ただ、ライスシャワーと静かに過ごしたい   作:渚 龍騎

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ライスを求めてその先の♾(インフィニティー)


色んな作品のネタが含まれるのでご了承下さい。


ただ、ライスと絵本の話をしたかった

 

 

 

「お兄さまは、絵本とか好き?」

 

 ある日の昼下がり、トレーニングを一通り終えた休憩の際に、唐突にライスからそのような問い掛けが投げられた。

 

「絵本?」

 

 小さい頃は身体が弱くてずっと病室にいた。

 病室にいて出来る特別なことなんて、一切ない。あるとすれば、ウマ娘たちのレースを見るだけ。だが、毎日ずっとレースをしている訳ではない。

 そこで心を満たしたのは──『本』である。

 

「絵本ね。子供(ガキ)の頃は良く読んでたな」

「どんな本?」

 

 うーん、と記憶の底から探り出す。

 子供の頃は絵本を読み漁って、小説も読み続けた。今ではトレーニング等の大量の資料と睨めっこしている。それも、本が好きだった故に出来ることだ。

 色んな本を読んできたから、全てを思い出すのは容易ではないが、好きで何度も読んでいた本はしっかりと思い出せた。

 

「そうだな……はらぺこあ◯むし、おとうさんはウル◯ラマン……ああ、もちろんライスが好きな『しあわせの青いバラ』も何度も読むレベルで好きかな」

 

 最後の一言で、ライスの顔が一気に明るくなる。

 もちろんウソは言っていない。部屋の本棚には、ちゃんと先程述べた絵本が残っている。思い出に残っている故、捨てるに捨てられずにいた。

 

「アレも好き──範〇刃牙とか、北斗〇拳とか……」

「そんなに面白いの?」

「もちろん。てかこれ絵本じゃねえわ。忘れてくれ」

 

 今まさにハマっている漫画の話になりかけ、渚は「絵本と漫画の区別もつかねえか阿呆」と自分を心の中で叱責する。

 わざとらしく一度「コホン」と言ってから話題を戻した。

 

「しあわせの青いバラは、母親が初めて買ってきてくれた本だったからね。よく覚えてるよ」

「ほんと……?」

「『青いバラはやがて、みんなの為に綺麗に咲きたいと願うようになりました』」

「…………!」

 

 ライスは渚が呟いた言葉が何か気が付いたようで、目を一気に見開く。

 それは『しあわせの青いバラ』に紡がれる一節。

 流石に全てを覚えている訳ではない。最も心に残っている一節は何度も読み返した上、たとえ最近読んでいなくても記憶に残っていた。

 

 渚の言葉に続いて、ライスは笑顔で続きを呟く。

 

「『その願いが、大きくなるにつれて、青いバラは美しく花開いていきます』……」

「さすが、好きで何度も読んでるってのが分かる」

「えへへ……」

 

 やはり可愛い。天使か女神か、はたまた両方か。どれにせよ可愛過ぎる。そんな事を思いながら、照れるライスを見て渚もまた笑みを浮かべた。

 

「本は良い。ただ外を傍観し何も無い己を、その世界へ連れて行ってくれる。他には何もいらない。ただその世界を眺めるだけでいい」

 

 あらゆる物語(セカイ)。無限に広がる世界で、無限の遍く物語──だからこそ、自分が何者でどのような存在なのか理解できる。

 青春、情熱、愛情、希望、勇気、悲哀、無限と呼べるに近い思いや感情を、より深く、より広大に教えてくれる素晴らしい存在──それこそが本だ。

 

「……お兄さまにとって……本ってなに?」

「本か……」

 

 急なライスの問い掛けに頭を悩ませる。

 暇潰し──否、そんなものよりも遥かに大切なもの。今この場に立てるのも、こうしてライスシャワーという最高のウマ娘(相棒)と出会えたのも、本があるからこそなのかもしれない。

 真紅(クレナイ) (ナギサ)にとって、本とは新しい世界を知らしめてくれるもの。

 渚はライスの目を見て笑みを浮かべる。

 

「優しさも強さも、あらゆる事を教えてくれる大切なものかな……ライスは?」

 

 自分に来ると思っていなかった問い掛けに、ライスは唸りながら頭を悩ませる。そして数十秒が経った後、その柔らかな唇を開いた。

 

「ライスにとって……絵本は勇気をくれるの」

「…………勇気?」

「うん……。皆を不幸にしちゃうダメなライスに……ライスを変える勇気をくれるの」

「なるほど。変えるための勇気、か……」

「ライスは、皆を幸せにできるウマ娘になりたいから……」

 

 『しあわせの青いバラ』を見て、ライスは美しく咲く青いバラのようになろうとした。

 周りに祝福を齎し、皆を幸せにする青いバラに憧れ、そこに至ろうとしている。

 

「本当に……本当に君は……」

「お、お兄さま?」

 

 舞い落ちる花弁のように、すぐに消えてしまいそうな小さい声で、渚は訥々と声を漏らす。その声は呆れを含みながらも、改めて《ライスシャワー》というウマ娘を実感している声だった。

 そして、困惑するライスに顔を向け──、

 

「だあー! 君は本当に良い子だなあーっ!!」

「ふぇぇ……!? きゅ、急にどうしたのお兄さま!?」

 

 渚は笑顔でライスの頭をめちゃくちゃに撫でる。突然の事に理解できていないライス。それでも渚は髪をくしゃくしゃにするように撫でた。

 

「もうどんだけ良い子なんだよー! やっぱり俺は君のことが大好きだぞ!」

「ふぇぇ!? だ、大好……!?」

 

 戸惑うライスを自分の感情のままに撫でる渚。

 あまりにもただ嬉しかった。

 自分の目に狂いはなかった。

 己よりも何よりも、このライスシャワーは他人の事を考えている。周りに祝福(えがお)を与えることで、自分も変わることができる。

 なぜここまで他人の為に努力しようとするのか、渚には理解できない。

 

「コホン」

「んあ?」

 

 わざとらしい咳込みが聞こえると同時に、ライスも渚もそちらに視線を向ける。

 綺麗に整い過ぎた容姿。まるで人形のような立ち姿。腰まで伸ばされた芦毛はさらさらで、もし手を滑り込ませたなら瞬く間に指に溶けるはず。その髪の上には優雅に立つ耳。そしてその下には理知的でありながら勇猛な双眸がある。

 一瞬で見て分かる──ウマ娘だ。それも、渚とライスが見慣れたウマ娘。それだけ見慣れていても尚、その恍惚とした美しさが消える事はない。

 

「そろそろ私の前でやるのはやめていただけますか?」

「ああ、君は……」

「ま、マックイーンさん!?」

 

 ライスが驚愕の声を上げる。

 腕を組みながら呆れた視線を二人に向けるのは、有名中の有名ウマ娘。それこそメジロ家の御令嬢──メジロマックイーン。

 

「ここは不純なことをする場ではありませんわよ」

「おーいー、今トレーナーと担当ウマ娘の絆を深めてんねん」

「……傍から見たら子供を褒めるバカ親ですわよ」

「うちの娘、可愛いでしょ?」

「お兄さま!?」

 

 溜め息をついて呆れるマックイーンと、馬鹿げたことを言った渚に驚くライス、そして我が物顔で自信満々にしている渚。

 

「あのですね、トレーニングをしてる横でそんな事をされたら誰だって集中できませんわ」

「だってよライス。俺たちの絆が眩しいって」

「そんなこと言ってませんわ!」

 

 何度目か分からない馬鹿げたやり取り。

 渚が阿呆な事を言って、ライスが困惑。そこにマックイーンのツッコミが入る。

 

「はあ……いつも思いますけれど、ライスさん本当にクレナイさんで大丈夫なんですか?」

「……え、うん……お兄さまは優しいよ?」

「あ、いえ、そういうことではなく、トレーナーとしての仕事をしているのかということですわ」

 

 酷い言われようだ、と渚は嘆く。

 

「これでもライセンスは一発で取った」

 

 ドヤ顔で答えるが、目を輝かせてくれたのはライスだけ。だがマックイーンにはあまり響いていない。目を細めて訝しんでいるようだった。

 

「そんなに言うなら、たまにはトレーナーらしい事でもするか」

「いつもはやっていないんですの?」

「…………」

 

 何も答えられずにいる渚は視線を逸らした。

 するとライスが両手の指を絡め、何か言いたげに渚を見上げる。

 

「あ、あのね。お兄さまはシューズを選んでくれたり、ちゃんとトレーニングのメニューとかも毎日考えてくれてるよ?」

「うぅ〜ライスぅ……」

 

 ライスの弁護に思わず泣きそうになるのを堪える。たまにはまともな事をちゃんと言おうと、渚は拳を握り締めた。

 

「よっしゃ任せろ。ライスシャワーのトレーナーが最高だと言うことを、思い知らせてやらあ」

 

 視線を巡らせてから「ちょっと待ってて」と駆け出す。そして数分後、台車に幾つもの瓦を乗せて、息を切らせながら渚は帰って来た。

 

「お兄さま大丈夫?」

「ええ? ブラックホールより吹き荒れてたね」

「…………?」

 

 渚が何を言っているのか、ライスもマックイーンも理解できないが、そんなことお構いなしに、渚は瓦を乗せて積み立てて行った。

 

「よし、これでいい」

「瓦を重ねて……瓦割りですか?」

「まあまあ聞いてて」

 

 瓦を十枚積み立てた物を一つ。そしてもう一つは十五枚重ねた物。

 多少の力があるウマ娘なら、この程度の瓦を全て割ることなど容易い。問題はそこではない。

 

「ここにパワートレーニングレベル5用の瓦がある」

 

 渚は瓦の上にタオルを敷き、拳を置く。

 

「ウマ娘のようなパワーがないと、これら全てを()()()で破壊するのは容易ではない。だが実際、力なんて無くても簡単に破壊できる」

 

 まずは力だけで、そんな風に言ってから、渚は息を吐き出す。そして吸い込むのと同時に拳を振り上げ、一瞬で息を吐き出しながら振り下ろした。

 鈍い音が響き、渚は苦痛に顔を歪めた。

 割れた瓦はたったの一枚。それから下は割れるどころかヒビすらも入っていない。

 

()ったた……」

「お兄さま大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫」

 

 ライスの心配に笑顔で答え、手を軽く振り、痛みを和らげながらも渚は続ける。

 

「今見た通り、俺のようなガリが全力で拳を振り下ろしても割れた瓦はたった一枚」

 

 恥ずかしながら、渚には筋肉と呼べるものがあまりない。幼い頃から病院のベッドで寝ていることが多い上、青年時代もトレーナーを目指す事で勉学ばかりしていた。

 筋トレなども資料を読み、ウマ娘にはどのトレーニングが適切なのか、軽く実践してみた程度。

 そんな彼のように力が無くても瓦は割れる。

 

「じゃあ今度は振り下ろさず、瓦に手を乗せたまま全部割って見せるよ」

「そんなことができるのですか?」

「お兄さま、無理はしないでね」

 

 問題ないよ、と渚は息を深く吐きながら、腕や肩など身体の隅々まで力を脱く。瓦に掌を置き、肘を軽く曲げた。

 ふ、と一気に息を吐き捨てた直後──ライスとマックイーンが()()()()に目を見開いた。

 

「こんな感じ」

「す、凄いよお兄さま!」

 

 ライスが歓喜の声を上げた。

 十五枚の瓦。大の大人が全力で拳を振り下ろしたとしても、そう簡単には全てを割ることはできない。ましてや勉学ばかりに励んで、筋トレをあまりしてこなかった渚が割ることなんてできるはずがない。

 だが、ライスシャワーとメジロマックイーンの目に映ったのは──十五枚の瓦の全てが半分に割れる場面だった。

 

「これはいったい……」

 

 マックイーンは驚きのあまり、その光景を呆然と見つめていた。

 できるはずがないと思っていた。だが、この真紅 渚は全力で拳を振り下ろす訳でもなく、十五枚の瓦を容易く割った。

 その事実に目を疑った。

 

「これは、ただ力任せに叩き付けるんじゃない。脱力から始まり、一つの方向に自分の体重を乗せて放つ」

 

 あるところでは『寸勁』や『ワンインチパンチ』とも呼べる。多少なりとも違いはあるが、悉くに必要なのは『力』ではない。

 

「これがなんの役に立つのかって言われたら、ちょっと困るけど。使える場面はある」

 

 たとえば、と渚は話を続ける。

 

「ただ力任せに走るだけでは、体力を激しく消耗する上に、ただの力比べでしかない。けど脱力して、脚をバネのようにして走る。力を込める事も大事だが、脱力もまた大事だ」

 

 ライスもマックイーンも、渚が言っている事に頭を悩ませている。

 

「まあ、難しく捉えちゃダメだよ。実際にやってみた方が分かりやすいかもね」

 

 それから、ライスシャワーとメジロマックイーンは渚の言っていた『脱力』を意識して併走トレーニングを始めた。

 当然最初は二人ともあまり理解できず、困惑の果てで以前の走りよりタイムが落ちてしまったが、やるにつれてコツを掴んできたのか目に見えて変わり始めていた。

 

「凄いですわね……まだ分かっていない部分もありますが、以前よりも遥かに走り易いです」

「お、見直してくれた? ならいっそのこと俺がトレーナーになってあげようか?」

「あ、それは遠慮しておきます。トレーナーさんならもういますから」

「それは悲しい。仲間が増えると思ったんだけどね。ねー、ライス」

 

 首を少し傾げてライスに共感を求めると、ライスもまた渚と同じように首を少し傾げて「ねー、お兄さま」と返した。

 

「ライスさんも段々とクレナイさんに染まってきましたわね……」

「おお、良い傾向だね。俺色に染め上げちゃうか」

 

 渚の馬鹿げた言動にマックイーンは呆れている。しかしライスは「えへへ」となぜか喜んでいるようだった。

 

「クレナイさん分かっていますの?」

「なにが?」

「ウマ娘とトレーナーの恋愛行為は禁止でしてよ。不純ですもの」

「不純……?」

 

 渚はライスに視線向け、ポケットから一枚の福引券を取り出す。

 

「じゃあトレーナーとウマ娘で温泉旅行に行くのは不純じゃないのか」

「んな!?」

 

 驚愕してマックイーンの端麗な顔立ちが崩れる。まるで『なぜそれを知っているんですの』とでも言いたいように。

 

「え……どういうこと……?」

「マックイーンお嬢様は数週間前に、自分のトレーナー殿と二人きりで温泉旅行に行ったんだと」

 

 ライスの視線がマックイーンへと向けられる。

 マックイーンは目を見開き、頬は真紅に染まって、口を痙攣させるようにパクパクさせていた。

 

「マックイーンさん、トレーナーさんと温泉旅行行ったの?」

「そ、それは……! トレーナーさんへの慰労が目的で! あの旅行は決して不純では……! ちゃ、ちゃんと距離感は弁えていますわ!」

 

 慌てて弁解を述べるマックイーン。顔を真っ赤に染め、彼女は必死にライスに言い続けていた。

 渚は肩をすくめ、ライスは目を輝かせている。

 

 ウマ娘とトレーナーは一心同体とも言うが、メジロマックイーンやトウカイテイオーのように距離感がイカれている例もある。

 渚が担当するライスシャワーはまだマシな方であり、くっついて来る程度。希にトレーナーである渚の部屋に入り浸る事もあるが。

 

「てことだそうです。じゃあ今度は福引でもやりに行こうか」

「……! 本当?」

「ああもちろん」

 

 福引券で温泉旅行が当たる確率は相当低い。それでも、もし当たれば二人の絆を深められる上、心身共に休められる。

 あくまでトレーナーとウマ娘の関係。

 

「でも、ライスが一緒だったら絶対に当たらなくなっちゃう……」

「そんなことないさ。一周回って当たるかもよ」

「けど……」

 

 自信をなくしていくライスの手を取り、渚は優しく微笑んだ。

 

「君と俺にできないことはない。たとえ当たらなくても、それなら何処かへ旅行へ行こうか」

「……本当に……ライスも良いの?」

「ダメな理由がどこにあるのさ」

 

 ライスは福引でハズしまくっている。自分自身で言っているように、三等の『にんじん一本』ですら当たったことがなく、家には大量のハズレティッシュが残っているらしい。

 だがそんなこと、ライスは悪くない。

 その福引屋が、よくあるハズレしかない悪徳業か、ただタイミングが悪いだけのこと。

 それに渚にとって福引のティッシュは()()()()()()()。ティッシュが当たっているのだから、それはハズレではない。渚はそんな思考の塊だった。

 

「ティッシュに賞味期限はない。それに次は当たるかもしれない。今はまだ運の溜め時なんだよ」

「お兄さま……」

「大丈夫?」

「うん……! なんでか分からないけど……お兄さまとなら、当てられる気がする!」

「よしそれじゃあ、メジロ家のお嬢様と同じように、目指せ温泉旅行っ!」

 

 渚が拳を握り締めると、ライスはパアッと顔を明るくさせる。そして「やめてくださいませ!」と声を荒らげるマックイーンを横目に、渚は『頑張る気持ちが湧いて来るおまじない』を呟く。

 

「ウルトラ頑張るぞー!」

 

 片腕を天に掲げると同時、ライスもまた手を掲げる準備を整える。そして憤慨するマックイーンに視線を向け、

 

「ほら、マックイーンもやるよ」

「えぇ!?」

「手を掲げるだけだ。簡単でしょ?」

 

 未だ戸惑うマックイーンを無理やり誘い、渚とライスは声を響かせる。

 

「「おー……!!」」

「お、おー……?」

 

 二人の声が合わさる中、マックイーンの戸惑う声が遅れて響き渡った。




トレーニングやらなにが効果的なのかはド素人なのでご了承下さいまし。
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