ただ、ライスシャワーと静かに過ごしたい   作:渚 龍騎

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仕事という名の魔物を倒して急いで書き上げました。ギリギリ間に合わなかった……!すべてがギュウギュウに詰められているのはご了承下さい。ごめんなさい。

遅れて御免!ライス、誕生日おめでとう!


特別編
ただ、ライスを祝福したい


 

 

 

 最近、真紅(クレナイ) (ナギサ)の様子がおかしい。

 自身のトレーナーに対して、彼の担当ウマ娘であるライスシャワーは薄々そう感じていた。

 声を掛けると、いつもは笑顔で接してくれるナギサが、最近ではよそよそしいというか、まともに目を見て話さない。

 

「────」

 

 トレーニングも、いつもはタイムやメニューが事細かに決められ、トレーニングの最中であっても真剣に取り組んでいる。だが最近はトレーニング中にもなにか考え事をしているようで、どこか上の空だった。

 

「ふぅ……お兄さま、タイムはどう?」

「…………」

 

 今もまた──走り終わったライスは、ナギサの前に息を整えながら歩み寄るが、彼は腕を組んで斜め上をボケっと眺めていた。

 

「お兄さま……?」

「ほ?」

 

 ようやく何処かに向けられていた意識が帰還。ナギサは訳が分からんとした表情でライスを見下ろし、右手に握っていたストップウォッチを見つめて──、

 

「あ! ご、ごめん! 押すの忘れてた……」

「お兄さま、大丈夫?」

「え、なにが?」

「どこか、具合悪いの?」

「うん? 大丈夫、元気だよ」

 

 微笑んで答えて見せるナギサ。

 その笑みからは体調の不具合は感じられない。顔色が悪いようにも見えず、ライスはその言葉に「なら、いいけど……」と訝しんで頷いた。

 

「どこか具合が悪かったら言ってね。ライス、お手伝いでも頑張るから……!」

 

 両拳を握り、気合を入れるライスに、ナギサは思わず笑いながら彼女の頭に手を置く。そして柔らかく緩やかに、その漆黒の髪を撫でた。

 

「ありがとうライス」

「えへへ……」

 

 僅かな頬に赤く滲ませて、ライスは思わずニヤけていた。

 だが今日も、ナギサがなぜ上の空なのかは理解できなかった。

 

 そして次の日、特にこれといった用事もなかったライスとナギサはトレーナー室にて、ゆったりと過ごしていた。

 ナギサはパソコンの前でテンポよくキーボードを叩き、ライスはソファで行儀良く座って本を読んでいた。

 

「────」

 

 無言の静寂がトレーナー室を包み、響くのはキーボードを叩く音だけ。その中でライスシャワーは本を広げつつ、ナギサを何度も一瞥しながら観察していた。

 

「……違うな。いや、これは……うーん……」

 

 注意深く見ている内に、ナギサはパソコンの画面を見つめて、なにやらずっと頭を抱えて唸っている。やがては、ふらっと頭を揺らし机にガツンと衝突した。

 

「お、お兄さま大丈夫……!?」

 

 慌てて駆け寄ると、ナギサは机に伏せたまま伏せた声で「大丈夫」だと答える。本当に大丈夫なのか心配になるライスだが、ふとをパソコンに目を向けて────、

 

「……これ……」

 

 パソコンの画面に表示されている検索履歴。それは《プレゼント オススメ》や、《女の子にオススメのプレゼント》、《感謝を込めたプレゼント》などと幾つものプレゼントを調べた履歴だった。

 

「あ、ちがっ……」

 

 ライスの視線の先を辿ったナギサは慌ててパソコンの画面を閉じる。明らかに怪しい慌てっぷりに、ライスは疑問を浮かべた。

 まるで、イケナイ物を見られた時の中学生かなにか。だがライスには、ナギサが『プレゼントを渡したい相手がいる』と気付いた。

 

「お兄さま、誰かにプレゼントしたいの?」

「あー……えっとー……そうだね」

「……誰か聞いてもいい?」

 

 『自分は悪い子だ』と僅かな罪悪感を抱きながらも、その相手が誰なのか知りたい──ライスは目を泳がせた。

 ナギサは頬を掻きながら頷き、深く溜め息をつく。その溜め息が、ライスの罪悪感に異常な程に圧しかかった。

 

「──ライスだよ」

「ご、ごめんなさい! 聞いちゃいけ……ふえ?」

 

 照れ臭そうに視線を逸して白状するように、ナギサはライスに向けてそう言った。

 だがライスは聞いてしまった罪悪感に苛まれ、しっかりと聞いていなかった。

 

「え……だ、だれ……?」

「誰って、いや君自身だよ。ライス、ライスシャワー、俺の担当ウマ娘」

「ふぇ……!? ら、ライスに!? な、なんで……?」

 

 ナギサは困惑しながらも「なんでって……」と呟いてから、当たり前のことを言うように口を開く。

 

「三月五日は、ライスの誕生日だから」

「ライスの……誕生日……」

「うん、そのプレゼントを探してたんだ。サプライズのつもりだったけど、バレたなら仕方ないね」

 

 ナギサは机の引き出しから、とあるチケットを取りだして、ライスに差し出した。

 

「これ、水族館のペアチケット」

「ふぇ……ライスが、貰っていいの?」

「まだ早いけどね。それ五日までだからさ、誰か友達と行っておいで」

 

 差し出されたチケットを手に取り、ライスはぼんやりと眺める。期限は三月五日まで、水族館でのペアチケット。期間限定イベントの『海のお花畑』をも堪能できるといった、普通のチケットよりもかなり値が張るチケットだった。

 

「ほんとに……ライスのために……?」

「もちろん。俺の大事なウマ娘の誕生日なんだから」

 

 チケットを握り締めて、ライスは口を閉じる。そしてそのチケットに視線を落とせば、握り締めた手が微かに震えていた。

 視線を戻し、ナギサに向けて笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、お兄さま」

「いつも頑張ってるから、誕生日ぐらい、うんと楽しんで」

「うん……うん……!」

「……? どうしたの?」

 

 ライスは何度も浅く頷き、鼻をすする。やがてその紫紺の瞳に大粒の涙を浮かべて、震えた声を必死に堪えながら、

 

「……ごめんなさい……嬉しい、のに……」

「ちょちょちょ、ライス……!?」

 

 困惑しながらも慌てて駆け寄るナギサ。ライスは制服の裾で涙を拭うが、それでも涙は箍が外れたように溢れ出る。最早、自分でもなぜ泣いているのか、ライス自身にも分からなかった。

 

「ぐすっ……ありがとう、お兄さま……ありがとう……」

 

 悲しくなんてないのに。嬉しいはずなのに。それでも涙は止まらない。制服の裾に染みを広げ、止められなかった涙が頬に軌跡を描いた。

 微かに嗚咽を漏らすライスの頭を柔らかく撫で、ナギサは優しく宥めた。

 

「いいんだよ。ライスが喜んでくれてるなら、俺は嬉しいから」

「あのね……一つ頼みたいことが、あるの」

「ん、なに?」

 

 頭を撫でるナギサの手を握り、ライスは視線を下に、俯きながら訥々とした声で唇をそっと開く。

 

「このチケット……お兄さまと使いたい」

「うんうん、仲のいい子と行ぃ──って?」

 

 ライスの言葉に、ナギサの声がおかしくなる。目を大きく広げ、今起こった出来事に理解できなかった。

 

「俺と?」

「うん……お兄さまと……」

「あー、俺とか……俺でいいの?」

「お兄さまじゃなきゃダメなの……お兄さまと一緒に、行きたいから……」

 

 少しずつ、ほんのりと頬を赤くさせながら、ライスは段々と俯く。そして自信なさ気になりつつも、ライスは自分の想いを伝える為に、チケットを握り締めて正面──ナギサを見つめた。

 

「だから、一緒に行ってほしいな……」

 

 せめて誕生日だけでも。毎日頑張って、毎日迷惑ばかりで、それでも命を張って信じてくれたお兄さま(ナギサ)と、最高の一時を過ごしたい。

 我儘なのは理解している。それでも──、

 

「三月五日、明日だね……」

「うん……ご、ごめんない……わがまま、だよね。お兄さまが忙しいのは、分かってるけど……」

「──いいよ」

 

 ナギサは呆気なく了承した。

 悩む素振りを見せる訳でもなく、ライスが言い終わるよりも前に即答した。

 

「俺で良いなら、喜んで」

 

 爽やかに微笑んで、ライスに向けて手を差し出す。彼女はその手を呆然と眺め、視線を手からナギサへと移し、言葉を理解した。

 その瞬間、あまりの嬉しさに体が熱くなり、笑みが溢れる。それはまるで、恍惚と咲き誇る花の如き可憐な表情。そして静かに、力強く拳を握り締めて、今までで一番はっきりとした声で────、

 

「──ありがとう! お兄さま……!」

「それじゃあ、今日は明日の準備の為に解散!」

「おー……!」

 

 そして次の日、トレセン学園の前で集合することになった二人。もしものことを考え、水族館が開演する一時間以上ものゆとりをもって時間を決めていた。

 ナギサは待ち合わせの三十分前に着き、ライスが来るのを気長に待っていた。

 やがて、それほど時間が経っていない頃──、

 

「あ、お兄さま……!」

 

 ふと声が聞こえた方へと顔を向け、ナギサは言葉を失う。そこにいたのは、まるで暗澹とした世界に光明が宿ったような──そこまで言葉を並べて、思考を捨てた。

 

 慌てて駆け寄るライスシャワー。ナギサは彼女の姿に目を釘付けにされ、その燦然と輝く光そのものに思考が天に召した。

 

 紫を基調とした膝まで閃かせたスカート。いつも付けている帽子と青いバラはそのままに、子供っぽさが僅かに残りながらも、胸に付けられた海のように青い宝石のブローチと、肩から掛けたショルダーバッグが、服装に加えて大人のような雰囲気を醸し出す。

 いつものライスの雰囲気が変わり、小柄でありながらもそこには大人っぽさが際立っていた。

 

「…………ほぇ……」

 

 燦然と煌めくライスシャワー。

 言葉を失うとはまさにこのことか──ナギサの口からは言葉も出ない間抜けな音だけだった。

 

「ご、ごめんなさい……! は、はやく出たんだけど、ちょっと色々あって……!」

「────」

「……? お兄さま?」

 

 呆然と立ち尽くすナギサの異変に、ライスは首を傾げる。ライスに手を握られたことで、ナギサの天に召した思考が帰着。そこから出た言葉は「んぉ?」といった間抜けな声だった。

 

「だ、大丈夫……?」

「ヤバイね」

「え……!? どこか具合悪いの?」

「いや、はライスのその姿が可愛い過ぎてヤバイ」

「…………っ!?」

 

 思わず見惚れてた、と口に出すナギサ。思いもしなかった返答に、ライスは驚愕して尻尾と耳をピンと伸ばした。

 恥ずかしさのあまりに顔をほんのりと赤く染め、それから笑みを浮かべて「えへへ」と声を漏らした。

 

「お兄さまにそう言ってもらえて、ライス嬉しい……お兄さまも、似合ってるよ?」

「だあ、俺のことは褒めなくていいよ。そんなことより、誕生日おめでとうライス」

「うん! ありがとうお兄さま!」

 

 他愛もない会話が弾み、二人は自分たち(いつも)のペースで歩みを進める。だがそれは、周りの不幸によって全てを台無しにされつつあった。

 チケットが猫によって盗まれる。

 全ての信号に捕まる。

 電車が強風によって大幅な遅延。

 謎の宗教団体に囲まれる。

 苦すぎる青汁を飲まされる──体は軽くなったが、気分は最悪。

 カップケーキを食べていたらカラスに盗られる。

 カラスを追いかけてナギサの顔面に鳥のアレ。更には突然の豪雨。

 その他──数え切れない不幸が二人の道を阻み、チケットの期限時間まがすぐそこまで迫っていた。

 

「うぅ……ごめんね、お兄さま……せっかく、チケット取ってくれたのに……ライスの所為で……」

 

 泣きだしてしまいそうなほどに大粒の涙を浮かべ、ナギサに向けて謝罪する声も震えて、辺りに降り注ぐ豪雨によってかき消されてしまう。

 目を向けたナギサの視線の先──ライスは豪雨の所為でびっしょりと濡れている。水滴が溢れるように、ライスの服や髪、尻尾から落ちて波紋を広げていた。

 

「別にライスの所為なんかじゃないよ。拭いてあげるから、こっちおいで」

 

 カバンからタオルを取り出して、泣きだしてしまいそうなライスの髪を拭く。

 雨が降り出して、偶々公園に建てられた屋根の下へと潜り込んだ。

 

「通り雨だから、すぐに止むさ」

 

 撫でるように優しくタオルで拭いていき、ライスの身体が冷えないようにナギサは着ていた上着を肩に掛ける。するとライスは慌てて上着をナギサに返そうとした。

 

「だ、だめだよ……! お兄さまが、風邪引いちゃうから……! ら、ライスは大丈夫だから……」

「あー、ライスが元気じゃないと、俺も元気がなくなるなぁ……」

 

 ションボリと擬音を口で囁きながら、ナギサは()()()肩を落として落ち込んだフリ。

 それを見たライスは、返そうとした上着を自分で着て涙ぐんだ声のまま────、

 

「……ありがとう……おにい、さまぁ……ごめん、なさい。ごめんなさい……」

 

 降りかかる不幸の連鎖と、ナギサが見せる優しさにライスはもう耐え切れず泣きだしてしまった。

 そんなライスを暖かく抱き締めて、ナギサは彼女の萎れた耳の間を優しく語りながら撫でる。

 

「大丈夫だよ。別に俺は怒ってなんかないし、この出来事をライスの所為だなんて一切思ってないから」

「でも……! お兄さまが、せっかく……ライスの為に、して、くれたのに……!」

 

 嗚咽混じりのライスの鳴き声が、盛大に撒き散る豪雨の中に響く。そんな収斂する空間で、ナギサはただ優しくライスの頭を撫でて、ライスが叫ぶ言葉を否定し続けた。

 

「ライスが来なかったら、お兄さまがこんな辛い思いをすることなんてなかったのに……!」

「違うよ、ライスが来たから俺は大切な一時を過ごせてるんだ」

「ライスの誕生日なんて、お祝いしたからこんなに不幸が来るんだ……!」

「違う。ライスと一緒に過ごせてるだけで幸福だよ」

 

 全て、その全てを否定する。

 ライスが叫ぶその自己否定を、ナギサは悉くに首を振る。「違う」と、今まで彼女の側にいて、彼女の努力して来た道を知っている──だからこそ、彼女が叫ぶ卑下を否定した。

 

「ライス」

「ぐすっ……ごめん、なさい……泣いちゃ、いけない、のに……また、お兄さまに、迷惑ばかりかけて……!」

「ライスこっちを見て」

 

 俯き、涙を拭い続けるライスの頬に手を当て、顔を自分に向ける。涙で盛大に濡れた表情に、ナギサはただ微笑んだ。

 

「今まで、俺がライスといて不幸だなんて言ったことある?」

 

 ライスは勢い良く首を振った。

 

「俺は、君の誕生日を全力で祝いたい。そんなライスの役目は、俺の祝福を受けて全力で笑うことだよ」

 

 ポケットからハンカチを取り出して、ライスの涙で濡れた顔を優しく拭いていく。

 

「ほら、可愛い顔が台無しだよ。ライスには笑顔が似合ってるんだから、はい──スマイルスマイル」

 

 爽やかに笑い、ライスは慌てて自分の顔を袖で拭う。次から次へと溢れる涙を拭い、鼻をすすり、拭い切れてない涙を見せながら、ライスは一生懸命に笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、お兄さま……」

「いいんだよ。ほら、見て」

 

 ふとナギサが向けた視線の先──先程までの天気が嘘のように晴れ、空を覆い尽くしていた暗雲は、蒼き空を晒し出していた。

 

「さ、急げば間に合うよ」

 

 ライスに向けて手を差し出したナギサ。ライスは急いで涙を拭い、そして────、

 

「うん……!」

 

 力強く頷いて手を取った。

 街中を駆け抜けて、ライスはナギサの大きな背中を見つめながら追いかける。雑踏の喧騒、晴れ渡った世界を駆け、流れ行く景色を見つめて、唐突にライスが足を止めた。

 

「ライス? どうしたの?」

 

 急がないと間に合わないよ、優しく語り掛けられるナギサとは真反対へ顔を向け、ライスは呆然と辺りを見渡した。

 

「お兄さま、あれ……」

 

 ライスが向けた視線の先を辿ると、狭い路地の奥で子供が縮まって泣いていた。

 時間がない。

 子供に声を掛ければ、水族館には間に合わない。だがここで子供を無視すれば、一生罪悪感に苛まれることになる。

 ナギサには一瞬で理解できた。

 

 ライスシャワーは子供を助けたい、と。

 

 子供を助けたい、だがナギサの想いを大切にしたい。その二つの感情が、ライスの中で渦巻いて、彼女を躊躇わせていた。

 しかし逡巡は一瞬────、

 

「ごめんなさいお兄さま!」

「あ、ちょ、ライス!?」

 

 頭を下げてから、突然駆け出したライスシャワーの背中を見つめ、

 

「ふぅ、まったく君は……」

 

 大きく息を漏らして、小さく呟いたナギサは、ライスのもとに駆け寄った。

 

「あの子供を急いで助けて、急いで水族館に行けば間に合う」

「うん……!」

 

 子供のもとに駆け寄り、息を整えながらライスが膝を曲げて子供に声を掛けた。

 

「どうかしたの?」

「うぅ……ぐすっ……うぇ……」

 

 ライスを見つめた子供の顔は涙や鼻水で盛大に汚れ、嗚咽すら洩らしている。そんな子供の手を取って、ライスは優しく微笑んだ。

 

「もう大丈夫だよ。どうして、泣いてるの……?」

「おかあ、さん……おかあさんが、どこかに……行っちゃったの……!」

「お母さん?」

 

 どうやら、豪雨の所為で慌てて駆け出した故、母親とはぐれてしまったようだった。

 ライスはそんな子供の手をしっかりと握り締めて、

 

「じゃあ、一緒に見つけよう? ()も手伝うから、そしたらすぐにお母さんも見つけられると思うよ?」

「ぐすっ……ほんとに……いいの?」

「うん。一緒にお母さんを見つけてあげよ?」

「ありがとう……うまのお姉ちゃん……」

 

 小さく感謝を告げられたライスは、子供の手を取ってナギサに振り返る。その瞳は精悍でありながらも、どこか優しげな表情を浮かべているようだった。

 

「よっしゃ、急いでお母さん見つけるぞ!」

「がんばるぞー……」

 

 

「「おー……!!」」

 

 

 二人で拳を掲げ、子供は訳わからんとした表情で見つめている。そんな子供に向けて、ライスは優しく口を開いた。

 

「このおまじないをすると、元気が出てくるの」

「元気……?」

「うん!」

 

 子供は俯いてから、よしと拳を握り、

 

「がんばるぞー、おー!」

「……!」

「おー……!」

 

 三人の笑い声が路地に響き、ライスとナギサは子供のお母さんを探し始めた。

 時間はこく一刻と迫り、それでもライスは諦めずに声を上げて母親を探し続ける。あまり得意ではない聞き込みをやり、ナギサもライスと共に手掛かりを探した。

 

 やがて、辺りにクレナイが染み渡り始めた頃──、

 

「──ショウタ!? ショウタ!」

 

 誰かが名前を呼ぶ女性の叫び声。その声に反応して振り返った子供は、パアッと顔を明るくさせてライスの手を放した。

 

「おかあさん!」

「ショウタ!」

 

 駆け出した子供は母親の胸に飛び付き、母親は懸命に子供を抱き締めた。

 

「あのお姉ちゃんたちがね、一緒に探してくれたんだよ!」

 

 子供が指を差した方向に顔を上げ、母親は子供を放して立ち上がる。そして近くまで寄ると、勢い良く頭を下げた。

 

「ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいのか、本当にありがとうございます!」

「い、いえ……! ら、ライスはただ……」

 

 感謝を言われ慣れていないのか、困惑するライスは口ごもり、どうにかして自分の考えを伝えようとするが、うまく言葉にならない。だが母親は首を振り、

 

「この子を私のもとに連れてきてくださった、その事実だけで私は救われました。この子がいなくなったら、私はどうしたらいいか……本当に、ありがとうございます! な、なにかお礼を……!」

 

 慌てて何かを探す母親だったが、ライスは手を振って「お礼なんていいですよ!」と、その行為を拒否した。

 

「で、ですけど……!」

「ライスたちは、なにかが欲しくてやったんじゃないんです。困っていた人がいたら、助けてあげたいんです」

 

 笑顔を見たいから、そんな言葉を呟いたライスに、母親はただ感謝を告げることしかできなかった。

 何度も頭を下げる母親に慌てふためくライス。ようやく顔を上げてくれた母親は、子供の手を引いて歩いて行く。

 

「ばいばい! うまのお姉ちゃんと()()()!」

 

 振り返って手を振る子供に、ライスとナギサは笑顔で振り返す。

 

「ばいばい」

「じゃあなー……って、俺さ変な人って言われた? 殆ど俺の出番なかったのに変な人?」

 

 眉を寄せて理解できていないナギサに、ライスは思わず笑いを溢す。そしてすぐに表情を変えて、ライスはナギサに頭を下げた。

 

「ごめんね、お兄さま……水族館、間に合わなかった……」

 

 辺りはクレナイに染まり、昇っていたはずの太陽はもう既に落ちて消えようとしている。水族館に行かなければならない時間は既に過ぎ、もはや入館時間は終わっていた。

 

「うーん……」

 

 ふとナギサはチケットを眺める。

 

「お兄さま?」

「…………えっ!?」

「どうしたの!?」

 

 急に声を荒げたナギサに、ライスは驚きを隠せない。するとナギサは興奮気味に声を荒げて、

 

「このチケット明日までだ!」

「……え!? それじゃあ……!」

「明日行けるよ!」

「……! やったぁ……!!」

 

 不幸の連鎖に続き、ようやく訪れた幸福。ライスは喜びを隠せずに、まるで咲く花のように可憐に笑っていた。

 そんな彼女を見つめて、ナギサは息を漏らす。

 

 ────明日から、節約だな。

 

 そんな風に思ったナギサだが、ライスの喜びを見れて、これもまた悪くないと感じていた。

 

「ライス、改めて、誕生日おめでとう。俺は君と出会えて本当に良かったよ」

「えへへ……ありがとう、お兄さまっ!」

 

 クレナイに染まる頬は、夕陽の所為か、それとも別のことが原因なのか、ナギサには分からなかった。




追記
ほぼR18の抱き枕を母親に見られ、私、沈黙しました。
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