「………はっ!こ、ここは…?」
何かに突き動かされるように目を覚ます少年。背中が妙に冷たく感じそっと手で確認すると、寝汗で身体とシーツがグッショリなことに気づき少しだけ嫌な気分になる。
「うわぁ…最悪っ。どんだけ汗かいたんだよ?うぅ〜、早く乾かさないと「漸くお目覚めか、寝坊助が」へっ?おわぁああ!?だ、誰だあんた!?痛てててっ!!う、腕折れるゥ!?」
いつの間にか少年の背後に立っていた艶のある長い黒髪の女性が起きしなの少年に対して、唐突に自分の肩と同じ側の上腕と前腕を用いて相手の片方のひじ関節を極める通称“
「全く…年長者には敬意を払え。それが社会の常識だ」
「い、いきなり人の腕折ろうとする奴に敬意もクソもあるかァ!!」
見るからに呆れながらそう口にする女性に対して、食ってかかる勢いで抵抗する少年。しかし、さっきから一向に抜け出せる気配はなく寧ろどんどん良からぬ方向に腕が曲がって来ているぞ?
「威勢だけは良いがまだ続けるか?このままでは腕一本では済まなくなるぞ。何、お前は知っていることを全て話せば済む話だ。わかったのならさっさと話せ」
女性はあえて挑戦的に少年に促す。だが、まるで状況を理解していない少年にとって今のこの状況は大変宜しくない。ついさっきまで意識を失っていて起きたら見知らぬ女性に暴行を受けている最中…はっきり言って従う義理はない!
「…じ、冗談じゃないねぇ!訳も分からないまま死んでたまるかってんだっ!!ウラァアッ!!」
「っ!くっ…貴様!」
少年は自力での脱出が不可能だと理解すると、空いている方の手を使い女性に向かって自分が寝ていたベッドの枕元に置いてある花瓶を掴み、女性に向けて投げ飛ばすことで一瞬の隙を生み出す。突然襲いかかってきた花瓶に対応するために緩んだ拘束、その隙に少年は手近の窓を脱出口と捉え、発作的に飛び降り逃げおおせたのだった。
「よしっ!これなら……って、うわぁああああっ!!!」
少年が飛び降りた部屋が3階であることを除けば。
「いきなり窓から飛び降りる奴があるか。間に合ったから良かったようなものの、下手をすれば本当に命を落とすところだったぞ」
5分後、呆れ半分の女性によって部屋に連れ戻された少年。しかし、元凶である彼女に対して感謝の念など存在せず、寧ろそのまま縄で拘束してきたことを恨んですらいた。
「うぅ…だったら両手縛ってる縄も解いてくれませんかねぇ!?」
「ほぅ…まだ抵抗する元気があるようだな。よし、追加で両足も縛り付けてやろう」
「へっ?いや、ちょ…うわっぷ!?や、やめ」
少年の抵抗も虚しく、女性は有無を言わさず少年を地べたに倒すとそのまま慣れた手つきで両足にも同様の拘束を施す。ほんの数秒で少年はまるで鯱鉾のような体勢にされてしまった。
「情けない格好だな。どうだ、少しは話す気になったんじゃないか?」
「…だ〜か〜ら〜!本当に何のこと言ってるのか分かんないんだよ!ていうかそもそもここ何処なの?何でこんな所に寝かしつけられてたわけ?」
「…はぁ、このままじゃ埒があかんな。分かった、ならば自分の身に起こったことを覚えている分だけでも話せ。そうすればこちらも貴様の質問に出来る限り答えよう」
混乱する少年に対して、譲歩しました感を露骨に表す女性。少年は内心腑が煮えくり返っていたが、グッと堪えて自分の記憶を想起させることにした。
「えぇ〜っと、確か朝から災難続きで…買ったばっかの自転車が壊れて、同じ不良に二回絡まれてカツアゲされて……それから、それから……そうだ。いきなり街中でドンパチやり始めたんだ!いきなり目の前になんか落ちてきたと思ったら、次に見た時は空を飛んでるのがガキンガキーンって!逃げようとしたらこっちにミサイルが飛んできて、そしたらすっごい眩しい光がパァーッ!ってなって……それから、それから…そうだ!龍司君は?」
「…貴様と一緒にいた少年は足を怪我していたからな、別の病院で治療してもらっているはずだ。尤も大事には至らないそうだが」
先程から安否が確認出来なかった龍司の容態が良好であることを聞いて、安堵する少年。だが、間髪入れずに女性は話を進める。
「それよりも今のでハッキリしたな。現状と照らし合わせるにやはり“貴様があのISの所有者”ということになる訳だな」
「……はっ?な、何の話を」
一人納得したように呟く女性に対して、困惑する少年。その意図を問いただそうとする少年のもとに新たな来訪者が姿を現した。
「失礼します。織斑先生、状況はどうで…って、えぇ!?な、何で縄で縛っちゃってるんですかぁ!?も、もしかして…私たちが居ない間にお二人だけの甘く濃密な絡みが……いや、これが織斑先生のお仕置きという可能性も大いにあります…ふぁ〜!!」
「山田先生、誤解です。ですから一人で暴走しないで下さい」
入ってくるなり何やら良からぬ妄想に耽っている緑髪のほんわかとして女性とその後ろに佇む艶のある金髪の少女。織斑と呼ばれた女性が山田と呼ばれた女性を宥める横を通って、真っ直ぐ少年の前に歩いてくる金髪の少女は彼を一瞥した後、どこか納得したように言葉を漏らした。
「ふ〜ん…なるほどねっ。だからあの子は“君を選んだんだ”」
「へっ?に、日本語?外国人なのに…?」
含みのある物言いとその見た目から考えられないほど流暢な日本語に戸惑う少年。だが少女の方はそれが面白くなかったようで、少しむくれ顔になって反論する。
「ちょっと〜、見た目で判断しないでくれる?これでも一応日本人なんですけどっ……ハーフだけど」
「おぅ…それはソーリー。そんで、突然現れた君は誰なんだ?」
少年が問いかけると、少女は意気揚々と名乗りを上げた。
「おっと、失礼…んんっ!私はエリス・
エリスという少女は少年の手をとって嬉しそうにブンブン振り回している。だが、全く状況が読めない少年にとっては新たな混乱の原因でしかなかった。
そして、その原因はもう一人の方にもなった。
「山田先生、そろそろ真面目な話を……ふんっ」
千冬が真耶の妄想ごと手刀で一刀両断する。その流れで真耶の脳天に手刀が炸裂していたが。
「グギャ!?……はっ!あ、あれ?私、何を……あっ、そうでした!解析が完了したんです!織斑先生が言ってた通りでびっくりしましたよぉ…」
「ほぅ…ではやはりこいつが?」
「私は最初からそう言ってましたけどねーっ!それよりもこの子の転入手続き、ちゃんと済ませて下さいよ?実践データを提供して頂く代わりに、あの子を預けるんですっ。ほら、君も…これからが大変なんですからね?」
「…あんた達、さっきから何の話をしてるん?それより早く家に帰してくれないと困る、夕飯作らなきゃいかんのだから」
少年の言葉を受け、室内に一瞬の静寂が訪れる。そして、少年以外の3人の視線がかち合い…代表して千冬が口を開いた。
「…何か勘違いしているようだが、もう以前の生活に戻ることは出来ないぞ「ゔぇっ、何で?」いや、何でと言われてもな……貴様が“ISを使える二人目の男”であると判明してしまったからな。これから三年間、貴様にはIS学園の生徒として過ごしてもらうぞ……っておい、さっきから何故黙り込んでいるのだ?」
「お、織斑先生……彼、座ったまま気絶してるみたいですぅ」
「うわ〜おっ!ある意味芸術的♪この子、面白〜い☆」
もはや真っ白に燃え尽きた少年にはそんな言葉は届かなかった。徐々にだが確実に崩れ去っていく自由と平穏な日々。さよならバイバイ。
次の日の朝。
「おはようございますっ!昨日はよく眠れましたか?」
「あが、あがががが、だばばばばばっ」
「うわぁ〜!?だ、大丈夫ですかぁ!?しっかりして下さい〜!!」
教室の前で真耶が少年に挨拶するも、既に少年の心の余裕はキャパシティオーバーを引き起こしていた。その証拠に少年は言語崩壊を起こしており、真耶が肩を掴んで揺すっても全く反応がない。
「全く…始まってもないのにこの調子では先が思いやられるな。中のひよっこ共はもっと激しいぞ?貴様なんぞあっという間にやられるだろうさ」
「……ぷしゅ〜」
「はわわわっ!?気絶しないで下さい〜!織斑先生も意地悪しないであげて下さいよぅ!」
千冬の追撃を受けて口から魂が出かかっている少年とそれを必死に支える真耶。その様子を珍しく面白がっている千冬…鬼だ。
「ぷっ、くふふ…いや、すまない。久々に弄りがいのある奴が入ってきたと思ってな。昔の山田先生を見ているようで暫く飽きそうもありません…いや、それは今もお変わりありませんでしたね」
「にゃ!?お、織斑先生!?生徒の前でそんなこと言わないで下さいよぉ〜!!あぅ…先生としての威厳がぁ〜!せめてまだ知られてないこの子の前だけは格好いい先生でありたかったです〜!」
千冬から予想外の攻撃を受けて、ノックアウト寸前に追い込まれおいおい泣き出す真耶。その間に少年は昇天状態から無事に回復する。
「はっ!ぼ、僕は何を…って織斑さんや、この人はなんで朝から泣いてるんですか?」
「さぁな、あまり気にしてやるな。それよりこれから貴様の学園生活が始まるわけだが、好意的な目線で見る者もいれば良くない感情を抱く者もいるだろう。それだけ男性操縦者というものはデリケートな存在だといえる。この際貴様の実力は問わん、やれるだけやってみろ。それと言い忘れていたが…」
千冬は少年に対して一瞬背を向け、そしてそのまま一気に振りかぶって手に持っていた何かを彼の脳天に炸裂させた。
スパァアアンッ!!!
「ここでは織斑“先生”と呼べ。馬鹿者が」
千冬の規格外の一撃を受けて廊下をのたうち回る少年。ぼ、暴力だ…今この学園には暴力による圧政が蔓延っている!その現状を身をもって体験した少年だった。
「頃合いを見て合図をするから、それまで扉の前で待機していろ。山田先生、行きましょう」
「どうせ、どうせ私なんて皆から渾名で呼ばれちゃうダメダメな先生なんですよぉ…!生徒から子ども扱いされちゃうお子様先生なんですよぉ〜。うぇ〜ん…」
千冬に引き摺られながら教室に入っていく真耶。な、情けなさすぎるその姿…。痛みを和らげるため廊下をゴロゴロ転がっていた少年だったが、暫くしてやっとまともに話せるくらいに回復したようだ。どうやら中では朝の挨拶やら出欠確認やら連絡事項やらを説明している最中らしく、それら諸々が終わったところで漸く出番が回ってきた。
「よし、ではこれでSHRを終える…と言いたいところだが、事前の説明は無かったのだが本日よりこのクラスに転入生が来ることになっている。今現在、全世界中でその人物について速報が流れているだろう。何しろ“二人目の男性IS操縦者”だからな」
千冬が少年の存在を示唆した瞬間、教室内に歓喜・狂気・驚愕・黄色い叫び声が飛び交う。
「あぁ、あわわ…み、皆さん落ち着いて下さいっ!これじゃあ紹介が出来ませんよ〜!?」
真耶が荒ぶる生徒達を宥めようとするが、生徒たちのボルテージは最高潮に昂ってしまっていた。
“ねぇねぇ、二人目の男子ってどんな子かな?やっぱり清楚な王子様系?“
“いや、織斑君とは正反対のワイルド系とか俺様系かも!”
“クールな感じも捨て難いなぁ〜。眼鏡が似合うインテリ系だったら良いなぁ”
“優しくてお菓子くれる子だったら誰でも良いかな〜”
生徒たちの妄想は廊下で待っている少年の心を激しく突き刺していく。身長は一六一センチと年齢の割に小柄で顔も誰もが振り返るような美形…というわけでもなく、性格もあまり活発な方ではなくかなりナイーブ。ハッキリ言って地味系、目立たない部類の人間であることに間違いはない。
「(き、期待が重い…重過ぎる!何でそんな期待値高いんだよっ。この空気の中で入って行けって?拷問かよっ!やっぱり今のうちに戦略的撤退を…)」
少年が悟られないように教室を離れようとしたが、まるでそれを察知したかの如く教室内からズドンッ!!という何かが潰されたような轟音が聞こえてきた。それによって教室内の生徒は勿論、廊下の少年まで縮こまって身動きがとれなくなってしまう。
「黙れ、ガキ共。進行の邪魔だ……では山田先生、続きを」
「あ、あはは…。では、改めまして転入生を紹介します。皆さん、温かく迎えてあげましょうね?それでは上月君、入ってきて下さい〜」
真耶に呼び込まれ、ダラダラと嫌な汗が止まらなくなる少年。内心では如何に逃げ出そうかとばかり考えていたが、あの千冬がそれを許してくれるとは到底思えなかった。なので、少年は覚悟を決めてその姿を見せることにした。
ガラガラ。ヒョコ、ヒュンヒュン、ガラガラ、ピシャ!(体感二秒)
確かに二人目の男性操縦者は姿を現した。時間にして凡そ二秒…そしてそのまま脱兎の如く教室から逃げ出した。当然背後からそれを許さぬ者がいる。
「上月、貴様ァ!!この期に及んで逃げるつもりかァア!!」
「ふ、巫山戯んなっ!!あんな望まれてねぇ場所にのこのこ入って行けってかよぉ!?ちゃんと顔出したんだからOKだろうがぁ!!」
「アレの何処が自己紹介だというのだ!!ここの生徒になった以上、勝手は許さんぞ!!待てェエエ!!」
校内を全力疾走で駆け巡る少年とそれを息一つ乱さずに追随する千冬。暫く続くかと思われた攻防だったが、結果はすぐに出た……千冬の勝利によって。
「全く…手を焼かせる奴だ。おい上月、次に逃亡を図った時はこの程度じゃ済まさんぞ」
「う、うぐぅ…お、横暴だ…。権力が一人歩きしているこの独裁政権を許すなぁ〜…「何か言ったか?」ひっ!?な、何でもありましぇん…」
数分後、教室に戻ってきた満身創痍の少年と無傷の千冬。結果は一目瞭然であった。そんな状況でも二人目の男性操縦者についての評価は変わりなく続けられていた。
“なんかあんまりパッとしないね”
“背もあたし達と同じくらい小ちゃいし”
“千冬様に逆らっても勝てるわけないのに”
“ぶっちゃけ普通過ぎるよね”
“やっぱり織斑君の方がタイプかな”
“優しそう〜”
女生徒からの痛烈な批評に文字通り身も心も傷だらけになる少年。これ以上は彼にとってトラウマになると判断した真耶は、強引に話題を断ち切るように話し始めた。
「そ、それでは途中になっていた自己紹介をお願いしますねっ。上月君、ファイトですよ!」
真耶が激励の意を込めた眼差しで少年“上月 真名人”を見やる。一方で、さっさと済ませろと脅迫じみた念を送り続けている千冬の存在感もあって、真名人は今度こそ諦めて自己紹介をする事にした。
「はぁ…じゃあなるべく手短に。僕の名前は
「くあぁ〜…こってり搾られた。ありゃ、相当怒ってたな」
「ねぇねぇ“こーちん”、すっごい怒られてたけど大丈夫〜?」
真名人は机にどっかり座り込むと堪らず脱力してしまう。そんな様子を見て心配したのか、隣の席の女生徒が話しかけてきた。不可解な渾名をつけて。
「こーちん?何だそのヘンテコな渾名…ってか、君誰よ?」
「私は
「あっ、ご丁寧にどうも…いや、それ答えになってないからっ」
反射的にビシッとツッコんでしまう真名人。だが本音はそんなのものともせず、渾名の説明を続けた。
「なはは〜、上月だからこーちんだよっ。なんかこっちの方が可愛いも〜ん♪」
「か、可愛いって…可愛いか?だって逆から呼んだらちんk」
「わ〜っ!?それ以上は言っちゃダメだよぅ〜!」
随分と間延びした口調で余裕そうに話す本音だったが、つい悪戯心でそっち系の話題を振ってみる真名人。すると意外にも顔を赤らめ袖丈がやたらと長い制服をブンブン振って取り乱している本音。目が><の形になる人なんて初めて見た真名人は、それがどうしても可笑しくてならなかった。
「ふふっ、ごめんごめん。確かに初対面の女子に話すような内容じゃなかったね。初対面の男にへんちくりんな渾名を付けるくらいに強心臓なのかとばかり…」
「むぅ〜!こーちんって意外と意地悪っ……優しそうだと思ったのにぃ」
むくれ顔になって完全にへそを曲げてしまった本音。それでいてもほんわかとした雰囲気が漂っていて、わりと和やかなんだと実感させられる。だが真名人にも一応良心の呵責があるようで、すぐに別の話題を振ることにした。
「それにしても……本当すっごい人気だよなぁ、彼って。他のクラスからも彼目当てで来てるんだろう?」
真名人は教室の前の席で大人数の女生徒に取り囲まれている一夏の方に視線を向ける。SHRが終わって一時限目が始まるまでの短い時間であるにも関わらず、質問攻めに遭っているようだ。
「あ〜、おりむーのことかぁ。なんといっても最初の男性IS操縦者だし、それに織斑先生の弟さんだからねぇ。こーちん、もしかして嫉妬してる〜?」
本音がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら真名人を見やる。しかし真名人はそれを受けて尚、現実に目を向ける。
「…これでも自分のスペックは理解してるし、身の程も弁えてるつもりだよ。現状、誰が見たってその差は一目瞭然…悲しいけど現実を受け止めるしかないよ」
口ではそう言いつつも、内心では織斑一夏と自分を天秤にかけて明らかに向こうに軍牌が上がるのが明白であることが悔しくて堪らなかった。確かに自分には彼のような恵まれた容姿や誰もが羨むような特別な才能も無い。ましてや彼には世界的な有名な姉までいるとなると、もはや無いものねだりの域に達してしまうだろう。だからといって彼に八つ当たりをするつもりもないし、自分の境遇を悲観したりもしない。人には皆与えられた境遇に意味があるのだと真名人は考えているからだ。
「こーちんって、結構リアリストなんだねぇ〜」
「堅実に生きる為には必要なことなの。それに人にそれぞれ合った生き方があるの、僕には人気者は務まらないってことさ。さ〜てと、バレない程度にサボるかな。先生に呼ばれたら起こしてよ」
「えぇ〜!真面目に授業受けなきゃダメだよぉ…」
本音の忠告も気に留めず、顔の上に開いた参考書を被せて休養の体勢に移行する真名人。別に根っからの不良というわけではない、単純に強制的にIS学園に収容された腹いせである。完全に私怨である。
放課後。
「ほげぇ〜…嫌だなぁ。嫌過ぎるなぁ…」
真名人は廊下をフラフラ歩きながら、今日一日の流れを振り返っていた。本人が憔悴しきっている為、ある程度掻い摘んで説明しよう。
・授業中にサボって仮眠をとっているのを千冬に発見され、粛清される。
・クラス代表を決める決闘とやらの存在を教えられ、何故かその争いに巻き込まれることが図らずして決定。しかもそれが決まったのが昨日で既に今日を消費しているので日数まで残り五日。
・エリスから引き継いだISは現在学園の教師陣がより詳細なデータを解析中の為、決戦当日まで真名人の元に帰らず。
・部屋割りが決定。一人部屋。(これはOK)
・大浴場が使用不能。(これは解せぬ)
・そもそも本人にやる気なし。(最重要)
「何で他所様の争いに首突っ込まなきゃならんのか…絶対あの“鬼斑先生”の私怨だよな、あれって。それにしても鬼斑先生って…くっ、ぶふっ…!我ながら傑作だな…っていうか、何か急にめっちゃしんどく感じてきた〜…おっ、部屋はここか」
一日の流れを振り返りながら陰で毒づいていると、真耶から手渡された鍵と同じ部屋番号の扉の前に到着する。今日はもう疲れた、そんな思いが真名人の思考を埋め尽くし一目散にベッドへダイブする為、鍵を開けて誰も居るはずのない部屋の扉を開け放った。
「お帰りなさい♪ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?うふふ♡」
「……はぁ」
「ちょ、何その反応!?可哀想なものを見るような目で見ないでよっ」
部屋の中には淡い蒼髪に爛々とした赫い瞳、抜群のプロポーションに拍車を掛ける様な一糸纏わぬ姿の上に申し訳程度のエプロン…所謂“裸エプロン”という格好の女生徒が待ち構えていた。だがしかし、一般人代表真名人君にはそんな奇想天外な展開を捌ける技量も肝っ玉も無く、早々にこれは自分が見せている幻想だと判断し、彼女の横をすり抜けてそのまま手前側のベッドにダイブする。
「ちょっと〜、こんなにセクシーグラマーな美少女が誘惑してるのにもう寝ちゃうのぉ?お姉さん、寂しいなぁ〜」
女生徒は真名人の枕元に擦り寄って覗き込むように座る。屈むことによりエプロン越しに彼女の豊満な胸が強調されるが、それを遥かに上回る強力な睡魔と疲労感。もはや真名人にとってそれが夢か現実を判断する思考力は底をついていた。
「…最近の幻って、随分リアルなんだなぁ〜。んじゃ、おやすみ…Zzz」
「寝るの早っ!もぅ……じゃあ、ここからお仕事させてもらおうかなっ♪」
完全に意識を手放した真名人を眺めながら不敵に微笑む女生徒。その手に持っている扇子には大きく『発見!』という文字が掲げられていた。
次の日の朝。
眠い目を擦りながら食堂に向かう真名人。昨日の疲れはまだ取れず、いつの間にか布団を被って寝ていたみたいだが…一切記憶に残っていないのが不思議だが。
「う〜、まだ眠いよぉ…あっ、こーち〜ん!おはよ〜♪」
「だから、こーちんはやめ…って、君達は」
真名人が入り口に差し掛かった時、聞き覚えのある間延びした声が聞こえてきたので頭が回ってない状態ながらもツッコむ。十中八九その人物は本音で間違いないのだが、今回は彼女一人だけではなくその背後に三人の女生徒が真名人の様子を伺っていた。
その中の一人が意を決したように真名人に挨拶をかわした。
「あ、あの…おはようっ、上月君!私は「
「それにそっちのショートカットで青いヘアピンの子は
いきなり名乗ることはおろか一言も会話していないはずの自分たちの名前を言い当てた真名人に驚く清香たち。その一方で、自分だけ名前を言ってもらえなかったのが酷くご立腹だったようで、真名人に詰め寄る本音。
「ちょっと〜、こーちん酷いよぉ!何で私だけ呼んでくれないのーっ!?」
ズイっと顔を近づけ小さく唸りながら真名人を睨みつける本音。しかし、真名人はそれを深く受け止めず軽く謝罪する。
「ごめんごめん、冗談だよ“布仏さん”。それより君たちはこれから朝食でしょ?僕に構ってる暇ないんじゃないかな」
「へっ?こーちんもこれから朝ごはんじゃないの?」
本音がキョトンとした顔でそう尋ねる。すると、少しバツが悪そうに券売機で食券を購入しながら真名人は答えた。
「あーっ、それはそうなんだけど……ちょっとやることあってさ。教室で食べた方が時間節約出来ていいかなって。それに多分だけど、そろそろ織斑君が来る頃だと思うよ?さっきチラッとだけど外走ってるの見えたから、皆さんも僕と一緒よりそっちの方が楽しいと思うし…あっ、これお願いしま〜す」
真名人はそう言いながら食堂を切り盛りするおばちゃんにサンドイッチの食券を手渡す。それを受けてどこか納得していない様子の本音…それよりも真名人がどうして自らそんなことを言うのかという疑問と困惑という表情を浮かべていた。
暫く沈黙の空気がその場に漂っていたが、遂に耐えきれなくなったのか真名人自身がその重苦しい空気の中で口を開いた。
「…ちょっとちょっと、揃って黙られても困るんだけど。僕は客観的に見てそうだなって思っただけなんだし。あっ、ありがとうございます〜。それじゃあ皆さん、また教室で。ではでは〜」
おばちゃんから注文したサンドイッチを受け取ると、彼女たちの横を擦り抜けるように食堂を後にしようとする。しかし、一瞬だけ立ち止まり最初に投げかけられた質問の答えを口にした。
「…それとさっきの質問なんですけど、別に特別なことではないですよ。これから共に学ぶクラスメイトの名前くらい、覚えるのは当然です。僕の場合は織斑君が人気者だったお陰で、その分皆さんの顔と名前を確認出来る時間が多かったというだけですから。どんな境遇にせよ、この出会いにはきっと何か意味があると僕は確信していますから」
真名人はそれだけを告げると、今度こそ食堂を出ていった。そして、残された彼女たちの誰からともなく一つの真実が語られた。
「…上月君って、ずっと寝てなかったっけ?」
そして、物語はまた次の段階へと移行する。それは、教室にてサンドイッチ片手にISの参考書を一人読み耽っていた真名人の目の前に現れた人物による宣戦布告だった。
「あの、少し宜しくて?」