でもクラス対抗戦は前後編です。
《ーーーっ!ーーーー、ーーーーーっ!》
真っ暗で何も見えない景色が目の前に広がる。その世界で眠っていた意識を呼び起こした真名人は普段とは明らかに違う異様な光景に戸惑いつつも、身体が宙に浮くような感覚やどこか懐かしい雰囲気が感じ取れる。
《ーーーいよ!ーーーーないと、ーーーーないじゃないっ!!》
「……“母さん”?」
真名人は声のする方へ懸命に手を伸ばす。その声は暗闇の中で光り輝く一筋の光条…そして、真名人を暗闇から救い出す唯一の…。
「さっさと起きなさいよォ!!どぉおおりゃあああっ!!」
「へぶっ!?」
突然横っ腹に衝撃が襲いかかりベッドから床へ転がり落ちて行く真名人。訳もわからず辺りを見回してみると、やけにすまし顔で自分のベッドの上で足を組んで座っている鈴の姿があった。何故こんなところに?と真っ先に思ったが、昨日越してきたことを思い出して挨拶を交わす。
「痛て…あっ、鈴さん おはようございます。あの、僕って今どんな状況だったか分かります?」
「んっ…おはよ。えぇ、“自分から”派手に落ちていったわよ」
「そう、なんですか?それにしては横っ腹に激痛が…」
「……それより、いつまでも寝てんじゃないのっ。ほら、さっさと着替えて食堂行くわよ!」
明らかに話題を逸らした鈴だったが、何故かその手には真名人の制服が握られていた。
「えっ?な、何で待ってたんですか?先に行ってて良かったのに…」
「昨日はあたしも色々あって荒れてたし、真名人にはストレス発散に付き合ってもらったでしょ?だからそのお礼に何か奢ってあげるわよ…って言ってるそばから目の前で脱ぐなっ!!」
「あっ、オルコットさん。おはようございます」
「あら真名人さん、おはようございます♪本日はお日柄も良くて気持ちの良い一日になりそうですわ……って真名人さん!?そのお顔の痣は一体どうしたんですの!?」
食堂に入るや否や入り口でセシリアとばったり出会い挨拶を交わす。優雅に挨拶を交わそうとしたセシリアだったが、彼女の視界に入ってきたのはつい昨日までは無かった真名人の頬に痛々しく残る青痣に釘付けだった。
「んっ、あー…これはさっき鈴さんに殴られ「んんっ!!」寝ててベッドから落ちた時にぶつけました」
明らかに背後から誘導された発言だったのだが、真相を語ることすら憚られる真名人。幸いにもセシリアがそれに気づく様子はなかったが、代わりにスススッと近づいて真名人の頬に手を添えて、慈しみの表情を浮かべる。
「あらあら、それは災難でしたわね…折角のハンサムなお顔が台無しですこと」
「おっ、もうお世辞が言えるようになるなんて。オルコットさん、あれから日本の文化について勉強して早速ものにしたんですね!流石だな〜」
「…お世辞じゃありませんのにっ。真名人さんも罪なお人ですわ…あら?真名人さん、そちらの方は…?」
「やっと気づいたか。あたしは二組の凰 鈴音よ、よろしくね。それとどーでもいいけど、朝っぱらから目の前でイチャイチャしないでよ」
「い、イチャイチャなどしてませんわ!私はただご学友として真名人さんの心配をしているだけで、決して疚しいことなど……ほんのちょっぴりしか…」
鈴に指摘されて顔を真っ赤にして抗議するセシリア。しかし、その言葉はどんどん尻すぼみになっていき最終的には聞き取れないくらいか細いものに変わっていき、やがてその意識ごとトリップして行った。
こうなってしまってはもはや相手にならないと判断した鈴は、当初の予定通り券売機の前へ行き真名人に催促する。
「ほら真名人、あんたも突っ立ってないでさっさと選びなさいよ。早くしないとどんどん席取られちゃうでしょ」
「えっ、僕ここで食べるんです?普段教室で食べてるんで、今日もそのつもりだったんですけど…」
「何よ、昨日転校してきたばかりのあたしにぼっち飯しろって言うの?薄情な奴ね〜、奢ってあげるんだから付き合いなさいよ」
真名人のリアクションが不服だったのか、見るからに不機嫌になる鈴。真名人としては奢ってもらうだけのつもりでついてきたので、買ってもらって速攻教室に向かおうと思っていたのだがどうやら鈴はそうではなかったようだ。
「う〜ん、じゃあそういうことなら…サンドイッチをピッ!」
奢ってもらう立場で我が儘を言うのも烏滸がましいので、ここは素直に感謝して従うことにする真名人。そこは有り難く食券を押させてもらいいつものサンドイッチを購入させてもらった。因みに鈴は朝からラーメンとかなりのヘビー級。そして注文した物を貰って空いている席を見つけ対面に座る真名人と鈴。
「何あんた、朝はパン派?そんなんじゃ力出ないじゃない。肉食べなさいよ、肉とご飯。だからひょろひょろなのよ」
「効率的って言ってください。それに朝はどうも苦手で…だから朝からがっつりラーメン食べられる鈴さんが羨ましいですよ。あっ、いただきますね」
まるで母親のように小言を言う鈴を気にせず一心不乱にサンドイッチを頬張る真名人。すると、長い長い意識のトリップから帰ってきたであろうセシリアが自分の朝食を持って真名人達のテーブルにやってきた…こちらもまたもや不満顔で。
「真名人さんっ!私を置いて行ってしまうなんて酷いですわ!折角ご一緒に朝食をと思いましたのに…」
そう言って、目を潤ませながら悲しんで見せるセシリア。すると、真名人の口から意外な言葉が飛び出した。
「じゃあオルコットさんもどうぞ。あっ、でも席が空いてないか……僕の隣でも大丈夫ですか?」
「…っ!?は、はい!では、失礼致します…ふふっ♪」
真名人が席を詰めると先ほどまでの悲しんでいた様子を一転させ、真っ先に空いたところに座るセシリア。その様子を対面で見ていた鈴は無言でラーメンを啜る。
「あ、あの…オルコットさん?ちょっと、近くないですか?」
「あら?そんなことはありませんわ。あっ、もしかして私の付けている香水が少しキツかったでしょうか?(最近の真名人さん関連のイベントは悉く参加出来てませんもの。この機会を逃したら次はいつになるか…)」
「い、いや…そんなことないですけど。その…すごく良い匂いですし」
「うふふ♪ありがとうございますっ」
真名人に促されて隣に座るセシリアだったが、お互い肩が触れるほどに接近する。真名人が香水の匂いを気にしているのかと考えるセシリアだが、実際真名人の意識はそっちには向いてなかった。何にとは口が裂けても言えないが。
「真名人さんはサンドイッチですのね。教室でもよく食べているところを見ると、本当にお好きなのですね」
「んっ、そうですね…手軽に食べられるのが一番良いかなって感じです。オルコットさんはパンケーキですか?」
「えぇ、そうですわ。ここの食堂の料理はどれも美味しそうで目移りしてしまいますが、やはり母国の雰囲気が感じられるものをついつい選んでしまいます。あの、もしよろしければ一口如何ですか?」
そう言いながらセシリアは、自分のパンケーキをナイフで一口大に切り分けてそのまま真名人に差し出す。
「えっ、そんなの悪いですよ!それにオルコットさんが食べたくて頼んだ物でしょう?それを頂くなんて僕にはとても…」
「構いませんわっ。それに食を通して真名人さんに私の母国のことを感じて頂きたいのです!駄目、ですか…?」
再び目を潤ませて今にも泣き出しそうな顔になるセシリア(二回目)。その様子をずっと対面で見ている鈴は、まさかこの数分の間に同じ光景を二度も見る羽目になるとは思っていなかったために関係ないにもかかわらずげんなりしてしまう。
「うっ…わ、分かりましたっ。分かりましたから、そんな目で見つめないで下さいよ…!?」
「うふふ♪では真名人さん、お口を開けて下さいまし…はい、あ〜ん♪」
セシリアの泣き落とし攻撃に見事に陥落した真名人の口元に切り分けたパンケーキを運ぶセシリア。その様子は側から見れば初々しいカップルそのものだが、全ての経緯を目の前で見せつけられていた鈴は堪らず割って入ることにした。
「あんた達さぁ…人が朝食食べてる目の前でなんてもん見せてくれるのよ。それに真名人も真名人よ、その気も無いのに何でも返事するんじゃないの。嫌なら嫌ってハッキリ言ってやるのも優しさよ?それにそっちのあんたもあまり無理強いするもんじゃないわよ。真名人の奴、困ってるじゃないの」
「んなっ!?い、いきなり何てこと仰いますの!?さっきから気にはなっていましたけれど、貴女一体誰ですの!?」
突然見知らぬ女生徒に割って入られて邪魔されその上注意までされて思わず激昂するセシリア。それに対して鈴は驚くほど冷静に淡々と告げた。
「だから、あたしは二組の凰 鈴音よ。さっきおんなじこと言ったでしょ?んでもって、真名人のルームメイトってわけ。だからこいつの性格はそれなりに知ってるし、これ以上はほっとけないから止めさせてもらったのよ。そういえばあんたどっかで見たことあるような気が…?」
「あぁ、彼女はセシリア・オルコットさん。イギリスの代表候補生ですよ。鈴さん、オルコットさんは善意で言ってくれてますし、オルコットさんもあまり気を悪くしないでほしいんです」
二人の間で一悶着起こりかけるも、すぐに真名人が割って入って何とか未然に防ぐ。しかし落ち着いたのはセシリアのみで、鈴は逆に代表候補生という単語に引っかかっていた。
「代表候補生…イギリス…あっ、思い出した。あんたってBT兵器搭載型のIS乗ってる青い奴ね!前に中国政府から送られてきたデータで見たことあるわ!」
「データで…ということは、貴女も代表候補生なのですか?」
セシリアの問いかけに対して、鈴は自信満々に右手のブレスレットを見せつけた。それは正しくISの待機状態であることの証明であった。
「そーいうこと。よろしくね…えっと“セシリア”で良かったかしら?あたしのことも鈴で良いから」
鈴がセシリアに手を差し出すと、それを見てセシリアも鈴の手を握り返した。そこには同じ高みを目指す者同士の絆が垣間見えた。
「えぇ、よろしくですわ鈴さん。真名人さんのお友達なら私のお友達でもありますものね」
「どういう理屈よ、それ?ちょっと真名人からも何か言ってやりなさいよ……って、あれ?あいつ、何処に行った?」
「何を仰ってますの?真名人さんなら私の隣にちゃんと……って、居ませんわっ!?結局食べてもらえませんでしたわぁ〜!?
「残念がるの、そこォ!?」
鈴とセシリアが握手を交わして友好関係を築いている間に忽然と姿を消した真名人。当然誰かに拉致された訳もなく、純粋に食べ終わったからそそくさと教室に退散しただけである。
「クラス対抗戦までもう時間がない。早く“打鉄弐式”を完成させないと…」
かつて真名人と一度だけ整備室で邂逅した女生徒が一人ぶつぶつと呟きながら自身の専用機の完成を目指して今日も作業を続けていた。本来ならきっと今頃、彼女のISは完成され手元にあるはずだった。しかし今彼女の手元にあるISは未完成のまま…その原因の一端を担っているのは一夏の白式だ。彼女のISの開発を担当していた日本の倉持技研の技術者達がこぞって白式のデータ収集・解析に人員を割かれてしまった為に、彼女自らが残りの作業を引き継ぐことを名乗り出たのだ。だが結果は思うように上手くいかず、現在も完成の目処すら立っていないのが現状だ。そんな一夏に対して恨みをぶつけるのも筋違いだとは分かっているものの、やり場のない怒りからあまり良い感情を抱いていない彼女は、かつて一度だけ整備室で会ったもう一人の男子生徒にも別の思いを抱いていた。
「あの人、あれ以来整備室に来ないけど……私、何考えてるだろ?そんなの別に関係ないのに…」
女生徒はかつて真名人に言い放った言葉を思い出すと、胸にチクリと痛みを感じる。半端な覚悟でISに関わるなという自分の言葉…それは真名人に対して言い放ったのと同時に自分に言い聞かせていた言葉でもあった。個人的な感情から誰にも頼らずこのISを完成させてみせると息巻いたものの、独力で日夜製作に励んでいるにも拘らず未だに完成する気配はない。こんな無愛想な操縦者じゃいつまで経っても日の目を浴びることが出来ないISが可哀想だと自分を責めるほどに。
そんな思いを抱きつつディスプレイに投影されたデータの調整作業をしていると、ふいに整備室の扉が開かれる。誰かが入って来た気配はあったが、今はとにかくクラス対抗戦に向けて自分のISを完成させなければならなかった女生徒はその人物を無視して作業に没頭する。それがクラス代表である彼女の立場であり、責任でもあった。暫く集中して作業を続け、それらが終わって振り返るといつの間にかその人物の気配は消えていて、代わりに振り返ってすぐの作業台の所に中身が詰まったビニール袋が置いてあった。
「何だろ…?」
女生徒は既に誰もいなくなった整備室の中を見回すと、気になったビニール袋の中身を確認してみる。すると、袋の中には大量の栄養ドリンクと丁寧に折り畳まれた一枚の紙切れが入っていた。女生徒はその紙切れの中身が無性に気になって戸惑いつつも目を通す。
「わっ…栄養ドリンクがいっぱい…!これって、手紙…かな?何だろう………っ!」
女生徒の目に飛び込んできた手紙の内容、それは簡潔だが彼女を気遣う“無理せず頑張って”という言葉のみが書かれていた。女生徒はこんなことをしてくれる間柄の知り合いが居たかを頭の中で考えを巡らせる。
「一体誰が…本音?でも、本音だったらちゃんと声を掛けるはず。じゃあ…虚さん?いや、こんな砕けた文章は使わないと思うし。お姉ちゃんは…あり得ないっ。クラスの人達と先生も違うと思うし……もしかして、あの人…なのかな?」
女生徒の脳裏にふと以前整備室で出会い、屈託のない笑顔を浮かべながら素直に自分を称賛してくれた真名人の顔が過ぎる。もしかしたら…と思ったのも束の間、自分が真名人に対して心ない言葉を浴びせていた事実を思い出してしまい、彼女の中でその仮説は淡い期待から絶対に有り得ないものに変わり果ててしまう。普通に考えればいきなり見知らぬ相手から謂れのない非難を受けたのに、その相手に甲斐甲斐しく世話など焼くものかと…いや、あり得ないだろう。彼女が真名人にしたことは正直子どもと同レベル、何の負い目の無い彼に八つ当たりの如く責め立てる。女生徒が真名人の人となりを知らない故に温情をかけてくれるなど初めから考えられるはずもなかった。
「…そんなはず、ないか。私、何期待してるんだろ…?」
女生徒は突如として湧き上がってきた感情に戸惑いながらも、その考えに蓋をする。しかし、彼女の表情はいつの間にか自然と柔和な笑みに変わっており、その証明に作業に戻った際の彼女の頬がほんのり上気していたことに彼女自身も気づくことはなかった。
「まさか最初の試合が一夏君と鈴さんだなんて…何というか歯痒いなぁ」
それから月日が流れクラス対抗戦当日になった。第二アリーナの観戦席にてこれから行われる試合の行く末をじっと見つめている真名人は、二人の知り合いが対戦することになるとは思っておらずクラスメイトである一夏を応援するべきかルームメイトである鈴を応援するべきか一人葛藤していた。
「あっ、上月君〜。隣の席、座ってもいいかな?」
葛藤している真名人の下に一組の女生徒達が近づいて声を掛ける。俯いていた真名人がその人物達を確認すると見知った人物だった為、彼女達の申し出を受けることにした。
「えっと、相川さんと谷本さんと鏡さん。えぇ、空いてますのでどうぞ」
真名人の承諾を得た彼女達はすぐに話し合った結果、右隣に鏡 ナギが座り左隣に相川 清香、その隣に谷本 癒子が座る。
「ほらほら〜、ナギに特等席あげるからさ!滅多にないチャンスだもんね〜?」
「き、清香ちゃん〜!?な、何言ってるのかなぁ!?」
「…でも、確かに珍しいよねぇ。いつもは本音ちゃんがくっついてるイメージなのに」
三者三様の反応を見せる彼女達。確かにそれは真名人も思ったことでもある。真名人の経験則でいうと、普段の本音なら少なからず目の届く範囲内でウロウロしてるはずなのだが今日に至っては教室以外では姿を見ていない。まだ観戦席にも姿を見せていない上に、何処に行ったという情報も聞いていない。彼女にもプライベートな人間関係があるだろうし、そこをどうこう言うつもりもないが…とそれ以上の思考は停止させる真名人。ただのクラスメイトにそこまで話す必要もないだろうし、知ったところでそれ以上の考えがあるわけでもないからだ。
「…まぁ、布仏さんにも色々あるんでしょう。別に気にしてないですよ、皆さんがいますから寂しくありませんし」
そう言って視線をアリーナの中央に戻す真名人。しかしその表情は何処か晴れておらず、アリーナを見つめる真名人の眼差しは鋭いものに変わっていた。
「そういえばずっと気になってたんだけど…いつも上月君を襲…じゃなかった、遊んでる子達は一緒じゃないの?」
「あぁ、それでしたら……ほら、一番後ろの席にいますよ。さっき山田先生から聞いたのですが、なんか織斑先生から“絶対に上月に近づくな”っていう接近禁止命令が出てるらしいです。別にそんなことしなくてもいいんですけどね」
「あ、あはは…。だからさっきからすっごい視線感じるんだ」
「うん、なんかビシビシ刺さってるよね…私たちに」
清香の素朴な疑問に淡々と答える真名人、それを受けて苦笑いをしながら納得するナギと少し辟易している癒子という構図。普段はがっつり話すことがないので、この機会にお互いのことを知り交流を深めるのも悪くないと考える真名人。暫くたわいもない話をしていると、出入り口の所から真名人達の姿を確認した本音が遅れて合流した。
「はぁ、はぁ…うぅ〜、遅くなっちゃったよぉ…あっ!こーちん〜♪皆も〜…って、ハッ!わ、私の座る場所が無い〜!?」
「ふっふっふ〜♪いつもみたいに上月君を独占できると思ったら大間違いなのだ〜!今回ばかりは素直に諦めなさい、本音!」
遅れて来た本音に対して何故か得意げになる清香。本音からすれば真名人の両脇を何故かナギと清香ががっちり固めており、完全に付け入る隙がない状態だ。別にそれが普通なのだが彼女にとってはそれだと困るらしく、少し考え込む素振りを見せて唐突に何かを閃いたのか半ば強引に真名人の膝上に腰を下ろした。
「むぅ〜……じゃあ、私はここに座るも〜ん!むふ〜♪」
『!?』
本音の予想外の行動に真名人以外が驚愕の表情を見せる。当の本人はといえば、単純に視線が塞がれてしまいどうしたものかと苦言を呈する。
「あの、布仏さん…前見えないですし、ちょっと重いです」
「気にしない、気にしない〜♪それにこーちん、女の子に重いとか言っちゃいけないんだよぉ!」
「…いや、だって本当のことですし。膝の上に座られると布仏さんの方が高くなって見えないんですよ……悔しいですけど」
少し悔しそうに事実を述べる真名人の様子を見てまたもや生来の悪戯心が騒ぎ出したのか、本音は顔を綻ばせながらある提案をする。
「…それじゃあ、こーちん少し足開いてほしいなぁ。そしたら私がそこにスポッと収まるから〜。それじゃ…駄目ぇ?」
『!?』
本音の積極的過ぎる提案にまたもや真名人以外に衝撃が走る。そして、注目は回答を求められている真名人に集まった。数秒の静寂が訪れた後、考えがまとまったのかはたまた考えることをやめたのかやけに呆気なく回答が得られた。
「あぁ、それなら構いませんよ。前見えるし…さっ、どうぞ」
「やった〜♪んじゃ、お言葉に甘えて〜…落っこちないようにお腹のところで抱っこしててね〜?」
「んっ、了解です」
真名人の了承を得た本音は嬉々として真名人の両足の間に抱き抱えられる形ですっぽりと収まる。その間にも本音は真名人の腕をしっかりと自分のお腹周りにホールドさせている為に、自然と二人の距離が密着状態にならざるを得なかった。
「どお〜、こーちん?女の子を抱いた感想は〜?」
「変に誤解を招くような言い方しないで下さい。まぁ…強いて言うなら布仏さんは良い匂いがするってくらいですかね。髪の毛とか特に」
「むふふ〜♪良いシャンプーを使っているおかげなのだ〜」
意外にも真名人から高評価を得た本音は上機嫌に背後から回された腕をギュッと握って、更にニッコリ笑いかけて嬉しい気持ちを伝えていた。その様子を側で見ていて堪らなくなったのか、恐る恐る癒子が兼ねてからの疑惑を追及した。
「前からずっと気になってたけど、二人ってもしかして…付き合ってたりするの?」
癒子の問いかけに一瞬虚を衝かれる真名人と本音。本音の名誉の為にすぐにそれを否定しようとする真名人だったが、それを途中で遮る者がいた。
「…へっ?布仏さんと、僕が?そんなことあるわけな「んふふ〜!実はそうなので〜す♪ね〜、ダ〜リン♡」だ、ダーリン!?」
真名人の発言を遮ったのは勿論本音だったのだが、とんでもない爆弾を投下した。本音は握っていた手をそのまま真名人の頭に持っていき、そのまま振り返ってわざとらしいくらいに甘えた声で真名人に呼び掛けることで、周りの女生徒達が過剰に反応した。
「あちゃ〜、やっぱ売約済みか〜!!」
「上月君、織斑君と違ってガード緩いから狙ってる子意外と多かったし、結構優良物件だもんなぁ……残念だったね、ナギちゃん?」
「べ、別に私は気にしてないし……気にして、ないもん…」
「…皆さん、あまり布仏さんの言うことを鵜呑みにしないで下さいよ。僕と布仏さんは何にもありませんし、それにもし何かあるとすれば僕よりも一夏君の方が有名で男性として魅力的だし可能性あるでしょう?」
真名人の冷静過ぎるほどの訂正と説明により、沸騰しかけていた彼女達の脳内がクールダウンされる。悲しいことだが男性としての魅力値は、真名人よりも一夏の方が圧倒的に高いことは明白である。世界的なカリスマである千冬を姉に持ち、その千冬譲りの整った容姿や裏表のない性格に加えて世界で初めての男性操縦者であり、異性をときめかせる言動が似合う正に完全無欠の理想的な男性である一夏。対して真名人はといえば二人目だと言えば聞こえは良いが、突如として発見され基本的な情報しか開示されていない上にどれも特筆すべきものはなく容姿・家族構成・能力どれを取っても普通・平均・可もなく不可もなく。基本的には口下手で気の利いた言葉を掛けることもなく、敬語で話しているのも何処かよそよそしさを感じる生徒もいるだろうし最低限真名人の性格を知っていなければ無愛想な人間だと認識してしまうだろう。現状それを知っている人物といえば一組の生徒とごく一部の人間に限られている…しかもそれを真名人自身が証言しているので、より彼女達を納得させるだけの説得力が増していた。
「それは…そうなのかな?あたし、上月君も良いと思うよ?」
「ありがとうございます、相川さん。でも世間一般での評価はそうじゃないんですよ。だからといって別に悲観したりはしませんけどね」
「ふ〜ん……だって、良かったねナギちゃん。上月君、まだフリーみたいで」
「っ!そ、そうなんだぁ…そっかそっか…って、何で私に振るのかな!?」
真名人の訂正によって三人の誤解が解けたのだが、それを良しとしない人物が真名人に文句を言い出す。
「こーちんはやっぱり意地悪だぁ…」
「布仏さん、さっきのはどうかと思いますよ。悪気が無いのは分かってますけど無闇に嘘は吐かない方が布仏さんの為ですし、何より現実的にあり得そうな一夏君ではなくわざわざ僕を選ぶところが矛盾しますので。ちょっと怒ってますし素直に反省して下さいね?」
「ふにゅ!?は〜い…。ごめんね、こーちん…」
いつにも増して真面目な真名人を茶化せないと悟った本音はしょぼんとした様子で謝罪をする。すっかりいつもの元気がなくなってしまい物悲しさすら感じ取れるほどに打ちひしがれる本音に対して、反省の念を感じた真名人はそれ以上の追及をやめてフォローを入れる。
「大丈夫ですよ。布仏さんは自分が悪いことをしたとしても、ちゃんと反省できる子だって分かってますから」
「うぅ…こーちん〜!!ちゃんと反省するからギュッてして〜!」
「まぁ、それは全然構いませんけど」
「それは良いんだ…上月君ってやっぱ謎だね」
真名人の感性が謎過ぎてもはや理解が追いつかない癒子とその言葉に納得する清香とナギ。本音は真名人からの許しを得られてすっかり元の調子に戻っていた上に寧ろ先程よりも身体を密着させているし、真名人に至ってはもはや虚無の境地に達していた。邪な気持ちを持たず、ただ純粋にアリーナを見つめていれば何も気になることはない…はず。
「あっ、一夏君と鈴さんが出てきましたよ!何か話してるみたいですけど…」
「う〜む、じゃあさっきのお詫びに得意の読唇術をお見せしよ〜!むむむ〜…」
ピットから飛び出してきた一夏が鈴と顔を合わせるなり何かを話しかけている様子を、本音が小さく唸りながら目を凝らして二人の口元を注視する。その間に真名人は前回試合が出来なかった一夏の白式、そして新たに転入してきた鈴のISを観察する。一夏の白式はその名の通り白い機体カラーのISで近接戦闘用と思われる刀剣型の武装を展開しており、対する鈴のISは赤みがかった黒の機体カラーで大型の青龍刀を二基装備している。そして気になるのが背面に浮遊する特徴的なユニット…セシリアのブルー・ティアーズに装備されているBT兵器の様な特殊兵装なのだろうかと考察していると、ここで満を持して本音が読唇術の結果を報告してきた。
「…はっ!わ、分かっちゃったっ。なんかね〜、あの二組の女の子がおりむーのこと死んでも許さない〜、このどーてーそちn…い、いひゃいいひゃいいひゃい!?なんへほっへひっはふほ〜!?」
意気揚々とヤバイことを口走ろうとするのを感じ取り、本音の口を封じる為に彼女の両頬を引っ張って阻止する真名人。これを分かってて言ってるのか天然なのか判断できないのが難点だが、少なくとも清香・癒子・ナギの三人には伝わらずに済んだようだ。
「黙らっしゃいです、あまり度が過ぎる嘘ばかり吐いているといつか名誉毀損で訴えられますよ。それに布仏さん以外は心が汚れてませんので巻き込まないで下さいっ」
「うぅ〜、通訳しただけなのにぃ…。ほっぺがお餅みたいになっちゃうよ〜…」
真名人によって引っ張られた頬を両手でさすって痛みを和らげる本音。若干可哀想ではあるがこれは本人の自業自得なので同情の余地は無いと真名人はそれ以上の思考をやめた。
「あ、あはは……そ、そろそろ試合始まるみたいだよ!ほら、皆で応援しないきゃ!頑張って〜、織斑君〜!!」
「優勝特典を一組に〜!」
「フレフレー、織斑君!ファイト、織斑君〜!!」
アリーナに設置されているモニターに数字が表示されカウントダウンが始まると、観客席の一組メンバーが揃って一夏への応援を始める。結局真名人は未だにどちらを応援するか決められないまま、カウントが0を表示され試合開始のアナウンスが流れた。
「両者とも準備はよろしいですか?それでは、試合を開始して下さい」
アナウンスが終わると同時に試合開始の合図であるブザーが鳴り響き、それに呼応するかのように一夏と鈴が一気に距離を詰めて互いの武装を激しくぶつけ合う。その凄まじい衝撃を物語るかのように互いの武器の鍔迫り合いによって大量の火花が発生し、一瞬の駆け引きの末先に鈴が後方へ下がって態勢を立て直す。それを必死に猛追する一夏はその手に持った刀剣を当てようと振るが、寸でのところで何度もいなされいまいち攻めあぐねていた。側から見れば一夏が優勢にも見えるが、真に実力が上なのは余裕の表情を浮かべながら全く隙を見せない鈴の方であると悟ってしまう。
「あの二組の子、凄いね…織斑君も前よりは動きが良いはずなんだけど…」
「くぅ〜!セシリアの時みたいにズバッといかないもんかなぁ!」
「焦っちゃ駄目だよ、チャンスを待てばきっと…!」
本音以外の三人が試合の様子を見た感想を口にする。少なからず一夏が劣勢であることを感じとっているらしく、ISに関することは真面目に捉えていることが伺える。それに対して不気味なほどに無言で見つめる本音の様子が少し気になる真名人。こういう時こそ何かしら言うものだと踏んでいたのだが、明らかに何かを考え込んでいる様子だ。
「一夏君の攻め方が悪いわけじゃないのに、これが代表候補生の実力なのか……悔しいけど、凄いなぁ」
「こーちん、ウズウズしてるね。今、すっごい男の子の顔してるよ?」
「…振り返らずに何で分かるんですか。もう怖いですよ」
試合から視線を外さずに自分の心情をズバリ言い当てる本音に恐怖する真名人。確かに二人の手に汗握る試合を見て気持ちが昂っているのは事実だが、真名人に抱えられているはずの本音に何故バレているのかと。
そんな最中、試合が一気に動き始める。剣による連撃を続けていた一夏が遂に均衡を破り鈴の体勢を崩すことに成功する。
「…っ、動いた!このまま行けば……えっ!?」
後退した鈴に追い込みをかけようと突進する一夏の刀剣が鈴に迫った瞬間、突然一夏の身体ごと吹き飛ばされた。鈴は完全に無防備な状況だったにもかかわらずだ。
「な、なになに!?どういうこと?」
「分かんないよぉ!?いきなり織斑君が飛んでっちゃったけど…」
「上月君、今のって何か分かったりするかな?」
「さぁ…鈴さんが攻撃したんだとは思うけど、でも今のは明らかに何もしてなかったはずなんだけど…」
いきなりアリーナ端まで吹き飛ばされた一夏は壁に激突すると、何故かその場を離れるように飛翔する。すると、ついさっきまで居た場所が突然地面ごと何かによって抉られたのだ。そして、その何かは逃げる一夏を追うように地面やアリーナの壁を破壊していく。その事実から一つの推測が浮かんできた。
「もしかして…あれが鈴さんのISの能力なのかな?オルコットさんのビットみたいな特殊兵装」
真名人は以前授業で習ったことを思い出す。ISはそれぞれ世代別に区分することが可能で、兵器としての完成を目指した第一世代、
「要するに、おりむーは見えない攻撃を受けてるってこと〜?」
「えっ!それじゃ避けられないじゃん!?」
「嘘っ!織斑君、ピンチなの?」
観客席がこれだけ焦っているのだから、本人はもっと痛感しているだろう。相手の攻撃方法やどのタイミングで自分に飛んでくるかも分からない状況で、一夏は必死にアリーナ内を飛び回りながら攻略の糸口を掴もうとする。その間にも白式のエネルギーは少しずつ減っていき、防戦一方のこの状況ではいずれ一夏の負けが決まってしまう。それを確信したのか空中で急停止して、何かを試すような素振りを見せる。その様子を怪訝に思ったのか鈴も一旦攻撃を止めて一夏に何かを話しかけている。
そして、一夏が持っていた刀剣を構え直したその瞬間……突如としてアリーナ直上から凄まじい衝撃がその場にいる者全てを強襲した。
「っ!?くぅ…!うぅ…な、何だ……これは!?」
衝撃によってアリーナ内に土埃が舞い上がり、緊急時用の防壁が発動して観客席全体を遮断する。すぐに非常灯に切り替わりぼんやりと薄暗いながらも視界を確保するも、どうやら驚いているのは真名人だけではなく周りの生徒達も突然の出来事に驚愕していた。
「わっ!?うぅ…こーちん痛いよぉ!?いきなり立たないでぇ!?」
「あっ、ごめん。でも、これって……そうだ三人とも、大丈夫ですか!?」
真名人は付近に居た清香達の安全を確認すると、少しして返事が返ってくる。しかし、状況は極めて最悪のルートを辿り始めていた。
「う、うん。こっちは大丈夫だけど…これって演出?」
「そんなわけないよ…!?多分本当に何かあったんじゃ…」
「これってさ、もしかしてもしかしたり…する?」
状況を鑑みると、自分達がとてつもなく拙い事態であることを把握してしまう。
「…どうやら僕達、閉じ込められたみたいです」
本日の一言
「でも、栄養ドリンク……ちょっとだけセンス無い」
by???