気ままに投稿する私ですが、よろしくお願い致します。
「相も変わらず広い」
辺りを見渡して、渚が愚痴を漏らす。
視線を巡らせた先にいるのはヒト、ヒト、ヒト、ヒト、ウマ娘、ヒト、ウマ娘──ここはいつも人やウマ娘が絶えない。
寧ろ絶えた方が奇跡ともいえる。
見渡す限りの室内。見上げれば、太陽の光が吹き抜けて眩い輝きが硝子から抜け落ちている。
トレセン学園のような規模には敵わないが、ここもまた広過ぎるあまり道に迷う者がしばしば。
トレセン学園から最も近く、この辺りで最も巨大なショッピングモール。この場所で欲しいものは必ず見つかり、更には無いものは無い。そんなことが言われる程に巨大。寧ろ無いものを探す方が困難だ。
あまりの広さに圧巻され、呆然と立ち尽くす
「離れないでよライス」
「うん……お兄さまも離れないでね」
互いに視線を交じ合わせ、同時に頷く。
離れたらもう会えない──そんなことが余裕で起こり得るこの場所だが、必要なものは全て此処にある。
人が必要とする必需品は勿論、トレセン学園が近辺にあるという理由からも、ウマ娘たちが必要とする
ウマ娘に関する専門店が数十店舗以上。
「まずやるべきことはただ一つ」
「あれだね……」
ライスの見つめる視線の先──人混みを越えたその先に、このショッピングモールに置いて最も重要かつなければならない物がある。
「この群衆を超えて
拳を握り締め、次に「まずはライス!」と視線を下ろす。
「あれ? ライス?」
数秒前までいたはずのライスが、視線の先にいない。慌てて辺りを見渡し、人混みをかき分けてライスの名前を叫ぶと──、
「──お兄さま──!」
微かに聞こえるライスの声。だがしかし、辺りに席巻する雑踏の喧騒がライスの静かな声音を一瞬で消し去る。
僅かな声を聞き分け、人混みの中から抜けてブルーローズチェイサー。
「──ライスっ!」
ライスの小柄で華奢な身体はすぐに埋もれて消える。だが渚はライスを見失わず、必死に手を伸ばす。
漆黒の髪。ライスの特徴的な大きな耳。ようやく見つけたライスの姿に向け、押し戻す雑踏を押し退けて駆け寄った。
そして、触れた一瞬を逃さなかった。
「はあ、はあ……やっと捕まえた……」
「ふぇ……お兄さま、ありがとう……」
ライスの靭やかな指を力強く握り締め、互いに息を切らしながら一息つく。
「言ったそばからこれだぜ……」
「ごめんね、お兄さま……」
「いや、人が多過ぎるのが悪い。ライスは悪くないよ」
そこまで言ったところで、ライスの視線がゆっくりと落ちる。釣られて渚の視線も落ち、ライスの視線の先に伸び──、
「あ、ごめん」
慌てて手を離そうとした途端、離した手を咄嗟に掴まれ、渚が「え?」と困惑の声を漏らす。
ライスが渚の手をしっかりと握り締めて、俯いている。そして耳をよく澄ませなければ聞こえないほど小さな声で囁いた。
「また、離れていかないように……手、握っててもいい?」
恥ずかしさのあまり頬は赤く染まり、声すら少し震わせながらライスは呟いた。
渚は数秒間ライスを見つめ、思考を巡らせる。応か否か、逡巡は一瞬──むしろ『否』という選択肢は、渚に最初から存在していない。
「じゃあライスは、俺がどっかに飛んでいかないように、しっかりと握っといて」
そんな冗談を交えながら渚がライスの手を握ると、ライスは顔を見上げてハッキリとした声色で「うん!」と頷いた。
「えっと、地図を探さないとだよね……」
渚の手を握り締めて、ライスは小柄な身体を精一杯伸ばしながら辺りを見渡す。だがしかし、渚は探す素振りさえ見せず、腰に手を当てて不気味に笑った。
「お兄さま……?」
「これを見てくれ」
服のポケットからひらりと、一枚に畳まれた紙を得意気に見せる。それを広げれば、このショッピングモールの地図が事細かに載っていた。
するとそれを見たライスが「おー!」と、顔を明るくさせて目を見開いた。
「ふ、ライスを助ける時にちょうど見つけた」
「お兄さますごい……!」
「それほどでもないさ! ハーッハッハ!」
ライスに「すごい!」と絶賛されて、渚は地図をひらひらと振るわせながら分かりやすく調子に乗る。その瞬間、渚の身体が誰かに押されることで蹌踉めき、握っていた地図が宙を舞った。
「あ、ちょ……!」
人混みが生み出す大気の流れに乗り、地図はもう既に渚の手が届く範囲を飛び出ていた。
視界の外に流れては落下。すぐに人混みによって踏み付けられ、最早どこにあるのか検討も付かない。
「あ、あ、最後の希望が……」
「ご、ごめんなさい……ライスが人混みに呑まれちゃったから……」
「いや、俺が油断したのがいけなかった……」
互いに自分を責める二人。分かりやすく肩を落としてテンションの下がる二人だが、悪くなる流れを渚が変える。
「えぇい! 何度か来てるんだ! 地図なんぞに頼らずとも己の記憶こそ全てだっ!」
「お兄さま?」
「俺の
「お兄さま!?」
つまりは、成せば大抵なんとかなる。
適当に歩いてりゃ着くだろ、そんな曖昧で適当な考えで渚は歩き始める。ライスを離さないとばかりに手を強く握り締め、先に人混みの間を縫って進む。
その背中を見つめて、ライスは渚の後ろをついていった。
「俺に任せてくれ!」
あるのは、生死の境目によって生まれた精神力と、勉学によって培った知力、そして自堕落でありながらも負けず嫌いな性根。
他のトレーナーのように経験があるわけでも、ましてや天才染みた才能があるわけでもない。なにかを成し遂げたという功績も当然ない。
「お兄さまどこか分かるの?」
「──
「えぇ……!?」
それでも──それでも尚、ライスシャワーが渚をずっとトレーナーとする理由。それはいつも見る渚の背中はいつも大きく、逞しく、頼りになるものだから。
困った時、悲しい時、嬉しい時、いつもあるのは渚の存在。いつも手を引っ張ってくれ、いつも背を押してくれる。
「あっちか? あれ、ここさっきも見たな……」
辺りを見渡しながら頭を悩ませる渚。その背中を見て、ライスは微かに笑みを浮かべる。
誰もが言い放った
「あ」
ふと渚から視線を離した先に、ウマ娘のトレーニングシューズ専門店が映る。
「お兄さま! あそこ!」
渚の手を引いてライスが専門店を指差すと、渚もその存在に気が付き、思わず「おー!!」と良く声を上げた。
「記憶もたまには頼りになるもんだ! よく見つけたねライス! ありがとう助かったよ!」
「お兄さまが一生懸命探してくれたからだよ……!」
「じゃあこれは、二人のおかげってことで」
「うん……!」
力強く頷いて、店に向かおうと一歩を踏み出した瞬間、ライスが自分の服を僅かに引っ張られるような感覚を感じた。
「え……?」
振り返って見れば、ライスシャワーよりも一回り小さい──正確には身長が120センチ程の女の子が、ライスの服を掴んでいた。
その少女の頭には、元気良く立っている耳があり、ゆらゆらと揺れる尻尾がある──まだ幼いウマ娘だった。
「え、えっと……なに……?」
困惑しながらもその少女に問い掛けて見るが、反応を示さず、じっとライスを見つめるばかり。
ついてこないライスの異変に気が付いた渚も振り返って、小さなウマ娘の存在に気付いた。
「その
「分からないの……ずっとライスの事見てて……」
ライスはその少女の手を取り、「迷子?」、「お母さんは?」と様々な質問を繰り返して見るが、少女は口をパクパクとさせるだけで、何を伝えようとしているのか分からない。
「……えっと、えっと……お腹空いてる?」
小さなカバンの中からマヨネーズを出して見せたが、少女は首を傾げる。
「……えっと、じゃあ、誰かを待ってるの?」
首を傾げる。
「うぅ、違う……ライスに、何か伝えたいのかな?」
幾つもの質問を経て、少女がようやく行動を示す。しきりに手を動かして、何やら形を作ったりと、ライスに向けて何かを必死に伝えようとしていた。
「どうしよう……お兄さま……」
もはや涙目にもなりそうな弱々しい声で、ライスは渚に助けを求める。すると渚は、少女の行動に「あー」と納得してライスの肩を叩いた。
「よし、選手交代」
ライスの横で腰を曲げ、渚は少女の動きをよく観察する。少女も先程よりゆっくりと手を動かして、何かを訴えた。
「……お兄さま?」
「多分だけどね、この
「分かってない……?」
渚は少女の耳を指差して「ほら、これ見て」とライスに視線を促す。それは少女の耳に付けられた補聴器。
「耳が聞こえないんだ。だから、ライスの言葉にも首を傾げてた」
それに、と言葉を続け、渚は人差し指を立てて額に当てたり、少女と同じように手で
その途端、少女の表情が一気に明るくなり、胸を撫で下ろす。それでようやく渚が「なるほどね」と声を漏らして理解した。
少女がしきりに手を動かしていたのは、『手話』を使って伝えようとしていたから。
「お兄さま、この子が言ってること分かるの?」
「流石に全部は分からない。俺も昔にちょっと習ってたってだけだから、簡単なことだけ」
少女と渚の手話によるやり取りが行われ、渚は自分の髪を掻きあげたり、悪戦苦闘しながらも手話を続けた。
「元気……走り……」
ボソボソと単語を呟き、数分によるやり取りが終わると、唐突に渚が「分かった!」と大声を上げた。
「なにが分かったの……?」
「この子は、
「………………ふぇ!?」
思いもしていなかった答えに、ライスは目を見開いて驚愕した。
渚は少しぎこちない動きではありながらも、辿り着いた答えを少女に問い掛ける。すると少女は、笑顔で頷いた。
「やっぱりそうだ! この子は、ライスの走りを見て『元気を貰った』って言ってる!」
他にも『かっこよかった』や『凄かった』と、どれもライスを賞賛して褒める言葉ばかり。それだけライスの走りに魅了されたのか、渚も渚で喜びを隠しきれない。
「この子、ライスと握手したいって」
「え……ライスと……?」
渚は頷く。
ライスも戸惑っていた。
突然のことで理解が及ばず、何をしてあげるべきなのか分からなかった。
嬉しさは当然あるが、それよりも──本当に、この少女が言う存在に値するのか?
その微かな思いが、ライスを戸惑わせていた。
「ライス」
戸惑っていると、渚から呼ばれる。
渚の真剣な眼差しがライスを射抜き、ライスは渚を見つめ返す。そしてライスの頭に手が乗せられた。
優しい手つきで耳と耳の間──頭頂部辺りを渚が撫でる。ゆっくりと撫でれば、ライスの耳が少し倒れて上目遣いで渚を見た。
渚は、優しく微笑んで口を開く。
「前を見て」
「え……?」
「どれだけ君が、君自身をダメだと思っていてもちゃんと見てくれている人はいる。前にも言ったけど、君の駆け抜けて来た道は、決して間違いじゃない」
「間違いじゃ……ない……」
渚は「この子を見たら分かるよ」と少女に視線を向ける。その少女の瞳は、曇りが一切なく、ライスが一番近くで見てきた誰かの瞳と同じ真っ直ぐな眼差し。
「この子はね、耳が聞こえなくても、ライスのような強くてかっこいいウマ娘になりたいって」
「ライスが、かっこいい……?」
「──『
その言葉が引き金となったのか、ライスの瞳の色が変わる。戸惑いとはまったく別の色を滲ませて、ライスは少女の前に立った。
そして少女の手を取り、渚に振り返る。
「ねえお兄さま」
「なに?」
「ライス、この子に伝えたいことがあるの」
思いもよらなかったライスの言葉に、渚は数秒の間目を見開いて固まっていたが、笑みを浮かべて頷いた。
そして伝えたがっていた言葉を手話にしてライスに教えると、ぎこちない動きではあるものの──しっかりと、その思いを伝えた。
《ありがとう》
短くも簡略的ではあるが、その言葉を見た少女は表情に一気に明るさを染めて手話を返した。
「うん……!」
ライスに手話の意味は分からない。だが分からなくても、少女の想いがしっかりとライスに伝わったからこそ、力強く頷くことができていた。
少女の笑顔に別れを告げた後、ライスの表情には明るさとは別の色を滲ませていた。
「お兄さま……」
「うん」
振り返ったライスは拳を握り締めて渚を見つめる。
「ライス、頑張る……!」
「そっか。なら俺は、君に全力を尽くす」
「ありがとう、お兄さま!」
「良いんだよ」
強い、弱い、そんなもので決まるわけじゃない。いつどこで、なにをするか──そして、誰かが決めるものでもない。
ライスシャワーは祝福を齎す。彼女はいつだって、誰かの為に在ろうとしていた。
いずれ訪れる歓喜と祝福。
ライスシャワーは誰かの幸福を願い、祝福を祝って駆け抜ける。それは、真っ暗な空を燃やし尽くして、光をより彼方へと届けるもの──