「あっ!ねぇこっちこっち!海見えてきたよっ!!」
「うわぁ〜!めっちゃ綺麗じゃん!ちょ、押さないでよぉ!」
「ベスポジで写真撮らせて!家族に見せるって約束なんだから!」
「み、皆さ〜ん!?あまり大声で騒がないで下さい〜!?」
生徒達を乗せたバスの車内で騒ぐ声とそれに負けじと注意する真耶によって、それまで一貫して眠りにふけていた真名人の意識も現実に引き戻される。組ごとに分乗したことで収拾がつかない事態にはならないのが救いだが、若さなのか海を見てテンションが上がりまくる女生徒達に辟易してしまう。それは真名人の右隣の席に座っている人物も同じらしく、恐る恐るちらりとそちらへ見やる。
「全く…小娘共が騒ぐから一時も休まらん。たかが海じゃないか……沈めてやろうか?」
「…発言が教師のそれじゃないんですよ。一々猟奇的なこと絡めないと発言出来ない性質なんですか?」
誰にも聞こえない声量で毒づく千冬に小さくツッコミをいれる真名人。まさか隣でだんまりを決め込んでいた真名人から話しかけられると思っていなかった千冬は少し驚いた様子で返答した。
「上月…何だ寝ているふりをして盗み聞きか?感心しないな、乙女の秘事を探るなんて」
「乙女って…どの口が言ってるんいひゃいいひゃいいひゃい!?」
言葉の途中にも関わらず真名人の右頬を摘んで引っ張る千冬。心なしか不機嫌そうな表情で口を尖らせている。暫くして漸く解放された真名人は痛みを和らげるように頬をさするも、千冬の小言はまだ続いた。
「世辞の一つもまともに言えないのか?デリカシーの欠片も無い奴は紳士の風上にも置けんぞ」
「だ、だからって抓ること無いでしょうに…!うわぁ…赤く腫れたらどうしよう」
「…フンッ、自業自得だ。女心を理解していない奴は馬に蹴られて何とやらだぞ。そうなりたくなければ精進するんだな」
「まぁ、それには同意しますけど…それよりも何で僕だけ一番前でしかも補助席なんですか?一夏君は中央の二人がけの席なのに…」
真名人の疑問に対して千冬は今もクラスメイトにもみくちゃにされている一夏に一旦視線を移して一息吐いた後、悠長に答えた。
「織斑は女子に人気があるからな。適当な位置に配置しておかないと暴動が起こるが、その点上月は心配する必要が無い。良かったな、無駄に女に追われる人生じゃなくて」
「…何で嬉しくない褒め方するんですか。要するに僕のことカッコよくないって言っているんでしょう?確かに一夏君と比べれば雲泥の差かもしれませんけど、だからってそこまでストレートに下げられると流石に凹みますよ」
千冬の無慈悲すぎる発言にげんなりしてしまう真名人。一切否定出来ないのが余計に心を抉られる。ショックを受ける真名人を配慮してなのか、千冬は全く違う話題を持ち出してきた。
「悪かったな。ところで話は変わるが、昨日は珍しく整備室に籠らずアリーナに居たらしいな。何をしていた?」
千冬の質問に少し戸惑いを見せる真名人。すると答えるのを躊躇う素振りを見せた後、少し恥ずかしそうに打ち明けた。
「それは、その……実は射撃の練習をしてたんです。ほら、この前の試合で散々な結果だったでしょう?だからその…悔しくて」
「……ほぉ?」
千冬は真名人の心境の変化に意外な反応を受ける。今までISに関しては操縦よりも整備に熱量を注いでいた真名人が自分から操縦の訓練をするなんてなかったはず。それがどういう訳か一向に手をつけなかった射撃とは…。
「それで、満足のいく結果は得られたのか?」
「…いいえ。分かったのは僕の実力の無さくらいですよ。やっと自由に操縦出来るようになったのに、こんなんじゃ…」
そう言いながら俯く真名人。この前の学年別トーナメントでの緊急事態の際、突然自分の意思でナナシを動かせるようになったと報告を受けた千冬。何がトリガーになったのかは未だに不明だが、その弊害としてそれまで発揮していた異常とも言える反応速度と操縦技術は見る影もなく失われてしまった。恐らくナナシに搭載されたシステムのいずれかによるものだろうが特定が出来ていない以上、またどのタイミングで発動するか否かは不明である。ただ分かっているのは何にせよ真名人自身が鍛錬を重ね実力をつける他ないということだけだ。だからこそ彼はこんなにも悩んでいるのだが。
「そうか。ならばまずは基本に立ち返って射撃武器の特性を理解することから始めるといい。まぁ、どうせ日頃から参考書を読み込んでいるだろうから、必要なのは知識よりも実践による経験だろうがな。専用機持ち達との模擬戦でもしてみるのはどうだ?オルコットやデュノア辺りは射撃武器をメインに使用しているし、奴等に教わるのも手だな」
「……正直、今顔合わせづらいんですよ。理由は言えませんが……別にも頼みましたけど断られましたし」
そう言って明らかに視線を逸らす真名人。何やら彼にも思うところはあるようで、それはまた別の機会に語られるかはたまた闇に葬られるか。
「フッ…若いくせに秘密主義か?まぁいいさ。ならば布仏にでも聞くといいさ」
「えっ、布仏さんですか?どうして…」
千冬の口から突然発せられた本音の名前に違和感を覚える真名人。その意味を図りかねている真名人に千冬はその理由を明かす。
「何だ知らないのか?あぁ見えて布仏のISの知識はかなりのものだ。実技は下から数えた方が早いだろうが整備の腕は一年の中でもトップクラス、整備科のエースにも引けを取らないだろう」
「でも、それこそ勝手に漏らしちゃいけないんじゃないですか?僕が言うのもなんですけど」
そう言いながら二人揃ってバスの後部座席でいつもと変わらぬ様子でクラスメイト達と談笑している本音に視線を向ける。相変わらずのほほんと柔和な笑みを浮かべる本音を見て、その考えは真っ先に否定せざるを得ないと悟る。
「まぁ…奴なら問題無いだろう。何か企むような腹黒い性格でもないことは貴様が一番知っているはずだ。それとも友人である布仏のことが信じられないか?」
千冬はあえて試すように真名人へ問いかける。それに対して真名人は本音を見据えながら強い意志を持って答えるのだった。
「そんなこと……あるはずないでしょうに」
「はぁ…」
時を同じくしてIS学園のとある教室にて一人の少女が物思いにふけていた。その少女とは一年四組のクラス代表で日本の代表候補生でもあるかんちゃんだった。何故真名人達と同じ一年であるはずの彼女が学園に残っているのか、そして彼女が思いつめるほどの悩みの正体とは?それは彼女の回想と共に振り返ってみることにしよう。
《回想開始》
「…えっ、臨海学校行かないんですか?どうして…」
これはつい先日、整備室で一緒に作業していた際の真名人とかんちゃんの会話である。謹慎が解けた真名人を偶然見かけたかんちゃんは暫く姿が見えなかったことを怪訝に思ったが、上手いこと躱されはぐらかされてしまう。それでも体調が悪くないのであれば些末なことなので特に気に留めることはないのだが。
「…私のIS、まだ未完成だから。臨海学校って、専用機の新しい武装をテストするのが目的でしょ?だから、行っても意味無いし…それに、この間に少しでも完成させたい、から…」
「そう…ですか。それなら仕方ないですね」
かんちゃんの言葉を聞いて、心なしか少し残念そうな反応を見せる真名人。それが少しだけ気になったかんちゃんは悪戯心が赴くままに問いかけてみた。
「…どうして?」
「へっ?どうして、とは?」
「どうして、ちょっとだけ残念そうなの?」
「そう、ですか?そんなつもりは…まぁ、少しだけ」
「…もしかして、一緒が良かった?なんて…そんな訳ないよね「はい」へっ…?」
少しはにかみながらそう言うかんちゃん。最初は冗談のつもりだったかんちゃんだが真名人から意外な反応を受けて驚きを隠せなくなってしまうことになる。
「君と一緒の方が良いに決まってます。それは確かですよ」
「……ふぇ!?あ、あの…それって、どういう…っ!?」
真名人の突然の告白に普段の冷静さを忘れてテンパるかんちゃん。しかし、焦るかんちゃんを他所に真名人は冷ややかな様子で続けた。
「いや、ですから…普段は一組と四組じゃ合同授業で一緒になることもありませんし、こういう機会に一緒だったら色々話が出来るじゃないですか。ISのこととか」
「あっ……そ、そういう意味なんだ。そうだよね、うん…」
全く他意の無い真名人の言葉にホッとするかんちゃん。しかしその心の内には靄がかかっている…そんな様子だ。
「そういうことなら理解しました。僕もいち早く君の専用機が完成することを願ってますし。本当なら僕にも何か出来ることをしたいのですが……それは駄目、なんですよね?」
「…うん、ごめんね。気持ちは嬉しいけど、これは私が自分の力でやらなきゃ。じゃないと、いつまで経ってもお姉ちゃんに…」
かんちゃんの表情に一瞬翳りが見える。あまり自分のことを話したがらないかんちゃんだが、何やら彼女の姉との確執が存在するらしい。プライベート過ぎる上においそれと不用意に触れてはいけないと感覚的に分かる。そこをズカズカと土足で踏み込むなんてこと、例え真名人が正直過ぎるとはいえするはずがなかった。
「……そうですか。帰ったら報告、楽しみにしてますね」
「っ!うん…頑張る、ね」
二人の間にぎこちなくも何処か甘い雰囲気が流れる。ある種の信頼のようなものすら感じているのだろう。男女のそれとは別物なのだろうが。
《回想終了》
そして現在に至るのだが、ここまで見ていて一体何を悩んでいるのか。その疑問に対しての詳細はかんちゃん本人に確認を取ってみよう。
「私…どうしちゃったんだろ。この前から上月君のこと、頭から離れない…。もしかして、気になってる…のかな?でも、どうして…私のこと、尊重してくれたから?お姉ちゃんと比較しないから?分からないよ…」
かんちゃんの専らの悩み…それは自身の専用機と同じ、いやそれ以上に彼女の脳内を占めつつある真名人の存在だった。ついこの前本音のことを揶揄ったばかりだというのに、いざ自分にそれが降り掛かると立ちすくんでしまう。これでは本音をバカに出来ない…。
「確かに上月君は良い人だと思うし、ISにも真剣に向き合う真面目さだってある。一緒に居ると楽しいし話してると自然と元気になる…でも、上月君は本音が好きな人だし…もしかしたら私の勘違い、かもしれないし。それに上月君も私みたいな暗い女の子、きっとタイプじゃない…よね。でも…」
かんちゃんは自分の机に突っ伏して悶々とした心境を落ち着かせる。自分の気持ちなのにこんなにも不明瞭でどうなりたいのかも定かではない複雑なスパイラル。親友の本音や真名人にどこまで伝えられるというのか?彼女を突き動かすのは現状を変えたいという強い意志だけだ。
「ちゃんと確かめるまで、諦めたくない…っ!私の気持ちも、上月君の気持ちも…。もしそうだって分かったら…その時は負けないからね、本音」
かんちゃんの心に静かに湧き上がる初々しい気持ち。尊敬・友愛・信頼…はたまた別の感情なのか。それはかんちゃん本人ですら定かではなかった。
「全員降りたな。各自、自分の荷物を受け取った後、事前に割り振られた部屋に向かうように……おっと、その前に三日間お世話になる“花月荘”の方々に挨拶しておかねばな。お前達、失礼の無いようにしろ」
『宜しくお願いしまーすっ!!』
長らくバスを走らせ目的地に到着した一年生一同。ぞろぞろとバスから降車し、千冬の号令によって各々の荷物を持って旅館の入り口前に整列し元気に挨拶する。それを見受けた旅館の女将らしき女性が微笑ましく笑みを浮かべて綺麗にお辞儀をして彼女達を出迎えた。
「あら、宜しくお願いします。今年の生徒さんも元気で宜しいですねぇ」
「…騒がしいだけですよ。今年も色々と粗相もあると思いますが、何卒宜しくお願いします」
「…ふふっ、ではそういうことにしておきますね。織斑先生」
女将の女性が生徒達を褒めるも、すぐさま千冬が訂正する。しかし、生徒のことを褒められて脊髄反射的に訂正したツンデレ具合が女将には手にとるように伝わってしまい、千冬は心なしか気まずそうに視線を逸らしている。そんな二人のやりとりを他所に一組の生徒達は一夏を取り囲んで部屋の所在を確認していた。相変わらず真名人の周辺には誰一人として群がってこない。
「織斑君の部屋ってどこなの?」
「そうそう、しおりにも書いてなかったし」
「後で遊びに行きたいから教えて〜」
「えっ!あー、いやそれは止めた方が…」
女生徒達に迫られ言葉を濁す一夏。その理由はすぐに明らかになった……彼女達の背後から冷酷な鬼の視線を向ける千冬によって。
「織斑は私と相部屋だ。覚悟がある奴は遠慮せず掛かって来い」
「や、やっぱり止めときま〜す…」
「わ、私も…度胸無いんで〜」
「長生きしたいですから…」
淡い期待を抱いた女生徒達だったが千冬に一蹴され、失意のもと散り散りになっていく。一夏に対するアプローチが不可能だと判明した瞬間の変わり様といったらもう…。
そんなやりとりとは蚊帳の外で自分の荷物を持って移動しようとする真名人だったが、不意に背後から軽く肩を叩かれる。振り向くとそこにはニコニコと満面の笑みを浮かべた真耶がいた。
「真名人君は私と同じ部屋です。先生と一緒なんて窮屈な思いさせるかもしれませんが、織斑君との兼ね合いもありますので…」
「別に構いませんよ。一夏君も折角の家族水入らずの方が良いでしょうし、寧ろ山田先生の方が僕と一緒では気が休まらないのでは?何なら今からでも千冬さんに言って僕だけ一人部屋に変えてもらいますか?」
「わ、私は大丈夫ですから!」
真名人に問いかけられて何故か顔を真っ赤にして答える真耶。そこまで強く否定しなくても…と真名人は軽くショックを受ける。真耶が優しい性格だからこそ自分に気を遣っているのだと分かっているからこそ、自分に付き合わせていることが心苦しいのだ。あくまで真名人個人の意見だが。
「ほらっ、もう荷物は持ちましたね?でしたら部屋に行きましょうっ」
「あっ、はい…何だか今日はいつもと雰囲気違いますね」
「えっ!も、もしかして嫌…ですか?」
いつにも増して文字通りグイグイと真名人を引っ張る真耶。目に見えて張り切っているのは分かったので多少テンションが高いのは何ら不思議ではないのだが、生徒達だけではなく真耶までがそうなるのかと。だからといって別に何とも思ったりはしないのが真名人の通常運転である。
「いいえ。普段の優しい山田先生も素敵ですけど、テンションアゲアゲな山田先生も良いと思いますよ。綺麗な海に風情のある旅館、日頃のストレスを忘れたいんですよね?」
「真名人君…そういうことじゃ、ないんですけどね…」
相変わらず会話が噛み合わない二人だが心の奥底ではお互いの言わんとすることは伝わっているのが不思議である。お互いの気遣いが良くない方向に作用しているのだが、意外にも関係は良好で生徒と教師という点を除けば何ら問題は無い。
そのまま部屋に向かおうとした真名人だったが、不意に旅館の女将さんに呼び止められる。
「あっ、上月様お待ち下さいませ。今朝、上月様宛に荷物が届いておりまして、今お持ち致しますのでご確認頂いても宜しいでしょうか?」
「えっ?僕宛の荷物…ですか?分かりました、ありがとうございます」
真名人の了承を得た女将さんはパタパタと小走りで受付の奥の部屋へ消えていき、暫くした後小さい段ボール箱を持って再び現れた。
「こちらになります。差出人の欄に名前の記載がありませんでしたが、これを届けた女性の方が“上月 真名人に必要な物が入っているので、本人に必ず渡してほしい”との言伝を賜っております。爆発物等の危険性は無いとは思いますが是非ご確認を。私共従業員も側で見守っておりますので」
「…そんなこと言いながら静かに離れないで下さいよっ!ってか、山田先生まで!」
「真名人君。例え爆発物でもいざとなったら私がこの場で解体しますので、遠慮なく開けちゃって下さい!バックアップは万全ですっ」
荷物を受け取った瞬間、真名人の周りから一斉に離れていく人々。本当に爆発物だとしたら大事件なのだが、こんなど平日の真っ昼間にピンポイントで犯行に及ぶものだろうか?そんな思惑の中、恐る恐る箱の中身を確認してみると…。
「何だこれ……海パン?」
真名人は箱の中身を取り出して手に持ってみる。それはどこからどう見ても普通の男性用の水着だった。強いて言うならば柄が風呂敷の様な唐草模様の奇妙な海パンである。一応の危険性が無いことを察知した真耶が真名人の側に駆け寄って、その海パンを凝視していた。
「真名人君、とりあえず大丈夫そうみたいですけど…これって何か心当たりがあったりしますか?」
「いや、僕にも何のこっちゃ……あっ、箱の中に手紙が」
言葉の途中で箱の中には海パン以外に手紙が同封されていることに気づいた真名人。なんの気無しにその手紙に書かれた内容に目を通していく内にこれを送りつけた犯人とその動機を理解してしまった。
「………はぁ。あの人はまた…」
「えっ?えっ?真名人君、何か分かったんですか?私にも教えて下さいっ」
手紙を見て何故か頭を抱える真名人と好奇心旺盛な真耶。特に勿体ぶる理由も無い上に真耶は真名人の事情を知っていて信頼できる数少ない人物なので包み隠さず事細かに話した。
「はい、あのですね…どうやらこれを送ってきたのはあの人です。ほら、施設で会ったイケイケな警備員の。どうやら奥さんに内緒で買ったグッズを見つかる前に僕に送りつけたみたいです。それも随分といかがわしいものを…これを見て下さい」
そう言いながら真耶に手紙を渡す真名人。それに目を通した真耶は思わず驚きの声を上げる。
「あっ、例の…?えっと…"真名人、すまない!緊急事態だ!かみさんに内緒で買った『モテ男の海パン』が見つかりそうなんだ。だってよ履いてるだけで自然と女の子が寄ってくる優れ物なんだぜ!?しかも今なら破格の半額セール中だったし、これは買うしかねぇだろ?真名人がこれを読んでる時は必死でかみさんの追撃を躱してる最中だと思うが、その間にコイツの効力を試してみちゃくれねぇか?どうせ臨海学校とやらで水着着るんだろ?正直俺も本当に効果あんのか半信半疑だが、真名人のお墨付きを貰えれば俺も遠慮なく履けるからな。じゃあ宜しく頼んだぜ!”とのことです……えぇ!?真名人君、モテモテになっちゃうんですか!?そんなふしだらに女の子と付き合っちゃうのはいけません!」
「いや、あの…山田先生、必死過ぎです。本当に効果ある訳ないじゃありませんか。こんなファンタジーな…」
「そ、そうですよね…。すみません、私ったら早合点しちゃって…」
謎の海パンの効力を信じている真耶とは対照的に全く信じていない様子の真名人。流石は紛うことなきリアリストである。
「まぁ、面白そうなので履いてみますけどね。元々泳ぐつもりもなかったですし、半ズボンの下に履いていれば誰にも見られずに済みますから。いや〜、これでモテモテになれたら嬉しいですねぇ!」
「やっぱり期待してるんじゃないですかぁ!?うわぁああん!駄目です駄目です!モテモテになっちゃ駄目ですぅ〜!?」
前言撤回。やはり目の前に転がっているチャンスには抗えないのである。不幸体質故に今までの積もり積もった悪運をここで清算しようとい魂胆らしい。駄目で元々という奴だ。果たしてこれが後々どう影響していくのだろうか…?
①一夏&鈴編
「うわぁ…!近くで見るとずっと綺麗だ。海、初めてだから本当はちょっと泳いでみたかったなぁ…」
「真名人っ!助けてくれ!?」
部屋に荷物を置いてパーカーに半ズボン姿へ着替えた真名人(例の海パンも仕込んである)は自由時間ということもあって、多くの生徒達が出向いているであろう海の見える砂浜に足を運んだ。既に水着姿に着替えた女生徒達は砂浜を駆け回っていたり海を泳いでいたりビーチバレーに興じていたり各々の楽しみ方を満喫していた。そんな中、突然聞こえてきたのは何故か息を切らして走ってくる一夏の声。一体何があったのだろうか?
「一夏君、どうしたんですか?そんなに慌てて」
「いや、その何だ「一夏〜!どこに逃げたのよ〜っ!」マジか!?鈴の奴、もう追ってきたのか…真名人頼む!少しでいいから鈴を足止めしておいてくれないか?鈴のペースに付き合ってたら全身筋肉痛になっちまうぜ」
「あっ、一夏君…行っちゃった。鈴さんもしょうがない人だな…まぁ、普段から中々一緒になれないってぼやいてたから、こういう時でもないと素直になれないのかな。さてと…頼まれちゃったし、しっかりとお勤めを果たしますか」
有無を言わさずその場から逃げ出した一夏の後ろ姿を眺めつつ、同時に鈴さんに対する同情の念が沸き起こる。そして、一息吐かない内に真名人の元へ全力疾走してくる鈴と対峙することになった。
「ねぇ真名人!あんた一夏見なかった?あいつったらあたしとの約束すっぽかして何処ほっつき歩いてるんだか!」
「まぁまぁ鈴さん、少し落ち着いて下さいな。それにしても……今回のは中々乙な感じに仕上げてますねぇ。うん、元気いっぱいな鈴さんにぴったりだ」
「んなっ!な、何よ〜急に褒めたりしてぇ…そんなこと言っても何もあげたりしないんだからねっ!まぁ、悪い気はしないけど…」
何の脈絡も無く急に褒められて動揺する鈴。因みに現在鈴はオレンジのチューブトップ型の水着を着用している。布面積が少なさが彼女の健康的なボディラインを引き立たせていて、且つバストをしっかり固定し中央に綺麗に寄せてくれるので普段よりも少しだけ胸が大きく見えるのがポイントである。
「それで一夏は何処なのよ?どうせ真名人に行き先言って逃げたんでしょ。さっさと喋っちゃいなさいよぉ」
「…さぁ?僕には何のことやら。第一、知ってたら包み隠さず話しますよ」
「……それもそうね。真名人が隠し事してるのなんて見たことないもん。疑って悪かったわね」
真名人の言葉を受けて、経験則から納得してしまう鈴。実際問題、真名人としても一夏が逃げ出したという事実を知っているだけで行き先までは知らない。だから嘘は言っていないのだ。
「いいえ、気にしてませんよ。あぁ、それと……一夏君の行き先は知りませんが、向こうへ走って行きましたよ」
「そっ、教えてくれてありがとね。そういえば一夏から聞いたけど…お腹の怪我、もう大丈夫なの?」
真名人から情報を得てその場を去ろうとする鈴だったが、ふと思い出したように真名人の怪我について触れる。緊急事態だったとはいえ全ての経緯を見届けずに避難してしまい、挙句腹部に致命傷とも言える大怪我を負わせてしまった。自分が代表候補生としての立場よりも私情を優先して機体諸共負傷し、またペアを組んでいれば真名人が怪我を負うことも無かったかもしれない。顔には出さずともそういった自責の念が鈴には確かにあったのだ。
「う〜ん……まぁまぁOKです。時折痛みはありますけど傷自体はもう塞がってますし、大事を取って海には入らないつもりですから。だから僕のことなんか気にせず楽しんできて下さい。折角一夏君と一緒にいられるチャンスなんですから」
そんなこととは知らず単純に自分の身を案じてくれていると思っている真名人。どうやらそれは鈴にも伝わっているらしく、少し呆れつつも真名人だからしょうがないと何処か納得が行った様子だ。
「…そーね。んじゃ、お言葉に甘えようかな。教えてくれてありがとね。このお礼は必ずするから」
「お礼…ですか?」
気を良くした鈴は困惑する真名人に笑いかける。そしてとびきりの笑顔のまま彼女なりの最大限の感謝を伝えた。
「そ、あたしのお礼。今度真名人にあたし特製の酢豚食べさせてあげるっ。絶品だから期待してなさいよ?」
「じゃあ僕も何か作らなきゃですね。これでも一応料理はしてきましたから」
「へぇ〜、面白いじゃない。じゃあどっちの方が美味しいか勝負しましょ!真名人、またねっ」
真名人に手を振りながら鈴は走り去って行った。お互い軽口のつもりだったが、いつの間にか料理対決をする羽目に…とっても不思議な関係である。一夏のミッションが完了した真名人は次なる場所へと向かうのだった。
②セシリア編
「はぁ……また見失ってしまいましたわ。もう私のお馬鹿っ!こんなことではいつまで経っても真名人さんの秘密を「僕がどうかしました?」へっ?ひゃあああああっ!?ま、ままま真名人さん!?い、いつからそこにぃ!?」
砂浜の一角にパラソルとシートを設置して涼みながら何やらぶつぶつと独り言を喋っていたセシリア。しかし突然背後から声をかけられて驚きのあまりその場から飛び退いてしまった。
「つい今しがたですよ…でもそんなに驚かなくても。ちょっとだけ傷つきました」
「えぇ!?あ、あの…それはそのぉ……ま、真名人さんがいけないんですのっ!いきなり背後から話しかけられたら誰だって驚きますの!ましてや…耳元で囁かれるみたいでくすぐったいんですのっ」
必要以上に驚かれて軽くショックを受ける真名人と何となく気恥ずかしさから突っぱねてしまうセシリア。負の相乗効果が発揮中である。
「それよりも!真名人さんは今お暇ですか?もし宜しければ…わ、私と少しお話し致しませんか?」
「お話し、ですか?そうですね…」
セシリアの申し出を受けるかどうか少し考える真名人。その間もじっと真名人を見つめるセシリア。どうやら彼女にも何か魂胆があるようで、その胸中は今も不安に支配されそうになっている。しかしそれも真名人が返答したことによって解放された。
「えぇ、いいですよ。じゃあお隣、失礼しても宜しいですか?」
「っ!えぇ、是非そうして下さいな!うふふ♪」
真名人の了承を得たセシリアはパァアアっと笑顔を咲かせる。彼女の隣に腰掛けたまま特に話題を振られる訳でもないので静かに海を見つめる真名人。そんな彼の横顔をうっとりと眺めていたセシリアがふと真名人の風貌を見て疑問を口にする。
「そういえばパーカーをお召しになられてるということは、海には入りませんの?」
「んっ、そうですね。海は初めてなので一人で入るのは少し怖くて…。オルコットさんこそ素敵な水着なのに泳いだりしないんですか?」
「まぁ…日本の海もまた風情があって素晴らしいですけれど、本国に帰ればオルコット家が所有するプライベートビーチもございますし。それよりも褒めてるのは水着?それとも私?ちゃんと見て言って下さいな」
「えっ!?そ、それは…」
セシリアが不満気に身体を乗り出して真名人に近づく。不意にその端正な顔と青いビキニに包まれた豊満な胸が眼前に広がり焦ってしまう。その結果、考えるよりも先に言葉を漏れ出てしまった。
「その…両方、です。その水着も…オルコットさんも…。あぁ〜!もう何でこんなこと言ってるんでしょうね!?決して変な意味じゃないんです!だから、怒らないで下さいっ!?」
「…何でですの?私、褒められて怒ったりしませんわよ?」
真名人の突然の謝罪に困惑するセシリア。その理由を説明してもらおう。
「えっ、だって…オルコットさんは男の人に対して強い嫌悪感だったりなんかを抱いているでしょう?ましてや一夏君みたいな美形ならともかく、僕みたいな並の男に褒められたって嬉しくも何ともないだろうし…寧ろどの立場で物言ってるんだって思うんじゃ…」
「……はぁ。真名人さん、もしかしてそんな些細なことを気になさってましたの?私がそんなに偏屈な人間に思えます?」
セシリアが溜め息を吐きながら自分の印象を問う。すると意外にもそれを即座に否定した真名人だった。
「まさか!滅相も無いですよ。ただオルコットさんに無理をさせているんじゃないかって…。まだ最初の頃のイメージが僕の中で大きくて…あの時もそうでしたし、以前オルコットさんを背負って医務室まで運んだ際も何だか僕に運ばれたくなかったみたいなことを口にしてましたし…」
「あ、あれはその……間違ってはいませんけれど、状況が状況でしたし…」
否定しようにも否定出来ない様子のセシリア。半分正解、半分不正解といったところだろうか。
「転入してから今日まで一緒に過ごしてオルコットさん含め皆さんの優しさは分かってますし感謝してるんです。ただその優しさに甘えてて良いのかなって…その分、無理をさせてるんじゃないかって……オルコットさん、どうしたんですか?そんなどうしようもない物を見るような冷ややかな眼差しは」
「…真名人さん、それはもう謙遜を通り越して卑下ですわ。控えめな性格は美徳ですが、目に余ると少々不愉快ですわよ」
「っ!す、すみません…」
セシリアに注意されて本気で落ち込む真名人。しかし、すぐに彼の右手の上にセシリアの手がそっと重ねられた。ドキッと胸が高鳴るのと同時にセシリアの顔を見ると、そこには先程までの不満気な顔は無く聖母のような慈愛に満ちた柔和な笑みを浮かべていた。
「ですが…それが真名人さんの長所でもありますものね。どんなことにも耐えて抗って自分を必要以上に大きく見せない謙虚さ、受け止めてくれる度量の大きな器を感じさせます」
「オルコットさん…そんなこと、僕はそんな価値ある人間なんかじゃ…」
セシリアの称賛をすぐに否定しようとする真名人。だが、そこで引き下がるセシリアではなかった。
「いいえ、私は敢えて言わせて頂きますわ!真名人さんには何か特別な力がありますの!それこそ入学当初の世間知らずで傲慢だった私を変えたのは真名人さんの強さと優しさです。これでも感謝してますのよ?」
「や、やめて下さいっ!?これ以上はもう…恥ずかしいです、から」
セシリアの誉め殺し攻撃にノックアウト寸前まで追い込まれる真名人。どうやら軍配はセシリアに上がったようだ。いつの間にか完全にセシリアのペースに踊らされていた。
「うふふっ…照れた所も可愛らしい真名人さん♪これは珍しいものが見れましたわ。早速クラスの皆さんに自慢しませんと!」
「オルコットさん…揶揄わないで下さいよっ。それも上流階級の戯れって奴ですか?やめて下さいよぉ、庶民を虐めるのは」
「あら、世界で二人だけの男性操縦者のどこか庶民なんですの?真名人さんも立派な上流階級の仲間入りですわ!お〜ほっほっほ!!」
「遠慮しておきますよ。貴族なんて柄じゃないんで…」
不貞腐れたように言葉を漏らす真名人とそれを見て口元に手を当てて嬉しそうに笑うセシリア。力関係は明白である。結局のところ、セシリアが思い描いていた魂胆とは一体何だったのか…それは彼女のみが知る真実なのである。
本日の一言
「へぇ〜、これが“女の子が自然と寄ってくるモテモテの海パン”ですか。全く…いい歳してこんな胡散臭い物に手を出すなんて情けないです」
「た、頼むっ!堪忍してくれっ!俺はただ周りが女ばっかで色々苦労してる真名人の為を思ってなけなしの金叩いてあのスペシャルアイテムをだな…!」
「…そうだったんですね。全ては真名人君のことを思っての行動だったと…疑ってすみませんでした」
「へっ?あ、あぁ…分かってくれればいいんだ。何だ…焦る必要無かったな」
「では、もし真名人君がこの海パンを返品してきた暁には容赦なく“焼却”しておきますねぇ」
「うんうん、是非そうしてく……へっ?」
「ですから焼却しておきますねと言ったんです。あれは真名人君にプレゼントしたものなのでしょう?なら返品された際には持ち主にとって不用品も同然…あぁ、やっぱりバラバラに切り刻んでから捨てるのがベターかしら!まさか、自分も履きたいなんて言い出したりしませんよねぇ…?」
「お、おおお落ち着けって!?ま、まずはその手に持った包丁を捨てろ!」
「…あはははははっ!!…何を驚いているのですか?冗談に決まっているじゃありませんか。それよりも…あれは、捨てて、良いんですよね?あなたの口から直接聞いてみたいです…さぁ、答えは…?」
「………。ふぁい、速攻で捨てて下さい…」
「…うふふ、それが聞けてよかったです。愛しの旦那様が私の知らないところで若い女の子からモテたいなんて邪な願望を抱くはずありませんものねっ!疑ってしまうなんて反省ですっ」
「……何でこんなに可愛いのに怖ぇんだよぉ!?俺のかみさんは〜!?」
by 施設の警備員&その奥さん