら怖くなってきましたね…本当に命、取られるかも。ぶるぶる」
クラスメイト達に煽られて恐怖感が増大してくる真名人。その真相は千冬の言葉通り放課後に判明することになる。
「はぁ…何で上手くいかないのかなぁ〜?」
とある部屋の中で机の上に小さな鏡を置いて睨めっこしている人物がいた。その人物とは真名人の部屋に出没した自称“学園の妖精”と呼ばれる女性だった。ベスト風に改造されたIS学園の制服を身に纏ったその女生徒は何やら物憂げな表情で鏡に映る自分に話しかけている……わけではなく室内に居るもう一人の人物に向けて語りかけていた。
「何でも何も初めからちゃんと自己紹介していれば良かったものを…完全に自業自得です」
「ぶぅ〜、虚ちゃんは良いわよねー。いつの間にか真名人君にすっごく慕われてるし、おまけに師匠なんて呼ばれちゃって」
「それは……まぁ確かに悪くないですけどね。素直な後輩の男の子に慕われるというのも」
「あ〜!認めたわねぇ!?真面目な顔して何てふしだらな…このショタコン!」
「シスコンの会長に言われたくありません。それにしっかりと包み隠さず話していれば…そんなだから上月君や簪お嬢様に後ろめたさを感じる羽目になるんですよ?」
「だってぇ…二人には知ってほしくないことだもん。家の事情に巻き込む訳にはいかないし、それに知らない方が絶対幸せだから。それが“楯無”を受け継ぐってことだもんね」
会長と呼ばれた女生徒の名は楯無というらしい。この楯無という女生徒には何やら他の人間とは違った思惑があるらしく、特に簪と呼ばれる人間と真名人に対してそれらは向けられていた。
「…話は変わりますが、上月君は以前に比べてかなり整備の腕が上達していますよ。織斑 一夏君ではなく何故上月君をと思いましたが、どうやら会長の思惑が良い方向に働いたようで何よりです。ただあの子の報告では簪お嬢様を口説いたとか…にわかには信じられませんが」
「それについてはちょっと審議だけどねっ。真名人君に限ってそんなことないとは思うけど……だって私の裸エプロン(下着着用済み)とか彼シャツ(下着着用済み)にも反応してくれなかったし」
「会長、私に隠れてそんなことをしていたのですか?私に上月君の手解きを任せた時に言いましたよね?絶対に私情は挟むなと。どうやら他にも余罪が無いか詳しく話を聞く必要がありそうですね…さぁ、包み隠さず話して下さい」
「う、虚ちゃん!?顔が怖いわよ!?真名人君にしたのだってちょっとしたジョークで、何も本気で誘惑するつもりじゃ…」
そこまで言ったところで楯無は思わず口を噤む。それは決して自分からそうしたのではなく、虚と呼ばれる女生徒の圧によってそうせざるを得ない状況に追い込まれていたからだった。
「会長、これだけは言っておきますが…」
「ひゃい!?な、何でしょう…?」
虚は身も凍るような冷ややかな視線を楯無に向けたまま、そっとその両肩に手を置く。そしてそのまま彼女の視線を貫くように言い放った。
「上月君はこの二ヶ月の間に遅咲きながらも着々と成長しています。その要因とも言える彼の素直さ・純粋さは学ぶ上で欠かせないものです。会長の趣味の為に余計な影響を与えて上月君のことを惑わせたりはたまた邪魔をした時は……私、どうなるか分かりませんからね?」
「…ふぁ、ふぁい…っ。以後、気をつけましゅ…」
虚の有無を言わせない言動に思わず竦む楯無。その様子は正に蛇に睨まれた蛙といった有様だった。楯無が完全に縮こまったところで虚はその冷ややかな視線を止め、代わりに柔和な笑みを浮かべた。
「ご理解頂けたのなら結構です。さぁ、溜まっている書類を片付けてしまいましょう。でないと、大切なお弟子さんに稽古をつけられませんから」
「うぅ…何でそんなにウキウキしてるのぉ?困ってるのは私なのにぃ…」
会長の威厳さえもはや形無しとなった楯無と強気に真名人を擁護する虚という普段の上下関係が逆転した不思議な時間だった。
「あっ…上月、君…」
「あれ、奇遇ですね。いつもは第四アリーナの整備室でよく見かけるのに…何かあったんですか?」
その日の放課後、全ての授業を終えた真名人は千冬に逆らうわけにもいかず渋々第一アリーナに向かったのだが、その入り口でばったりかんちゃんに遭遇した。向こうもまさかこんな風に出会うとは思っていなかったらしく、妙にドギマギした様子で受け答えする。
「う、うん…今日は第四アリーナが使用出来ないから、こっちの整備室を使うようにって言われて……もしかして、上月君も一緒?」
「いいえ、僕は織斑先生に直接ここに来るように言われまして。だから今日は整備室じゃなくてアリーナに用事があるんですよ」
「あぅ…そう、なんだ…」
真名人から自分の用事と違うことを知らされて、何故かしゅんとした様子で落胆するかんちゃん。しかし、真名人から思わぬ申し出がかんちゃんの下に舞い込んでくることになる。
「もし宜しければ一緒に行きませんか?ほら、整備室とアリーナは途中まで同じ動線ですし…駄目、ですか?」
「っ!う、うん…じゃあ、一緒に行こっか。えへへ…」
かんちゃんは真名人の提案を受けることにした。彼の隣を少しおどおどしながらついて行くその姿には何処か信頼のようなものも見て取れる…当人達は全く理解していないが。そして暫くたわいもない話やISについて語りながら移動している内に、整備室の入り口に到着してしまった。
「あっ…もう、着いちゃった。何か…すごく時間が早く感じた」
「そう、ですね。僕ももっと色々な話をしたい気分になりましたよ…ただ、あんまり織斑先生を待たせるとすぐ“コレ”になるんで」
真名人は両手の人差し指を立てながら頭の横に添えながら、とある何かを示唆する。それを見たかんちゃんは思わず吹いてしまう。
「ふふふっ…そんなことしていいの?織斑先生に知られたら、怒られちゃうよ?」
「…確かに、それは言えてるかもですね。じゃあこれ以上引き留めても悪いですし、そろそろ僕は行きますよ……あっ、さっき言ってたミサイルの制御プログラムの件なんですけど、本当に手伝わなくて良いんですか?」
「うん、それはもう大丈夫。上月君の話を聞いて、やっぱりもう少し自分の力でやってみたいって思ったから…また、上手くいかないかもしれないけど」
かんちゃんは強い意志を持ってそう答える。最初は中々調整が上手くいっていない不安からミサイル兵器を搭載しているナナシのデータを参考にしたいと話を持ちかけた彼女だが、真名人と話している内にいつしか心に弱音を飼い慣らしていたことに気づかされ最終的に再び自力での調整に挑戦する決意を固めた。そんなかんちゃんを応援し後押しする真名人だった。
「その時はまた考えましょう。大丈夫です、今の君なら上手くいく方法がきっと見つかるはずですよ」
「上月君…ありがとね。その、少しだけ自信持てた…かも。だから、頑張ってみるっ。バイバイ」
かんちゃんは真名人に向けて小さく手を振って整備室の中に消えていった。その際に彼女なりの柔和な笑顔を垣間見た真名人は暫しの間その場で立ち尽くしてしまっていて、再び意識が戻ったのはナナシのコア・ネットワークに連絡が入ってきたからだ。
《上月、いつまで待たせるつもりだ。時間は有限だ、早く来い》
「お、織斑先生…すみません!もう第一アリーナの中には到着してますので今すぐに」
《真名人君〜!焦らないで大丈夫ですよ!走って転んだりして怪我をしたら大変ですから》
「や、山田先生まで…益々何されるのか分からなくなってきた!?すぐに行きま〜す!!」
千冬と真耶の対照的な催促を受けて脱兎の如く走り出す…つもりで早歩きでアリーナに向かう真名人。内心ではドキドキしっぱなしだ。クラスメイトの噂話を聞かなければ多少マシだったかもしれないと今更ながら後悔する真名人だったが、その真相は如何なものか?それはアリーナに到着した際に彼を出迎えたジャージ姿の千冬から告げられた。
「すみません!遅れました!」
「遅いぞ、上月。私達とて暇ではない、定刻通り行動出来ない者は…その顔は彼女でも出来たか?」
「違いますからっ!?しかもそれ結構大事そうなこと遮ってまで聞くようなことじゃないですよね!?というか、今“私達”って言いました?」
「あぁ、そのことか。それはだな……あっ」
「あっ?あって何……うおぉおおあああっ!?」
千冬が急に頭上へ視線を移したので、それに釣られて真名人も上空を見上げると…かつて一夏が食らった真耶墜落の再来である。唯一違う点といえば、一夏と激突した真耶の身体を抱き留める真名人……ではなく千冬の姿があったことだ。
「全く…織斑に続いて上月にまで突進するとは。少し血の気があり過ぎるのでは?」
「は、はひぃ…すみません〜!?き、緊張しちゃいましてぇ…受け止めてくれてありがとうございますぅ!あっ、真名人君〜♪」
千冬に下ろしてもらった真耶は礼を言った後、墜落の衝撃によって吹き飛ばされた真名人の下に駆け寄ってその手を取って立たせる。しかし、次から次へと舞い込むハプニングに真名人はてんやわんやだ。
「一体全体どういうことなんですかぁ…?何でまた山田先生がISで?」
「察しの悪い男だな。これから試合をしてもらうに決まっているだろう」
唐突な千冬の言葉に理解が追いつかない真名人。その横で笑顔のまま武装を展開する真耶。つまりはそういうことである。
「えっと、それは誰が誰とという話で?」
「無論、貴様と山田先生だが。山田先生の実力はオルコット・凰との実演で立証済みだ。何か問題でも?」
「も、問題しかねぇ…!訳も聞かされずにいきなり試合しろって言われたって…冗談じゃありませんよ!?僕、これから用がありますので失礼させてもらいますから!」
そう言って千冬達に背を向け立ち去ろうとする真名人だったが、不意に千冬から思いもよらない言葉が浴びせられた。
「逃げるのか?」
その言葉が投げかけられた瞬間、ハッとなる真名人。全身に戦慄のようなものが迸る感覚に襲われ、咄嗟に乾いた笑いで返答してしまう。
「…逃げる?僕が?ハハ、ハハハッ…おかしなこと言わないで下さいよ。一体何から逃げるって言うんですか?」
「だがそうだろう?先程から聞いていれば随分と勝手なことを言っているじゃないか。そうやって嫌なことから背を向けていても何の解決にもならん。それを分かっていながら未だに抜け出せずにいるのは、ハッキリ言って弱さ以外の何者でもない」
「…面白いこと言いますね。でも笑えないのは残念だ、こんなにも怒りが込み上げてきたのは初めてですよ!!」
「真名人君!?やめて下さい!!お、織斑先生も…!?」
千冬の歯に衣着せぬ物言いに自分を律していた真名人が初めてその枷を外し、両手で千冬の胸ぐらに掴みかかる。真耶が急いで止めに掛かろうとするも、視線でいなされてしまう。と言うよりも、真意を伝えられて納得させられると言った方が適切かもしれない。ISの使用に前向きでない真名人を挑発してその気にさせようという魂胆らしいが、果たしてそんなに上手くいくものだろうか…。
「弱さ、ですか…確かにあんたから見れば僕みたいな人間のすることなんてみんな弱さの一言で片付けられるんでしょうね。世界最強の称号“ブリュンヒルデ”であり、誰もが憧れる気高い存在。偶々ISに乗れることが判明したポッと出の僕なんかとは比べ物にならないくらい価値のある人間じゃないですか。だからそうやって腹の中で見下してるんでしょ!?」
「真名人君!?そんなことありませんよ!真名人君に価値がないだなんて…そんなこと誰も思ってません!」
「山田先生…お願いだから黙ってて下さい。僕は織斑 千冬と話しているんですから。それとも…あんたも僕の邪魔をするつもりか?」
「…へっ?あ、あぁ…」
真耶が必死に宥めようとするが、普段の真名人からは想像出来ないくらい鋭い視線を向けられて威圧されてしまう。まるで真名人の身体を借りた“何か”がそこに存在するかの如く…。
「織斑千冬、どうせ僕のこと山田先生から聞いているんでしょう?だったら分かるはずです。僕は弱虫で、臆病で、親無しで施設育ちで普通とは何もかもが違う!誰からも嫌われたくない…期待に応えなきゃそこにいる資格がない。だから僕は必死に…!」
「上月、もうそれ以上言うな。そこから先はお前の心が傷つくだけだ」
真名人の独白を遮るように千冬は真名人の側に駆け寄り、その手で彼の手を包む。そして優しい声で発せられた言葉に、真名人の中で必死に取り繕っていた思いの数々が融けていくと同時に戸惑いを隠せなかった。自分がこんなにも誰かからの肯定を欲していたことに今まで気づかなかったなんて…それも表面上の間に合せのような言葉ではなく、真の意味で叱り、諭し、寄り添う感情が込められた言葉。
「人は誰しも心に弱さを抱えて生きているものだ。だからこそ他の誰かと手を取り合って補い支え合いながら、いずれは社会となって形成されていく。確かに根本的な解決を最終的にするのはお前であることに違いはない。だがそれを共に考え模索してくれる人間が周りにいるだろう?クラスメイト、教師、それにお前自身だ。ですよね、山田先生?」
「はいっ!勿論ですよ!私達はいつだって生徒の幸せを願ってますから。ですから困ったら一人で抱えず遠慮なく頼って下さい!そうしてくれないと…寂しいですから」
目尻に薄ら涙を浮かべながらそう訴える真耶の優しさ、そしてどこまでも自分を気遣ってくれる千冬の優しさに胸打たれ、傷口にしみるような切なさを感じる真名人だった。なんで今までこの人達を信じていなかったんだろう、一体この人達の何を疑っていたんだろうという自責の念が渦巻く胸中で、唯一たった一言だけ漏れ出た生の感情が彼の心情を伝えた。
「あの…ごめん、なさい…。僕は…すみません、拙い言葉になってしまうと、思うのですが…聞いてほしいです」
「あぁ、それでも構わない。話してくれ」
真名人は千冬と真耶にずっと仕舞い込んできた思いを吐露した。その内容は真名人がナナシに乗り出してから身に起こった様々な異変についての告白だった。
「初めてそれを感じたのはナナシに乗った時…オルコットさんとの試合の時です。あの試合の最中からずっと頭の中でおかしな声が聞こえてくるんです。その…“相手を叩きのめせ”とか“それじゃ足りない”とか。それは複数で明らかに僕じゃない声で…まるで怨念みたいでずっと聞いてると、気が狂いそうになって…!感情が毒のように全身を這いずり回って…それで気づいた時にはいつも医務室のベッドの上で、この前の襲撃の時もそうだったですし…もう訳分かりませんよ…」
「…なるほどな、それでISに乗りたがらなかったのか。山田先生、これをどう見ますか?」
「うーん…そうですねぇ。通常であればパイロットにそこまで負担を掛けるようなシステムを搭載こと自体許可しないはずなんですけど…真名人君のISの権限は何処の国が持っているんですか?」
真耶の視線が真名人に向く。しかし、その真名人ですらナナシの出自は把握していなかった為に困り顔だ。
「僕に聞かれても…エリスさんには特に何も知らされてませんし。ただナナシに乗る時は強い気持ちを持って向き合ってほしいとは言われましたけど」
「それは私が把握している。上月は軍に専用機の稼働データを定期的に提供しているだろう?そのデータを向こうで解析した結果、日本を含む複数の国に搬入された記録が残っていたそうだ。恐らくその何処かで組み込まれたと考えるが妥当か」
「ということは、そのシステムを特定して無効化出来れば真名人君は…!」
真耶の言葉を皮切りに真名人も事態を把握する。つまり真名人の異変の元凶であるシステムを探り当て、無効化することが出来れば事態は快方へ向かうだろう。
「そうすれば、僕は…自由に飛べるんですか?他のみんなのように、何にも囚われることなく…?」
縋るような目で千冬を見据える真名人。純真な気持ちでそう問いかける真名人の頭のをそっと撫でながら答えた。
「そうだ、だからしっかり励め…あぁ、それとな」
「へっ?フガッ!?」
言葉の途中で撫でていた手を真名人の口元に持っていき、そのまま掴む千冬。お陰でタコのような表情にさせられてしまう。
「激昂して私と山田先生に無礼な行為を働いた罰は見逃すわけにはいかんな。お陰でジャージがよれただろうが、このクソガキが」
「うぅ…しゅ、しゅみましぇ…!?」
「お、織斑先生!?虐めちゃ可哀想ですぅ!」
「むっ、何ですか?山田先生は上月の味方をするんですか?あー、私は悲しいなぁ。良くしている後輩に味方してもらえないなんて」
「そ、そんな子どもみたいなこと言わないで下さいよぉ!」
「というか、いつまでそんな破廉恥な格好しているつもりですか。若さをひけらかしたい気持ちは分かりますが、教師としては如何なものかと」
「織斑先生がISスーツに着替えろって言ったんじゃないですかぁ!?むきゃ〜っ!!」
千冬に煽られ軽く壊れてしまう真耶。そして、それは真名人にも飛び火してしまい…。
「そんなに飛び跳ねると揺れますから…こらっ上月、山田先生の胸を凝視するんじゃない」
「何でいきなり!そ、そりゃあ……土台無理な話ですよ。山田先生には、申し訳ないとは思いますけど…身体のラインが浮き出ていてピッチピチで艶めかしいというか、扇情的かつ背徳感が良い波乗ってんね〜てな感じに押し寄せてくるというか」
「えぇ!?ま、真名人君まで変なこと言わないで下さいよぉ〜!?な、なんか急にこの格好が恥ずかしくなってきちゃったんですけどっ!普通なのに!ISスーツが普通なのにぃ〜!?うわぁあああん!?お母さ〜んっ!?」
千冬と真名人という異色の即席タッグに攻められ、羞恥のあまりその場から走り去ってしまった。そして、その場に残された二人のどちらからともなく言葉が漏れ出た。
『このエロガキ(教師)が』
何においても正直過ぎる真名人と分かってて敢えて切り込む千冬。意外と似た者同士なのかもしれない…周りを気にせず自分の信念を貫くところとか。
「山田先生が戻ってきたら作業を始めるぞ。それまでに整備室に行って必要な工具を用意しておけ。その間にナナシのデータと軍が解析したデータを比較し、その元凶となっているシステムの割り出しをしておく」
「了解でーす。あれっ、じゃあジャージの意味は?」
「…特に無いが、何か問題でも?」
「それ好きですよね!?乱用するほどのパワーワードでもないですし…恥ずかしいなら開き直らないで下さいよ」
「///」
生徒に厳しく、時には優しく、普段は完全無欠な彼女だが意外と何処か抜けている…それが織斑 千冬その人である。
「お、織斑先生!大変ですっ!!第三アリーナでトラブル発生!!それに聞いた情報によるとラウラさんが一方的にけしかけたと…!」
「…何だと?」
しかし、それも突如舞い込んできた騒動の一報により事態は良からぬ方向へと突き動かされることとなる。
本日の一言
「私のISスーツ姿を期待しているところ悪いが、それを拝める日は永遠に来ないぞ?」
「…それってどう返したら正解なんですかね」
by 織斑 千冬&上月 真名人