ただ、ライスシャワーと静かに過ごしたい   作:渚 龍騎

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色んなことを詰め込んだため、展開がはやく意味不明な点が多いかもしれません。それと、私は医療知識が皆無なためそこの所も申し訳ありませんが、ご了承下さい。


ただ、ライスの願いを信じていたい

 

 

 

 ……たい、イタい。

 イタいイタいイタいイタいイタいイタい。

 

 ──耐え切れない。

 単純に、苦痛に耐え切れない。

 心臓は今にも弾け、そうでなくとも体の四肢が引き千切れる。食いしばった歯が欠け、舌を噛むのを防ぐ為か、誰かが何かを口に入れてそれを思い切り噛んだ。

 

 痛みだけが思考を支配する。

 今は苦痛しか考えられない。苦しみしか頭に思い浮かばない。愛情も、記憶も、覚悟も、苦しみの色に塗り潰された。

 

 何の意味もないのに、何の価値もないのに。

 どうして、僕はまだ生きているのだろうか。

 

 なにも、理解できなかった。

 ただ一つ。絶望的な苦痛の中でも、聞こえてきた声と、脳裏に浮かんだ名前があった。

 大切な相棒の名前────、

 

 

 本来、真紅(クレナイ) (ナギサ)の命の灯火は、十歳の時に掻き消えるはずだった。

 その命は母親によって僅かに残され、やがて病は奇跡的に完治。だが今回、ナギサが倒れた理由は──完治したはずの病が再発したことによる。

 

「お兄さま…………」

 

 ぼんやりと呟いた視線の先──そこには純白のベッドで横になるナギサの姿があった。

 彼は窓の外に描かれる遍く青空を眺め、やがて苦笑を浮かべながら振り返る。

 

「そんな心配そうな顔しないで」

「お兄さま……病気……だったんだね……」

 

 俯きながら、ライスはポツリと呟く。

 過去は体が弱かった──ライスを心配させる訳にはいかず、完治したこともあって、病気のことは微塵も話さなかったナギサ。だが今回で、ライスシャワーはナギサの事情を知った。

 知った上で、何も知らなかった自分を呪った。

 

「どんな……病気、なの……?」

「本来、心臓は綺麗な血液を体に流し込むでしょ? 俺の場合は逆なんだ」

「……逆?」

「俺の心臓は、体に有害な物質を含んだ血液を流すんだ」

 

 それ故に、体の身体機能は徐々に落ち、全身に巡ることで、体を動かすだけでも激痛が走るようになる。

 だがナギサは、激痛に関しては喋らなかった。

 

「それって……治る、よね……?」

 

 ナギサは、唇を噛み締めて沈黙を選択する。

 何も言えない──それこそが本当の理由。なにせ、この病気は病気と呼べるのかすら不鮮明。異例中の異例で、名前すら無い病に当たる。

 かつて告げられた治療法は、心臓を摘出して適合するドナーを使うことだけだった。

 更には心臓を摘出するだけでなく、体に循環する有害な血液をも取り出さなければならないという危険な難度を持ち合わせている為に、手術の成功はほぼ不可能に等しいとまで宣告された。

 

 そんなこと、言えるはずがない。

 ライスシャワーには笑っていてほしい。

 もしもそんなことを伝えれば、ライスシャワーは夢を諦めかねない。だからこそ、ナギサは強がった笑みを向けて答えた。

 

「大丈夫、きっと治るさ」

 

 ナギサは淡い笑みで、ライスの頬に手を当てる。

 

「言ったでしょ? 僕を信じてって」

「……ずるいよ、お兄さま。ライスに、なにかできること……」

 

 その瞬間、ライスはふいに強く抱き締められ、最後まで喋れなくなる。ナギサが苦痛を必死に堪えながら、両腕を伸ばして抱き締めていた。

 

「君は、天皇賞を走るんだ」

「……っ、で、でも……!」

「これは君と僕の夢を叶えるための第一歩になる」

 

 言葉を聞き、ライスはナギサの胸の中で首を振りながら「走れないよ……」と声を漏らす。

 それも当然だ。トレーナーの心配はせずにレースを走れ。そんな苦行を「はい」とやすやす受け入れられるものではない。

 

「ねえライス、よく聞いて」

 

 ライスの肩を掴んでゆっくりと離し、ナギサは真っ直ぐに髪の奥にある紫紺の瞳も見つめながら、

 

「──精神は肉体を超越する」

「…………え?」

「どれだけ絶望的な状況でも、どれだけ最悪な病気に蝕まれようと、最後まで諦めず、ギリギリのギリギリまで頑張れば、きっと奇跡だって起きる」

 

 最後まで諦めぬ精神こそ──全てを凌駕する。

 かつてこの病を治した時のように。

 大切な母が死に、それでもナギサが小さな希望を失わずにいれたのは、ウマ娘たちが魅せる輝きがあったからこそ。

 母との約束を胸に抱いて、必死に足掻くことを決意し、そうすることで何故か激痛は消え、血液も正常なものへと変わっていた。

 だが、それも今回は────、

 

「ライス──君は、君の成すべきことをやるんだ。大丈夫、僕は諦めたりなんかしないさ。絶対に生きる」

 

 嘘。ウソ。うそ。強がり。偽善。

 ライスは、ナギサの言葉から真実味を感じられなかった。

 ただ自分を心配させないために、強がってウソを付いているのだと、一瞬で見抜けた。

 唇を噛み締め、ライスは自分を恨んだ。

 なにもできない自分を、またここで弱くなる自分を、憎んで恨んで、許したくない。

 

 ミホノブルボンから貰った勇気(ユメ)

 クレナイ ナギサから貰った覚悟(ミライ)

 その二つを貰っても尚、自分は決心できない。

 

 ライスは俯きながら、拳を握り締める。

 目の前にいるナギサの表情からは、僅かに苦痛の歪みを感じられる。額から顎へと軌跡を描いて流れる汗が、陽の光に照らされて煌めく。

 それでも、それでいて尚、ナギサは笑みを浮かべて。決意が揺らぐライスシャワーを、ずっと信じ続けていた。

 

「お兄さま」

「ん?」

 

 声色を落として、ライスはスカートの裾を強く握る。脳裏に過る大切な人たちの顔を思い出し、ゆっくりと頷く。それから顔を上げて、目尻に涙を浮かべながらナギサを見つめた。

 

「ライスと、約束してほしいの……」

「約束?」

「ライス、絶対に天皇賞で勝つから。お兄さまも、負けないで。絶対に、絶対に、諦めないから……っ!」

 

 かつてナギサがライスに言った「君は僕の光だ」。

 今こそ、燦然と輝く時────ナギサが信じてくれていたように。ナギサから与えてもらったものを、その全てに輝きを。

 挫けそうな時いつもいてくれたのは誰か。

 夢に向かっている時一緒に見てくれるのは誰か。

 

 その(ヒカリ)を信じて──駆け抜ける。

 

「うん、分かった。約束だ──絶対に、俺も諦めないよ。だからライス」

 

 ナギサが拳を突き出す。

 

「──絶対に勝ってこい」

「──うんっ!」

 

 その拳に、ライスが拳を合わせた。

 それからやはり、堪え切れなくなって泣きだしてしまったライスを宥め、泣き疲れた疲労からかそのまま眠ってしまった。

 ベッドの横で椅子に座ったまま眠るライスの頭を撫で、ナギサは柔らかく微笑んだ。瞬間──、

 

「……っ! ぁ……! あぁ……っ!」

 

 唐突に駆け抜けた激痛に歯を食いしばり、必死に声を堪える。目の前で眠るライスに心配をかけたくない、もう手遅れなその一心で抑えた。

 

「はぁ……はぁ……はあ……」

 

 大きく息を吸い、手元に持ってきた鎮痛剤を飲む。大きくため息を吐き捨て、天井を見上げた。

 真っ白で何も描かれていない、ただ淡い光を照らすライトだけが、天井を更に白く染め上げている。呆然とした意識の中、音も無く隣から声が聞こえた。

 

「随分と辛そうだな」

 

 と、落ち着き払った大人びた声。

 振り返った先に立っていたのは、どこかトウカイテイオーと似た容姿のウマ娘。特徴的な三日月のような白い前髪を視界に入れた瞬間、ナギサは思わずその名を呼んだ。

 

「久しぶりだね()()()()()

「それはかつての名だ。決して皆の前では言わないでくれよ」

 

 特にテイオーにはな、と彼女は付け足して笑った。

 

「ごめん、つい思わず……」

 

 そこにいたのは誰もが知る彼女。

 最強のウマ娘とは誰か?

 その問い掛けに、誰もが最初に彼女を思い浮かべる。彼女を省くものなど決していない。

 レースに絶対を齎し、無敗の三冠を手にして、七冠まで達成した絶対的に君臨する皇帝──シンボリルドルフ。

 トレセン学園の生徒会長すら務める彼女が、今まさにナギサの前に立っていた。

 

「大きくなったね」

「今もまだ積土成山。時間を掛けているよ」

「そっか……」

 

 ルドルフは視線をナギサから、眠るライスに向けた。

 

「彼女が、君の──」

「ライスシャワー。俺の最高のウマ娘」

 

 自信を持って、力強くそう言い切った。

 すると、ルドルフは思わず「ふ」と笑いを溢していた。

 

「良いウマ娘に出会えたようだな」

「まあね。本当に良い子だよ、本当に……」

 

 溶けていくように消える声に、ルドルフは疑問を浮かべるが、すぐにナギサが「ところで、どうしたの?」と問い掛けた。

 

「いや、君が倒れたと聞いてね。また、アレか?」

「そうみたい。しかも、前より全然キツイ」

「……大丈夫……ではないな。すまない」

「いや、良いんだよ」

 

 目を伏せたルドルフに対して、笑いで返す。

 確かに小さい頃よりも遥かに強い痛みが走るが、鎮痛剤を飲めばある程度は和らぐ。だが、それも長くは保たない。

 

「昔はルナちゃんが色々とお世話してくれたね」

「懐かしいな。だが、今の君には私の世話など必要ないだろう」

 

 ライスに目線を向けてそんな声を漏らす。

 かつてシンボリルドルフがまだ幼い頃、病院の大きなテレビでウマ娘たちのレースを見ていたナギサと知り合った。

 それから、ナギサの母が来れない日などはルドルフが率先して、ナギサの面倒を見ていた。

 ナギサの方が歳上だったが────、

 

「春の天皇賞──ライスシャワーも登録されていたが、その様子だとナギサ君が指導するのは厳しいんじゃないか?」

「……ああ、だが──ライスは走るよ」

 

 ポツリと漏らしたナギサの言葉に、ルドルフは目を見開く。やがて「君らしい」と呟いたルドルフが、ナギサの隣に腰を下ろした。

 

「ルナちゃんはレースや、あらゆる勝負事に置いて、最後に勝敗を決めるのはなんだと思う?」

「……勝敗を決めるもの?」

 

 唐突に問われた問題に、ルドルフは珍しく困惑する。

 驚異的な末脚。粘り強い体力。全てを知る賢さ。どれも必要なものだとは感じる。だが、最後に決定付けるものとは、ルドルフとて答えに悩むものだった。

 しかしナギサは、あたかも当然の如く──、

 

「それは、精神──心だよ」

「心?」

「最後の最後まで諦めなかった心が、誰よりも強い者こそ、全てを超越して凌駕する」

 

 普通の者が聞いたならば、そんな曖昧なものを信じるはずがない。レースを最後に決めるのは、努力や才能あるもの。だがナギサはその全てを否定した。

 

「心は、胸の奥底で燃える熱い炎。命の雄叫びだ。最後までその雄叫びを轟かせたものが、勝利する」

「だがそれでは、日々勇往邁進している者たちをも否定することにならないか?」

 

 その言葉に、ナギサは「いや」と首を振り、

 

「命の雄叫びは、日々の努力や想いの力で強くなる。努力も何もしない者が、その雄叫びを上げられる訳がない」

「なるほど……心、か……」

「ライスには、誰よりも強い願いがある」

 

 全ての者に幸福を──祝福を齎す。

 自分を変えるために、煌めくライスシャワーとなって、レースを駆け抜ける。そのささやかな祈りのため、いずれ訪れる歓喜と祝福のため。

 

「ナギサ君は、彼女を心から信じているのだな」

「……うん。ずっと、信じてる。願いを叶えようと」

 

 その為には、とリモコンのボタンを押してテレビを付ける。そこに映し出されたのは、最強のステイヤーたるメジロマックイーンが報道される姿。ナギサは彼女を見つめて、

 

「メジロマックイーンに勝利する」

「ほう……」

 

 メジロマックイーンの強さは、ルドルフとて知っている。それと同時に、ライスシャワーの強さも。

 ライスシャワーとメジロマックイーン。両者の成し得た功績はでかく、そのチカラは計り知れない。

 

「だが──」

 

 ルドルフは、そこまで言って言葉を失った。

 先程まで苦痛に耐えながらも笑みを浮かべていたナギサの表情が、テレビを見つめたまま、怒りに塗り潰されていたからだ。

 テレビからは、ライスシャワーの特集──それは彼女を悪役(ヒール)だと言っていた場面。

 

「ナギサ君」

「あ……ああ、ごめん……」

 

 ナギサは頭を抱えて、溜め息を溢す。そして、そこに眠るライスシャワーの頭を柔らかく撫でながら、

 

「……ライスは、悪役(ヒール)なんかじゃない」

 

 そう小さく呟く。

 努力を否定され、存在を非難され、夢を認めてもらえない。そんな酷いことがあってたまるか。だが、その全てを受け止めなければならない。それができなければ、一歩を進むことができない。

 その瞬間、ナギサが何かを思い付いた。

 

「そうだ……ルナちゃんに、頼みたいことがあるんだけど、良い?」

「……? 私にできることであれば、勿論手を貸すが……いったいなにを?」

 

 ライスシャワーは覚悟を決めた。

 トレーナーとして、ナギサも覚悟を決める必要がある。ライスシャワーに、その言葉を伝えなければならない。

 ナギサの提案を聞いたルドルフは目を見開いて驚愕する。なにせ、意味不明かつ理解不能な頼みだったからだ。

 

 

 それは────ただ一つの願い。

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