クラス代表決定戦から少し時間が経った頃、真名人はまたもやあの無機質な天井を見つめながら目を覚ました。ゆっくりと起きあがろうとするものの、全身に走る激痛とまるで筋肉痛のような怠さがそれを邪魔をする。それでも命だけは助かったことに真名人は安堵せざるを得なかった。
「うぅ…あの後って、一体どうなったんだ?まぁ、この状態から察するに相当酷い状況なんだろうけど…あの、すみませ〜ん!誰か居ませんか〜?」
真名人は声をかけてみるも、返事が無く部屋に誰もいないことが確定してしまう。誰の介助を受けられないことを悟った真名人は少しずつ体勢を変えて何とか自力でベッドから立ち上がり、そのまま枕元に畳まれていた制服に着替え始める。そして上着を着替えそのままズボンを替えようと手を伸ばして降ろしたその時、無情にも医務室の扉が開かれその人物と対面してしまう。
「失礼します。上月の具合は…上月?」
「…へっ?あ、あぁ…いやぁああああっ!!!」
〜2分後〜
「…織斑先生、もう着替え終わったのでこっち見ても良いですよ」
「う、うむ…そうか。まさか起きているとは…すまなかったな」
真名人の許可を得た千冬は静かに向き直して椅子に座る。心なしかその頬は若干紅潮しているようにも見えた。
「まぁ、その何だ…お前が恥ずかしがるのも分かるが、私は大人でありましてや教師だ。生徒である上月に対して邪な感情を抱くことは無いとだけ断言しておく。だからこのことは今後一切口にするな…いいな?」
そう言って頬を掻きながら、どこか視線を泳がせている千冬。しかし、その言葉に孕んだ強い語気に圧倒されて真名人も半ば強制的に承諾してしまった。
「は、はぁ…まぁ織斑先生がそれで構わないのなら、僕は全然…。それより僕ってどれくらい寝てました?ISを展開したところまでは記憶があるんですけど、それ以降がちょっと…」
「…上月、お前覚えていないのか?クラス代表を決める試合から今日までの三日間、お前はずっと寝たきりだったんだぞ。幸いにも検査では身体のどこにも重篤な怪我は無かったようだが、自分の感覚としてはどうだ?」
千冬に促され、目覚めたばかりの意識の方に異常が無いか集中する真名人。思考回路は至って正常、記憶が飛ぶようなこともどうやら無いらしい。
「うーん、そう言われてもなぁ…まあまあオッケーですよ。なんとか明日から学業に復帰出来そうです。それより、僕が寝てる間の授業って結構進んじゃいました?」
「いや、基本的な事柄の復習と実習訓練を何回かやった程度だが…」
千冬の言葉を聞いて、その不安そうな表情を晴々としたものに変える真名人。
「本当ですか!良かった…なんか俄然やる気出てきちゃいまして、もう早くISに触りたくて仕方ないって感じですよっ」
嬉しそうにそう語る真名人。それを踏まえて千冬はあの試合の前に抱いた懸念を真名人に打ち明けるのを一旦保留することに決める。そして、今まで掴みどころの無い真名人の一面を垣間見ることが出来たこともあってか、千冬にしては珍しく気前良く助言を授ける。
「そうか、ならば問題ない。済まないがこれから職員会議がある。担当の先生には私から話しておくから、上月はそのまま部屋に戻って構わない。では明日、教室でな……“気をつけろ、奴らは容赦無いぞ”」
「えっ?それってどういう……って、行っちゃった」
真名人がその真意を聞くよりも早く部屋から出ていってしまう千冬。普段の様子と少し違うことに困惑しつつも、真名人はあまり深く考えずまだ少し覚束ない足取りで部屋に戻る。そしてその日の夜、またもや現れた神出鬼没の謎の女生徒に見守られながら深い眠りに就くのであった。
「おはようございま『上月君!!』うおっ!?な、何ですかこれ?」
翌日、数日ぶりに教室を訪れた真名人。それを確認したクラスメイトがこぞって真名人の席に集合しだしたのだ。そして、皆口々にそれぞれが言いたいことをところ構わず口にする。
“上月君、試合すごかったよ!私、びっくりしちゃったもん!!”
「あっ、それはどうも…でも、あんまりよく覚えてないんですけど」
“上月君、今日まで休んでたのってやっぱりどこか怪我してたの?”
「いや、全然そんなことなくて…多分初めてちゃんとISに乗ったから、どっと疲れが出ただけじゃないかな?」
“上月君、今付き合ってる彼女は?”
「えぇ!?えっと、居ません…けど」
“上月君の好きな女の子のタイプ、教えて下さいっ!”
「い、いきなりそんなこと聞かれても!?や、優しくて明るい人…かな。うわぁああ…なんか恥ずかしい…!」
クラスメイトの女生徒達による突然の質問攻め攻撃にたじろぐ真名人。そんな真名人の危機を救おうと立ち上がった人物が、群衆を押し除け彼の前に姿を現した。
「皆さん!矢継ぎ早に捲し立てるのはおやめくださいましっ。真名人さんがお困りになられているでしょう!真名人さん、大丈夫ですか?」
その人物とはついこの前まで男性を敵視していたはずのセシリアだった。真名人以外はセシリアが改心し謝罪したことで既にその件はお咎めなしになったことを知っているが、当の本人にはまるで人が変わった以外に見受けられなかった。
「え、えっと…オルコット、さん?あの…大丈夫?僕のこと、嫌ってたんじゃ…「真名人さんっ!」は、はい!?」
向き直していきなり名前を呼ばれてその場で硬直してしまう真名人。しかし、セシリアはそんな真名人の手を取り両手で優しく包み込むように手を添えると、以前の様子からは考えられないくらい物腰柔らかな口調で真名人に語りかける。
「私、とても大切なことに気づきましたの。世の中にはまだまだ私の与り知らないことが沢山あるということに…一夏さんや真名人さんがそのことを教えてくださったのです!そしてご迷惑でなければぜひお二人から学びたいと考えている所存ですの!」
「ぼ、僕は全然そんなつもりは…」
セシリアの勢いに思わず圧倒される真名人。しかし、セシリアはまだまだ引かなかった。
「ご謙遜なさらないで下さいっ!それに織斑先生から真名人さんがまだ本調子でないことは伺っております。原因は私との試合であることは明白ですし、調子が戻るまで真名人さんの身の回りのお世話をするのが私の務めですわ。何なりとお申し付け下さいまし♪」
「えぇ!?そ、それって…」
潤んだ瞳、艶やかな唇、ずいっと近づいてその綺麗な顔で“お世話します”の一言。それはどんな男でもときめくこと間違いなし…しかし、大多数の女生徒からは大ブーイングが巻き起こる。
“オルコットさん、独占ズルい〜!!”
“セシリアーっ!急に手のひら返して誘惑するな〜!!”
“貴族のくせにカマトトぶるんじゃな〜い!!”
“男子二人を狙うなんて恥を知れーっ!恥を〜!!”
「な、何ですの貴女達っ!?私は純粋に真名人さんに申し訳ないことをしたお詫びにと…あ〜ん、助けて下さい真名人さん!皆さんが私を虐めますわぁ〜!?」
あまりの批判の嵐にショックを受ける(フリをしている)セシリア。流石にこのままでは収拾がつかないので、拙いながらも真名人自身もその争いに介入する。
「ちょ、ちょっと待って!皆さん、どうか落ち着いてほしいですっ!こんな冴えない僕のことなんかで争わないで下さい。勿論、皆さんが僕に興味を持ってくれたことは嬉しいですし、もし質問があれば出来るだけ答えたいと思っています。折角同じクラスで学ぶ仲間なのに、いざこざは無しでいきましょうよ……これじゃやっぱり駄目、ですかね?」
力なく問いかける真名人。例えどんな野次が飛んでこようと受け止める覚悟だけは決めて暫く待っていると、そんな言葉が返ってくる様子は無く寧ろ女生徒達が口々に納得した反応を見せて事態の沈静化に成功したようだ。
真名人はほっと胸を撫で下ろすと、やけに目を輝かせてこちらをジッと見つめてくるセシリアにも注意する。
「オルコットさん、貴女も少し行き過ぎでしたよ。心配してくれるのは素直に嬉しいですけど、怪我をした原因は他の誰でもない僕自身です。だから貴女が必要以上に気に病むことはしなくて大丈夫なのですよ?」
「で、ですが…それでは私の気が済みませんわぁ…」
真名人に注意されて、少ししょんぼりするセシリア。折角の厚意をあまり責めるのは心苦しく感じた真名人は、ここで代替案を提示することにした。
「う〜ん、じゃあ…もし何か手伝ってほしい時とか、困った時にはオルコットさんに声を掛けても良いですか?友達として」
「お友達…ですか?友達、フレンド……はっ!ま、まさか…!!」
真名人の提案を受けて、ものすごい勢いで思考を巡らせ始めるセシリア。そして暫くして一つの結論に至った。
「不束者ですが、末長くよろしくお願い致します…真名人さん♡」
「う、うん…よろしくね、オルコットさ「バッドですわ!」ひ、ひぃ!?」
「私のことはセシリアと呼んでくださいまし。だって私と真名人さんは“お友達”なのですから…うふふ♪」
「お、おーけー…なるべく善処します…」
何故か急に妖艶な笑みを浮かべるセシリアと逆に萎縮する真名人。この一瞬の間に何故こんなにも関係性が変化したのか、もはや誰にもわかりません。
「よぉ、今朝はいきなり大変だったな」
朝の騒動が無事に収まり一時限目の授業の順番時間が始まる頃、真名人の席にもう一人の男子生徒である一夏がやって来て声をかける。殆ど面識が無く少し緊張しながらも真名人は何とか会話を試みる。
「えっ?あ、あぁ…そうですかね。確かに本当急にだったから驚きはしましたけど。えっと…織斑君、だよね?」
「一夏で良いよ。ほら、織斑だと千冬姉…じゃなくて、織斑先生と被って分かりづらいだろ?だから名前の方が楽だし、俺も真名人って呼んでも良いか?」
「う、うん。それは全然いいけど…それより聞いたよ、クラス代表の件。なんか押し付けちゃったみたいで本当にごめんなさい」
「ん〜、まぁ確かに勝負しないで決めちまって良かったのかなぁとは思うけど、それはそれでしょうがないだろっ。別に気にしてないし、今度はそういうの抜きで試合しようぜ」
屈託のない笑顔に圧倒的コミュニケーション能力、そして全身から溢れ出る爽やか&イケメンオーラがザ・普通人の真名人には眩しく見えて圧倒される。一組のみならず他のクラスや他学年の女生徒達がこぞって彼を狙っている理由がよく分かるのと同時に、自分とはあまりにもかけ離れた存在ということを痛感させられて少し…いやだいぶ落ち込む真名人。
「それにしても、俺も真名人の気持ちが痛いほど分かるぜ。最初の頃はそこら中から注目されて、何処にいても気が休まらなかったからなぁ…真名人も何か困ってたら遠慮なく相談してくれよな。男同士、仲良くしようぜ?」
「よ、よろしくね。織…一夏君」
そう言って、差し出された手を取り緊張気味に握手を交わす。初めての挨拶を済ませ気分良さげに席に戻っていく一夏に対して、真名人は終始圧倒されっぱなしだった…。初めての人と話すことがこんなにも苦手だったのかと今更ながらに実感させられて情けなく思っていると、ふと隣の席から視線を感じてそちらを見る。
「はぁ……んっ?えっとぉ…ど、どうしたのかな?布仏さん」
ジッと真名人を無言で見つめている本音。その表情はどこか穏やかではなく、かといって特に何かを訴えているわけでもなさそうだった。ただただ何かに納得がいかないといった様子にも見える。
「そ、そうだ…布仏さんにちゃんと謝らないといけなかったよね。クラス代表を決める試合に参加することになって、それからずっとどうにかしなきゃって頭がいっぱいになって余裕無くなって…親切にしてくれた布仏さんにも素っ気ない態度をとっちゃったでしょ?本当なら試合が終わってすぐにでも言わなきゃって思ってたんだけど、ずっと寝込んでたみたいで……遅くなっちゃったけどちゃんと謝らせてほしい!布仏さん、ごめんなさいっ!」
真名人は深々と頭を下げて、本音に謝罪をする。本当にこのことを気に病んでいたのかは分からなかったが、とにかく今言うべきは試合前のこと以外は思いつかなかった。
真名人の謝罪を受けた後、暫く無言だった本音だが次第に何か吹っ切れた様に口を開いた。
「…まぁ、こーちんが試合するのは当日まで知らなかったし、自分から謝ってくれたから許しますっ。でも、やっぱりまだ納得は出来ませんっ。“せーい”を見せて下さい」
「せ、誠意…ですか?お、お金はちょっと…」
普段のほんわかした口調と違ってまだ敬語が抜けきっていない本音に対して、やっぱりまだ怒っているんだと理解させられる真名人。流石に指詰めろとかは言わないと思うが、それでも金品の要求はセオリーである。果たして彼女は何を要求するのだろうかと内心ヒヤヒヤする真名人に対して、遂に審判が下された。
「食堂のデザート一週間分、こーちんの奢り」
「えぇ!?そ、そんな重い罪に!?「ナニカフマンカナァ?」うっ…ぜ、ぜひとも奢らせて下さい…」
どす黒いオーラを放ちながら満面の笑みを浮かべる本音。その威圧感ったらもうない。結局のところ金銭からデザートに要求が変わっただけで状況は不利なまま…諦めて要求に従う他ないと自分を納得させる真名人はチラッと本音の様子を覗う。
「うふふっ、楽しみだな〜♪よーしっ、いっぱい食べちゃうぞ〜!」
今までの重苦しい雰囲気はもはや感じられず、いつの間にか以前の本音に戻っていた。この変わり身の早さったらないと文句の一つでも口にしようかとも思った真名人だったが、隣で本当に嬉しそうに顔を綻ばせる本音を見た瞬間…それ以上の言葉は口に出せなかった。
その週の土日、真名人は自室に篭って欠席していた授業の復習をしていた。兎にも角にも遅れを取り戻したい真名人は早速本音に奢らされている最中に、欠席していた分の授業をまとめたノートを借りる約束を取り付けた。因みに本音に借りた理由はあの性格のわりに結構まめにノートとっているのを知っているからだ。最初見た時は何を一生懸命落書きしているんだろうかと疑問に思っていたが、実際は授業で教わったポイントを分かりやすく自作のキャラクターでアレンジしていた。
「貸してくれるように頼んだ時、なんかすっごく抵抗されたんだよなぁ…理由はこの可愛らしいイラストを見られたくなかったから、かな?まぁ奢らされてるからちょっとだけ仕返ししても大丈夫だよね」
渋々ながらノートを貸してくれた本音だったが、終始唸りながら最終的には“絶対馬鹿にしないでね…?”と妙に弱々しく頼んできたのには真名人も驚いたが。もうすっかり怒っていたことは気にしていないらしく、彼女の切り替えの早さに感服せざるを得ない。
「よし…これで終わりっと。くぁ〜、疲れた……うわっ、もう夕方か。うーん、どうしようかなぁ…夕食にはちょっと早い気もする。そういえば、ナナシの修理は僕がやらないといけないんだったっけ。今日ってアリーナの整備室使えたりするのかな?ちょっと聞くだけ聞いてみよう」
ということで、本音から借りたノートやISの参考書をバッグに詰めて職員室に向かう。
「すみませ〜ん。一組の上月ですけど」
職員室の扉を開けて声をかけてみると一斉に注目されて何となく緊張する真名人だったが、奥の方で何か作業をしていたと思われる真耶が真名人の存在に気づいてくれたので、急いで駆け寄ることにした。
「上月君、休日なのにどうしました?」
「突然すみません。あの〜、今からってどこか使える整備室ってありますか?この間の試合で破損した箇所をそろそろ修理したいなと思いまして…」
真名人が用件を伝えると、真耶は自分のパソコンを操作して現在のアリーナの使用状況を確認し、すぐに空き状況を知らせてくれた。
「今ですと…第四アリーナの整備室に空きがありますね。四組の生徒さんが使用中ですので、迷惑をかけない範囲でなら作業しても大丈夫だと思いますよ」
「本当ですか!良かった〜…じゃあ早速、行ってきますね!ありがとうございます、山田先生」
真名人がお礼を言うと、控えめに手を振って送り出す真耶。突然の訪問にもかかわらず、煙たがらず親切に迎えてくれた真耶に感謝しつつも第四アリーナに急ぐのだった。
〜第四アリーナ・整備室〜
「……ここを調整して…いや違う。じゃあこれは…これも駄目。でもデータ上での出力は申し分ない、理論上では機動力も確保出来てる。後は実用段階に持っていくことが出来れば…でもその前に“山嵐”のマルチロックオン・システムの構築を急がないと…まだデータが足りない」
誰もいない整備室にて一人呟きながら作業を続ける女生徒。どうやらISの組み立てを行なっている彼女だが独力では思うように行かず、あーでもないこーでもないと失敗を重ねながらも試行錯誤を繰り返していた。彼女がここまで没頭するのには相応の理由があるのだが、今現在はそれを知るものは限られている……この男もまた何も知らない一人である。
「…失礼しま〜す」
真耶に教えてもらった第四アリーナの整備室に到着した真名人は、初めて入る整備室に恐る恐る声を掛ける。しかし、返事が返ってくることはなく事前の情報と違うことに違和感を覚える。
「あれ、確か先に誰かが使ってるって話しだったんだけど?もう帰っ…いや居る!良かった〜、変なこと口走らないで」
真名人は整備室の奥で一人集中してディスプレイを操作している淡い蒼髪の女生徒を発見し、一応空いている場所を使っても大丈夫かの許可を得ようと少し緊張気味でも聞いてみることにした。
「あ、あの〜…すみません。一組の者なんですけどぉ、こっちの空いてる方の作業場って使っても大丈夫ですか?」
「…例え本体が完成したとしても、機体制御プログラムが上手く作動するかも実践で試してみないと…。それに武装もまだ心許ない。せめて近接武器の“
真名人が声を掛けるも女生徒の耳には届いていないらしく、時折眼鏡型のディスプレイを弄りながらずっと考察を続けていた。不審に思った真名人は彼女の前で手を振ってみたり突然顔の前で手を叩いてみたりその場で何度もジャンプしてみたりしてみせたが、まるで見えていないかの如く全てスルーされた。ここまでしても何の反応も示さないということはもうきっと大丈夫なのだろうとたかを括り、諦めて修理を始めることにする真名人。
「むぅ…もういいや。端っこの方でなら多分大丈夫でしょ?よーし、おいで“ナナシ”」
真名人は女生徒から離れた所でナナシを呼び出して展開する。自分が纏う以外でISを展開するのはこれが初めてである真名人は、通常自分が収まるはずの場所がすっぽりと空いていることが新鮮に感じていた。しかし、いつまでも感慨深く感じていても作業が進捗するはずもないので、バッグから作業手順書を取り出して修理に必要な工具類を準備する。中々見慣れない物ばかりでかなり戸惑ってしまったが何とか必要な工具は準備出来たので、漸く改修作業を開始することに。
「えっと、まずはパーソナルデータをディスプレイに投影して…うわっ、全身ボロボロだ。これ直んの、本当に?」
真名人は前回の試合で破損した箇所のデータを改めて解析してみると、自分がどれだけ酷い戦い方を強いていたのか痛感させられる…記憶には無いのだが。
「うーむ…まっ、とりあえずやれるだけやってみようか」
このまま手をこまねいていても勝手に直ってくれる訳ではないので、拙いながらも手を出してみることにする真名人。試行錯誤をしながら何とかナナシの外部装甲を取り外し、中の配線を剥き出しにする。ナナシのログを確認すると試合の途中で突然エラーを発生した記録がある。参考書を見てみると、こういう時は一度配線がちゃんと接続されているかを確認してみると良いらしい。
「ほっ、よっ、くぁ〜!!な、何だこれ?ど、どこの配線だ?」
「………(イライラ)」
真名人が配線と格闘している様子をいつの間にか横目でチラチラと確認している女生徒。最初こそ自分のISのことで周りに気づかなかったが、真名人の作業効率があまりにも悪過ぎるのが気になって仕方がなかった。
「うはぁ〜、もうこんなにこんがらかってる!たまんねーな、おい。どれどれ…参考書、参考書はっと…」
手を加えるほどにどんどん面倒なことになっていくナナシ。しかし、弄っている本人は何故か楽しそうで、それが女生徒の思考を悩ませる。
「(上手くいってないのに、楽しい…?何なの、この人…そんな軽い気持ちでISを扱うなんて、やっぱり男性操縦者なんて大したことな)「ねぇ、君!」っ!?な、何…?」
女生徒が内心嫌味を言っていると、その当人である真名人に軽く肩を叩かれる。まさか話しかけられるとは思ってなかった女生徒は、若干上ずった声を出してしまった。
「あの、突然なんだけど…この参考書に書かれてることの意味って分かったりします?さっきからずっと配線弄ってるんだけど全然上手くいかなくて、参考書見てもなんか専門用語ばっかで頭痛くなっちゃってさ…」
少し恥ずかしそうに頭を掻きながら、女生徒に参考書のページを指差して見せる真名人。自分の都合で勝手に始めて無謀にも自力で困難だと分かれば他人を頼り、しかもそれは少し目を通しただけでも分かるくらい初歩的なミス。そんなことに巻き込まれた女生徒はハッキリ言えば迷惑以外何物でもなかった。本当なら真名人のことを無視しようと思った女生徒だったが、少し考える素振りを見せて…あえて答えることを選択した。
「…ここと、ここ。繋ぎ方を間違えると、正常に動作しなくなる。だから同じ色同士、混線しないように繋ぐ必要がある…」
「はぇ〜…そういうことだったんだ!いや〜、本当助かったよっ。ありがとう!同じ一年生なのに…君って凄いんだねっ」
女生徒の魂胆も知らずに晴れやかな表情を浮かべて嬉しそうに彼女の手をとってお礼を言う真名人。その嬉しそうな顔で素直に賞賛されて女生徒は一瞬心躍らせるも、当初の目的を思い出してすぐに小難しい顔になる。そして、握られたその手を振り払って冷酷な視線を向けたまま言い放った。
「こんなの、誰だって知ってる…あなたみたいに何も知りもしないでISを扱う人、私は認めないっ…!あなたみたいな人が操縦者で、このISが可哀想…半端な覚悟で、ISに関わらないで!」
女生徒はそれだけ真名人に言い放ち、展開していた組み上げ途中のISを待機状態に戻して足早に整備室を出て行ってしまった。女生徒は廊下を走っている最中も何故真名人にあんなことを口走ったのかを頭の中でずっと考えていた。ついさっき会ったばかりでお互いのことは殆どよく知らない、真名人にどんな理由があって自らISの修理を買って出たのかも定かではない。もしかすればこれはただの嫉妬なのかもしれない…自分の奪われたものを簡単に手にしていた男性IS操縦者としての真名人に…そして、苦難や失敗すら楽しんで見せる真名人の姿勢そのものに対して。
「私…何であんなこと言ったんだろう…?」
女生徒は自分自身でも理解出来ない行動をとったことに戸惑いを隠せないでいた。出来れば二度と真名人と会わずに済むことを密かに願いながら、寮の自室へと駆け込むのだった。
「むぅ〜…」
翌日、自分の席で一人唸っている真名人。その視線の先には最近ずっとお世話になっているISの分厚い参考書。その様子を隣の席からずっと見守っていた本音は堪らず声を掛ける。
「ねぇ、こーちん。朝からずぅ〜っと参考書読んでるけど、もうお昼だよ?早くお昼食べに行こうよ〜」
「ふぅん…そうねー、もうちょっとだけ…」
本音のお誘いに対して生返事をしながら素っ気なく返す真名人。相手にしてもらえなくて不満だったのか、真名人の後ろに立って彼の頭目掛けて長い袖をペシペシ当てて遊んでいた。そんな中でも真名人は参考書に夢中…折角のデザート奢り週間が捗らない本音にとっては楽しみが減って面白くない。
「うぅ〜、つまんないよぉ……あっ、良いこと閃いちゃった♪こーちん、お財布貸して〜」
「ふんふん……あっ、デザート買ってくるん?あんまり使い過ぎないでね」
「ふふふ、りょ〜か〜いっ」
もはや奢ることに抵抗が無くなった真名人は、流れ作業のようにバッグから財布を取り出して本音に渡す。受け取った本音はピュ〜っと駆けていき、暫くしてパンパンに詰まったビニール袋を持って帰ってきた。
「んふ〜っ!ねぇねぇ、こーちん。サンドイッチ買ってきたけど甘いのともっと甘いの、どっち食べる〜?」
「へぇ〜、内部構造ってこんな感じなんだ……あぁ、ありがとう布仏さん。えっと甘い方を貰おうかな。あっ、フルーツサンド的な…うおっ、生クリームが溢れ出てるっ!じゃあ、急いで食べようか」
本音から手渡されたフルーツサンド(真名人のお金で買った)を一口頬張る真名人。少し勢いよく口に含んだのが良くなかったのか、生クリームが鼻の頭のところに付いてしまうが全く気づかず……教えてあげようとした本音だったが、ここで生来の悪戯心が姿を現したのか必死に笑うのを堪えるようにキュっと口を結び頬をプクーっと膨らませる。
「ふふっ、これ美味しい…!何だか癒されるなぁ…実はさ、昨日ISの修理をしようとして第四アリーナの整備室に行ったんだけど、そこでちょっと思い知らされて凹んでたんだ。本当、今食べてるこのフルーツサンドくらい甘々だったんだってね」
そう言って、もう一口頬張る真名人。そして更に付く生クリーム、目尻に涙を浮かべて我慢する本音。
「同じ一年生の子が居てさ、僕が分からなかった所をパパッと解決してくれたんだ。でもその子に“僕みたいな半端な奴が操縦者でISが可哀想”って言われて、悔しいけど何も言い返せなかった。だってその子言ってること、全部合ってたから。半端な覚悟でISに乗って壊して直そうとして、でも駄目で…自分でも気づかないうちに舞い上がってたんだって痛感したよ。だから今度会った時は絶対見返してやりたいんだ!僕は遊びでISに乗ってるんじゃない、本気なんだってこと」
真面目な表情でそう語る真名人。思いのほか熱い話を続ける真名人に申し訳なく感じてきたので、そろそろネタバラシをしようと本音が口を開こうとしたその時…。
「あれぇ?上月君、鼻のところにクリーム付いてるよ〜!何それ可愛い〜♡」
偶然、真名人の席の近くを通った女生徒が本音よりも先に指摘してしまい、焦る真名人。
「えっ?えぇ!嘘っ!?ど、どこどこ…?」
女生徒に指摘されて急いで拭おうとした真名人だったが、それよりも早く一組中にその模様が伝染して伝わっていってしまう。それもかなり悪い方向に。
「上月君のあられもない姿って聞いたけどそれって本当!?」
「いや、私は上月君の顔に白くてドロ〜っとしたものが浴びせられたと聞いたわっ!」
「ふふふっ、残念だったわね。あたしは既にその現場を写真に撮って収めているのだァ!!」
「な、生写真……ぜ、ぜひ私めにも恵んでくだされぇ〜!」
「というかぁ、上月君の生クリームを一番綺麗にした人が勝ちってことで良くなぁい?勿論…舌で♡」
「乗った!その勝負、乗ったわ!!こうなったらスピード勝負よ!者ども!上月君を確保せよ!そして誰よりも綺麗にペロペロするのだァ!」
『ラジャー!!』
誰かの号令を皮切りにクラスの女生徒が豹変し(一部の良識ある女生徒は参加せず)、本音を押しのけて一斉に真名人の元に駆け寄ってくる。
「へっ?ふぎゅ!?きゅ〜…」
「布仏さん!?えっ!?えぇ〜!?うわぁああっ!!み、皆さん引っ張らないで下さい……うわっ、誰ですか顔に生クリームかけたの!?あぁ!なんか色々な方向から柔らかいものが!?お、押し当てないで下さいっ!?」
「ついでじゃついでじゃあ〜!上着とズボンも脱がせ〜!丸裸にしろ〜!」
「この際だから匂いも嗅いでおけ〜!同世代の男子の匂いなんて滅多に嗅げないんだから、脳にしっかり刻み込め〜!」
『おぉ〜っ!!』
「えぇ!?い、いや…それはちょっと勘弁……いやぁあああ!!誰か服の中に手入ってますぅ!?あとベルトカチャカチャ外そうとしてる人誰ですかぁ!?あっ、そこは…駄目!男の弱いところ……のぉおあああああ!!!」
その日のお昼休み、近年稀に見るほどの大騒動が一組で巻き起こった。当然、騒ぎを聞いて駆けつけた千冬と真耶によって沈静化され、犯行に及んだ女生徒たちには一ヶ月教室と寮を隈なく掃除する刑と反省文が課せられた。一方でシャツと下着姿にされた真名人は今までのお堅いイメージはどこか果てしない向こう側へと消えていき、無事に一年一組の
本日の一言
「最後のやつ、私と真名人さんの絡みが一切ありませんでしたわ!?早急に改訂版を求めます!」
by セシリア・オルコット