「何だ?随分騒がしいな…」
「本当だね。アリーナ内で何かあったみたいだけど……あっ!一夏、あれっ!」
真耶から報告を受けた千冬と真名人がナナシの解析作業を中断し騒動の現場である第三アリーナに向かっていた同時刻、観客席に到着していた一夏とシャルルはアリーナ内で激しく轟く衝撃音と爆風を目の当たりにする。最初は誰かが模擬戦をしているのかと思った彼等だったが、周りにいる生徒達の騒つく反応からそれが普通の模擬戦ではないことを察する。更にその騒動の当事者…加害者と被害者が一夏のよく知る人物であることが彼の心を傷つけた。
「セシリア!鈴!酷ぇ…誰がこんなことを!?」
「どうやら二人を攻撃した犯人は彼女みたいだね。とにかく僕達はピットの方に「アイツ…許さねぇ!!」い、一夏!?一体何を…うわぁ!?」
アリーナ内に倒れ伏すセシリアを踏みつけ、同時に鈴の首を掴み上げ強さを誇示する姿を目の当たりにし…遂に我慢の限界に達した一夏は激昂し、白式を展開すると同時に観客席を覆うように設置されている防御隔壁を破壊しアリーナ内に侵入する。そして、セシリアと鈴を攻撃した人物に向けて展開した武装“雪片弐型”を振りかざし、その人物の名を叫びながら急迫した。
「二人に何しやがったァア!!ラウラ・ボーデヴィッヒィ!!」
普段は温厚な一夏だが友人を傷つけらたことで怒りに支配されるように容赦なくその刀剣を振りかざすも、その殺気とも取れる気配を感じ取ったラウラが二人の拘束を止めて咄嗟に飛び退いたことで剣先が空を切った。
「漸く来たか…織斑 一夏。少々遅かったじゃないか?」
怒りで思考が満たされている一夏とは対照的に余裕を見せるラウラ。いきなり武器を向けられたにも関わらず冷静さを失っていない…寧ろ想定内の出来事であるかのように振る舞う。そのことが余計に一夏の逆鱗に触れた。
「テメェ…狙いは俺だろ!?どうして二人を攻撃した!?」
「この前は余計な邪魔が入ったからな。それに私は降りかかる火の粉を払っただけに過ぎん。それを責められる謂れはないはずだぞ?そうだよなぁ…イギリスと中国の代表候補生共」
ラウラは自分を正当化するような物言いをする。問いかけられたセシリアと鈴は心底悔しそうに言葉を漏らした。
「セシリアから…聞いたのよ。一夏があのドイツ女に殴られて、この前も襲われかけたって。だからあたし…!」
「私が鈴さんを巻き込んだのがいけなかったのですわ。彼女、一夏さんのことを本気で心配してましたので…」
傷だらけのままゆっくりと身体を起こすセシリアと鈴。事の顛末を聞いた一夏は一応の納得はしたものの、だからといってここまで痛めつける必要があるのかという新たな疑問が生じてくる。
「そ、そうか……けど、だからってここまですること無いだろ!?」
「…何を言っている?ここの生徒共は何か勘違いしているがISは兵器だ。油断すればこちらが負傷する上にましてや相手は代表候補生だ。故に全力で手合わせしている内に多少怪我をさせることがあっても仕方ないだろう?私相手に二人掛かりで挑んで来たのだからな」
ラウラは口ではそう言うが、内心ではほくそ笑んでるのが一夏には分かる。どれだけ表面上を取り繕っていても二人を相手にしても無傷で済むほどの強さを誇示することで一夏を挑発しているのだ。しかし、この挑発に乗った瞬間悪者は一夏になってしまう…それを狙っていると知りながらも、一夏は傷つけられた友の為にラウラに挑む。次の瞬間には白式を駆り、ラウラのIS“シュヴァルツェア・レーゲン”に切り掛かる。しかしラウラの軍隊仕込みの高い戦闘能力と一夏の怒りと焦りが相乗し、その切先はラウラを捉えることが出来なかった。
「先ほどまでの威勢はどうした、織斑 一夏?私に一太刀浴びせるんじゃなかったのか?」
「ハァ!!デヤァアッ!!ぐっ…クソッ!!何で当たらねぇんだよ!?「遅いッ!!」うわぁっ!?」
焦燥に駆られ普段よりも雑に剣を振るう一夏の隙を突いたラウラは回避運動に徹していた動きを一転させ、その腹部に強烈な回転蹴りを喰らわせ一夏の動きを封じて見せた。
「戦闘センス、状況判断能力、精神面…全てにおいて劣っている。話にならんな…だからこそ私は貴様を許さない!あの人の人生を邪魔する貴様をォ!!」
「っ!?ぐっ、ぐぁっ!かはっ…!?」
そこからはラウラの拳による猛攻を防戦一方で耐え凌ぐ一夏だった。ラウラの覇気に圧倒され反撃の隙が全く無い中、必死にダメージに耐え一発逆転のチャンスを伺う。冷静さを欠いているのか武装の一切を使用せずただただ殴り続けているラウラに報いる為の最大の一太刀、白式の
「…っ!そこだァアアッ!!」
滞空中に仕掛けてくるラウラだが、無防備なのはお互い同じ条件。更に直前まで侮っていた一夏が、ここで攻撃に転じてくるなど如何に予測出来るだろうか?雪片弐型が変形しエネルギー刃が発生すると同時にその無防備な体躯に光刃を煌めかせる一夏だったが…。
「なっ!?ど、どういうことだ…!?」
一夏は自分の身に起こった出来事に戸惑いを隠せなかった。何故なら居合いの要領でラウラに対して振り抜いた雪片弐型の光刃が直撃する寸前で止まった上に一切の動きを封じられたからだ。いや、正確に言うならば一夏の意思に反してなんらかの力が働いて無理矢理動きを拘束されたと言うべきか。目の前で佇むラウラは不敵な笑みを浮かべたまま何の動きも見せないでいるというのに…。
「…今の剣撃は中々筋が良かったな。私でなければ食らっていたぞ?」
「何っ!?うわぁあああっ!?」
指一本すら自由に動かせない一夏をラウラはそのまま蹴り飛ばす。防御の構えも取れなかった一夏はアリーナ内の壁に激しく身体を叩きつけられ、その場に蹲る。それを見たラウラは勝ち誇った様子で一夏を掴み上げ、動きを拘束した種明かしを始めた。
「貴様が驚くのも無理はない。何故なら貴様の動きを封じたのはこのシュヴァルツェア・レーゲンの能力“
「停止、結界…?」
「先ほどの剣撃の褒美に教えてやろう。私のシュヴァルツェア・レーゲンには対象を意のままにに停止させることができる能力が備わっている。それによって貴様の一太刀は封じられたというわけだ」
「へ、へぇ…そいつは反則じゃねぇか…うぐっ!?」
一夏の言葉の途中で掴み上げる力が増すのと同時にラウラの左腕の手首にプラズマ手刀を展開させ、一夏の首筋に触れるほど近づける。
「貴様のような出来損ないの弟を持った教官が不憫でならん。貴様がただの男であれば…せめて楽に始末してやる」
「っ!!」
その言葉を皮切りに左腕を大きく振りかぶるラウラ。とどめを刺す素振りを見せたラウラに対して思わず目を閉じて身構える一夏だったが、いつまで経ってもラウラのプラズマ手刀が一夏に届くことはなかった。静かに目を開くと、目の前にラウラの腕を掴んで離さない千冬の姿があった。
「全く…あれだけ騒ぎを起こすなと言ってあっただろうに。これはどういうことだ?」
「き、教官!?これは、その…私はただ!?」
ラウラは千冬の姿を見た途端に先ほどまでの冷酷な態度を改め、千冬に向き直すもしどろもどろになる。その変わり様に呆気に取られる一夏を他所に千冬はラウラを咎める。
「私情をぶつけるのは構わん。だが、今のは模擬戦の域を越えていたな。生徒を執拗に痛めつけアリーナを破壊するとは…軍人である貴様ならどの程度なら許されるかは理解出来ていたはずだろう?」
「それは……はい、申し訳ありません。確かに行き過ぎていました」
千冬に諭されしゅんとなるラウラ。その様子は完全に飼い主と飼い犬の関係とも見てとれるだろう。ただ一人納得がいかない様子の一夏を除いて。
「千冬姉!退いてくれ!そいつは鈴とセシリアを…!」
「一夏…お前の気持ちは分かる。だからこそその苛立ちは学年別トーナメントにぶつけろ。ここでやり合ってはこいつと変わらん」
「くっ!わ、分かったよ…」
怒りに任せて啖呵を切った一夏だったが千冬の冷静な説得には勝てず、渋々ながら怒りを収める。そんな一夏に千冬は労りの言葉を投げ掛ける。
「二人は先に医務室に運んである。お前も何処か痛むようなら寄っていくと良い」
「千冬姉…あぁ、そうするよ。それに二人が心配だからな」
「そうか。なら早く行ってやれ」
一夏はそのままアリーナを後にする。それを見計らって千冬はその場にいた生徒に向けて言葉を発した。
「これよりアリーナの修繕作業に取り掛かる関係で立ち入り禁止だ。生徒達は速やかにアリーナから退避すると同時に学年別トーナメントまでの私闘の一切を禁止とする。速やかに解散せよ!」
「ーーーっ!ーーーーー!?」
「ーーー!?ーーー、ーーーー。ーーー?」
医務室に運ばれたセシリアは微睡む意識の中、隣のベッドから聞こえてくる騒がしい声に気づき静かに目を覚ます。すると、そこには包帯を巻かれたまま何かお気に召さない様子で捲し立てる鈴とそれを必死に宥める真名人、そしてそれを側で見守っているシャルルの姿があった。
「だーかーらっ!何であんたが加勢しなかったのよ!あたし達ですらちょっと危なかったのに、一夏なんかじゃ余計やられるだけじゃない!?」
「か、買い被り過ぎです…。僕はISに触れてまだ二ヶ月の素人ですよ?IS適正だって“C−”ですし、そんな僕が一夏君や代表候補生の皆さんより強いわけないじゃありませんか!?」
「上月君ってそんなに強いんだ?その話、もっと聞きたいなぁ」
目の前で繰り広げられる三者三様の会話に興味惹かれ、セシリアはゆっくりと身体を起こしてそれとなく会話に入って困っている真名人に向けて助け舟を出すことにした。
「…お二人とも、その辺でおよしなさいな。真名人さんが困ってらっしゃるでしょう?」
「セシリア!」「オルコットさん!」
「大丈夫?起こすの手伝ってあげようか?」
「シャルルさん…えぇ、お願い致しますわ」
シャルルの補助を受けて身体を起こすセシリア。どうやら少し眠っている間に負傷した頭と右腕に包帯が巻かれていることに遅れて気づく…同時に一つ疑問が生じた。
「あの、一つお伺いしたいのですが…意識を失った私を運んだのはどなたですの?」
「あっ、僕ですけど」
「真名人さん……その、具体的な運び方は?」
「えっ…?おんぶ、ですけど…それが何か?」
「…おんぶ、ですの?私が、真名人さんの背中に…?」
「…いぇす、まむ」
数瞬の邂逅の後、突然ボンッ!という効果音が似合うくらいに頭から煙がモクモク…火照った顔を両手で覆うセシリア。そして恥ずかしがりながらその胸中を話し始める。
「私…もうお嫁に行けませんわぁ〜っ!?」
『何でっ!?』
セシリア以外の三人が口を揃えてその言葉に疑問を呈する。一体何がどうなってその結論に至ったのか…それは彼女自身に説明してもらおう。
「だ、だってそうでしょう!?年頃の男女が肌と肌を密着させる行為…即ち“結婚”!ま、まぁ多少不釣り合いかもしれませんが、真名人さんも責任を取らなきゃいけませんものね!?それに平凡な男性が美女を獲得するストーリーは割とよくある傾向ですし!?そういう建前上、真名人さんと恋仲になるのも吝かではないと言いますか…それから、それから…」
「セシリア、もうそれくらいにしてやんなさいよ。真名人、立ち直れないくらいに凹んでるから」
「上月君、大丈夫?よしよ〜し♪僕は上月君のこと、平凡だなんて全然思ってないよ?んもぉ、セシリアさんってば酷いなぁ」
「んなっ!何で私が悪者になってますのぉ!?というかシャルルさん!?自然な流れで何で真名人さんの頭を撫でてますの!?それに私はただ、真名人さんの為を思ってこそ……そ、そりゃあ確かにこの事を棚に上げて真名人さんを手に入れるのは忍びないですし、少しズルいかもなんて思いますけど…こうでもしないときっかけがありませんの〜っ!!」
鈴とシャルルが真名人の味方についたお陰で、自分だけが除け者にされた感覚に陥るセシリア。そんな大胆な宣言も自分の保身の為の言葉を吐き続けた結果、真名人の男のプライドをチクチクと傷つけたことにより届くことは無いというジレンマ。素直に認められないというのも若さなのか?
そんなやりとりを続けていると、やけに息を切らした様子の一夏が医務室に駆け込んできた。
「はぁ、はぁ…!た、助けてくれ!?追われてるんだ…っ!」
「一夏?どうしたの?追われてるって…」
シャルルが頭上に?を浮かべた様子で小首を傾げる。しかし、そのすぐ後に一夏が追われていた理由が嫌というほどに判明する。
「織斑君!発見〜!!」
「皆、こっちよ!今度こそ逃げられないように出口を塞げ〜!」
「デュノア君の姿も確認!ついでに上月君も…って、駄目駄目。彼には“N”の監視がついてるから迂闊に近づけばこっちがやられるわ!今回は対象から除外せよ!」
「もしかして…一夏が追われてたのってコレが理由?」
「あ、あぁ…さっきからずっとなんだよ。今度のトーナメントでペアを組んでくれ、組んでくれってひっきりなしで…」
医務室に大挙として押し寄せてきたのは一年生のほぼ全ての女生徒達。皆が揃いも揃って学園で三人しかいない男子生徒…特に顔が良い一夏とシャルルをメインにペアを組む為に直談判しに来たらしい。こういう時に決まって名前が挙がらない真名人の人望の無さよ…。
「織斑君、お願い!私と組んでトーナメントに出て下さいっ」
「デュノア君、この機会に是非お近づきを!」
「そしてゆくゆくはお付き合いに発展したい!」
「わっ、わわっ!?ど、どうしよう…」
「シャルル…皆、すまん!実はもうシャルルとペアを組むことになってるんだ!だから今回は諦めてくれ。頼むっ」
女生徒に迫られて困るシャルルを見て、咄嗟に一夏がシャルルとペアを組むと宣言する。苦し紛れに飛び出た言葉だったが、別の誰かと組むことを考えれば致し方ないか…という考えに行き着いたであろう女生徒達は、何処か腑に落ちた様子で医務室を後にした。それを見て漸く安堵の表情を浮かべる一夏とシャルルだった。
「ふぅ〜、すっげぇ疲れた…!皆容赦なさすぎだぜ…シャルルも大丈夫だったか?」
「うん、僕は全然…それに一夏が機転を利かせてくれたお陰で、色々上手く収まったみたいだし…あっ」
「………ぐすっ」
二人で称え合う一夏とシャルルだったが、その様子を側から見ていた鈴とセシリアがある一方向を見つめる。その視線の先には完全に蚊帳の外だったもう一人の男子生徒、もとい真名人が膝を抱えて小さく纏っていた。
「あんた達、随分酷なことするわねぇ…ほら真名人の奴、すっかり落ち込んでるし」
「そうですわ!あれでは真名人さんだけ仲間外れで可哀想ですのっ」
「ふふ、ふふふ…。どうです、これが現実ですよ。誰一人として僕を誘ってくれる人なんて居なかったでしょう…?どうせ僕なんて二人のおまけ、いやそれ以下…ブツブツ」
完全にダークサイドに堕ちた真名人はまるで呪詛のように呟く。
「あーっ!?い、いやこれはだな…その成り行きというか、シャルルじゃなきゃいけない理由が「い、一夏!?それは駄目っ!」んむっ!?」
何かを口走りそうになった一夏を口止めするシャルル。その様子を見ていた鈴とセシリアが疑いの眼差しを向ける。男性同士にしか分からない何かがあるのか、はたまた別の理由があるのか…。
「…しょーがないわねっ!一夏取られちゃったし…真名人、今度の学年別トーナメントはあたしと組みましょ」
「…えっ?」
そんな中、鈴が突拍子もないことを言い出す。誰もがその発言に驚く中、真名人はゆっくりと顔を上げて鈴の方へ向き直した。
「だから、あたしとペア組んでって言ってるの。セシリアとじゃ上手く連携取れないし、真名人の実力はこの目で見たから信用出来るもんね。何よりあのドイツ女にやられっぱなしじゃ気が済まないでしょ!」
「鈴さん…!」
そう言ってニッと笑いかける鈴に感激する真名人。しかし、それを良しとしない人物が彼の腕を掴んで引っ張った。
「ち、ちょっとお待ちなさい!真名人さんとペアを組むのは私ですわっ!それにボーデヴィッヒさんにリベンジを希望しているのは鈴さんだけではなくてよ!それに遠距離武器がメインの私と中・近距離の武装が多い真名人さんがペアを組めば無敵ですわっ!」グイッ
「えぇ!?オ、オルコットさん!?」
得意げに胸を張るセシリア。引っ張る力が少し強かった所為か真名人の左腕にしがみつく形で抱き抱える…そのお陰でISスーツ越しとはいえ、セシリアの胸の感触が左腕に伝わってきて真名人は嬉しさ以上に気が気じゃなかった。
「ちょ、何言ってんのよ!?真名人まで取られたらいよいよ勝てなくなるじゃん!?こうなったら意地でもあたしと組んでもらうんだからっ!」グイッ
「うわぁ!?り、鈴さんまで…!?」
セシリアに煽られた鈴が真名人を取られまいとISスーツ越しに真名人の右腕をガッチリとホールドする。医務室内のベッドを挟んで右からは鈴、左からはセシリアが真名人を取り合う展開に!一体誰がこんな展開を予想出来ただろうか!少なくとも右腕と左腕にそれぞれ大なり小なり違った女性特有の柔らかい感触に襲われている真名人には考えつきもしなかったはずである。
「鈴さん!その手を放して下さいっ!真名人さんには私のような豊富な知識と高い実力を兼ね備えた理解者が必要なのです!鈴さんの様に相手に突っ込んで行くだけの戦い方では、真名人さんを引っ掻き回すだけですわっ」
「はぁ!?何抜かしてんのよ!あたしが攻撃しようする度にあんたのビットがちょこまかちょこまか邪魔してくるんでしょうが!あたしと真名人で挟み撃ちすればあのドイツ女にだって楽勝なんだからっ!」
「ふ、二人とも…そ、そのくらいに『真名人(さん)は黙ってて(下さい)!!』ハゥ!?す、すみません…」
「上月君…あんなにデレデレして」
「シャルル?何怒ってんだよ?」
「…別に」
目の前で繰り広げられている真名人の取り合いを見て、何故か少し不機嫌になるシャルル。一夏に問いかけられるも難しい顔をして口を尖らせていた。
「大体普段から一緒に生活していない鈴さんと真名人さんがペアを組んだとしても連携が取れないでしょう!?その点私なら真名人さんの実力を最大限に出せるようサポートして差し上げられますわ!そのくらいの
「それを言うなら真名人とはルームメイトだったし、お互いのこともそれなりに深く知り合ってるけど?何より真名人とは“マブダチ”なんだから。そうよねぇ、真名人♪」
「ぼ、僕は…そのぉ……だ、誰か助けて下さ〜い!?やっぱりこういうのは僕には合わないですからぁ…わぷっ!?」
二人に迫られて半泣きになっていると、二人とは別の方向から伸びてきた腕に引っ張られる真名人。そのまま後ろから首に腕を回されて抱き抱えられるような体勢で密着されてしまう。不意にその方向に視線を向けると、やけににこやかな笑みを浮かべる真耶の姿があった。
「大丈夫ですか?二人とも、あまり真名人君を困らせないであげて下さいねっ!なーんて、今のはお姉さんっぽいですか?」
『山田先生!?』
医務室内に居た全員が驚く中、悪戯っぽく小さく舌を出して戯けて見せる真耶。この間の一件から真名人に対する態度がかなり軟化してきたように思えるが…?
「それとお二人のISの状態を確認させて頂きましたが、どちらもダメージレベルがCを超えていましたよ?この状態で無理に稼働させれば後々機体に悪影響を及ぼすことになりますし、重大な欠陥に繋がる可能性だってあります。ですから今回の学年別トーナメントへの参加は認められませんので、その分しっかりと身体を休ませて下さい。良いですねっ?」
「な、何よ?今日は随分強気じゃないのぉ…」
「仕方ありませんわね。山田先生にここまで仰られては従わないわけにはいきませんわ。ですが…うぅ、私と真名人さんの晴れ舞台がぁ…!」
すっかり先生モードの真耶に注意されて渋々それに従う鈴とセシリア。実際どれだけ身体が元気であろうと、肝心のISが本調子でなければ意味がない。それに代表候補生として与えられた専用機は主に試験機としての役割を担っているのがほとんどだ。それを一個人の都合で好き勝手に乗り回した挙句、損傷させてまともに稼働データが得られなかったとなればその立場すら危うくなる。その責任ある立場を理解してるからこそ、こうして真耶の忠告を素直に受け入れたのだ。
「あーっ、もう!あんた達、あのドイツ女と対戦したら絶対ボッコボコにしてやんなさいよ!!」
「そうですわ!辞退した私達の代わりに無念を晴らして下さいましっ」
心機一転、今度は自分達の果たせなかった願いを一夏達に託す二人。それを受けて若干消極的な真名人とシャルル、対照的に俄然やる気に満ち溢れている一夏だった。
「あぁ、任せてくれよ。あいつとはちゃんと決着つけねぇとな…シャルル、宜しく頼むぜ!」
「えっ?う、うん…あまり気が進まないけど」
「…結局のところ、僕は一人なんですね。山田先生、こういう場合ってどうなるんですか?」
「当日までに決まらなかった場合は、抽選でペアを決めますので心配しなくても大丈夫ですよっ。私が先生じゃなくて生徒なら真名人君と一緒に出られたのに…」
「あはは、ははっ…それ反則です」
何処か本気で悔しそうにそう呟く真耶を見て、思わず苦笑してしまう真名人。いつもの先生モードの真耶ではなく、いつの間にか素に戻っているのが可笑しい。
「それじゃあお二人に無事連絡事項を伝えたことですし、これから真名人君のISの調整の続きをしにアリーナへ戻りましょうか?」
「あっ、そういえばまだでしたね。じゃあ僕達はここで失礼します。皆さん、お大事に」
『えっ!?ちょ、真名人(さん)!?』
真耶の提案をあっさりと受け入れ、真耶と共に医務室から出て行く真名人。鈴とセシリアが負傷しているにも関わらずドタバタと音を立てて制止するが、既にナナシのことで頭がいっぱいな真名人には届かずポツンと取り残されてしまった。その様子を側で見ていたシャルルは一人、静かに真名人の動向を窺っていた。まるで何か別の魂胆が見え隠れしているような…?
「うーむ……駄目ですね。あれから繰り返し何度も内蔵データを調べてみたものの、結局どれがどう作用してるか分からず終いでした。折角山田先生に付き合って頂いたのに申し訳ありません…」
「そんなに落ち込まないで下さい。ついさっき原因が判明したばかりじゃありませんか。焦らず着実に一つ一つ手を尽くしていきましょう!」
あれから真名人と真耶はナナシのデータを解析し、真名人の意識を奪う要因となっているシステムの特定を急いでいた。唯一ナナシに触れられる真名人が実際に作業し、真耶は千冬がエリスから取り寄せた情報を頼りに指示を出す。しかし、思うように作業が捗らず落ち込む真名人を逆に励ます真耶の姿を見て、これ以上真耶の業務の妨げになる訳にはいかないと考えた真名人はこれまでの真耶の協力に礼を言い、通常業務に戻ってもらうように促した。
「それなのですが……もう業務に戻って頂いて構いませんよ?元々こんなに長い時間付き合ってもらうつもりもありませんでしたし、もしかしたらどうにかなるって分かっただけでも僕にとっては前進です。今日は本当にありがとうございました」
「真名人君…」
真名人は口ではそう言ったものの、半ば諦めているのが真耶にも伝わってしまう。だからといって教師である真耶にとってもナナシは手がつけられない程に謎だらけのISである以上、手助けの見込みはかなり絶望的…ならばこそのこれ以上付き合わなくていいという真名人の気遣いが心苦しいのだ。出来ることなら助けてあげたい、でも自分には真名人の望みを叶えてあげられるだけの力量を持ち合わせていないのも事実。いくら食い下がったところでその事実が変わることはない。そんな真耶が唯一真名人にしてあげられることといえば…。
「…分かりました。でも私に出来ることがあれば遠慮なく言って下さい!だって私、真名人君の先生なんですからっ」
「山田先生……はい、もしもの時は是非よろしくお願いします」
一見、事務的な会話でしかないがお互いの真心は伝わっている。それ故に当たり障りのない言葉でも構わないのだ。真耶が整備室を出て行って暫くすると、少し離れた所で作業をしていたかんちゃんが真名人の側に近づいて来て声を掛けた。
「…上月君のIS、調子良くないの?」
「えっ?あぁ…まぁ、そうと言えばそうなんですかね。まだ原因が分かってないので何とも言えませんが……そういえば、さっき話していたミサイルの件は…?」
明らかに話題を逸らした真名人に対して少し怪訝に思うかんちゃんだったが、すぐに気を取り直して作業の成果を報告した。
「あっ、うん…前に自分で調整した時よりも良い感じになった、かな?上月君と話してたのが、ヒントになったみたい……だから、その…あ、ありが…とう…」
「僕のおかげ…ですか?それは誤解ですよ…上手くいったのは他の誰でもない、君のおかげでしょう?それは紛れもない事実ですし…だから僕に礼を言う必要なんて全然ありませんよ」
「あぅ…そういうのは、ちょっとだけズルい…かも」
あくまでかんちゃんの努力だと言い張る真名人の謙虚さに一瞬心が突き動かされそうになるかんちゃん。この二ヶ月でそれなりに真名人の人となりがわかってきたかんちゃんだが、不意に偶にごく稀に心がときめかせられることがある。今回のがその良い例だ。決して真名人にはそんなつもりは無いのだが、上手い具合にワードセンスが働いて結果として相手を全肯定してしまうのだ。そんなことをされて悪い気がする人間はまず居ないだろうに。
「ズルい…って、一体何がですか?僕は思ったことを言っただけですよ。君が考えて、君が作業した、その結果上手くいったのなら間違いなく君の成果でしょう?君はどうも自分のことを卑下する傾向があるみたいだからこの際ハッキリ言いますけど、君は君自身が思っている以上に能力があります。それは実際に結果として現れてますし、百歩譲って本当に僕との会話から何か打開策を閃いたのだとしたら、それこそ君の実力以外の何者でもないじゃありませんか。大体僕に出来ることなんてたかが知れてますし、そんな些細な会話から辿り着くなんてやっぱり君が凄いとしか思えま」
「も、もういいから!それ以上は、本当に…恥ずかしい、から…!?」
あまりの全肯定ぶりに本気で赤面するかんちゃん。ここで彼女の名誉の為に説明しておくならば、ついさっき話題に挙げた真名人の人となり……それは思ったことをそっくりそのまま口から言葉として忖度無しに吐き出してしまう性質なのだ。良いことも悪いこともすべからず。
「びっくりした…上月君って、偶にそういう風になるよね…?なんか急にスイッチ入る、みたいな…」
「うーん、そうですかねぇ?自分では言いたいことを言い残したくないだけというか、嘘とか取り繕うのとか苦手なので…あまり考えてないだけなのかもしれませんけどね」
「そう、なんだ……じゃあ、この前怒ったのも…関係あるの?」
「…この前の、ですか?すみません、何のことを言っているのか僕にさっぱり……君は僕に何か怒られるようなことをしたんですか?」
「…えっ?あの、覚えてないの?この前、食堂で一緒になった時に…」
かんちゃんに問いかけられる真名人だったが、どうやらいまいちピンと来ていない様子。そこに誤魔化したりとぼけたりしている素振りは無く、本当に思い当たる節が無いといった感じ。それがかんちゃんには不思議でならなかった。じゃああの時に見た別人のような真名人は何なのか…?
「あの…どうかしました?」
「…っ!な、何でもない…じゃあね」
そう言って足早に立ち去ってしまうかんちゃん。そんな彼女の様子を怪訝に思った真名人だったが、今はナナシと自分の不調についての因果関係を探ることが先決だと意識を切り替えて特定作業に戻る真名人。しかし、入れ違いで整備室に入って来た人物に声を掛けられる。
「何だったんだろう…?まぁ、今はナナシのことを優先だよな。そうしないといつまで経ってもまともに試合なんて「そんなしかめっ面じゃ幸せが逃げて行っちゃうよ?」あれ、デュノア君…どうして此処に?」
突然現れたシャルルに驚く真名人を他所に、シャルルは軽やかな足取りで距離を詰めて来訪の理由を話す。
「君が困ってるって聞いてね。さっきはあの場を収める為とはいえ、僕と一夏でペアを組んで君を孤立させるようなこともしちゃって悪いと思って…それにあんなことがあったから暫くアリーナも使えなくなっちゃったから正直暇を持て余してたところなんだよ。だからお詫びに僕にも手伝わせてほしいんだ」
「手伝う…そう言われても困りますよ。というのも、僕はあまり気にしてませんが専用機の情報って自分の所属している国以外の人には知られてはいけない決まりなのでしょう?デュノア君を疑う訳じゃありませんけど、僕にナナシを託してくれた人との約束ですし…」
真名人がそこまで言いかけて何かを考え込むように黙る。どうやら彼の中でシャルルは信用に値する人間かどうかの判断を決めかねているようだが、シャルルにはその思惑は当然伝わらない。故に彼にしては少し雑なくらいにもう一押しプッシュを仕掛けてきた。
「上月君の言いたいことは分かるよ。僕もデュノア社の…一人息子だから情報提供元の大切さとか技術盗用に厳しかったりするのは嫌ってくらい見てきたから。僕の会社でもそんな大人達の嫌なやりとりが常に飛び交っているし、でもそんな環境で育った僕だからこそ力になれることがあると思うんだ…!君の“友達”として損得勘定抜きにして考えてほしいんだ……駄目、かな?」
シャルルは真名人の手を両手で掴みながらその視線を真名人の瞳から一切逸らさず懇願する素振りを見せるも、真名人にとっては何故シャルルがここまで食い下がってくるのか、そしてそこまでシャルルを突き動かす何かがあるのかという疑問に苛まれる。自分はそこまでシャルルの信用を得るような行動をしたのか、はたまたこれがシャルルの底の無い深い優しさなのか。思考を巡らせて真名人が導き出した答えは…。
「……分かりました。デュノア君がここまで言ってくれるのは、きっと優しさ…なんですよね。うん、僕はそう信じたい…まだ出会って日は浅いけど、デュノア君はそういう悪い心を持った人達とは違う気がするから。君にならナナシのことを教えても大丈夫だと思う」
真名人が出した答えは信頼だった。この数日間で知り得たシャルルへの個人的な感想を頼りに判断した結果、自分にとって悪どい真似をするような汚れた心を持つ人物とは思えなかった。真名人の中では疑うことすら考えられない程に清廉潔白なシャルルだったのだ。
「本当っ!?うわぁ〜!ありがとうっ!!嬉しいなぁ…!」
真名人の許可を得たシャルルは目に見えて分かるくらいに喜びの感情を表現する。あまりの喜び様に真名人の方が気圧される程だった。
「お、大袈裟ですよ…!じゃあ、早速ですけど作業を始めましょうか“シャルル君”」
「うんっ、サポートは僕に任せてよ……って、あれ?今、僕のことシャルルって呼んだ?」
真名人に促されて作業に取り掛かろうとするシャルルだったが、ふと違和感を覚えて思わず聞き返してしまった。すると、真名人は少し照れ臭そうに答える。
「あっ…もしかして嫌でした?友達って言ってくれたのに、名字で呼ぶのも何か失礼かなって思ったので…。やっぱり今まで通りの呼び方の方が良いですよね?」
「…そ、そんなことないよ!僕嬉しいっ、そんな風に思ってくれてすっごく嬉しいよ!あの、じゃあ僕も…“真名人”って、呼んでもいい…かな?」
「えぇ、僕は全然構いませんよ。今後はお互いに名前で呼ぶってことで…それじゃ今度こそ、気合入れて頑張りましょう」
「うんっ!頑張るぞ〜、お〜っ!」
真名人との距離感がグッと縮まったことが余程嬉しかったのか、喜びを爆発させるシャルル。その姿を見て真名人もまた心を許せる友達の誕生に内心喜びを沸き上がらせるのだった。きっとこの出会いは自分にとって宝物になる…そう信じているのだから。
本日の一言
「い、言えなかった…一緒にペア組もうって」
「まぁ、他のみんなが織斑君とデュノア君に行ってる中で上月君って言い辛い雰囲気はあったよね〜」
「気にしすぎだと思うけどなぁ。私だったらな〜にも考えずに“上月君、今度の学年別トーナメント…私とペアになって〜っ!そして、優勝した暁には私と…”な〜んてなことに!」
「清香ちゃんは度胸あり過ぎなんだよぅ!はぁ…私も清香ちゃんみたいに積極的になれたら苦労しないのになぁ…」
「ねぇねぇ、清香ちゃん。さっきのって冗談?それとも…本気?」
「んぇ?普通にそう思っただけだよ。私が上月君を誘うとしたらそう言うかな〜って思って…どうかしたの?」
「…ううん、何でもないよ。意外と清香ちゃんも初心なんだね」
「えぇ!?な、何それぇ!?ちょっと癒子、一人で納得してないで教えてよぉ〜っ!」
by 鏡 ナギ&谷本 癒子&相川 清香