真名人がIS学園に転入して既に二週間が経過し、クラスの雰囲気やISの扱いに少しだけ慣れ始めたこの頃。セシリアとの決闘やクラスメイトの熱すぎる歓迎など普通の日常では到底味わうことのできないスリルを感じつつも、漸く生活の基盤を確保し落ち着こうと思っていた矢先にまた新たな問題が彼の元に舞い込んできた。
それはISの実習授業にて飛行の訓練を受けている最中に起きた。
「まずは専用機持ちに“急制動”を実践してもらう。織斑、オルコット…両者は前へ」
『はい!』
ジャージ姿の千冬に指示されてグラウンドに整列した一組メンバーの中から一夏とセシリアが前に出る。それに対して困惑する人物が一人。
「…あれっ?織斑先生、僕は?」
真名人を始めとする一組の女生徒たちの期待の眼差しが千冬に集中する。あまりの視線の多さに一瞬たじろぐ千冬だったが、すぐに毅然として言い放った。
「上月か…お前のISは損傷箇所の修理がまだ済んでいないと報告を受けている。その状態での稼働は今後どのような悪影響を及ぼすか計り知れんからな…暫くは訓練機で授業に参加しろ」
「は、はぁ…そうですか?まぁ、そういうことなら…」
「それと、出来れば今月中に上月のISのスペックデータをまとめて提出してくれ。公式に発表しないと自国で面倒見ると躍起になる連中が大勢いるからな。遅くてもクラス対抗戦の後には私か山田先生に寄越してほしい…頼めるか?」
「ナナシの、ですか?分かりました。ただ修理しながらの作業になっちゃうので期限ギリギリになっちゃうかもしれません。本当は僕以外の人達が触れても消えないでくれるようになると嬉しいんですけどね」
「ぼやくな。まぁ、この際良い勉強だと思って好きなように弄ってみると良い。意外にも整備の才能が開花するかもしれんぞ?」
千冬に諭されて渋々納得されられる真名人&大多数の一組メンバー。ここ数日で形成された真名人に対する謎の集団意識に千冬は辟易してしまうが、そこは流石大人…意識を切り替えて一夏とセシリアに飛行の指示を出す。
「両者共、まずは飛行して見せろ。その後、上空から速度を落とさずに急降下し、地上に着く寸前に停止してもらう。目標は…そうだな、十センチ以内が妥当か?では準備ができ次第、よろしく頼むぞ」
「何か上手く利用されてるような…まぁいっか。よ〜し、行こうぜセシリア」
「えぇ、参りましょ……あっ、一夏さん少しだけお待ちいただいてもよろしいでしょうか?すぐに済みますので」
セシリアはそう言って真名人の前までトテトテと駆けていき、そのまま有無を言わさずに彼の手を取ってにこやかに告げた。
「真名人さん、私の勇姿…しっかりと見届けて下さいまし♪」
「えっ?あっ、はい…頑張ってね “オルコットさん”」
「はぁ…真名人さん、いけずですわぁ…」
他意もなく彼女をオルコットさんと呼ぶ真名人。それを頭では分かっていても、未だに名前呼びしてもらえないいじらしさがセシリアの胸中を悩ませる。それでもすぐに気持ちを切り替えて演習に向かう様子は、やはり代表候補生の風格を感じさせる。セシリアと一夏はそれぞれISを展開して、みるみる上昇していく。代表候補生であるセシリアの飛行は当然見事なものだが、一夏も負けじと彼女の後をついて行く。
「はぇ〜、織斑君はもうあんなに飛べるようになったんだ。ついこの前初めてISを動かしたって聞いてたのに……あっ、落ちた」
千冬に指示された急制動を見事に地面すれすれで成功させたセシリアに続こうとした一夏だったが、急降下の勢いを殺しきれずグラウンドに大穴を空ける結果になった。慌てて駆け寄って彼を心配して声を掛ける一組のメンバー…だが千冬だけは酷く御立腹のようだ。
「織斑…誰が墜落しろと言った?」
「痛て…はっ!ち、千冬姉「はぁ?織斑、今何と言った?」お、織斑先生…」
千冬の圧に一夏のみならず真耶以外の全員が恐れ慄いた。あの目に睨まれたらまず助からないと比喩無しに思えるほどに。
「全く…グラウンドに空けた穴は授業後に責任持って織斑が埋めておけ。手伝いは無しだぞ」
「うぇ!?そ、そりゃ無いって……はい、喜んで埋めさせていただきます…」
千冬に屈した一夏。もはや力関係とかそんな柔な話ではなくなった。君主だ君主、あるいは暴君。
「それではこれより訓練機による実習を開始する。既に割り振られているグループに分かれ、各自順番にISに搭乗し実習に臨むように」
「分からないことがあったら、遠慮なく聞いて下さいね〜」
ピシッとした雰囲気で支持する千冬と温和で生徒に寄り添うタイプの真耶。対照的だが何故か調和が取れているこの二人。真名人は不思議に思いつつも事前に割り振られた班の所に遅れて向かう。すると、同じ班と思われる女生徒達から不意に声を掛けられた。
「上月君〜!こっちこっち〜!いや〜、一緒の班でラッキーだよっ!」
「上月君、今日はよろしくね」
「やっほー♪神様ありがとう〜!」
「上月君と一緒にあんなことやこんなこと……ぐふっ、ぐふふ…」
「…僕は貴女達のおかげで少しだけ女の人が怖くなりましたよ」
その反応は十人十色、普通に挨拶してくれる人もいれば明らかに様子がおかしい人もいる。
「ちょっと〜!?上月君、引かないでよっ!」
「そうだよぉ!だってあれは…仕方ないよねぇ?」
「うん…本当衝撃的だったなぁ」
「可愛すぎるのは…罪」
「おぉ、おぉ?このクラス変質者しかいないのかぁ!?た、助けてぇ!」
この自分以外が全員目がギラついているメンバーで実習などライオンだらけの檻の中に兎が一羽放り込まれた状況と同義、つまりは常に命が狙われているわけだ。どうにかならない方がおかしいのだ。すぐに真名人の悲鳴を聞きつけた千冬の鋭い眼光が真名人と同じ班の女生徒達を睨みつけることで被害を未然に防いだ。
「とか言いながら、ちょっとだけ叫んでみる。皆さんに悪意が無いのはわりと最初から分かってましたからね」
「上月君、わざと織斑先生に聞こえるように叫んだよね?心臓に悪いんだけど…」
「上月君って意外と意地悪だよぉ〜!」
「でも、私たちの掃除の刑が執行中にちゃ〜んと顔出して差し入れしてくれるくらい優しいのも知ってますぅ〜!」
「飴と鞭…ビシバシして?」
「黙らっしゃい。でも、これが所謂“女子校のノリ”なんだな〜って理解しましたよ。さぁ、これ以上駄弁ってて織斑先生に折檻される前にチャッチャと始めましょ?」
若干暴走気味のクラスメイトと一緒に実習を開始する真名人。しかし、ここでとんでもない事実が発覚することになった。その事実とは…。
「はぁ…どうしようかな〜!?こんなことってないよな…」
放課後、真名人は頭を悩ませながら廊下を歩いていた。因みにグラウンドの穴埋め作業を終えた一夏は、セシリアと箒と近々開催されるクラス対抗戦に向けて第三アリーナにて特訓を行なっている。箒に至っては訓練機である
話を戻すが、真名人にとっての問題はそのことではなかった。
「まさか訓練機のISが反応しないとはなぁ……これじゃ本当にナナシ以外のISは扱えないん…へぶっ!?」
そう、最大の問題は訓練機のISに触れた途端にナナシを纏った時の感覚が一切無かったことだ。ISを扱える男性であるはずの真名人がISを扱えないという矛盾が発生してしまったのだ。そして今、そんな重要な問題を抱えている真名人が注意力散漫になって廊下の曲がり角の死角から歩いていた女生徒とぶつかってしまった。といっても倒れたのは真名人だけだったが。
「あの、大丈夫ですか?」
倒れた真名人に声を掛ける女生徒。真名人は尻餅をついた時の痛みに耐えながらも、必死に笑顔を作って見せた。
「え、えぇ。全然、大丈夫…ですけど?」
「そう、ですか?それなら良かったのですが…ほら、掴まって下さい」
女生徒は倒れた真名人を起こそうと手を差し伸べる。言葉では強がって見せた真名人だったが、まだ尻の痛みが引かないのでそこは素直に手を取り頼ることにした。
「何かすみません。ぶつかってしまった上に起こしてもらっちゃって…」
「いいえ、お気になさらず。私も考え事をしていて少し気が散っていましたから。それより…これ、貴方のかしら?」
そう言って女生徒が手に持って見せたのは、倒れた拍子にバッグから飛び出てしまったISの参考書だった。
「常日頃から参考書を持ち歩いているなんて、噂以上に真面目なのですね…上月 真名人君」
「えっ…ど、どうして僕の名前を?」
名乗ってもいない真名人の名前を何故か知っている女生徒。真名人は少し警戒心を強めるように彼女を見据えるが、対照的に女生徒はかけている眼鏡の位置を少しだけ直す仕草をすると冷静にその理由を答えた。
「当然ですよ、この学園には男子生徒は二人しか居ないのですから。そして一人は世界的に有名な織斑先生の弟さん、片やつい先日発見されたばかりの謎多き二人目…つまりは貴方です」
「……すみません。今のでは僕にたどり着いた理由がいまいちわからないのですが?」
一瞬だけその場に流れる沈黙。そして、指摘されて少し顔を赤くした彼女から再び時は動き出す。
「…ところで話は変わりますがこの参考書、かなり細かく書き込まれていますね。独学ですか?」
「ちょ、勝手に中見ないで下さいよっ……えぇ、まぁ独学といえばそうですけど。早く返して下さい!」
女生徒から参考書を取り返そうと必死に背伸びする真名人だったが、彼女の方が身長が高く更に背伸びされてより絶望的になる。なんで今さっき出会ったばかりの女生徒に意地悪されて振り回されなきゃならないのか…そんな思いが真名人の中に過ぎったその時、ふと女生徒からある疑問が投げかけられた。
「…どうしてこんなに熱心にISに関わろうとするのですか?本来なら男性にとってISなんて無縁の存在でしょう。扱えるからと言っても、ここまで熱心に勉強するなど…」
その目に映ったのは根本的な疑問、更に奥深くには何かを試しているような思惑。直感的に真名人はここでとんでもない大嘘を吐くよりも、愚直に真摯に感じるままに思ったことを答えなきゃいけないと悟ったその時には既に言葉を漏らしていた。
「そりゃ、僕だって最初からこんなに熱心じゃありませんでしたよ。いきなり連れて来られて受かってた学校には一日しか通えなくてあんな訳わかんないものに乗れって言われて。それでもきっかけは色々あったんですよ。そういうの全部取っ払って最後に残ったのが…“負けたくない”って気持ちだったんです」
「負けたくない…ですか?」
真名人の言葉の真意を測りかねている女生徒に対して、真名人は更に続ける。
「えぇ、そうです。男は無能だという風潮に負けたくない、同じ境遇でもずっと先を行くクラスメイトに負けたくない、同じ一年生なのに僕よりも熱心にISと向き合っている女の子に負けたくない。そして何よりもずっと嫌なことから逃げ出してきた弱い自分に負けたくない!今の僕を突き動かしているのはそれくらいです。決して大層な理想や願いを持ち合わせている訳じゃないですよ。ただ勝つまでやめないってくらいに諦めが悪いだけですから」
そう言って強気な笑みを浮かべる真名人。ここまで本心を曝け出したのは初めてな気がする…何故この女生徒にこんなこと言ったのかは甚だ疑問だが。
「そうですか…あの子が入れ込む理由が何となく分かったような気がするわ……分かりました。ではそのように」
「へっ?うぉおわあああ!?」
一人納得した様子の女生徒は真名人の腕を掴むと、突然どこかへ歩みを進める。行き先も告げられぬままひたすらに引っ張り回される真名人は終始悲鳴を上げていたそうな。
「ゔぇっ!?て、転校生?この時期に?」
数日後、教室に着いた途端先に登校していたクラスの女生徒が話しているのを小耳に挟む真名人。どうやらその噂の出所は隣の席の彼女らしいとのこと…早速その真偽を確かめてみることにした。
「ねぇ、布仏さん。転校生の話って本当なの?」
「ん〜?本当だよーっ。えっとねぇ、確か中国からの転校生で二組に来るんだよ〜」
机に突っ伏しながら顔だけをこちらに向けて、眠そうな目を手で擦りながらさらっと新情報を教えてくれる本音。まだ誰も話していない情報をさらっと口にする辺りから、噂の出所が彼女であることを裏付けていた。
「へぇ〜、それは新情報っ!凄いなぁ…どこからそういう情報聞きつけてくるわけ?」
「ふっふ〜ん!それは“とっぷしーくれっと”なのだ〜」
褒められて気を良くしたのか、ムクリと起き上がって自信満々に胸を張る本音。その光景を目の当たりにした真名人は思わず視線を逸らしてしまう。何故ならこの布仏 本音という少女、普段はだぼだぼな服装ばかりを着ているおかげであまり目立っていなかったが、実はかなりのグラマーなのだ。その間延びした口調やほんわかとした雰囲気、それほど高くない身長に子どものような天真爛漫な性格には似つかわしくないほどの豊満な胸……はっきり言って、健全な男子にとっては劇物でしかない。
「…どうしたのぉ?おーい、こーち〜ん?」
「何でもない、何でもないから早く座って下さいお願いします」
必死に何かを押さえつけた真名人の懇願によって、渋々席に座り直す本音。それを見て漸く元の調子に戻った真名人を確認した本音は、ここ数日、ずっと感じていた違和感の正体を確かめることにした。
「ぶ〜!何か納得いかないけどぉ……それよりさぁ、最近ず〜っと放課後になったら何処かに行ってるよね?セッシー達にも黙って一体何処に行ってるのかな〜…こーちん?」
表情はいつにも増してにこやか、しかし背後からは側から見てもわかるくらい黒いオーラが湧き出ていた。思わず圧倒されそうになる真名人だったが、ある約束が心に宿っている為(理由はまだ明かせない)ここは普段見せない漢気を発揮させる。
「……い、言えない」
「…ふぇ?」
「絶対に…言えないっ!布仏さんでも、駄目っ!」
「えぇーっ!?な、何でぇ〜!?私、こーちんに嫌われるようなこと何かしちゃったかなぁ!?」
あっさり拒否されて黒いオーラごと脆くも崩れ去る本音。思いっきりショックを受けてもはや泣く寸前まで追い込まれている。
「あぁ…な、泣かないでよ!?別に布仏さんがどうこうってわけじゃないんだ」
「ぐすっ…ほんとに?きらいになってない?」
相当ショックだったのか、目尻に涙を浮かべて心なしか発する言葉も退行しているような気がする本音。別にお互い悪いことをしたわけでもないのに何故か真名人の方が後ろめたさを感じる始末だが、そこは濁さずに可能な範囲で説明するべきだという考えに至った。
「うん、それはないから大丈夫。ただこればっかりはまだ誰にも教えられないんだよ。せめてもう少し上達してからじゃないと…うわっ!?」
説明の途中にも関わらず、有無を言わさず真名人の腰に手を回して抱きついてきた。勿論、その行為自体に男女の意味は持たず純粋な安堵から来る行動だ。
「うわぁ〜ん!!良かったよぉ〜!こーちんに嫌われちゃったかと思ったんだからぁ!?」
真名人の腹部に顔を埋めておいおい泣きじゃくる本音。あまりにも遠慮なく号泣するものだから、その様子が教室内にいたクラスメイトの注意をひいてしまった。そう、あの猛獣だらけ(一部の良識ある生徒以外の)の…真名人を弄り倒すことに関しては謎の団結力を覚えた女生徒達が一斉に真名人へ狙いを定めた。
「あーっ!布仏さんが上月君に抱きついてる!ズルい〜!!」
「何ぃ!?本音〜!抜け駆けは許さんぞぉ!!」
「え〜、なになに?これどういう状況?とりあえず上月君にくっつけば良い感じ?わ〜い♪」
「うわぁ〜、皆チャレンジャーだなぁ…でも、こういうのはその場のノリだよね!ってわけで私も〜!」
「マーキングじゃあ〜っ!我らが一組のマスコットである上月君に私たちの味を刻み込めー!!」
「上月君〜!今回はあんまり酷いことしないから抵抗しないで受け入れてね〜っ!!ハグハグ〜♡」
「皆さん、もはや罪悪感無くなってますねぇ!まだ刑期が残ってるのにそれすら恐れないなんて、何て人達だ……ちょ、布仏さん早く離れて!これじゃ逃げられな……いやぁああああっ!!皆さんフニフニしてるから!?色々フニフニしてるからァア!?」
またもや繰り広げられる悲劇“真名人、襲撃 第二幕”である。前回同様暫く弄ばれた後SHRに来た千冬と真耶によって救出され、真名人弄りに参加した生徒は全員もれなく懲罰の対象に。今回は教室と寮に加えグラウンドの草むしりも追加された。流石にもう懲りたよね…?
「……ゔぇ!?な、何この状況…」
その日の夜、習慣になってしまっているとある用事を済ませて部屋に帰ってきた真名人は昨日まで無かった光景にゾッとしてしまう。状況を細かく説明すると、扉の前にボストンバッグと共に体育座りをして静かに何かを呪詛のように呟いている少女がいた。しかし、真名人は知り合いでもなければ見たことも話したこともない少女が何でピンポイントで自分の部屋の前に居座っているのか疑問を通り越して恐怖でしかなかった。
「全く信じられないんだけど…何年かぶりに会った幼馴染との約束、普通忘れる?いや忘れるなんてそんな可愛いもんじゃない、あそこまで歪むほど曲解する?人の一世一代の告白をタダ飯と勘違いなんてありえないんだけど…あー、思い出しただけでもまたムカついてきた。早くシャワー浴びて寝たいんだからさっさと帰ってきなさいよ〜!ここの住人〜!!」
この奇怪な状況、真名人はどうしたものかと悩みに悩む。そして悩み抜いた末に恐る恐る少女に話しかけてみることにした。
「あ、あの〜…すみません。そこぉ、僕の部屋なので扉の前から少しズレてもらえると有り難いんですけども…」
真名人はいつどのタイミングで地雷を踏むか分からない中、必死に言葉を紡ぐ。すると、徐に顔を上げた少女とバッチリ目が合ってしまい、そのまま光の速さで距離を詰められた。
「あんたがここの住人?もう〜、帰ってくるの遅すぎるわよっ!!ほら早く鍵開けて!」
「えっ?えっ?あっ、はい…どうぞ」
少女に促されて半ば強引に部屋の開錠をさせられる真名人。開いた瞬間、有無を言わさず室内にズンズン足を進める少女…誰が見たってわかるくらいにイラついているようだ。遅れて部屋に入った真名人だったが、少女が手前側のベッドにダイブしたのを目撃してしまい堪らず言及した。
「あーっ!もう嫌だ!本当萎えるんだけど「あの〜、怒ってるところ悪いんですけど…」はぁ?何よ?」
「そのベッド、僕が普段使ってるので出来れば隣の方に移って頂けると…」
「へっ?あっ…」
初めこそイラついていて冷静さを欠いていた少女だったが、真名人に指摘されて自分が異性の使用済みベッドにダイブしている事実に遅れて気づく。そして、何事もなかったかのようにそそくさと隣のベッドに移動した。
「わ、悪かったわね!でも、ずっと閉め出されててあんたの帰りを待たされてたんだからこれでお相子なんだからねっ」
「えぇ…鍵は貰ってないんですか?それこそ寮長の織斑先生に言えば開けてくれたんじゃ…」
「…ここの寮長って千冬さんでしょ?今ちょっと色々あって会いにくいのよ。そもそも場所知らないし…とにかくあんたが早く帰って来ないのがいけないのっ!」
顔を真っ赤にして意味不明な理屈を持ち出してくる少女。真名人は疲れて帰ってくるなり元気に騒ぎ立てる少女にげんなりしつつも、まずはこの状況を把握するために自分のベッドの上に座りつつ色々と聞いてみることにした。
「とりあえず全く状況が読めないので、一旦落ち着いて自己紹介から始めましょう?僕は一組の上月 真名人です。どうぞよろしく」
真名人が丁寧に挨拶して頭を下げると、ベッドの上で胡座をかいていた少女は正座に座り直して返事をした。
「あっ、これはご丁寧にどうも…って、そんなことはどうでもいいのよ!あたしは
「げっ…それ、本当です?冗談じゃないんですか?」
「げっ…って何よ!しょーがないでしょ、空いてる部屋ここしか無いって言われちゃったんだから。あたしだって見ず知らずの男子といきなり同室するほどメンタル強くないわよっ」
真名人の一言一言に対する反応が一々面白い鈴。真名人にとっては初めてのタイプであり、何故か弄り甲斐のある人物だと認識せざるを得なかった。
「とりあえず今まで通りってわけにもいかないだろうし、先に決め事を確認しておきましょ?着替えとかシャワーは対策しないと、何かあった時お互いに困るでしょう?」
「あたしを何だと思ってるのよ…まっ、あたしが魅力的なのはわかるけど、もし仮に覗きの一つでもした暁にはただじゃおかないけどね」
「いや、僕が狙われてるから分けた方がいいって意味です。凰さんには今のところこれっぽっちも欲情する気配は無いのでご心配なく」
「なぁんでよぉ!?普通逆でしょ!?何であんたが襲われる前提で話が進んでんのよ!」
自分の魅力より真名人の魅力が上回ると豪語された途端、鈴の闘志に火がついた。
「いやぁ〜、だってここに来て分かりましたもん。完全に弄ばれてるって…寮の廊下とか熱心に掃除してる人達見たでしょう?あれ何でだか知ってます?」
「…いや、知らないけど」
「あれね、僕に対するセクシャルハラスメントの懲罰なんですよ。しかも今回が初めてじゃない、懲罰があると分かった上で僕の身体をフニフニフニフニ…」
「…なんかよく分からないけど、あんたも苦労してるのね」
自分で言っててどんどん虚な目になっていく真名人に思わず同情の念を抱く鈴。状況だけ聞けばかなり羨ましいはずなのに、本人がそれを喜んでいないということはそういうことなのだろうと察する。
「というわけで、凰さんも僕に不用意に近づいたりしないで下さいね。間違って発作とか起きたらそのままあの世に逝っちゃう可能性とか結構ありますので」
「それどういう状況よ…まぁ分かったわ。最低限モラルを守ってくれるならそこまでガチガチに決めるつもりも無いし、あんたもそっちの方が良いでしょ?じゃ、あたしこれからシャワー浴びてくるから……覗かないでよね♪」
そう言って満面の笑みを浮かべてウインクしてみせる鈴。それを受けて真名人も出来る限りの笑みを浮かべて返事をした。
「はははっ、それ面白いジョークですね。凰さん、ユーモアのセンスありますよ♪」
第二ラウンド、開始。
「はぁああ〜っ!?何よそれ!?あんた目腐ってんじゃないのぉ!?こんな完璧美少女が同室ってだけでも有難いのに眼中にすら無いですって!?はっ!あ、あんたまさか…こっち?」
真名人に煽られ激昂寸前の鈴だったが、ふと何かを思いついたのか顔の横に手を当てて逆に煽り返す。これで両者の合意が取れたことになる…さぁ、戦争を始めよう。
「ばっ…ノーマルですよ、ノーマル!心外だな…単純に凰さんのお子様ボディに興味ないだけですぅ」
「ぐぬぬ…!言わせておけばぁ…そっちだってチビのくせに」
鈴の思いがけぬ一言に真名人の中の踏み越えてはいけない一線が越えられた。
「…い、言ったな?今、僕のことを“チビ”って言ったなぁ?一番気にしていることを、何の躊躇もなく…!」
「…何よ?もしかしてあんた、あたしとやる気?本当のことを言われたからって逆上なんてみっともない真似しないで「…貧乳」あんたは今、禁句を言ったわ……さぁ、地獄に行く覚悟は出来てるんでしょうねぇ?」
真名人と鈴、二人の背後には猛々しい獣がお互いを牽制し合っている。そして先に動いたのは真名人の方だった。
「うだうだ言ってても何も始まらない。だったらここは正々堂々“これ”で決着つけましょう」
真名人は近くに置いてある小テーブルを移動させて座り込むと、徐にダンッと音をたてて右腕の肘をテーブルにつけた。それを見て意思を汲み取ったのか鈴も対面に座り、真名人と同じように右腕の肘をテーブルにつき……そして、お互いガッチリと手を組んだ。
「言っとくけど、あたし…一度も負けたことないから。だから負けても全然恥ずかしいことじゃないわ。だってそれが当然だもの」
そう言って、不敵な笑みを浮かべて真名人に圧力をかける鈴。だがそれを受けても尚、負けじと強気に出る真名人だった。そこには普段の弱々しさや落ち着きは微塵も感じられない。
「不思議とねぇ…今の僕は誰にも負ける気がしないんですよ。女の子だからって手加減しませんよ?やるからには…徹底的に叩き潰します」
そこからはお互い何も言葉を交わさず、ただ時計の針の音だけが室内に響き渡る。そして、その針はやがて午後八時を示すその瞬間…時が進んだことを知らせるアラームが鳴り始めたのを合図に、真名人と鈴はお互いの持てる全ての力を発揮して互いの腕に力を込める。そう、全ての決着を
「うぉおおおおおおっ!!負けられない!負けられないんダァ!!」
「どぉおりゃあああっ!!乙女のプライドが!あたしに勝てと叫んでいるんだからァ!!」
側から見ればただの腕相撲。しかし、本人達にとっては意地とプライドを賭けた血戦でもあるのだ。そこには何としてでも譲れないものがある、自分の存在意義という確かなものが…。
「低身長で何が悪いィ!!僕はまだ発展途上なだけだぁ!!将来に希望を持つことの何が罪なんだァア!!」
「あたしだって、好きで小さいわけじゃないんだからァア!!これからちゃんと大きくなって、そして誰もが見惚れるくらいの完璧美人になってやるんだからァア!!」
お互いのコンプレックスに対する思いの丈をぶつけ合う真名人と鈴。決して交わることのない願いだが通ずるものは確かに存在した。その証拠に先ほどからお互いを打ちのめすことにしか力を注がなかった両者の手が次第に形を変えていき、最終的に何故かお互いガッチリと握手を交わす結末になっていた。
「あんた、結構まっすぐな奴じゃん。正直、ここまでタフだとは思わなかったし…それに、ちょっとだけカッコ良かった」
「凰さんこそ…それに売り言葉に買い言葉になってあんなこと言っちゃったけど、本当にすごく魅力的な女の子だと思うよ」
全力を出し切った戦いの後に残るのは、まっさらな感情。相手を憎むのではなく称える心だった。お互いに笑みを浮かべ戦いを通じて生まれた絆を確かめ合う。
「いや〜、ルームメイトがあんたみたいな芯の通った奴で本当良かったわっ!とりあえずやっていけそうだし…これからよろしくねっ」
「えぇ、こちらこそ。僕も凰さんみたいなサバサバした性格、嫌いじゃないですよ。あっ、それとシャワーに行くの引き止めてしまってごめんなさい。僕はまだやることが残ってるので、気の済むまでどうぞ……色々と溜め込んでいるものがあるのなら、後腐れないようにちゃんと吐き出した方がいいですよ?」
真名人に指摘されてついさっきまでかかえていた問題を思い出す鈴。そこで初めて真名人がわざと自分に発破をかけて憎まれ役を買って出たことに気づく。
「ふ〜ん…結構やり手じゃないの。分かったわ、じゃあちょっとだけ時間かかっちゃうけどそれでも良い?」
「どうぞどうぞ。凰さんの気の済むままに「鈴よ」えっ?」
ボストンバッグから着替えを取り出しながら洗面所に向かう鈴が、ぶっきらぼうにそう言い放った。
「あたしとあんたって凰さんなんて他人行儀な呼び方する関係?拳を突き合わせたならもう友達でしょ?だからあたしも真名人って呼ぶことにするし、あんたも鈴って呼んで良いわよ…分かった?」
少しだけ名前で呼ぶことに羞恥心があったのか、ほんのり顔を赤く染める鈴。そんなになってまで言い出してくれたその勇気を無下にすることなんて真名人には出来なかった。
「…分かった。じゃあこれからもよろしく…鈴さん」
IS学園で初めてのルームメイト。真名人を取り巻く環境が少しずつ変化していく中、彼の知らないところで暗躍を企む者が静かに動き出そうとしていたが、まだ誰もそれを知る由もなかった。
本日の一言
「わ、私の出番が少ないぞ!?地の文でしか描かれていないじゃないか!じ、次回はもっと多く頼むぞ…?その…で、出来れば私とい、一夏の絡みを全面に押し出してだな………はっ!?い、一夏!?こ、これはだな…え、えぇい!何も聞くな!何も話すな!!」
by 篠ノ之 箒