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Make debut!をライスに踊ってもらって、↑のシーンのライスの笑顔で天国に召しました。
「ねぇー! トレーナー今の見た!?」
ターフの側で、元気良くポニーテールを揺らして飛び回るトウカイテイオーが、テンションを上げながら自分のトレーナーのもとへ駆け寄った。
トレーナーを見上げ、尻尾を勢い良く振りながら笑顔を浮かべる。そんなテイオーに、トレーナーは冷静に対処していた。
「ボクすごくない!?」
そうだな、と返すトレーナーは手をテイオーの頭に乗せて撫でる。するとテイオーの尻尾は更に勢いを増し、耳も可愛らしく動いていた。
「そんなに撫でたいなら、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
誇らしげに笑うテイオー。そんなテイオーに「はいはい」と呆れを見せながらも、トレーナーは優しく微笑んで撫で続けていた。
「…………」
その二人の様子を遠くから見つめるウマ娘が一人。
漆黒の髪、ウサギのような大きな耳、頭に乗せた青いバラ、紫根の瞳を釘付けにするウマ娘──ライスシャワーは、トウカイテイオーとそのトレーナーのやり取りに声を漏らしていた。
羨ましい──そして別の方向へ視線を向け、
「トレーナーさん、ネクタイが曲がってますわ」
トレーナーのネクタイを綺麗に整え、あわよくば身体をぴっとりと自然に密着させるのは、さらさらな芦毛を伸ばした上品なウマ娘──メジロマックイーン。
ネクタイを直してくれた感謝を告げたそのトレーナーは、マックイーンの頭を柔らかく撫でた。
「昨日も遅くまで仕事をなさっていたんじゃないですか? 無理はなさらないで、私にも手伝えることがあれば手伝いますわよ」
助かるよ、と返されて更に頭を撫でられるマックイーンは、頬を赤らめて尻尾を大きく振っている。まるで別人のようなマックイーンに、ライスはただ羨ましいと思っていた。
次はテイオーの方向へと顔を向けた。
「テイオーさんみたいに、何か凄いことしたら……」
それとも、とマックイーンの方へと顔を向ける。
「マックイーンさんみたいに、何かお兄さまを手伝って上げられたら……」
撫でてもらえるだろうか?
ライスシャワーは、撫でてもらいたかった。
無論、撫でられたことがないわけではない。だが、そんな頻繁に撫でられているわけでもない。
しかし、トウカイテイオー並びにメジロマックイーンの二人が見せ付けた故に──ただ撫でられたい欲に駆られていた。
『ライスさっき少テストで100点取れたの……!』
『おー! 凄いな偉いぞ!』
なでなで──成功。
『お兄さまのお仕事、ライスも手伝うよ……!』
『おー! ありがとう!』
なでなで──成功。
「よし……!」
ライスはイメージトレーニングにて、撫でてもらえる作戦を幾つか考える。その間、本人は気付いていないが、思わず口角をニヤけさせては毛並みの整った尻尾を横に振るわせていた。
因みにそのイメージが失敗する可能性はゼロ。なぜなら、ライス自身そんなこと考えていない。
────だが、
渚がいなければ始まらない。
「お兄さま……遅いなぁ……」
いつもは予定の十分前にトレーニングの準備を終えて待っている渚だが、今回は予定の時間より五分を過ぎても姿を見せない。
「もしかしたら、なにか困ってるのかも……」
手伝うことができれば、撫でてもらうことができるのかもしれない。渚が困っているなら、何か役に立ちたい──その感情に揺さぶられ、ライスはジャージのままトレーナー室へ駆け出した。
「あれは……」
そのライスシャワーが駆け出す後ろ姿を、偶々見掛けたウマ娘が一人。三日月のような白い前髪と、誰よりも大人びた雰囲気を感じさせるウマ娘は、ライスシャワーの背中を見つめていた。
そして、一分と経たずに目的地まで辿り着く。
渚のトレーナー室前は異様に静かで、部屋の中から小さな物音すら無く、人の気配も感じられない。あまりにも静かだった。
「お兄さまいないのかな……」
扉に耳を当ててみるが、やはり音は聞こえない。
ライスは扉をノックしてみる。硬い扉と骨の高い音が静謐な廊下に響き渡り、薄っすらと消えて行った。
ゆっくりと扉を開けて行き、中を覗く。いつもと何ら変わりのない渚のトレーナー室。頭を入れて見渡して見たが、どこにも気配はない。
「お兄さま……?」
中へと踏み込み、呼んでみても反応はない。そしてソファの辺りまで歩み寄って、渚がソファにもたれ掛かっているのに気が付いた。
ライスは目を見開き、慌てて駆け寄る。
「お兄さま……っ!」
肩を揺らして、意識があるのかを確認するが、渚は起き上がらない。心配になるライスはおどおどしながら辺りを見渡す。助けを求めたいが、どうしたらいいのか分からない。
────だが、その心配はいらなかった。
「……すぅ……ん……」
「お兄さま……?」
物音を立てないように、耳を口元に近付けて見れば、渚から呼吸する音が聞こえる。ゆっくりと静かに息を吸って吐く、の繰り返し。
────ただ、渚は眠っているだけだった。
「ふぅ……よかったぁ……」
胸を撫で下ろし安堵の息を漏らすライス。
以前、渚が突然倒れることもあった故に気が気でない。完治したとはいえ、いつかまた起こってしまうのではないか──ライスは恐怖していた。
「お兄さま疲れてたのかな……」
机の上には大量の資料。開かれているパソコンの画面は、なにやらトレーニング内容が書かれて放置されている。更にその脇に三本並んだエナジードリンク。調整を施されたライスのトレーニングシューズ。
そこらの床には、いくつかの空になったエナジードリンクが転がっていた。
「…………」
渚の寝息だけが聞こえる静謐な空間。ライスは息を殺して、渚の横に座り込んだ。
緊張して身体が固く、いつものように動かない。それでも無理やり視線を横に向けて、渚の横顔を一瞥。当然ライスがいることは、気付いていない。
罪悪感に苛まれ、ライスは顔が熱くなっていくのを感じる。
視線を正面に戻して、パソコンの画面を見つめると、変わらずトレーニング内容の画面。そしてその他の資料にも目を向けて見れば、それら全てはライスシャワーの為に作成されているものだった。
適切なトレーニング。
怪我に対するマッサージ。
次のレースに向けた調整。
ありとあらゆる事に作られた資料──ライスはその全てが、何日もの長い間を懸けて作られていることを理解した。
そしてその疲労こそが、今回の渚が寝ている理由でもあると。
「お兄さま……」
隣で寝る渚。その表情は疲れ切っているようで、眼の下には僅かにも隈が見える。そしてライスは俯いて、渚にも聞こえない程に訥々とした声で呟いた。
「ごめんなさい、お兄さま……ライスがちゃんとできないから、いつも大変だよね……」
謝罪を述べても、渚には聞こえない。だがそれでも、ライスはただ『自分がダメなんだ』と自分で自分を責めた。
渚が大変な思いをするのも、渚が自分の時間を削るのも、渚が疲れてしまうのも、全てが自分の所為だと責める。
そして、あれやこれやと自分を責めて──、
「らいす……」
「…………え?」
ふと隣から聞こえた小さい声。視線を向けても、渚はいまだに瞳を閉じたまま。しかし、唇を震わせて寝言を囁く。
「……君は、本当に……」
囁いて、言葉が途切れる。
渚はその先を言っていない。だがライスの脳内に響き渡るのは、呆れた声色で囁かれる最悪の言葉。そんな言葉、きっと渚は言わない。
すると、落ち込むライスの肩にずしっと重いものが乗り掛かった。
「ひゃ……!?」
ゆっくりと横に視線が向き、そこにあったのは黒い髪の毛。より一層寝息が近くに聞こえ、ライスはその正体が渚の頭であることを理解した。
唸りながら、渚は呟く。
「……最高の、
「…………え?」
────そして、再び静寂が訪れる。
寝息だけが室内に音を漂わせ、ライスは呆然と渚の呟いた言葉を、脳裏に木霊させ続けていた。
ライスが思うほど、渚はライスを蔑んだりしていない。むしろ、蔑むどころか、ライスに対して負の感情を抱いたことすらない。
「お兄さま……ありがとう……」
聞こえた言葉に、ライスは渚を見て思わず微笑む。
もう少しと渚に寄り添い、ピタリと身体をくっつける。温かな体温を近くで感じていると、渚がまた寝言を呟いた。
「やめろスペシャルウィーク……」
「……?」
顔を顰めて、渚は何かに向けて抵抗している。
なにか怖い夢でも見ているのか心配になるライスだったが、次に放たれた寝言によって、苦笑を浮かべることとなる。その寝言とは──、
「うちのライスシャワーに卵をかけても……卵かけご飯にはならないぞ……」
「……どんな夢見てるの……?」
問い掛けても、答えは帰ってこない。
苦笑していたライスだったが、温かくて静かな空間にいる内、やがて意識が遠退いていき、瞳を閉じた。
「お兄さま……ありがとう……」
その一言だけを呟いて、意識を手放した。
暗闇の中で、目の前にはライスシャワーがいる。そして横には、満面の笑顔を浮かべて、右手に生卵を握り締めたスペシャルウィーク。
「なにしてんの……?」
スペシャルウィークを見つめて問い掛けて見るが、彼女は笑顔を浮かべたまま首を傾げる。そして生卵を突き出して見せつけながら、
「これを掛ければ、美味しくなると思うんですよ!」
「…………は?」
なにに、と問い掛ける。するとスペシャルウィークは視線を移して、その視界にライスシャワーを映した。
「おい、まさか……」
「──はいっ!」
スペシャルウィークは頷いて卵にヒビを入れる。
「やめろスペシャルウィーク! うちのライスシャワーに卵をかけても、卵かけご飯にはならないぞっ!」
「えへへ、美味しそうです」
手を伸ばしてライスを救いたい。だが身体は縫い付けられたように、一切動かない。
いまにもスペシャルウィークはライスシャワーを食べようとしている。なぜかライスは一切抵抗せずに、渚だけを見つめていた。
そしてスペシャルウィークが口を開いた直後──、
「────っ!!」
意識が一気に覚醒。窓から差し込む夕陽が、視界を真紅の色に染め上げ、一日の終わりを告げ始めていた。
頭を抑え、髪を無造作に掻きあげてため息をつく。
「なんだか、とんでもない夢を見ていた気がする」
あまりにも突拍子のない夢だった気がするだけで、どんな内容だったのか一切覚えていない。だが、どうでもよくなった渚は力を脱いて膝に手を置く。
「…………え?」
膝に手を置いたはずが、なにか柔らかくふわふわしたものに触れる。起きた瞬間は気にしていなかったが、膝の上になにかが乗っていた。
徐々にゆっくりと視線を落としていくと、視界に映ったのは青いバラと漆黒の髪。そこから横に視線をずらし、膝上に乗る正体を探る。
トレセン学園の赤いジャージ。小柄で華奢な体型。ゆっくりと上下するそれは耳があり、尻尾もあった。
その正体は、渚にとって最も見慣れたウマ娘。
「え、ライス……?」
そこには、膝で眠るライスシャワーの姿があった。
困惑に次ぐ困惑。渚の思考には広大なる宇宙が映され、もはや考えることができていない。
「ま、まずは落ち着け……」
この状況は明らかにマズイ。だが慌てては良くない。心頭滅却すれば火もまた涼し。
人によっては、素数を数えることで落ち着きを取り戻す者もいる。
渚は天井を見上げ、心を静める。
「らせん階段、カブト虫、廃墟の街、イチジクのタルト、カブト虫……」
瞳を閉じて、渚はただその14の言葉──天国へ行く方法を呟き続ける。
「ドロローサへの道、カブト虫、特異点、ジョット、
「ん……ん……」
なにやら呟きながらライスが寝返りを打つ。その顔は少し赤くてもどこか笑顔で、あまりにも可愛らしく完全に無防備の姿だった。
「ん゛ふ……っ!」
このままではマズイ。
正気を失う前に、渚は14の言葉を再開する。
「紫陽花……カブト虫、特異点、秘密の皇帝……」
「お兄、さま……」
精神が乱れる。
視線は一気に下へと向き、ライスを見つめた。
ライスは渚の膝から落ちないように、器用に寝返りを打ち、僅かに微笑んだ。
「いつも、ありがとう……お兄さま……」
「ライス……」
「ライスも……頑張る、ね……」
そしてまたライスの寝息が聞こえ始める。
時計を見上げて──渚は気が付く。
「そういや、トレーニングの時間……ああ、そういうことか……」
ようやく理解した渚。自分が寝ていたことによってトレーニングの予定時間を超過。心配したライスシャワーが渚を訪れ、そのまま寝てしまったらしい。
「まったく君は……」
思わず微笑んで、渚はため息をつく。
ライスシャワーを見下ろし、彼女の漆黒の髪を梳きながら、そっとその頭に手を置いた。
「……ありがとう、俺も頑張るから」
優しく、柔らかく、ライスの頭を撫でる。そうすればライスは「えへへ……」と微かに笑いを溢し、改めて眠りに付いた。
そして渚も、ゆっくりと瞳を閉じて意識を手放す。
それから起きた時、寮の門限はとっくに過ぎて二人はこっぴどく叱られたとか。