気が付くと崖の上にいた。
山の切り立った場所という表現が適当だろうか。冷たい風が常に体にぶつかってくるのを感じた。
周囲に草木が生い茂り、前方にある崖の先からは辺り一面の森を見渡せるような場所だ。
崖の上から見える景色は一面が森で人工物は全くと言っていいほど見つけることが出来なかった。
道路さえ確認できない。
森には雑多な木々が好き放題に生えている。
ここはどこの山奥なのか……。
上を見上げると吊り橋があった。
切り立った山の上で唯一揺れている吊り橋だけがここに人の手が入っていることを示していた。
初めに感じた違和感は服装だった。
自分が今まで着たことのないような服を着ていたのだ。
ところどころ硬い革を張ったようなごちゃごちゃした服と言えばいいのか……。
中世を舞台にした映画とかでしか見たことがないような服だ。
なぜこんなものを着ているのかは分からない。
知らない服を着ているくらいだから当然のことかもしれないが、自分の持ち物は何一つ持っていなかった。
古めかしく高そうな服と、なぜか腰のベルトに差していた短剣だけが今の持ち物だ。
剣を抜くと暗い色をした刃が鈍い光を放った。
刃には油のようなものが塗ってあるようで、触るとべたべたした触感がある。良く見ると剣先は刃こぼれしたようにガタガタになっており使い込まれた形跡があった。
鉄で出来た剣は50cmほどの長さなのに、やたらと重く感じた。
途方に暮れながらも山道を進む。
とにかく人が居そうな場所に行き助けを呼ばなければいけない。
日が昇っているうちに助けを呼べないと不味いことになるのは俺の馬鹿な頭でもわかる。
知らない場所で野宿するなんてことは考えたくもなかった。
「やばいな……」
どこを目指すべきか……。
崖の上の方には吊り橋があるから上へ行くべきだろうか?
それとも下に……。
山で道に迷ったら上へ行けと聞いたことがある。
頂上は一つだから上がりきってから道を探せと言うことらしい。
この場所もそれなりに高い位置のようだが……。
今歩いている道らしき場所も、ただ通りやすいと言うだけで道かどうかも分からなかった。
迷った末、上に進むことにした。
少なくとも吊り橋はあることから、頂上にはなにかあるはずだからだ。
歩き出してしばらくして奇妙な生物を見つけた。
二足歩行の生き物だが断じて人ではない。
猿でもなければ今まで見たどんな生き物とも違っていた。
紫色をしたウネウネと動く生物。
太い胴体に木の枝のように細い手足。
胴体に馬鹿でかい口が付いており、牙と長い舌が見え隠れしている。
頭頂部と言っていいのかわからないが、そこだけが緑色になり目玉のようなものがぶら下がるようについていた。
知らない生き物だ……。
テレビとかでも見たことのない奴。
大きさはスクーターくらいはありそうだった。
こちらには気づいていないようで、ふらふらと木々の間を行き来している。
頭の目玉を動かし何かを探しているようでもあった。
その生き物は不意に動きを止めると地面を掘りだし始めた。
木の下に積もった腐葉土を細い枝のような手で器用に掘り起こしているのだ。
土の下に何かあるのだろうか?
それは土の中から何かを掘り起こすと胴体にある口にいれた。
くちゃくちゃくちゃと咀嚼する音が聞こえる。
何を食べているかはわからないが、腐敗した汚物の臭いがこちらにまで漂っていることから碌なものではなさそうだった。
俺はその場を離れることにした。
臭いもそうだがあの生物から離れたいという気持ちがあった。
怖かったのだ。
未知の物は怖い。
音をたてないようにゆっくり一歩二歩と後退する。
様子を伺いながら後退する。
ゆっくりゆっくりと……。
早い段階で紫の生き物の動きが止まっていることには気が付いていた。
何かを食べる咀嚼音も聞こえなくなっていたことも。
頭頂部からぶら下がった目玉がこちらを見たまま動かないでいることも……。
俺が走り出すのと同時に、後ろから走り迫ってくる足音が聞こえた。
速かった。
どんどんと音が近づいてくる。
走った先が見通しのいい場所だったのも失敗だった。
10メートルも逃げることが出来ずに、足を枝のような手で引っかけられ盛大に転んでしまう。
転がりながら起き上がると、もう目の前にそれはいた。
俺は動けずにいた。
気が動転していたのもある。
短剣の柄を握りはしたがなにもできなかった。
切りかかりでもすれば何か変わったかもしれないが動くことが出来ない。
近づいてきた紫の生き物は細長い手を薙ぎ払うように振るった。
長い枝のような手は鞭のようにしなりながらこちらに向かってくる。
避けることはできなかった。
今までに経験したことのない痛みと共に体が宙を舞う。
お腹に穴が開いたかと思った。
文字通り視界の中で世界が回転する。
衝撃と共に地面にぶつかり転がりながら5mは離れた場所まで吹き飛ばされる。
腹の痛みに嗚咽を上げながら顔を上げると目の前にいた。
紫の生物の口が目の前にあるのだ。
巨大な口から洩れる息が、俺の顔にかかっている。
体は動かなかった。
痛みからなのか恐怖からなのかはわからない。
赤く長い舌がうねうねと動き、口に生えた大きな牙が迫ってくるのが見えた。
何かないか。
助かる道はないかと探す。
振るえる手で腰に付けた短剣を探す。
無い。
腰にあるはずのものがどこにも無い。
剣はどこかへ行ってしまった。
吹き飛ばされた時の衝撃で落としてしまったのだ。
紫の息が顔にかかる。
体を動かすことが出来ない。
出来ないが全身が震えている。
極寒の地に居るように振るえだけが止まらなかった。
化物の下からよだれが垂れている。
目の前に迫る巨大な牙を見ながら、俺の意識は途絶えた。
ポイズンキャロット
のんきもの