「みこ~、見てみて!見てみて!」
「……どうしたの?」
何か嫌な予感めいたものを感じたみこは、慎重に訊いた。
友人がご機嫌なのは喜ばしいが、こういうときの彼女は何か厄介ごとを持ち込むことが最近では増してきた気がするのだ。
「じゃじゃーん、こないだ神社で撮った写真いっぱいイイネ貰っちゃった、」
そう言ってハナが見せたスマホの画面に映るのは、休日にハナと行った神社で撮った写真だった。ハナのSNSに投稿されていてイイネは彼女がいままで投稿してきたものの中では、一番もらえている。
「……ああ、あれね」
「あっ、大丈夫だよ。ちゃんと顔をスタンプで隠しているから!」
内容は夕焼けを背景にしたツーショット写真。身バレ防止のためみことハナの顔は見せないように処理されている。
「いや……、別のがガッツリ……」
「別の?」
「なんでもない」
せっかくの会心の一枚もちゃんと見ることができないみこは心苦しく、俯いて視線を写真から外してしまった。
写真であってもそこに映る怪異たちを、ハナは見ることができないらしい。巨大な怪異同士が争いついには片方が捕食している恐ろしい光景なのでみこはできれば直視したくない。
みこの様子に気づかず、ハナはSNSでかつてないほどイイネを貰えたことで有頂天になっていた。
「それであたしっ、自分には写真の才能があると言っても過言ではないと思うの!」
「……過言なのでは?」
「えぇっ? そんなことないよう! ……ほら見て見て、じゃーん! みてみて! インスタントカメラ!」
「……」
みこは漫画で見たことがあるような古いカメラを見せつけられて、嫌な予感にかられた。
「これでいい感じのスポットを巡って映え~なアルバムを作るの!」
「───」
みこの顔が思わず強張った。
彼女の先輩である
「ハナ……あのね、ハナの写真すっごくイイと思うんだけど」
友人のため心を鬼にしてアルバム作りを諦めさせなければ、婉曲的に忠告しようとしているとシャッター音が教室に響いた。
「……なんで撮ったの?」
「イイ表情してたから!」
ハナが見せた写真には自分が映るだけでなく、背後に何かが通り過ぎる影があった。
「───ッ!」
みこが思わず声をあげそうになるのを堪える。学校に居座っていた怪異を景守が滅したはずだが、もう現れているとは!
「写真ってね……日常の一部を切り取ったモノなんだよ……」
(深そうで浅い!)
「すっごく素敵な写真!絶対才能あると思う!」
どうやって止めようかとみこが思っているところに声をかけられた、みことハナが声をした方に振り向くと少女がいる。学年はみこと同じ。
金髪に染めた髪をツインテールにした小柄な少女。頭はみこの胸元くらいだ。
「ユリアちゃん……?」
倉庫にいた霊は景守が既に祓ったあとだったため、ユリアはみこが見えることの証明するために考えていた計画は失敗して、みこからは追及をかわされてしまった。
「えっと、誰……?」
「この前の体育の授業で仲良くなったの……ね? みこちゃん」
「う、うん……」
ユリアがまだみこが見えると疑っていると、彼女の目配せや表情から悟った。
「さっき映えスポットの話してたでしょ? わたしそういうの詳しいんだぁ」
「えっ、そうなの?」
「もしよかったら、おすすめスポット案内してあげよっか?」
ハナはユリアの思惑に気づくはずもなく、提案に食いついた。
「えっ、いいの!? 行く行くーっ!」
「ちょ…ハナ…それは」
ユリアが自分を試すために友人を唆しているのであれば、案内される場所は心霊スポットに違うない。みこは確信めいたものがあり断ろうと言葉を考える。しかし、みこは口下手ではなくとも、口が上手いわけでもない。
彼女が考えているうちにユリアに写真の腕前をおだてられてテンションの上がったハナはユリアを抱擁して、その豊満な胸にユリアの顔を沈めるほど締め上げてユリアの意識を奪ってしまい保健室送りにしてしまった。
その後、ユリアは“ハナがシメた子”としてみこの教室では本名は知られてないが、不名誉なあだ名でそこそこ知名度を持つことになった。
「先輩に連絡しなくちゃ……ああ、怒られちゃう」
謎の神社に現れた狐の怪異でさんざん心配させてしまったあとで、わざわざ危険に飛び込むようなことになり、みこは胃の辺りに鈍い痛みを覚えた。
みこは景守に相談して同行を了承してもらい、ハナとユリアにも同行者が増えることを認めてもらった。ハナは景守が来ると伝えれば顔を輝かせて歓迎していた。
ハナは景守が好みなのかとみこは胸中で霧のように、かすかな焦燥が漂っていた。
◇◆◇
土曜日。みこは何故か山道を歩くことになっていた。
みこの予想した通り、ユリアが案内した場所は心霊スポットだった。そこは呼鈴山の寂れたバス停で降りて登った先にある、真っ暗なトンネルだった。内部は電気が通ってないのか真っ暗で空気も淀んでいるのかじめじめして不快感がある。コンクリートも劣化して所々に朽ちていた。
景守が言うには怪異やよくないものが集まる小規模なエアポケットになっているらしい。景守が例えた悪霊の巣という言葉にみこは寒気を覚えた。
結局は景守のみこが体調不良であるとハナに告げることで撮影会は終了となった。
だったのだが───……
「……辛い」
みこは一人、山道を歩いていた。トンネルから離れてバス停を目指していたはずが、いつの間にか迷子になってしまったらしく一人だけ歩いていた。
「先輩も、ハナも、ユリアちゃんもどこに……? あれ、先輩から貰った御守りがなくなってる? 最悪だ……」
だいぶボロボロになっている公道沿いに歩いているつもりが、バス停に着かず不安になったみこは見つけた民家に道を尋ねることにした。
「あの、ごめんください」
「はい……。あら、珍しいお客様ね」
出てきたのは四〇代くらいの初老の女性だった。みこを見え意外そうに驚いていた。
「どうしたの? 迷ったのかしら」
「は、はい。あの呼鈴山ってバス停を探しているんです。ご存知でしょうか?」
「ああ、あそこね。知っているわよ。でも、あなた疲れているみたいじゃない。……少し休んでいってはどうかしら?」
初老の女性の意外な申し出にみこは瞠目する。
「え、でも、ご迷惑ではありませんか?」
「気にしないで。今日は人も集まっていてごちそうも用意してあるのよ。お上がりなさいよ」
気が付けばみこにも、家の奥から人の声が聞こえてくる。何人かが賑やかに話したり笑ったりしている声だ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……お邪魔します」
家に案内されてみれば二〇人ほど人が居間にいて雑談に興じながら机に並べた料理を食べていた。開かれた窓の向こうの庭では子供たちが遊んでいる。
「……多いですね」
「さあさあ、遠慮しないで座って座って」
初老の女性は機嫌が良さそうにみこを座らせて、料理を取り分ける皿を用意した。
今まで空腹を感じなかったが、料理を見れば食欲を覚えた。ハナほどの健啖家でもないが流石に長いこと歩いたせいだろうかと、みこは皿に盛りつけられた料理を見ながら思った。
「美味しそうだね。俺も食べてもいいかな?」
「っ! せ、先輩っ!?」
みこが驚くのも無理はない。そこにいたのは景守だったのだ。
「先輩、どうして?」
「君を迎えに来たんだが、まだ時間がかかりそうでね。僕も一緒していいかな?」
「ええ、勿論よ。ぜひ上がって頂戴」
「ありがとうございます」
初老の女性は景守を歓迎して、景守は庭から上がってきた。彼が土足で上がってきてみこの隣に座った。みこ以外、景守が土足であることに気づいていないようだった。
「あの、先輩……?」
「みこ、声を抑えて。こちらから声をかけなければ彼らは俺たちを気にしない」
景守がみこの隣に座ると小さな声で囁いた。耳元に感じる声と彼の吐息にみこの体温が上がった。
「ここにある料理や飲み物を食べたか?」
「い、いいえ。まだ口つけていません」
「よかった。それじゃあ、そのまま食べたり飲んだりしてはだめだ。どれだけ腹が減ったり、喉が渇いたりしてもだ。絶対にな」
「わかりました」
「それと、何か貰ったりしたか?」
「いえ、何も」
「わかった。飴玉一つでも貰っていたらここに置いておけ。ここの物を持って帰ったらだめだからな絶対に」
景守の力強い眼差しに、みこは気圧されながら頷いた。景守がこっそりと移動して玄関からみこの靴を持ってきた。そして彼は手帳のページを切り離して、人形を二つ作った。
「この紙の人形に息を三回吹きかけて」
「え? は、はい……」
みこは理解できないがそれでも景守への信頼から、わからないまま彼に従って人形を受け取り、息を三回吹きかけた。
「それじゃあ、人形を君が座っているところに置いて。そうしたら静かに俺について来てくれ」
「わ、わかりました。……あの、先輩。ここってやっぱり」
「みこ、今は何も聞かず、一緒に来てくれないか」
真摯な眼差しの景守にみこは頷いた。彼の緊張が伝わって来たのか、みこの指先が冷たくなり、微かに震えはじめた。
景守はみこにさせたように人形へ息を吹きかけ、自分が座っていたところに置いた。
「みこ、靴を履いて庭のほうから出よう。人形はあくまでも一時的な誤魔化しだ」
ここに来てみこは何故かと訊ねることはしなかった。景守が答えないのはわかっていたし、答えを知る前に動かないといけないと彼女も直感していた。
景守が言うように、みこたちが黙然と出て行っても気づかれることはなかった。
「あ、あの、それでハナたちは?」
「大丈夫だ。二人ともちゃんと向こうにいるよ」
「よ、よかった……、いつの間にかはぐれちゃってみんなに何かあったらと思って心配で」
「安心してくれ、俺がちゃんと案内するから」
「ヤバいものに私が関わってばかりでいつもご迷惑かけてすみません」
「本当に、みこはどうも闇や怪異に関わってしまう性分みたいんだな。今回もハナと二暮堂だけでも行かせてもよかっただろう」
「……そう、なんですが……」
「闇を恐れるんだ。闇を恐れて近づかないことこそが、最大の護身なのだから。それでも逃れられない闇に遭遇してしまったならば、屈しないことだ」
「───」
それから暫く歩くうちに空が暗くなり、歩いた後方は闇に包まれている。心臓の音で耳が痛くなる。
「まあ、君が優しくて、友人たちが闇に近づいたら、知らないふりができないのはわかる。だから困ったときには俺を頼れ」
「あの、どうして私を助けてくれるのですか?」
景守が答える前に、闇の向こうから誰かが迫ってくる気配がある。
「化かしていたのがバレたようだな。走るぞ!」
「ええ!?」
「走れ!」
「あっ!」
景守はみこの手を取って走り出す。木々の間を抜けながら走り続けると川が見えてきた。
「あの川を渡るんだ!」
「なんかヤバいのが近づいて来ましたぁ!」
トンネルで目撃したおぞましい怪異よりも恐ろしい姿に、みこの心臓は強烈にステップをふんで踊りまわった。血の気が失せた顔で叫んだ。
唐突に、狐耳の少女二人が現れた。みこと景守の横を通り過ぎると、穢れに満ちた雄叫びを上げて怪異は逃げていった。
「くそっ」
景守の口汚い罵倒を訊きながらみこの意識が薄れていった。
◇◆◇
「みこ! よかった……!」
「あれ、私は……?」
目覚めたとき、みこは病院にいた。景守とハナとユリアがみこの顔を覗き込んでいた。
トンネルからの帰り道、バスの運転手は突然に現れた獣のような影を避けようとしてバスは横転。怪我人は奇跡的にみこ一人だけだったが彼女も検査をすれば命に別状はなかったのだという。
すべて景守に後から聞いたことである。
「恐らくドライバーが見かけた影というのは、トンネルから逃げたやつだろう。すまない、みこ。俺が取りこぼしてしまった。その逃げたやつをドライバーは目撃してしまったようだ。本当にすまなかった」
「先輩が悪いわけじゃないですよ、そんな、謝らないでください」
景守はハナが不在のときにみこに説明した。ユリアは自分が発起した心霊スポットへの紹介が、思わぬ事態になって顔面蒼白になって二人に誤っていた。
「ご、ごべんなさい……、みこちゃんがどれくらい優れた能力者なのか……知りたくて……」
泣きべそかきながら自分が心霊スポットを紹介した真意を説明したが、景守は呆れたように嘆息をついた。
「みこは異能者ではない、ただ見えるだけの普通の女の子だ」
「え? 見えてる、だけ……?」
「うん、そうだよ」
はぐらかす必要はないと思い、みこは素直に認めた。
「そ、そうだったの? でも、ゴッドマザーを引退に追い込んだんじゃないの?」
「ゴッドマザー?」
「えっと、誰だっけ?」
「なんで知らないの!?」
ユリアが補足説明したことでようやくみこは誰だったか思い出し、景守はあの老婆が隠居したことを知ってはいたが、それがユリアにこのような誤解を生んだのかと頭が痛かった。
「それはまったく関係ない。それに異能者というならそれは俺のほうだ」
「え、そうなの!?」
「気づいてなかったのか。結界も滅した奴らも見えてなかったんだな」
「私ははっきりと見えていましたよ」
みことユリアで見えているものが違う、結果としてわかったこととそのために必要だった労力がまるで見合わない結果となった。
トンネルへ入っても結界か絶界で無双して終わりなので、オリジナル要素入れてみましたがいかがでしょうか? よくないようであれば今後はこういったオリジナル要素をなるべく排していきます。