ただ、ライスシャワーと静かに過ごしたい   作:渚 龍騎

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皆さん一緒に、スマイルスマイル


ただ、ライスは気ままにお出掛けしたい 一杯目

 

 

 

 

 静謐な自室の中、キーボードをリズム良く叩く音だけが響き渡る。席巻する静けさも、そのまま空気に染み渡り、真紅(クレナイ) (ナギサ)は身体を伸ばした。

 

「ん〜っ」

 

 息を吐き捨て、微かな眠りからなんとか脱却しようと試みるが、すぐにやめた。なにせ眠気に抵抗するほどの真面目さを、渚は持っていない。

 

「昼過ぎ、か……」

 

 ふと見上げた視界に映った時計。

 時刻は13時32分。

 久々に淡々と仕事をこなしていれば、いつの間にかそんな時間。昼飯を買っていなかった、とぼんやりした意識の中で呟く。

 

 空腹は僅かに感じる。

 珍しく好物であるあの菓子パンを買っていないのは、行き付けの店で売り切れになっていたから。いつもは売っているはずだが、なぜか急に人気になったようだ。

 

「…………疲れた」

 

 ポツリと呟けば、静けさの中で消える。

 午後を乗り切る為の菓子パンも無ければ、やる気も元気も出ない。これでは午後にやる予定だった仕事も捗らない。

 

「……おにぎりでも買うか……」

 

 少ないやる気に炎を灯して、椅子から立ち上がる。

 大好物の菓子パンでなくても、何かを食べれば僅かにでもやる気は出る──はず。そんな曖昧な考えで自室の扉を開けた。

 

「──ひゃあっ!?」

「──だぁっ!?」

 

 扉を開けた途端に高い悲鳴が響き、完全に飛びかけていた渚の意識が一気に帰還──唐突のことに理解できなかった身体は飛び退いて、悲鳴を上げた。

 

 理解できなかった数秒が経ち、渚と対面して驚愕している少女──私服に身を包んだライスシャワーは深く息を吐いた。

 

「なんだ、ライスか……めっちゃビックリした」

 

 ふう、と安堵して胸を撫で下ろす渚だが、ライスは咄嗟に頭を下げて「ご、ごめんなさい……!」と謝った。

 

「脅かすつもりはなかったの……ただ……」

「いや、別にそれは良いんだけど、俺も大声出しちゃったし」

 

 渚が疑問に思ったのは、ライスシャワーがなぜ私服で渚の自室の前にいるのか──それだった。

 

「どうかした?」

 

 問い掛けるとライスは急にモジモジとして俯く。ボソボソとした声は目の前にいる渚でさえも聞こえず、ライスは自分の体温が上がっていくのを感じていた。

 

「え、えっとね、お兄さま……これから、一緒に……お出かけしない……?」

「お出かけか……うーん」

 

 腕を組んで頭を悩ませる。

 脳裏に過った仕事の量。目蓋の裏に映る残った資料の束。記憶に蘇る色んな人の憤慨。

 ライスと出掛けるのは本望だが、他のことが怖い。

 悩んでいるとライスが慌てて両手を勢い良く振る。

 

「ご、ごめんなさいっ! お兄さまも忙しいよね……行けなかったらいいから……!」

「良いよ」

「ふえ? ……いいの?」

「けど、一つ頼みがあるんだ」

 

 指を一本立ててそう伝えると、ライスは表情を一気に明るくさせて頷く。

 

「うん……! ライスにできることなら……ライス、頑張るよっ!」

 

 仕事は終わらせなければならない。かといって大切な相棒(ライスシャワー)を落ち込ませたくもない。

 私服で自室の前にいたという事実から、《お出掛け》に誘いたくても誘えず、右往左往するライスが目に浮かぶ。

 幸いなことに仕事の量は、一時間もあれば終わる量。だがそれは手を一切止めなければの話になる。

 渚は懐から財布を取り出して、千円をライスに渡す。

 

「これで適当なおにぎりを買ってきてほしい」

「……おにぎり?」

「パンじゃなくて、おにぎり(ライス)ね」

 

 そんなことを言ってみると、ライスの表情が更に明るくなる。そして渚から渡された千円を握り締め、「すぐに行ってくるね!」と声を弾ませて駆けた。

 

「さて……」

 

 踵を返して向き直り、自室へと戻る。

 机の引き出しからハチマキを取り出し、髪を掻き上げてキツく頭に結ぶ。そして黒縁の眼鏡を掛けた。

 ライセンスを取る時以来の真紅(クレナイ) (ナギサ)の真面目かつ本気モード。賢さが大幅にアップして、やる気も絶好調まで上がる。

 渚は首と指の骨を鳴らそうとしたが、音は鳴らず不発に終わった。しかし最後までカッコつけて決める。

 

「智勇双全、光となりて──!」

 

 そんな決め台詞を吐いて、パソコンのキーボードに手を置き、仕事を開始。素早い手捌きで仕事を片付ける渚、そんな渚の為におにぎりを買いに行くライスシャワーだが──、

 

「……お兄さまはおにぎり(ライス)……お兄さまはおにぎり(ライス)……」

 

 周りから見てもひと目で分かるほどに気分を上げているライスは、鼻歌すらも歌うほどに上機嫌で購買に足を運んでいた。

 そんな彼女のもとに、一人のウマ娘が同じく上機嫌で歩み寄った。

 

「上機嫌だねライス!」

「──ひゃあっ!」

 

 ライスが振り返った先──無邪気な顔で笑みを浮かべ、長く結んだ髪を揺らしながらひょっこりと顔を出すのは、メジロマックイーンにも並ぶ有名なウマ娘。

 

 海のように蒼碧で勇猛な双眸。赤みを魅せる茶色の髪には、三日月の如き形をした白い前髪。マックイーンのような美しさとは打って変わり、天真爛漫の可愛さがその表情から滲み出ている。

 『皇帝』に居並ぶ実力とその奇跡たる『帝王』の名を持つ最強のウマ娘──トウカイテイオー。

 

「て、テイオーさん……」

「千円なんか握り締めてどうかしたの?」

「お兄さまがね、これでおにぎりを買ってきてって」

「クレナイトレーナーが?」

 

 ふーん、と鼻を鳴らして頭を巡らせるテイオー。すると腰を少し曲げてライスを見つめた。

 

「ボクもついていっていい?」

「え……テイオーさんも? いいけど……」

「ありがと! じゃあはやく買いに行こ!」

 

 テイオーに手を引かれ、引かれるがままライスは購買のおにぎりが並ぶ目の前まで来る。

 数々の種類が並ぶおにぎりを前にしてテイオーが顎に手を置いて、「むー」と呻った。

 

「こんなにいっぱいあると迷っちゃうよね。クレナイトレーナーってなにが好きなの?」

「えっと……えっと……」

 

 眼前に広がる大量のおにぎりを見て、ライスは戸惑っていた。

 するとその様子を見ていたテイオーが首を傾げた。

 

「もしかしてトレーナーの好きな物知らないの?」

「……うん、あんまりお兄さま好きな物とか……言わないから……」

「あー……確かにあんまり言わなそうだもんね」

 

 テイオーは妙に納得している。

 何度も見てきた真紅(クレナイ) (ナギサ)の姿とは、相棒(ライスシャワー)のことを第一に考えるものだった。

 ライスが知っている渚の好きな物といえば『本』、『いつもの菓子パン』ぐらいなもの。

 あとは『ヒーロー』──それぐらいだった。

 

「ボクのトレーナーはハンバーグとか、焼き肉とか、お肉ばっかり好きなんだよネー」

 

 肩をすくめて呆れたような言い草でテイオーは語る。すると突然声量を上げて「それでちょっと聞いてよ!」と声を荒げた。

 

「ボクのトレーナーさ! 好き嫌いはするなってボクに言う癖に、自分はピーマンとかトマトとか嫌って残してるんだよー?」

 

 「ホント有り得ないよねー!?」とライスに共感を求め、ライスも頷くしかなかった。

 テイオーの話に耳を傾けている内に、ライスはクレナイ ナギサ(自分のトレーナー)の好き嫌いがいったい何なのか気になって仕方がなくなっていた。

 多少の好き嫌いを知っていても、根掘り葉掘り聞くことはなく、探ろうともしていなかったライス。

 だが今テイオーの話を聞いて、自分もまたトレーナーの事をもっと知りたい──そんな感情が芽吹き始めていた。

 

「あ、ごめんね! はやくクレナイトレーナーが好きそうなの買ってあげよ!」

「うん……っ!」

 

 テイオーの提案を聞きつつ、ライスは渚の気に入るであろうおにぎりを手に取り、悩みながらもいくつか選別を重ねた。

 数分の熟考の後、二人によって選ばれたのは『ツナマヨ』と『鮭』、『チャーハン』、『梅』、『わかめ』、『塩』の六種類。

 

「これだけあれば、好きな物の一つぐらいあるよ!」

 

 というか、とテイオーは少し苦笑を浮かべながら、

 

「ライスが買ったやつなら、クレナイトレーナーなんでも喜びそう……」

 

 テイオー含め他のウマ娘たちから見た渚とは、子を溺愛する親の如し姿。ターフの横に目を向けると、必ずしもライスをべた褒めしている。そんな姿ばかり。

 

「そうかな……喜んでくれると、嬉しいな……」

「きっと喜んでくれるよ! さ、行こ!」

 

 半ば強引にライスの手を取り、テイオーは駆ける。

 生まれながらに持つバネのような柔らかさの足。人並み以上の努力を超えたトウカイテイオーの速さに勝るウマ娘など、そう簡単に見つかるものではない。

 たとえ本気でないにしろ──それは相当な速度。ついて行けたとしても、数十秒と保たない。

 だがしかし、()()()()()

 

「さすがライスだね!」

「……ふえ?」

 

 テイオーが渚の自室の前で急に足を止め、振り返りながら明るい声でライスを賞賛する。ライスはそんな彼女の言葉を理解できずに、少し目を見開いて驚いていた。

 ──その例外とは、()()()()()()()も含める。

 

「ボク結構スピード上げてたんだけど、ライスは普通についてきちゃうからさ!」

 

 メジロマックイーンとトウカイテイオー。二人はウマ娘の中でも偉業たる偉業を残し、奇跡すら巻き起こしたウマ娘。

 そのテイオーがライスを褒めるのも無理はない。

 長距離──天皇賞に置いてライスシャワーは、レコードタイムすら残したウマ娘。その実力は、テイオーもその目で刮目した。

 

「あの時のライスの走り! ホントにすごかったよ!」

「えへへ……ライスが頑張れたのは、お兄さまとブルボンさん……あとテイオーさんたちのおかげだよ」

 

 ライスの言葉に、テイオーは頭を掻いて照れ臭そうに笑った。

 

「もういいんだよー! そういえば、クレナイトレーナーの身体の調子はどうなの?」

「お兄さまもね、大分良くなったの。あとは時間が経てば治るって……!」

「え! そうなの!? 良かったじゃん!」

 

 ライスの言葉を聞いて、テイオーは自分の事のように驚いては喜ぶ。そして扉の前にライスを引っ張り、

 

「もっとはやく治ってもらう為に、おにぎり渡さないと!」

「うん……! テイオーさんありがとう!」

 

 テイオーに感謝を伝え、ライスは深呼吸。

 渚の部屋からは特に音は聞こえない。その事実からテイオーは「それにしても」と疑問を口に出した。

 

「今クレナイトレーナー何してんの?」

「え、分からない……」

「ちょっと覗いてみよ!」

「え……!?」

 

 テイオーは好奇心に身を任せ、音を立てずに部屋の扉を少し開く。片目だけ覗ける隙間から、テイオーだけじゃなくライスも部屋の中を見つめた。

 部屋の端から中央へ。壁際に設置された本棚、小さなテレビと机にソファ。質素で簡易的な部屋の奥に、渚は座っていた。

 パソコンのモニターが遮って渚の顔は伺えない。だが、チラッと見える渚の姿は、ハチマキを巻いて眼鏡も掛けている。

 その姿を見たテイオーがまず漏らした言葉は、

 

「ウッソー……!」

 

 渚には聞こえない小さい声で呟いた。

 

「あのクレナイトレーナーが、すっごい真面目に仕事してる……ってかなにあのハチマキ……」

 

 渚の頭に視線を移したテイオーは苦笑。ライスもまたテイオーの視線を辿って、苦笑するしかなかった。

 その渚が巻いているハチマキには、『ライスシャワー最高』と書かれていた。

 

「ま、まあ、仕事を終わらせる為に、ライスにおにぎりを頼んだんだね」

「お兄さま…………」

 

 テイオーが気を取り直して「さあライス」と顔を向けた瞬間、ライスはテイオーの声を無視して勢い良く扉を開いた。

 

「お兄さま……!」

「おおライス。おにぎり買ってきてくれた?」

「うん……! いっぱい買ってきたよ……それで、えっと……」

 

 ライスの声が少しずつ小さくなる。俯き、徐々に耳も尻尾も萎れるように落ちていく。

 渚は『自分(ライス)が出掛けたいから、急いで仕事をしている』と、ライスはその姿を見て感じていた。

 自分の所為で渚が頑張っている──だからこそ、ライスは覚悟を決めて顔を振ってから渚を見つめた。

 真っ直ぐに見据え、力強く口を開く。

 

「ライスも、お仕事ひぇふひゃっ──はうっ!?」

「どうした!? 大丈夫!?」

 

 突然のことに渚は立ち上がってライスのもとに駆け寄る。するとライスは「ごぇんあひゃい……」と喋りづらそうに謝った。

 

「大丈夫?」

「ひた、はんひゃったぁ……!」

 

 口元を覆って、ライスは涙目になる。

 そんなライスを見て、渚は笑みを浮かべた。そしてライスの頭を優しく撫でながら、

 

「ありがとうライス……それじゃあ、頼んでもいいかな?」

「……っ! うん! ライス、頑張るよ!」

「よしっ! まずは腹ごしらえだ!」

 

 ライスの買ってきたおにぎりを手に取り、渚はまず「いただきます!」と手を合わせた。

 そしてライスにおにぎりの一つを差し出す。

 

「さ、ライスも一緒に食べよう」

「え……いいの?」

「もちろん。ライスが買ってきてくれたおにぎりだ。それに、二人で食べれば美味しさも倍になる」

 

 するとライスは笑顔になり、力強く「うん!」と頷いて、渚の差し出したおにぎりを手に取った。

 

「いただきます……!」

 

 二人の笑いを溢す声が部屋に響き、その声は扉を超えて微かに()()の耳にも届いていた。

 壁にもたれかかり、少し天井を見上げながら、トウカイテイオーは笑顔を溢す。

 

「良かったねライス」

 

 そんなことをポツリと呟いて、「よし」と拳を握り締める。

 

「ボクもトレーナーの所に行こーっと!」

 

 廊下の床を叩く足音は、二人には聞こえない。だがしかし、その後に響き渡った「トレェーナァーッ!!」と叫ぶ声は、二人だけでなく学園中に轟いたとか、轟いてないとか──。

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