「ごめんハナ。今日は予定あってさ」
四谷みこはいつもならば、一緒に放課後を過ごす友人の百合川ハナとは今日は学校でわかれることにした。登校前に会った墨村景守との約束を果たすためだ。
幼く可愛らしい顔立ち、明るく賑やかしい性格が現れているようなきらきらと光る瞳。それでいて肉感的で豊麗な身体つきは、みこにも
「えっ~、あ、カレシ?」
「まぁ、うん。カレシカレシ」
ハナのからかい混じりの追及をみこは微苦笑しながら右から左へ受け流す。
先輩──墨村景守を彼氏と称するのは畏れ多いと思いつつも、みこはハナと別れて景守と連絡を取り渋谷のファミレスで集まることにした。
「こんにちは、四谷さん」
「こんにちは先輩。あと、私のほうが年下ですからそんな畏まった呼び方をしなくてもいいですよ」
「そうか? じゃあ……みこ、と呼んでも?」
一気に踏み込んできたな、とみこは思うが存外悪い気がしなかった。
「はい。それでいいです」
「じゃあ、みこ、君は何か注文する?」
景守はまるで友人と放課後の雑談でもするかのように、みこに訊ねた。彼女は紅茶とモンブラン、景守はエビフライとコーヒーを注文した。
「あの……、先輩は見え……」
みこが景守に訊ねたかったが途中で言葉が途切れる。景守はみこの怯えた表情と視線の動きから推察する。
「──
景守が自分とみこの座る座席をテーブルごと囲った。
「え?」
「この結界は音を遮断する。人にも奴らにも、声が届くことはない。それにあいつらからの視線も、今はずらしてある」
「視線を……?」
景守の年齢に似合わない超然とした趣をしているのが、みこには動揺を鎮めてくれる不思議な作用があった。
「この店にも何体かいるが離れているなら兎も角、真横にいるのは流石に怖いよね」
「……そうですね」
自然とみこは息を
「先輩は見慣れているんですか? ……アレを」
「まあな。眼が良かったこともあるが、結界師である俺は空間の状況や変化に敏感だがら、ああいう異物が混じるとすぐにわかるんだ」
まるで明日の天気の話をするように、景守はエビフライをナイフで切り分けて食べながら説明する。
「けっかいし……」
みこがいかにもどう漢字を当てればよいかわからない、というような発声に景守は苦笑してスマートフォンのメモ帳アプリで漢字を打ち込んで見せる。
「俺がみこにばかり話を訊くのもフェアじゃないか。俺も自己紹介をしておこう」
景守はナイフとフォークを置いて、ブラックコーヒーを一口呷る。
「俺は墨村景守。高校生だが間流結界術を使う結界師としても活動している。生家はかつて土地の守り人だったがすでに守り人を廃業。今はフリーランスの結界師だ。実家から出て上京してからは神田に持っているマンションに一人暮らしで住んでいる」
(神田!? マンションを持っている? ……先輩って実は富裕層?)
誇示するつもりない自然な様子で景守は説明をしているが、みこは戸惑うばかりだ。
「……結界師って儲かるんですね」
「結界師というか異能者という括りなら別にみんなが儲かるわけじゃない。ただ稀少な技術者で特に優秀と評価してもらっていることもあって収入も多いんだ」
景守は関東それも東京周辺で異形たちが多数発生しており、当初対処にあたっていた異能者が四人も殉職した事態から、解決のために景守が地方から参集させられたのだ。
だが、殺伐とした事情については、みこを不必要に怯えさせると判断して説明から省いている。そのためある程度真実をぼかしつつ、景守はみこに説明する。
「じゃあ、しばらくは東京にいるんですか?」
「そうだね。元々本拠地を決めていたわけじゃないし、このまま滞在してもいいかもな」
続いて景守からの質問にみこが答え始める。彼は静かに訊いて必要ならば質問をして細かくみこの事情を把握しようと努めた。彼女にとっても景守は気さくでサッパリとした親しみやすい人柄で、当初想像していたときよりも緊張せずに話すことができた。
最後までみこの話を訊いた景守がチーズケーキを注文した。
「あの、先輩……?」
「チーズケーキは好きか? これはご褒美だよ。頑張ったね、みこ。よく有象無象相手に頑張ったな」
「……私、ちょっと嬉しいです。見えるようになって初めてわかってもらえたっていうか……。今までこういう話ができる人いなかったから……」
「そうだろうな。もう、苦しいならば苦しいと言って良いんだ。俺の力の及ぶ限り君の助けになろう」
「ありがとうございます」
みこの言葉が震えた。まさか、こんなことを言ってもらえることがあるだなんて、みこには想像もしていなかった。
「ずっと怖かったんです。友達にアレが憑いていたときがあって、それ以来たとえば友達が待ち合わせに遅れたとき。ふと考えてしまうんです。あいつらが何かして友達に何かあったんじゃないかって。友達はイイ人なんですずっと元気でいて欲しい。もしも、私が見えることがバレてそのせいで友達や家族に何かあったらと思うと、それは私のせいじゃないかと」
「そんなことはない」
みこの言葉を遮るように景守が言って、彼女の頭を撫でる。結界師の黒褐色の瞳の奥には穏やかな光が宿っている。
「君は優しいね。優しいただの女の子だよ。だから君は何も気に病むことはないんだよ」
頭を撫でられながらみこは何だかいろんなモノが込み上げてきて、胸が苦しいような泣きたいような気持ちになった。
その後、景守とみこは今後の対策を話すようになった。
「俺が禍祓いの呪具を用意するとして、結局のところ君にはシカトを続けてもらうしかないな。そこで俺に助けを求めてもらえば駆けつけて対処する、という感じかな」
「そ、そうなるんですね。見えなくする何かとか、ないんしょうか」
「いやぁ、どうやら君が見えるのは何かの障りということもないし、見えていることが普通という状態みたいだ。無理に見えなくするというのは、君自身にも悪影響を受けることになるし。自衛のために武器を持ったところで、みこ。あいつらとバトルできる?」
「無理ですね」
即答である。みこに迷いがなかった。アレと戦う自分というのは、まったくイメージができなかった。怯えて腰が引けて返り討ちになるのがオチだった。
「だろうね。まあ、生兵法は大怪我のもとだ」
回答を予想できていた景守は頷いた。よほどアレらを憎悪しても殺傷したいと望む者もそうはいない。ましてやみこは荒事が向いた気性ではなく、本当に普通の女の子なのだから。
景守とみこはチャットのIDを交換して、みこがヤバい奴らと遭遇したときに対処できるようにした。
「あとは呪具だけど、それは俺が専門のまじない師から取り寄せるからしばらく待ってくれ。さて、今日のところはこれで終わりかな」
「ありがとうございます。あの……それと、実は」
「何?」
「……うちにも何体かいるんです」
「……それじゃあ、お宅訪問させてもらってもいいかな?」
どうやら異形たちはみこの日常に深く干渉しているようだ、と景守は嘆息した。
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