「………っ、うぐっ…な、何だ?俺、どうなった……っ!?ま、真名人!?」
黒いISの攻撃によって気を失っていた一夏だったが、目を覚ましていの一番に飛び込んできた光景に驚きを隠せなかった。シャルルが泣き叫びながら必死に真名人の名を呼び掛け、その真名人は黒いISの刀剣に身体を貫かれ宙吊り状態で一切の返事すら寄越さない。もはや息絶えているとすら思えるほどに身動き一つ取らない真名人に、一夏の脳裏には最悪の事態が過ったのは無理もなかった。
抵抗する素振りを見せない真名人に興味を失ったのか、黒いISは刀剣を横薙ぎさせて真名人の身体ごと遠くへ吹き飛ばす。勢い良く投げ出された真名人の身体はまるでボロ雑巾のように地面を転がって、やがて横たわったことで止まった。黒いISの手から離れたことで急いで真名人の元へ駆け寄ったシャルルはその身体を抱き起こして必死に真名人へ呼び掛けを続けた。
「真名人…真名人ォ!!お願い…目を開けて…っ!あぁ…お腹の傷が……血が止まらないよ…!?止血、止血しないと…!」
真名人の腹部の傷口から大量の血液が流れ出る。シャルルは両手で塞ぐように触れるもその程度で止血出来る筈もなく、寧ろ更に出血量を増やす要因にしかならなかった。普段の冷静なシャルルならともかく、今も目の前で喪われていく真名人の生命の灯火を救わなくてはと焦るシャルルに正しい決断が下せる訳がなかった。
「シャルル!!止めろ!!それ以上は真名人が死んじまう!!」
「っ!?あ、あぁ…ぼ、僕は……違っ、助けようとして…!?」
一夏の制止する声によって少なからず冷静さを取り戻したシャルル。その腕の中には今にも消えてしまいそうなほど浅い呼吸で必死に生命を繋いでいる真名人の姿。そして何よりあれだけの攻撃をまともに受けても尚、ナナシの展開を維持している真名人の意志の強さを肌で感じていた。そう…真名人は今も戦っている。操縦者である真名人の意識すら呑み込もうとするナナシ、無抵抗の相手にすら無慈悲に攻撃を続ける黒いIS。それら全てをひっくるめて真名人は戦っているのだ。その証拠にシャルルの目元から流れる涙を優しく拭う柔らかな手が応えたのだから。
「………駄目ですよ。そんなお粗末な止血の仕方じゃ、僕みたいなか弱い人間はポックリお陀仏になっちゃいますから」
「…っ!!ま、真名人ぉ…真名人ォ!!良かった……本当に、良かったよ…っ!」
頭部を覆うバイザーからその表情を確認することは出来ない。しかしシャルルにはハッキリと分かっていた。さっきまでの正気を感じさせない言動とは完全に違う、不器用でバカ正直で嘘がつけない普段の真名人が戻ってきたのだと。遅れて駆け寄ってきた一夏も真名人の安否を確認する為、声をかける。
「真名人!お前、本当に大丈夫なのか!?」
「一夏君…うん、傷は痛むけど何とか動けそうです。ほんとIS様様ですよ。ただあまり長い時間は厳しそうなのが本音です……それまでに、ボーデヴィッヒさんを助けないと」
「っ!?真名人、お前…」
真名人から驚くべき言葉が漏れ出たことで思わず虚をつかれる一夏。それはシャルルも同じらしく、驚きを隠せないでいた。真名人は自分をこんな目に遭わせた黒いIS…ひいてはその中に居るラウラを救出すると言い出したのだ。普通ならまずそんな考えに至ること自体が奇特なのだ…危害を加えた相手を助けるなど。
「ごめんなさい。でも決めたことだから……一発引っ叩かないと気が済まないから。僕を縛りつけたことも含めて、ね。だから二人はもう退がっていいですよ。早々にやられた僕と違って、もうエネルギーも然程残ってないでしょうし」
「……いや、俺もやる。俺がやらなくちゃいけないんだ!千冬姉の剣を、これ以上汚す訳にはいかない!」
一夏の瞳に強い意思が宿る。それは真名人にもしっかり伝わったようで、気づけばお互いの手をガッチリと組んでその想いを確認し合っていた。その二人の間にもう一つ、包み込む様に手が加わった。
「…もぉ、僕だけ仲間外れにするつもり?そんなの許さないよっ!白式のエネルギー、足りないでしょ?良ければ僕のリヴァイヴのエネルギーを使って」
まだ赤く腫れた目元のまま優しく笑いかけるシャルル。折角の綺麗な顔が台無しである。
「シャルル…サンキューな。絶対救って見せるぜ…俺だって打たれた仕返し、まだ済んでねぇからな」
そう言いながらもどこか晴れやかな笑みを浮かべる一夏。皮肉の中にも確かな思いやりが感じられる…例えその相手から疎ましく思われていようとも。それが織斑 一夏という人間その人なのだろう。
「分かった、じゃあ作戦を説明するよ。あのISの刀剣がある内はどんなに頑張っても一夏君の必殺技は届かないと思う。だからその役目は僕が務める。なるべく時間を稼ぐからシャルル君は出来るだけ一夏君のISにエネルギーを送り込んでほしいんだ」
「でもそれじゃ真名人の負担が大き過ぎるんじゃ…」
「勝つ為の作戦だからね。大丈夫、例え身体を真っ二つにされても一夏君の攻撃が通るようにしてみせるから」
「真名人…それ悪い冗談だよ。さっきまで死にかけてたのに」
シャルルの恨めしそうな視線に思わずバツが悪くなる真名人。確かに今のはブラックジョーク過ぎたかもしれないと後になって感じ始める。
「ごめんなさい。兎に角作戦はそういう感じで。僕はそれまで必死こいて何とかしますので、なるはやでお願いします」
真名人は頭部を覆っていたバイザーを自らの手で剥ぎ取ると、背面のバーニアを噴射させて一気に黒いISとの距離を詰める。その左手に展開したレーザーブレードを煌めかせ、黒いISの刀剣と鍔迫り合いを開始する。
一夏の時同様、斬り込んではいなされまた斬り込んではいなされだがその勢いは真名人に分があるようで、黒いISの刀剣から火花が上がりその攻撃力の凄まじさを物語っていた。
「真名人の動き…前よりも凄い。俺なんかより鋭い剣だ」
「うん、ちょっと怖いから僕はあまり見たくないけど……はいっ、これでエネルギーが行き渡った筈だよ。白式を展開してみてよ」
シャルルのラファールから残存エネルギーを受け渡されたことで、再びその身に白式を纏う一夏。しかしエネルギーの補充が不完全だったのか、右腕の一部と雪片弐型のみの展開となってしまった。
「うーん、やっぱり完全には展開出来ないみたいだね。ごめんね一夏」
「いいや、これさえあれば十分だ。あとは俺に任せてくれよ」
「うん、分かったよ……真名人を宜しくね」
ニィっと笑いかける一夏に対して深く頷いて返事するシャルル。そのシャルルがアリーナの隅に退避したのを確認した一夏は黒いISを押さえ込んでいる真名人に合図を送る。
「真名人!!こっちはいつでも行ける!」
「一夏君…よぉし!!」
一夏から合図を受け取った真名人は競り合っていた剣と剣のぶつかり合いを止めて後方に大きく跳躍すると、レーザーブレードを収納させ新たに右腕の武装を展開する。それは以前展開した近接戦闘用の武装とは別の物だった。
「秘密兵器…“ナナシ砲”だよ」
右腕に装備された小型のキャノン砲…通称“ナナシ砲”のチャージを開始させると同時に照準を黒いISに合わせる真名人。それに対して逃げもせず漫然と対峙する黒いIS…まるで新しい玩具を与えられた子どものように興味津々といった様子にも見て受け取れる。或いは逃げもせずともその新兵器を打ち倒せる自負しているのか。それは実際にやり合ってみれば結果は一目瞭然だろうさ。
「チャージ完了っ、発射スタンバイ……撃テェエエエエッ!!!」
「!?」
ナナシ砲のチャージが完了と同時に即座に発射されるレーザービーム。大き過ぎる反動から必死に左手で支えて照準のブレを抑える真名人、その結果、再び腹部の傷口から出血が始まるも真名人は構うことなく射撃を続けた。それを刀剣を振り翳すことで真っ向から切り裂こうとする黒いISだったが、刀剣とビームがぶつかった瞬間激しい光とその勢いに襲われ、数秒の内に刀剣とシールドユニットがその形を維持できなくなり完全に融解した。あの黒いISの反応速度を持ってしても武装とシールドユニットの融解を免れることは出来なかった。もし防御が間に合わず装甲に直撃していたら恐らく人体すらも……そう考えると使用には大いなる責任を伴う兵器だと戒める真名人だった。だが、今回は功を奏したようだ。当初の目的通り、黒いISの刀剣とシールドユニットの破壊に成功した。これなら一夏の零落白夜が通用するはずだ。
「グゥ…!?一夏君!今のうちにボーデヴィッヒさんを!!」
「おう!!これで終わりだァアアアッ!!!」
零落白夜による一太刀によって黒いISの装甲の一部に亀裂が走る。そしてそこに手を突っ込むと勢いよく外へ引っ張り出す一夏。その手の中にはラウラの華奢な腕がしっかりと握られていた。どうやら気を失っているらしく、ラウラは返事を寄越さないがその代わりに心地よい寝息を立てていた。あれだけのことがあったのだから無理もないのだが。
「ふぅ…やっと終わったか。ったく、助けてやったのに寝てんのかよ。面倒かけやがって…」
「あはは…まぁ結果オーライってことですかね?お疲れ様です、一夏君」
「真名人!一夏!二人とも、本当〜に凄かったよっ!!僕、感動しちゃったなぁ!」
全てが終わりISの展開を解いた三人お互いの健闘を讃え合う。そんな彼等の目の前で再びヘドロのように溶け出していく黒いIS。恐らく操縦者が居なくなったことで形を維持出来なくなったのだろう。全てが溶け出した際にシュヴァルツェア・レーゲンの待機状態であるレッグバンドがその中心に残されていた。どうやら解放されたのはラウラだけではなかったらしい。
「おっ、先生達が来たみたいだぜ。はぁ〜、早く部屋に戻って休みたいぜ全く…」
「そうだね。後の処理は先生達に任せて、僕達は先に戻ろうか。真名人、動ける?肩貸そうか?」
「…大丈夫、ですよ。これくらいの怪我、何てこと…ありま、せ……」
シャルルの申し出を断ろうとする真名人だったが、全て言い切る前にその場で崩れ落ちてしまった。元々致死量と言っても過言ではない量の失血に加えて黒いISとの激しい戦闘、身体に負担のかかる新装備の使用と悲鳴を上げ続けていたのだ。寧ろここまで戦えていたこと自体が奇跡としか言いようがなかった。
「真名人!?ねぇ、真名人どうしたの!?返事してよっ!?」
「腹の傷口から血が…シャルル、早く真名人を医務室に運ぶんだ!!」
二人の戸惑う声、それを聞いて駆けつける教員達、そして地に倒れ伏したまま微動だにしない真名人。どんどん血の気が引いていくのを感じながら薄れ行く意識の中で必死に自分の名を叫ぶ人々の存在を認識しようと、途切れるその瞬間まで真名人は自分を奮い立たせるのだった。
「………ハッ!?わ、私は一体…」
日が落ちる頃、医務室のベッドの上で目を覚ましたラウラ。全身に走る鈍い痛みで目覚めは最悪、内心苛立ちながらも身体を起こそうとする彼女に声をかける人物がいた。
「…目が覚めたか。どうだ?好き放題暴れた気分は」
「き、教官!?な、何故此処に…うぐっ!?」
ラウラに声をかけたのは彼女が敬愛してやまない織斑 千冬その人だった。まさか意識を取り戻して早々に会うとは思っていなかったのか、軍人の彼女にしてははしたないことこの上ない受け答えをしてしまう。普段の千冬なら格好の餌食なのだが、負傷しているラウラ相手にそこまで鬼になれない千冬だった。
「無理をするな。それにここでは織斑先生だ、馬鹿者。それよりお前、知っていたのか…自分の機体にVTシステムが搭載されていたことを。まぁ、知っていれば私に話さないお前じゃないがな」
「VT、システム…ですか?確か過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行する…という。まさか、それが私の機体に?」
ラウラの反応を見て改めて彼女が潔白であることを確認する千冬。初めから疑っていないのだが、担任という立場から形だけでも事態の確認をしなくてはいけないのが辛いのだ。
「とりあえず事情聴取はこれで済んだ。他の者に有る事無い事吹聴されるよりはマシだろうが、一応記録には残すぞ。さてここからが本題なのだが…」
「…?はい、何でしょうか?」
その言葉を皮切りに仕事モードから切り替わる千冬と素直にかしこまるラウラ。この時のことを後にこう語る…何故、何故あんなにも瞳を煌めかせて嬉々としている千冬に気づかなかったのかと。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前…どっちに惚れた?」
「えっ?それってどういう……はい!?」
初めこそ千冬の言葉の意図を汲み取れていなかったラウラだったが、時間が経つにつれて所謂“そういうこと”について言及しているのだと気づく。だが、それで終わる千冬じゃないことはラウラが一番知っていた。
「何故そんなことを聞くといった様子だな。だが私に言いたくて仕方がないと顔に書いてあるぞ?だからほれ、早く話せ」
「き、教官!?私には何のことやら…あぅ!?」
詰め寄られて狼狽するラウラだったが、即座に脳天に手刀が叩き込まれる。その犯人は当然千冬だ…さっきの言葉、前言撤回である。
「織斑“先生”だと言っているだろうが。同じ過ちを何度も繰り返すこと程愚かなことは無いぞ。それで…私はどっちだと聞いているのだが?ほれ、さっさと吐け」
「き、教k「…あぁん?」…お、織斑先生!!本当に私には思い当たる節が無いのですが!?先程から何を仰っているのか理解が追いつきません!?」
仏頂面のまま千冬に睨みつけられるラウラ。蛇に睨まれた何とやら…正しくそんな様子だった。しかしそれも本当にラウラが理解出来ていないと把握した千冬によって話題を終了させられる。
「…まぁいい、時間は十分過ぎる程ある。それまで自分を見つめ直せ…他の誰でもない“ラウラ・ボーデヴィッヒ”という人間をな」
そう言って自然な流れでラウラの頭の上に置かれる千冬の手。咄嗟のことに更なる混沌の中へ迷い込むラウラだった。
「ほぁ!?な、ななな何故私の頭の上に手を!?私は褒められるようなことは何も…」
「今回の騒動の罰だ。大人しく辱めを受けろ」
「なっ…!?は、はい…」
千冬に言い負かされてぐうの音も出ないラウラ。大人しく千冬の愛情を感じることに集中せざるを得ないと思考を切り替える。彼女にとってどれほど待ち侘びた瞬間だろうか…そんな中で千冬の方はラウラを愛でる一方で頭の片隅に別の考えが過ぎっていた。
「(ラウラの件はこれで落ち着くだろう。どうせ束が動くだろうからな……さて、もう一人の問題児は何処へ消えたかな?元気な怪我人ほど扱い辛いものはないがな)」
同じ頃、例によって第四アリーナの整備室に人影が…言わずもがな、千冬の言うところの“元気な怪我人”こと真名人である。あの騒動の直後、度重なる失血と身体への負担から意識を手放したはずの真名人が何故今こんなところにいるのか。それはその場に偶然居合わせた挙句、同じく疑問に思っているであろうかんちゃんに聞いてもらうことにしよう。
「………。あ、あの…上月君?そんなに熱中してて大丈夫…なの?ここに来る途中、また上月君が医務室から居なくなったって先生達が騒いでたけど…」
「……やっぱりだ。
「むぅ…上月君、話しかけても全然返事してくれなかった。集中してるって分かってたけど、やっぱり無視されて寂しかった…」
折角心配したにも関わらず真名人に気づいてもらえなかったことを根に持ったのか、珍しくむくれ顔で毒づくかんちゃん。それは真名人も敏感に肌で感じ取ったらしく、遅れながらもご機嫌取りを始めた。
「えっ!?いや、あの決して無視してた訳じゃなくてですね…憶えてるうちにナナシのデータを解析しておこうと思ったら、思いの外没頭しちゃって……あぁ、でもそれって寧ろ無視してるってことの証明になっちゃってますかね?はぁ…僕って要領悪すぎて駄目駄目ですね」
弁明を始めれば始めるほどどんどん自己嫌悪に陥っていく真名人。流石にそんな様子の真名人を可哀想に思ったのか、かんちゃんは助け舟を出すことにした。決して普段の真名人からは意外な駄目駄目な部分を見ることが出来た優越感から出た行動ではないとかんちゃんの名誉の為に宣言しておく。
「…ふふっ、大丈夫。ちゃんと分かってるから…それで何が分かったの?私も見てもいい?」
「えぇ、勿論構いませんよ。見やすいように別のモニターで比較しながら説明しますね。隣にどうぞ」
真名人は自分が座っていた椅子をかんちゃんに譲ると整備室の隅っこに置いてある少し埃の被った椅子を持ってきて、埃を手で払いながら準備を整える。普段から同じ椅子ばかり使っている弊害が此処に出るとは…今度からはなるべくローテーションで使い回そうと密かに誓う真名人だった。なんとか準備を終えた真名人は手元のタブレット端末に過去のナナシのデータを、そして操縦者無しの状態で展開させたナナシの目の前にある空中ディスプレイに現在のナナシのデータを投影して、かんちゃんに解析結果の説明を始めた。
「まずはこの端末の方のデータを見て下さい。これは学年別トーナメントの前日に記録したもので、空中のディスプレイに投影しているのが今現在のナナシのデータです。見比べてみて何か違いに気づきませんか?」
真名人に促されて二つの画面を交互に確認してその違いを見つけようとするかんちゃん。すると、ついさっき真名人が漏らしていた拡張領域内のデータに注目することでその決定的な違いをすぐに理解した。
「えっと……あっ、前のデータでは解析不能になってた武装が、今は詳細まではっきり示されてる!…だよね?」
少し不安そうに確認するかんちゃん。それに対して真名人はにこやかに肯定してみせた。
「はい、大正解ですよ。流石は専用機を託された代表候補生といったところですね…感服しますよ」
「っ!こんなの、大したことない………えへへ♪」
かんちゃんは憮然とした態度でそっぽを向いてしまう。しかし、褒められたこと自体は満更でもないようでほんのり頬を赤く染めていた…そっぽを向いたことで真名人に気づかれることはないのだが。
「正体不明のデータが何故か武装となって現れた。不思議なことだけど、何か意味があるように思えてならないんです……ただの勘ですけど」
「でも、それも大切…だと思う。私は…上月君の勘、信じるよ?」
「…疑問系、なんですね?信じてるって言ってくれたのに…ちょっと残念です」
「へっ?あっ…ち、違っ…今のは、そういうつもりじゃ…ご、ごめん!」
フォローを入れたつもりが何故かお気に召さなかった真名人の様子を受けて、反射的に謝ってしまうかんちゃん。しかし、それも真名人の戯れによって誘導された罠であることが真名人自身によってネタバラシされたことで、あっさりと終焉を迎えた。
「……ぷっ、くふっ…ふふふ。君、動揺し過ぎですよ?これ、演技です」
「なっ…!?こ、上月君!?もしかして今の…揶揄ったの?」
かんちゃんが動揺した理由…それは真名人の子供騙しな冗談に嵌められたことではなく、自分の知る上月 真名人という人物像そのものが完全にブレてしまったからだ。今まで真名人との接点はISについてのみだったかんちゃんにとって、まさか何の前触れもなく新たな一面を垣間見ることが出来たことが何よりの吉報…らしい。だが気になるところもあるようで、何故か真名人の揶揄い方が幼馴染と似た印象を受けたかんちゃんの眉間にしわが寄る。
「すみません、つい出来心に母心というやつが無性に騒ぎ出してしまって…(今なら織斑先生の気持ちが手に取る様に分かる…!日常の中にほんの少しのスリルとスパイス…癖になりそうだ)」
「も、もぉ…上月君ってば、意外と意地悪…うふふっ♪」
口では苦言を呈するかんちゃんだが、自然と笑みが溢れてしまう。申し訳ないと思いつつも真名人にも漸く自然な笑顔が……漸く?
この事実に気づいたのはかんちゃんも同じらしく、やはりこの話題をぶっこまずにはいられなかったようだ。
「……トーナメント、残念だったね。でも、中止とはいえデータ取りの意味から一回戦はやるみたいだし…その、怪我の具合も…きっと良くなる!と、思う…」
「……慰めてるつもりなら、それはもう要りませんよ。あれは誰がどう見たって僕の完敗です…全く、今まで何を習ってきたんだって話ですよね。あれじゃ何処の企業からも勧誘が来ない訳です…本当情けないです、自分の無能っぷりが」
「む、無能なんかじゃないよ!上月君は、無能なんかじゃ…」
真名人を励まそうとするかんちゃんだったが、先日の一件が脳裏に呼び起こされてそれ以上の言葉を紡ぐことを躊躇してしまう。真名人は憶えていないと言っていたが、あの時の真名人の眼は忘れようにも忘れられなかった。あんな恐ろしく、哀しい眼は…。
「…さてと、僕はもう行きますね。ナナシのデータ、逐一報告しないと織斑先生に殺されちゃいますから」
皮肉交じりに椅子を片付けると整備室を後にする真名人。確かにいつもの真面目の中にも何処か飄々とした真名人そのものだが、もはやそれは違和感の塊でしかなかった。結局、かんちゃんはそれ以上の言葉を投げかけられないまま真名人と別れてしまった。
本来ならここまま次のシーンへ移行するのだが、今回は特別に更なる展開を用意させて頂いた。是非語られるはずのない物語の続きを楽しんでほしい。
「上月君…やはり、こちらにいたのですね。今日はしっかりと身体を休めるよう言っておいたはずですが?」
整備室を出たところで真名人は不意に誰かから声をかけられる。タイミングからして待ち伏せをしていたようだが悪い気配は無く、純粋に待っていただけのようだ。それより何より真名人はこの人物のことをよく知っている。
「えっ?し、師匠!?どうしてここに……あっ、これはですね…そう!今日の試合でナナシの新しいデータの詳細が判明しましてですね、それで居ても立っても居られずいの一番で解析を…す、すみませんでした!!」
真名人に師匠と呼ばれたこの人物、かの生徒会長と親密な様子で話していた虚という女生徒だった。虚は鋭い眼光を真名人に向けたまま眼鏡の位置を直す仕草をすると、声色柔らかに真名人を諭す。
「…全く、その傷ついた身体で無理をすれば余計に治りが遅くなるでしょう?ここまでの怪我をするとは予想外でしたが、それが無くても常に最高の状態を維持する為にオンとオフを切り替える必要があるのです。こんな簡単なことが理解出来ない上月君ではないでしょう?」
「うっ…!正論過ぎて、返す言葉もありませんね。流石師匠ですっ」
一点の曇りも無い虚の言葉にぐうの音も出ない真名人は早々に諦めて全面降伏の意を表明する。これだけでも普段の二人の力関係がどれほどのものかすぐに分かるだろう。
「調子の良い言葉をかけても何も出ませんっ。さぁ、理解して頂けたのならすぐに部屋に戻って休んで下さいね。元々二、三日は放課後の指導もしないつもりでしたし…それまでにまた元気な姿を取り戻して下さい」
「…ですね、分かりました。ただ、ナナシの報告だけはさせて頂きますよ。織斑先生からのダイレクトミッションなので。では、また近々ご指導よろしくお願いします」
虚に別れの挨拶をした真名人。そのまま解放されると思っていた矢先、唐突に何かを思い出した虚に再び呼び掛けられる。
「……あっ、忘れてた。上月君、すみません!一つ言い忘れていました。まぁ私…というよりもここへ来る途中に上月君のクラスの副担任の……山田だったかしら?そう、山田先生がうわ言のように話していたのを聞いたのですが」
「…へっ?何ですか突然素のテンション…怖っ」
お互いに何故か素の状態で会話が再スタートしてしまった二人。どうやらこの二人、仕事モードと素の状態のオンオフの差が激しいタイプらしく妙に波長が合うようだ。
「どうやら男子生徒の大浴場の使用が解禁されたそうですよ。後で話が行くかもしれませんが先に伝えておきますね。上月君もゆっくりと広いお風呂に入って疲れを癒やして下さい」
「……痛たたたっ、お腹に穴が空いて痛いよー。こんな状態なのにゆっくりお風呂に浸かれとか言ってくる師匠とかマジ無理なんだけど〜、コンプライアンスガバガバ過ぎ〜」
「……あれ?私、疲れてるのかしら。いつも真面目で礼儀正しいはずの後輩からギャルみたい言葉が聞こえたような…」
「大丈夫ですよ、師匠。どうせここのくだり、カットされるので何言っても問題無いですから」
「…なるほど、だから“語られるはずのない物語”なのね。だったら普段は絶対言えないあんなことやこんなことも…?」
「ですです。結局いつも全カットですもん、ガス抜きですよガス抜き。今回も好き放題しましょ?」
「…そうね。うん、そうしましょ。じゃあ可愛すぎて目に入れても痛くない妹の○○○な話と可愛すぎて目に入れても痛くない幼馴染の○○○な話、どっちから聞きたいかしら?」
「えぇ〜、それ悩みますねぇ。う〜ん…じゃあファーストインプレッションで妹の話からお願いします。てか師匠に妹いたのすら初耳なんですけど……あの、ぶっちゃけ可愛いすか?」
「…めっっっっっちゃ可愛い♡あの可愛さはもはや天使…いや神かもしれないわね。うん、私の妹マジ可愛さ神過ぎてお姉ちゃん困るぅ〜!」
「あれ、ギャルって伝染するものでしたっけ?なんなら眼鏡もパリピみたいなのにした方が良くないですか?星の形のやつとか虹色にビカビカ光るやつとか」
「確かに…映える!まさかこの私がこんな派手な思想に支配される日が来るとは思いもしませんでした。とりま妹きゅんです♡」
「うぇーいっ!師匠、罪深いですわ〜!」
※無事にカットされませんでした。
「はあぁぁ〜…極楽極楽だぜ。こんなにゆったり湯船に浸かるなんて久々だもんなぁ…」
早速解禁された大浴場で日々の疲れを癒やしている一夏。これまでの緊張や疲労が嘘みたいに洗い流されていくのを肌で感じていると、不意に扉が開かれ誰かが入ってきた。とある事情からとある人物でないことを確認する必要があった一夏は、それまでの脱力感をかなぐり捨て目を見開いてその姿を確かめた。
「だ、誰だっ!?」
「…あっ、僕です。上月 真名人ですよ。驚かせてすみません」
「あっ…な、何だ真名人だったか…。いや悪い、ほら間違って女子の誰かが入ってきたのかと思って焦ったぜ……でも、何で制服着たままなんだ?」
入ってきたのが真名人だと視認すると安堵の表情を浮かべる一夏。しかしその真名人が何故か服を着たまま中に入ってきたことで新たな疑問が生じた。
「あー、それはですね…本当は浸かろうと思ってたんですけどお腹の傷に障るから控えるように言われてしまいまして……せめて雰囲気だけでも感じておこうと思って来たというわけです」
「そっか…それにしても、ここの風呂場も広いよなぁ。家の近くにも銭湯とかあったけど、もっとこじんまりしてた気がするし。中学の時とかよく友達と行ってたのが懐かしいぜ……真名人?」
一夏の何の気無しに語り出した“友達”というワードを聞いた途端、一瞬身体を硬直させる真名人。どうやら一夏もその様子に気づいたらしく、怪訝に思って口に出していた。すると、暫くして真名人からその真相について語られた。
「……あぁ、別に大したことじゃないんです。ただ…友達と何か一緒にという経験が無いので、ちょっとピンときてなくて。だからそういうの、少し羨ましいなって…すみません、急にこんなこと言われても困りますよね」
そう言って申し訳なさそうに顔を伏せる真名人。その表情に陰りを感じた一夏は率直に感じた思いを即答してみせた。
「そんなことねぇよ。そんなのこれから好きなだけ出来るじゃんか。今の真名人には俺達がいるし、他にも真名人と仲良くしたいって言ってる女子も結構いるんだぜ?気づいてないかもしれないけどさ」
「そう、ですか?一夏とならともかく僕なんかと仲良くしたいと思うなんて…」
「それによ…実は俺もほんのちょっとだけ、真名人に嫉妬してたんだぜ?」
「えっ?一夏君が、僕に?一体なんだってそんなこと…」
突然の一夏の告白に理解が追いつかない真名人。その様子を見て苦笑気味に打ち明ける一夏だった。
「今日の試合の時、ラウラのこと真っ先に助けるって言っただろ?あの時俺は…正直言ってざまぁ見ろって思っちまったんだ。千冬姉のことで散々絡まれて、鈴やセシリアにも大怪我負わせて…だからあいつのISが暴走したって知った時、心の中で自業自得だって納得させようとした自分が居たんだ。それを真正面から真名人がぶった斬ってくれて感謝してるし、正直少し悔しい」
「一夏君…」
真名人は心情を偽りなく語ってくれた一夏に新鮮な印象を受けた。普段から誰からも慕われ、それに全力で応える一夏…そんなイメージが一転し、目の前には等身大の少年が小さく存在していた。一夏だって人間だ、嫌なことをされたらその相手に黒い感情を向けるのは当然だし、決して自分の中で昇華させることなんて出来るほど達観してるはずもない。ただ真っ直ぐに正直に、偽ることなく自分と向き合っているだけなのだ。だったら自分はどうだろうかと真名人は自身に対して疑問を投げかける。自分は一夏のように誰かに強さも弱さも打ち明け、胸を張って生きていると言えるだろうか?初めから何かと理由をつけて他者と比べることを避け、争うことから逃げ、傷つくことを受け入れられないのではないか…沸々とそんな思いが込み上げてくるのを感じた。
「なぁ、真名人…一つだけ教えてくれよ。あの時、どうしてラウラを助けようと思ったんだ?何がそこまで真名人を突き動かしたんだ?」
一夏の率直な疑問に真名人は自分の中で渦巻く様々な感情を掻き分け、その結果辿り着いた答えを教えた。
「……躊躇うよりも、後悔で泣きたくなかった。“何でやったんだろう”より“何でやらなかったんだろう”って思いたくなかった。信じて突き進んだのなら、どんな結果でも胸を張って受け止められる…そんな気がして」
「…そっか。確かに言われてみればその通りだな。俺もラウラと分かり合おうともしなかったし、悪いところはあったのかもな。答えてくれてありがとな。傷、早く治せよ?そしたら今度一緒に模擬戦でもしようぜっ」
そう言っていつもの晴れやかな笑みを浮かべて笑いかける一夏。それを受けて真名人にも微かながらに笑みが溢れたのだった。
「一夏君……うん、楽しみしてる。じゃあね」
別れの挨拶を皮切りに大浴場から出て行く真名人。自室に戻る途中、いつのまにか自然と敬語が無くなっており、一夏に対して一種の信頼すら感じているのかもしれないと遅れて気づく。自分の中で無意識に作られた壁はまた無意識のうちに壊されていたらしい。そのことがなんとなく嬉しかった……だからこそ気づかなかったのかもしれない。大浴場の脱衣所の籠が“二つ”使用されていたことを。
そして、これから起こることへの懸念と後悔も。
「はぁ……流石に今日はもう自習する気力も無いや。まだちょっと早いけどシャワー浴びて寝ようかな」
真名人は自身の身体を気遣って早めの休養をとるようだ。部屋に戻った真名人は手早くシャワーを済ませ、腹部と頭部にガーゼと包帯を巻き直すと就寝用の服に着替える。そしていざ寝床に着こうとしたそのタイミングで部屋の扉がノックされ、廊下から真名人の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、あの…真名人。今、時間あるかな?出来れば、少しだけ…話したいことがあるんだけど…」
本日の一言
「山田先生〜、こーちんがまたいなくなっちゃったのぉ?」
「布仏さん…えぇ、そうなんですよ。一応行きそうな所は全部捜したんですけど、どうやら入れ違いになってしまったみたいで」
「もぉ〜、山田先生を困らせちゃ駄目じゃんっ!後で怒ってあげなきゃ」
「うふふ♪なんだか布仏さん、真名人君のお姉さんみたいですね」
「…ふぇ?私が、お姉さん…こーちんの?ふへっ、えへへっ♪そっかぁ〜、お姉ちゃんか〜」
「布仏さん、嬉しそうですね。でもちょっとだけ妬いちゃいます。もし真名人君が私の弟だったら、手料理を作ってあげたり勉強を見てあげたり……い、一緒にお風呂に入ったり同じベッドで寝るなんてことも……わ、私ったら何考えてるのかしら!?先生なのにぃ!教え子なのに〜!?」
「妄想してる山田先生も可愛い〜♡」
by 妄想する山田 真耶と布仏 本音