見える子ちゃんの先輩   作:生死郎

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見えているもの

「あ、恭ちゃん!」

「お、ハナか」

 

 放課後、百合川ハナは友人の弟四谷恭介と偶然にも出会った。彼も下校途中だったようである。

 

「あれ、姉ちゃんと一緒じゃないの?」

「なんかね、カレシに用があるんだって! みこって本当にカレシいるの?」

「……は?」

 

 ◇◆◇

 

 四谷みこは墨村景守(すみむら かげもり)を自分の家まで案内していた。最寄りのバス停で降りるまでバスに乗りながら、みこは家の状況を景守に説明して、景守も気になった点は彼女から訊き出していた。

 

「なんと、まあ」

 

 明敏な景守にしては覇気に欠けた感想である。発言に困っているようにもみこには思えた。実際、景守は何体もの異形が家にいるなど異常な事態に内心絶句していた。

 

「布団の中にいるって嫌だね。よくそのまま眠れたな」

「寝たというより気が遠くなったんだと思います」

「そうなっても仕方ないな」

 

 景守がまるで我が事のように困った風情で微笑むので、みこもつられて笑ってしまった。

 みこが景守に抱いた印象は優しい人だった。自分の悩み事や相談を訊いてくれた。悩みを共有して理解して、そしてどうすればいいのか答えをくれた。男性ということもあって初めは身構えてしまったが、話しやすく一緒にいることも苦痛や負担には思わなかった。

 みこと同じ、いや、みことは異なり幼い頃からあの異形たちが見えて、その相手をしてきた。そしてアレらに抗う力を持つ。みこには心強い存在だった。

 

「あの、家にいるのも結界で退治するんですか?」

「そうだよ」

「今の時間、家には母がいると思います」

 

 みこがどうやって家族に、景守を紹介しようか悩んでいるのかと景守もわかった。

 

「まあ、ご家族には会うことなくやれると思う。あいつらだけを外へ排出して処理するつもりだ。それに」

「それに?」

「屋内で一体一体滅したら、奴らの砕けた残骸が飛び散ることになるからさ。それは自然消滅してくれるけど、だけどそれってみこの精神衛生上宜しくないよね?」

 

 みこは凄惨な光景を想像して顔色を悪くした。やや潤んだ瞳で、頭一つは高いところにある景守の顔を見上げる。

 

「……お心遣いありがとうございます」

「いえいえ」

 

 バスに降りてみこの家に前に到着した。景守は家に入ることもなく門前で佇んでいる景守をみこは胡乱げに見ている。だが彼女はすぐに景守がただ突っ立っているわけでないと知る。

 

(……え?)

 

 みこは瞠目する。景守の足元から薄く地面を侵食する影を噴き出し、みこの家を一枚の薄皮のように覆い尽くしたからだ。

 

「え? 何? コレ、何?」

 

 みこは狼狽するが景守は黙して家を眺めていた。じっと見つめる黒褐色の瞳は何も映していないようで、不安になる。

 おそらく時間にして一分もかからなかったのだろう。しかし、みこは唐突なことに戸惑いまた緊張していたので正確な時間を把握できなかった。

 

「ああ、いるね。みこの把握しているものより多いぞ」

「え? わかったんですか」

「うん。この足元から広がる影は探査用結界で、領域内を調べる効果があるんだ。そして、残念ながら君の家はとんでもないお化け屋敷だと判明した」

「わかっていても、言われるとなかなかクるものがありますね……」

「冗談抜きによくみこたちは生きていたと驚いてる」

 

 専門家からしても自宅は異常な魔窟なのかと、みこはゾッとする。鉛を流し込まれたかのように胃の辺りが重くなり、目の前が暗くなる。額に浮かんだ汗が頬を流れ落ちた。家族や自分に被害が及ぶよりも前に景守には対処して欲しい。彼女は切実に願った。

 

「約束通り、一人を除いてあとは滅しよう。だが、これは少し面倒そうだ」

 

 景守は嘆息しつつ、呪符を三枚抜き取るとそれを人型の式神に変化させた。見た目はそれぞれ異なる端麗な容姿の青年だ。

 

「ひ、人?」

「これは式神。まあ、俺が自在に動かせる人形みたいなものだ。彼らにも退治を協力させる」

 

 ◇◆◇

 

 景守は式神とともに空中に出現させた結界の上に立つ。それはみこの家の四方を囲むような立ち位置だ。

 

四師方陣(ししほうじん)。これ苦手だ」

 

 景守は微苦笑を浮かべ、術の準備を始める。四師方陣(ししほうじん)とは四人の術者が一つの結界を形成する術だ。複数人で一定空間の隔離、領域支配を行うため各人の協調が必要であり、術者の技術力や出力が不均衡では結界の維持はできず結界は崩壊してしまう。

 そのような難易度の高い術を、術者の代行を式神にさせる景守のやり方は通常以上に難易度を高めていた。

 

方囲(ほうい)!」

 

 景守は囲うべき標的である家を指定する。

 

定礎(じょうそ)!」

 

 結界を展開する位置を指定する。景守から放出された力を式神が力を受けとめると、別の式神へ力を走らせる。景守から式神へ、そして式神から式神へ。また式神が受け取ると景守へ返した。そうることで家を囲むように力が四方に走る。

 

「うおっ、ああやっぱり難しい!」

 

 景守は悪態をつく。彼が式神と行う大作業は実に困難である。

ただでさえ高度な技を行使しつつ、術者の代行をさせる式神が実施する術の粗い部分や力の足りない部分を、景守が補うため彼が請け負う負担は通常以上に重い。

 忌々しげに舌打ちをする景守。本来はせずに済む苦労をしているのだからそうしたくもなる。だが──

 

(彼女に要らない心労はかけたくはないな……)

 

 困っている女の子に対して男子としては格好をつけたくなるのだ。それが可憐な美しい少女ならば尚更だ。だからこそ、心を砕いてこのような大業を行おうとしているのだ。

 

「──(けつ)っ!」

 

 家を囲うようにして結界を形成して展開し始める。力の不均衡が起こらないように慎重に作り出すため、結界の展開は普段より遅い。

 家を囲む大結界が徐々に展開される。輪郭に多少のぐらつきが生じてもすぐに景守が修正する。試行錯誤しながらも大結界を展開することができたのは、彼の年齢に似合わぬ精緻を極めた技術力ゆえだった。

 

「よし、できた! さあ、出てこいっ!」

 

 ◇◆◇

 

「す、凄い大きな結界!」

 

 みこは驚嘆しながら景守の大作業を見守っている。家を囲むように展開された結界が徐々に上空へ上昇する。なんとも現実離れした光景を、みこは茫洋と眺めていた。

 

「ひっ!」

 

 みこは思わず、声を漏らす。大きな結界に異形だけが家から隔離されて上空へ持ち上げられていた。それは網で魚を海から掬い上げるかのうに、奴らは結界に囚われ上空に持ち上げられた。

 象ほど大きな人頭の獣、不気味な角度に頭が曲がっているスーツ姿の男、赤子のようなもの、痩身の人型。さらに結界に小さなものが混じっている。

 そして結界は徐々に縮小され、異形どもは断末魔を上げながら滅却された。

 

「す、凄い……。本当に凄い!」

 

 みこの表情は明るい。恐れていたものたちが消え去った。醒めない悪夢かと思ったがこのように救われることがあるとは、みこは頬を紅潮させ歓喜した。

 

◇◆◇

 

(かい)

 

 式神をもとの紙片に戻した景守は結界から降りて地上に戻った。景守や式神の足場にしていた結界も解除する。

 お疲れ様です、と言いつつみこが景守のもとに近づいてくる。憂いが晴れた表情のみこを見て、苦労した甲斐があったと景守は思った。

 

「これでだいたい片付いたよ。──君の希望通り一人、ちゃんと残した。本当はこういうこと、よくないんだけどね。だが、まだ実害がないようだし、俺は祓うことはできても導くことはできないから、君やご家族に任せよう」

「……はい、ありがとうございます」

 

 みこは深々と頭を下げた。大恩ある結界師には感謝しても感謝しきれなかった。しかし、景守にとっては面映ゆい思いだった。

 

 誰にも言わなかった本心でも、みこは景守には話すことができていた。

 

「父とは喧嘩別れでした。つまらないことでの言い争いなんです。“大嫌い”なんて、そう言ってしまったんです。……心にもない言葉でした。それ以外、無視を続けていたんです」

 

 同じく家族を失った母や弟にも言えなかった後悔を初めて言葉にした。

 

「本当にありがとうございました。どうお礼すればいいのか……」

「気にしなくてもいいが……」

「でも、先輩はこういうコトを仕事にしているんですよね? それなのに何もお返ししないというのは……」

「……そうだな。それでは、俺の仕事を手伝ってもらおうかな」

「手伝う? わたしが先輩を?」

 

 あまり見返りもなく行うのも彼女には負担となるかと思い、景守は提案する。

 

「無茶なことは要求しないよ。どこであいつらを見かけたとか、そういう話を教えてくれたらそれでいいから」

「そんなことでいいんですか?」

「いいよ。この辺り一帯を調べないといけないが、当てもなく探すよりずっと楽だ」

「わかりました! それで、先輩の手助けができるならば」

 

 みこが何か嬉しそうに言うことが景守には不思議だったが、前向きになってくれるならばそれでいいか、と景守は結論づけた。

 

「じゃあ、俺は帰る。あとで連絡をしよう」

「はい、本当に今日はありがとうございました」

「何度も言うが気にしないでいいよ。これは俺が好きでやったことだから」

「好きで?」

 

 不思議そうに見上げるみこを見て、景守は柔らかに微笑んだ。

 

「君を見ていると何かを伝えてあげるのではないかと、そう思ってただ話をしていたかったんだ。奴らを祓うのも、そのついでだ」

 

 景守はやや照れくさそうにしながらも、正直な本心を言った。思い出すのは、独りで見えることを秘密として抱え込もうとするみこの姿。その様子が景守に彼女の力になりたいと思うことに繋がったのだ。

 

「私も、先輩と話せて嬉しかったです。お仕事の手伝い、頑張りますね」

 

 憂いが晴れたみこの優しげな表情を見ていると、本当に助けてよかったと景守は思った。そうしてぼんやりみこの顔を眺めていると、彼女が首をかしげる。

 

「先輩、どうしました?」

「ああ、いや……。なんでもない、また、何かあれば連絡してくれ」

 

 見惚れていたともいえず、景守は頭を搔いて誤魔化した。

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