「ん……朝だ」
目を覚ました僕は、窓から差し込む光に朝であると思い、目を開けると体を起こした。
「……え?」
自然な動作だったので、いまいち実感はわかなかったが、今僕は上半身を普通に起こすことが出来た。
今まで体を動かすのもままならなかった僕が、だ。
(もしかして)
僕はある可能性に、思い切ってベッドから出て立ち上がってみると、やはり普通に立ち上がることが出来た。
(やった! どうしてかは話kらないけど、よくなったんだっ)
それまで感じていた体のだるさも嘘のように消え、これまで以上に快調な状態に、僕は心を躍らせる。
「これで、ガールズバンドパーティーに……あれ」
行くことができると思った所で、僕はふと違和感に気づく。
(何で、ベッド片付けられてるの?)
ここは確かに僕がいた病室のはず。
なのに、僕が寝ていた場所はすっかり片付けられていた。
「と、とりあえず外に出よう」
ふと、嫌な考えが頭の中に浮かびそうになるのを必死に堪え、僕は教室を後にした。
病室を出れば廊下があり、看護師の人や面会に来ているのか、いろいろな人の姿があった。
「あ、すみません」
その中に、一人の看護師の姿を見かけた僕は看護師の人に近づきながら話しかける。
その人は、僕が入院中によく話し相手になってくれたりした人だった。
「……」
だが、話しかけてた看護師の人は、僕の声が聞こえていないのかそのまま歩き去って行く。
「何……で」
仮に声が聞こえていなかったとしても、看護師の人には僕の姿は確実に見えていたはず。
俺なのに、僕に気づかずに歩き去ってしまった。
その理由が、僕には分からなかった。
……いや、分かる。
でも、僕はそのことを認めたくない。
だから、僕は病院を後にした。
向かう先は自分の家でもある町田家。
これは何かの間違いに違いない。
それを信じて僕は歩き続けた。
「着いた……」
どれほど歩いたのか、僕はようやく自分の家の前までたどり着くことが出来た。
何も変わらない家の外観に、どこか懐かしさを覚えながらも、僕は家の中に入ろうと門を開けようとしたときだった。
「……あ」
横から聞こえた足音に僕は視線を向けると、そこにはこちらに向かって歩いてくる女性……文代さんの姿があった。
「ふ――「あら、町田さん」――」
文代さんに声を掛けようとした僕の言葉を遮るように話しかけたのは、近所に住んでいる女性だった。
女性に話しかけられた文代さんは、立ち止まってその女性と話をし始める。
出鼻をくじかれた僕は、その話が終わるのを静かに待つことにした。
「それにしても、あの子は残念だったわね」
「ええ、まだまだこれからだったのに」
「………え?」
二人の話の内容に、僕はまるで脚が石になったように動かなくなる。
「もう、裕也君のお通夜は済ませたの?」
「はい。あの子達を呼んで」
(そ……っか)
続いて聞こえてきた言葉に、僕はすべてを悟った。
きっと、二人には僕の姿は”見えて”ない。
ならば、僕はここにいるべきではないだろう。
これ以上いても、自分が辛いだけだ。
でも、その前に僕にはどうしてもしなければいけないことがあった。
「文代さん。今までありがとうございました」
聞こえてはいないけど、僕はこれまで言うことが出来なかったお礼の言葉を告げて、深々と頭を下げると、僕はふらつく足取りでその場を離れた。
「はぁ……」
あたりが夕日の明かりに照らされ、徐々に薄暗くなっていく中、僕は一人、神社の入り口の石段に腰掛けて深いため息を漏らす。
(僕が、死んだなんて)
信じられない。
いや、信じたくない。
だが、今の現状と最後の記憶がそれに信憑性を持たせてしまう。
看護師の人に話しかけても無視されたことも、それまで寝ていた病室のベッドが片付けられた状態だったことも。
「はは……僕、幽霊になっちゃった」
取り乱して今すぐにでも泣きわめきたいのに、口から出たのは乾いた笑いと、どこか現実味のない言葉だった。
幽霊になったら何でもできる、みたいな話を聞いたような気がするけど、到底僕にはそんなことを考えられる心境にはなれなかった。
(僕、これからどうすれば)
自分でも分からない疑問に、僕は一人途方に暮れるしかなかった。
「おやおや。これは珍しい参拝者じゃな」
「……」
そんな時、僕の背後から掛けられるおそらくは神主の人だと思う、年老いた男性の声が聞こえてくるが、僕は自分ではないと思い無視することにした。
淡い期待を抱いて傷つくのが怖かったからだ。
「石段に座っておる、お主じゃよ」
「え……」
だが、その次に放たれた男性の言葉に、僕は飛び跳ねる勢いで慌てて立ち上がった。
今、この場所で石段に腰掛けているのは僕ぐらいしかいない。
つまり、今目の前にいる神主の人が話し掛けているのは僕であり、そして僕の姿が見えていると言うことでもあった。
「やっと返事をしよった。これまで”そういった類い”のは数え切れないほど見てきたが、まさか神社の方で見る
とは思わなんだ」
「す、すみません」
怒るでもなく、あきれるでもなく淡々と口にする神主の人に、僕は申し訳なくなって謝る。
確かに、神社に幽霊が入るなど、溜まった物ではないだろう。
……よく分からないけど
「いやいや。別に怒っとらんよ。しかし……見たところ、お主はまだ死んで間もない様子じゃな」
「……分かるんですか?」
「当然じゃ。こう見えても本職なんでね」
幽霊になったばかりであることがすぐにわかった神主に、僕は驚きを隠せなかった。
だが、そこで神主の人は表情を引き締めて真剣な面持ちに変える。
「さて、お主も自覚しておるとは思うが、今そなたは魂だけの状態……わかりやすく言えば幽霊じゃ」
「……ですよね」
神主の言う通り、薄々感じていただけに、驚きはなかった。
「あの……今の僕ってかなりまずい状況ですか?」
嫌な予感がした僕は、恐る恐る訪ねてみると、神主は静かに頷いた。
「お主は今は浮遊霊じゃが、と言って生者に害がないとは言えぬのじゃ。それに、何かのきっかけがあれば悪い方
に傾く可能性だってある」
「……」
神主の言葉は、とても重く辛いものであった。
「本来であれば祓う……成仏させるのじゃが、おぬしの場合はまだそれができぬのじゃ」
「どうしてですか? お祓いみたい難をすればできるのでは……」
僕の頭の中には、テレビなどでお祓いされている場面の印象が強いだけに、神主の言葉は予想外だった。
「あれは、この場に留まる理由が”悪い”思いが強いからできることじゃ。お主の場合は、純粋な”未練”だけだから、無理やり成仏させるのはかなり骨が折れるのじゃよ」
神主の言うことは、いまいち理解できなかったが、僕を成仏させることはできないということだけは理解できた。
「それじゃ、僕はどうすれば」
「お主の”未練”……やり残したことをなくしていけば、自ずと力も弱まっていくから、そうなればわしのほうで
成仏させられるようになる」
(やり残したこと……)
神主のその言葉を聞いて真っ先に浮かんだのは、みんなの顔だった。
もっとみんなと一緒に遊びたかった。
GBPも見たかった。
一度出てくると、その思いはきりがないほどに溢れかえってくる。
でも……
「無理ですよ。僕の姿は誰にも」
その現実が重くのしかかってくる。
僕の未練は、相手に僕の姿を見てもらわなければ、実現はできないのだ。
「それなら心配は無用じゃ」
だけど、神主の答えは予想外のものだった。
「相手さんは、お主が”いない”と思っておるから見えていないのじゃ。要するにお主がそこに”いる”と思い、
なおかつお主も含めて会いたいという気持ちが強ければ、お主の姿は相手に見えるようになる」
「なるほど……」
思い当たるのは心霊スポットなる場所のこと。
あそこで幽霊を見たという人がいるのは”そこに幽霊がいる”という思いと、幽霊の”姿を見せたい”という気持ちが重なっているからだとすれば辻褄は合う。
(こんな形でそれを知ってもね……)
「じゃから、お主の未練がなくなった時に、またここに来るとよい。わしはいつまでも待っておるぞ」
「……はいッ。ありがとうございます」
僕は神主に頭を下げてお礼を言うと、石段を駆け下りていく。
僕のするべきことは分かった。
ならば、それをこなしていくべきだ。
こうして、僕の夏の終わりの物語は始まりを告げるのであった。
幽霊に関しては完全に独自設定です。
次回より、物語は本格的に始まります。