試合開始と同時に一夏の白式とラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが互いにブースターを駆り、それぞれの武装(一夏は雪片弐型、ラウラはプラズマ手刀)をぶつけ合いながら肉迫する。まるで示し合わせていたかのように自然と二人がぶつかり合う展開となってしまう。ラウラから自身に向けられた理不尽な怒り、ラウラのことを語る際の千冬のどこか物憂げな様子、そして友を傷つけられたことに対する激情…それらが複雑に混ざり合って一夏の感情そのままに強く握り締めた雪片弐型を振るう。
「ウオォオオオッ!!」
「ぐっ…!?剣撃に迷いが無い…以前とは違うということか!」
初めこそ拮抗していた二人の攻防だが、一切の隙を感じさせないほど鬼神の如く剣を振る一夏にやがえ軍配が上がり始める。一夏の攻撃をいなしながら反撃を狙うラウラだったが次第に逃げに転じ始め、遂には防戦一方の戦局を展開するまでに至った。一夏の中で消化しきれていなかった負の感情が逆に彼の眠っていた戦闘センスを呼び起こす起爆剤となった結果だ。
「負けられねぇ…!お前だけじゃない、千冬姉のことは誰にもっ!!ウオォオオッ!!」
「フッ…面白い。だが気概だけで勝てる程、私は甘くないぞ!!ハァアアアッ!!」
鬼気迫る様子で剣を振るう一夏とそれを真正面から受け止めて抵抗するラウラ。しかし、それだけではラウラとの圧倒的な力量差を埋めることは出来ない。一夏の士気がここへ来て高まり漸く五分の戦いが期待出来るのだろうが、ここからはもう一方の戦い…シャルル対真名人戦の様子を見てみよう。
「一夏ってば張り切ってるなぁ。ってことは真名人の相手は僕がしなきゃだよね?正直なところ君とは戦いたくないし…ここは僕に免じて大人しく退いてくれないかな?」
「………」
「うっ…いきなりこんなこと言われても面食らうと思うけど、本当だよ!今回のペア決めだってあんなことさえ無ければ君と…一緒が良かったんだからね?」
「………」
「あぅ…無言の圧力が心に刺さるよぉ!?何か喋ってよぉ!?」
珍しく狼狽えるシャルルに対して沈黙を貫く真名人。黙ってシャルルの話に耳を傾けている…訳ではなく、無防備にも武装の一つも展開せずその場で立ち尽くしている様子だ。真名人の試合を実際に観たことがある者はこの沈黙具合に慣れているが、公式の試合に初めて参加する真名人の様子などIS学園に転校してきたばかりのシャルルが知るはずもなかった。
「うぅ〜、いいもんいいもん!そっちがその気なら君には大人しくやられてもらうからさ!一夏の援護だってしなきゃだもんね!」
羞恥心から真名人に八つ当たりするように
「流石に今のは卑怯だった…かな。でも真名人がいけないんだもん。あんなに仲良しだったのに急に僕のこと無視したりするから、僕の気も知らないで……あっ!」
即射したことに後ろめたさを感じるシャルルだったが、壁に叩きつけられたはずの真名人が苦痛な様子を微塵も感じさせずに再びシャルルの前に立ちはだかった。頭部を覆うバイザーによって目元が隠れて口元しか見えないが、何処か生物的な雰囲気が感じられず寧ろ機械的と捉えることが妥当ともいえるだろう。そのことがシャルルにはとりわけ何とも言えない底しれない恐怖を感じざるを得ないのだった。
「(真名人…もしかして怒ってる?雰囲気が少し、いやかなり違って……何か怖い。うん、いつもの真名人じゃない!無口なのは一緒なのに真名人の優しさが全然伝わってこないよ…まるで真名人が居なくなっちゃったみたいだ。そんなの、そんなのって…!?)」
「………っ!」
内心焦るシャルルの眼前で立ち尽くしている真名人だったが、まるで急に人が変わった様にハンドガンを展開し有無を言わさずシャルルに向けて発砲した。咄嗟に身構えるシャルルだったが一向にその弾丸が直撃することは無かった。誰かがシャルルを守ったのか、はたまた弾丸そのもの軌道を逸らしたのか。その答えはシャルル自身の口から語ってもらおう。
「くぅ…!?あ、あれ?ダメージが…無い。どうして?確かに僕に向けて撃ったはずなのに……あっ!ま、真名人…どうして…!?」
右手に持ったハンドガンをシャルルに向けた真名人だったが、その銃弾がシャルルを捉えることは空いた左手が掴んだことによって阻止…つまり真名人の銃撃を邪魔したのは真名人自身であったのだ。この不可解な行動の意味は何だというのだろうか。
「真名人が、自分から狙いを外したの?僕の足元とか真横だけを撃ち抜いたんだ…」
自らの手によって攻撃を阻止された真名人、まるで二人の人間が指揮系統を巡って争っているようだ。そしていつまで経っても埒があかないと判断したのか手に持っていたハンドガンを収納し、左腕のレーザーブレードを展開することで強制的に主導権を握る。これによって攻撃を躊躇する素振りを一瞬でも見せていた真名人に一切の迷いが感じられなくなったシャルルは、異様な雰囲気に呑まれながらも再びガルムを握り直す。
「真名人、もしかして辛いの?まるでISに意識を操られてるみたいだったし、そんなことあるはずないと思うけど…うわっ!?」
ナナシの不可解な行動をシャルルなりに考察したが、それも無機質な程正確な斬撃によって中断させられてしまう。危うく首元をレーザーブレードで切り裂かれそうになり思わず冷や汗をかく。ほんの少し反応が遅れていたらと思うと恐怖に苛まれそうになる。
「い、今のはヒヤッとしたよ…!絶対防御があるのに完全に頭の中から吹き飛んだからね!?でも、これで遠慮せず戦えるよ!」
シャルルは意を決して
「んなっ…!?この数の銃弾を避けるなんて…真名人ってば本当に初心者!?」
激しい銃撃の中を掻い潜って左右の大腿部に展開したミサイルポッドから計六発の小型ミサイルを発射させ、それらが独自の軌道を描きながらシャルルへ迫る。
「っ!ま、不味いってそんなの!?うわぁああっ!?」
ナナシの常軌を逸した動きに翻弄されて一瞬反応が遅れたシャルル。ナナシへの攻撃を一旦中断して、それぞれ別々の方向・タイミングで迫って来るミサイル群の迎撃に当たる。そしてそれによって生まれた一瞬の隙を突き、自ら放った小型ミサイルの合間を縫うように身体を酷使させてシャルルとの距離を一気に詰めるナナシ。その左腕に展開した光刃を煌めかせすれ違い様に切り抜けようと接近戦に持ち込む算段らしいが、シャルルが放った“奥の手”によって完全に受け止められ辛くも阻止されてしまう。
「…なーんて、言うと思った?君用のとっておき、ちゃんと持ってきておいて良かったよ〜。それっ!」
シャルルが用意した対真名人用の奥の手…それはシールドの裏に隠されている六九口径のパイルバンカーである
「ごめんね真名人。せめてこの試合が終わるまで、ゆっくり休んでくれると嬉しいかな」
ナナシが振り下ろしたレーザーブレードをシールドで受け流し、同時にその無防備な腹にパイルバンカーによる連撃を炸裂させるシャルル。その絶大な攻撃をまともに受けたナナシはシャルルの腕の中で糸の切れた人形の様に意識を手放し、ぐったりとしたままアリーナ内の隅まで運ばれる。友人として最小限の攻撃で必要以上に傷つけたくないという優しさの現れなのだろう。しかし、それが真名人にとってよからぬ事態を招くことをまだ知らなかった。
「よいしょ…っと、ここなら巻き込まれずに済むよね。よし、早く一夏の助けに向かわないと」
シャルルは装甲の各部から火花を散らしながら一切の動きを止めたナナシを一瞥すると、格上のラウラ相手に善戦している一夏の援護に向かった。どうかこのまま何事もなく試合が終わることを願いながら…。
「ち、ちょっと…真名人の奴、なんで一撃でやられてんのよ!?ってか、さっきからピクリとも動かないけどあれ大丈夫よね!?」
「わ、私に聞かれても分かりませんわ!?ですが少し心配ですわね…私との試合の時もそうでしたが、真名人さんは試合中に意識を失うことがあるようですし……あぁ〜!?この身体さえ動けば私がお守り致しますのにィ!!」
観客席で真名人達の試合を観戦していた鈴とセシリアだったが、自分達の想像していた展開とは明らかに違う事態にプチパニックを起こしていた。彼女達の予想では早々に一夏が脱落し、シャルルが苦戦を強いられるはずだったのだが…まさか真名人が最初にやられるとは夢にも思わなかっただろう。
そして、それは彼女達の周りの生徒達から真名人への心無い言葉が浴びせられるきっかけになってしまった。
「あれって二番目の男子よね?あんなにすぐやられちゃうなんて…ちょっと拍子抜けかも」
「うんうん、あれじゃ私の方が上手いかも。噂じゃすっごく強いって聞いたけど、やっぱり噂は噂みたいね」
「あのやられ方はちょっとダサいよね〜。顔も並だしISの操縦も下手なんでしょ?正直期待はずれだなぁ…やっぱり同じ男子でも千冬様の弟の織斑君が最推しかな〜!」
「いやいやいや、転校生のデュノア君もかなりポイント高いよ?まぁルックスも含めて織斑君かデュノア君の二択だよねぇ。わざわざ上月君…だっけ?を選ぶのはちょっとズレてるかなぁ」
「分かる〜!何か一人だけ浮いてる感じするし、何より他の二人と比べて暗そうだし。二組の子に聞いたんだけど、合同授業でずっとランニングとか柔軟ばっかりなんだって。それに放課後とか休みの日も誰とも遊びに行かないでずっと整備室に篭ってるらしいよ?」
「うわぁ〜、それ暗いなぁ!私、話合わなさそう…」
「数少ない男子だからって色々優遇されてるんだろうね。あーあ、私達には何にも恩恵無いもんなぁ〜」
真名人への根も葉もない噂話で会話が盛り上がる女生徒達。それを耳にしてしまった鈴とセシリアは堪らず激昂する…こともなく、お互いに視線を交わすことなく暫く沈黙を貫いた後、ぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。
「セシリア…あんた気づいてないかもだけど、瞳孔開いてるわよ。良いとこのお嬢様なんだからちゃんと抑えなさいよ」
「鈴さんこそ…その震えた拳、今にも振るって暴れ出しそうですわね。いついかなる時も冷静沈着に、基本中の基本ですわ」
そして、再び一瞬の沈黙が二人の間を漂う。やはりお互いに顔を合わせることはしないが、その表情はまるで能面のように頬の一つもピクリと動かすことなく固まっていた。友人である真名人を蔑まれたのに反論の一つもしないなんて薄情だ…と思うかもしれないが実際はその逆、心の底から湧き上がる怒りを必死に胸中へ押し込んで我慢していたのだった。本当なら今すぐにでも女生徒達の前に出て行って弁明したいところだが、国を背負う代表候補生というデリケートな立場である彼女達は不用意に自分の言葉で発言することが許されないのだ。もしそれをしてしまえば彼女達はもう代表候補生という立場を放棄せざるを得なくなる。折角長年の血の滲むような努力の末に勝ち取った立場を一時の感情に任せて全てを失うわけにはいかないと考えるのは困難ではないだろう。しかし、だからといって彼女達が何も感じていないというのは間違いであり、現に批判された真名人の為に何一つ動くことが出来ない自分達に苛立ちを隠せないでいる。真名人は女生徒達が思っているような人間じゃない、どうして誰も表面上の真名人しか見ようとしない。決して器用とは言えないやり方と揶揄されようとも、ただ純粋に直向きにISと向き合おうと手探りの中必死にもがいているだけなのに…と。
「セシリア…あんた、変な気起こすんじゃないわよ。人生棒に振る気?」
「……分かってますわ。ですが私よりも鈴さんの方が心配ですの。すぐに手が出ますから」
「はぁ〜?何よそれェ!?あたしが何も考えてないみたいじゃない!」
「あら、私は別にそんなこと言ってませんわ。鈴さんの考え過ぎですわよ…うふふ♪」
「な〜にが“うふふ♪”よ!急に色気づいたりして……それよりあんた、その気があるなら後で真名人に優しくしてやりなさいよ?こんなこと真名人が聞いたら、学園辞めるとか言い出しかねないんだから」
「…そうですわね。私達だけでも真名人さんの味方になって差し上げませんと……あっ!鈴さん、アリーナ内の様子が…!?」
「んぇ?何よ急に立ち上がって……えっ、あれってドイツのISじゃない!あれは千冬さんの…」
セシリアと鈴は突如としてその目に飛び込んできた光景に驚きを隠せなかった。それは観客席に居た生徒達も同様で、彼女達の目の前で今も尚操縦者のラウラの悲鳴と共にその姿を豹変させるシュヴァルツェア・レーゲンの内側から黒いヘドロの様な物体が溢れ出し、そのまま全体を覆い尽くしてしまった。
そして異形の姿へと変貌を遂げたISは完全にラウラを飲み込み、見る者達にとって鮮烈なまでに激震が走る事態となっていた。何故ならばその姿は
「ISが変形した!?……まさか操縦者ごと取り込んじゃうとは思わなかったけど、これも能力…なわけないよね」
真名人を倒しすぐさま一夏の援護に向かったシャルル。戦況は二対一と圧倒的に優勢を誇っていた最中、二人の目の前で突如として異変は起こった。一夏との連携攻撃を決め真名人同様ラウラにもパイルバンカーを直撃させ一時的な行動不能に追い込んだのだが、その直後明らかに様子が変わったラウラの悲鳴、それに伴って形を変えていくIS、騒然となる観客席…事態が普通ではないことはすぐに理解させられた。
「お、おい…何だよ、それ…?何でお前が…千冬姉の…!?」
「…い、一夏?どうしたの突然…きゃあ!?」
隣で呆然としていた一夏がうわ言のように言葉を漏らし、そしてその様子を見て怪訝に思ったシャルルの問いかけを無視してラウラだったモノに対して強引に攻撃を仕掛けた。その際至近距離から白式のバーニアの圧を受けてしまったシャルルは体勢を崩され大きく後方に吹き飛ばされてしまう。咄嗟に受け身をとったことで壁面に激突することは防げたが、あの温厚な一夏が目の前で豹変したことで動揺を隠せないでいた。そんなシャルルの元にアリーナの管制室で試合の様子を見ていた千冬から通信が入った。
《…デュノア、聞こえているか?》
「お、織斑先生!?た、大変なんです!ボーデヴィッヒさんのISが変形して、それで一夏も豹変しちゃって…」
《あぁ、分かっている。既に試合の続行は不可能と判断し、観客席にいる生徒及び来賓の避難誘導を始めている。防壁による遮断と同時に教員が鎮圧に向けて突入する手筈となっている。可能ならばそれまで足止めを頼みたいのだが…いけるか?》
「えっ、それは……はい、やってみます…けど」
取り乱していたシャルルとは対照的に冷静なまでに現状を把握した上で的確に指示を飛ばす千冬。弟である一夏の豹変振りを目の当たりにしても尚、彼女の心は揺らがない程に強いのだろうか。
そんなことを内心で考えていたシャルルだったが、通信が切れる際に千冬がボソッと溢した言葉に意識を持っていかれてしまう。
《頼むぞ。一瞬たりとも油断するな……ラウラを、守ってくれ》
一教師である千冬は当然私情で動くことが許されない。言動の一つ一つが冷酷だと思われがちな彼女だが、その心の中に確かに誰かを想う気持ちが存在するのだ。きっと自分の気持ちを表現することが得意ではないだけなのだろうと思うと、少しだけ可愛く思えて千冬への見方が少しだけ変わったシャルル。
「織斑先生……分かりました。君、駄目だよ?こんなに心配してくれてる人を悲しませちゃ。まぁ、僕の声なんて聞こえてないんだろうけどさ」
シャルルの眼前で一夏の剣撃をいとも容易く捌いていく黒いIS。ただそれは搭乗者の意思とは全く関係の無い力が働いていることを嫌でも理解させられる。この感覚にシャルルは覚えがあったのだ。
「この感じ……真名人のISに似てる!?一夏、気をつけて!僕の予想が間違ってなければこのISは……うわぁああっ!?」
一夏に警告を促そうとしたシャルルだったが黒いISの持つ刀剣によって発生した衝撃波が一夏を襲い、そしてシャルル諸共二人揃って身体ごと壁に叩きつけられる。
「ぐっ…!?たった一振りしただけなのに、この威力は…一夏?」
「…あの構えと間合いの取り方、それに今の太刀捌き……やっぱりあいつ、千冬姉の動きを真似してやがる!!ふざけんな…ふざけんなよッ!!」
「い、一夏!?あぐっ…!」
黒いISの特徴的な動きが姉の千冬を完璧に模倣したものだということを看破した一夏は、唯一無二である千冬の技を盗まれた怒りから激情に駆られ無謀にも黒いISに挑む。すぐに援護に向かおうと身体を起こそうとするシャルルだったが、壁に激突した際の衝撃によって全身に鈍い痛みが走り完全に出遅れてしまう。その間に一夏は冷静さを欠いて白式の
「千冬姉の動きがあの時のままなら……俺にも見えるはずっ!!ハァァアアアアッ!!!」
怒りの中に埋もれていた冷静さを取り戻し、果敢に黒いISへ斬りかかる一夏。先程までの荒れた剣技とは打って変わって徐々に黒いISを捉えるような精密な剣撃によって戦況を有利に運んでいく。その証拠にカウンターを狙う動きを見せていた黒いISもいつの間にか回避運動に徹し始め、一夏に対して決定的な一打を決められずに攻めあぐねていた。一夏の気迫溢れる剣撃が黒いISを圧倒しているのだ。
「いける…これならいけるよ!良かった、ちゃんと正気を取り戻してくれて…」
一夏と黒いISの一進一退の攻防を見ていたシャルルはふと一夏の勝利を確信する。冷静さを取り戻した一夏は明らかに実力差のある黒いISと互角に渡り合っている、このまま攻めきれることが出来れば…そんな思惑の最中、一夏の剣撃の勢いに押し切られる様に黒いISに無防備な隙が生まれた。これを逃すまいと一気に攻めの姿勢に移行する一夏だったが、これが彼等の希望を打ち砕く最悪の事態を招くことになった。
「これで…終わりだァアアッ!!!」
黒いIS目掛け鬼神の如く雪片弐型を振り下ろす一夏。発生したエネルギー刃が黒いISの肩口に届くと思われたその瞬間、雪片弐型から強烈な光が放たれ元の刀剣の姿に戻ってしまった。これによって零落白夜の発動が中断され、黒いISの装甲に傷一つ付けることすら叶わなくなってしまったのだ。
「なっ…エネルギー切れ!?零落白夜が…うわぁあああっ!?」
突如として消えたエネルギー刃に動揺した一夏。大きな隙を生み出した結果、再び黒いISの斬撃によって発生した衝撃波をまともに食らいアリーナの壁面に吹き飛ばされ叩きつけられてしまう。生命維持の為に残されていた白式のエネルギーも最後の役目を果たしたことで展開を解かれてしまった。唯一黒いISと対等に渡り合えるであろう一夏が気絶してしまったことで行動不能に陥ったこの状況、鎮圧部隊の教員はまだ到着する気配も無くシャルル一人で一夏を守りながら黒いISを抑えるのは至難の技である。
「一夏!このぉ…僕が相手だっ!!」
シャルルは倒れ伏す一夏の前に立つと機体のリアスカートのウェポンラックから武器を取り出し、サブマシンガン・アサルトライフル・連装ショットガン・重機関銃を
「はぁ…はぁ…っ!さ、流石にこれなら倒れたかな……っ!?う、嘘…!?」
土煙が晴れて真っ先に飛び込んできた光景にシャルルは絶句してしまった。何故なら凡そ行動不能になることは必至な程の銃弾を浴びた筈の黒いISは依然としてその場に立ち尽くしており、尚且つ装甲の何処にも傷一つ付いた気配すら無かったからだ。その証拠に黒いISの足元にはラファールから発射された夥しい量の弾丸が漏れなく全て転がっていた。つまりは装甲に着弾する寸前、その手に持った刀剣のみで全ての弾丸を捌ききったということになる。それははっきり言って常人のそれとは完全に違う何かであり、先程の一夏の発言を考慮すると千冬そのものの実力を遺憾なく発揮しているのだという。公式戦無敗、生きる伝説と称される千冬の影に一介の代表候補生が太刀打ち出来る筈がなかった。
「そんな……む、無理だよ…僕には…っ!?」
目の前の現実を受け止められずにいたシャルル。だがしかしそれに打ちひしがれている時間は無い。次の瞬間には黒いISの太刀筋を知覚した途端シャルルの身体が宙を舞い、装甲の端々から激しく火花が散っていた。抵抗する暇も無く吹き飛ばされたシャルルはそこで漸く自分が攻撃されたことを認知したのだ。それほどまでに鮮やかな剣撃、そして圧倒的なまでの実力差だった。
「ぐっ……く、くぅ…!ぼ、僕はまだ…倒れるわけには……っ!だ、駄目っ!やめて…!それは…それだけはっ!?」
黒いISの攻撃をまともに受けても尚、辛うじてISの展開を維持出来たシャルル。しかし、自由に動かせる程のエネルギーは残っておらずシャルル自身にもダメージの影響が出てしまった為、身体は勿論指先一つすらまともに動かすことが出来なかった。そして未だ意識が戻らない一夏と行動不能に陥ったシャルルを確認した黒いISが次なる目標に定めた相手、それは試合開始直後から殆どアリーナの隅で横たわったままピクリとも動かない真名人だった。シャルルによって行動不能になった無抵抗の真名人の首を片手で軽々と掴み上げる黒いIS、もう片方の手には一夏・シャルルを傷つけた特徴的な鋭く美しい刀剣が握られている。シャルルには考え得る最悪の未来が恐ろしいほど簡単に予測出来てしまい、持てる力の最大限で真名人に呼び掛けた。
「ま、真名人…!起きて…早く、起きてよぉ…!逃げないと…そこから、早く逃げないとっ!!じゃなきゃ…本当に……っ!?」
目尻に涙すら浮かべて叫んだシャルルの呼び掛けも虚しく真名人は一切の返事をすることは無かった。そして……。
「…っ!?あ、あぁ…そんな……真名人ォオオ!!嘘だァア!?こんなの嘘だよォオオッ!!うあああああぁぁっ!!」
次の瞬間、宙吊り状態で無抵抗のナナシの装甲を破るように黒いISの刀剣の鋒が真名人の脇腹を貫いた。ブチブチと肉を裂くように深々と突き刺さる黒いISの刀剣、その刀剣が真名人の体内を突き破ったことで傷口からどんどん溢れ出す夥しい量の鮮血。一瞬痙攣した様にビクンと身体を震わせて以降、全く動く素振りを見せなくなったナナシ。もはやナナシの“絶対防御”が働いていようがいまいがそんなことは些末な問題であった。この最悪の事態を招いた原因は自分だと責めた時にはもう既に遅く、絶望・混乱・拒絶反応からただただ絶叫するだけのシャルル。目の前で冷酷なまでに暴力を振るい続ける黒いIS。もはやパイロットの意思から解き放たれたその得体の知れない恐怖に、シャルルは溜め込んでいた感情を爆発させるように叫ぶことしか出来なかった。
本日の一言
「……まただ。これでもう三回目だよ?ねぇ、こーちん…いつまでそうしてるつもりなの?どうすればその子を乗りこなせるか…もう分かるはずだよ。だから頑張って……じゃないと、此処に居られなくなっちゃうよぉ…」
by 何かを窺い知る布仏 本音