「ふぁ!?こ、こんなの着なきゃいかんのですか!?」
開口一番、教室に入って素っ頓狂な声を上げた真名人。勿論気が触れたわけではなく、その原因はクラスメイトが見ていたISスーツのカタログにあった。
「うんうん、そうだよ。今日から申し込み開始だからね〜!上月君も今までジャージで授業受けてのらりくらりと躱してきたけど、もう逃げられないよ!潔く私たちに裸体を晒すか…もしくは学校指定の水着(女子用)を着ることになるかもよぉ?」
「上月君の…ちょっとだけ窮屈かもしれないよね。ぐふふ…」
「そうそう、特に“ある部分”がねぇ。ふふふ…」
「ヒィ!?うわぁ…嫌だなぁ、それ嫌過ぎるなぁ。どっちを選んでも地獄じゃないですか!僕に救いは無いんですか!?」
女生徒達の視線が真名人の下半身…主に股間に集中し咄嗟に手で隠しながら助けを求める真名人。その困り顔を見て恍惚の表情を浮かべる女生徒……もうこのクラス、怖すぎる。彼にとってはもはや日常会話ですら地雷原でしかないのだから。
「あはは…まぁ、それはそれで。あっ、のほほんさ〜ん!おはよ〜」
「あっ、おはよ〜♪何話してるの〜?」
そんなやり取りを続けていると遅れて来た本音が会話に加わるために近づいてきた。場所はいつも通り真名人の隣…ではなく、何故か対面の女生徒の隣に。
「うん。ISスーツの申し込みが始まったから、上月君も着なきゃだよね〜って話してたんだけど……あれっ、今日は上月君の隣じゃなくていいの?」
「…ん〜っ?何で〜?」
女生徒に指摘されるも不自然なくらい言葉を躱していく本音。そして何故かずっとほんわか笑顔のまま真名人の方を見ようともしない。それは女生徒のみならず真名人も何処かおかしいと察したのかアイコンタクトの結果、代表して真名人が死地に飛び込むことになった。
「あの、布仏さん…どうかしました?もしかして具合でも悪いんのでは…」
「……ふんっ!」
一蹴。原因不明であるはずなのに明らかな拒絶を示してむくれ顔で自分の席に帰っていく本音。それを受けた真名人はといえば…。
「あが、だばばばば…ぴー、がががが…」
「あーっ!上月君が口から煙吐いてるぅ!?てか、気絶してるーっ!?」
二話以来の立ったまま気絶という妙技を披露するほどに精神的なショックを受ける真名人。つい先日龍司との完全な和解を果たして殆どの蟠りを解消したばかりだというのに、自分の与り知らぬところで発生していた“本音 勝手に不機嫌問題”に見舞われて一気にキャパシティオーバーを起こしたのだ。てか、こんなんどう対処すりゃいいんじゃって話である。
「皆さん、おはようございま…って、上月君!?何でまた気絶しているんですかぁ!?お、起きて下さい〜!?」
『や、山ちゃん(山ピー)先生!!助けて〜!!』
遅れて教室に入ってきた真耶が挨拶と同時にのっぴきならない状況になっている真名人を見つけて、無我夢中で肩を掴んで揺らす。が、一向に魂が戻ってくる様子は無く更にこの後の進行のこともあったので、とりあえず真名人を移動させて席に座らせることにした。
それに合わせて始業のチャイムが鳴り始め、千冬が気怠げになりながら教室に入ってくる。
「既にチャイムが鳴っているぞ。鳴り終わるまでに着席していない奴には有り難い罰が待ち受けているからな……山田先生、上月は一体どうしたのですか?」
「お、織斑先生!私にも分かりませんよぉ!?朝来たらもうこの状態だったんですから…上月君〜!?」
千冬は真耶に起こされている真名人とそれを隣の席でムスーッとした表情で睨みつけている本音を交互に確認し、大凡の原因を特定する。大方、真名人が本音にいらぬことを言ったのだろうと安易に結論付けた。
「…山田先生、とりあえず今は放っておきましょう。今日は特に連絡事項が多いので」
「は、はい…布仏さん、HRが終わるまで上月君のこと頼んでも良いですか?」
「………は〜い」←悩んだ末に嫌々OKを出す本音
「うえ〜ん!?見るからに嫌そうな顔されましたぁ!?」
もはや半泣きを通り越して号泣しながら千冬に泣きつく真耶。その豹変ぶりに違和感を覚える千冬。少し前までは口を開けばこーちんこーちんとまとわりついていたのを見ていた身としては、今の本音の態度はまるで別人としか言えなかった。まぁそれはあくまでも私情、教師としての仕事を怠る理由にはならないのだが。
「本日より訓練機を使用した実践的な訓練が始まる。今までの授業で教えた基本動作に加えてより本格的且つ精密な動きが要求されるので、気を引き締めて臨むように」
真面目な顔で連絡事項を伝える千冬。その雰囲気に圧倒されるようにクラス全体も若干ピリついた空気に包まれる。
「尚、ISスーツが届くまでは学園指定の物を使うように。もし忘れた者は代わりに水着を…それも無いなら下着でも構わんだろう」
さっきよりも真面目な顔で急にぶっ飛んだ発言をする千冬。あまりにもサラッと言うもんだから、隣にいた真耶も泣き止んで今ではすっかり恐れ慄いている。
そんな中、勇気ある女生徒達が千冬にある質問をした。
「お、織斑先生!質問があるのですが宜しいでしょうか!」
「んっ、何だ?」
「織斑君はもう専用のISスーツを持ってるから良いとして、上月君はずっとジャージで授業に参加していました。つまり、これを機会に上月君もISスーツを着て授業を受けなければいけませんよね!?」
「あぁ、まぁそうなるな」
「織斑先生、私からも質問です!現在ISスーツは織斑君の特注品を除いて、女性用のものしか存在していません!それでもやはり上月君はISスーツを着なきゃいけませんよね!?規則ですもんね!?」
「…あぁ、そうだな」
「…“もっこり”しちゃっても、仕方ないですよね!!」
「………。後は山田先生、お願いします」
「えぇ!?こ、ここで私に振るんですかぁ!?えっと、えっとぉ……お、お互いに同意の上でなら…大丈夫だと思います!!」
おい、この腐女子が。急に自分の欲望に忠実になりやがって…。今このクラスには三つの思惑が交錯していた。あぁ、これから紹介する転入生が早速クラスに馴染めない雰囲気を感じているんだろうなぁ…余計な仕事が増えるなぁ…と近い将来を悲観する者。同じ男として同情する分、自分が同じ立場じゃなくて心底ホッとした者。規則を理由に普段押さえつけられている欲望を合法的に叶えようとする副担任とその他大勢の女生徒。真名人本人は現在魂がフライアウェイしている最中で、更にその他の数名の良識ある女生徒はノーカウントである。
このままではいよいよ収拾がつかないので、千冬は強引にこの危ない話題を切り上げることにした。
「な訳あるか。小娘共…私の前で堂々とセクハラするつもりか?随分と偉くなったものだなぁ?それに山田先生も生徒の悪ふざけに流されないで下さい…まぁ、性癖だというのなら無理に止めはしませんが」
「あ、あははは……じ、冗談に決まってるじゃないですかぁ…!皆さん、駄目ですよ!上月君で遊んじゃ!」
変わり身が早い真耶に対してその場に居た誰もが“あんたが言うな、割とノリノリだったくせに”という言葉が喉まで出掛かったが、それはグッと堪えて飲み込む。変に叩いてもらい事故したくないというのがクラスの総意であった。
その場の嫌な空気を感じとったのか、真耶は軽く咳払いをしてずっと滞っていた話題を切り込む。
「んんっ…!え〜っと、では改めまして突然ではありますが、今日からこのクラスに入ることになった転入生を紹介します。しかも二人の内、一人は男の子ですよ〜!」
ぽわぽわ〜っとした笑顔で爆弾発言をぶちかます真耶。一瞬過ぎて誰も反応出来なかったが、彼女の言葉の真意を遅れて理解した一組メンバー(真名人を除く)は途端に嬌声という名の阿鼻叫喚の地獄絵図を描くことになった。
『……えぇえええええええっ!?!?』
「…五月蝿い。三人目だろうにそこまで騒ぐな。山田先生、奴等を鎮めて下さい」
鬱陶しそうに額に手を置く千冬。その双方からの圧を受けてあわあわ狼狽する真耶は堪らず転校生に助けを求めた。
「わっ、わわ…!?み、皆さん落ち着いて下さい〜!て、転校生のお二方!入って来て下さい〜!?」
「し、失礼します…」
「……」
真耶の悲痛な叫びを受けて、教室の扉の前に待機していたであろう制服姿の二人が入ってきた。
「で、では二人とも自己紹介をお願いしますね。まずは…デュノア君から!」
テンパり気味の真耶に促されて男子用の制服に身を包んだ金髪の人物が挨拶を始めた。
「はい。皆さん、初めまして。フランスから来ました、シャルル・デュノアです。日本にはまだ来たばかりで不慣れなことも多いと思いますが、ぜひ仲良くしてくれると嬉しいです。不束者ですが、宜しくお願いします♪」
にこやかな笑顔を浮かべてペコリと綺麗なお辞儀をするシャルル。しかし、顔を上げても一向に返事が返ってこず思わず困惑の表情を浮かべる。だが、それも杞憂に終わることになる……嵐の前の静かさという最悪の形で。
「あ、あの…皆さん?どうかしたんで『キャアアアアァ!?!?』ヒィ!?」
一組メンバーによる夥しい量の嬌声がシャルルを襲う。既にこれを経験している一夏と未だに魂が空中分解している真名人には効かず。
「男子!三人目の男子よ!!」
「我が一組へようこそ!たっぷり可愛がってあげるからね〜!!」
「金髪!!しかも守ってあげたくなる系!!あぁ、母性本能がくすぐられるぅ…じゅるり」
「後ろ髪を結んでるのもポイント高いよね〜!!ハスハスないしバシバシしてほしいなぁ…」
「織斑君と上月君の国産黄金比にデュノア君という異国の宝が加わって濃厚な絡みが……国際交流、捗りますね〜」
「こ、このクラス…やっぱり怖いよぉ!?僕の自己紹介、もう終わりっ!次、君の番だよ!」
明確に向けられた腐の恐怖を感じとったシャルルは、恐怖のあまり涙目になりながら隣にいたもう一人の転校生に場を明け渡す。そのシャルルに促されたのは長い銀髪と左目を覆う眼帯が特徴的な小柄な少女。しかしその一見愛らしい容貌とはかけ離れた、まるで目に入った者は全て始末すると言わんばかりの冷酷で鋭い眼光。未だに口を開くことなくクラス全体を隅々まで見渡しているその少女…それは明らかに“何か”を探している様子だった。それを察した千冬は彼女に自己紹介をする様に命じる。
「…ラウラ、お前も挨拶をしろ。後が支えている」
「…っ!はい、教官!」
千冬に命じられた少女は背筋を伸ばし、千冬に向けて敬礼をする。その佇まいは正に“軍人”といえるものだった。尤もそれを良しとしないのが千冬であるのだが。
「私はもうお前の教官ではない。今はしがない一教師に過ぎん、それは貴様も同じことだろう。理解したのなら今後は教官ではなく先生と呼べ」
「むっ…了解、しました。すーっ、はぁーっ…んんっ!ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
深呼吸をして一旦、息を整えたラウラは凛とした態度で自分の名前を宣言する。しかし、それ以上の情報を開示する気配はなくラウラ本人と千冬以外の面々は困惑するばかりだった。
「あの、もしかして…終わり、ですか?」
「あぁ、以上だ」
意を決してラウラに確認した真耶だったが、即答されてまた涙目に。それを気にする様子も無く、ラウラは最後列で放心状態になっている真名人ではなく、未だに呆然としている一夏の前まで近づき…。
パチンッ!!
大きく振りかぶったラウラの右手は一夏の頬を見事に直撃した。乾いた音が教室内に響く中、あまりにも鮮やかな平手打ちを受けた一夏だったが数瞬遅れて自分が何をされたのかを理解し、咄嗟にラウラに抗議する。
「痛ッ…!?な、何するんだよ!!」
「私は認めない!貴様があの人の弟など…貴様の所為であの人は…!」
ラウラは一夏を睨み付けると、そのまま空いている席に座ってしまった。つまりはこれ以上一夏の相手をするつもりは無いということらしい。
激昂してラウラに食ってかかろうとする一夏を見て、千冬は遮るように言葉を投げ掛ける。
「以上でHRを終了とする。このまま各自着替えて第二グラウンドに集合するように。本日の実践訓練は二組と合同で行うので、くれぐれも遅れないように。織斑、気持ちは分からないでもないが今は堪えろ」
「で、でも…!?俺は……わ、分かりました…」
千冬の言葉に反発しようとする一夏だったが、言葉とは裏腹に何処か申し訳なさそうな千冬の目を見てそれ以上の言葉を投げ掛けることが出来なくなってしまった。いつも強気な姉の姿をずっと見てきた一夏にとって、今の後ろめたさを隠しきれない千冬の姿は信じられない光景そのものなのだ。
「すまないな…デュノアの世話をやってくれると助かる。まだ上月が使い物にならんようだからな」
「あ、あぁ…それは良い、ですけど」
何となく歯切れの悪い返事をしてしまった一夏だったが、それらを全て包みこむようにごく自然な流れで乱雑に一夏の頭を撫でる千冬。姉として弟を気遣う心意気…ということなのだろう。
そのまま千冬と真耶は教室から出て行ってしまった。一夏は何となく気恥ずかしさと心地良さが入り混じった感情を払拭しつつ、千冬に頼まれた仕事を遂行することにした。
「よっ、俺は織斑 一夏だ。何か分からないことがあれば遠慮なく聞いてくれよ」
「あっ、うん…宜しくね。僕のことはシャルルって呼んでほしいな」
「分かった。じゃあ俺のことも一夏って呼んでくれよ。じゃあ早速だけど早くアリーナの更衣室までダッシュしなきゃなんだよ。俺たちが退かないと女子が着替えられないからな」
「そ、そうなんだ…あれ、もう一人の男の子は?」
「それなら大丈夫だ。真名人は専用のISスーツを持ってないから、俺らと違って特別にジャージで授業受けられるんだ。だからわざわざ更衣室で着替える必要無いんだ。本当は俺もその方が楽なんだけどなぁ…」
「希少な男性操縦者なのに?何処もスポンサーが付いてないの?」
「う〜ん…詳しいことはよく分かんないけど、なんか真名人のISが特殊だからって千冬姉が言ってような……あっ、千冬姉っていうのは織斑先生のことな。俺の姉なんだ」
「ふ〜ん…あっ、もう時間無いよ!」
「ヤバっ!い、急ぐぞシャルル!」
「う、うんっ!」
そんなやり取りを繰り広げながら教室を飛び出していく一夏とシャルル。廊下には既にシャルルのことを聞きつけた他学年他クラスの女生徒が策を練って二人を待ち構えていた。二人が如何にして道中を攻略していくかを実況するのも一興なのだが、今回は教室内に残されたもう一人の方に焦点を当ててみよう。
(大変お見苦しい展開が繰り広げられることが予想されるので、音声のみとさせて頂きます。予めご了承くださいませ)
「お〜い、上月く〜ん?起きろ〜」
「どお?上月君、復活しそうな感じある?」
「ううん、何か駄目っぽい。でも面白いくらいに反応無いんだよねぇ…このままキスしちゃおうかな?」
「ちょ!?抜け駆けするんじゃないの!早まるんじゃないよ!」
「そうよそうよ!我が一組には織斑君と上月君に加えてデュノア君という最強の布陣が揃っているの!ここで均衡を破ってはいけないわ!」
「ふふふ…ならあんた達は黙って見ていると良いわ!そのまま織斑君やデュノア君という高嶺の花に夢中になってなさいよ!私は行くわよ、今目の前に転がっている
「あわ、あわわわ!?ど、どうしよう!?止めなくていいのかな!?」
「う〜ん…まぁ、いいんじゃないの?それより早く着替えないとあたし達も遅れちゃうよ〜」
「えぇ!?も、もう脱いじゃうのぉ!?まだ上月君がそこに居るのに!?だ、大胆過ぎるよぉ…」
「ん〜、上月君だったら別に裸見られても気にしないけどなぁ。普段から色々女子の悪ふざけに巻き込んじゃってるからねぇ。それに上月君っていやらしい感じとか全然しないし、素直に好感が持てるかな」
「あー、それ分かるかも。なんて言うか……上月君って“弟の友達感”がすごいんだよねー。そこまで詳しく知らないし親しくないんだけど、なんかイジりたくなるっていうか…無性に揶揄いたくなるっていうか」
「そうそう!反応が一々可愛いんだよね〜♡この前も上月君が教室に忘れ物か何かして戻ってきた時に、ちょ〜っとだけ悪戯しちゃったんだよね〜」
「悪戯?そんなのやってたっけ?」
「うん。制服の胸元緩めて上月君にだけ谷間が見えるように前屈みになってみたり、いきなり目の前でスカート捲ってパンツ見せたり」
「だ、だからずっと恥ずかしがってたんだ…上月君、真面目なんだから意地悪したら可哀想だよぉ!」
「なはは…ごみんごみ〜ん。要するにそれだけ上月君に人望があるってことだよ、本人はあんまり自覚してないみたいだけどね。おっ、そろそろ上月君の方も解決しそうだねぇ」
「?」
「ぐへへへ…それじゃあブチュっと行っちゃおうかしら〜♡んむぅ〜「ねぇねぇ〜、ちょっといいかな〜?」んっ?どうしたの、のほほんさ…ヒィ!?」
「す、すごいドス黒いオーラ…一言で見事に黙らせたよ」
「うわぁ…笑顔なのに逆に怖いよぉ!?」
「すこ〜しだけ、こーちんとお話ししてもいい?」
「ひ、ひゃい!!ど、どうぞどうぞ!?「あー、それとね…こーちんのこと、イジメチャダメダヨ?」ヒゥ!?し、失礼しましたーっ!!」
「やった〜、ありがと〜。よ〜し……えいっ!」
「あっ、つねった」
「ぐががが、だばばばばぐぎゃ!?わ、脇腹痛いっ!?あれ…布仏さん?って、何で皆さん服脱いでるんですかぁ!?だ、駄目ですよぉ!?」
「うわぁ〜、両手で目を隠すなんて初心過ぎるなぁ…」
「うんうん。上月君…反応可愛い♡」
「こーちんが居ると、みんな着替えられないでしょっ。早く着替え持って出てって!」
「へっ?着替え…あっ!?ご、ごめんなさい!!す、すぐに出て行きますからっ!?ふぅ…一体何だったんだろう?とりあえずジャージにならないとか……誰も見てない、よね?よしっ、今のうちに下を着替えておこう。うぅ…でも何で廊下で着替えなきゃならないのぉ?こんな所誰かに見られでもしたら大変なことにな……あっ、鈴さん…いや、違うんですよ。これには深い理由がありまして…決していやらしい目的で脱いでるんじゃ…」
「廊下でパン一になって良い理由なんてあるわけ無いでしょ!!この変態ーっ!!!」
「ぐべらっ!?」
「…揃っているな。よし、これより実践訓練を開始する(若干様子がおかしい者もいるようだが…とりあえず大丈夫そうだな)」
『はい!宜しくお願いします!』
千冬の号令によってグラウンドに集合した一組・二組の生徒が揃って威勢の良い返事をする。因みに千冬が指している様子がおかしい奴というのは一夏・シャルル・真名人・本音・箒・セシリア・鈴・本音に詰め寄られた女生徒の八名である。それぞれが全く違う理由で気が気でないのだが、それは本人以外知る由もないことだった。
「先ずは準備運動がてら、専用機持ちに戦闘を実演してもらおうか。そうだな……オルコット・凰の両名、前に出ろ」
「えっ、あたし?うわぁ〜、メンド…」
「全くですわっ。いくら私が優秀だからとはいえ、こうも毎回駆り出されるのは納得いきませんわ…」
千冬に名指しされた為に逆らえず素直に前に出る二人だったが、その道中は文句たらたらだった。正直なところ一回二回の実演ならなんとも思わないが、彼女達は専用機持ちの代表候補生ということもあって事あるごとに酷使されている傾向がある。ぶっちゃけ面倒だし、鈴からすれば普段中々時間が合わない一夏と同じ時間を共有できる唯一のタイミングを削ることになるし、セシリアからすれば一向に名前で呼ぶ気配が無い真名人と心の距離を縮めるチャンスを捨てることでもある。百害あって一利なしと考えている二人に対して、千冬は彼女達の耳元である言葉を呟く。
「お前達、少しはやる気を出さんか……アイツらに良い所を見せるチャンスだぞ?」
『っ!!』
千冬に焚き付けられて、カッ!と眼を見開く両名。そしてついさっきまでの怠けた態度は嘘のように消え、入念に準備運動を始める始末。現金な性格なだけなのかもしれないが、単純に千冬が焚き付けるのが上手い。
「まぁ、皆さんの参考になるのでしたら…お相手は鈴さんということで宜しいのでしょうか?」
「あたしはそれでも構わないわよ。偶には代表候補生らしいとこも見せておかないと舐められるからね」
お互いに視線を交錯させて火花を散らす二人。しかし、千冬から言い渡された内容は彼女達が考えているものとは別のものだった。
「やる気を出すのは構わんが早まるな。お前達の相手は……どうやら準備が出来たようだ」
そう言って頭上遥か彼方に視線を向ける千冬と、それにつられて次々と空を見上げる生徒達。すると少し遅れて耳をつんざくような飛行音が轟き、次第にそれが何なのか明らかになっていく。
「……はわわわ、わわわぁあああああっ!?ど、退いて下さぁああいっ!!!」
徐々に近づいてくる悲鳴の正体…それはISを身に纏った真耶だった。どういうわけか彼女は制御不能になったISと共に集合した生徒達の下へ墜落して為に、急いでその場から離れる生徒達…反応が遅れた一夏を除けば。
「へっ?おわぁああああっ!?」
ぶつかる直前にギリギリで白式を展開し、そのまま真耶と共に雪崩れ込むように地面を滑って勢いを殺す一夏。最終的には衝突による衝撃で地面に大穴を作り、それによって漸く真耶を受け止めきった一夏だったが……その際に彼の手が真耶の胸を鷲掴みにする形になってしまう。
「痛て……んっ、何だ?この柔らかいものは……はっ!?」
「あ、あの…織斑君?こ、困りますぅ…こういうのは好きな人同士でするものかと…そもそも私と織斑君は生徒と教師であって…でも、織斑先生が義理のお姉さんになると考えれば寧ろ良いかも…」
異性への免疫が無い所為か、突然胸を触られたことで一気に妄想の世界へトリップしてしまう真耶。その原因である一夏はといえば、完全にキレてISを展開した鈴によって恐怖の追いかけっこの最中だった。そして、それとは他所に事件はもう一つ起きていた。
「うぅ…完全に巻き込まれたぁ…き、君…大丈夫でした?」
「あっ…う、うん。受け止めてくれてありがとう。えっと…上月君、だよね?」
衝撃によって吹き飛ばされたシャルルだったが、整列した位置関係的に同直線上にいた真名人に抱き抱えられる形で事なきを得た。単純にぼーっとしていて逃げ遅れただけの真名人だが、偶然が重なった結果が良い方向に転じたと判断し安堵する。
「そう、ですけど…僕、君のこと知らないですよ?」
「えぇ!?さっきみんなの前で自己紹介したんだけど…もしかして聞いてなかったの?」
「そうですねぇ…その前に意識が飛ぶくらいショッキングな出来事に見舞われてしまいまして。それで、誰でしたっけ…?」
真名人が申し訳なさそうに申し開きすると、何故か口を尖らせて不満気な様子のシャルル。
「もぉ!じゃあ君だけのためにもう一回自己紹介するからね?今度はちゃんと聞いててよ?僕はシャルル・デュノア、フランスの代表候補生だよ。同じ男性操縦者として仲良くしてほしいなっ」
「……女の子?」
「ぶふーっ!?」
真名人の突飛過ぎる発言に何故か急に吹き出すシャルル。
「えほっ、えほっ…!!ち、違うよぉ!?僕はれっきとした…お、男の子だよ!い、いきなり何言うのかなぁ!?」
「う〜ん…そうなんですかねぇ?何というか雰囲気というか、独特の甘い匂いと感触に覚えが…」
「そ、それは…あっ!!」
急に立ち上がって真名人に抗議しようとするシャルルだったが動揺し過ぎて足がもつれてしまい、そのまま真名人ごと背後に居た人物に倒れてしまった。
「ぐぅ…さっきからこんなんばっかり……んっ?あれ、何でこんなに視界が暗いんだ?それに妙に生暖かいような…?」
「ーーーーっ!?ーーーーっ!!」
視界には捉えていないが頭の上の方でシャルルが声にならない声で悲鳴を上げていることに気づく。そして、真名人が状況を確認しようとしたその瞬間、突然顔の両側から挟み込んでくる柔らかい“何か”に襲われる。
「ふぐっ!?ぐっ、苦し…な、何だこれ!?「…ち…ーちん…」っ!?ま、まさか…!?」
真名人は考え得る最悪の展開を想定しつつも違ってくれという願いを込めながら、恐る恐るそれに向かって顔を上げた。そして、彼の目に飛び込んできたのは…。
「…これは、一体どういうことなのかな〜?ちゃんと説明してくれないと、怒っちゃうかも〜」
先ず真っ先に見えたのは羞恥と怒りによってプルプル震えながら今まで見たこともないくらいに顔を真っ赤にした本音、そしてその本音の胸の谷間に顔を埋めて必死にもがいているシャルル、極め付けにシャルルの巻き添えで倒れて偶然・奇跡的・天文学的な確率で本音の股と太腿の間にガッツリ顔を埋める真名人の構図が彼の脳内にインプットされた。要するに阿鼻叫喚の地獄絵図である。
「の、布仏さん…せめてこれだけは言わせて下さい」
「んー?何かな〜?」
笑顔が全く笑顔じゃない本音に対して真名人は付け焼き刃の言い訳や建前は通用しないと判断し、敬礼と共に今考え得る最大限の褒め言葉をありのままに包み隠さずぶつけた。
「今までの人生の中で…最低で最高の瞬間でした!」ビシッ!
清々しいまでに綺麗に決まった敬礼。側から見れば倒れた少女の股に顔を突っ込んで謝罪の代わりに敬礼をする変質者にしか見えないだろう。だがそれでいい。彼は今この瞬間を生きているのだから。
「……こーちんのォ……馬鹿ァアアアアッ!!!」
「何で僕だけ!?」
ドゴッ!!!という小気味のいい音と顎にアッパーの直撃を喰らってそのまま身体ごと宙を舞う真名人の姿があったとさ。これもうどんなにイケてる男性でも無理だ。こうして二番目の男性操縦者である上月 真名人は抗えぬ運命によって変態のレッテルを貼られることになったのでした。はい、めでたしめでたし。
本日の一言
「えぇ〜!?わ、私の戦闘シーンはカットなんですかぁ!?そ、そんなぁ……へっ?上月君?私に用ですか………ふぇ!?こ、今度のお休みの日ですか!?は、はい…その日なら、多分大丈夫かと…わ、分かりました。じゃあ、また後日連絡しますね……ど、どどどどうしましょう!?こ、上月君に……デ、デデデデ…デートに誘われちゃいましたぁ!?わ、私…上月君の先生なのに……と、とにかく先輩に相談しないと!!」
by 山田 真耶